IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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クラスター・ディザスター 〜または失落の『紅』〜

時間は少し巻き戻る。

「…………………」

箒はベッドの上で膝を抱えていた。

(姉さん……)

脳裏に浮かぶのは、束が自分に見せたもの。

「………ッ」

夏場だというのに、寒気を覚えてしまうほどの衝撃。箒はそれに耐えることができず逃げるようにして宿泊するホテルの部屋に閉じこもってしまっている。

(どうして……また、現れたのだろう………)

去年の臨海学校で、束は箒に第四世代型IS《紅椿》を渡した。

 

しかし今回は何をしてくるというわけではなかったことが箒は気がかりだった。

(姉さんが何の理由もなしに現れるとは考えにくい……。それに、あの少女は………)

そこまで考えたところで箒の思考は中断された。

「篠ノ之さん、大丈夫?」

「静寐……」

ドアを開く音がしたと同時に、同室の静寐が呼びかけてきたからだ。

「具合はどう?」

「……まだ、少し……」

「そっか……無理しちゃダメよ?」

一夏がどう説明したかは知らないが、どうやら自分は体調を崩したことになっているらしいと知ったのはつい先刻のことだった。本当のことを言えず、胸が痛む。

「その……すまなかった」

「え? ドッキリイベントのこと? そんなのいいって」

箒が謝ると静寐は優しく笑った。

「篠ノ之さんが怖がって余計に具合悪くなる方が大変だもの。それに桐野くんの驚きっぷりが見れたから満足満足」

「しかし………」

なんと言えばいいか分からない箒の頭に、静寐はそっと手を置いた。

「気にしないの。今からそんな調子じゃ、明日の演習上手くやれないよ?」

その優しさに、少し心が救われたような気がした。

「……ああ。そうだな」

だから、箒は静寐に笑った。

「うん。それじゃ空気入れ替えようか。さっき天気予報でやってたんだけど、夜風が気持ちいいんだって」

静寐は頷いてから窓の方へ向かった。

「………?」

それと紅椿にメッセージが送られてきたのは同時であった。

 

《窓ヲ開ケロ》

(窓を開けろ……?)

待機状態の紅椿の上に浮かび上がった意味不明な文章に眉をひそめる。

「ん~、気持ちいいね。月も綺麗」

窓の方を向くと静寐が窓を開けて伸びをしていた。

━━━━警告。未確認の機体信号がアクセスしてきています━━━━

「ん? あれなんだろ?」

(何か来る……!)

「静寐っ!!」

紅椿からの情報と静寐の言葉に直感し、箒は静寐の腕を掴んで引き寄せた。

「えっ? わっ!?」

『……………』

直後、真っ黒な塊が現れた。風に遊ばれるように頭頂部から垂れた何十本もの赤く光る長いものが揺れる。高い位置で束ねられたそれに、箒は自分を見ているような感じがした。

「IS……?」

静寐が後ろによろよろと下がり、うわごとのようにつぶやく。

確かにその黒い塊は人の、細見の女性の形をしていた。装甲が施され、ISを展開しているように見える。しかしもっとも目を引いたのは、背中から伸びた腕から生えているものとは異なるもう一対の『腕』。

「何者だ!」

『……………』

異形は、答えようとしない。

「何者だと聞いているっ!」

『……………』

箒の強い問いかけを聞いた異形は顔面の中央を赤く光らせた。

『………闘エ』

「なんだと?」

なめらかだが、機械的な音声に身構える。

『私ト闘エ。篠ノ之箒。私ハソノ為ニ生マレタ』

「どういうことだ……」

抑揚のないその言葉に不気味さを覚えた。

『拒ム事ハ許サレナイ。拒メバ、背後ニ居ル少女ヲ殺ス』

異形は背中の右腕で静寐を指差した。

「ひっ……!?」

静寐は腰を抜かしたようにして座り込む。

「静寐に手を出すな!!」

『ナラバ私ト闘エ。ソウスレバ他ノ者ニハ危害ヲ加エナイ』

異形は箒に背を向けた。

『来イ』

「……………」

箒は窓に手をかけた。

「し、篠ノ之さん……!」

箒は、目に涙を溜めて震えている静寐に振り向いた。

「静寐、待っていろ。すぐに戻る」

そして窓から飛び降りた瞬間に《紅椿》を展開して浮遊する。

『………………』

異形はそれを待ってからブースターに点火し、夜天に飛び出した。箒もその後を追う。

「篠ノ之さんっ!」

自分の名を呼ぶ静寐の声が遠く聞こえた。

……

 

…………

 

………………

 

……………………

高速飛行すること数十秒。ホテルも肉眼では見えなくなった空域で、異形は停止した。

「……もう一度問う。貴様は何者だ」

箒の言葉に、異形は頭から垂れるケーブルを揺らして振り向いた。

『………………』

「いや、最早聞くまでもないか。……無人IS(ゴーレム)

『……ソノ通リ。私ハ、ゴーレム。名称ハ、《ゴーレムEx(エクス)》。アナタト闘ウ為に生マレタ存在』

「目的はなんだ」

『アナタト闘ウ為ダト━━━━』

突如、地鳴りのような音が轟いた。

「な、なんだ今のは!?」

『……………』

周囲を見渡すが、特に異常は見られない。

『……話ヲ戻ソウ』

ゴーレムExが箒にその頭を向けた。

『私ハゴーレムEx。目的ハ、アナタト闘イ━━━━』

「違う。私が聞きたいのは貴様を造った人間の目的だ。私に何か恨みでもあるというのか」

『……恨みなんて、ないよ』

その言葉だけが、急に人のような喋り方になった。

「ではなぜ━━━━」

刹那、刃か迫った。

「くっ!!」

箒はそれに反応して《空裂》をコール。刃を受け止めた。

『戦闘時ニ、長話ハ不要』

再び声は機械的なものに戻る。

「そうだ………なっ!!」

重い一撃を押し返し、一瞬の隙をついて左手に《雨月》を呼び出してレーザーを発射。直撃コースだった。

 

しかしレーザーはゴーレムExに届く前に左手の刀で弾かれた。

『今度ハ、コチラノ番ダ』

ゴーレムExが右手の刀の切っ先を箒に向ける。すると刃の鎬から上がせり上がり、銃口が覗いた。

そこから放たれる連続したエネルギー弾が箒に襲い掛かる。

「この程度っ!」

弾丸を回転飛行で回避。

「はああっ!」

そして空裂の帯状のビームを放つ。赤い光の刃はエネルギー弾を飲み込みながらゴーレムExに飛んだ。ビームは見事にゴーレムExに命中した。

『…………………』

しかしその漆黒のボディには傷はなく、まったく効いていない。

「無傷だと!?」

驚く箒にゴーレムExは高速で接近。両腕に持った刀を左右から振り上げた。

「ぐっ!」

箒は空裂と雨月を交差させて斬撃を止めた。

しかしそこで気づいた。相手には、()()()()()()()()()

「うあああっ!!」

装甲から火花が散った。なんとか立て直し、ゴーレムExを睨みつける。

「四本腕……!」

ゴーレムExは四本の腕で四本の刀を握っていた。

 

しかしゴーレムExはその四本の腕すべてを力を抜いたように下にさげた。

『……アナタノ『力』ハソノ程度ナノデスカ。ダトスレバ、拍子抜ケデス』

「なんだと!?」

『ソンナ事デハ、私ヲ止メル事ハ不可能』

ゴーレムExは更に続けた。

『織斑一夏ト肩ヲ並ベル等、出来ル筈ハナイ』

「…っ! 黙れぇぇぇぇぇっ!!」

展開装甲を変形させ、高速戦闘形態でゴーレムExに接近する。

「だああああああっ!!」

エネルギーの過負荷によってスパークした刃がゴーレムExの黒いボディに振り下ろされる。

『………………』

━━━━止められた。刀ではなく、その両の手に。

 

白刃取り。渾身の一撃が、黒い手に止められている。

「なっ…!?」

瞬間、腹部に鈍い衝撃を感じる。

「う………?」

 

 

 

 

刀が二本、箒の腹部に突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

「あ……が………!?」

ゴーレムExがその刀を背中の腕で抜くと、刺された部分と口から赤い液体が噴出し、夜の林に落ちていく。

直後、激痛が駆け巡った。

「う……あ………うあああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

『感情ガ昂ブルト隙ガデキル………変わらないね』

また、声が人のものになった。

 

そして紅椿のPICが機能不全になったのか、箒は姿勢を崩してゆっくりと落下を始める。

朦朧とする意識の中、ゴーレムExの姿が自分と重なった。

(黒い……あか……つば……き…………)

返り血を浴びた無表情が、不気味に歪み、自分を見下している。

自分が、出力可変型ブラスターライフル《穿千》を構えて嗤っている。

「……ぐ……!!」

━━━━操縦者バイタルに異常を確認。機体制御率二五パーセントまで減少 展開限界まで九秒━━━━

(構う……ものか………!)

「……………紅椿!!」

肩の装甲が機体から離れ、《穿千》に変形した。

エネルギーチャージに二秒、照準固定に二秒使った。残り五秒でトリガーを引く。

赤と黒の大出力ビームがぶつかり合う。そして爆発が起きた。

その衝撃で完全に紅椿はエネルギー残量が無くなり、展開を維持できずに消滅した。箒は重力に逆らえず落下する。

「う……あ……」

高度が低くなり、意識が遠のいていく。

川に着水する瞬間、それは幻覚だったのかもしれない。

(姉…さん……)

束の姿が見えた。

落ちた衝撃による波紋が水面に広がっていくのが見える。

(痛い……痛いよ……!)

川の水は冷たいのに、腹部が焼けるように熱い。

(助けて………!)

手を伸ばす。しかし、その手は誰にも引いてもらえない気がした。

(こんな……ことなら…………)

今になって、そんな後悔がよぎる。

ここで終わるんだ。分かり合うこともできず、気持ちを伝えることもできず、これほど呆気なく。

箒は手を下ろしかけた。

(あ……)

けれど、来てくれた。

力強く、自分の手を握ってくれた。

(いち……か…………)

視界が塗り潰される直前、箒の目から涙が零れ、緩やかな川の流れに溶けた。

 

 

「……山田先生、診断の結果は?」

「目立った外傷は脇腹の刺し傷だけですが、失血のショックで昏睡しています。いつ目が覚めるかは……」

山田先生が簡単なメディカルカルテを見ながら織斑先生に報告する。

「大量失血するほどの傷口が、ここに運び込まれた時には既に塞がっていた。……桐野、その理由がわかるか?」

腕を組んだ織斑先生が俺の方を見てきた。

「《紅椿》のデータを見てみました。無段階移行(シームレス・シフト)。これが箒を助けましたね」

俺はベッドに横たわり、呼吸器をつけて眠る箒を見た。

 

髪は解かれ、腹に包帯を巻いてピクリとも動かないその姿は筆舌に尽くしがたいほどに痛々しい。

「ちゃんと話せよ研究者。でなければこの部屋からつまみ出すぞ」

箒を見ていたら織斑先生に低い声音で催促された。

 

「わ、わかってます。……紅椿は篠ノ之博士が開発した現時点で世界に一機だけの第四世代型IS。その中に無段階移行(シームレス・シフト)システムが組み込まれています。戦闘の度にパーツ単位で自己進化するっていうトンデモシステムが」

「で、それがどう篠ノ之を助けた」

「最後の戦闘……箒がこうなる要因となった戦闘の時に、紅椿が新しい武装を造ったんです」

「新しい武装………ですか?」

「武装って言うには、少しアレですが…………これです」

俺はノートパソコンのキーボードを操作して先生たちに見せた。

「《癒童(いやしわらべ)》。紅椿が土壇場で造り上げたそれは、操縦者━━━━箒が負傷した時に医療用ナノマシンを負傷部位に送り込んで応急処置、戦線復帰を可能にさせる、要するにゲームでいうところの回復薬みたいなものです」

「不謹慎な言い方をするな。だが、確かにそれが篠ノ之を助けたとなると納得がいく」

「ですが……本当に、篠ノ之博士が学園に危害を加えていたなんて……信じられません」

「俺だって信じられませんよ山田先生。無人ISが博士の開発したもので、おまけにそれに箒を襲わせるなんて」

パソコンを閉じる。

「先生……博士との連絡は取れないんですか?」

「できることならやっている。奴とはもう携帯も繋がらん」

「ダメですか………」

博士は何を考えているのやら。嘆息すると先生はドアを示した。

「……ここから先のことは私たち教員側で判断する。お前は部屋に戻って待機していろ。他の専用機持ちたちにも伝えておけ」

「わかりました………。あの」

「なんだ」

「一夏を呼ばないんですか? アイツは俺たちの中で一番箒を心配してました。せめて顔くらい━━━━」

「戻れ。命令だ」

「ですけど!」

「戻れと言っている!」

「……………っ!」

先生の一喝に俺はそれ以上何も言えず、部屋から出るしかなかった。

(博士の目的は一体なんなんだ………)

自室に戻る途中、俺は博士について考えていた。

箒を溺愛しているはずの篠ノ之博士は自分が造った無人ISで箒を襲い、死の淵まで追いやった。その目的は何なのか………。

結局まとまった答えを見いだせないまま自室に到着。

 

俺と一夏に割り当てられた部屋には二年の専用機持ちが集結していた。

「瑛斗さん、箒さんの様態は?」

「命に別状はない。でも失血のショックで昏睡状態だからすぐには起きないそうだ」

「お兄ちゃん、箒大丈夫だって。お兄ちゃんってば」

「ああ……ありがとう瑛斗」

マドカが一夏の肩を揺すると一夏はぽつりと声をかけてきた。

「俺は別に何もしちゃいない。ただ呼ばれて、データの解析をしただけだ」

俺たちは箒を追いかけて飛び立って数分後、巨大な光の爆発を見た。

それは紅椿の大型射撃武装《穿千》のもの。その直後に一夏が飛び出し爆発が起きた空中の真下の川に飛び込んだ。

俺たちが一夏に追いついた時、一夏の腕の中では専用の白いISスーツに血を滲ませた箒がぐったりとしていた。

その時の一夏は、見たことがないくらいに狼狽してた。泣きそうな顔して、箒の身体を揺すって、何度も、何度も箒の名前を呼びながら……。

(やっぱり、ショックだよな……)

幼馴染があんなことになったら、取り乱すのも無理はない。

「それにしても……無人IS、見つからなかったわね」

「探索用Gメモリーのパルフィスでも引っかからないとなると、ステルスでも搭載してるんだろうな」

「爆発の規模から考えて、わたくしたちが追いついた時はまだ近くにいたはずなのですが……」

「かなりの……機動性を、持ってる」

「第四世代型の紅椿を圧倒する未知の敵……か」

「……ねえ、篠ノ之博士って箒のお姉さんなんだよね?」

一夏を心配そうに見つめていたマドカが俺に顔を向けた。

「ああ」

「どうして……こんなことをしたのかな」

「それは………」

それは俺にもわからない。おそらく、この場にいる全員が━━━━

「わからねぇよ。束さんが何を考えているかなんて、この世界で束さん自身以外いるわけない。千冬姉だってわからないさ」

「一夏………」

「束さんのことは……いろいろ不思議な人だとは思ってた。今回のことだって、きっと理由はあるんだと思ってる。でも……でもよ!」

一夏の拳が強く握りしめられていた。

「箒をあんな目に遭わせるような人だとは思ってなかった。俺は━━━━!」

「ストップだ一夏。ここで博士への恨み言を言ったって状況は何も好転しない」

「…………………」

一夏は何か言おうとしたようだけどそれをやめて黙り込んだ。

「……よし。とりあえず俺たちが勝手に飛び出したことについてのお咎めはないらしい。待機命令は出されたけど、今日はみんな休んだほうがいい」

その一言で俺は解散を促した。心配そうなマドカが一夏を見つめていたが、ラウラに目で説得されて退室した。

「……………」

「……………」

当然、部屋は俺と一夏だけになる。

「その……さっきはああ言ったけどよ、博士のことは怒ってもいいと思う」

「じゃあ、なんで止めたんだよ」

「お前………気づいてなかったのか?」

「何に」

「鈴たちの顔、少し怯えてたぜ」

「なんでだよ」

「お前の目……見たことが無いくらい怖かったんだよ」

「…………………」

「俺がとやかく言う立場にないのはわかってる。けどよ━━━━」

「瑛斗……」

 

「………………」

 

「箒は……箒は、本当に大丈夫なんだよな?」

一夏のその目を見ることができなかった。見てられなかった。

「……………大丈夫だ」

「死んだりなんて…………しないよな……?」

「お前……! しっかりしろ! 箒は死なない! そんなこと、お前が一番わかってるだろ!?」

「俺は! 俺は箒を守れなかった!!」

「……………!!」

か細かった一夏の声がいきなり大きくなる。

「もっと早く駆けつけていれば……箒はあんなことにはならなかった! それなのに俺は!」

一夏の声が震えていた。泣きそうな子供みたいだ。

「俺は箒を守れなかった……! みんなを守るって決めたのに……! ちくしょう……! ちくしょう……!!」

 

何かに憑りつかれたみたいに連呼するコイツを、俺は━━━━

「一夏っ!!!!」

「な、なんだよ……」

「殴れ」

我慢できなかった。

「………………は?」

「俺を殴れ。一発な」

「な、何言ってんだよお前……」

「自分ばっかり責めるんじゃねえよ。箒がああなった責任は俺にもある。俺がべらべら説明してないで、すぐにみんなを連れ出してたらこうはならなかった。だから俺を殴れ」

「そ、そういう問題じゃ━━━━」

「うるせえっ!! とにかく一発殴れ! ほら! 早くしろ!」

「…………………」

 

煽り立てると、一夏はベッドから立ち上がった。

「……手加減なんて、しないからな」

「おう。望むところだ」

「……ふっ!!」

ドガッ!!

「ぐっ!」

一夏のパンチに一瞬グラッと来た。奥歯を噛み締めて堪える。

「一発は……一発だっ!!」

ゴッ!!

「うがっ!?」

俺も一夏の顔に拳を叩き込んだ。吹っ飛んだ一夏はベッドに倒れ込む。

「お、お前も殴ってくるなんて聞いてないぞ!」

「でも、落ち着いたろ?」

「……! それは………まあ」

「ならいい。あーっててて……口ん中切っちまったじゃねえか。本当に手加減しないのかよ」

ジンジンと顔の左側が痛くなってきた。

「お前が殴れって言ったんだろ?」

「それもそうか」

「……なんか、いつかもこんなことしたな」

「いつか……? ああ、楯無さんと知り合ったばっかのころか」

「楯無さんが俺の部屋にいて……」

「それでエプロンの下に水着着て裸エプロンっぽく見せてきた……ふっ」

「ははっ」

何がおかしいわけでもないのに笑ってしまった。一夏もそれにつられて笑う。

「……寝るか。明日になったら先生たちから何か通達があるだろ」

「そうだな。そうするか」

俺と一夏は就寝の準備をした。まあ、ただ各自のベッドに寝っ転がるだけだけど。

「瑛斗」

「ん?」

「ありがとな。頭冷やしてくれて」

「どういたしまして。俺は寝るぜ」

部屋の明かりを消した。

 

 

「………………」

日付が変わりそうな時刻になっても、千冬は箒が横たわるベッドの横に立っていた。瑛斗が去ってからも、箒は一向に目を覚ます兆しを見せないでいる。

真耶も部屋から出て行ったので部屋は千冬と箒の二人である。

「束……」

千冬は箒の傍に歩み寄り、箒の頬に触れた。

「お前は……いったい何を考えている?」

千冬の目は、悲しげに揺れていた。

「これが、お前のやり方なのか? だとするなら、私は━━━━」

唐突に、箒の手首の待機状態の紅椿からディスプレイが現れ、映像が映し出された。

『あー、あー』

「!」

その声を、聞き違えるはずはなかった。

 

その姿を、見違えるはずはなかった。

『全世界のみんなー』

椅子に腰かけ、朗らかな声で呼びかけてくるその人物は、

『やっほー、天才の束さんだよー』

束であった。

「束……!?」

驚く千冬をよそに、映像の束は話し始めた。

『電波の発信源を突きとめようとしてる人がいたら、やめておいた方がいいよ。逆にウイルスを送り込んでデータというデータを破壊しちゃうようにプログラムしてるからね☆ ……さて、突然の電波ジャックに驚いてる人が大勢いるんだろーけど、とりあえず、りっすん・とぅ・みぃだよ。白騎士事件を覚えているよね? ISが世界にその名を轟かせるきっかけになったあの事件』

束がどういうつもりなのか千冬はわからなかったが、尋常ならざる悪い予感だけは感じていた。

『それからあっという間に世界はISに染まったね。男女のパワーバランスが逆転して、女尊男卑なんて騒がれちゃったり』

束は流々と話し続ける。

『でも、それもこれもぜぇんぶこの束さんがISを発明したからだよねっ。私ってば凄い! 世界をひっくり返しちゃったよ!』

えっへんと胸を張る束。

『でもでも、考えてみてよ。今のこの世界を私が変えちゃったならぁ』

束の目が、すぅ、と細くなった。

『世界を元に戻したらどうなるのかなぁ?』

「………………!」

その言葉の意味を、千冬は直感した。

『今から二十四時間後……』

束は右手の人差し指を立てた。

『ちょうど明日のこの時間。その瞬間に、世界中のISのコアは━━━━』

束の次の一言は、世界を揺るがすこととなる。

『弾道ミサイルの数倍の威力を伴う大爆発で、地球上から消滅するよ』

 

 

「マジかよ……」

某所。テレビから発せられた言葉にオータムは目を見開いた。

「スコール、これって」

ソファに腰かけていたスコールにオータムが顔を向ける。

 

ここは、亡国機業の……スコールたちの世界にいくつもあるうちの一つの隠れ家であった。

「あらあら、大変なことになったわね」

しかしオータムとは対照的にスコールは笑みを浮かべていた。

「大変なんて騒ぎじゃないぜ! これが本当なら━━━━!」

「オータム」

「んっ……」

オータムは沈黙した。スコールがオータムの口を塞いだのだ。自分の唇で。

「……んぅ」

()()同士の熱いキスに、オータムの表情は一瞬で蕩けてしまう。

「慌てないの。まだ篠ノ之博士の放送は続いてるわ」

「う、うん……」

スコールが唇を離して諭すと、オータムは唇を指で触れながら、切なげに頷いた。

スコールの言うとおり、束の放送は続いていた。

『でもでもでも、世界にはISのコアは確認されただけでも四六七個あるんだよねー。それが全部全部ぜぇーんぶ爆発しちゃったら、元に戻るどころか世界は滅亡だねっ! あっという間に世紀末だよ! ゆわっしょーっく! そこで!』

束が指を鳴らすと映像は束の頭上を映した。そこにはコンテナが浮遊していた。

『今から束さんが発明したスペシャルなISを五十機、世界中にばら撒きまーす! その中の一機に、破壊されたらコアの爆破プログラムを解除するプログラムを組み込んだのだ! あ、言っとくけど、どの機体もそんじょそこらのしょーもない戦闘機とか兵器じゃ太刀打ちできないから。目には目を、歯には歯を、ISにはISだよっ!』

コンテナの側面が開き、中からISを展開した女性のシルエットが覗いた。

『それじゃあ、よーいどんっ!!』

束の声と同時に、コンテナから黒い影が連続して飛び立っていく。

映像が再び束の姿を映す。

『今から二十四時間後が楽しみだね! それじゃあバイビー!!』

束が手を振り、無邪気にそう言うとテレビの画面は元から映していたドラマに戻る。しかしすぐにそれは臨時ニュースに切り替わった。

「スコール………」

「ふふふ、なかなか……いいえ、最高のタイミングだわ」

スコールはソファからゆっくり立ち上がった。

「スコール、上から任務の通達よ」

「あらジェシー、仕事が早いわね」

「どうやら上もそこそこ慌ててるみたい。ほら、チヨリ様。起きてください」

扉の傍に立つジェシーの横では小さな少女が目をこすっている。

「んにゅぅ……起きとるわい。むにゃむにゃ………」

「ご老体に夜更かしは厳しいみたいね」

ふらふらと冷蔵庫から()()()を取り出すチヨリを見てから、スコールはクスリと笑うとオータムの肩に手を置いた。

「さあ、準備はいい?」

スコールのその眼差しに、オータムは心の奥底から湧き上がる熱を感じた。

「………! ああ!!」

「んぐっ、んぐっ……ぷっはあっ! 気つけには一杯きゅぅ~っと飲むのが一番じゃな」

その後ろで亡国機業最高の技術者が覚醒する。

「で、どうするつもりじゃ? ワシとジェシーはバックアップするとして、おぬしら二人はどこから手を付ける?」

「そんなの決まってる! 片っ端からだ!!」

オータムはパンと自分の左の手のひらに右の拳を打ち付けた。

「いよいよ始まるのね……」

ジェシーがつぶやくとスコールはこう返した。

「ええ、始まるわ。でも、その前に世界が消えたら困っちゃう」

スコールを先頭に、オータム、ジェシー、チヨリが部屋から出る。

「まずは、一歩目を踏み出すわよ」

世界は、静かに、しかし確かにざわめき始めた。




箒負傷。からの超展開でございます。

束さんの目的はいったい何なのか……。

亡国機業も、というか、スコールたちも何やら怪しい動きを見せております。

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