IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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気恥ずかしさと仲間意識と 〜または紺色の刺客?〜

「……では今日の授業はこれで終了だ。来週から林間学校が始まるのは全員わかっているな。ちゃんと準備は済ませておけよ」

千冬姉がそう締めくくって、今日の授業が終わった。

 

今日は筆記授業だった。号令を済ませてからみんな別々に動き始める。

「ん~…! 終わったぁ」

伸びをして首をコキコキ鳴らす。相変わらず小難しい『IS業界用語』の連続で、今日を乗り切った自分を褒めてやりたい気分だ。

(うーん、でもいまいちわからないとこがあったな)

山田先生あたりに聞けば懇切丁寧に教えてくれるんだけど、今日は去年と同じように、林間学校の実施地に下見に行ってしまっている。

(こんな時頼りになるクラスメイトがいて助かるなぁ)

「瑛斗ー、ちょっといいか?」

「なんだー? 上から見て顔が右にあったらカレイで左にあったらヒラメだぞ」

机の上を片付けていた若きIS研究者がこっちに振り返って大分的外れなことを言ってきやがた。

「聞いてないし知ってるよ。ここわからないから教えてくれよ」

ノートを渡すと、瑛斗は俺がどこがわからないのかをすぐに理解してくれた。

「あー、ここか。えっとな、ターゲットが真正面にいて自分との距離が……」

最初の方は普通にわかりやすく教えてくれる。でも一つ問題があって、これが五分くらい経つと、

「……でもな、こういう動きをするISは装甲の強度にそのあとを左右されるし、システム的にはいいんだけどいざ実戦となると……」

ってだんだん熱が入って、そこからさらに五分経つと、

「……いやね、悪くはないんだよ、悪くは。でもやっぱりここはブースター増設して幾分の被弾は覚悟でデカい一撃を叩き込むのがベストだと思うんだよ俺は」

と、こんな具合に全然関係なくなり、自分の意見をぶっ込んで来てしまう始末。

「と、言うわけだ。わかったか?」

最後は決まってドヤ顔で締める。

「お、おお、サンキュ。助かった」

(あとでまた違う人に聞こう……)

 

「他にわからないところは?」

「い、いや、大丈夫」

「? そうか。しかし楽しみだな林間学校」

瑛斗は来週からの林間学校の話題を持って来た。

「まあな。でも一つだけ気になるのがさ」

問いかけると瑛斗はうんうんと頷いた。

「楯無さんに聞いても、何も教えてくれなかったな」

この間生徒会で集まった時、楯無さんに林間学校について何か聞こうとしたんだけど『楽しみが減っちゃうから』ともっともらしい理由をつけて何をするのか教えてくれなかった。

「それに学園側も『旅のしおり』的なものを寄越してくれないし」

瑛斗の言葉のとおり、そう言ったパンフレットも貰っていない。俺だけとかじゃなく、二年全員がだ。もらったのは持ってくるもののリストだけ。

「謎だよなぁ……」

「まったくだ」

二人で腕を組んで唸る。

「「……で、なに?」」

「「「「「「う」」」」」」

横を見ると女子五人がギクリとした。

「べ、別に?」

「な、なんでもありませんわ?」

「う、うん、なんでもないよ?」

「そうそう。なんでもない」

鈴、セシリア、シャルロット、マドカの順に答える。

「私とシャルロットは嫁を林間学校の催し物に誘おうとしているのだ。そこの鈴とセシリアとマドカは一夏だろうがな」

「「「「ラウラ!?」」」」

「「催し物?」」

四人はしれっとした表情のラウラの方に向き、俺ら二人は首を傾げる。

鈴がしまった、というような顔をしてから得意げな表情を作った。

「こ、今度の林間学校でイベントがあんのよ」

「ほう」

「そのイベントとは?」

「それは……秘密よ」

キランと鈴のツリ目の端が光る。

「なんだよ、今回の林間学校は秘密だらけなのか?」

肩を竦めると鈴はずいっと俺に顔を近づけてきた。

「だから! 秘密を知りたいんならアタシとペア組みなさいよ!」

「ぺ、ペア?」

わけがわからず鈴の言葉を復唱するとセシリアが割って入ってきた。

「お待ちなさいな! わたくしが先ですわ! 鈴さんは二組でしょう!?」

「それ引き合いに出されたらキリないわよ! 邪魔しないで!」

ぎゃーぎゃーと騒ぎだす二人。困ったなぁ……。妹にヘルプを求めるとしよう。

「お、おいマドカ、どういうことなのか説明してくれよ」

「はは、これは無理かなぁ」

これまたわけのわからないことを言ってそのまま出て行ってしまうマイ・シスター。

「……ん? 箒?」

そこで気づいた。ドアの端から見慣れたポニーテールが覗いている。その反対側では簪の姿も見える。シャルロットとラウラの相手をしていた瑛斗もそれに気づいた。

「おお簪? なんでそんなとこに隠れてんの?」

「あ……」

「う……」

二人はそろって尻込みするようにして同じ方向に走り去っていった。

(どうしたんだ? アイツら……)

さらに首を捻る。

(あ……そういえば)

「「一夏(さん)!」」

「何をやっている」

俺が思い至るのと鈴とセシリアが詰め寄って来るのと千冬姉が教室に入ってきたのは同時だった。

「お、織斑先生……」

「まったく、騒がしいと思ったらこれか。お前らが言い出したことをお前らが言ってどうする。進級しても進歩がない連中だな」

「「す、すいません……」」

嘆息する千冬姉に小さくなる鈴とセシリア。

「な、なあ瑛斗、さっきから鈴たちはなんの話してるんだ?」

「さ、さあ?」

ヒソヒソと話しているうちに鈴もセシリアも教室から出て行ってしまった。

「そら、そこの男子ども。お前たちも部活動の派遣があるんじゃないのか?」

「あ、言われてみればそうだ。行かねえと。じゃあな」

瑛斗が急ぎ足で教室を出ていく。

 

俺も行かないと。今日は確か……。

「ああ、待て。一夏」

『織斑』ではなく名前で呼んできたから、多分プライベートな話だな。

「なに? 千冬姉」

「女子どもがお前と桐野の二人に秘密で計画してるんだ。マドカに問い詰めたりしないで、驚かされてやれ」

「……? よくわからないけど、そう言うなら、瑛斗にもそう伝えとくよ」

千冬姉は頷いてドアの方を見た。

「そうか。じゃあお前も行け。生徒会の仕事をおろそかにして会長を困らせるんじゃないぞ」

「どっちかって言うと俺のほうが困らされてるんだけどな……」

苦笑しながらドアに手をかけると、一夏、ともう一度千冬姉に呼び止められた。

「一夏、仲間を大切に想ってやれよ」

「いきなりどうしたんだよ。そんな当たり前なこと言って」

「……気にするな。とっとと行け」

手でしっしと払われるように教室を出る。

(……あれ?)

廊下を歩き、階段を降りたところで足を止めた。そう言えば俺……

(なんか思い出しかけてたような……?)

うーん、なんだったか? 思い出せないぞ?

「うーん……」

結構大事なことだったよーな……

「……ダメだ。思い出せない。ああっと、部活の手伝いに行かないと」

大事なこととは別の用事を思い出して、廊下を小走りで進む。

(この手のことは、ふとした拍子に思い出すもんだよな。とにかく今は仕事仕事っと)

俺は今日出向する部活動の活動場所に向かった。

 

「はぁ……はぁ……」

「ふぅ……ふぅ……」

廊下の曲がり角で肩で息をして顔を見合わせる二人の少女。

「……簪、なぜお前まで逃げる?」

「箒こそ……どう、して?」

箒と簪はどうにか息を整えたが、心音はいつもの倍以上聞こえていた。

「私はその……いっ、一夏と話をしたくて……」

「私も、瑛斗と……」

そこで箒は思い至った。

「お前は、瑛斗とペアを?」

「………………」

簪はコクリと頷く。

「箒……も、一夏と?」

「ああ。だがな……いまいち踏み出せん」

こんな自分が情けなく思うが、あそこで一夏を呼ぶ勇気が自分にはなかった。

「私も……瑛斗を前にすると、少し……」

どうやら簪も同じらしい。そう思うとなぜだか少しホッとした。

「お互い……上手く、いかないね」

「そうだな……」

そんな二人に後ろから近付く影が。

「あら! 私得な組み合わせじゃない!」

楯無だった。手にはトレードマークの扇子を持っている。

「楯無さん……」

「お姉ちゃん……」

軽い足取りで二人の傍によった楯無はズバリ問いかけた。

「どうしたの二人とも? 恋の相談?」

「べ、べべべ別に?」

「そ、そそそそんなこと、ない、よ?」

「どうやら思いっきり図星のよーね。うふ♪」

楯無は閉じた扇子を弄びながら続けた。

「林間学校で面白いことやるんでしょ? 本音から聞いたわ」

「はぁ……」

「本音……内緒って言ったのに」

「やーねー。別に一夏くんと瑛斗くんに話そうなんて野暮なこと考えてないわよ」

カラカラと笑う楯無。

「……じゃあ、そんな恋する二人にいいこと教えてあ・げ・る」

「いいこと?」

「なに……?」

楯無はちょいちょいと手招きして二人に顔を寄せるよう示した。

「夜の森はね……人を大胆にするのよ」

その言葉の意味が一瞬わからなかった。きょとんとする二人をよそに楯無はすっと顔を離してそのまま歩き出した。

「頑張ってねー」

ひらひらと手を振って楯無は去っていく。

「夜の森……」

「……大胆」

箒と簪は楯無の言葉をリピートした。

「「………………」」

そしてお互いがお互いの頬が紅くなっていることに気づく。

「か、簪! 今よからぬことを考えたな!?」

「そんなことない……! 箒だって……箒だって!」

慌てふためく二人の声を背に、

「うふふ……かーわいっ☆」

楯無は愉しそうな笑みを浮かべるのだった。

 

 

「んー……」

 

夜、寮の部屋でシャワーを浴びていた俺は、放課後から続くモヤモヤした感じに未だ悩まされていた。

 

(全然思い出せないなぁ。本当に何だったんだっけ)

 

とても大事なことだった気がするんだが……

 

濡れた髪に、手にとったシャンプーをかけて、わしゃわしゃ。

 

わしゃわしゃ……

 

わしゃわしゃわしゃわしゃ………

 

「………あ!」

 

頭の中でパズルのピースがはまるような感覚があった。

 

「そうだ! ボディソープの替えだ!」

 

シャンプーで思い出したぞ! 昨日ボディーソープの替えを用意しないとと思ってたんだった!

 

「お兄ちゃん、ボディーソープ無くなってたでしょ」

 

おお! いいタイミングで気の利く妹が!

 

「持ってきてたよ」

 

ドアが開く音が聞こえる。シャンプーの最中で目を閉じてるからわからないけど、どうやら開けたドアの隙間からボディーソープの容器を差し入れてくれているようだ。

 

「ああ、悪いな」

 

手を後ろに回して、ボディーソープを受け取ろうとふりふりと上下に揺らす。

 

……でも、なかなか掴めない。

 

「マドカ? ボディーソープは?」

 

「………………」

 

返事がない。

 

「……マドカ?」

 

ひたひたと、後ろから聞こえる足音。

 

感じる、気配。

 

「し、失礼しま〜す……」

 

「!?」

 

間違いない。

 

マドカが、シャワールームに入ってきた!

 

「なっ、ななな何やってんだ!?」

 

「えっと、お兄ちゃんの身体を洗いに来ました」

 

「言ってる意味がわからん!?」

 

衝撃のあまり、目を開いて振り返る。

 

(しまった! マドカも裸━━━━!?)

 

と思いきや、マドカは学園指定のスクール水着を身につけていた。

 

胸の名札に書かれた『織斑』の二文字が、()()から押されて少し歪んでいる。

 

「ラウラが教えてくれたんだ。ラウラの副官さんが言うに、これをされて喜ばない男の人はいないんだって。多分今頃ラウラも瑛斗にこれやってるよ」

 

楯無さんに続き、ラウラにまで変なことを吹き込まれてる!?

 

「待て待て! だからってお前がすることないだろ!」

 

「お、お兄ちゃんに、喜んでもらいたくて……」

 

「気持ちは嬉しいけど、行動に移すなって! 俺はお前の兄だぞ!?」

 

「いや、その、むしろお兄ちゃんがいいっていうか……」

 

ボディーソープを手に、上目遣いで俺に視線を送るマドカ。ぴっちりと身体に張り付いたスクール水着が、その引き締まった妹のボディーラインを見せつけてくる。

 

(こ、これは……!)

 

「それとも━━━━」

 

「?」

 

「お兄ちゃんは私じゃ喜んでくれないの……?」

 

「い、いや、そういうわけじゃあ……」

 

言葉の選択に迷っていたら、シャンプーが目に入った。

 

「いたたたっ!?」

 

「お兄ちゃん!?」

 

「だ、大丈夫だ。シャンプーが目に入っただけだから。今落とす」

 

マドカに背中を向けて、シャワーの栓を捻り、出てきたお湯でシャンプーを洗い流し始める。これが済んだらマドカに改めて退去を要きゅ━━━━

 

「……えい」

 

むにゅ。

 

「よう……きゅう……!?」

 

せ、背中に感じるこの感触は……!?

 

そう考えた一瞬で、頭が沸騰しそうなくらいヒートアップ!

 

「な……なな……なななっ!?」

 

「お兄ちゃん」

 

「……!?」

 

「やりにくいから椅子に座って?」

 

言われるがまま、俺はマドカが引っ張ってきたシャワールームの端に置いてあった小さな丸椅子に腰掛けてしまう。

 

「シャンプーは終わったみたいだし……私が身体洗ってあげる。動かないでね?」

 

「…………………」

 

こ、こうなったら仕方がない。無だ。俺よ、無の境地に至るのだ。今から俺は石像だ。石像になるんだ。

 

「えっと、確かこうやって……」

 

背中越しに、ピンッとボディーソープの蓋が開く軽い音がした。始まるようだ。

 

(無だぞ。俺。何をされようと、無になれ。無になれ。無になれ無になれ無になれ無になれ無に━━━━)

 

「こうだよね」

 

むに。

 

(む……に……!?)

 

「ん、しょ……結構、む、難しいね」

 

柔らかい二つの膨らみが、背中と擦れ合っている。

 

「泡が、ぬるぬる、して……んっ」

 

ま、まさかマドカは……!?

 

「お兄ちゃんの、背中、おっきい……。洗うの大変だよ」

 

俺の肩にマドカの手がかかる。

 

「今度は、こう、して……」

 

二つ柔らかい何かに、右腕が挟まれる。

 

(これ以上は、やっぱり━━━━!)

 

「……マドカ!」

 

「へ?」

 

「やっぱりダメだ!」

 

振り返って、マドカの細い手首を握った。

 

「ええっ!?」

 

「いくら兄妹だからって、こんなのはいけな……い?」

 

変だ。

 

泡まみれだと思っていたマドカは、全然泡にまみれていない。

 

その代わり、手に持っているヒョウタンのようなものが、泡で白くなっていた。

 

「……マドカ、手に持ってるそれはいったい……?」

 

「こ、これ? 泡立ちが良くて肌触りがいいって今海外で人気のスポンジだよ。二つもいらないからってラウラが一つくれたの」

 

「もしかして……それで俺の背中を?」

 

「そうだけど? もしかして、痛かった? 形が形だから、上手く力を入れられなくて……」

 

「………………」

 

「………………」

 

沈黙。

 

ただ沈黙。

 

ただただ━━━━沈黙。

 

「………………う」

 

「?」

 

「うわああああ! ああああっ!!」

 

「ど、どうしたのっ?」

 

「俺はあああ! 俺は最低だあああああああっ!!」

 

「ああっ!? どこに行くのお兄ちゃん!? まだ終わってないよ!? というかせめて身体拭いて! 床! 床がびしょびしょに〜!」

 

激しい罪悪感に心を蹂躙されながら、今日も夜は更けていったのだった。




文字数が少なくて書き足そうと思ったら、大変なものを書いてしまったかもしれない。

……………卑猥はなかった。いいね?

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