IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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奇跡、降臨 〜または戦場を貫く双極の光〜

午後五時十七分。

すでに日が傾きつつある現在、無人機(ゴーレム)の数の減少の勢いがゆるまっていた。

 

楯無さんたちと合流して、一大部隊となった俺たちのチームも、撃墜数は動かないままだ。

補給ポイントで聞いた情報からすると、原因は二つある。

第一の原因は操縦者たちの疲労。長時間の戦闘でISもろとも疲弊してしまう操縦者が増加しているらしい。

第二の原因は、無人機たちのステルス性だった。無人機は四時を回ったところで忽然とその姿を消し、まったく行方知れずになったんだ。

 

報告からは『目の前で突然透明になった』というものが挙がっていることからなんらかの光学迷彩を使ったっぽい。

ISの消滅が刻一刻と迫る中、焦りだけが募っていた。

「ダメだ。どこにもいない」

「ここまで見つからないと焦るよね……」

「どこにいるのか、わかれば………」

「見つからない限りこっちからはどうすることもできないわね」

「探し疲れちゃったすよ」

「せめてコアネットワークが回復すればなぁ」

俺たち六人は、補給ポイントとの距離に気をつけながら、無人機を探し回っていた。でも二時間前に三機落とした戦闘を最後に、完全に無人機を見失っていた。

「もうすぐ日も暮れるし、暗くなる前に片をつけたいのによ」

前に立ち寄った補給ポイントから拝借したパックに入った水を飲み、愚痴をこぼす。

見晴しのいい高台の上にいる俺たちを照らす夕日が山に差し掛かっていた。

空軍なんかも捜索にあたってくれているみたいだけど、それらしい情報はまだ来ていない。

もしかしたらと思ってこうして陸の方を中心に捜して回っているが、こっちも全く見当たらない。

正直言って、どん詰まりだった。

「でも、おかしくないっすか。ちょっと前までウヨウヨいた無人機がぱったり見つからなくなるなんて」

「篠ノ之博士が何か働きかけたのかも。無人機を守るために」

「それなら最初からこんなまどろっこしいことせずに、私たちのISを消せばいいじゃねぇか」

「そんなこと言ったら、どうして博士はこんなことをするっすか?」

「んなの私が知るかよ。あんなぶっ飛び博士の考えなんて誰もわかりゃしないって」

みんなが話し合っているのを聞き流しながら俺は思考に耽っていた。

(やっぱり博士の考えてることがわからない………。明らかに矛盾してる。ISを消すことなんてあの人なら簡単にできるはずだ。なのにわざわざタイムリミットを作ったりなんかして……………)

ゴォォォォ………

「━━━━ん? なんだ?」

「なんすかこの音」

「どんどん近づいてくるよ」

音のする方は木に遮られてなにが来てるのか地上からはわからない。

ゴォォォォォォッ!!

「上だ!」

一斉に空を仰いだ。瞬間、視界に四人の影が飛び込んできた。

ほんの一瞬だけど、その一人と目があった。

(………!)

「あれは!!」

叫ぶと、すでに二十メートル以上向こうにいた四人の動きが止まった。

「行くわよ!」

楯無さんが言ったのを合図に、ISを展開して合流する。

「ラウラ! シャル!」

「瑛斗!」

シャルの弾んだ声が聞こえた。

「よかった! 無事だったんだな!」

「うん!」

「嫁、無事だったか」

ラウラも安堵の表情で近寄ってきた。追加武装があるところを見ると、分かれていた間に専用パッケージを搭載したようだ。

「ああ。マドカに簪と楯無さん、あとフォルテ先輩とダリル先輩もいる」

 

後ろから今名前を挙げたみんながやってくる。

「……………げ」

ダリル先輩の顔が引き攣った。

「どうしたっすか先輩?」

フォルテ先輩が聞いたときにはダリル先輩はにゅっと伸びた手に肩を掴まれていた。

「って、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)!?」

「瑛斗、会えてよかったわ」

驚く俺の傍に《バイオレット・スパーク》を展開するエリナさんが近づいてきた。

「エリナさん!?」

「ちなみにアレは福音に良く似てるけど違う機体よ。《銀の旋律(シルバリオ・メロディ)》って言うらしいわ。よく見てごらんなさい。ちょっと違うでしょ?」

エリナさんに言われてもう一度その銀色の機体を見る。

「ダリルちゃ~ん、やぁ~っと捕まえたわ」

「え、や……あははは……」

確かになんか違った。ダリル先輩に顔を寄せて自分の顔を隠すバイザーを上げたその人は、あの臨海学校の帰りに会った女の人だった。

「上の命令無視して、勝手に動いちゃダメでしょ~?」

「す、すいません……」

「声が小さい!」

「すいません!!」

「うんっ。無事でなにより。さてと。ハイ、桐野瑛斗くん。私のこと覚えてるかしら?」

「ナターシャさん……ですよね?」

「正解よ。あなたに胸に飛び込まれた上に揉まれたナターシャ・ファイルスよ」

わざとらしく胸のあたりを腕で隠すナターシャさん。

「あ、あの時はホントすいませんでした」

あの時は確か階段に蹴躓いたんだよな……。

んで、その……があったそのあとシャルとラウラがペットボトルを俺に投げつけて………。

「…………ラウラ、シャル、簪。俺に向けてる武器をしまってくれませんかね」

振り返ると、ラウラはプラズマ手刀の発振を止めて、シャルはパイルバンカーをいつでも出せるようにしていたシールドを元に戻して、簪は一つだけ開いてるミサイルラックを閉めて素知らぬ顔をした。

「ふふ………どうやら初めましてな子がいるみたいね?」

ナターシャさんはマドカと簪の方を見た。

「初めまして。織斑マドカです」

「更識簪……です」

「はい、初めまして。━━━━あら?」

「?」

ナターシャさんがマドカに近づいた。

「な、なんですか?」

「あなた…………まさかね。なんでもないわ。よろしくねマドカちゃん」

「は、はい」

「そう言えば、急いでたっぽいっすけどなにかあったっすか?」

フォルテ先輩が言うと、ラウラたちがハッとした。

「そうだわ! ここでこんなことしてる場合じゃなかったのよ!」

エリナさんが声を荒げる。

「急ぐわよ! あなたたちも一緒に来て!」

ナターシャさんもさっきと打って変わって真剣な表情になる。

「な、何があった!?」

「行きながら話す!」

「行くよ瑛斗!」

「お、おい!」

訳も分からないまま四人に付いて飛ぶ。

「ラウラ! 何があったんだよ!」

「教官たちが危機的状況にある可能性が高い!」

 

「なんだって……!?」

シャルも加わった。

「瑛斗、よく聞いて。僕たち、補給ポイントでホテルに電話すれば先生たちと話ができるって聞いたから電話したんだけど、途中で切れちゃったんだ」

「切れた?」

「うん。それでもう一度かけなおしたんだ。でもその時にはもう繋がらなくなってて」

 

「話し中なだけじゃないんすか?」

 

ホテル(向こう)の教官たちが臨時に設定した番号です。知ってるのは我々だけです」

 

「まずいわね。そうなって来ると向こうに何かあった可能性が高いわ」

「それでホテルに急いで戻ってるってわけか」

「ああ。一刻も早く戻らねば……!」

俺たちがいた地点は、偶然ホテルの近くだったみたいで、見覚えのある川の上についた。

「あ、ここ俺と簪が落ちた川の近くじゃねえか」

「そうだね……」

「ここまでくればもう少しで━━━━」

ドガァァン!!

 

『!?』

後方から飛んだ凄まじい爆破の音が俺たちを飲み込んだ。

 

川原が爆発したんだ。

 

それにも驚いたが、さらに驚くべき事態が発生した。

 

「━━━━」

 

「━━━━」

 

「━━━━」

 

「━━━━」

 

「━━━━」

「ちっ、地中からだと!?」

地中から飛び出してきた大量の無人機にラウラが驚愕する。

 

「そうか! あの川原の地下には秘密基地が!!」

「ひ、秘密基地?」

「話はあとになさい! 無人機たちが━━━━!」

無人機たちが俺たちと同じ高度まで来た。

「なんて数………!」

「ざっと見ても三十機……いや四十機はいるぜ」

「━━━━」

しかし無人機たちは俺たちに向かって来なかった。全部が同じタイミングで背を向けて、高速で飛んで行く。

「に、逃げてくっす!」

「……いや違う! アイツら………ホテルに、織斑先生たちのところに向かってる!!」

俺たちに背を向けるってことは、つまり俺たちと同じ方を向くことだ。

 

この先には、学園の第二学年の生徒が全員━━━━箒と一夏がいる!!

「もしかして電話が繋がらなかった原因って……!」

「理由は最早どうでもいい! 奴らを止めるぞ!!」

先行するラウラが肩にマウントされていた大型の剣を握って、黒の群れに飛び込んでいく。

「ラウラ! 一人じゃ危ないよ!」

「私たちも!」

全員でその後を追う。

「ナタル!」

「わかってるわ!」

ナターシャさんが銀色の翼を広げると砲口が開いた。去年俺たちを苦しめた福音のメイン武装の《銀色の鐘》をイメージさせる。

「行かせないわよ!」

飛び出したエネルギー弾が無人機に襲い掛かる。

弾確実に当たっているはずだった。

 

それなのに無人機たちは一機も止まらない。

「効いてないの!?」

「違います! 被弾の瞬間に装甲を細かくパージして防いでるんだ!」

あれが《銀の福音》と同じものなら、爆発するのはパージされた着弾点の装甲だけ。本体にダメージは入らない!

 

「それなら!」

楯無さんが無人機たちに向けて水のヴェールを針のようにして飛ばした。

ナノマシン内蔵の水が爆発して一部の無人機の装甲が砕け落ちる。

それでも、怒涛の黒波は止まらない。

「どうしても進むみたいね……!」

「前から止めるわ! みんな! 無人機の前に回り込んで!」

エリナさんが指示を飛ばして全員で無人機の前に躍り出る。

『━━━━━━━━!』

すると無人機たちが持っている武器を向けて攻撃を仕掛けてきた。

 

ミサイルや弾丸、レーザーが怒涛のように飛んで来る。

躱しながらこっちも攻撃するけど数が違い過ぎて防戦を強いられた。

「フォルテ! もっと冷気を出せ! イージスの範囲が狭い!」

 

「やってるっすよ! でも数が違いすぎるっす! いくら出しても押し切られちゃうっすよ!」

 

そのうちの数機が俺たちの頭上を通り過ぎてホテルに向けて飛んでいく。

「しまった! 抜かれた!」

振り仰いだ瞬間に、俺にビームが襲いかかった。

 

「やらせないっ!」

 

楯無さんの突き出した槍がビームを砕いた。

 

「瑛斗くん! 追いかけて!」

「楯無さん!?」

「セフィロトを使えば追いかけられるわ!」

「でもそれじゃあみんなが━━━━!」

俺と楯無さんめがけて飛んできたミサイルとレーザーをシャルがラファールの大型シールドで防いだ。

「瑛斗行って! こっちは僕らでなんとかするから! 早く!」

「シャル……! わかった!」

一度G-soulの展開を解除して、一瞬の落下感覚のあと、すぐにセフィロトを展開した。

「必ず戻って来るからな!」

みんなに背を向けて無人機を追いかける。

(セフィロト………みんなが俺とお前を頼りにしてる! 頼むぞ!)

今日何回目か分からないサイコフレームの発動。

 

フェイスマスクが顔を覆い、黒い装甲に青い光が差す。

意識を集中させると流れる景色が一層速くなった。どんどん無人機との距離が近づいて行く。

「ガアァァァァァッ!!」

無人機の一体の背中をクローアームが切り裂いた。

「━━━━━━━━!」

そのまま動きが止まった無人機に背中のクローアームを捻じ込む。無人機の両腕がもげ落ちた。

「落ちろぉっ!!」

推進器のような気がするものを手当たり次第削ぎ落として、腰から上を掻き捌いた。

ズタズタにされた無人機だったスクラップは大きな音を立てて地面に落ちる。

「次っ!」

でも他の無人機は気にも留めずに進んでいく。

「ふっ!」

背中のクローアームから十本のクローを飛ばす。

二体の無人機の身体を貫いたワイヤーを巻き戻そうとすると、向こうも抵抗してブースターの出力を上げてきた。

「い、か、せ、る、かぁぁぁ!!」

両腕を元に戻してワイヤーを掴んで思いっきり引っ張る!

「おりゃあああっ!!」

無人機二体の身体がつんのめるようにしてぶつかったところを、もろともブレードで叩き斬った。

「あいつに言われたのが嫌だけど……徹底的にだ!」

最大出力のビームカノンが無人機を飲み込んだ。爆発が起こる。

「残り三機!」

追いかけるとそのうちの一機が俺に向かってきた。

「ぐっ……!」

クローと右腕と一体になった刃がぶつかり火花が散る。

 

無人機の頭のアイ・センサーが赤く光っていた。

「邪魔すんな!!」

サイコフレームから青い光が飛び出して無人機の身体を貫く。

無人機はそれでも動き続け、抜き手で俺の胸を突いてきた。

「がはっ……!」

装甲で守ってるけどその力の強さに鋭い痛みが走った。感覚で傷が開いたのがわかる。

「痛てぇだろう……がぁっ!!」

サイコフレームの光がもう一度飛び出して、今度は無人機をその光で切り刻んだ。

「はあっ……はあっ………!」

息が乱れる。あんまり向こうが抵抗してこないとはいえ。立て続けに相手にするのは非常にキツイ。

「あと……ふたぁぁぁぁぁつ!!」

みんなが持ちこたえてるうちに落としてみせる!!

残った無人機がさらにスピードを上げた。

「待ちやがれ!」

連戦でセフィロトも結構ダメージを受けてる。それでもやるしかない。

「ガアアァァァァッ!!」

こっちもスピードを上げて追いすがり、加速したままクローを振り下ろす。

クローが届きそうになったその時、

「!?」

レーザーが俺の背中にぶち当たった。

反射的に振り返る。

「…………!」

みんなが必死に無人機の進行を食い止めている。けど捌ききれない攻撃が俺の方に飛んできていた。

「しまっ━━━━!」

その一瞬が命取りだった。

 

無人機たちがさらに加速。俺との距離を一気に突き放した。

「くそぉっ!」

追いかけてクローを飛ばしても弾かれて届かない。

(く……!)

 

段々と視界がぼやけてきた。散々流血して貧血になったのかも知れない。

装甲とISスーツの間から、また血が滲みだしていた。

「う……!」

意識が揺らいでスピードが落ちる。

(まだやれる………!!)

奮い立たせてみても、無人機との距離はどんどん遠くなっていく。

(間に合え……!)

林を抜けたところで高度まで低くなって、地面に激突しそうになった。

「うぐっ…………!」

ゴロゴロと地面を転がるようにして着地。

顔を上げると無人機が俺の上でホテルの建物を見据えている。

「ちくしょ……う………!」

背中のクローアームが力無く垂れ、右腕をなんとかあげてクローを飛ばしてみても、途中で勢いが死んで地面に落ちてしまった。

「━━━━━━━━」

「━━━━━━━━」

無人機の身体が中央から開く。

 

ミサイルだ。

 

大量の小型ミサイルが、十や二十ではきかない数で、まるで孵化を待つ魚のように弾頭を外側に向けている。

 

あの数なら威力など関係ない。建物は簡単に吹っ飛ばされるだろう。

「やめろ……!」

俺が叫ぶのとミサイルが飛び出すのが同時だった。

「やめろぉぉぉぉぉっ!!」

 

竹刀がぶつかりあう音が響く。

一撃一撃が重い。俺は防戦を強いられている。

「はあああああっ!!」

「っ!」

箒の竹刀が振り下ろされた。

持っている竹刀を横にして受け止めて膝のばねを使って箒の竹刀を押し上げる。

(もらった!)

一瞬隙ができた。それを見逃さず竹刀を振る。

「甘いっ!」

「!?」

箒はその場で右足を軸に身体を捻り、俺が振り下ろした竹刀をいなした。

 

バランスを崩した俺は、もたついて防御のタイミングを逃してしまう。

 

「勝負あり、だな」

 

胴を箒の竹刀が叩く音がした。

それから、一礼をして、勝負は終わる。

 

「俺の負けだよ。やっぱ強いな、箒は」

潔く負けを認めて、俺は肩を竦める。

「だが、いくら強くても、それだけでは意味はない」

箒は目を伏せてそう言った。

「ただ強くても、決してそれは意味を持たない。私はそれを知らなかった………」

俺は気になったことを箒に問いかけた。

「箒……さっきの、もう一人のお前の傍で倒れてたのって………」

「……………姉さんだ」

「やっぱり……あれはいったいなんだ? 何があったんだ?」

 

「…………………」

答えることはなく箒は道場の外に出た。俺もその後を追う。

「えぇぇぇん………!うぇぇぇぇん……!」

幼い箒は、まだ横たわる束さんの前で泣いていた。

「助けないと━━━━」

動こうとする俺を隣に立つ箒が止めた。

「やめておけ。無駄だ」

「そんなことない!」

箒の制止を振り払って幼い姉妹に近づく。

 

倒れている束さんの呼吸は浅かった。

 

血が腹のあたりから流れて地面を汚している。

「束さん、今助けますよ!」

触れようとしたら、俺の手が束さんの体をすり抜けた。

「え………!?」

掴もうとしても掴めない。

泣いている箒に触れようとしても同じことが起こった。

 

「なんだよこれ……!?」

「だから言った。無駄だと」

傍に来た箒が淡々と言う。

「箒、お前は……」

「ほう……き………ちゃん………」

「!」

横たわっていた束さんが動いた。血で汚れた手で、泣いている幼い箒の頬に触れる。

「姉さん……!」

「だい……じょうぶ、だよ。わた、し、は………」

直後、頭を刺すような痛みが走って、視界がぐにゃぐにゃに歪んだ。

「な、なんだ……?」

意識が遠のいて、目の前が真っ暗になった。

 

……

 

…………

 

………………

 

……………………

 

最初に感じたのは花の匂い。

「……? こ、これは!?」

 

目を開けると、そこはもう篠ノ之神社の境内ではなかった。

 

真っ白な景色の中央に石畳の一本道が続く謎の空間が、俺の眼前に広がっている。

「今度はどこだ……」

一際目を引いたのは、その一本道の左右に咲き乱れている赤い椿の花。道に沿ってどこまでも咲いていた。

 

(あ……)

 

遠くに、箒の後ろ姿が見えた。深紅のIS、《紅椿》を展開している。

「━━━━箒!」

石畳の道を進み箒のもとへ近づこうとした。

「うわっ!?」

花びらを巻き込んだ突風が俺の動きを止めた。

「ほ、箒!」

「……一夏、お前は、私を(ゆる)してくれるか………?」

「え…?」

振り返った箒の目からは、涙が流れていた。

「赦してくれるか?」

「赦すもなにも……何を赦すんだよ?」

箒は答えてくれない。ただ涙を流すだけだ。

「……彼女は、赦しを求めています」

真横で、声がした。

 

「あなたは………」

 

白い女騎士。

 

去年の夏に、銀の福音にやられた俺が夢の中で会った、白く輝く甲冑を纏った、女の人。

 

ガードで目から上を隠した顔を、箒に向けている。

その隣には、白いワンピース姿の女の子もいた。

 

「……彼女は、赦しを求めています」

 

女の人の言葉に、俺は問いかける。

「箒は……………箒は、俺に何を赦してほしいんだ?」

「彼女の行い、彼女の非力、そして、彼女の━━━━弱さ」

「箒の、弱さ……?」

もう一度箒を見る。

 

その目がどこまでも寂しそうで、悲しそうで……

 

だけど、綺麗だった。

「………箒は、弱くなんかないよ」

俺は舞い踊る花びらを手で払いながら風の中で足を動かした。

「箒は強い。俺が保証する……って俺が言ってもって感じか。だけど、箒は強い。絶対に」

少しずつ、けど確実に近づいて箒に向けて手を伸ばす。

 

そこでもう一度強い風か吹いた。足を取られて、後ろに倒れそうになる。

 

「わっ……!」

 

しかし、倒れなかった。

 

後ろから、女の子が俺を支えてくれたんだ。

 

「………………」

 

俺が自分の足でしっかりと立ったのを認めると、女の子は微笑んで、女の人の元へ戻っていった。

 

ああ、そうか。

 

()()()()()()()()()()()

()

 

「……箒、お前の強さを、お前だけの強さを、俺は知ってる。俺はわかってる」

 

箒に、赦しを求める箒に、振り返る。

 

「だから━━━━泣くなよ」

「一夏……お前は……………!」

「ああ、俺は、箒の全部を赦すよ………」

箒の指先が、俺の手のひらに触れる。

 

赤い光と白い光。暖かな二色の光が、溶け合い、俺たちを包み込んだ。

 

 

「た、多数の熱源が高速で接近してきます!! ミサイルです!」

簡易的にだが設けられたセンサーからの情報を読み上げる悲鳴に近い声が、周囲にどよめきを広げた。

「距離、直線で一四〇〇メートル!」

「その距離で探知できなかったの!?」

「生徒たちの避難を!」

「間に合うわけないでしょ!」

「織斑くんは!?」

「無理よ! 熱源の数が多すぎる!」

周囲から絶望の声が上がる中、千冬だけは表情を変えなかった。

「……………」

「織斑先生?」

「………来たか」

ぽつりとつぶやいた瞬間、真耶が新たな報告をした。

「ね、熱源群前方に新しい反応!」

「まだミサイルが!?」

 

「いえ、こ、これは……!」

 

 

「あ……あ………!」

 

信じられない光景を、目の当たりにした。

 

ミサイル群が飛び出して、そのすぐあとだ。

白と紅の二つの光球が、ミサイルの前に()()()

白い光から発せられた一筋の光は、木の枝のように広がって、ミサイルを全て破壊する。

幻なんじゃないかと疑った。

 

でも胸の痛みが現実を証明してる。

光が収束して、輪郭が見え始める。

「……………」

一人は、手に持った剣を空に掲げ、

「……………」

一人は二振りの刀を握っている。

並び立つその姿は、絵画のように気高く、雄々しく、美しい。

「箒……! 一夏!!」

昂りを抑えられなかった俺は、現れた二人の名前を叫んでいた。




その時、不思議なことが起こった!

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