IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
林間学校初日。
天気は快晴。山につくられた道路を走るIS学園二年生徒一行を乗せたバスは順調に進んでる。
「おー! 綺麗な眺めだぁこと」
窓の向こうに広がる緑の景色に目を輝かせる俺。
「この国はいろんなところに山があるよね」
前の席に座るシャルが同じように景色を見ながら一言。
「日本の最高峰の『フジヤマ』は三七七六メートルと言ったな。フッ、アルプスの標高に比べれば大したことはない」
隣でラウラが腕を組んで得意げな表情を浮かべる。
「比べちゃダメだろ……」
苦笑するとシャルも山トークに加わった。
「アルプスと言えばフランスにはモンブランがあるよ」
「モンブラン? 三人ともケーキの話してるの~?」
『モンブラン』という単語を聞いて、通路を挟んでシャルの隣でぐっすり寝ていたのほほんさんが覚醒した。
「う、ううん。ケーキじゃなくて山の方のモンブランの話だよ」
「な~んだ、違うのか~。むにゃむにゃ……」
しかし違うとわかるとのほほんさんはまた眠りこけはじめた。
バスが発車してから数時間。乗った直後から寝てる気がするぜ。
「こうしてみると、よくそんなに寝れるよな……」
「一年生のころは訓練で動いてるところは見たことあったけど、整備科に行くようになってからめっきり見ないね」
シャルの言葉でなにかを思い出したようにラウラがこっちを向いた。
「瑛斗、そう言えばお前、学園に帰ってきてから何かを整備科で熱心に造っていたそうだな」
「ん? あぁ、アレな。《セフィロト》の新しい武器だよ」
「新しい武器? そんなものこの間の実習で使ったか?」
「昨日やっと完成したんだよ。大型ビームカノンとブレードの他にもう一つ」
「どんな武器なの?」
「もったいつけずに早く教えろ」
「そう急かさなくても教えるって。マルチライフルだよ。セフィロトに合わせたセフィロト専用のライフル」
「実弾か?」
「両方。射撃武装が大型ビームカノンだけだと取り回しが効かなくて不便だったから造った。昨日のうちに調整もしたからちゃんと使える」
「でも《G-soul》の出番が減っちゃうんじゃないかな?」
「そんなことないさ。ちゃんと訓練とか演習の時は交互に使ってるだろ?」
「あ、確かに」
「だがよかったのか? エリナ殿から機体を弄るなと言われている筈では…」
「セフィロトはもう俺のものだからな。エリナさんも多少の事には何も言わないでいてくれるって」
「そうか。サイコフレームのことで何かわかったことはあるか?」
「さっぱりだよ。まだまだ謎だらけ」
肩を竦めてみせてからもう一度窓の外に目を向けてサイコフレームについての話題を終わらせた。
(エリナさんも詳しくは知らないって言ってたからな……)
アデルの一件のあと、サイコフレームをどこで手に入れたのかについてエリナさんに問いただした。でもエリナさんもサイコフレームは完成した状態でエレクリットに送られてきたということしか知らないらしい。
チヨリちゃんの事も話そうかと思ったけどやめた。あんな島の山奥に一人で生活してる自称六四歳の女の子のことなんてきっと知らないだろうからな。
(……ん?)
唐突に、バスの車体が横に曲がって駐車場のような砂利の敷き詰められた場所に停車した。
「なんだ?」
見れば他のクラスのバスも並んでいる。突然のことにざわざわと車内が騒がしくなった。二度寝していたのほほんさんも起きた。
「全員よく聞け。バスでの移動はここで終了だ」
織斑先生が席から立ち上がって俺たち全員に呼びかけた。
「終了って……ここが目的地ですか? 林間学校の」
前の席にいた一夏が代表して織斑先生に問いかける。
「いや。目的地はここではない。私が言ったのは『バスでの移動はここまでだ』ということだ。とにかく全員バスから降りろ」
『?』
とりあえず俺たちはバスから降りた。他のクラスも担任の先生たちに誘導されてぞろぞろとバスから降りてくる。
「い、いったい何が起こるんだ?」
「さ、さあ? 僕にも何がなんだかさっぱり…」
クラスごとに並ぶように指示されてわけもわからないまま並ぶ。並び終えると拡声器を持った織斑先生が腰に手を当てて俺たちの前に立った。
「いいかお前たち。これよりIS学園林間学校を開始する。この中で今回の林間学校で何をするか知っている者はいないな」
一様に頷いた俺たちに、織斑先生は宣告した。
「今からお前たちには、徒歩で林間学校の実施地点に向かってもらう」
「……え?」
まず俺。
「え?」
次に一夏。
『えええええええええええええええええええええっ!?』
そしてラストは二年生全員での『え』の大合唱。それを煩わしそうにしながら織斑先生は説明を始めた。
「いちいち騒ぐな。……林間学校初日の今日は、仮想サバイバルを行う。幾つかの班に分かれ、ここから山に入り目的地である宿泊施設まで向かってもらう。班の構成メンバーは今からくじ引きで決めるぞ。なお、班を構成するメンバーはクラスなど関係なくバラバラだ。一組の者が二組と同じということもありえる」
そこで俺は納得した。
(道理で教えてくれないわけだよな……)
『サバイバル訓練やりまーす』って言われた時点でなんらかの備えをしてしまうから、サバイバル訓練の意味がなくなっちまう。サバイバルって突然の事態の代名詞だもんな。
(プリントにあった『山中でも動きやすい服装で』って……そういうことだったのか)
「し、質問よろしいですか!」
くじ引きが進む中、三組の方から手が挙がった。
「なんだ?」
「私たちの代以前からこうなんですか? この、突然の発表って」
「毎年来る質問だな……。そうだ。IS学園に所属するからにはいかなる事態にも対応できる能力がなければならないからな。他には?」
「じゃ、じゃあもう一つだけ。ちゃんと辿り着けます……よね?」
「過去の林間学校の記録では辿り着けなかったものはいない」
「そうですか。よかった━━━━」
「……過去の記録では、な」
「……!!」
やめてくださいよ。やめてくださいよその含んだ笑み! 怖すぎるでしょうよ!
「桐野くん、くじを引いてください。後ろが閊えてますよ」
「あ、は、はい」
四組の担任の先生が来て俺にくじが入った袋を差し出してきた。手を突っ込んでガサガサしてから一枚引いた。
「……B?」
小さな白い紙にその一文字だけ書かれていた。
ややああってAからWまでの二十三個、五人ずつの班が出来上がった。
「………………」
「同じ班だな。よろしく頼むぜ、簪」
さっきから無言で俯いていた簪に声をかけるが、反応がない。
「……簪?」
「ひぅ!? え、あ、うん……」
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「そ、そんなことない、よ? うん、大丈夫」
「?」
そう言う割には簪の顔は赤い。
「いいなぁ、簪」
「むぅ……」
後方からはシャルとラウラが羨ましそうに簪を見ている。仲のいい二人でも、くじ引きの前では別々の班に振り分けられた。つか、俺的にはラウラがいる班の女子たちが羨ましいんだけど。軍人いる時点で勝ったようなもんだろ。勝ち確だろ。
「一夏は……お、箒と一緒の班なのか」
「え……」
なぜか簪がぴくっと反応した。
「どした?」
「な、なんでもっ……」
首を捻っていると、もう一度拡声器を通した織斑先生の声が聞こえた。
「専用機持ちども、わかっていると思うがISは使うな。しっかり班のメンバーと協力して臨め」
どうやら俺たち専用機持ちに向けての言葉だったらしい。
「……まあ、そんなこと言われなくても、というやつか」
そう笑ってから織斑先生は表情を堅くした。
「では、装備を受け取ってA班から三分おきに出発だ。途中で道が班別に分かれるから注意して進め。以上だ」
◆
「偶然だなぁ。箒が同じ班なんて」
「そ、そうだな。うん、偶然だ、うん」
目の前で能天気に笑う一夏。愛想笑いを返すが箒は気が気ではなかった。
(い、一夏と同じ班……一夏と同じ班……!!)
願ってもないことが突然起き、もはやパニックになりそうである。セシリアや鈴がこっちをジト目で見てきているがそんなことに気を割く余裕もない。
「じゃあお兄ちゃん、あとでねー」
前の班のマドカが一夏に手を振って山道へ入っていく。
「おー。さてと、俺たちの班もそろそろ準備しないとな」
一夏は緊急時用の装備が入ったリュックを受け取りに行く。
「………………」
「良かったね、篠ノ之さん」
「し、静寐……」
同じ班の静寐が楽しそうな笑みを浮かべて耳打ちしてくる。
「チャンスじゃないのかな、これ」
「ちゃ、チャンス……」
「私たち他のメンバーは、一歩後ろの方であたたかーく見守ってるよ」
ウインクしてから、後ろの班員にねー? と示し合せる。
(静寐たちの好意はありがたいが……逆効果になりそうだ)
これまでの経験からして、そういった状況で好転したことがない。
(な、ならば━━━━!)
「いや! 待ってくれ!」
「へ?」
「でっ、できれば一夏と話していてもらいたい」
「え? べ……別に、いいけど、いいの?」
「ああ! 是非にそうしてくれ!」
箒の訴えに三人は若干の疑問を覚えながらも頷いた。
「おーい、出発するぞー!」
一夏が自分たちを呼んだ。
「あ、うーん! 今行くよー!」
静寐たちが一夏の方へ向かう。
(あ……あれ?)
そこで箒は気づく。
(ひょっとして……私は変なことを言ってしまったのでは………)
「~~~~っ!」
しまったと、気づいた時には、もう遅い。
三人は和気藹々と一夏と話し始めていた。
(わ、私はっ! 私というやつは! いつもいつもおおおおっ!)
「箒ー、早くー」
「ああ! すぐ行くっ!」
乱暴に返事をして箒はポニーテールを揺らしながら四人の元へ向かった。
◆
「自然がいっぱいだなー」
「だねー」
「空気がおいしいねー」
一方こちらは瑛斗と簪がいるB班。簪の前を行く瑛斗は周囲の自然に目を輝かせている。
「………………」
しかし簪は会話に入り込めず数歩後ろを歩いていた。
「ちょっと……いいの?」
隣を歩く自分のルームメイトでクラスメイトのクリスティ、愛称『クリス』が耳打ちしてくる。
「桐野くんと距離を縮める絶好の機会じゃないの」
「……で、でも……」
「もう、そんな調子じゃ全然進展しないよ。更識さんがそうしてるうちにも……」
クリスティナが指差す方向を見れば
「うおー! でっけー木! 半端なくデカいな!」
大木を前にテンションが上がっている瑛斗の姿が。
「……ほら、ああやって桐野くんは自然を満喫しちゃってるわ」
「う……」
「ここはあの前を行く二人を押しのけてでも桐野くんにアタックしかけるべきじゃない? 意地を見せたらどうなの」
こうして簪を後押しするクリスティ、去年の秋頃に行われたタッグマッチ以降、陰ながら簪の恋を応援する立場にいた。
「だって……瑛斗、楽しそうだし……。邪魔、したら……悪いから……」
しかし簪はか細い声で言い訳がましいこと言っている。
「まったく……しゃんとしなさい」
クリスティが簪の背中を叩いた。
「わっ」
その衝撃でよろけた簪は木の根につまずいてバランスを崩す。
「わっ、わわっ」
よたよたとふらつき、いよいよ倒れそうになったところでなにかに支えられた。
「おっと、大丈夫か?」
「え、えい……と……?」
瑛斗が簪を受け止める形で立っていた。その手はしっかりと簪の手首を掴んでいる。
「……!」
カァァッと頬が熱くなる。振り返ればクリスティが右手の親指をグッと立てていた。
(ど、どうしよう……瑛斗の顔、すごく近い……!)
「あらら、更識さんってば危なっかしいわねー。桐野くん、悪いけど更識さんについて歩いてくれない?」
さらにダメ押しとばかりにクリスティは瑛斗に提案する。
「く、クリス━━━━!?」
「ん? 別にいいぞ」
簪が何か言おうとする前に瑛斗はその提案を飲んだ。
「足捻ったりしてないか?」
「う……うん。大、丈夫」
「そっか。よっしゃ、それじゃあ行こう」
「……うん」
瑛斗に言われるまま歩き出す。簪がもう一度振り返ると、クリスティはそしらぬ顔でフスーフスーと吹けもしない口笛を吹いていた。
「悪いな、うっかりテンションが上がり過ぎてはしゃいじまった」
「え? い、いいよ? 気にして、ないから」
かくして簪は友のアシストを受けつつも瑛斗の隣に立つことができた。
「やれやれ……。やっとそれっぽくなったわ」
前を行く瑛斗と簪の姿を見ながら肩を竦めるクリスティ。
「更識さん、さっきから桐野くんに構いたいオーラ全開だったもんねー」
「そうそう、後ろからビンビン伝わってきた」
「二人はいいの?」
先ほどまで瑛斗と話していた班員二人も今はクリスティの横で苦笑している。
「やー、ああなっちゃうとこっちの気が引けるよ……」
「私も。入り込んだら後で更識さんに怒られそう」
「……あ、俺たちの班はこっちに行くのか」
前を行く簪と瑛斗が一度分かれ道の前で立ち止まり、看板を見てからもう一度進み始めた。
「更識さんには頑張ってもらわないとね」
クリスの言葉に頷き、三人もそれについて行く。
それからしばらく歩くと流れが綺麗な川の前に着いた。
「ここらで少し休憩しようぜ」
「さんせーい」
「私、歩き疲れちゃったよー」
瑛斗の提案に全員賛成して休憩することになる。
「それにしても綺麗なところだ。川も澄んでるし」
瑛斗はリュックを下ろし、川原から川の流れを覗き込んだ。すると石の隙間から何かが出てきた。
「お、蟹だ」
それは小石程度の大きさの沢蟹だった。足を忙しく動かしながら横歩きで移動していく。
「待て、蟹」
捕まえようと瑛斗はその沢蟹を追いかける。
「へっへー、俺から逃げ切ろうなんて百年早いぜー」
そして見事捕獲に成功して手のひらで動く沢蟹を観察する。
「……瑛斗? どうしたの……?」
後ろから簪がやって来る。
「見ろ簪。蟹だ━━━━あ」
簪の方を向いたとき、瑛斗の手から蟹が落ちて簪の靴の上に乗った。
「ひゃうっ!?」
驚いた簪は反射的に一歩下がった。
カチッ
「え?」
「ん?」
直後、簪が踏んだ石が埋まり、スイッチが入るような音が。
ガコンッ!!
「「!?」」
いきなり二人の足元の地面に穴が開いた!
「「わああああああぁぁぁぁぁぁ……!?」」
そして瑛斗と簪は吸い込まれるように穴の中へ落下していく。
「えっと、今いるのはここだから……ん?」
「どったのクリス?」
班員の二人と地図を見ていたクリスティは、何か声が聞こえたような気がして川のほうに振り返る。しかし特に変わったところはない。
「いや……別に……」
気のせいかな、と思って視線を地図に戻す。
「……あれ?」
そこで気づいた。
「「?」」
「桐野くんと、更識さんは……?」
班のメンバーが二人欠けていることに━━━━。