IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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呪縛の風、断ち切る爪 〜またはただ、『愛されたくて』〜

数十発という弾丸が飛んでくる。

「くっ!」

木が生い茂るここでは飛ぶのは得策じゃない。ダッシュだ。ダッシュで避ける。

「であああああっ!!」

背中のブースターで加速。背後を取ってブレードを振り上げる。

しかし、大型シールドアーマーによってその斬撃は止められた。

「はあっ!」

弾かれてバランスを崩したところにマシンガンの弾丸を食らう。

「あぐっ……!」

「……………」

「!」

そこにさらに大きな銃口が見えた。ロケットランチャーか……!

「ぐああああっ!」

もろに食らって吹っ飛ぶ。空中で体勢を立て直したところにさらにもう一発、今度はアサルトライフルの弾が飛んできた。

「うっ! がはっ……!」

落下するように地面に落ちる。

「………どうだい? 少しは、効いてるかな?」

「ああ。高速切替(ラピッド・スイッチ)の腕、上がったんじゃないか?」

「それはどうも」

シャルは両手にショットガンを構えた。

新しいISのはずなのに、シャルは見事に使いこなしている。高速切替もさることながら、両肩のサブアームから伸びる二枚の大型シールドが厄介だ。一枚だけのラファール・リバイヴとは違って、どの方向からの攻撃もガードされる。

(強いな……。こうして闘うと本当に強い………)

目の前に立つシャルは、間違いなく本気だ。

 

(これが、シャルの力━━━━!)

「………216」

「え……?」

シャルがいきなり数字を言った。

「少し、話そうか」

「…………」

なるほど、プライベート・チャンネルの番号か。モニターを開いて回線を繋ぐ。

「これでいいか?」

『うん。これなら、誰にも聞かれないよ』

その声は聴きなれた優しい声だった。

『こうして二人きりで話すのも、久しぶりだね』

「………そう話してる今のお前は、シャルルか? それともシャルロットか?」

『どっちでもいい……君とこうして会えたことが、僕は嬉しいんだ』

「俺も嬉しいよ。やっと、ここまで来れたんだからな」

瞬間、シャルは地面を蹴って俺との距離を詰めてくる。

 

同時に飛来する弾丸を横っ飛びで躱して、ビームカノンで応戦した。

『でも、どうして来てしまったの? 手紙を読んだでしょ? 忘れてほしいって……言ったよね』

シャルが次の銃口を向けてくるより先に大出力ビーム砲を発射する。

「忘れるかよ。お前を忘れるなんて、できるわけない」

真紅の光線は二枚の大型シールドによって防御される。やっぱり堅い。

「教えてくれよ。どうして学園から出て行ったんだ?」

シールドが開かれると、射出型手榴弾(パンツァー・ファウスト)が飛んできた。

「━━━━っと」

身を逸らして躱すと爆弾が俺の横を通り過ぎて、後方で爆発する。

『君はやっぱりわかってないよ。ううん。わからないままでいい……』

「いや、わかってる。わかってるんだ。俺の言った言葉が、お前をそうさせたんだよな」

『君の言葉……?』

 

「俺があの時、お前のことを『友達』って言ったから、怒ったんだろう?」

『………………』

「そうなんだろ? 俺が間違ってた。お前は━━━━」

 

『……君は、やっぱりバカだ』

 

シャルが、笑顔を浮かべた。俺に女だとバレた時のような乾いた笑いを。

 

『僕は、自分の意思でここにいる』

 

「なに……?」

 

『これは、僕の罪を償う……贖罪なんだ」

 

「贖罪?」

 

「そうだよ…………僕はっ!!』

シャルの両腕にガトリングが装備された。腕を挟むように左右二本ずつ、計四本のガトリングが俺に向いてる。

『僕は一つの家族を歪めてしまった! 僕が産まれたせいだ!』

「…………!」

 

ドクン━━━━。

胸の奥で、何かがざわめいた。

『僕のお母さんは、僕を遺して死んじゃった……。だから僕は、その痛みを受け止めなくちゃいけない!』

ドクン……ドクン……ドクン……!

ざわめきは鼓動になって、体中に広がっていく。

『こうするしかないんだ! これが僕の義務なんだ!』

「……………………」

轟音とともに、無数の弾丸が襲い掛かってきた。

 

直撃。

 

数メートル吹っ飛んだのに、不思議と痛みを感じない。

『わかっただろう!? 僕は君たちとは一緒にいられない! いちゃいけない存在なんだ!』

回線からだから、地面に仰向けに倒れても、耳元で泣き叫ぶ声が聞こえた。

『だからもう僕に関わらないで……! 僕のことは……忘れてよ………!』

立ち上がり、前方の泣き顔を見据える。

ゆっくりと立ち上がると、またガトリングの砲身が回転を始めた。

 

自分が産まれたこと。

 

自分が生き続けること。

 

自分が存在し続けること。

それが、シャルロットの━━━━!

「ふざけんなああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」

青色の光が爆発した。

 

サイコフレームの輝きが夜空を塗り潰し、俺の叫びに木々が鳴動する。

『……………!?』

フルフェイス・マスク越しに見えた泣き顔は、少し怯えるように後ずさる。身体が熱い。焦げつくような熱さが身体の中をのたうち回っている。

「何が罪だ! 何が義務だ!! お前はそんな……そんな理由でいなくなったのか!!」

クローアームを展開し、超高速で間合いを詰める。

「……!」

二枚のシールドが邪魔しに入ってくるけど、背中のクローアームで動きを止める。

「誰がいつ、そんなことをしろって言ったんだよ!! 勝手に決めつけるな!!」

両腕でガトリングを抉り、蹴り飛ばす。吹っ飛んだシャルを追いかけるようにして俺も飛び、地面に叩きつけ、押さえつけた。

「うぐっ……!」

苦悶の表情を見せるが、知ったこっちゃない。言いたいことはまだまだあるんだ。

「お前がいなくなって、ラウラは泣いてるんだぞ!!」

「ラウラ……!?」

 

「お前の父親……ディエルだって、お前のことを本当は愛してるんだ!」

 

「あの人が……僕を……」

「お前は、親に愛されてるんだ! 痛みを受け止める必要なんてない!」

 

「僕が……愛されて……?」

 

「お前が償う罪なんて何一つないんだよ! だから……だから━━━━!」

 

息を吸って、フルフェイス・マスクを解除する。

 

「一緒に帰るぞ!! わかったか!? 」

「………………」

ふぅ、言ったった。言いたいこと全部ぶつけてやった。

 

さて、少しは考えを改めてくれるかな。

「……う……」

「『う』?」

「うえぇぇぇぇぇぇ! うえぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」

あ、あれ? なんか、号泣しだしちゃった?

「お、おい? どうした?」

「ごめっ……ごめんなさあぁい!! わあぁぁぁぁん!!」

や、やばい。目からボロッボロ涙零してるよ。ちょっとやり過ぎたかも……

「ご、ごごごごめん! 言い過ぎた! 泣くな! 泣くなって!」

「ええぇぇぇぇん!! えぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!」

「あああああごめん! マジでごめんっ!」

四本腕をあわあわと動かしてあわあわしてる俺の姿は、傍目に見たら相当シュールなことだろう。

「ぐす………ひっく……!」

それから三分ほど泣きっぱなしで、やっと落ち着いてくれた。

「だ、大丈夫か?」

「うん……。瑛斗、こわかった………」

シャルが、装甲を解除した右手で涙を拭く。

「も、申し訳ない……」

サイコフレーム……なんて恐ろしい。衝動が抑えられなかった。

「けど、本当に……?」

「え?」

「本当にいいの? 僕が、いても……」

涙で濡れた上目遣いに、ドキッとしてしまう。そして気づく。

 

お互いの距離があまりに近いことに。

 

それこそ、息遣いが感じられるほどに。

(〜〜〜っ!)

これ以上見つめていたらどうにかなってしまいそうで、パッと離れる。

 

するとシャルは俺の右腕のクローアームの、その人差し指にあたる結晶に触れた。

「……いいんだね?」

「あ……ああ。だから、一緒に帰るぞ!」

「…………うん!」

シャルが笑うと、その目から最後の涙が落ちた。

「あのね瑛斗」

「なんだ?」

「あの木の洞の中に、カメラが入ってるんだ」

そう指差したのは、言われないとわからないような普通の木だった。

「こっちの様子を、パーティ会場に映してる。この位置は死角になって見えないけどね」

「俺たちのバトルが盗撮されてたってわけか」

「アデルはこの新しいISのプロモーションを僕たちを使ってするつもりなんだよ」

「俺たちは見世物、ってわけか」

「アデルは君が来ることを見越して、利用してたんだ」

「なるほど。じゃあ、その企みを潰して………待てよ」

「どうしたの?」

普段の俺なら、あんまりこういうことは考えないだろうけど、今はハイになってるから行ける気がする。

「シャル、ちょっと悪巧みだ。手伝ってくれ」

 

「どうしたんだ? さっきから二人の姿が見えないぞ?」

パーティ会場で、ディエルが首を捻る。その後ろでエリナは額に汗を浮かべていた。

「せ、先輩……あの光ってやっぱり………」

「間違いないわ。サイコフレームよ」

「じゃあ……!」

「一刻も早くあっちに向かわないと。でも……!」

エリナが振り返ると屈強な男たちが数人で壁をつくるように立っている。

「この人たちがどいてくれないことには……!」

悔しげに呻くと、周囲がどよめきたった。

「先輩! 二人がまた映ったっす!」

大型モニターを振り仰ぐ。青いラインが光る黒い装甲を纏った瑛斗が深緑色の装甲のシャルロットに押されていた。

……………()()()()()()

「え!?」

「これは素晴らしい!」

驚くエリナの横でアデルは快哉を上げる。

「ここまで上手くいくとは思ってはいなかったが、やはりかなりの性能のようだ!」

だがエリナは納得がいかない。

 

まがりなりにもセフィロトは自分たちが組み上げたISだ。それにサイコフレームを搭載し、それが稼働している今は、他のISの性能を圧倒的に凌駕するはず。

「……………」

しかし大型モニターの向こうの瑛斗はまるで歯が立っていない。

 

ことごとく動きを先読みされ、攻撃は掠りもせず、防御も間に合っていない。

 

今も音こそ聞こえてこないが爆発に巻き込まれていた。

「な、なんだか、桐野さん負けちゃってっるっすよ……」

エリスも様子がおかしいことに気づいている。

「いかがですか技術局長? わが社の新型機の実力は」

「え……ええ。素晴らしいものですね、とても………」

エリナの曖昧な答えにも、アデルは満足げに頷く。次の瞬間、瑛斗の右手に別の武装が呼び出された。

オレンジがかった黄色い色をした大型シールド。

 

《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》のものだ。しかし無理矢理接続したのか接続部のケーブルが剥き出しである。

「あんなもの………まさか!?」

ディエルは瞬時に理解する。ラファール・リバイヴ・カスタムⅡに搭載されたあのシールドの中に眠る最強武装があることに。

シールド部分がパージされた。内部から六九口径パイルバンカー灰色の鱗殻(グレー・スケール)が姿を現す。

「どうやら、向こうは進退窮まったようですね」

アデルが口角を上げる。

「しかし、こちらも最新式……」

シャルロットを守る《トルナード・ネサンス》の二枚の大型シールド。その上半分が弾け飛んだ。

「二つの……パイルバンカー……!」

ラファールと同様の六九口径パイルバンカー。それが二つ。シャルロットの両腕に装備される。

数瞬の睨み合い、そして二人は同時に動いた。

鋼鉄の杭が、互いの目標に向けて交差する。

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

エリナ、エリス、アデル、ディエルの四人も無言で大型モニターを見る。

直後、爆発とも取れる閃光が画面を覆いつくし、映像がブラックアウトした。

会場にいる者全員が呆気にとられていた。

「………あれ? 終わりっすか?」

エリスがぽつりとつぶやいたのを皮切りに、ざわざわとした声があちらこちらから上がり始める。

「アデル、二人はどうなった!」

「さあ? 流石にわかりません。ですが………あの分なら、シャルルの勝ちでしょう」

ディエルは苦虫を噛み潰したような苦渋の表情になる。

「自分でも恐ろしくなりますね。まったくもって素晴らしい結果です」

完全に勝ち誇った笑みを浮かべるアデルを見て危機感を覚えたエリスはエリナの手を引いた。

「せ、先輩、桐野さんは……?」

「わからないわ……」

「でっ、でも!」

「本当にわからないわ! あれだけ圧倒されるなんて予想が━━━━!」

そこでエリナは言葉を止めた。

「……先輩? どうしたっすか?」 

急に思案顔になったエリナに驚くエリス。だがそんなことを気に留めることなくエリナは思考する。

「…………まさか瑛斗は!?」

そして一つの結論にたどり着いたとき、

「ハァーッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!」

高笑いが響いた。上だ。

「あ! き、桐野さんっす!!」

大型モニターの少し上。クローではなく自分の手で目を閉じたタキシード姿のシャルロットを抱き、サイコフレームの燐光を発しながらこちらを見下ろす瑛斗の姿があった。

 

背中のクローアームはなにかを掴んでいるのか、先端の影が膨らんでいる。

「アデル!!」

瑛斗は険しい表情でこちらを見るアデルを呼んだ。

「デュノア社の新しいISはすごい! けどよ!!」

言葉を区切り、背中のクローアームで掴んでいた物体を放り投げる。大きな音を立てて落ちてきたものを見てアデルは目を見開いた。

それは映像が最後に映していた、トルナード・ネサンスの二本のパイルバンカーであった。

 

根元から引きちぎられたような痕跡があり、さながら、打ち取った敵将の首のようである。

「俺を倒したいんなら、もっといい機体を持って来い!!」

「やっぱり……そういうことね」

エリナは一人合点が行って、薄く笑みを浮かべる。

「それと!! 親父の話はちゃんと聞いてやれ!」

背中の右クローアームでビシィッ! とアデルを指差し、アデルの前に降下する。

「……………」

こちらを睨みつけるアデルの耳元に顔を近づけ、でささやく。

「全部……バラしてやってもいいんだぞ?」

「………!」

一筋の汗を流すアデルを尻目に、瑛斗はディエルに顔を向けた。

「じゃあディエル、先に戻ってるから」

「……あ、ああ」

ディエルはほぼ反射的に頷いて、シャルロットと共に飛び去る瑛斗を見送った。

『……………』

会場全体がシンと静まり返る。

「……スワンさん、私は屋敷に戻りますが、ご一緒にいかがですか?」

ディエルはエリナに振り返った。

「ええ。喜んでご同行させてもらいます。エリス、行くわよ」

「え、あ、ちょ……ま、待ってっす!」

三人がいなくなり、一人取り残されたアデルに女性が近づいた。

「あ……アデル?」

母、アンリであった。

「母さん………失礼します」

しかしアデルはうわごとのような返事しか返さず、足早に歩き出した。

「アデ━━━━」

「黙っていてくれ!!」

怒鳴るようにして母を黙らせ、アデルは会場を出た。

「認めない……! こんなこと認めない……!!」

その目に余裕は無く、血走り、狂気じみていた。

 

 

「…………………」

俺はシャルを両手で抱えながら、屋敷へ飛んでいた。

「…………………」

シャルも少しうつむき加減だが、こうして俺の腕の中に収まっている。

「……上手く、いったね」

「ああ。これでアデルに一泡吹かせてやれた」

俺の悪巧みとは、俺が劣勢と見せかけて実はものすごい優位に立って勝つ姿をアデルに見せつける、その名も『上げてから落とす大作戦』だ。

パイルバンカーのぶつかり合った瞬間、一夏たちが教えてくれたサイコフレームから発する光の全方面攻撃でカメラを破壊。後方にだけ出すイメージでやったら上手いことできた。

カメラを壊したあとは、二つのパイルバンカーを引きちぎって、気絶したフリをしたシャルを抱えて戻ってくれば完璧。見事に俺が勝利した図になるわけだ。

「……光」

「え?」

シャルの右手が青く光るサイコフレームに触れる。

 

「サイコフレームの光が……優しい」

「そうか?」

「うん……前までは乱暴な感じがしたけど、今は優しくて、暖かい光だよ」

「お……おう。そりゃお前、完全に制御できるようになったからな。光り方ぐらい調節できるさ」

「本当に?」

「………見栄張りました」

「ふふ……こんな時でも面白いなぁ、瑛斗は」

なんか、笑われた。ちょっと恥ずかしい。

「瑛斗、下に降りない?」

突然、不思議な提案をされた。

「下に? 歩くってことか? 飛んだ方が速いぞ?」

「いいから、降りようよ」

別段断る理由もないからシャルを地面に下ろして、俺も展開を解除して地面に降り立つ。

「これでいいか?」

「うん。行こうか」

シャルは俺の手を握って歩き出した。別にこんな一本道ではぐれることは無いだろうに。

「瑛斗と手を繋ぐの、久しぶりだな」

まあ、本人が嬉しそうだから良いか。俺もシャルの横に並んで歩く。

「………驚いたな。瑛斗、本当にセフィロトを使えるようになったんだ」

「ああ。苦労したよ。もう一人の自分と戦ったんだ。歪んだ自分とな」

後ろから、クラクションが聞こえた。

「「?」」

振り返ると、走ってくる車の窓から、身を乗り出して手を振っているエリスさんが見えた。

「桐野さーん! おーいっすー!」

「エリスさん?」

車は徐々にスピードを落としながら俺たちの横に止まった。

「……乗りなさい」

運転席の窓から、ディエルが言った。

……

…………

………………

……………………

「……まさか、本当に制御できるようになったとはね」

屋敷の客間でエリナさんが感嘆する。

「サイコフレームを完全に自分のものにしたのね」

「大変でしたよ。でも、なんとかするのが俺ですから」

大体を察していたエリナさんが苦笑する。

「桐野さんすごいっす! サイコフレームを制御して、おまけに負けたフリもしてたんすね!」

エリスさんが目をキラッキラさせながら褒めてくれる。

「そうでしょそうでしょ。……っと」

扉が開いてディエルとシャルが現れた。シャルはタキシードではなく、女物の服を着ている。サポーターも取ったみたいだ。

「シャル、大丈夫か?」

「うん、ありがとう瑛斗」

「桐野くん。私からも礼を言わせてくれ」

「いいって。それに、シャルも戻ってきたし」

ソファに座った二人に笑う。

「……しかし、ディエルさん。デュノア社が裏取引を行おうとしているというのは、本当なんですか?」

エリナさんは話題を真面目な話に持っていく。

「……そうだ。アデルは大金を支払うものとは見境なく取引を行うつもりでいる」

「バレたら、ヤバいっすよ」

「私にはどうすることもできなかった。だが、せめてこの子だけでも、助けてやりたかった」

「シャルだけじゃない。アデルも救いたいんだろ?」

 

「ああ。だが、それができるかどうか………」

 

「……自分、正直ディエルさんの印象良くなかったっす。デュノアさんに男のふりさせてたって聞いてたっすから」

「エリス!? 言葉選んで!」

「あう、ごめんなさいっす……。でも、本当はいい人だったんすね」

「いや……私もつい最近まで、自分の間違いに気づかないでいた……」

「間違い……すか?」

俺は話すならこのタイミングしかないと確信した。

「なあ、ディエル。お前の間違いって、あの手紙のことなのか?」

「……! 読んだのか?」

「あ、い、いやたまたま気づかないでシャルの部屋に入っちまって、たまたま手に取ったアルバムに挟まってたんだよ。偶然だ」

「僕の部屋のアルバムに………手紙?」

やっぱりシャルは知らなかったみたいだ。

「……今更隠せるものでもないか。すべてを話そう」

ディエルは神妙な面持ちで語りだした。

「私が妻と結婚した三年後、一人の女性に出会った。シャルロット、君の母親だ」

「………」

「経営の雲行きが怪しくなり始めた頃だ。たまたま立ち寄った書店で知り合った彼女に、私は既婚者でありながら惹かれてしまった。最初は一言二言言葉を交わす程度の関係だったのだが段々と親交を深め、気がつけば私は彼女を愛していた。……愛してしまった」

二股の完成ってわけだ。

喉までその言葉が来たけど、茶化せるような雰囲気でもなかったから飲み込んだ。

「それから数年経ち、シャルロット、君は生まれた。アデルが生まれた六年ほど後だ」

「僕が……」

「君が生まれた瞬間、彼女の笑顔を見た私は、もう全てどうでもいい。この人と共にいたいと、そう思った。だが彼女はそれを拒んだ。私の下で働く人たちはどうなるのか、その家族はどうなるのかと……初めて怒られたよ。だから、私は養育費だけを送り続けた。…………だが」

「?」

「ある時、社から巨額の金が消えるという事件が起きた」

「横領か?」

「かも知れないと私も疑った。だが、捜査を進めるうちに、外部からのアクセスの痕跡を見つけたんだ。そして、操作をさらに進めると、犯人の中に彼女が浮き上がった」

「そんな……」

「シャルロットはまだ幼かった。だから二人きりで話すことにした。問い詰めると、彼女は自分がやったと認めたよ。笑いながら、私に付き合っていたのも全て金のためだと」

「…………」

「ショックだった。騙されたと思った。そして私は彼女を罵り、彼女の元を去った。その時には既に彼女は病に侵されていて、程なく死んだという知らせを聞いた時も、私は天罰だと考えた。そしてシャルロットを引き取り、アデルに男として振る舞い方を教えさせた」

後は知っての通りだ、と言い終えてディエルはソファに深く座りなおした。

「桐野くん、君が設計図を渡してくれた半年ほど後に、手紙が届いた」

「あの手紙か?」

「そうだ。ある日突然にな。死んだはずの彼女からのものだった」

「ゆ、幽霊からっすか!?」

「いや、彼女が生前に書き残したものだったようだ」

「その手紙の内容とは?」

「……彼女の身の潔白の証明と、私への愛の言葉だった」

「俺は読んだから知ってる。シャルのお母さんは、ディエルの家庭のことを考えて、わざと罪を被った。全部、ディエルを守るためだったんだ」

ディエルは頭を抱えた。

「私はとんでもない過ちを犯してしまっていたんだ! 愛した女性を信じることもできず、実の娘を傷つけ! 私は最低の………最低の人間だ!」

「…………ディエル……」

ディエルの目から涙が落ちる。

 

「なんだか、かわいそうっす……」

 

「ほう!そんな秘密があったとはね!」

『!』

声が聞こえた。振り返ると扉のそばにアデルが立っていた。

「アデル……!?」

「追いかけてきやがったのか!?」

わずかに腰を浮かせる。

「父さん……今更そんなことを聞かされても、私の心は変わりませんよ! 私はあなたを許さない!!」

アデルが内ポケットから鈍く光る拳銃を取り出した。銃口がディエルに向けられてる!

「やめろアデル! こんなことして何になる!?」

 

ディエルより先に俺が叫んでいた。

 

「お前も動くな! 勝手に首を突っ込んで来て……! その娘は私のものだ!私に利用されるための存在なんだよ!」

 

アデルの初めて会った時のような慇懃な態度は見る影もなくなっていた。これがあいつの本心か……!

 

「お前を餌にして脅しをかけてみたら、そいつはすぐに従ったよ! その娘は私に従うことを心の底では認めているんだ!」

 

「バカ言うな! シャルロットはお前たちの……『デュノア』の道具じゃない! 家族だろ!?」

 

「うるさい! うるさいうるさいっ! 黙れぇっ!!」

アデルが引き金を━━━━引いた。

 

「お父さんっ!」

シャルが、棒立ちしていたディエルを押し倒す。

弾丸が、シャルの髪を束ねるリボンを千切り飛ばした。

(……!)

宙に舞うリボンとブロンドを見た瞬間、俺の理性はトンだ。一度の跳躍でアデルとの間合いを詰め、咆哮する。

「お・ま・え・はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「うがぁっ!?」

ほぼ無意識で部分展開したセフィロトの拳に手応えがあった。アデルは盛大に吹っ飛び、壁に身体を激突させる。

「いい加減にしろよテメェ! 本当に家族を撃つヤツがあるかっ!!」

転がっている拳銃を足で押し滑らして遠くにやりつつ、怒鳴りあげる。

「……!」

「それとディエル! ずっと黙って動かなかったな! 死ぬ気か!!」 

ディエルは下に顔を向けながら答えた。

「私は、殺されても文句は言えない……」

「まだそんなふざけたこと抜かしやがるか!! お前が死んだら、アデルは! シャルはどうなる!! 自分の父親を殺したなんてことになったら、コイツはもう立ち直れないだろうが!!」

「え……」

「あーもうイライラすんな! どいつもこいつも揃いも揃ってよお!! お前が言ったんだろ! 二人を助けてほしいって!」

 

右腕だけの部分展開。それでも黒い装甲が展開して、意思を増幅させる光を放っていた。

 

「…………………」

 

「アデル! お前もだ! お前、ディエルが……父親が好きだったんだろ!? その父親をなんで殺そうとした!!」

怒鳴り上げると、アデルは内側を切って血を垂らす口から言葉を発した。

「と、父さんは……父さんは愛人を作って、その愛人との間にシャルロットを生んだ! 父さんは、私と母さんを裏切った!! 私はそれが許せない!! どうして……どうして()よりその娘なんだ! 僕は父さんを、母さんと同じように愛していたのに、どうしてそんな娘を愛したんだ!!」

アデルはシャルを指差した。

「アデル……」

「だから僕は父さんに大切なものを奪われた僕の気持ちを知ってもらいたかった! 自分が原因のはずなのに、一人だけ真人間に戻ったように振る舞う父さんが許せなかった!!」

アデルは拳を打ち付けて、体を震わせる。もはや癇癪を起こした子供の域だ。

「父さんが……父さんがいけないんだ! みんな……みんな父さんがぁ……!」

そしてアデルはうずくまるように身体を縮めて嗚咽を漏らし始めた。

「……アデル」

そんなアデルにディエルがふらふらと歩み寄って、膝を折ってアデルの肩に手を乗せた。

「……すまなかった」

「父さん……今更言ったって……!」

「だが、これだけはわかってほしい。お前のことを愛していなかったわけではないんだ」

「そんなこと……!!」

「否定しても構わない。だが本当だ。息子が嫌いな父親が、どこの世界にいる……!」

 

「そんな……こと……! あぁ……あぁぁぁぁ……!!」

ディエルの言葉がアデルに届いたみたいだ。アデルの目から涙が溢れる。

互いにすがりつくように涙する親子のその姿に、なんだか羨ましくなった。

 

(俺の父親って、どんな人だったのかな……)

「瑛斗、大丈夫?」

 

シャルロットの手がセフィロトに包まれた俺の右腕に触れる。

 

「ん?」

「手。もの凄い勢いで殴ってたから……」

「心配ないよ。お前こそ大丈夫か? 弾が掠ったろ?」

「う、うん。リボンが切れた位で済んだよ」

確かに、シャルのブロンドは下ろされてるが、それ以外は大丈夫のようだ。

「やれやれ……どうなるかと思ったわ」

 

「部分展開でも、使えるんすね……!」

エリナさんが拳銃を拾い上げて弾倉を抜いた。エリスさんはソファの陰から顔を覗かせている。

 

アデルもディエルのそばにいるし、これで、安心……

━━━━ガクン。

不意に全身から力が抜けた。地面が急に近くなり、視界が急激に暗転していく。

(あ……れ……?)

 

身体が全然動かない。鉛のように重たい。

「……!? ……!」

誰かの声が聞こえるけど、何を言ってるのか全然わからない。

(すご……ねむ……)

俺の意識は、そこで途切れた。




ISでぶん殴られてもまともに喋れるアデルが頑丈すぎる気がする。

次回は章のラストです。お楽しみに。

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