IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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決意の在り方 〜または渦巻く憎悪の奥底にあるもの〜

「フー♪ フフーフーフー♪」

広大な草原。その真ん中を、どこまでも続くかのように長い道が走る。

 

未舗装の道を、大量の干し草が載せて進む馬車。そして馬車を引く馬の手綱を、鼻歌交じりに取るひげを蓄えた老人がいた。

 

暖かい日差しが差す、牧歌的な光景。

「……少し休憩させるか」

しばらく進んだところで、小川のほとりに着いた。老人は馬を休ませるために馬車を止める。

「フーフフーフフ―フー♪」

歌の続きを口ずさみながら、馬を頭を撫で、馬車から離して川の水を飲ませる。

「フー……ん?」

老人は鼻歌を止めた。馬も気づいたように頭を上げる。

「なんだ……?」

「ぁ~……………」

何か聞こえた気がしたからだ。

「空耳か?」

「あぁ~…………!」

そう思ったが、その声がだんだんと近づいていることに気づいた。

「んん?」

年の割には落ちていない視力が自慢の目を凝らして、声のする方向を見る。

「何だ? あの白いの……」

「あぁぁぁ~………!!」

よく分からないが、白い物体が高速でこちらに飛んできているように見えた。

「こ、こっちに来る━━━━!?」

 

「あああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

ドサファアアァッ!!

謎の飛来物は馬車の荷台の干し草の山に激突。周囲に干し草が散り、馬も驚いてその場で飛び上がり嘶く。

「!?!?!?」

馬を宥め、落ち着かせようとしていると、荷台から発光があった。

 

「なんだってんだ!?」

 

老人はわけもわからないまま、とりあえず荷台に落下してきたものを確認に向かう。

「……………」

化け物の類ではないかという思考が横ぎり、恐る恐る荷台を覗き込むと……

「う……う~ん……」

人の形をしていた。さらに言えば少年である。目をぐるぐると回して気絶していた。

「…………………誰?」

 

老人の言葉は誰もが納得できるものであった。

 

「いやぁー助かりました! あそこにこの馬車がなかったら俺死んでました!」

ガタゴトと揺れる馬車の荷台に乗せてもらい、命の恩人のおじいさんにお礼を言う。

「礼には及ばんよ。それより君は誰だ? 空から降ってくるなんて、いったい何があった?」

手綱を引くお爺さんがごもっともな質問を投げかけてきた。まあ、そりゃそうだよな。

「うーん………言っても多分信じてくれないかと」

「言ってごらん。別に怒ったりしないよ」

穏やかな表情でそんなこと言われたら、言うしかないよね。

「実は俺……日本から来たんですよ」

「ほう、観光かい?」

頭をぽりぽりと掻いて答える。

「いや……そうじゃなくて、今さっきのです。さっきので、ここに」

「え…」

ほらぁ、凍りついたじゃんかー。

「えーと、だから、日本からあの勢いで発射されて、この馬車に着地………もとい落下した次第なんです」

何が申し訳ないのかわからないけど、なんか申し訳ない気持ちになった。

「ほ………そうかそうか! ハハハ! 面白いな君は!」

おじいさんは豪快に笑った。どうやら信じてないみたいだ。それはそれで構わないけど。

(それにしても、危なかったなぁ……)

さっきの落下の直前、俺はスラスターを最大限に噴かして減速していたんだけど、それでもものすごい勢いでの落下になった。ちょっと気絶したし……

(チヨリちゃん、今度会ったら文句の一つでも言って━━━━)

「ジョージだ」

そう思っていたらおじいさんは身体をこっちに向けて右手を出してきた。これは握手だな。

「あ、き、桐野瑛斗です」

俺も右手をだして握手を交わす。ジョージさんの手は固くてゴツゴツしてたけど、力強くて、温かかった。

「ちなみにですけど、ジョージさん」

「ん?」

「ここは……どこでしょう?」

またジョージさんの表情が凍りついた。うぅ、なんども申し訳ない……

「い、いやですね! 決して! 決してわからないわけじゃないんです! ただ確認を……」

あわあわと取り繕っているとジョージさんはまた豪快に笑った。

「ハッハッハッハッ!! 何言ってんだ! フランスだよ!」

「え!? ホントですか!?」

その答えに俺は心のなかでガッツポーズを決める。

「ほ、本当に着いたんだ……よかったぁ~!」

思いっきり干し草に倒れ込む。背中を干し草が柔らかく受け止めて、太陽の匂いが全身を包んだ。

「フランスに来たかったんですよ~!! よっしゃあ~!」

チヨリちゃんが確率三〇パーセントとか言ってたから、ものっそい不安だった!

「不思議な子だな、君は。坊ちゃんもそれくらいの頃があったよ」

ジョージさんは手綱を引きながら言った。目はどこか懐かしむように遠い目をしている。

「『坊ちゃん』? 誰ですそれ?」

「俺が働かせてもらっているご主人の息子さんだよ」

「へぇ? ジョージさん、お手伝いさんなんだ」

「そんな大層なもんじゃないがな。当たらずとも遠からずだ。三十年以上前から働いているよ」

「すごいですね。名家ってやつですよね? 俺、知ってたりします?」

「もしかしたらな。そこそこ有名だから、聞いたことあるんじゃないか?」

そうなると俄然興味が湧く。

「どこですどこです?」

ちょっと催促気味に言うとジョージさんは困ったように笑い、答えた。

「デュノアの家だよ」

世界が止まった。

 

信じられない。

 

心臓が早鐘を打つ。

「ほら、デュノア社って聞いたこと……どうした?」

ジョージさんが俺に声をかけている。そのことに気づいたのは数秒後だった。

「……ジョージ、さん」

「な、なんだ?」

「この馬車……どこに向かってますか?」

「屋敷だ。ご主人が住んでる屋敷。ほら、見えるだろ?」

指差された方を見る。確かに立派な屋敷が見えた。

「そ、そうだ。君、どこに行くつもりだったんだ?」

「あそこ」

俺はジョージさんが指差した屋敷を指差す。

「話を聞きたい人と、会いたい人と、ぶん殴りたい人がいるんだ」

 

 

「なるほど。そういうことだったんだな」

俺はジョージさんにシャルのことを話した。今は屋敷の中を案内されている。

「これは使用人の俺が口をはさめる問題じゃないな。後はご主人に聞くといい」

ジョージさんは大きな扉の前に立って、そしてノックした。

『なんだ?』

扉の向こうから声が聞こえた。

「ご主人、ジョージです。ご主人に会いたいという人がいらしてまして。いかがしますか?」

ジョージさんの言葉の後、数秒の沈黙があってから返事が聞こえた。

『……通せ。君の後ろにいるのだろう?』

ジョージさんが俺の顔を見て頷いた。どうやら入っていいらしい。扉が開かれて、綺麗な内装の部屋が見えた。

「さ、入って」

「ありがとうございます」

ジョージさんにお礼を言ってから部屋に入る。窓の前に立って外を見ている男がいた。後ろ姿だが、確かに見覚えがあった。

「ジョージ、君は下がっていい。仕事に戻ってくれ」

「はい……」

ジョージさんは会釈して元来た道を

「……さて、来ると思っていたよ。以前は名を名乗りもしなかったね。ディエル・デュノアだ」

ディエル・デュノア。この男が、シャルに男のフリをさせて学園に向かわせた張本人。

 

「………………………」

 

その顔を見ただけで、俺は握る拳の力を強めてしまう。

 

前会った時と同じように、白髪が混じった髪だった。けど、なぜか白髪が増えてる気がした。

「……知ってる。資料で読んでるからな」

「そうか。だがその資料の社長のところは、もうじき違う人間になることだろう」

「………………」

「そんな怖い顔をするな……と言うのが無理か。何をしに来たかは分かっているよ」

「じゃあ話は早い。シャルロットに会わせ━━━━」

「残念だが、あの子もアデルも、この屋敷にはいない」

「はぁ!? ふざけんな! 何言ってんだよ!」

言うまでもないが俺はこの男に良い印象を持ってない。口調も強くなる。

「言葉のとおりだ。この屋敷には私と数人の使用人だけだ」

「おいおい……! 無駄足かよっ!!」

たまらず、俺は乱暴にソファに座りこむ。マナーがどうこうとか知ったこっちゃねえ。

「大体なんでアンタはここにいるんだよ。どうしてわざわざ別々に暮らす?」

「君のような若者には、わからないような事情があるんだよ」

「ビームガン突きつけられてビビり倒していたヤツが、よく言うぜ」

「……かもしれないな」

ディエルは以前会った時よりも元気がなかった。というか、衰弱しているように見えるぞ?

「アンタ……、大丈夫か?」

心配する義理はないが、なんだか折れてしまいそうなその姿に不安を感じた。しかし、ディエルは俺の問いに答えようとしない。

「この屋敷は、元はあの子が暮らしていた屋敷なんだ」

「ここが……? ああ、いつか言ってたな。『別邸にいた』って」

それがここか。別邸でこれなら、本邸はどうなってんだよ。

首を巡らせていると、ディエルが自嘲気味に笑った。

 

「フッ……アデルの考えそうなことだ。あいつは私を憎んでいるからな」

アデル━━━━、その言葉に俺はディエルに顔を向け直した。

「あいつがアンタをここに?」

「そうだ。権力を手に入れたつもりでいるアデルは私をここに追いやった」

「………実の息子から、大分嫌われてるみたいだな、アンタ」

「妻とも長いこと別居中だ。……自業自得と言えば、それまでだよ」

ディエルは俺の向かいのソファに座った。

「あの子は、おそらくアデルと私の妻とともに、本邸にいるだろう」

「なるほど。じゃあそっちに行こう」

シャルもアデルもいないならここに用はないからな。

「ここから車で三時間はかかるぞ」

ディエルが呼び止めるように言ってくる。

「なめんな。ISを使えば……」

そう言えば移動の時に空気抵抗から身を守るために《G-soul》のシールドエネルギーを使ったから、もう今日いっぱいは展開できないんだっけ。

「ま、まあまだセフィロトがあるから……」

そう思ってエネルギーを確認してみる。

「う……」

思わず顔が引きつった。

(残存エネルギー……じ、十二!?)

十二って……十二って! 全展開もできねえじゃねえか! いつのまにそんなポンコツになった! これじゃあ全快にはほぼ半日かかるぞ!

 

(まさか、深層意識と向き合った時に……?)

「……どうした?」

 

ディエルが不思議そうな顔を向けてきた。

「え? い、いや~、あはは……」

どうすっかなぁ……こんなデカい態度とっちまってる手前、『移動手段がありません』なんてしょっぱいこと言うに言えない……

すると、

「……手段がないなら、今日は泊まっていくといい。明日私とともに行こう」

「え! マジで!?」

ありがたい提案キタ!

「ああ。明日、大きなパーティがある。そこにはアデルもシャルロットを連れて来るらしい。その様子から察して、まともな策も無しに来たんだろう?」

く、くぅ……! なんでもお見通しな口調が腹立つ! が!

「……ありがたく、お言葉に甘えさせてもらいます」

宿の確保は大事だよね。

 

そんなわけでディエルのご厚意でこのデュノア家別邸に泊まることになった俺は用意された部屋のベッドの上で仰向けに寝転んでいた。

「……………」

ふかふか過ぎて逆に落ち着かない。

 

そうだ、デュノア家の家庭状況を俺なりに整理してみよう。

シャルは学園に来る前はこの屋敷で一人で暮らしてて、今は父親のディエルが暮らしてる。

 

シャルはディエルとその愛人の子で、アデルはディエルとディエルの奥さんの子供で、アデルはディエルのことを嫌ってて、シャルはアデルを嫌ってて………

「………………」

ダメだ。もうわけがわからない。どんだけ複雑事情抱えてんだよデュノア家は。昼ドラか。

「……でも、苦労してるんだろうな」

いつも笑顔で優しかったシャルが、こんなに辛いことを抱えてんだよな………。

「……ああ~、会いてぇ~」

なぜか無性にシャルに会いたくなった。というかあの日のことを謝りたかった。

「はぁ~……シャルゥ~……」

ふと、ドアがノックされた。

「桐野くん、いいかい?」

ドアから出てきたのはジョージさんだった。

……

…………

………………

……………………

「ふっ!」

カコンッと小気味良い音を立てながら薪が割れる。後ろにはそこそこの薪の山ができあがっていた。

「今のでラストか」

斧を置いて一息つく。チヨリちゃんのとこといいここといい、なんか農業ばっかやってんな、俺。

「やぁ、ありがとう。助かったよ」

ジョージさんがタオルを投げてきてくれた。

「いえいえ。恩返しになるんなら、安いもんですよ」

「ハッハッハ! やっぱり若いってのは羨ましいな」

そのままジョージさんは置いてあったベンチに腰かけた。

「アデル坊ちゃんも、君くらいの頃はよく手伝ってくれたよ」

俺はふと気になった。

「アデルって、そんないいヤツだったんですか?」

シャルを威圧していたあの姿から、アイツが今の俺みたいに薪割りをするなんていい風景を想像できない。

「ああ。優しい性格の子だった。俺も最初は本邸のほうで働いていたんだが、馬の世話や薪割りを一緒にやったよ」

「全然その印象ないな。あんな冷たい目をしたやつがなぁ」

「……そうなんだ。坊ちゃんは変わっちまった。四年くらい前にな」

ジョージさんは重たく息を吐いた。

「四年前、この別邸にほぼ毎日のよう足を運ぶようになったんだ。来てる気配はあったんだが、顔はあまり見えなくってな。でも久しぶりに見たあの目は……背筋が凍る思いがしたよ。人はあんな冷たい目ができるんだな。それから聞いたよ。ご主人の愛人騒ぎをね」

「…………………」

「坊ちゃんはご主人と奥様を愛してらっしゃった。奥様を愛していると思っていたご主人が愛人を持っていたことがショックだったんだろう。おまけにその愛人と子供を持ったとなれば………っと、すまんすまん。そんな怖い顔をしないでくれよ」

「あ、いや……」

そんな怖い顔してたのかな。

 

けど、なんだか無性に腹が立った。ジョージさんにではなく、ディエルに。

「ごめんなさい。別にあなたに怒ったわけじゃなくて……」

「いいさ。俺は使用人。家の事情に首を突っ込むのはご法度さ。手伝ってくれて助かった。もう行っていいよ」

軽く手を上げて笑うジョージさんに俺は会釈してから屋敷の方へと戻った。

 

「……どうだった? 口に合えば良かったが」

「あ、ああ。おいしかった。ごちそうさまです」

夜、夕食をご馳走になってから、食後に飲み物をもらってディエルと話すことになった。本当は飯を食べてるときに聞こうと思ってたんだけどディエルが料理が来る前に『食後に話をしよう』と先手を打ってきたんだ。

「さて……どこから話そうか」

ディエルはワイングラスを置いてから俺の目を真っ直ぐ見てきた。色々聞きたいことはあったが、まずはこれから聞くことにした。

「シャル……シャルロットとアデルの関係から」

「いきなり話しづらいことから聞くな。……具体的には?」

「シャルロットはどうしてあんなにアデルに怯えるんだ?」

「それか……」

「パニックになって気絶までしたんだ。尋常じゃなかった。何がそこまでシャルを怯えさせる」

ディエルは鎮痛な面持ちで話し始めた。

「……アデルがあの子に男の仕草を仕込んだのは知っているかい?」

「ああ。アデルが自分で言ってた」

「それさ。その仕込み方……いや、教育法と言えばいいか。それが原因だ」

「どういうことだよ?」

「アデルは、私と妻を好いていた。故に愛人との間に私が授かったあの子を妬んでいたんだ」

「……それで?」

「あの頃の私は社の経営に行き詰っていて、知ってのとおり、あの子を『ISを動かせる男』ということで広告塔にしようと考えた。……今思えば、愚かしい考えだったよ」

ディエルの言葉にイラッと来た。

「そんなこと、前からわかれよ。それでシャルロットがどれだけ━━━━」

俺の言葉をディエルは手で制してくる。

「しかし、それよりも愚かだったのがシャルロットの教育をアデルに任せたことだった」

「……俺がわかるように言ってくれないか?」

ディエルは椅子から立ち上がって、俺のところへ近づいてきた。

「アデルは……狂っていた。四年前、私が愛人を持っていたことを知ってから……」

「……………」

「そして今は、私をここに追いやり、社の全権を掌握しようとしている」

いきなりディエルは俺の首にかかっている《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》に触れた。

「な、なんだよ」

「そのIS……君が持っていたのか」

「まあな。シャルロットが学園に置いてったんだ。こんな大事なものを……」

ディエルはラファールから手を離すと近くの椅子に座った。

「君に頼みがある」

 

「頼み?」

 

「……子供たちを……シャルロットとアデルを助けてやってほしい」

「え? アデルも?」

唐突すぎんだろ。シャルロットはともかく、何でアデルまで……

「アデルは……裏の社会に手を染めようとしている」

「裏の社会……? どういうことだ?」

「デュノア社は第三世代型を開発に成功したとはいえ、まだまだ経営面では危ない。アデルはその打開策として、裏社会にISを提供しようとしているんだ」

なんだか難しい話になってきたぞ、オイ。

「その相手は?」

俺の問いかけにディエルは首を横に振った。

「具体的なものはない。高額な金を払う組織なら、あらゆるものが対象だ」

「そんな……!? そんなの条約違反で罰せられるぞ! せっかくイグニッション・プランに組み入れられたのに、それを棒に振る気か!」

「私も止めた!!」

俺が怒鳴るとディエルも怒鳴り返してきた。けど、それはすぐに弱々しい声になる。

「……だが、そのおかげで私はこのザマだ。このままではあの子の身も危険に晒される」

「………………」

おかしい……どうも引っかかる。

「待てよ。泊めさせてもらってる身で言うのもなんだけど、アンタは俺の中ではシャルロットを男として学園に送り込むような最低の人間ってことになってる。それがどうして、子供を助けてほしいなんて……」

 

ディエルの言動は、改心したとか、そういうのを超えている。人が変わったみたいだ。

 

「…………………」

ディエルは俺の疑問に答えることなく、目を伏せた。

「私は、間違っていたんだよ……」

小声だったけど、確かにそう聞こえた。ディエルはそのまま扉に手をかけて出て行こうとする。

「明日の昼頃、ここを出発する。君の服も用意させよう」

「あ、おい待てよ。まだ話は━━━━」

言い切る前にディエルは立ち上がり、扉の向こうへ消えた。

「なんなんだよ……ったく」

デュノア家の人って、みんなああなのか。

 

夜も更けたんだけど、俺はどうも寝つけずにいた。

(ディエル……シャルの父親……。なんか、思ってたのと違うな)

一年前に会った時は俺は怒ってたからそんな余裕なかったけど、よくよく話してみればシャルのことを思ってやがる。

(父親か……。わからない存在だな)

「……ん?」

何とは無しに廊下を歩いていたら、前方は行き止まりなことに気づいた。

 

壁か。そう思ったが違う。扉だった。

「……開いてる」

扉がわずかに開いていて、月明かりが覗いている。

「…………………」

俺が扉に少し力を入れると扉はキィ……と音を立てて開いた。

「誰かの……部屋?」

部屋にはベッドや机、本棚が綺麗に置かれていた。

 

物置の類じゃない。明らかに人が使っていそうな部屋なのに、長いこと使われていないみたいに埃がたまっている。

「………………」

月の光に照らされている本棚の中で、他の本とは別に、はみ出ている一冊を見つけた。

 

取り出してみると、表紙には手書きでタイトルが書かれていた。

「『愛する娘、シャルロット』……シャルロット!?」

まさかと思ってページをめくる。写真のほとんどが小さな女の子とその母親と思える女性とのツーショット写真。

 

「これ……シャル、だよな?」

 

女の子の容姿は確かに幼い。でも、俺のよく知る面影があった。

「じゃあこっちが、シャルのお母さん?」

どの写真でも女の子に穏やかな笑みを見せているその人は、どことなくシャルに似ていた。

「……まさか、ここってシャルの部屋?」

周りを見るが、あんまり確証を得られない。けど、十中八九そうだろう。

「……あれ?」

最後のページに何か挟まっていた。封筒。どうやら手紙のようだ。

(………………)

おいおい俺。それはダメだって。いくら気になるからって、勝手に人の手紙読んじゃあ……。

「……ごめんなさい」

 

短く謝って、既に開封済みの封筒を開ける。

 

二つ折りの便箋を開いて、内容を読む。

 

「……そういう、ことだったのか」

この手紙を、ディエルが読んだのだとすれば、あの態度の変わりっぷりにも納得がいく。

「シャルは……これを知ってるのか?」

考えてみようとしたが、ダメだ。考えてわかるもんじゃないなこれは。

「……明日、シャルに会える」

 

障害はあったけど、俺はこうしてフランスまで来た。

 

全ては、シャルを助けるため。

 

あの悲しそうな顔が、最後に見るアイツの顔であっていいはずがない。

 

「俺は、必ずお前を……!」

 

胸に光るラファールを握りしめて、窓の外の月を仰いだ。

 

 

「…………………」

 

同じ頃、デュノア家本邸。

 

部屋から出ることを禁じられて監禁状態にあったシャルロットは、ベッドに腰を下ろし、生気を失くした目を夜空に浮かぶ月に向けていた。

 

(明日は、あの人が言っていたパーティの日……)

 

明日、アデルは今後スポンサーになり得る企業の人間を集めたパーティを開き、その中で新型ISのお披露目をするらしい。

 

その新たなISの操縦者は、シャルロットだ。

 

(あの人は、僕を道具としか見ていない。当然か………)

 

アデルの立場からすれば、シャルロットは憎むべき対象であることは間違いない。

 

だからああいった仕打ちができたのだ。

 

(でも……もう、どうでもよくなってきちゃったな………)

 

胸に手を当てる。男物の服越しに、サポーターの固い感触を感じた。

 

(このまま使われ続けて壊れてしまうなら、それはそれで構わない……)

 

落ちる涙も枯れ果てて、シャルロットの顔には、諦めたような薄い笑みがあった。

 

(これが、僕の末路か……)

 

「……まだ起きていたのね」

 

「………?」

 

扉のほうから声がした。自分を泥棒猫の娘と罵ったアンリが、そこにいた。

 

「寝てたら寝てたでよかったけど、まあいいわ」

 

そのまま部屋に入り込んで、アンリはシャルロットの前に立った。

 

この屋敷に来た時以来顔を合わせていないアンリが、今度こそ殴りに来たのだろうと、判然としない思考がわずかに揺れる。

 

「…………………」

 

シャルロットの曇りガラスのような瞳に写るアンリは、立ちはだかったまま動かない。

 

「ひどい顔だこと。生きてるのか死んでるのか、わからないわね」

 

「…………………」

 

変だ。なぜ殴らない。なぜ話しかけてくる。

 

シャルロットの頭に歪んだ疑問符が浮き上がった。

 

「私は、あなたが妬ましい」

 

アンリは、シャルロットにはっきりと言い放った。

 

「あなたの母親もよ。私の主人を誑かして、あなたという子を産み落とした」

 

「……………………」

 

「あの人の不倫を知った時には、あの女はもう死んでいた。あなただけがいたのよ」

 

アンリの目が、一瞬揺らいだ。

 

「勝ち逃げされた気分だったわ。自分だけ楽しんで、文句の一つも言わせないでいなくなって……」

 

母を嘲罵する声に、シャルロットの目にほんの少し光が戻る。

 

「あなたに私の気持ちがわかる? 目の前に、夫の愛人の娘が現れた時の私の気持ちが。私はあの人の妻よ。あの人を出来る限り愛した。それなのに……!」

 

シャルロットはその女の姿に孤独を感じた。

 

「だから、あなたの頬を張った時、気分がよかったわ。一矢報いることができたんじゃないかって。でも、そんなことはなかった。むしろ、自分の中の何かが壊れる音がしたわ」

 

アンリは自分の右手をぎゅっと握りしめた。

 

「でも、それだけじゃなかった。アデルが、あの子がおかしくなってしまった。あの子だけじゃない。あの人も…………」

 

「………………」

 

「私は止めたのよ。あなたを男に仕立て上げようなんて馬鹿げた計画をね」

 

「…………………」

 

「私が何も知らないと思った? 素人目にも無茶なのはわかってたわ。だけどあの二人は止まらなかった。あとは、言わなくてもいいよね」

 

アンリは、シャルロットの両肩に手を置いて、シャルロットの細い首を両手で掴んだ。

 

「あなたが━━━━あなたたち親子が、私の家族をおかしくした……。あなたたちがいなければ……!」

 

シャルロットの首を絞める手の力が強くなる。だが、シャルロットの表情は消えたままだ。

 

「…………………」

 

「……………なんで抵抗しないのよ……!」

 

暗い熱を持った眼差しが、同じく熱い声とともに浴びせかけられる。

 

「なんで言い訳の一つもしないのよ!」

 

シャルロットは、虫の鳴くような小さな声で、アンリに答えた。

 

「……これが、僕の、義務………だから………」

 

「義務……!?」

 

「遺された僕には、あなたの憎しみを受け止める義務が……ある………。それで、気が済むのなら……」

 

「……っ!」

 

アンリに突き飛ばされて、シャルロットはベッドに身体を倒した。

 

「どうして、そんなに優しいのよ……!」

 

浅くなっていた呼吸を整えていたシャルロットに、アンリは呻く。

 

「こっちがますます惨めになるじゃない……!!」

 

そして弾かれたように部屋から駆け出ていった。

 

一人になったシャルロットは、首に残る鈍痛を感じながら、目を閉じた。

 

(……僕の義務………そうだよね。お母さん………)

瞼の裏の、記憶の中の母の笑顔。シャルロットは、逃げるように、眠りの中に意識を投げた。


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