IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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世界の戦い、人の闘い 〜または切り結ぶ過去〜

「はあっ!」

「……………」

マドカから請け負った白いローブの敵に向かってビームソードを振り下ろす。しかしそれは簡単に躱されてしまった。

「まだだっ!」

ビームガンを躱した方向に撃っても、ヒラリと避けられる。

「……………」

雨ガッパのような白いローブで全身をすっぽりと覆った敵。こっちの攻撃を避けるくせに、向こうからは全然攻撃してくる気配がない。

「ちょろちょろ動きやがって! Gメモリー! セレクトモード! セレクト! アレガルス!」

 

━━━━コード確認しました。アレガルス発動許可します━━━━

Gメモリー《アレガルス》を起動して、ミサイルラックを全開放する。

「下手なミサイルもなんとかってな!」

肩と両足の装甲からミサイルが十数発発射された。

「……………」

布をはためかせながら逃げるターゲットを、ミサイルが追尾する。

敵が右腕を伸ばした。その腕を包む布の奥から銃口が覗く。数回の瞬きの直後、爆発を起こしたミサイルの誘爆で、他のミサイルも消し飛んだ。

「もらったぁっ!」

けどその時には俺はノーマルモードに戻したG-soulのビームソードを敵の頭に振り下ろしている!

「……………!」

反応した敵は躱そうと小柄なボディを横にずらした。

「遅いっ!!」

躱されるより先に、ビームソードの刃が敵の頭を隠していたフードを焼き切る。

「!」

その焼き切れたフードの切れ込みから覗いたものを俺は見逃さなかった。

「お前は……!?」

俺の後ろから吹いた風がフードを捲り落とした。

「……バレて、しまいましたね」

露わになったのは幼い女の子の顔。昨日の今日で忘れるわけがない。

「……くー!?」

「こんにちは、桐野瑛斗さま」

地下で会った不思議な機械義肢(サイボーグ)少女、『くー』はうやうやしく俺に一礼してきた。

「お前、目が見えたのか……」

その目は、ラウラの『越界の瞳』よりも深い金色をしていた。金というより、琥珀色だ。

 

それよりも驚いたのは、その目の白いはずの部位が、黒く染まっていたこと。普通じゃない瞳が、目の前の女の子が半分人間でないことをうるさいくらいに訴えてくる。

「どうしてお前がここに!」

 

「質問にお答えする前に、単刀直入に言わせてもらいます。引き下がっていただけませんか?」

その金色の目が俺を真っ直ぐ見据えていた。丁寧だけど、断固とした言い方だ。

「……それで、はいそうですかってなると思うか?」

「そのほうがありがたいのですが………そのご様子では聞き入れてくれそうにありませんね」

くーは眉を下げて、困ったように言った。

「教えてくれ。博士の目的はなんなんだ? どうしてこんなことをする」

「私の口からは言えません」

なら、直接身体に━━━━おっと、これは悪役のセリフだな。しかし弱ったな。子どもを相手に戦う趣味はないんだけど…………

 

「ご安心を。私もいたぶる趣味はありません。すぐに終わらせます」

見透かしたように言ったくーが、その身に纏ったローブを脱ぎ捨てた。

「な、なんだよ……それ……!?」

思わず言葉が漏れる。

一瞬何も着てないのかと錯覚したが、見えちゃいけないところはアーマーパーツで隠れていた。

 

「驚きますよね。この姿には……」

 

「ああ。そんなほとんど裸みたいな格好してるなんて……………お前の趣味なのか?」

 

「……違います。決して。断言します」

「でも裸ローブって━━━━」

 

「束さまの趣味ですっ!!」

 

あう、怒られた。でもあの人の趣味ならまあ、うん。仕方ない。

 

それはさておき、最も俺の目を引いたのは、その胸の真ん中に半分埋まるようにして光っている、小さなキューブ状の物体だ。

「それ……ISのコアだよな」

 

「ええ。これは、()の私に必要なものです」

どういうことだ? 聞こうとした俺をよそに、くーは高速で間合いを詰めてきた。

「いきなりかよっ!」

右足の蹴りをこっちも右足で防ぐ。足に電気を流されるような痛みが走った。

 

複合金属と女の子細い脚。普通に考えて後者が折れるはずなのに、逆にG-soulの装甲にヒビが入った。なんてパワーだ!!

目の前に六門の銃口が見えた。

「ちっ!」

身体を反らして弾丸を躱す。けどそのモーションがまずかった。

 

身を捻ったくーのヒールキックが腹にめり込んで、呼吸が一瞬出来なくなる。

「……《G-spirit》!!」

海面ギリギリでビームウイングを展開して………踏ん張る!!

「おおぉぉぉ━━━━ぁぁぁああっ!!」

そのまま跳ねるようにくーに突進し、ビームブレードで斬りかかった。

「……見えていますよ」

紙一重で斬撃を躱された。

「ああ。当てようとは思ってねえよ!」

俺はくーの右腕を左手で掴んだ。

 

柔らかい。人のそれとまったく変わらない柔らかさだ。

「これで、右腕は使えない!!」

「それはどうでしょう」

「え?」

右手の指を指鉄砲にして俺に向けてきた。すると、人差し指の第一関節がぱかっと開いて銃口が覗いた。

……流石は博士。抜かりがない。

()の私は、機械義肢ですから」

乾いた音が鳴った。

「ったあっ!」

ヘッドギアに弾丸が当たった。思わずくーの腕を放しちまう。

「しまっ━━━━!?」

気づいたときにはくーが俺の懐に潜り込んで、両の拳を連続で叩き込んできた。

ガガガガガッ!!

「ぐあああああっ!」

硬い拳にエネルギーがどんどん削られていく。華奢な身体してるくせに、拳の一発一発がシャルのラファールのパイルバンカー並みの威力を持ってやがる。

 

「っ!」

 

今度は右のハイキックが来た。

「うぐぁっ!」

よろけたところに来た鋭い蹴りがヘッドギアを砕いた。

 

絶対防御が働いて致命傷は免れたけどエネルギーが大きく削られちまう。

蹴られた勢いで高度が下がる。

(やられっぱなしで……!)

「いられるかぁっ!!」

ビームブラスターを構えてトリガーを━━━━!!

 

「っ!?」

くーがいなかった。さっきまでいたはずの場所にいない。

「ど、どこに……!?」

━━━━後方! 高密度エネルギー収束を観測! ロックオンされています!━━━━

「後ろか!」

ビームならウイングで吸収してやる!

ドオォォォォッ!

「うああぁぁぁっ!!」

そのビームが想像以上に大出力だった。衝撃で胸の傷が痛む。

(で、でもチャージが一気に溜まった!)

「やるぞ、G-spirit!!」

ビームブラスターとビームブレードを連結させ、くーをロックオンする。

「いけぇっ!!」

ビームメガキャノンから放出されたビームがくーに飛んでいく。

「無駄です」

くーの胸のコアが強く光る。次の瞬間、光は壁になってくーをビームから守った。

「バリアだと!?」

ビームメガキャノンのビームがくーの周りだけを避けるようにして通り過ぎて行く。

「……くそっ! エネルギーが……!」

G-spiritがエネルギー不足でG-soulに戻る。

強い……。悔しいがメチャクチャ強い……!

「どうしたもんかな……」

くーが俺の前に降りてきた。

「もうおしまいですね。あなたの機体はもう限界です」

「……確かにな」

「その余裕……やはり、まだ何かありますね?」

「………………」

くーは俺を、俺の首を指差した。

「あなたからは、まだもう一つの反応があります」

「勘がいいな、お前」

「私には見えていますから」

ゴクリ、と生唾を飲む、

(どうする……? セフィロトを使うか? けどそれでも勝てるかどうか……)

考えているとくーがふと口を開いた。

「正午零時……この時間までに撃墜された無人機は二十四機……世界中から援軍が集まっている……。ぴったりのタイミングです」

「なんだ? 何を言って━━━━」

G-soulのディスプレイに大音量のファンファーレが鳴り響いた。

「な、なんだ……!?」

画面には『SOUND・ONLY』という文字とデフォルメされたウサギがピョンピョン跳ねるアニメが映ってる。

『れでぃーすえーんじぇんとるめぇーん! 束さんインフォメーションのお時間でぇーす』

「!」

その声に体を強張らせた。

「篠ノ之博士!?」

『十二時! お昼時だねぇ、みんなご飯食べてるー?』

底抜けに明るい声は、まさしく篠ノ之博士の声だった。

『ここで中間発表だよー! この時間までに落とされた無人機は二十四機! うんうん、頑張ってるねぇみんな!』

くーを見る。目の前の機械義肢(サイボーグ)は何も言わず、続きを見るように促してきた。

『世界各国もやっと本格的に動き出したみたいだね。世界が一つになってる感があるよ! ……けどさぁ』

突然博士の声のトーンが下がった。

『そんな簡単にいく程、世の中甘くないんだよねぇ』

アニメーションだけだった映像が切り替わってどこかの空になった。篠ノ之博士の姿は見当たらない。

その代わりに空には黒色のキューブが浮かんでいた。

「まさか………!?」

自分の予想にぞわ、と鳥肌が立った。

「やめろ………やめてください博士っ!!」

けど、博士の言うとおり、世の中は甘くなかった。

『どーんと追加━━━━いってみようか』

キューブが展開された。中には、大量の無人機。

『さらに五十機の追加だよ』

「五十機…」

その数を聞いた瞬間、体中から嫌な汗が噴き出た。

『発進っ☆』

博士のその言葉をきっかけに、無人機たちが飛び立った。

「あ、ああ……」

言葉が出ない。

『それじゃあ頑張ってねー。終わりっ!』

余りにも突拍子のない映像は一方的に閉じられた。

「追加………? 五十機の追加だって……!?」

その途方もない、どうしようもない現実がのしかかった。

「……………」

「くー……! 答えろ! どの機体が当たりだ!?」

ビームガンを向けてくーに叫ぶ。

「申し訳ありませんが、それにはお答えできません」

くーは頭を下げてくるだけだった。

「本当に……本当に世界を滅ぼすつもりなのか!? 篠ノ之博士は!」

「ここでそれを論じているより、もっとやるべきことがあるのではないでしょうか?」

スコールみたいなことを言いやがって……!

『瑛斗! 瑛斗聞こえる!?』

マドカから通信が入った。

「マドカか!」

 

『今の放送見た!?』

「ああ。大変なことになったぞ……! そっちはどうだ?」

『ゴーレムⅦは倒せたよ。簪たちと合流できたの。変わるね』

『瑛斗!』

「簪! 無事だったみたいだな!」

『お姉ちゃんたち、に、助けて、もらった』

心配していたが声が聞こえてほっとした。

『あ………お姉ちゃん。うん……はい』

「簪? どうした?」

『瑛斗くん、私よ。割り込むようでごめんなさい』

楯無さんの声が聞こえた。

「楯無さん。そっちはどうです?」

『ここに来るまで3機撃墜したわ。でも、そのカウントももう意味ないみたいだけどね』

「五十機の追加って、もうどうしたら…」

『補給ポイントに一度戻って情報の整理をする必要があるわ。瑛斗くん、近場に補給ポイントはあるかしら?』

「さっきマドカと行って補給したポイントがあります。距離もそんなに遠くはありません」

『じゃあそこで落ち合いましょ。できるだけ急いでそこに向かって』

楯無さんの言葉に少しギクリとした。

「わ、わかりました。できるだけ、急ぎます」

目の前にいる少女を見る。小首を傾げてくるあたりは人間と遜色ない。

「じゃあ、またあとで━━━━」

『待って!』

声がまた簪のものに戻った。

「簪?」

『えっと……その、え、瑛斗……』

「?」

『は、早く、会いたい……!』

心配そうな声で、簪はそう言った。

「……ああ、すぐに行くよ。約束する」

『うんっ。約束、だよ』

その返事を聞いて通信を切った。

「お話しは終わりましたか?」

「まあな。待ってくれてありがとよ」

余裕な感じ装ったけど、さっきの狼狽っぷりを見られてちゃあ意味無いか。

━━━━装甲のダメージが増加しています。機体残存エネルギー34パーセント━━━━

G-soulも大分疲弊してる。ついさっき補給したと思ったけど……さっきの攻撃と絶対防御が響いてるのか。

汗が頬を伝って海に落ちた。

(正直、この状態のG-soulでコイツの相手はできそうにない……)

きっとGメモリーもロクに使えないだろう。

(こうなった以上、やるしかない!)

「お望み通り……見せてやるっ!」

待っていたと言わんばかりに、首から黒い光が溢れだした。

G-soulの展開を解除するとその解除した部分を黒い装甲が呑み込んでいく。

黒い光の残滓を右手で払う。

全展開されたセフィロト二号機《ブラック・レオル》が、くーをロックする。

くーもそれを察知したのか、右腕に力を込めている。

「さっきの、前言撤回だ……こいつは加減が効かねぇぞ!!」

フルフェイスマスクが顔を覆って、全身の装甲がスライドした。

そして青い光を放つサイコフレームが露わになる。

両腕がクローアームになって、背中からも一対の腕が伸びた。

「グゥゥゥアアァァァァアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

咆哮に海面が飛沫をあげる。

瞬間、くーの拳が顔面に飛んできた。右の手の平で止めて左腕のクローを飛ばす。

「っ!」

くーは身体を捻ってクローを蹴散らす。

「クローはまだあるっ!!」

背中のクローを全てくーに飛ばした。

右腕で5本ほど弾かれたが、残り五本がくーの左肩をかすめた。

「女の子云々言ったけど、悪いな! こうなると加減できないんだ! 徹底的に叩きのめさせてもらうぜ!!」

キッと睨まれたけど、気にすることはない。

「ガァァッ!」

そのまま四本のアームをくーに伸ばした。

突然くーの胸のISのコアが光った。

 

「ぐあっ!?」

胸のコアから出た光の正体はビームだった。バリアだけじゃないのか……!

「やるじゃねえか!」

けど知ったこっちゃない。そのまま右腕を振り下ろす。

「荒々しい攻撃ですね……」

避けられたところに、

「だありゃああっ!!」

左腕のクローアームをくーの脇腹に叩きつけた。

「ぐっ!」

堅い感触があった。骨とかじゃない。なにか鉄のようなものに当たった感触だ。

「あぁ?」

見ればくーの脇腹あたり、肌色の部位の隙間から銀色の機械が覗いていた。

「マジで映画のなかみたいだな」

「……これ以上は、許しませんよ」

おお、怖い怖い。

くーの右腕がまた銃口を出して俺に向けられた。

でもその時には俺はお前の後ろにいる!!

「どこ見てんだよ!!」

「速い……!?」

ニ十本のクローがくーの背中へ迫る。

「ああっ!」

頭の近くに当たったクローが銀色の髪を散らした。

「……っ!!」

「もう一撃━━━━!?」

俺は伸ばしかけてた右腕を引っ込めた。

 

直感的に何かヤバいと思ったからだ。

「な、なんだ……!?」

「……た……ね……」

くーの髪が立っていく。重力に逆らって、逆立っていく。

「……つけ……ましたね……!」

くーの皮膚が裂けていく。

しかし血は出ない。その代わりに皮膚の内側で何か赤く輝くものが見え隠れしていた。

「傷つけましたね……私の……束さまの……私たちの繋がりを!!」

くーがその場から消えた。そう認識した時には目の前に来ていた。

「なっ!?」

拳が飛んでくる。

「ぐああっ!?」

防御が間に合わず盛大に吹っ飛ぶ。

「このっ……!」

姿勢を立て直してくーがいた方を見る。

 

しかしくーはそこにはいなかった。

「うぐっ!?」

後ろから衝撃が来た。弾丸が当たったみたいだ。

「このぉっ!」

振り返りながらクローを飛ばす。簡単に躱された。

これ以上の追撃は望めず、俺は後方に飛んだ。

 

「ふーっ……ふーっ……!」

「な、なんかスゲー怒ってる……」

落ち着いて考えてみれば、髪は女の命と言う。それを傷つけた俺にも非はあるかもしれない。

「けど、そういう場合でもないんだよ……」

スピードアップには驚いたけど、もう慣れた。追いつけない速さじゃない。

逆に怒って冷静さを欠いてくれればこっちのもん━━━━

『ぷるるるる、ぷるるるる』

急に間抜けな感じの、というか篠ノ之博士の声が聞こえた。

「……失礼、私です」

くーは自分の右手で右耳を包んだ。手のひらで電話できるのかよ……。

「……束さま、なんでしょうか?」

「え?」

聞き捨てならない言葉だった。

「篠ノ之博士から、電話?」

眉をひそめるていると、

「はい。はい……え……」

くーは少し驚いたように眉をぴくっと動かした。

「………いえ、わかりました」

そう言って耳元から手を離す。

「どうした? 博士からなんて?」

「……戻ってくるように言われました。帰還命令です」

突き放すような言い方をされた。

「は?」

「正直言って不服ですが……束さまのご命令とあらば仕方ありません」

「何言ってんだ?」

「ですから……」

ヒュンッ

くーが一瞬俺の世界から消えて、次現れた時には俺の目の前で拳を構えていた。

「!?」

ドッ!!!!

「がっ……!?」

胸のあたりの装甲を殴りつけられた。傷に響く………!

「……これで妥協します。それでは」

くーの手から、小さな黒い豆みたいなものが放られ、目の前で連続的に爆発した。

「うわっ」

視界が白い煙に包まれる。煙幕だ。

「ふっ! はぁっ!」

煙を四本の腕で払う。

 

けど、もうくーはどこにも見当たらなかった。

「な、なんだったんだよ……」

不完全燃焼の感は残るが、くーとの戦闘はひとまず終了した。

「あ、そうだ! みんなと合流しないと」

こうしちゃあいられない。早くさっき行った補給ポイントに戻らないきゃ。

「えっと……こっちか!」

俺は青空と青い海に蒼の光を溶かしながら、急いで元来た道を戻った。

 

 

白式の光に導かれるまま道を歩いてしばらく経った。俺は白式が俺をどこに連れて行こうとしているのか段々わかってきていた。

白式からの光が曲がり角を曲がった。そう。ここを曲がれば……

「やっぱり……」

篠ノ之神社。

箒と、束さんの実家。俺もその剣道場に通っていた。

━━━━助けて━━━━

さっきから聞こえる声が大きくなってる。光は階段の上を示していた。

「………………」

俺は階段を駆け上った。

上りきった神社の境内。見渡してみても人の姿はない。

白式からの道標の光が消えた。

━━━━助けて━━━━

でも声がどんどん近くなっているのがわかる。

「いったいどこから……もしかして……!」

篠ノ之道場の方へ向かう。

人の姿があった。小さな女の子だ。

「ひっく……! うぅ……うぇっ……うぇぇ………!」

俺に背を向けてうずくまって泣いている。

だけどその背中に俺は見覚えがあった。

今と変わらない、そのポニーテール。

「箒……」

俺は一歩歩み寄ってその肩に触れようとした。

「……!?」

瞬間、全身の筋肉がこわばった。

小さな体の傍で、もう一人の少女が倒れ伏している。俺と同じくらいの年齢の子。その体はぴくりとも動かない。その近くの地面を真っ赤な液体が濡らしていた。

「来たか……」

後ろから声が聞こえた。

「?」

振り返ると箒がいた。見た目は泣いている幼い箒とは違って、今の俺が知っているもの。なぜか袴姿だった。

「箒……? え……でも……あれ?」

二人の箒に挟まれて困惑していると、現在の姿の箒が俺に背を向けて道場の方へ歩いて行った。

「一夏、来てくれ……」

箒はそのまま道場の入り口の戸を開けた。

「箒!」

追いかけようとしたけど、後ろで泣いている幼い箒が気になった。

「えぇぇん……うぇぇぇ……!」

「どうした、早く来い」

箒はそのまま道場の中へと消えた。

「ま、待てよ!」

俺は道場の中へ入った。

西日が差し込む建物の中央で俺に背を向けてたたずむ箒。

「箒……」

話しかけようとしたら竹刀が投げられた。それを反射的に両手で受け取る。

「━━━━構えろ、一夏」

ス……と無駄のない動きで箒が竹刀を構えてきた。

「え、な、なんだって?」

「構えろ、と言った」

なんだかよく分からないまま俺は竹刀を構える。

「こ、こうか?」

「……やあああああっ!!」

「うわあっ!?」

箒が竹刀を振り下ろしてきた。ギリギリで受け止める。

「い、いきなりなんだ!」

竹刀をいなすと箒は後ろにさがった。

「一夏、私と勝負しろ」

「お、おい………なんだってんだ━━━━って、なんだこれ!?」

いつの間にか俺まで袴姿になっていた。

「勝負だ。私自身の答えを出すために」

「わけのわからないことを言って……」

「…………………」

箒の目が俺をジッと見据えていた。

「箒……お前……」

 

なんていうか、ここで戦わないのは失礼極まりない気がする。

だから、俺は竹刀を握る手の力を強めた。

「……わかったよ。本気でいくからな!」

二本の竹刀がぶつかり合った。


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