IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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金色の貴公子、再び 〜または吹き荒れる『虚構』の風〜

「うっわぁ~……」

思わず言葉が出る。

 

ここはディエルが話していたパーティ会場。どこぞの屋敷をお借りしてるそうな。

……まあそんなことはどうでもいい。俺が驚いたのはその豪華さだった。

 

なんつーか、品の良い感じの、いかにもお金持ちって感じの人が老若男女沢山いて、グラス片手に談笑している。

「どうした。そんなにおどおどしていたら浮いてしまうぞ」

隣に立つディエルが俺を見ずに言ってくる。

「そんなこと言ったって、俺こういうところ来たことないし、こんな服も着たことないんだぞ」

「そうか? 似合ってるぞ、そのタキシード」

「……変じゃない?」

「今のところはな。それよりも……」

「わかってる。シャルとアデルだ」

ここに来た目的はシャルに会うことに他ならない。

「とりあえず私と一緒に行動し、二人を探そう」

「ああ」

俺はディエル動くと同時に歩き出した。

(早く見つけて、いろいろ話し合わないと……)

気持ちを引き締めて進むと……

「……………」

「え、瑛斗……?」

いた。

目の前に現れた。

…………………………エリナさんが。

 

「エリナさん?」

「あ、あなた、どうしてここに?」

パープルカラーのパーティドレスを着たエリナさんはとても驚いてらっしゃる。

「あ、いや、ちょっと込み入った事情がありまして。エリナさんこそ、どうして?」

「招待状が来たのよ。技術開発局宛てにね」

「お知り合いか?」

ディエルが小声で問いかけてきた。そっか、ディエルは知らないのか。

「こちら、エレクリット・カンパニー技術開発局局長のエリナ・スワンさん。俺が世話になってる人」

「なるほど。初めましてスワンさん。ディエル・デュノアです」

「存じ上げてます」

二人は軽く握手する。

「……あれ? エリナさん、エリスさんは?」

珍しく、いつもエリナさんと一緒にいるはずのエリスさんがいない。

「あー……エリスね。いることにはいるわ」

「どこに?」

「ほら、あそこ」

エリナさんが指差した方向を見ると━━━━。

「……! ……!! ……!!!」

椅子に座って小さくなっているエリスさんがいた。エリナさんと同じように、おめかししている。明るい黄緑色のパーティドレス姿。こっちには気づいてないみたいだ。

「……ガッチガチに緊張してますね」

「そうなのよ。こういうところは不慣れらしくて。……あら?」

見ると、エリスさんにタキシードを着た男の人が近づいている。どうやら話しかけているようだ。

「どうやら、見てられなくなった誰かが声をかけたようね」

楽しそうに言って、エリナさんはグラスの中の飲み物を飲む。

「……………」

「……ん? ディエル?」

横に立つディエルの表情が堅くなっていることに気づいた。

「……桐野くん、アデルだ」

「え……!?」

その言葉を聞いたとき、エリスさんがこっちに駆け寄ってきた。

「先ぱぁい! 無理っす! やっぱ自分にはこういうところまだ早いっす!」

エリナさんにヒシッと抱き着いてプルプル震えるエリスさん。

「もう。エリスったら、何事も経験よ? 瑛斗を見習いなさい」

「へ……? 桐野さん?」

エリスさんが顔をこっちに向けた。

「……ええええええっ!? きっ、ききき桐野さん!? な、なんでここに!?」

驚愕するエリスさん。でもごめん、今はそれどころじゃないんだ。

「エリナさん、エリスさん、また後で話しましょう」

「あ、ちょっと━━━━」

呼び止められたけど、無視する形でアデルに近づく。

「……………」

俺の視線の先では、アデルがこっちを見て余裕そうな笑みを浮かべている。そしてこっちに来た。

「やあ、父さん。待っていたよ」

アデルはディエルの前に立つとそんな挨拶をした。

「母さんもいるから、後で話すといい」

「アデ━━━━」

「おいアデル。シャルはどこだ」

「……………」

居ても立ってもいられなくなり、ディエルの言葉を遮るようにアデルに問いかける。

「これはこれは、桐野瑛斗くん。驚いたな。まさか日本から遠路はるばるフランスに来ていたなんて」

「挨拶なんて良いんだよ。シャルはどこだって聞いてんだ」

「シャル……はて、それは誰のことかな?」

「ふざけるな! シャルロット・デュノアに決まってんだろうが!」

「シャルロット………デュノアにそんな人間はいないよ」

その言葉の直後、後ろから誰かが来た。振り返る。

「な……!?」

そこにいたのは、ドレスではなく、タキシードを着たシャルだった。

「いるのは━━━━シャルル・デュノアさ」

「………………」

絶句した。言葉がでなかった。

「……久しぶりだね。瑛斗。()()()()くらいかな」

「……!」

シャルのその言葉、そしてその無表情に、コイツが『シャルロット』ではなく『シャルル』としてここにいることを理解した。

「………おい」

言いたいことが山ほどある。ありすぎて、それしか言えなかった。

「……アデル義兄さん。少し彼と話がしたいんですけど………いいですか」

「ああ。いいとも」

「ありがとうございます。瑛斗、行こう」

「ああ。いいぜ。俺も、言いたいことがある」

俺はディエルと別れてシャルと一緒に外へ向かった。

屋敷の裏の雑木林だった。気候の関係もあって、風は少し冷たいくらいだ。

「………………」

「………………」

前を歩くシャルは無言。こっちを見ようともしない。これは俺から話しかけろということなのだろうか。

「……なあ、どうして男の格好をしてるんだ」

「………………」

シャルは一度立ち止まってから、また歩き出した。

「どうして? 変なことを言うね。僕は男だよ? 男が男の格好をしてたらおかしいかい?」

「……………」

コイツ……『シャルル』を演じることに徹してやがる。見ればあのサポーターまで付けて、体の起伏も無くしてる。

 

いいぜ。そっちがその気なら、合わせてやるよ。

「……そうだったな。お前は━━━━男だったな」

「………っ」

シャルの歩くスピードが少し速くなった。

「学園はいいのかい? どうしてフランスに?」

「ちょっと停学を食らってな。二週間ばかりの」

「て、停学? 何か問題でも起こしたの?」

「《セフィロト》っていうISに呑み込まれてな。自分で制御できずにアリーナを壊したり人を襲ったりしちゃって、その罰だってさ。おまけにその停学期間を使って修行。人里離れた島に行かされた」

「……それで、その修行はどうだった?」

「無事終わって、セフィロトを制御できるようになった」

「そう………なんだ。良かったね」

「ああ。誰かに言われた、俺のやるべきこと……それをやり遂げた」

「きっとその誰かも、喜んでいるよ……」

「そうだな」

「ラウ………ボーデヴィッヒさんは、どうしてる?」

「さあな。けど……泣いてたな」

「…………そっか」

シャルが足を止めた。暗かったからよくわからなかったけど、開けたところに出たようだ。木がなく、草原が広がっている。

「……こんなところに連れてきて、なに━━━━」

俺の言葉は、鳴り響いた銃声に中断された。

「!?」

顔面スレスレを弾丸が通り過ぎた。

「いきなり何すんだ!! 危ねえだろ!」

前に立つシャルは、右手に装甲を纏い、ライフルの銃口をこっちに向けている。

「……瑛斗、今からここで、新しいISを見せてあげるよ」

「な、何言って━━━━」

 

二回目の銃声。ほぼ同時に足元の地面がわずかに抉れる。今度は、右手と同じように装甲を纏った左手に持ったアサルトガンで俺の足元の地面を撃ったんだ。

「ほら……早く。《G-soul》か、その《セフィロト》っていうのを展開しないと、蜂の巣になっちゃうよ?」

「やめろシャル! 俺たちが戦う理由はな━━━━」

「その名前で呼ぶなっ! 僕は……僕はシャルルだ! シャルル・デュノアだ! その呼び名は……ここにいない誰かのものだろう!」

その目は怒っているようにも、泣きそうになっているようにも見えた。

「今の僕は……躊躇わないよ!!」

でも、向けられた銃口はまっすぐ、ぶれる事なく俺を捉えていた。

「……そうかよ」

俺は首のチョーカーに手をあてる。

 

(悪いなG-soul。今日はお前はお休みだ……)

「お前がその気で……お前がシャルルなら……!」

首から発した黒い光が、俺の身体を包み込む。

「容赦はしない!」

右手で光を払う。俺の身体は、闇に溶け込むような真っ黒い装甲を纏っていた。

「……………」

「行くぞ━━━━シャルル!!」

 

 

「……アデル、まだ引き返せるぞ」

屋敷の奥、ディエルはアデルと一対一で話していた。

「ほう? 社をこんな状況に陥らせた張本人が、よくもまあそんなことを言えますね」

「……………」

アデルはディエルをなじるように言う。

「正直、呆れましたよ。まさか彼に泣きついていたとは」

「私のことを何と言おうと構わん。だがあの子には何の罪もないはずだ」

「罪がない…? ありますよ。あなたと、あなたの愛人の間に生まれたことだ」

「いい加減にしろアデル! お前はあの子をどうするつもりだ!」

語勢が強くなる。しかしアデルは動じない。

「どうするもこうするも……シャルルにはデュノア社のテストパイロットになってもらいますよ。もちろんIS学園には戻さない。ずっと、私のもとに置いておくつもりです」

薄い笑みを浮かべて告げるアデルにディエルに問いかけた。

「お前は私が憎いのだろう? ならもう十分のはずだ。社を乗っ取り、私を追いやり……。だがあの子は関係ないだろう?」

「父さん……あなたは何か勘違いしているようだ」

「なに……?」

「何があなたを変えたかは知りません。ですが、もう手遅れですよ。あなたでは私を止めることはできない」

アデルはディエルから離れた。

「待て! どこへ行く!」

「今からちょっとしたショーを始めるので、よろしかったら見ていってください」

「……………?」

アデルはそのまま人混みの中へ消えて行った。

「………あの、デュノアさん」

「? ああ、スワンさんですか」

後ろからエリナがエリスを連れてディエルのもとに現れた。

「少し馴れ馴れしいでしょうか? 前社長と……」

「いえ、それには及ばない。ディエルで結構」

「わかりましたディエルさん……ご子息とは、複雑な事情をお抱えの様ですね」

「いやはや、お恥ずかしいところを」

「ですが、この数日でデュノア社は急激に売り上げを伸ばしています。私たちを含めて、他の企業も、あなたの会社の一挙手一投足に神経を尖らせていますよ」

「世界トップ規模の支社数を誇るエレクリット・カンパニーの本社技術開発局長にそう言われると鼻が高い。しかし、もう私の会社ではないんだよ……」

「………失礼しました」

「気にしないでいい」

「あ! 先輩! さっきの人がステージに立ってるっす」

「エリス、さっきの人じゃなくてちゃんと呼びなさい!」

しかし、エリスの言った通りアデルがマイクを持ってステージに立っていた。

『お越しのみなさま。私はデュノア社の新代表取締役のアデル・デュノアです』

 

アデルの声に拍手が起こる。

『……ありがとうございます。この度、デュノア社が新たな第三世代型ISである《トルナード・ネサンス》の開発に成功したのはご存じでしょう。しかし前回の会見では説明するには少々時間不足でした。そこで、この場をお借りしてその性能の高さを証明したいと思います』

言い終えると、照明が落ちた。

「いったい何を始めるつもりだ?」

 

直後、アデルの背後の大きな画面に映像が映る。

「「「!?」」」

エリス、エリナ、そしてディエルの三人は驚愕した。映し出されている映像は……!

「なんということだ……!」

「うそ……でしょ?」

「先輩……あれって……」

映し出されていたのは、それぞれ漆黒と深緑のISを駆る、瑛斗とシャルロットが戦う映像であった。

『スペシャルゲストの、桐野瑛斗くんに来てもらいました。彼とわが社の最新式ISとの実戦形式の戦闘をご覧ください』

多くの人々がその映像に釘付けになる。

「……いかがですか? 面白い考えでしょう?」

アデルが、冷笑を浮かべながら戻ってきた。

「アデル! あれはどういうことだ!」

「そんなに怒らないでくださいよ、父さん。私は彼がこの場にいたことを利用しただけです。それに世界に二人しかいないISを操縦できる男の一人に勝ったとなれば、世界中から注文が殺到しますよ」

「貴様……!」

「今すぐやめさせなさい!」

エリナとエリスはディエルを押しのけてアデルの前に立った。

「おや……エレクリットの技術開発局長様ですか」

「何を考えているの! セフィロトはまだ未知数の機体よ! あんなことに使わせるなんて!」

「そうっす! 大変なことになるっすよ! 暴走するんすよ!?」

 

「そんなことになれば、彼女が……シャルロットちゃんがどうなるかわからないわ!」

 

「そうですか。暴走……」

アデルは思案するような顔をしてから、口の端を吊り上げた。

「………それはそれで、面白いですねぇ」

「………っ!」

エリナは踵を返した。

「先輩!? ど、どこに!?」

「最悪の事態になる前に二人を止めるのよ!」

「無駄ですよ。今しがたここの出入り口を封鎖しました」

「なんですって……!?」

 

「あなたたちにも、ここを離れられては困る」

そしてエリナとエリスを囲むように屈強な男たちが現れた。

「折角のビジネスです。邪魔はしないでもらいたい」

「くっ……!」

「せ……先輩………」

「━━━━アデル!!」

ディエルはアデルの胸倉を掴んだ。

「いつまでこんなことを続ける!? 私への復讐はまだ足りないというのか!?」

「そう怒らないで。他の客人たちを見てください。あの二人の戦いをかぶりつくように観戦している」

「まさか……あの中にお前の商売相手がいるのか……!?」

「ええ。何人かはそうですね。とにかく……」

ディエルの腕を剥し、襟を正してからアデルは言った。

「よく見ていてください、父さん。あなたの娘が傷つき、愛する人を傷つける様を……」

この上ない、邪悪な笑みと共に━━━━。


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