IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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それぞれの戦場 〜または思いもよらぬ救援〜

太平洋の上空を、二人の女性がISを駆使して飛んでいる。

「……大変なことになったものね」

「そうね。まさかこんなことになるとはね」

それぞれが纏うのは白銀のISと、紫色のIS。

「まったくよ。まさか……」

紫のIS《ヴァイオレット・スパーク》を展開するエリナは、嘆息するように息を吐く。

「また私と組むことになるなんて?」

そう言ってエリナに笑いかけるのは《銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)》を彷彿させるほど高貴な銀色のISを展開する、ナターシャ・ファイルス。

「そうよ。その通りよ、ナタル」

「あら、随分な言い方ね。軍ではあんなに抜群のコンビネーションだったのに」

「良く言うわ。散々軍紀違反してその始末にいっつも私を巻き込んどいて」

毒づくエリナをスルーしてナターシャは続ける。

「それなのにいきなり軍を抜けて大企業の技術開発局の局長さんになっちゃうんだもの。こうしてまた肩を並べるまで寂しかったわぁ」

「どの口が言うのよ……それにしても、そのIS」

「何かしら?」

「前々から思ってたけど、随分派手な色よね銀色って」

「紫色の機体使ってるあなたに言われたくないわ」

ナターシャが展開しているのは特殊武装《銀の鐘(シルバー・ベル)》を元にして改良改修を重ねたその名も《銀の旋律(シルバリオ・メロディ)》。

 

その背中には《銀の福音》のデータをフィードバックした特殊装備である白銀の翼がはためいている。

「うちの会社の機体にケチをつけないで頂戴。後期第ニ世代型の改修機って言っても、まだまだ充分軍で前線張れるんだから」

「あらそう? あちこち弄った機体とは違って私のは最新型だけどね。そう言えばエレクリットの新型、二機あったのにどっちも盗まれたそうじゃない?」

「そのことに関して心配は無用よ。一機は取り返したようなものだから」

「ふぅん。言うじゃない。あーあ、可愛い部下にも恵まれて、嫉妬しちゃうわ」

「あなたこそ、最近優秀な子が入ったって聞いたけど?」

「ああ……あの子ね」

ナターシャは苦笑した。

「確かに優秀なんだけど、なかなか言うこと聞いてくれなくてね。今回の事件に関しても勝手に出撃しちゃったのよ」

「あらまあ、誰に似たのかしらね」

「本当よ。誰に似たのかしら」

「……部下は上司に似るって聞いたことあるわよ」

「……へえ。いいこと聞いたわ」

バチバチバチバチ……と火花を散らす二人。だがこの二人は十年来の親友である。

「それじゃあどっちが先に目標を落とせるか勝負しましょ。そのほうが話が早いわ」

「いいわね。負けた方は一杯奢るでどうかしら?」

だからこうした喧嘩は二人の間ではごくごく普通のやりとりなのだ。

「望むところよ。それじゃあ早く目標を見つけてー……あ、さっそくいいところに」

動きを止めてエリナが指差した方向には、

「あらまあ本当に、いいところに」

海面スレスレを飛ぶ━━━━

「「獲物発見♪」」

一機の不幸な無人ISがいた。

 

 

「くそー! 出せこらぁーっ!」

「え、瑛斗暴れないでよ! 揺れてるから、揺れてるから!」

無人機に網で捕獲されて十数分。俺とマドカは網に入れられた状態で無人機に運ばれていた。

「むぅ……やっぱダメか」

「全然破けそうにないね」

荒い息を整えて網の上に腰を下ろす。外側はレーザーが張り巡らされてるけど内側はただの特殊繊維でできてるから危険はない。速度に身体がやられないように最低限の展開はしてるけどエネルギーの節約にはなる。

「でも、どこに向かってるんだろうね」

「それがわかったら苦労しないって」

「だね……って、こんなのん気な会話してて大丈夫かな?」

「仕方ないだろ、何もできな━━━━」

「わああっ!?」

ふにゅん

肩を竦めたところで急に目と口を何か柔らかいもので塞がれた。妙な擬音がオプションで。

「と……止まった?」

無人機たちが動きを止めたようだ。どうやら目的地に到着したらしい。

「………………」

けど、それよりも結構やばいことが起こっている。俺の視界が真っ暗だ。

 

なぜかって? それはな……

「……まふぉふぁ(マドカ)ふるひい(苦しい)ふるひい(苦しい)

マドカの身体、特に胸のあたりが俺の頭の位置にあるからさ。

密着してるからかな。なんかいい匂いがする。

いくらISを展開しているとは言っても、極力エネルギーの消費を抑えた途中展開。ISスーツ越しの二つの柔らかい感触が顔全体でわかる。

……でも、呼吸のタイミング完全に外したからすっげー苦しい。

「え? あ、きゃあっ!?」

バシッ!!

「ぶべらっ!?」

マドカが俺から離れると同時にビンタを打って来た。痛ぇ。そしてなにゆえ?

「ここ、ここここんな状況で、どどどどうしてそんにゃことできりゅの!?」

顔真っ赤にして噛み気味に吠えてくる。

「悪かった悪かった。でもいきなりビンタすんな! 痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

別にマドカのビンタが痛くて絶叫したんじゃないぞ。突然網が開いて落ちたんだよ。節約してPIC切ったの忘れてたんだよ! 

「………っとぉ!」

着水ギリギリで全展開に戻して浮遊。

「………ふぅ」

そして小さく息を吐く。クールに決めてみたぜ。

(あ、危なかったぁ~!)

でも内心は冷や汗ダラダラ!

「大丈夫?」

バルサミウス・ブレーディアを全展開したマドカが斜め上の方から声をかけてきた。

「な、なんとかな」

「ここ、どこかな?」

「さあな。日本からは大分離れちまったみたいだ。さしずめ太平洋のど真ん中ってところか」

「どうするの? みんなともはぐれちゃったし……」

「それはおいおい考えようぜ。今は……」

俺はある一点を見た。

「━━━━」

「━━━━」

「━━━━」

三機の無人機(ゴーレム)が俺とマドカにその頭のアイ・センサーを向けている。

「こいつらの相手だ。右から、ガトリングのヤツをゴーレムⅣ、大剣のヤツをゴーレムⅤ、薙刀のヤツをゴーレムⅥと分けて呼ぶぞ。いちいち無人機無人機呼ぶんじゃまどろっこしい」

「二対三……だね」

「でもやるっきゃねえ。いけるな?」

「やるしかないんでしょ?」

マドカの目がすぅっと据わった。模擬戦の時もたまに見たけど、この目、この表情は間違いなく亡国機業にいた時のものだ。

その顔つきは織斑先生そのもの。

 

敵じゃなくてホント良かった。………敵だったけど。

「頼もしいな。……行くぞっ!!」

「うんっ!」

一気に加速。三機の無人機と距離を詰めた。

無人機たちが、大剣、ガトリング、薙刀と各々の得物を構えたところにビームソードを両手に持って飛び込む。

「はあああああっ!」

無人機たちはそれぞれ散開してビームソードを振り回す俺から離れる。

「━━━━━━━━」

ゴーレムⅣが俺にその銃口を向けた。

砲身が回転を始める。

「マドカッ!」

クリアーレッドの刃が無人機の後ろに三つ。

即座に反応したゴーレムⅤが大剣を振るってそのビットを弾く。

「そこっ!」

その肩の装甲をレーザーが叩いた。マドカのブレーディアの射撃武装、《スターダストmkⅡ》のレーザーだ。

(いいタイミングだ……!)

バランスを崩したゴーレムⅤにビームソードを振るう。

「━━━━━━━━」

薙刀がビームソードとぶつかり合って火花が散った。

「ちっ!」

ヘッドギアのバルカンで牽制して距離を取る。

「……まあ、今のは様子見ってところだ」

隣に浮遊するマドカと言葉を交わす。

 

「抜群の連携だね、向こうは」

「それじゃあ次は本格的に攻撃だ!」

ビームガンを連射モードに切り替えてエネルギーの弾丸を無人機どもに浴びせかける。

「━━━━━━━━」

すると大剣を持つゴーレムⅤがその大多数を防いだ。

(狙い通り!)

連結させたビームソードを握りしめて大剣を下ろした直後のゴーレムⅤに飛びかかる。今度はゴーレムⅣが俺の動きに反応してそのガトリングを俺に向けた。

「それも予想済みだっ!」

弾丸が発射されるよりも早くビームソードの連結を解除して左手でバトンのようにビームソードのグリップを反転させてから回転する砲身に投げつけた。

「━━━━━━━━」

ビームソードが突き刺さったガトリングの内部で暴発が起きた。

「はっ!」

マドカがブレードビットを飛ばしてゴーレムⅣのガトリングを切り落とした瞬間に、投げたビームソードを回収し、右のビームソードで一太刀浴びせた。

装甲が抉れ、右腕から黒煙を吐き出すゴーレムⅣは空中で不安定によろめく。

「てああっ!」

二つの大型ブレードビットがダメ押しとばかりにその黒いボディを腰から切り裂く。分裂した上半身と下半身が海に落下していった。

「まずは一機だよ!」

「残りもこの調子でぶっ倒す!」

ゴーレムⅤとゴーレムⅥが俺たちにそのアイセンサーの赤い光を向けている。

「━━━━!」

「━━━━!」

ゴーレムⅤが俺に、ゴーレムⅥがマドカに飛びかかってきた。

「くっ!」

ビームソードをクロスさせて大剣を受け止める。重たい攻撃だな……!

「━━━━━━━━」

 

「!?」

ゴーレムⅤの腹の真ん中に穴が空いて中から砲口が覗いた。直感で俺はシールドを前に出す。

ガカッ!!

 

拡散型のビームがBRFの効果で弾け飛ぶ。

「━━━━━━━━」

目の前に刃が飛び込んできた。

「ぐあっ!」

「瑛斗!?」

間一髪で致命傷は免れた。けど胸のあたりを少し切っちまったみたいだ。痺れるような痛みが流れ出た血に混ざって沁みやがる。

━━━━敵ISの剣先から、記録に保存させている正体不明のエネルギーをキャッチ。システムが正常に稼働しません━━━━

(あの時と同じか……!!)

以前、タッグマッチの時もバリアを無効化されていたことがあった。

「瑛斗! 大じょう━━━━うあっ!」

大きく振り回せされた薙刀にビットが弾かれ、最後の一振りがブレーディアの左の脚部装甲を削った。

「きゃあっ!」

そのまま装甲から爆発が起きてマドカの高度がどんどん落ちていく。

「せ、制御ができない……っ!?」

マドカの呻くような声が聞こえたけどゴーレムⅤが大剣をもう一度振り下ろして来た。

「マドカッ! ぐうっ!?」

斬撃を受け止めた瞬間にズキリと胸に痛みが走った。血が止まらねぇ……!

さらに駄目押しとばかりに海面から黒い上半身の人型が飛び出してきた。

 

(さっき落としたはずのゴーレムⅣ!?)

それにも驚いたけど、それよりも驚いたのはその右腕。

ガトリングが無くなったはずの右腕が、切り落としたはずの右腕が、人の形をして、真っ赤な輝きを放っていた。

(ボルケーノクラッシャー!?)

間違いない。その輝きは《ボルケーノクラッシャー》のものだ。

「マドカ! 避けろっ!!」

叫んだけど、遅かった。

「きゃああああああああああああっ!!!!」

悲鳴と轟音が同時に響いた。

「マドカァッ!!!」

『僚機のシールドエネルギーが急速に減少。展開維持限界以下の数値です』

ブレーディアのエネルギーが熱攻撃と共に消えていく。展開を維持できなくなったブレーディアは待機状態に戻ってしまった。

「━━━━」

落下するマドカに、ゴーレムⅥがその薙刀の切っ先を向けた。

 

ギィンッ!

 

「しまっ━━━━」

ビームソードが弾かれた。

「━━━━」

大剣がまた眼前に迫る。避けきれない……!!

斬撃が、━━━━来なかった。

「……?」

目の前のゴーレムⅤは見えない何かに止められたように動かない。

「どうやら、ピンチみたいね」

斜め後ろから声が降ってきた。振り返る。

「………!」

「加勢して、あげるわよ?」

その姿を、見間違えるはずがない。その声を、聞き違えるはずがない。

なぜなら、そこにいたのは━━━━

 

「スコール……!?」

 

最悪の救援者だったのだから。

 

「久しぶりね。あの夜以来かしら」

 

俺の憎しみの矛先、スコール・ミューゼル。

 

その人が、劣勢に立たされた俺の前に現れた。俺の心は、眼下の海のように波立つ。

「スコール! 何しに来やがった!?」

「あら、助けてあげたのに酷い言い方ね」

スコールは俺を見下ろし、不敵な笑みを浮かべながら言った。

「今回の事件は亡国機業が関係してるのか!」

「今はそんなことを論じている場合じゃないんじゃないかしら。あなただってわかってるでしょ?」

「くっ……!」

そこでふと思い至った。

「マドカ!?」

音がしていなかった。マドカが水中に落下する音も、薙刀が突き刺さる音も聞こえない。

見ればそこにはもう一人の乱入者がいた。

「けっ……! なんで私がこんな奴を助けなきゃなんねぇんだよ」

背中から伸びた六本のアームがゴーレムⅥのボディを突き刺し、自分の腕でマドカを抱えるオータムの姿がそこにはあった。オランダで見た機体だ。確か《アルバ・アラクネ》とか言ったか。

なんにしてもマドカは無事だ。だけど安心する反面、焦った。

(マドカは亡国機業の記憶がない! いきなりこの二人と鉢合わせたら━━━━!)

「あ…あの……」

「あぁん? っせぇな。黙ってろ」

「ひぅ……」

ギロ、とオータムに睨みつけられたマドカはオータムの腕の中で首を竦める。

「………おっと、手が滑った」

ポイッ

「え?」

ザバァッ!

マドカが海に落っこちた。高さはそれほどなかったが結構な勢いだったぞ。

「マドカ!? おいコラ! なんてことすんだ! 今の明らかにわざとだっただろ!」

「あっはははは!! こいつはいいや! ざまぁ見やがれ!」

俺をスルーしてオータムはケラケラと笑う。

「ぷはっ。ちょっと! 助けてもらったのは感謝しますけどいきなり落とすなんてひどいじゃないですか!」

海面に浮かんだマドカがオータムに怒って指をさす。

「あー、スカッとしたぜ」

ひとしきり笑い終えたオータムにスコールが困ったように声をかける。

「オータム、仕返しもほどほどにしなさいね」

「わかってるよ。しかし、さっきスコールから聞いてはいたが……これがアイツとはな……ほらよ」

オータムは右手にコールした四角い物体をマドカに投げて寄越した。

「これは?」

マドカの問いにオータムの代わりにスコールが答えた。

「小型のエネルギー補給用キットよ。そのイヤリングに近づけてみなさい」

スコールに言われるままマドカが四角い物体を待機状態の《バルサミウス・ブレーディア》に近づけると、淡く光ったそれは光の粒子になってイヤリングに吸い込まれた。

次の瞬間、マドカは全展開のブレーディアにその肢体を包まれた。

「え、エネルギーが回復した? 壊れたところも……治ってる!」

左脚部の装甲のダメージも完璧に元通りになってる。あんな一瞬で損傷したISをここまで回復させるなんて凄い技術だぜ。

「━━━━━━━━」

「あん?」

アルバ・アラクネの六本のアームにそのボディを突き刺されているゴーレムⅥがまた動き出した。

「うぜぇな」

ドガガガガガガガッ!!

ゴーレムⅥの装甲が内側からボコボコと盛り上がっていく。

「そぉらよっ!」

思いきり上にぶん投げられたゴーレムⅥ。アラクネの六本のアームの先端には細い煙を吐くアームと同じ数の銃口が覗いていた。内側にエネルギー弾を打ち込んだのか。

「爆ぜろ」

爆発が起きた。ゴーレムⅥが木端微塵に吹き飛んだ。細かい欠片が海に落下していく。

「━━━━!」

「危ない! 後ろ!」

マドカが叫んだ。

 

オータムを優先的に倒そうと判断したのか、上半身だけになったゴーレムⅣが赤く燃える右手をオータムに向けて襲い掛かった。

「しゃらくせぇっ!!」

オータムはそのまま上に飛んだ。いや、正確に言うならその場で宙返りしてゴーレムⅣの後ろを取った。

「へぇ、そんなになっても動けんのか。だがよ!」

六本のアームがゴーレムⅣの背中に刺さる。

「まだまだ!」

オータムの両腕が銀色の装甲に包まれた。先端が鋭利に尖っている。その二本の腕がゴーレムⅣの背中に一段深く刺さった。

八本。本物の蜘蛛の脚と同じ八本のアーム。それが振動を始める。

「《グラインド・パニッシャー》━━━━食らいなっ!!」

「━━━━━━━━!!」

腕とアームが刺さったところからゴーレムⅣの装甲が泡立った。ゴーレムⅣは黒いボディを小刻みに振動させて、まるで痙攣しているみたいだ。

オータムはゴーレムⅣから離れた。背中のアームの連結部分から排熱するような音とスチームが出た。

「━━━━!!!!」

ゴーレムⅣは、バラバラになって吹き飛んだ。

「まあ、ざっとこんなもんだ」

俺とマドカはその光景に圧倒されて動くことができずに見入ってしまっている。

「すげぇ……! ブレイカー並みの熱量の振動攻撃……!」

「ゴーレムを一瞬で二機も倒すなんて……」

パンパンと手を叩く音がした。

「はいはい。あなたもそんな見入ってないで、目の前のその無人機をどうにかしなさい」

スコールが指差したのは俺の横で大剣を振り下ろす途中で固められていたゴーレムⅤ。

「えっ、あ、い、言われなくても! 《G-spirit》!」

G-spiritに移行して、Gメモリー・セカンドの《ボルケーノ》を発動する。

背中の排熱ウイングが開き、右腕が光り輝く。

「動かないヤツの相手をするのはちと心苦しいが……はあっ!」

右腕をゴーレムⅤのボディに叩きつける。

バリバリバリバリバリバリバリッ!!

「━━━━━━━━………」

エネルギーを吸い取られたゴーレムⅤの顔のアイセンサーが光を失い、その体が海に落ちた。

「ふぅ、とりあ━━━━」

ゴォッ!!

俺の顔面の真横を大出力のビームが通り過ぎた。

「……………!」

「甘いわね。相手をちゃんと完膚なきまで叩きのめしてこその勝利よ」

「だ、だだ、だからって……だからってそんな容赦のないビームを何の断りも無しに撃つんじゃねえ!!」

叫んだと同時に後ろの海面で爆発が起きる。周囲に敵の姿は見られない。俺はスコールに声をかけた。

「……答えろスコール。何しに来た?」

「だから、助けに来てあげたって言ってるでしょ?」

「頼んだ覚えはない」

「でも、助かったでしょ?」

「それは……!」

言葉を選んでいるところにマドカが俺に、オータムがスコールに近づいた。

「スコール! どうだった!?」

「ええ。鮮やかだったわ。流石オータムね」

スコールに褒められたオータムは顔を綻ばせた。まるで飼い主に懐く犬のようだ。

「え、瑛斗……」

「マドカは俺の後ろに。ビットはいつでも使えるようにしておいてくれ」

「う、うん」

マドカが俺の後ろに来たのを確認してから、俺はもう一度スコールに問いかけた。

「スコール、助けてくれたのは礼を言ってやらんこともない。けどちゃんと答えろ。何しに来た」

「もう、何度言ったらわかるのよ。助けに来たの。人の厚意は素直に受け取りなさい」

「ツクヨミのみんなの……所長の仇の厚意なんて、出来ることなら受け取りたかないぜ」

「やれやれ……少なくとも、今の私たちに敵対する意思はないわ。それに今回の事件に亡国機業(うち)は何の関与もしてないのよ」

「……それを信じろって言うのか?」

「グダグダ言ってんじゃねぇよ。お前も爆発させてやろうか」

オータムが前に出てくる。俺も身構えた。

「瑛斗、待って」

「え?」

マドカが俺の腕を掴んだ。そしてスコールとオータムの前に出る。

「お、おい? マドカ?」

「あの、助けていただいてありがとうございました」

マドカは、スコールたちに頭を下げた。

「お二人が来てくれなかったら、危なかったです」

意外そうにしたのは、オータムだった。

「アイツが、私たちに頭下げてやがる……」

「可愛くなったものねぇ、うふふ」

対照的にスコールは楽しそうに微笑んでいる。自分がマドカの記憶を消したくせによくもまぁ……!

「どういたしまして、マドカちゃん。私たちのことは色々聞いてるでしょうけど今は警戒しないでいいわ。そっちの坊やもいいかしら?」

「何が坊やだコラ。……まあいいや。お前ら、俺たちに合流するまで無人機何機倒した?」

「今のが初戦よ。五十機って言ったって、結構な範囲にまで及んでいるのね」

「みんなもまだ戦ってるのかな……」

「通信は……ダメか。まだ繋がらないよ」

「あなたたちはこれからどうするつもり?」

スコールの問いに俺は肩を竦めた。

「どうもこうもない。先生たちの指示を仰げない以上、補給ポイントまで戻って連絡を取る。通信手段くらいあるだろうぜ」

「そうかいそうかい。護衛してやろうか? ハハッ」

「お前らが捕まりたいってんなら別にそれでも構わないぜ?」

「悪いけどそれは遠慮したいわね」

スコールはそう言って俺たちに背を向けた。

「じゃあ、ここでお別れか」

「そうさせてもらうわ。行くわよ、オータム」

「あ、うん」

バーニアを噴かして離れていく二人を俺とマドカは見送った。

「ねぇ、よかったの? 一緒に行けばこの先の戦いが有利だったんじゃない?」

「………かもな」

「なら━━━━」

「でも俺はスコールを許すつもりはない。向こうは向こうで勝手にやればいい」

「………………」

あ、いけないいけない。怖い顔になっちまってるな。

「お前こそ、大丈夫か?」

「え?」

「ゴーレムⅣの攻撃をもろに受けたんだ。どっか具合悪いとか、頭痛いとかないか?」

「あ……うん。何ともないよ。でも、なんだか黒髪の女の人………」

「オータムのことか?」

「うん。見覚えがあるような……どこかで会ったことがあるような………そんな気がするんだ」

「…………………」

その一言はマドカからしたら何気ない一言だったかもしれない。でも俺はその一言にギクリとしてしまう。

「き、気のせいだろ? お前は、オータムと会ったことなんて一度もないじゃないか」

「そのはずなんだけど………どうしてだろう?」

首を傾げるマドカを見てたら、胸がまた痛くなった。心情的にもだけど、主に物理的に。

「ぐぅ……」

「だ、大丈夫!? スーツとG-soulが真っ赤だよ!」

「へ、へーきへーき。浅く切っただけだから、血はもう止まったみたいだし」

「そ、そう? 危なくなったら言ってね?」

「ああ、そうするよ。とりあえず陸地の方に戻って補給しよう。お前のブレーディアも完全に回復したってわけじゃないみたいだからな」

マドカの気遣いに感謝してから、俺たちは遠方に見える陸地を目指して飛んだ。

 

蝉の声が聞こえる。ヒグラシの鳴き声だ。

「ここは……?」

《紅椿》と《白式》の光に飲み込まれ、部屋にいたはずの俺は、見覚えのある場所にいた。

「家の近所……?」

どこを見渡しても、家の近所の道とまったく同じ。だけど、おかしい部分がある。

「誰もいない……」

車や雑踏の音なんてしない。蝉の声以外は何も聞こえず、西日が景色を赤く染め上げている。

━━━━助けて━━━━

「え?」

声が聞こえた。女の子の声だ。振り返ってみるけど人っ子一人いやしない。

━━━━助けて━━━━

まただ。今度はさっきよりも聞こえる声が大きい。

「おーい! 誰かいるのかー!?」

呼びかけても返事はない。

━━━━助けて━━━━

でも声だけは聞こえてきた。

「助けてったって……」

助けを呼ぶ声が聞こえるのにどこにいるのかわからない。

「一体どうすれば━━━━」

瞬間、右腕のガントレット、白式が光った。

「白式? うわっ!」

白式の光が一層大きくなって、俺の視界を数秒塗り潰した。光が小さくなるのを感覚で感じ取って目を開く。

一本の細い光の線が伸びていた。

「これは……」

まるで何か案内するように伸びたその光。

「これに沿って進めってことか…」

そう直感して、俺は白式の光が示す道を走り出した。


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