IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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La personne que je suis important pour vous 〜または愚かしくも愛おしいお約束〜

「………んぁ」

目を覚まして最初に目に入ったのは、綺麗な金色だった。

(なんだろう……良い匂い…………)

起き抜けで全然働かない頭で思考する。

(サラサラしてる……)

手で触ってみると心地のいい感触がした。

………………ん?

段々と意識がはっきりしていく。

(なんか……いつかも、こんなことあったような………)

そう……一年くらい前にこんなことが━━━━

「んん!?」

身体を起こすと、金色の間から肌色が見えた。

「……ん、もう、朝なの?」

「な……な………なな……!?」

目の前で横たわるなにかが動いた。

「な……何してんのシャルロットさん!?」

思わず敬称でその名前を呼ぶと、シャルはゆっくりと身体を起こした。下ろした髪がその………隠しちゃいるが、アレだ。胸のふ、ふくらみはバッチリ見えちまう。

「あ………おはよう瑛斗」

まだ少し寝ぼけているのか、ぽーっとした感じで挨拶してくる。

「ばっ! バカ! なんで寝間着もなんも着てないんだよ!」

目を覆って顔を逸らす。本来恥ずかしがるほう逆じゃないか?

「だいじょぉぶ……ちゃんと、ぱんつ履いてるから………」

「ああそうなの? ……ってそうじゃなくて! 服! 服を着ろ!!」

「え……あ…………わあああ!?」

ババッっと腕で胸を隠す。ふぅ、やっと目を覚ましたみたい。

「ふわわ……わあああ!…ええええっち! 瑛斗のえっち!」

「なんで!? なんで俺が悪いみたいに言われるの!?」

理不尽極まりない言葉のあと、とりあえずお互いベッドの上で背中を向けて正座した。

「と、とりあえず服着よう! シャル、服着ようか!」

「う、うん……」

シャルがベッドから降り、衣擦れの音が聞こえ始める。

あああ……や、やっぱりいきなり過ぎたかな。

見れば、まだ瑛斗は正座して小さくなって背を向けてる。

 

……なんだか可愛い。

(自分で昨日の夜考えたのに……自分で驚いちゃった………)

ラウラみたいには、いかないな。

「あれ? ここって……」

あ、気づいたみたい。

「うん。別邸の、僕の部屋だよ」

「え? あれ? そういや昨日俺どうなったんだ?」

「瑛斗が倒れたあと、エリナさんとエリスさんに手伝ってもらって、ここに運んだんだ」

「起こしてくれりゃあよかったのに。悪いことしたな」

「いいんだ。気にしないで。それにしてもいきなり倒れたからびっくりしたよ」

「……フランスに来るまでにいろんなことがあったからかな」

瑛斗、やっぱり無理してたんだ。僕のために━━━━かどうかはわからないけど、そう思うと、嬉しい半分、罪悪感も感じた。

「うん、着替え終わった。瑛斗、もうこっち見ていいよ」

「おう。……え?」

 

瑛斗は振り返ると目を丸くした。

「へ………変かな?」

「いや…そんなことない。けど、お前それ………」

「うん。学園の制服」

「でもお前……退学届を…………そうだ! アデル! アデルはどうした!」

瑛斗は言葉を考えてから思い出したように問いかけてきた。

「義兄さんは、お父さんと本邸に。エリナさんとエリスさんは街のホテルに泊まってるから、ここには僕と瑛斗だけ」

「そ、そうなのか」

「制服は、義兄さんを本邸に帰したあと、お父さんが戻ってきて、僕に渡してくれたんだ。新しいリボンと一緒にね」

「なるほど……で、その………どうするんだ?」

「どうするって?」

聞きかえすと瑛斗はごにょごにょと喋り出した。

「その………昨日は、あの、サイコフレームのせいで勢いであんな風に言っちまったけど、お前は……」

「………………」

「い、いや、お前の意見を尊重したい。ここに残るのか、それとも………」

「瑛斗」

僕は瑛斗の言葉を遮った。

「な、なんだ?」

「ちょっと………一緒に来てくれるかな?」

「い、いいけど、どこに?」

「それは内緒。朝ごはん食べたら、見てもらいたいものがあるんだ」

瑛斗は首を捻った。

シャルに連れられてやって来たのは霊園だった。

 

前を進むシャルは昨日の夜みたいに無言。

 

でもその足取りはしっかりしていて、迷いがない。

「……着いたよ」

シャルが一つの墓石の前で立ち止まった。

「見せたかったものって、ここか?」

「うん。お母さんの、お墓」

「……………」

「ここを知ってるのは、僕だけ。葬儀も、僕だけだった」

「お前一人で?」

シャルは無言で頷いた。

「………お母さんが亡くなった時も、看取ったのは僕だけで、お父さんは、何もしなかった」

ディエルのことだ。

「でも、ディエルは━━━━」

「わかってる。全部……勘違いで、昨日、僕に制服を返してくれた時に謝ってくれた」

「……………」

シャルは墓石に……いや、お母さんに語りかけ始めた。

「お母さん、久しぶり。僕……私の大切な人を連れてきたよ。瑛斗っていうんだ」

「…………どうも」

シャルにならって頭を下げる。

「お母さんには、この制服姿は初めて見せるね」

(あ…………)

シャルの目から涙が流れて落ちた。

「シャル━━━━」

声をかけようとしたけど、思い留まる。

「学園にね、友達もいるんだ」

笑っていたんだ。

 

涙を流して、口を引き攣らせて、それでも、シャルは笑っていたんだ。

でも、すぐに限界が来た。

「辛いことも……たくさっ、沢山、あったんだ。でも………その、たびに、みんなが助けて………くれて……!」

「シャル……お前………」

弾かれるようにシャルは俺の胸に飛び込んできた。

「瑛斗……! 僕、怖かった…!」

「……………」

「瑛斗に……ラウラに………みんなにもう会えないって思ったら、怖くて……寂しくて……!」

俺の胸に顔をうずめてしゃっくりあげる。そんな姿が、たまらなく……

「━━━━っ」

「……瑛斗………?」

「頑張ったな……! お前はよく頑張った……!」

シャルの背中に手をまわして小さく震えている頭を撫でる。

 

「もっと早く来てやれなくて、ごめんな……!!」

 

するとシャルの目から一層涙が溢れた。

「瑛斗……えいとぉ………!」

ずっと堪えていたんだろう。その涙は昨日と違う気がする。

「昨日……この制服を返してもらう時に言われたんだ……! 家がもう僕を縛ることはないって……! 自由に生きろって……!!」

「ああ。お前はもうシャルルなんかじゃない。シャルロットで、シャルだから」

「うん……! うん…………!」

俺たち以外の誰もいない霊園。シャルの声にならない泣き声を、俺は一身に受け止める。

 

その時間は、短く、でも、誰にも奪われることのない時間だった。

 

……

 

…………

 

………………

 

……………………

 

涙を流し終えると、シャルロットはお母さんにまた来る約束をして、霊園の外へ歩きだした。

「お父さんは……義兄さんと話し合って、今後のデュノア社の方針を決めていくって」

「裏取引は、多分消えるだろうな。大変なのはここからだ」

「でも、きっと、なんとかするよ」

「そうだな」

「あの時、僕が咄嗟に『お父さん』って呼んでくれたことが嬉しかったとも言ってたよ。奥さんとも、また話し合ってみるって。義兄さんも一緒に」

「そっか……。その分なら、きっと大丈夫さ」

「……ねえ、瑛斗」

シャルが立ち止まって、こっちに振り向いた。ピンク色のリボンで束ねた金色の髪が躍る。

「なんだ?」

「この場所……憶えていてくれる?」

「……ああ。忘れないよ」

「じゃあ、これで、この場所を憶えてるのは二人になったね」

そこにもう涙は無かった。

 

あるのは優しい、シャルロットの、笑顔だった。

 

 

「やぁーっと、帰ってきたぁー」

日が傾いている。俺たちは今、二週間振りにIS学園の校門を見ていた。

「社のプライベートジェットで一回日本に寄ってくれるなんて、エリナさんさまさまだよ。今度ちゃんとお礼しないと」

「……………」

『そうだね』くらいは返って来るだろうと思って顔を向けると、表情が険しいシャルがいた。

「シャル?」

「え? あ……うん。そうだね」

「……大丈夫か?」

「ちょっと、緊張しちゃって……。どんな顔して入ったら良いのかなって」

「あー………」

確かに、シャルは退学届を置いて出て行った。それは俺も気がかりになっている。

「で、でも大丈夫! ダメならダメで俺がどうにかしてやる!」

「ほ、本当?」

「ああ。だから、胸張って行くぞ」

「う、うん!」

意気込むシャルと一緒に、いざ学園に!

 

 

 

 

 

「桐野、デュノア。二週間の特別研修、ご苦労だった」

 

 

 

 

 

「「………………え?」」

激戦地に送り込まれる兵士ばりの覚悟を持って職員室に行き、織斑先生の前に立つと、そんな言葉を送られた。

「え……や、あの? 織斑先生?」

「なんだ」

「非常に、ひっじょーにっ! 言いにくいんですが……」

「だからなんだ。さっさと言え」

ギロと睨まれてしまう。

「あの、シャル………シャルロットの退学の件は……?」

「退学? 何のことだ?」

織斑先生は整理された机の引き出しから一冊の小冊子を取り出して俺に渡してきた。

「『ISの操縦能力向上のための特別研修』……?」

横から覗き込んだシャルが読み上げる。

「お前たち二人は、二年の専用機持ちの中から推薦で選ばれて、政府直轄の研究施設へ二週間の研修に行っていたんだろうが。退学なんて話、まったく聞いていないぞ」

「だ、だって、言ったじゃないですか! シャルは退学扱いでフランスに帰るって!」

織斑先生が眉をしかめた。

「さっきからお前ら二人は何を言ってるんだ? 向こうで変な薬でも盛られたか?」

いやいやいや、そっちこそ何言ってんですか。

 

なんて、口が裂けても言えない。

 

「ほら、疲れただろ。行け」

「あの━━━━」

「行け」

「………………」

織斑先生はそのまま席を立ってどこかへ行ってしまった。

「い、いったい何がどうなって……?」

 

シャルが全く現状を把握できていない。でも、それは俺にも言えることだった。

 

「……しゃ、シャル、わけがわからないのは俺も同じだ。とりあえず寮へ行こう」

「う、うん」

寮に行くと、のほほんさんがいた。

「あ! きりりんとでゅっち~! おかえり~」

「の、のほほんさん!」

「僕たちどこに行ってたことになってる!?」

二人でずいっと学園一ののんびり屋に詰め寄る。

「え~? どこって、二人とも研修に行ってたんでしょ~?」

ぬああ……! のほほんさんまでそんなことを!

「ど~だった~? やっぱ大変だった~?」

「大変なんてもんじゃないって! こっちは━━━━!」

「うんうん~。そっかそっか~」

「聞けよ!?」

のほほんさんはそのまま歩き出した。

「でゅっち~は〜、自分の部屋に戻ったら~? らうらうが会いたがってたから~」

らうらうって……ラウラか。

「じゃ〜ね〜」

のほほんさんがそのまま曲がり角へ消えて行く。

「どういうことだよ……」

「ラウラ……………」

 

「シャル?」

 

「ラウラ……ラウラが待ってる!」

弾かれるようにシャルは駆けだした。

「お、おいシャル!?」

慌てて追いかけて、寮の廊下を走る。シャルは自分とラウラの部屋のドアの前で立ち止まった。

「………………」

ノックしようとする手を、シャルは一度ひっこめて、俺に不安そうな目を向けてくる。

 

「大丈夫。さあ……」

 

俺は頷いてみせる。

 

するとシャルも頷き返してコンコンとドアをノックした。

『開いているぞー』

おわああ! 二週間ぶりのラウラの声だ!

シャルは深呼吸ひとつしてドアを開けた。

「シャルロットと瑛斗か。研修は勉強になったか?」

 

そこにはいつも通りな感じにラウラがいた。

「……ラウラ」

シャルはぽつりとラウラの名前を呼んだ。そしてゆっくりと歩み寄っていく。

「…………………」

ラウラは一度目を伏せる。

 

「シャルロット……!」

 

そして次に開いた目は涙が溢れそうになっていた。

「~~~~~~~~~~っ! ラウラァッ!!」

シャルは、ラウラを飛びつくように抱きしめた。ドサッと二人でベッドに倒れ込む。

「ラウラ! ラウララウララウララウララウラ!! ラウラァッ!!」

ラウラの名前を連呼するシャル。

「シャルロット、おかえり……!」

ラウラもそれに答えて、目から涙を落とす。

(よかったよかった………)

俺も若干目頭が熱くなるのを感じた。

 

(今は、二人きりにしてやろう)

 

静かに部屋から出る。

「…………じゃ、状況説明プリーズ」

横を見ると曲がり角から、照れ臭そうに笑う二年生専用機持ち一同、それとのほほんさんが出てきた。

結局、俺とシャルは『特別研修』に行っていたことになっていた。

 

俺の停学、ましてやシャルの退学なんて話はこれっぽっちもありはせず、()()全員が普通に接してきた。飯の時だって普通な会話をしたし。

(それはそれで面倒なことにならずに済むか……)

ラウラは箒によくしてもらってたようだ。やっぱり寂しかったんだろう。

(ま、それはさておき………)

後ろから足音が聞こえた。

「やあ瑛斗くん。研修お疲れ様」

「…………」

月明かりを背にこっちを見てる生徒会長、更識楯無さん。手に持つ扇子には『慰労』と達筆な筆字が。

「サイコフレームの制御ができるようになったそうじゃない。これはおねーさんの生徒会長の座も危ないかも♪」

「絶対そんなこと思ってないでしょ。そんなことより、何の用ですか。俺疲れてるんですけど」

「大丈夫。すぐ終わるわ」

楯無さんは俺のところに近づいてきて首に触れてきた。細い指がセフィロトを撫でる。

「チヨリおばあ様にお世話になったみたいね」

「ええ。チヨリちゃんには助けてもらいましたよ。フランスへも手荒く送り出してもらいました」

「ふふふ……そっか。何か話は聞いた?」

「話? ですか? ……あ、楯無さんが『楯無』の名前を受け継ぐ前から知ってるって言ってました。楯無さんのお母さんと知り合いなんですってね」

「それだけ?」

「それだけ」

「ふぅん」

な、なんだったんだ。今の問いかけ。

「あの、楯無さん」

「なぁに?」

「チヨリちゃんって、何者なんですか? あんな小さい身体で64歳って。正直人間とは思えません」

「もっともな疑問ね。でも、私からは答えられないわ」

「またそうやって……。そうやって煙にまかないで、少しはちゃんと答えてくださいよ」

 

「もう。仕方ない子ね……」

困ったようにため息をついてから、楯無さんはおもむろに俺の左手を掴んで、自分の胸に押し当てた。

 

って、えええっ!?

「たたた、楯無さん!?」

離そうとしても自分の腕なのにビクともしない。ただただ柔らかい感触が手から伝わってくる。

「瑛斗くん、何を感じる?」

真面目な表情でなんか聞かれた!

「何って、何ですか!?」

「いいから。今、何を感じてる?」

「……や、柔らかい感触、です」

「他には?」

ひええ! もう勘弁して!

「その……あったかいです」

「他には?」

「楯無さんの……心臓の……こ、鼓動……!」

「うん。そうね」

楯無さんがパッと俺の腕を離した。俺も凄い速さで引っ込める。

「私は生きてる。瑛斗くんだって生きてるわ。それだけは揺るがない真実よ」

「は……はぁ。つまり?」

「つまり……そういうことよ」

 

「どういうこと━━━━」

 

「じゃあお疲れ様。ゆっくり休んでね」

「あ、ちょっと!」

 

楯無さんはミステリアス・レイディを展開すると三年生寮の方角へ飛び去っていった。

「……………」

結局、楯無さんの胸を触って終わってしまった……。

(柔らかかったな……。山田先生くらい…………)

「ってバカじゃねえの俺!!」

頭を屋上の手すりに打ち付ける。

「え、瑛斗?」

「うわあああ!?!?」

後ろから名前を呼ばれた! なに!? 誰!?

「だ、大丈夫?」

「って、なんだシャルか。びっくりしたぁ」

「な、なんかごめん。で、なにしてたの?」

「え!? あ、い、いや別に。ゆ、夕涼み! 夜風に当たってたんだよ!」

「そ、そうなんだ」

必死で取り繕うと、少し首を傾げながらも納得してくれた。

「そっ、それで? お前こそどうした?」

「……僕も、夕涼み。ラウラが心配するからすぐ戻るけどね」

「そうか」

「……………」

「……………」

一気に静かになる。この気まずいというかなんというかな空気、憶えがある。

「「なんだかあの風呂の時と似てるな(ね)」」

ハモってしまった。場を和ませようとしたけどまた一層気まずくなっちまう。

「……………」

「……………」

 

な、なんでだろ。変にドキドキする。胸の奥が熱っぽいような……

(あ……)

「そうだ。すっかり忘れてた」

「?」

「シャル。━━━━目を閉じて」

「え?」

パチクリと瞬きする。聞こえなかったかな?

「だから、目を閉じてくれって」

「え……えええええっ!?」

さっきの俺みたいにテンパっている。どした?

「え、や、こ、こんなところ……だ、誰もいないけど………ええ!?」

なにやら、あわあわしてんだけど、俺変なこと言った?

「いいから、ほら」

「う……うんっ!」

ぎゅーっと目を閉じて顔を真っ赤にしてるな。でもよ、なんで若干顔を上に向けてるんだ?

「まだだぞ、まだだぞ」

「……………!」

これで……よし!

「うん。もういいぞ」

「え……? あ」

目を開けたシャルの胸元には光るものが。

「やっぱり、それはお前が持ってる方がしっくりくるよ」

「僕の……ラファール……」

オレンジ色のそれは、月明かりを反射させて、こころなしか嬉しそうに見える。

「セフィロトにつけたパイルバンカーもまた付け直してやるよ。それと……盗聴器も取ってある」

「……………知ってたんだ」

 

「セフィロトにパイルを移植するとき、サイコフレームの発明者が見つけて取ってくれたんだ。これでやっと……『シャルロット・デュノア』って感じだな」

「そ、そうかな?」

「そうさ。おかえり………シャルロット」

「瑛斗………ありがとう……」

シャルの顔に笑顔が咲く。これで全部解決したな。大変だったよ、本当に。

 

「ねえ、瑛斗」

 

「なんだ?」

 

「昨日、瑛斗と戦った時……言ったよね。瑛斗の言葉が原因で、僕が学園からいなくなったって。だから、その、教えてくれないかな。僕は、瑛斗にとっての何なのか……」

 

……そうだ。そうだったよな。

 

まだ、全部が終わったわけじゃなかった。

 

「……………お前に会うまで、考えてたんだ。お前は……俺の何なのかって」

 

胸の奥が熱いまま、俺はシャルと向き合う。

 

「一年前に初めて会って、同じ部屋で生活して、お前が女だって知って、それからも、いろんなことを一緒にして来た……そんなお前が、単なる友達で収まっていいわけないよな」

 

「瑛斗……」

 

「シャル……いや、シャルロット」

 

「は……はい」

 

「俺は、お前のことを━━━━」

 

ばーん!!

 

「ようやく見つけたぞ!!」

 

「「!?」」

 

勢いよく扉を開けて屋上に現れたのは、ラウラだった。

 

「いつまで経っても戻って来ないから、探しに来てみれば、何をしているのだ?」

 

俺とシャルが向き合っているのを見て、首をかしげるラウラ。銀色の髪が風に揺れる。

 

「や……これは、その………」

 

なんて説明したらいいのか困っていると、シャルがぷっ、と吹き出した。

 

「あははっ、そうそう。これだよこれ」

 

シャルは笑って、俺の顔を見た。

 

「やっぱり瑛斗は瑛斗だね。でも、そうでなくっちゃ、張り合いがないかな」

 

「は、張り合い?」

 

「うん。僕が僕であるように、瑛斗も瑛斗なんだ」

な、なんだかよくわからないこと言ってらっしゃるが……

 

「でも今日は━━━━今くらいは、いいよね………」

小声で何か言ってから、顔を上げた。

 

「ラウラ、先に謝っておくよ。ごめんね」

 

「む? シャルロット?」

 

「瑛斗」

 

「なん━━━━」

「………………」

「………………」

……なんだ? 口が柔らかい何かに塞がれたぞ?

 

それに……どうしてこんなにシャルの顔が近いんだ?

「………………」

ゆっくり、シャルの顔が離れた。塞がれていた口から、空気が漏れ……る………!?

「シャル……い、いま………!?」

「お、おやすみっ!」

シャルはそのまま寮内へと続く階段を駆け下りていった。

 

「……………ま、待て! シャルロット! 待てええええっ!!」

 

ラウラも真っ赤な顔をして、シャルロットを追いかけて行ってしまう。

「…………」

俺は茫然と、ただ茫然と、自分の唇に触れることしかできずにいた。

 

()()()()と重ねた、唇を━━━━。

 

「ん〜♪」

「上機嫌だね。たっちゃん」

自室へ向かう楯無を薫子が止めた。

「まあね。瑛斗くんが成長してくれたから」

「自分の胸を揉ませるのは、どうかと思うけどなぁ」

「やだ、見てたの?」

「『黛』の力を舐めないでちょうだいよ」

楯無はクス、と笑って胸をはった。

「どう? 薫子ちゃんも揉みたい?」

「やーよ。それ以上大きくなられたら、ただでさえない勝ち目が消滅しちゃう」

「んふふ♪ それは残念」

「でも、これで更識家の宿願に一歩近づいたわね」

「一歩どころじゃないわ。大躍進よこれは」

瞬間、苦笑する薫子の表情に鋭さが差した。

「……どうやら向こうも動き出したみたいよ」

「……! 確かなの?」

「まだ誤魔化し誤魔化しだけど、見抜けない私じゃないわ」

「そう……。そうなってくると、こっちも急がないと」

「無理はしないでね。たっちゃん」

「りょーかい。気をつけるわ」

最後に目配せして二人はそのまま互いの部屋に戻るのだった。

 

 

「んー♪ んー♪ んーんーんー♪」

この世界のどこか。そこにもメロディを口ずさむ者がいた。

「……上機嫌ですね。束さま」

「もぉー、くーちゃん。私のことは『お母さん』って呼んでってばー」

目を堅く閉ざした少女へ椅子に座る束は身を反らしてぼやく。

「……でもまあ、確かに機嫌はいいね」

「いよいよ……ですね」

「だねー。ここまで長かったよ」

束の眼下には、おびただしい数の()()I()S()の残骸。

砕かれ、撃たれ、刻まれ、人の形を留めているものの方が少ない。

「全てのゴーレムに人工知能を搭載して、闘わせ、最後に残った一機………」

少女は閉ざされた眼はその残骸の山の頂点に立つ機体に向けられていた。

「……さあ、始めるよ。そして━━━━」

その人型の機体の頭頂部からはケーブルが伸び、『ポニーテール』のようになっている。

 

四本の腕には、四振りの刀。そして背中には大型スラスター。

 

異形と言う言葉がふさわしい姿だ。

「そして━━━━世界を壊すんだ」

「━━━━!!!!」

束の言葉に呼応するように、その機体は空へ吠えた。




はい、というわけで一つの章の完結です。
タイトルはフランス語です。洒落っ気を入れようと思ったのですが、おかげで歴代最も長いタイトルになりました。

では、あまり後書きで多く語るのは苦手なので簡潔に。

オリ主争奪戦はまだまだ続きます! 以上!

次回からは林間学校編です。あの天才が動き出すようです。

それではお楽しみに!

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