IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
…………朝日が昇った。
水平線の向こうから差し込む光が眩しい。
俺たち専用機持ち組は早朝にホテルを出発し、海の近くの上空でISを展開して待機していた。
篠ノ之博士が発信したメッセージは、全世界を混乱の渦に叩き落とした。
IS管理の全てを担っている日本には、当然ながら各国からの問い合わせが殺到。
そして無関係であることを表明した政府は、各国に特殊部隊の派遣を要請たけど、どうもいい返事を寄越してくれている国は少ないらしい。
政府直轄の部隊が出動したという情報を受けて、俺たちIS学園の専用機持ち達もすぐに出撃したいと進み出たけど許されず、日が昇ってから発進するという指示が織斑先生から下された。
━━━━確認されているISの四六七個のコア。
その全てが同じタイミングで大爆発なんてことになれば、間違いなく世界は終わる。
IS消滅のタイムリミットは、刻々と迫っている。
「……こちらラウラ・ボーデヴィッヒ。時刻〇五・〇〇、作戦開始地点に到着」
ラウラが遠方で俺たちに指示を送る拠点として転用したホテルに連絡を入れた。
『全員、準備はできているな』
ウインドウに織斑先生の顔が映る。
『今からお前たちには束が放った目標の迎撃に向かってもらう。日本が発端となった今回の事件、日本が率先して対処にあたらなければならないが、お前たちが気負う必要はない。無茶はするな』
画面越しの織斑先生の表情はいつもと変わらない。
「あの……織斑先生」
俺は少し気が引いたけど、やっぱり問いかけた。
『なんだ』
「本当に、一夏はいいんですか?」
そう。今、この場には一夏はいない。負傷している箒もだ。
『織斑にはこちらの防衛に回ってもらう。ブリーフィングでもそう言ったはずだ』
ここに来る直前のブリーフィング。拠点となるホテルを守るために一人を待機させると先生は言った。
その役割を指名されたのはなんと一夏だったんだ。
当然一夏は抗議した。しかし取り入ってもらえず、結局一夏は俺たちと一緒に来ることができなかった。
『戦力の削減となるのはこちらも承知している。だがこちらも丸腰でいるわけにはいかん』
今の言葉もブリーフィングで先生が言っていたのとまるっきり同じだ。
(ここで文句垂れても意味ないか……)
『他に質問がなければ、最後に作戦の確認をする。束が放った無人ISは最新の衛星写真の分析から太平洋上に点在していることがわかっている。お前たちはその場から最も近いエリアの目標を掃討しろ』
先生の顔が映っているディスプレイの横にもう一つ表示が出た。
ここから数キロ先の海上にいくつか赤い点が明滅している。
『今お前たちが見ている赤い点が目標の予測現在地点だ』
「パッと見でも四つは出てるんですが……」
『お前たちは七人いる。互いにカバーして応戦しろ』
簡単に言ってくれるなぁ。
『頼むぞ。我々に残された時間は少ない』
先生の表情が堅くなった。いよいよ始まるみたいだ……!
『作戦━━━━開始だ!』
その言葉と同時に俺たちはスラスターに点火し、一気に高速の世界に飛び込んだ。
◆
「瑛斗くんたち、出撃したみたいね………」
瑛斗たちが発進した同時刻、瑛斗たちより早く出撃したIS学園生徒がいた。楯無とフォルテの三年生専用機持ちである。
「ふわぁ……眠いっす~……」
後輩たちの出撃に気を引き締める楯無の隣で同じく三年生のフォルテは大欠伸。楯無は苦笑する。
「フォルテちゃん……世界の瀬戸際なのよ? もう少し緊張感持ったら?」
「そんなこと言ったって、眠たいもんは眠たい━━━━」
『こらフォルテッ!!』
「ひょわぁっ!?」
フォルテのIS、《コールド・ブラッド》のプライベート・チャンネルから怒鳴り声がフォルテの耳をつんざいた。
「だ、ダリル先輩!?」
『お前のISの反応があるから顔を見てやろうと思ったら、相変わらずだなお前は!』
ディスプレイに映ったのは、二人の先輩にあたる卒業生のダリル・ケイシーの笑顔だった。プライベート・チャンネルがオープン・チャンネルに変更され、楯無もダリルの姿を確認することができた。
「どうして日本に? アメリカにいるはずじゃないっすか?」
『スクランブルでな。たまたま来てた日本の駐屯基地から飛び出してきた。状況は大分まずいみたいだぜ』
「行動が早いですね。アメリカ政府はもう援軍の承認を?」
楯無の問いにダリルはニヤリと口の端を上げた。
『私の独断だ!』
「それ良いんですか!?」
『世界がどうなるかなんだ! ちんたら承認だのなんだの待ってられるか!』
「せ、先輩らしいっちゃあらしいっすね………」
『これから私は篠ノ之博士がばら撒いた無人ISがいるってところに行く。座標送るぜ』
二人のISに太平洋の真ん中あたりの座標が送られた。
『数が多いに越したことはねぇ! お前らも来てくれ! 確実に落とすんだ!』
口調こそ変わらないがどこか立派に見えたダリルの姿に、フォルテは嬉しくなった。
「はいっす! 行くっすよ! 更識さん!」
言うや否やフォルテはブラッドのブースターを点火してその座標を目指して飛び出した。
「あ、フォルテちゃん! 待って!」
楯無もその後を追う。
『━━━━更識』
今度はミステリアス・レイディのプライベート・チャンネルにダリルの顔が映った。
「なんですか?」
『その……』
「?」
『あ、あいつ……フォルテは、学園でどうだ? 変なことしてたりしないか?』
「……………」
その母親のような表情に楯無は心が少し安らぐのを感じた。
「全然そんなことありませんよ。ダリル先輩に追いつくために、毎日頑張ってます」
『そ……そうか。お、おお。うん』
「先輩」
『な、なんだよ』
「顔、にやけてますよ」
『なっ!? ほ、ほっとけ! じゃああとでな!』
ダリルは突き放すように言ってから通信を切る。
「あっちも相変わらずみたいね……」
「ん? 何か言ったっすか?」
「なんでもないわ。私たちも急ぎましょ」
(さて……
一瞬の思案のあと、もう一段階速度を上げたフォルテに合わせ、楯無も速度を上げた。
◆
一年生専用機持ち組、蘭と梢は砂浜の上でISを展開して待機していた。
静寂に包まれながら、さざ波の音だけが聞こえている。
「静かだね」
「……うん」
青い装甲のフォルヴァニスを展開した梢が赤い装甲のフォルニアスを展開した蘭に答える。
「一夏さんたちはもしかしたらもう戦ってるかもしれないのに……。こんなことしてていいのかな」
「……先生たちは、ここに敵が来ないなんて言いきれないと言っていた。先生たちが使う《打鉄》と《ラファール》の
「そうだね。でも、ちょっと怖い」
「…………………」
「代表候補生になるってことは、こういう非常事態にも巻き込まれるんだって覚悟してたけど━━━━まさかそれがこんなに大事だなんて想像しなかったよ」
「……蘭」
「え……」
梢は蘭の手を握った。
装甲越しに、小刻みな振動を感じる。
「……大丈夫。私がついてる。私が、蘭を守るから」
「梢ちゃん……」
「……だから、怖がらないで。一緒にみんなを……私を受け入れてくれたみんなを、守るの」
「梢ちゃん………ありがとう! 勇気が出てきたよ! 私と梢ちゃんならどんな敵だってやっつけられる!」
「……うん」
蘭の手の震えは、止まっていた。梢は微笑む。
直後、緊急警報が鳴り響く。
「な、なに!? まさか……!」
「……………来た」
前方。
黒いISが高速で接近してくる。
その両手にはブレードガン。顔の中央には赤いアイセンサー。
間違いない。束の放った無人ISの一機であった。
海面を滑るように飛び、水飛沫を散らしている。
「やろう! 梢ちゃんっ!」
「……了解」
フォルニアスとフォルヴァニスの手足そして肩の装甲が外れ、PICで二人の周りを浮遊。
特殊なフィールドが発生し、足元の砂を巻き上げる。
赤と青の装甲は、互いを補い合うようにその色彩を分け合い、重ね合い、新たな姿を現した。
「
「……《フォルヴァ・フォルニアス・トヴェーリウス》!」
二人の少女が始めたこの戦闘は、束が放ったISとの戦闘として世界で最初に確認されたものとなる。
この戦闘が、この歴史に残り得る大災厄の最初の戦闘になった━━━━。
◆
「五反田蘭、戸宮梢両名が戦闘を開始! 続いて二年生専用機持ち組が戦闘空域に突入! まもなく戦闘を開始します!」
情報伝達担当の教員の声が後方から聞こえる。
「始まったか……」
投影型ディスプレイを睨む千冬の隣で真耶が遠慮がちに口を開いた。
「大丈夫でしょうか……。よりによって、まだ戦闘経験が少ない戸宮さんと五反田さんが最初に戦闘を……」
「……向こうの教師陣の後付武装が到着するまで、あとどれくらいだ」
「は、はい。あと二時間………早くても一時間以上はかかります」
「急がせろ。あれらの無人IS全てが最近になって束が開発したものならばおそらくそのすべてが第四世代型並みのはずだ」
その言葉の意味を真耶は理解し、血の気が引いていくをの感じた。
「わ、わかりました……!」
千冬は真耶の顔をチラと見る。
「怖いか?」
「……はい」
真耶は怒られるかと思ったが、正直に答えた。
「私も怖い。下手をすれば明日の太陽は拝めんのだからな」
「織斑先生……」
「自慢のように聞こえるかもしれないが、私が出ればこの事態はより早く収束されるだろう。だがそれではアイツの思うつぼになってしまう」
千冬は短く、しかし深く息を吐いた。
「私が……間違っていたのかもしれないな………」
「え……」
首を傾げる真耶に千冬は話題を変えた。
「
「さきほど案内してきました。……ところで、昨日の夜は会わせなかったのに、どうして今朝になって許可を?」
真耶の問いに千冬は視線をディスプレイに戻す。
「可能性に賭けた……と言ったところか」
真耶には、その言葉の真意はわからなかった。
しかし千冬がな何を考えていることだけはわかった。
「二年生専用機持ちが戦闘に入りました! え…? なっ!? そんな嘘でしょ!?」
報告が途中で途切れた。
「どうしました!?」
真耶が顔が顔を向けると操作盤のキーボードを叩いていた教師が声を張り上げた。
「これまで捕捉できていた目標が全てロストしました!」
その報告に一気に慌ただしくなる。
「ロストって…でも各地で戦闘は継続してるわよ!?」
「再探知急いで!」
「ダメです! 何度やっても反応ありません!」
「ステルスでも使ったの!? とにかく各国に衛星からの情報提供を要請して! レーダーじゃダメでも衛星写真ならわかるはずよ!」
早急な対応を求められる状況の中で、指示を出す声も自然と大きくなる。言いようのない緊張感に包まれる作戦本部で、真耶は怯える子どものように千冬の名を呼んだ。
「お、織斑先生……」
「どうやら、束も本腰を入れてきたらしいな……」
千冬は落ち着いた風を装っていたが、その頬を伝った一筋の汗を隠すことはできなかった。
◆
「おおりゃあああっ!!」
ザンッ!
ビームブレードが無人機の装甲を縦に裂く。
「もう一発だ!」
そのまま回転してビームウイングで追撃。無人機に三本の縦長の穴が開いた。
その穴の向こうからISのコアが覗く。綺麗な色をしてるけど、今はそれを気に留めている余裕がない。
「シャルッ!」
「はあっ!」
名前を叫ぶと、後方から飛来したアサルトライフルの弾丸がその正確にそのコアを叩く。
でもISのコアはダイヤモンドには劣るけど相当な硬度を持っている。そう簡単には壊れない。
「━━━━━━━━」
最後の抵抗か、無人機は背中のブースターを使って逃走を図ってきた。
「ふふっ………残念でした」
シャルが笑った無人機の行く先には……!
「捉えたぞ!」
「これで……!!」
ラウラと簪の二人がレールカノン、そしてミサイルラックを向けて待ち構えていた。
「━━━━!!」
把握したのか、無人機は両腕にブレードガンの砲口を二人に向ける。でも━━━━遅い。
ドドドドドッ!!!!
ミサイルと砲弾が直撃し、黒い装甲が砕け飛ぶ。
しかし、それでもなお、装甲内部の機構を露出させてでも、無人機は動き続けた。
だから……………トドメと行こう!
「「「瑛斗!」」」
「オーライ! 離れてろよ!!」
最大出力のビームブラスターの光が無人機を飲み込んだ。
「━━━━………」
ビームの中で炸裂が起こり、海に人型の塊が落ちて波紋が広がる。
直後、轟音と共に水柱が立った。無人機が海中で爆発したんだ。
「片付いたな」
短く息を吐いてG-spiritをG-soulに戻す。
「こちらも終わりましたわ」
セシリアを先頭に鈴、マドカも戻ってきた。
「とりあえず目に見える最初の目標は撃破ってところね。これくらい楽勝楽勝!」
鈴が《双天牙月》を肩にかけて余裕綽々に言ってくる。なるほど、確かに装甲に目立った傷は見当たらないな。
「まずは四機か。こんだけの人数で相手をするとなると落ち着いて戦えるぜ」
「けど……油断しちゃ、ダメ」
「簪の言うとおりだ。無人機どもも強化を施されている。火力、装甲の堅さもあるが、一番に恐ろしいのはその無人機ゆえの無限の体力だ。連戦して私たちが疲弊しているところに向こうが多数で来たらひとたまりもない」
「わ、わかってるわよ。アタシもそれを考えてないわけじゃないし……」
「危なくなったらすぐに補給に動こう。僕たち以外にも戦ってくれてる人たちもいるんだしさ」
シャルの一言にみんなで頷いたところにオープン・チャンネルで拠点から通信が入った。
『戦闘を終了したようだな。全員、機体の損傷はどうだ』
「はい。こちらに目立った損傷はありません。教官」
『そうか』
「織斑先生、次の目標はどこにいますか?」
『そのことだが………見失った』
『……え?』
全員で声を揃えてしまった。
「え、見失ったって……全部やっつけたってこと?」
マドカが素な口調で先生に聞く。
『そうではない。これまでレーダーで探知で来ていた反応が一斉に消えた。なんらかのステルスシステムを使用したと思われている』
ウインドウを開いてみれば確かにいつの間にか赤い小さな点は消えていた。代わりに『ターゲット・ロスト』の文字が浮かんでいる。
「つまり、どこにいるかはわからないということなのでしょうか?」
『そういうことになる』
「さらっと答えてきたなぁ……」
「じゃあアタシたちはどこに向かえばいいんですか!?」
『落ち着け。まだ手がないわけではない。現在映像での捜索に切り替えて目標を探している。再度データを送る』
ディスプレイに更新の表示が出て、ローディング画面に切り替わる。
「あの……織斑先生………」
簪が織斑先生に声をかけた。
『どうした』
「お姉ちゃんは……どうなってますか?」
どうやら楯無さんのことが気になったらしい。
『お前の姉はお前たちより早く戦闘を終えて別の目撃情報があった場所へ向かっている。今のところは無事だ』
「よかった……」
簪はほっと息を吐いた。
「確か……フォルテ先輩と一緒に出撃したんですよね?」
『ああ。卒業生のケイシーと合流して移動している』
「おお! ダリル先輩が!」
いつぞやの卒業マッチ以来だが、どうやら元気そうだ。
『そろそろ情報の送信が完了するはずだ。確認してみろ』
先生に言われるままにディスプレイを……
━━━━警告! 下方からのロックオンを確認!!━━━━
ザバババババァッ!!
『!?』
「━━━━━━━━」
真下の海面から十数機の無人機が飛び出してきた! どの機体もその銃口を俺たちに向けてやがる!
バシュンッ!
被弾を覚悟したけど、銃口から飛び出したのはネットだった。
「うわあっ!」
「きゃあっ!」
完全に虚を突かれたから見事に近くにいたマドカまで俺と一緒にネットに捕らえられてしまった。
「ちょっ、なんなのよコレ!」
「り、鈴さん! 暴れないでくださいまし! 牙月の刃がすぐそこに!?」
「う、動けないよ!」
「こんな網など!」
ラウラがプラズマ手刀でネットに斬りかかる。でもプラズマはネットに触れた瞬間に消滅した。
「なっ……!?」
鈴も牙月をネットの中でがむしゃらに振るけどまったく効果がない。
「なによ! 牙月でも切れないじゃないの!」
「だから暴れないでと言ってますでしょう!?」
一緒のネットに入れらているセシリアが慌てて牙月の刃を避ける羽目になってる。
「━━━━━━━━」
そのまま、無人機たちはバラバラの方向に飛び立つ。
つまり、俺たちは離ればなれ!
「瑛斗!」
他のみんなは二人ずつ。
だけど一人だけ、簪だけが一人で運ばれていく。その手が俺に伸びていた。
「簪!」
しかし簪は黒色の無人機に連れて行かれてしまった。
「クソッ……! マドカ! 無理にビットは動かすなよ! 下手すりゃ俺たちが微塵切りだ!」
「わ、わかってるよぉ!」
網目が細かいからマドカのブレードビットもすり抜けられないし、ビームソードを近づけても切っ先がネットに届く前に蝋燭の火みたいにフッと消えてしまう。
網の向こうには、無人機が俺とマドカの入った網を引っ張っている機体以外に左右に二機。
『どうし……! お………い! ……じを…………!』
織斑先生の声が段々聞き取りづらくなっていく。ジャミングでもされているみたいに雑音が混じってやがる。
そしてついに先生からの声は完全に雑音になっちまった。
「シャルたち………ダメだ! 繋がらねぇ!」
「私の方もダメだよ!」
「クソォッ! 出しやがれ! 俺たちをどこに連れてくつもりだ!?」
無人機に吠えても返事はない。攻撃の気配がないのが怪しすぎる。
俺たちはどうすることもできないまま無人機に運ばれるしかなかった。
◆
「に、二年生専用機持ち組がバラバラの方向に移動していきます!」
拠点にいる千冬たちの前の投影型ディスプレイでは瑛斗たちのISの反応が高速で移動していく様子が映し出されている。
「つ、つつ、通信も繋がりません!」
真耶の報告する声がパニックを起こしていた。
「レーダーから消えた次は桐野たちを分断……他の専用機持ちの様子はどうだ」
「五反田さんと戸宮さんは現地の先生たちと合流して目標の一機を撃墜。現在補給に動いています。更識さんとフォルテさんは現在移動中です」
報告からして、どちらも二年生組と同じような状態に陥ってはいないことを千冬は理解した。
「なぜ桐野たちだけが……まさか……いや、そんなはずは━━━━」
思案しているところに学園から緊急通信回線である人物から連絡が入った。
『織斑先生、どうやら大変なことになっているようですな』
音声のみだがその声の主は轡木十蔵のものだとすぐに分かった。
『こちらも問い合わせの電話が殺到ですよ。ああ、もちろん妻の方にね。子供は無事なのか、と』
「申し訳ありません……現在事態の鎮圧に動いています」
『わかっています。責めるつもりはありませんよ。で、本題ですが━━━━とうとう完成しましたよ』
「…………!!」
その言葉は、千冬が待ち望んでいたものであった。しかし、それは今の状況では素直に喜べずにいた。
『どうしますか? こちらはいつでも準備はできていますよ』
ここで十蔵に『YES』の返事をすればこの事件は一気に収束する。
だが、それでは………
「……………………」
『織斑先生?』
「……すみません」
『ん?』
「まだ……その時ではありません。アイツを………束を止めるのは、私ではありません」
『………………』
十蔵の声が聞こえなくなった。沈黙しているのだ。それから数秒。
『わかりました。また次の機会ということにしましょう』
「せっかく協力していただいたにもかかわらず……本当に申し訳ありません」
『いいのです。アレが今のこの世界で動くのは正直言って私もよく思っていませんでした。使うと言われたらどうしようか、内心ヒヤヒヤでしたよ』
「必ず止めます。止めさせてみせます。ですから━━━━」
『そこまで。その言葉が聞けただけで充分です。頑張ってください。私たちもできるだけの支援をしますので』
十蔵との通信は終え、千冬は短く吐息した。
「……織斑先生……大丈夫ですか?」
「麻耶?」
「い、いえ……顔色が悪そうだったので」
その目が自分を心底心配する目であったことを、千冬は嬉しく思った。
「気にするな。問題ない」
だから真耶に小さく笑って見せてから、声を出した。
「残りの目標は」
「は、はい! 現在六機の目標の撃墜を確認しています! 残り四十四機です!」
「各国への支援の要請は」
「アメリカを初めに十数か国が現在時刻までに支援を約束しています! すでに到着している部隊もあるようです!」
「よし、このまま私たちは二年生組との通信機能が回復するまで情報の整理、そして他の専用機持ちたちへの指示を出す。真耶、情報の管理を頼む。なにかあったらすぐに報告を」
「わ、わかりました!」
真耶は大広間の奥の機材に駆けて行った。
「………………」
その後ろ姿を見てから、千冬は思う。
(アレが完成したとなれば、もうすぐ奴らも……)
これから先に起こるであろうことを想像し、なぜか笑いが零れた。
「……前途が多難なことは、変わらんか」
◆
瑛斗たちが出撃してから一時間くらい。一人待機を命じられた俺は箒が眠る部屋にいた。それでもいつでも出撃できるようにISスーツは着ている。
「………………」
箒の顔は眠っているように見える。身じろぎひとつしないその姿に俺は言い知れない不安を感じた。
━━━━いつ目が覚めるかはわからない━━━━
「………っ」
瑛斗の言葉を思い出すと、胸が張り裂けそうになる。
「箒……瑛斗たちは戦ってるよ。俺はこうしてここにいちまうけどさ」
いつもなら『情けない。それでも男か!』って怒鳴って来るのに、それがない。
「束さんがISで世界を滅ぼそうとしてるんだ。今日の夜に世界中のISが爆発するって……」
「………………」
反応なんてあるはずないのに、俺はなぜか話しかけ続けていた。
「束さんは、何がしたいんだろうな……。お前をこんな風にして……」
箒は束さんのことを敬遠してたけど、束さんは箒の事を気にかけていた。……と思う。
それなのに束さんは、無人機に箒を襲わせて、今度は世界を滅ぼそうとしてる。
「………やっぱり、俺にはわかんないな」
もう一度箒の顔を見る。なんだか悲しそうに見えた。
「箒……目を覚ましてくれよ。じゃないと……俺…………ん?」
腕が熱い。
まるで熱い鉄を近づけられたみたいに、白式を付けた右腕が熱い。
「光ってる…?」
白式が輝いていた。
目の奥を貫くような激しいものじゃなくて、月明かりのような、優しい光だ。
(……一夏)
声が響いた。俺を呼んでる。
「箒?」
箒の声だった。でも、当の箒は目の前で眠っている。とてもじゃないが口を聞けるような状態じゃないのは一目瞭然だ。一体どうなってんだ?
(……一夏)
「あ━━━━」
箒の身体にかけられている布団の中からなにか光っているのが見えた。
「……………………」
ゆっくりと布団をめくってみると、箒の右手首の紅椿が淡く光っていた。
瑛斗が見たらきっと驚くような現象だ。
紅椿に呼応するように白式の光が強くなる。
なぜかわからなかったけど、どうすればいいか分かった。
白式を紅椿に近づける。
(………一夏)
「箒……」
白と紅。二つの光が、俺と箒を飲み込んで………。