IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
サマー・ビート 〜または訪れる日に望むもの〜
七月。地球に降りてきて二回目の夏だ。
「はあああああっ!!」
今日は丸一日演習用グラウンドでの演習授業。
俺の対戦相手、箒のIS《紅椿》の斬撃が飛んでくる。
「っと!」
躱してブレードを振り下ろす。
「甘いっ!」
だけど右手の《空裂》でそれをいなされて左手の《雨月》の打突攻撃を食らう。
「ぐあっ!」
吹き飛びながらも体をねじって着地。
「篠ノ之さーん、頑張れー!」
「桐野くんファイトー!」
後ろの方からクラスメイトたちが俺と箒のそれぞれに声援を送ってくる。
「うおおおおおっ!」
箒が高速で接近してくる。
(やっぱ第四世代型は違うな……よしっ!)
意識を箒に集中させて身体に力を込める。
それに応えるようにフルフェイスマスクが俺の顔を覆い、装甲の内側から青い光が輝いた。
「━━━━!」
箒も勘付いて動きを止めた。
「あ! 来るよー! みんな備えてー!」
後ろのクラスメイトたちも気づいたみたい。
では、遠慮なくいかせてもらうぜ!
「ガアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
咆哮する俺を中心に衝撃波が起こる。そして青く輝くサイコフレームが装甲の間から露出した。両手が人の形の手から鋭利なクローに変わる。
セフィロト。
この春、俺をいろんな意味で苦しめてきたこのISも、今や完全に俺の制御下にあった。
サイコフレームの発動も、暴走せずに行うことができる。
「その姿か……。だが!」
箒が刀を地面に突き刺した。
(武器を捨てた……?)
眉をひそめていると、不敵な笑みを浮かべた箒の両手に紅い大きな扇子のようなものが握られた。
「
広げられた金属で構成された扇には、刃が仕込まれていた。
(そんなリーチの短い武器なんか!)
背中のクローアームからクローを一斉射出。十本のクローが箒に襲い掛かる。
けど、箒は広げた鉄扇を広げ、舞うような鮮やかな動きでクローを受け流していく。
「なっ……!?」
クローアームの欠点は一度クローを発射するともう一度発射するには巻き戻さないといけなくなることだ。
つまり今飛んだクローは巻き戻さないといけない。
(間に合わないか……!)
「はっ!!」
扇がこっちに回転しながら飛んできた。
「うぐっ!」
両腕のクローアームで防御する。けど目の前から箒が消えた。一秒後にロックオン警告が表示される。上か!
振り仰ぐと強い日差しが目を刺激してきた。逆光を利用してきやがった……!
「もらったあああっ!!」
「ぐああっ!?」
斬撃を食らって盛大に吹き飛ぶ。
サイコフレームが光を落とし、装甲の内側に消える。
そしてセフィロト自体も首のチョーカーに戻ってしまった。
その結果……。
「だー! 負けたぁー!!」
ISスーツを着た俺が地面に仰向けに倒れている画が完成した。
「私の勝ちだな。瑛斗」
展開を解除して額に汗をにじませて腰に両手をあてた箒が得意満面の顔を見せてくる。
「そんな武器隠してたなんて聞いてねーっつの!」
「だろうな。風牙は紅椿が先日生み出したものだ。言うなれば、お前のそのISに対抗するための武器なのだぞ」
「ちくしょうめ……!」
悔しがっていると後ろから山田先生がやって来た。
「二人ともお疲れ様です。もうすぐ授業も終わりなので、あちらでみなさんと待機していてください」
「はい。わかりました。行くぞ瑛斗」
「お、おい待てよ」
「あ、桐野くん、ちょっと……」
立ち上がって箒の後を追おうとすると、山田先生に引き留められた。
「はい?」
「あの~……ちょっと言いにくいんですけどね?」
「はい」
「その……叫ぶのって、どうにかなりませんか?」
「……え?」
ちょっと呆気にとられていると、山田先生がアセアセと取り繕い始める。
「えっとですね! するなと言ってるんじゃなくってですね、あの、さ、叫んだときの衝撃波でひっくりかえっちゃいそうになっちゃうんです……」
そういうことか。
「あー……申し訳ないですけど、ちょっと難しいです」
「そうなんですか?」
「実は……サイコフレームを発動する時って、テンションが上がるというか━━━━昂揚感? が出てきまして。ほら、ジェットコースターに乗って叫ぶ人いるじゃないですか。あんな感じなんです。……例えが微妙ですね。ようするに抑えられないんですよ。ハイになっちゃうんですよ」
「な、なるほど」
「なるたけ善処しますけど、許していただけると嬉しいんですが……」
「い、いえ全然構いませんよ! こちらこそいきなりでごめんなさい! もう行っていいですよ?」
山田先生に頭を下げてからみんなのところへ戻る。
「瑛斗、山田先生と何の話を?」
箒が問いかけてきた。さっきの模擬戦の話だと思ったんだな。
「いや、特に大したことはないさ。あの叫ぶのをなんとかできないかって」
「叫び? ああ、あれか。確かにやかましいが、他の生徒は慣れているではないか」
「先生はほら……アレだから」
「さらっと失礼なことを言うな」
箒が困ったように眉を下げる。
「今回は僕の勝ちだね、ラウラ」
「むぅ、腕を上げたな」
後ろからシャルとラウラが来た。二人も俺たちとは別に模擬戦をしていたらしい。
「あ! 瑛斗瑛斗! 僕、ラウラに勝っちゃった!」
「……お、おう。すげぇじゃん。強くなったんだな」
「うんっ♪」
シャルは上機嫌に頷く。
この前のデュノア家の一件のあとに、シャルが夜中の寮の屋上で俺にしたこと。
冷静なって思い返してもみても、あれは間違いなく……。
「………………」
「瑛斗? どうかした? 僕の顔に何かついてる?」
「へっ?! あ、い、いや別になんでもない。なんでもないんだ」
いいいかんいかん、シャルの顔を直視できない。
「?」
当のシャルは特に変わった様子もない。なんだ、お前といい横のラウラといい、俺を弄んでそんなに楽しいか!
「……ふん! 嫁! 放課後訓練に付き合え! 最近の私は少し緩んでしまっているようだ!」
あ、ラウラが拗ねた。
「えー、俺疲れたよ」
「ダメだ。隊長の私の言うことは絶対だぞ」
いつから何の隊長になったんだ。
まあでも、断るとあとあとうるさそうだからなぁ……
「仕方ないな。あとで一緒に開いてるアリーナ探すか」
「ほ、本当か!?」
「お前が言い出したんだろ? なんで驚いてんだよ」
「そ、そうだな。うむ、そうだな」
腕を組んでコクコクと頷いてる。変なの。
「僕も一緒に行っていいかな?」
「しゃ、シャルもか?」
「……ダメ?」
「あ、い、いや別に? 俺はいいけど……ラウラは?」
「構わんぞ」
「やった! じゃあ後でね♪」
シャルはそのまま並び始めたクラスメイトたちのところに向かった。ラウラもそれについて行く。
「……瑛斗、シャルロットと何かあったのか?」
箒が不意に問いかけてきた。
「え!? べべべ別に?」
「そうか? どうもシャルロットの顔を見てからあからさまにおどおどしていたが」
「……マジで?」
「ああ。顔も赤くなっていた」
どこまで見てるんだ!
「そ、そそそそんなことねぇってお前。ぜぜ、全然そんなことないから」
誤魔化せたような誤魔化せてないような、そんなことを言ってから、俺も列に向かった。後ろからの箒の疑いの視線は気にしないことにしよう。
◆
「……うーん」
そしてラウラとシャルの二人との自主トレを終えて、更衣室。しかし俺は浮かない表情。
「弱くなったわけじゃないんだろうけどなぁ……」
自主トレでセフィロトを使って一度二人と模擬戦をしたんだが、どうも勝てなかった。サイコフレームを発動させたにも関わらず。追い詰めることができても、今一歩届かない。
二人が言うには、『制御できるようになったから』らしい。
暴走していたころの俺は、容赦なく、見境なく、楯無さんさえ圧倒したらしい。
しかし制御できるように、つまり理性を持って戦えるようになったことで能力をセーブしてしまっているのだ。
サイコフレームを好きなように起動できるようになったのはありがたいけど、そう言われるとなぁ……。かの有名な戦闘民族のようにはいかないか。
「上手くいかないもんだなぁ……。でも暴走してみんなを傷つけるよりはマシか」
着替えを終えてアリーナの外に出るとシャルとラウラが待っていた。
「あ、瑛斗来た」
「遅いぞ」
「悪い悪い。あれ? 蘭と戸宮ちゃんもいんのか」
「こんにちは」
「………………」
蘭は声、戸宮ちゃんは頭をコク、と下げて挨拶してきた。
「二人とも臨海学校用に水着買いに行ってたんだって」
「あー、そう言えば一年は臨海学校か」
「はい! とっても楽しみです!」
蘭は頷いて笑った。
「いいよな。去年の俺もそんくらいテンション上がってたよ」
「だが、翌日からは大変だったな」
「う……ま、まあ、な」
「そ、そうだね」
ラウラの言葉にピンとくる俺とシャル。
「「?」」
しかし二人は首を傾げている。
「そっか、二人は知らないんだよな」
「何かあったんですか?」
「一応極秘事項なんだけど……他には絶対喋んなよ? いいか絶対だぞ?」
「……フリ?」
話す前にあらかじめ念を押して、二人が頷いたのを確認してから声を潜めて話す。
「去年の臨海学校、俺たち専用機持ちは暴走したISと戦闘になったんだよ」
「……そんなことが」
「相手は
「………………」
「………………」
「え、瑛斗、二人を脅かすようなこと言ってどうするの」
「あ、や、悪い。別にそんなつもりは━━━━」
「……大丈夫」
「ん?」
戸宮ちゃんが口を開いた。
「……蘭は、みんなは、私が守ります」
「戸宮ちゃん……」
「……決めたんです。学園のみんなに迷惑をかけたその分、みんなを守るって」
その言葉を聞いて、蘭が戸宮ちゃんの手を握った。
「梢ちゃん! 私も一緒に守るよ! 梢ちゃんが私たちを守ってくれるなら、私が梢ちゃんを守るよ!」
「……蘭」
二人は手を取り合って見つめ合う。
「いいねぇ、友情だねぇ」
「二人とも仲良しだから」
そんな微笑ましい光景にこっちもほっこりした気分になる。
「部隊の者にこういう話の本が好きな者がいるな」
うん、ラストは聞かなかったことにしよう。
「……では、臨海学校の準備があるので」
「失礼します」
そして蘭と戸宮ちゃんはそのまま寮の方へ去って行った。
「……そう言えば俺たちもどっか行くんだっけ」
顔を向けるとシャルは頷いた。
「うん。二年生は林間学校だよ」
「海の次は山だな」
「山かぁ、何するんだろう」
「やっぱりこの学園の性質からして、サバイバル訓練とかじゃないかな」
サバイバル……なるほどそう来るか。
「私は軍でそう言った技術は一通り習得しているぞ」
ラウラが自信ありげに鼻を鳴らす。
「全員が全員ラウラみたいにってわけじゃないさ」
「む、それもそうだな」
「でも……」
シャルが不安そうな声を漏らした。
「どうした? シャルロット」
「あの時みたいな事件が、起こらなければいいんだけど……」
その言葉に俺とラウラの表情は硬くなる。
去年の臨海学校で、箒はお姉さんである篠之野束博士から文字通り『最先端』の第四世代型IS《紅椿》を貰った。でもそれが問題じゃない。
「
俺と一夏と箒を圧倒した白銀に輝くIS。その姿が脳裏に蘇る。
「できれば、二度と相手をしたくはないな」
「またあんなことが起きたりするんじゃないかって思うと、怖いよ」
あのラウラでさえそんな弱気な発言になる。
「………………」
「………………」
なんか空気が萎んじまったな。いけない。こういう時は…
「……なーに! 心配することない! 俺たちはあの時よりも強くなってんだ!」
こういう時は明るく振る舞うに限る。
「瑛斗……」
「そうさ! また福音みたいなのが来たら、今度は返り討ちにしてやるよ!」
グッと拳を握って笑いかけると、二人ともきょとんとした表情になっていた。
「………………」
「………………」
「あ、あれ? そうもいかない?」
首を傾げるとラウラが薄く笑った。それに相槌を打つようにしてシャルも微笑んだ。
「フッ……こういう時、お前のその性格には救われるな」
「そうだね、瑛斗の言うとおりだよ。僕たちは強くなったよね」
よ、よくわからないけど、どうやら元気を取り戻してくれたみたいだ。
「よ、よし! じゃあ飯食いに行くか! 久しぶりのガッツリ自主練で腹減ったぜ!」
俺は二人を連れて食堂へ向かった。
◆
「………………」
夜。二年生寮の一室。箒とそのルームメイトの鷹月静寝の部屋である。
「………………」
箒はカレンダーの日付を見ていた。
(もうすぐ……私の誕生日か)
ポニーテールを結う白いリボンを解いて指で触れる。一夏が去年贈ってくれた誕生日プレゼントだ。
(今年も何かくれるだろうか……ハッ!? な、なにを考えているのだ私は!?)
ほんのわずかでも期待してしまっている自分がいたことが恥ずかしかった。
(い、一夏だぞ? あの唐辺木がそんな気の利いたことをそう何回もするはずがないだろうが!)
頭を数回横に振って自分を律するが、もう一度7月7日の日付に視線を向ける。
(でも……もしかしたら……)
「~~~~~っ!」
頭から湯気を出しながらベッドに腰を下ろす。
「篠ノ之さん? さっきからカレンダーを見て何を悶えてるの?」
隣のベッドで本を読んでいた静寐が本を閉じてこっちを不思議そうに見てきた。
「ふぇっ!? あ、いや……」
「そういえば、篠ノ之さんもうすぐ誕生日なんだっけ。織斑くんにプレゼントおねだりしたりしないの?」
箒の考えていたことをズバリ言い当てる静寐に箒は一歩たじろぐ。
「わ、私はそんなことをするガラではない……」
矜持を捨てて手に入れたこの紅椿のようにはいかない。真に私利私欲のために物をねだるなど、武士の気質を持つ箒からすれば言語道断だ。
「そうなの? 意外といけるかもよ。織斑くんって押しに弱いし」
「お……押しに弱い……!?」
「私だったら、おしゃれな服とか、バッグとか買ってもらうかなー」
何気なさそうな静寐の発言に箒はぎょっと目を剥く。
「しし、静寐も、一夏のことを!?」
「あはは、例えばだよ、例えば。それにあの錚々たるメンバーの中に入り込める気はしないもの」
「………………」
「まあまあそうムッとしないで。それで、篠ノ之さんは何が欲しいの?」
静寐は本題に戻し、もう一度箒に聞いた。
「私が……欲しいのは……」
箒は自分の胸中に問いかける。
(私が欲しいのは……アイツとの二人きりの時間━━━━)
ボシュンッ!
さっきより強い勢いで頭から湯気が噴出した。
「篠ノ之さん? おーい? 篠ノ之さーん?」
「そっ、そそ、そんなもの静寐といえど教えられん!!」
箒は照れ隠しと逃亡の意味合いを込めて布団に潜った。
「やれやれ……」
静寐はそんな箒の姿に肩を竦めてから、部屋の明かりを消す。
(もうすぐ林間学校……アイツと、近づけたらいいな)
箒は、自分の頬が紅く熱くなるのを感じた。