IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

142 / 219
苛烈! ゴーレム迎撃戦 〜または重なり揺れる少女の形影〜

 少女は、助けを求めることを知らなかった。

 

 いくら嘆こうと、いくら喚こうと、今の自分が救われることはない……そう幼いながら理解していたからだ。

 

 だから、あの薄暗い地下にいた自分を買った主や、その家族からの常日頃の暴力に抵抗することもなく、向こうの気が済むまで虐げられ、その小さな身体を地面に倒れ伏させることにさえ、少女は何の感情を抱くこともなかった。

 

 少女の涙は、落ちる前から枯れていたのだ。

 

 しかし、少女の人生はある日を境に大きく変わる。

 

 雨の降る日のことであった。

 

 いつものように買い出しに遣わされて戻る途中、傘をさすことも、靴を履くことも許されていないため、少女の身体は冷え切っていた。

 

 戻れば、汚らしいだの買ったものが濡れているだのと適当な理由をつけて、主の傍でいつも煙草を吸っている女が楽しそうにその拳をぶつけてくるのだろう。

 

 そんな分かりきっている予想をしながら、曲がり角を曲がった瞬間だった。

 

 少女の視界は閃光に包まれた。

 

 次に感じたのは、浮遊している感覚。

 

 その次に見たのは、ハンドルを握り、こちらを目を大きく開いて見ている男の、恐怖に塗り固められた表情。

 

 少女は背中から地面に叩きつけられた。

 

 男は意味不明なことを叫びながら猛スピードで車を走らせてどこかへ消えた。車の後輪が少女の右腕を潰し、今まで聞いたことが無い音が身体の中で響く。

 

 激痛のあまり、声すら出なかった。

 

 目を動かして人を探すが、誰もいない。

 

 死ぬ━━━━。

 

 このまま、誰もいないこの道の上で、ゴミのように、死ぬ。

 

 何の楽しみもなく、何の意味もなく生まれ、そして死に行く自分の末路を、少女は呪うことはなかった。

 

 目の前で、血が水と混じって広がっていく。

 

(せめて、空を見ながら死のう……)

 

 顔を空に向けた。雨雲は空を薄暗い灰色に塗り潰している。

 

 雨粒の一つが、目に入った。

 

 視界がぼやけて、雨粒が頬を伝って落ちる。

 

「い……や…………」

 

 目から溢れた枯れていたはずの涙が雨粒を飲み込んで、もろとも地面に落ちた。

 

「死に…………たく……な……い………………!」

 

 残った左手を天へ伸ばす。

 

 だが、その手を掴んでくれる者は現れることはなかった。

 

 いつ流したかも覚えていない涙を流しても、いつ請うたかも覚えていない助けを請うても、やはり自分が救われることはない。

 

「だれ……か…………」

 

 意識が遠のいていく。

 

「……いやはやいやはや」

 

 足音がした。

 

「あれだけ派手に轢かれたのに悲鳴も上げないなんて、中々ガッツあるねぇ」

 

 身近に聞かない明るい声も同時に。

 

「死んじゃうね。このままじゃ間違いなく。確実に。100パーセントに」

 

 誰かが言っていた。人は死ぬとき、死神が見えると。これがそうなのだろうか。

 

「さて! ここでクイズです! じゃーじゃんっ!」

 

 クイズを出す死神がいるとは聞いていなかったが。

 

「目の前で、車に轢かれて今にも死にそうな女の子。あなたならどうします? 一、見て見ぬふり。ニ、救急車を呼んで助ける。正解は…………ぶっぶー! どっちも外れ~。今更救急車なんて呼んでも助かるわけないないない!」

 

 では、答えはなんなのか。

 

「本当の正解はね……」

 

 もう視界も定まらない少女は、身体を持ち上げられるのを感じた。

 

 ぼやけて見えたのは、頭らしき部分から、二つの長い何か()のようなものが伸びていたこと。

 

「う……さ……ぎ……?」

 

 少女の口から、『最期』の吐息と共にその言葉が漏れた。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ……………………

 

 …………………………

 

 風が頬を撫でる。

 

 海鳥の鳴き声が聞こえる。

 

 潮のにおいが鼻をくすぐる。

 

「システムオールクリア……」

 

 流れる銀髪は、あの人が束ねてくれた三つ編み。

 

 この身体は、あの人がくれた生きている証。

 

「………………」

 

 瞼をゆっくりと上げる。

 

 黄金色の両目に映るのは、どこまでも広がる青空と海。

 

 少女は自分が立つ切り立った崖から、足を浮かせた。しかしそのまま落下することはない。

 

「パッシブ・イナーシャル・キャンセラーの正常な機能を確認……」

 

 左手で右腕に触れる。腕を囲むように、銃口が並んだ。

 

 フードを被り、顔を隠す。

 

「……行ってきます、束さま」

 

 少女は大空を舞い、目標へ向かって飛翔する。

 

 ◆

 

 黒色の無人機の斬撃が飛んでくる。

 

「うっ……!」

 

 分断される時、一人で無人機の網に捕まった簪は、どこともわからない海の上で二体の無人機を相手取っていた。

 

「やああっ!」

 

 薙刀《夢現》を振るい、接近戦を仕掛けてくるレイピアのように長く細い剣を構えた無人機と切り結ぶ。

 

 だが前方の敵にだけ集中していると、後ろに飛んでいる多種ミサイル搭載型のゴーレムが簪に狙いを定めることになる。

 

「それでもっ!!」

 

 ミサイル管制のシステム操作の行程を一部省略して、後方に反転させたラックからミサイルを撃ち放つ。

 

 ゴーレムが発射したミサイルは弐式のミサイルとともに爆炎の中に消えた。

 

 一対ニの戦い。しかし簪は、自分と、自分の機体の持てる全てを使って見事に立ち回っている。

 

(きっと、みんなも頑張ってる……! 私も、やらなくちゃ!)

 

 自分を突き動かす熱い衝動が、そのまま勇気に変換される。

 

「一緒に戦うよ! 打鉄弐式!」

 

 切り結ぶゴーレムの剣を弾き飛ばしたことで一瞬の隙が作られる。簪は右手を薙刀から離し、投影キーボードを高速でタイピング。発射キーを叩いた。

 

一斉射撃(オール・バースト)!!」

 

 機体に内蔵されたミサイルが、二方向の無人機に襲いかかる。

 

 立ち込める熱風と煙。

 

(少しはダメージに……!)

 

「━━━━」

 

「━━━━」

 

 煙の中を、二体のゴーレムが突き抜けてきた。

 

「そんなっ!?」

 

 簪は失念していた。相手は無人機。

 

 人のように、怯みはしない。

 

(しまった…………!)

 

 レイピアが眼前に迫り━━━━! 

 

 ドッッッッ!!!! 

 

 痛みは感じなかった。目を開ける。

 

「……槍?」

 

 ゴーレムの胴を、見覚えのある槍が貫いていた。

 

「━━━━諦めないで」

 

「!」

 

 空を見上げる。

 

 頼もしい声の主は、太陽を背にして、まさしくヒーローのようだった。

 

 学園最強の生徒会長。

 

「お姉ちゃん……!」

 

 更識楯無━━━━見参。

 

「私だけじゃないわよ」

 

 楯無がそう言って、槍の突き刺さる無人機に視線を投げる。

 

「━━━━!」

 

 黒いボディの右半身が燃え盛り、左半身が凍てついていく。

 

「私たちの分も、残しておいてくれたみたいだな」

 

「間に合ったっすね」

 

 楯無に続き、ダリル、そしてフォルテが簪の目の前に現れた。

 

「一人でよくここまで頑張ったわね。簪ちゃん。あなたはやっぱり強い子だわ。だから、安心して」

 

「……うん!」

 

「おーおー、見せつけてくれるね」

 

「私たちもやるっすか? ぎゅーって」

 

「バカ言うな。……全部終わってからだ」

 

 微笑みあうダリルとフォルテ。楯無は学園でよく見た風景を起想した。

 

「炎を操るダリル先輩の《ヘル・ハウンド》。冷気を操るフォルテちゃんの《コールド・ブラッド》………………うん、強力なコンビね」

 

「おいおい更識。()()なんて言葉、私らに相応しくないぜ?」

 

 楯無の言葉に歯を見せて不敵に笑うダリル。

 

「はいっす! 全っ然っ! 違うっす!」

 

 フォルテも負けないくらい悪い笑みを浮かべていた。

 

「そうさ、私ら二人は━━━━」

 

()()なんすよ!」

 

 直後、熱と冷気の負荷によって、ゴーレムが爆散。残るゴーレムは一機。

 

「更識、悪いが残りの一つももらってくぜ?」

 

「ええ。お二人で好きなだけどうぞ」

 

 楯無が頷くと、そうこなくっちゃあな! とダリルは笑った。

 

瑛斗(あのヤロー)の時はまだシステムが試作段階で使えなかったが、今回は違う。見せてやろうぜ《ヘル・ハウンド》。お前の真骨頂を!」

 

「先輩! 暴れちゃってください! 必ずついて行ってみせるっす! 私も授業はさぼっても、訓練はさぼってないっすよ!」

 

「いいねえ、フォルテ。それでこそだ!!」

 

 二人は、ミサイル弾を多数展開したゴーレムへ弾丸のように飛び出す。

 

「さあ、凍りつくっすよ!!」

 

「燃やし尽くしてやるぜ!!」

 

 氷と炎、二つの力が、魂なき人形へと牙を剥いた。

 

 ◆

 

『……なるほどな。亡国機業も動いているか』

 

 無事に補給ポイントに着いた俺は近くの公衆電話で拠点に連絡を取っていた。

 

 拠点っつってもホテルだからな。普通に電話を繋げてもらえたぜ。

 

「はい。向こうは何の関係もしてないって言ってはいましたけど…………まあ、何はともあれ俺とマドカは無人機を三機撃破して、補給ポイントでISのエネルギーを回復させてもらっています」

 

 ここに到着した直後に、俺は治療を施され、胸に包帯を巻かれた。スーツの方は応急処置で包帯を止める用のテープで止めさせてもらった。

 

「お姉ちゃ……織斑先生、他のみんなは?」

 

 横のマドカが受話器の向こうの織斑先生に呼びかける。

 

『わからん。連絡がない以上、交戦中と認識している』

 

「簪は? あいつだけ一人で攫われたんです」

 

『今しがた更識姉とサファイア、ケイシーが更識妹に合流した。偶然場所が近かったらしい。優勢のようだ』

 

「そっか……よかった」

 

 ほっと胸を撫でおろす。

 

「それにしても不思議だね。ISのコアネットワークに干渉して、ISの通信手段だけを断絶させる電波なんて」

 

『そのおかげで一般回線を使ってこうして連絡を取ることができている。現在各国の特殊部隊が日本に集結しつつある。現時点までで目標も26機の撃墜を確認している』

 

「残り24機……半分ってところか」

 

 時刻を確認する。

 

「十一時三十四分……タイムリミットまで十二時間ちょいか」

 

「間に合うかな」

 

「間に合わせるんだよ。すいませーん! エネルギーの充填あとどれくらいですかー!?」

 

 奥の方で無人展開状態で並べられたG-soulとブレーディア。装甲から繋がれたケーブルがエネルギーを補充している。

 

 その横で端末を操作していた自衛隊の女の人がこっちに振り向いた。

 

「ちょうど終ったわ! いつでも出れるわよ!」

 

「了解です! では織斑先生、連絡を終わります」

 

『ああ。頼むぞ。今後連絡がすることがあればホテルの番号に電話しろ。回線を常に繋げてもらうことになった』

 

「わかりました。失礼します」

 

 連絡を終えてG-soulの近くに駆け寄る。

 

「エネルギーは完全回復してるわ。また危なくなったら補給しなさい」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

「あ、そうだ。これ」

 

 女の人は俺とマドカにイヤホンの片方だけみたいな小さな機械を渡してきた。

 

「通信機よ。持っていきなさい」

 

「いいんですか?」

 

「ISでの通信手段がない以上それを使うしかないでしょ? あなたたちだけでも連絡が取れた方がいいわ」

 

「は、はあ」

 

「そっちのあなたにも、これ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「さ! 行ってちょうだい! あなたたちの頑張りに世界の明日がかかってるわよ!」

 

「だっ!?」

 

「あいたっ」

 

 背中を思いきり叩かれた。マドカはそうでもなかったっぽいが、俺の場合傷に響く。うごぉ……! 

 

 通信機を耳に着けて、G-soulを装備してエネルギー残量を確認する。しっかり100パーセントチャージされていた。

 

「頑張って!」

 

 敬礼を受けた。

 

「「はい!」」

 

 同時に返事して補給ポイントを飛び立つ。

 

 やっぱりエネルギー満タンだと出力が違うぜ。あっという間にトップスピードだ。

 

「見て。さっきのポイントがもうあんなに遠くだよ」

 

「全国的に俺たちを支援してくれてるんだ。ありがたいぜ」

 

「良い人だったね。あの女の人」

 

「ああ。あんだけ激励されたら頑張らないとな」

 

 イヤホンタイプの通信機をちらと見る。

 

 直後、警報が鳴り響いた。

 

「上から!?」

 

 振り仰ぐと同時に赤色のビームが降ってきた。

 

「やろぉっ!」

 

 バチィッ! 

 

 BRFシールドがビームを四散する。

 

「マドカ! 距離は!」

 

「上空二百メートル! 無人機━━━━」

 

 マドカは言葉を止めて大型ブレードビットを自分の真下に滑らせた。

 

 ガギギギン! 

 

 するとビットに何かが当たって弾かれる音がした。

 

(下からも━━━━!?)

 

 見下ろして驚いた。マドカを攻撃したのは別にいた敵だった。いままでのゴーレムように黒くない。真っ白な布で全身を覆い、頭の部分を隠している。えらく小柄だ。

 

「今までと違うタイプだね……」

 

 マドカがビットを固定具から離して警戒する。

 

 上を見上げれば右腕が丸ごとロングレンジライフルの無人機がこっちを見下ろしていた。

 

「上にはスナイパータイプ。下には新しいタイプの敵……マドカ、一緒の行動もここで終わりだ」

 

「え?」

 

「お前はゴーレムⅦの相手を頼む」

 

「ゴーレムⅦ? もしかして……もしかしなくてもだけど、あの無人機のこと?」

 

「ああ。お前のブレーディアなら相性は悪くないはずだ」

 

「もうこうなったらなんでも来いだよ。任せて」

 

「任せた。じゃあ、生きてたらあとで会おうぜ!」

 

「笑えないよ!」

 

 マドカは上に、俺は下に、それぞれの敵目掛けて飛んだ。

 

 ◆

 

「これでぇぇぇぇっ!!」

 

 ドッッッッッ!! 

 

 鉄杭が、漆黒の装甲を穿つ。

 

 無人機の身体が一瞬硬直した。

 

 それを見逃す二人ではない。

 

「今だよ!」

 

「セーフティ解除! 消し飛べぇっ!!」

 

 連射されたレールカノンの砲弾が無人機の装甲を抉り、その四肢を吹き飛ばす。

 

「━━━━━━━━」

 

 至る所からスパークを散らす無人機が海に落ちた。着水と同時に爆発。水柱があがる。

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

「なんとか、倒せたか……」

 

 息も絶え絶えの二人。シャルロットとラウラだ。

 

「流石に三体を相手にすると大変だね……」

 

「エネルギーの消費が著しい。どこかで補給しなければ」

 

「僕もエネルギーが少ないよ。ライフルとマシンガンも弾切れになっちゃった」

 

「この状態で連戦は不利だ。とにかくポイントへ━━━━む?」

 

「どうしたの?」

 

「いや……誰かが来たようなのだが……」

 

「誰……? まさか敵!?」

 

 シャルロットはマグナムをコールして両手に握った。

 

「だーかーらー! さっきのは私の攻撃でトドメだったでしょ!」

 

「何言ってんの! 私のロケットパンチに決まってるじゃない!」

 

 しかしシャルロットの警戒は無駄に終わる。

 

 やって来たのは《銀の旋律(シルバリオ・メロディ)》を展開するナターシャと《ヴァイオレット・スパーク》を展開するエリナだった。

 

「エリナさんと、あの人は確か……」

 

「《銀の福音》の登録操縦者のナターシャ・ファイルスとか言ったな」

 

「あのISって福音(ゴスペル)かな? でもなんか違う気が……」

 

 二人には気づかず、ナターシャとエリナはワーワーと騒いでいる。

 

「大体私がトドメ刺そうってところでどうして割って入ったのよ!」

 

「あなたがトロトロやってたのが悪いんでしょ!」

 

「何がロケットパンチよ! あんたの趣味全開バリバリじゃない! 職権濫用よ!」

 

「うるさいわね! 古き良き時代からの定番武器でしょう!?」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 二人はそのままシャルロットたちをスルーして通り過ぎて行った。

 

「行ったな」

 

「行っちゃったね」

 

 二人はエリナとナターシャを見送る。

 

「あ、戻ってきたよ」

 

「戻ってきたな」

 

 しかし戻ってきた。

 

「ラウラちゃんにシャルロットちゃんじゃない! こんなところで会うなんて偶然ね」

 

「え、ええ」

 

「ど、どうも」

 

「あらあら、去年の夏以来かしら。私のこと憶えてる?」

 

「はい」

 

「もちろんです」

 

「見たところあなたたちだけのようだけど、瑛斗は?」

 

 説明するかどうかシャルロットは一瞬悩んでラウラをチラと見た。ラウラは頷く。

 

「実は……」

 

 シャルロットは二人に自分たちの現在の状況を説明した。

 

「……なるほどね。あなたたちはバラバラに分断させられちゃったってわけ」

 

「はい。今さっき無人機との戦闘が終わって、補給に向かおうとしていたところなんです」

 

「そうなの。ちょうど今さっき私も一機落としたところなのよ。それで次の目標を捜していたわけ」

 

 ナターシャの言葉にエリナが噛み付いた。

 

「ちょっと、その言い方だとまるであなたが倒したみたいになるじゃないのよ」

 

「あら? 何か問題でも?」

 

「最後にトドメを刺したのは私よ? なんで手柄横取りするのよ」

 

「もう、しつこいわね。何と言おうと、私が倒したの! この銀の旋律(シルバリオ・メロディ)で!」

 

「何よ!」

 

「なんなのよ!」

 

 ぐぬぬぬ……! と顔を寄せて睨み合う大人の女性二人に少女二人は困惑する。

 

「あ、あの~……一緒に協力して倒した、じゃダメですか?」

 

「「はっ!?」」

 

 シャルロットが控えめに言ったその至って大人な発言を受け、二人は我に返った。

 

「あ、や、やだ私ったら。この子たちの前でこんなみっともないことを」

 

「お、大人げないところ見せちゃったわ」

 

「あ、あはは……」

 

「………………」

 

 エリナとナターシャは慌てて取り繕う。

 

「二人とも補給に戻るのよね? 近い場所を知ってるわ。ねぇナターシャ?」

 

「そ、そうね。そんな手負いでまた別の無人機に鉢合わせしたらシャレにならないわ。私たちが連れてってあげる」

 

「じゃ、じゃあ行きましょうか。二人とも付いて来て」

 

 シャルロットとラウラは、二人の後ろを飛びながら、

 

「ねぇ、あの二人ってさ」

 

「ああ」

 

「「…………似てる(よね)」」

 

 ある二人組を思い出していた。

 

 ◆

 

「ふぇ……ふぇーっくしょんっ!」

 

 鈴は盛大にくしゃみをした。

 

「……誰かが噂してんのかしら」

 

「くしゅんっ」

 

 セシリアはあくまで上品にくしゃみをした。

 

「……誰かが噂してるのかしら」

 

「……それはさておき、どーすんのよ」

 

「そう言われましても……参りましたわ」

 

 二人は困っていた。どうすることもできずにいた。

 

「やっと無人機を倒して、とりあえず補給ポイントに戻ろうと思ってみれば」

 

「まったくですわ。まさか……」

 

「ええ。ホントまさかよ」

 

 鈴はふっ、と小さく笑った。そして、息を吸って、

 

「ここ━━━━どこなのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 思いきり叫んだ。

 

 二人がいるのは、広い広い太平洋のど真ん中。瑛斗たちとは違い、陸は360度どこを見渡しても見当たらない。

 

「こうなったのも鈴さんの責任ですわっ! 自信満々にこの方向だと言うからついて来てみれば、海の上で迷子ですのよ! 迷子!!」

 

「う、うっさいわね! じゃあ最初に止めればよかったでしょ!」

 

「止めても聞かなかったのは鈴さんですっ!」

 

 ぐぬぬぬ……! と顔を寄せて睨み合う。しかし二人は揃ってため息を吐いた。

 

「……やめましょ。こうなった以上どうしようもないわ」

 

「そうですわね……」

 

「あーあー、エネルギーの残りも少ないし、近くに補給できる場所も見当たらないし。どーすんのよもう」

 

 ゴロリ、と寝転がるように空中で横になる。

 

「わたくしに言わないでくださいまし。助けを呼ぼうにも通信手段もないですし……どうしましょう。ビットも損傷が激しくて戦える状態ではありませんわ。って鈴さん、暢気に寝転んでる場合ではないですわよ」

 

「こうなったら開き直るしかないわ。案外気持ちいいわよ」

 

「もう……鈴さんと一緒に捕まったのが運の尽きでしたわ」

 

 諦めたセシリアも鈴と同様に宙に身体をゆだねる。

 

 流れる雲の影に入って、少し体感温度が下がる。

 

「……いい天気ねぇ」

 

「そうですわねぇ」

 

「絶好の海日和よねぇ」

 

「そうですわねぇ」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……ねぇ、セシリア」

 

「なんですの?」

 

「昨日の一夏……どう思った?」

 

「突然なんですの?」

 

「箒が倒れて、瑛斗から話を聞いてた時の一夏……なんだか怖かった。ほんの一瞬だけど、アイツが箒のことを本気で想ってるんだなーって、そう考えちゃったの」

 

「………………」

 

「もし……アタシが箒みたいになっても、アイツは怒ってくれるか━━━━」

 

「愚問ですわ」

 

「なっ!?」

 

 セシリアは鈴の言葉をぴしゃりと遮った。

 

「あの唐辺木の一夏さんですわよ? きっと鈴さんでも、もちろんわたくしでも、学園の誰かならきっと……きっと分け隔てなく怒りを燃やしてくれますわ。それとも鈴さんは、意中の御方を信じることもできなくて?」

 

「セシリア……」

 

「わたくしよりも一夏さんとのお付き合いが長いのでしょう? そんなあなたが……」

 

「あーもうわかったわかった! アタシがどうかしてたわ。ちょっと不安になってたみたい」

 

「わかればいいのですわ。さて、休憩もほどほどに打開策を考えて…………」

 

 そこでセシリアは言葉を止めた。

 

「━━━━鈴さん」

 

「今度は何?」

 

「あれ、なんでしょう?」

 

「あれ?」

 

 鈴は体を起こしてセシリアが指差した海面を見た。

 

「何よあれ? 海からカメラが生えてるわ」

 

 望遠カメラがこちらにレンズを向けていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

 わけがわからずカメラとにらめっこしていると、今度はスタンドマイクのようなものが海中から出てきた。

 

『そこのお嬢ちゃんたちや。お困りの様じゃな』

 

「女の子の声ですわ」

 

「にしてはなんか古臭いしゃべり方ね」

 

 マイクとカメラはすーっとこちらに近づいた。

 

『ふむふむ、ブルー・ティアーズと甲龍……その様子だとISのエネルギーが残りわずかと言ったところか』

 

「な、なんですのあなたは」

 

 セシリアがマイクに向けて声をかけると返事がきた。

 

『わけあって顔を見せることはできぬが、お嬢ちゃんたちの味方じゃよ』

 

「味方? 安易には信じられませんわ」

 

「怪しさ満載すぎるわよ。味方って証拠もないし」

 

『むぅ……最近の若いのはどうも疑り深くていかんな。やれやれ』

 

 マイクとカメラはそのまま海中に沈んだ。

 

 ややああってマイクとカメラは円柱形の筒と同時に浮上してきた。

 

『これを受け取るのじゃ』

 

 円筒形の物体の中から淡く光る二つの直方体が出てきた。小型の簡易アームに固定されたそれらが鈴とセシリアの前に寄せられる。

 

「なんですのこれは?」

 

『ISのエネルギーを回復させる補充キットじゃ。持ってみぃ』

 

「ダメよセシリア。こんな見え見えの罠に引っかかったら。爆弾かも」

 

『頑固なお嬢ちゃんじゃのー。年寄りの言うことは聞かんか。ほれ』

 

「うわわっ」

 

 簡易アームが、鈴に向けて光る物体を投げた。

 

 すると空中で放られた物体は一層光を強く放ってから光の粒子になって甲龍の装甲全体に吸い込まれた。

 

「……ん? あれ? なんともない? っていうか、エネルギーが回復してる!?」

 

「ほ、本当ですの!?」

 

「そっちのお嬢ちゃんもじゃ」

 

 もう一つの物体が同様に粒子してブルー・ティアーズに降り注いだ。

 

 損傷していたビットもまるで攻撃を受けていないかのように元通りになっている。

 

「すごいですわ……いったいどういう技術ですの?」

 

『きぎょーひみつじゃよ。ふっふっふ』

 

 マイクから笑い声が聞こえた。そして筒が海中に消える。

 

「エネルギーを回復させてもらったのはありがたいんだけど、ここがどこなのかわからないのよね。どうしよう」

 

「あ、忘れてましたわ……肝心なのはそこなのに」

 

『なんじゃ? お嬢ちゃんたちは迷子なのかの?』

 

「う……お恥ずかしいですが、その通りですわ。主にこの人のせいで」

 

「しっつこいわねアンタも!」

 

 セシリアに指差された鈴はツインテールを揺らしながらセシリアに噛み付く。

 

『元気なお嬢ちゃんたちじゃなぁ』

 

 マイクの向こうの声は暢気な感じで言ってくる。

 

「よろしければ陸の方向がどちらか教えてくださいませんか?」

 

『いいぞ。陸はおぬしたちがいるそこを真逆に真っ直ぐ直進じゃ』

 

「ほら見なさい! やっぱり逆でしたわ!」

 

「あーもう言うな! 何も言うなー!」

 

『これこれ、話を聞かんか。それで今言った通り行けば沿岸部に設けられた最寄の補給ポイントにも着く』

 

「感謝いたしますわ。……では」

 

 セシリアは《スターライトmkⅢ》の銃口をカメラとマイクの『下』に向けた。

 

「改めて問いますわ。あなたは何者ですの」

 

『…………………………』

 

 静寂が流れ、波の音だけが漂う。鈴も衝撃砲の安全装置は解除していた。

 

「答えなさいっ! 水中と言ってもこのブルー・ティアーズ、撃ち抜いてさしあげますわよ!」

 

 さらにビットも展開し、砲口を水面に向ける。

 

『……正しい判断じゃな。未確認の相手への警戒。模範的な対応じゃ』

 

 マイクの向こうの声は落ち着いたものになる。

 

『じゃがお嬢ちゃん、何か勘違いしとりゃせんか?』

 

「勘違い?」

 

『ワシがここを通りかからねば、お嬢ちゃんたちはここで立ち往生しておったろ? その恩をこうして仇で返してくるのは感心せんのぉ』

 

「それとこれとは……!」

 

『それとも、そこまで落ちぶれたのかのぉ。なぁ、オルコット家のお嬢ちゃんや』

 

「……! あなた……本当に何者ですの!? わたくしの家系を侮辱するなんて許せませんわ!」

 

『そんなに言うなら、名前くらいは教えておいてやろう。そうじゃな。通りすがりの美人技術者と言ったところかの』

 

「ちょっとアンタ! ふざけんのも大概にしなさいよ!」

 

 鈴が吠える。

 

『縁が有ったら、また会おう』

 

 それだけ言って、マイクとカメラは海中に沈んだ。

 

「待ちなさい! バレット!」

 

 セシリアの声に反応し、バレット・ビットがその銃口から弾丸を撃った。

 

 しかし弾丸は何かに当たる音もなく、ただ海に飲み込まれていった。

 

「何だったんですの一体……!」

 

「アンタの知り合い?」

 

「あのような口調の知り合いはいませんわ。何より、家系を侮辱するような者など……!」

 

 ギリ、と奥歯を噛み締める。

 

「恩を仇で返すなですって? そちらのほうがよっぽど無礼ですわ!」

 

 ◆

 

 太平洋海中。穏やかな海を進む一艇の潜水艇があった。

 

 しかしそれは銛の先端の刃物のような形をしており、潜水艇と言うには少し形状が変わっていた。

 

 その潜水艇の中に、二人の乗組員がいる。

 

「大胆な行動をするのですね」

 

 一人は名をジェシー・ライナスという。その手にはこの潜水艇の操縦桿が握られている。

 

「ふっふっふ。状況が状況じゃ。ああでもせんと世界は救えん」

 

 もう一人の名はチヨリ。亡国機業の技術開発のトップ。その小さな手には若干大きい端末を持ち、情報の整理を進めている。

 

「ほうほう。ドイツの特殊部隊も日本に来たようじゃの」

 

「篠ノ之博士が放った無人機も半数以上が撃破されてるみたいですし、決着も時間の問題のようですね」

 

「いや、ジェシー。まだ決めつけるのは早いぞ」

 

 ジェシーの言葉をチヨリは肯定しなかった。操縦桿を握ったまま、ジェシーはちらりとチヨリを見た。

 

「そうなんですか?」

 

「ああそうじゃ。この勝負、まだまだ終わらんよ」

 

 楽しそうに言うものだ、そう思いつつ、ジェシーは気になったことを聞いた。

 

「そう言えば、チヨリ様はオルコット家と関係をお持ちで?」

 

「あー…………やはり聞いてくるか」

 

 チヨリは少し困ったように言った。

 

「まあ、そうじゃの。関係を『持つ』、というよりは『持っていた』の方が正しいがの」

 

「含みのある言い方ですね」

 

「さっきはああ言ったが、あのお嬢ちゃんの目、いいものだったわい。()()()じゃのぉ」

 

 ジェシーはチヨリがどこか遠くを見ながらそう言うのを見てから、艇の操縦へ意識を戻した。

 

「何にしても、ワシらに残された時間は少ない。急ぐぞジェシー」

 

「はい。仰せのままに」

 

 ジェシーは当たり障りのない返事をして、

 

(人類に残された時間もね……)

 

 心の中でそう付け足した。




バトルパートは書くのが大変ですが楽しいです。イメージをどうやって文に書き起こすか試行錯誤するのが特に。

冒頭で回想の場面が書かれましたが、これはクロエのものではなく、どこかの不幸な少女の過去です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。