IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
「……………………」
目を開けると、前と同じように、俺はあの写真がたくさんある部屋にいた。
「またここからスタートか……」
飾られている写真はどれも顔が黒く塗り潰されている。首を触れば、やっぱりセフィロトも前と同じようになくなっていた。
(今回はちゃんと戦術を考えないと……)
俺は腕を組んで考え始める。
まず、セフィロトはBRFを搭載しているからビームは効かない。おまけに接近戦のレベルも高い。こうなってくると、手段は必然的に絞られる。
(実弾での遠距離戦、かな)
うん。とりあえずそれで行こう。立ち上がってドアを開ける。
「……………」
扉の向こうに、ヤツがいた。
「うわああああっ!?」
もの凄いスピードで後ずさる。
不意打ち! これ立派な不意打ちだよな!?
「い、いきなりすぎるだろ! なんでもういるんだよ!」
「別に、俺がどこにいようが関係ないだろ」
白目と黒目が反転している『俺』は俺と同じ声で言ってきた。
セフィロトは展開しておらず、今の俺と同じ格好をしている。
「お前の考えてることは分かるんだよ。実弾での遠距離戦闘だろ?」
「……!」
部屋に入ってきた『俺』が俺の考えていたことを当てやがる。
「だから俺はこうして、その戦術を潰すためにわざわざ足を運んでやったんだ。ありがたく思え」
「偉そうに…! お前はいったいなんなんだ! 俺と同じ顔、同じ声! それとその性格! マドカより質が悪いぞ!」
「お前こそ何を偉そうに言ってる。自分のことをよくもまあそんなに罵れたもんだ」
『俺』は見下すようにしながら近づいてきた。前はよく分からなかったけど、『俺』の肌は死人みたいに真っ白だった。
「どういうことだよ」
「いいか? 『俺』を含めたこの空間は全てお前が作り上げている。つまり『俺』はお前で、お前は『俺』だ」
「俺の、深層意識…………」
「そうだ。お前が忘れていることを『俺』が一身に受け止めている」
こめかみのあたりをトントンと指で叩きながらドヤ顔をしてくる。自分のドヤ顔って、ちょっとイラッと来るな。
「待てよ。この空間全体がって……てことはこの顔を塗り潰された写真も、俺が忘れているものなのか?」
「さあな。けどよぉ、そんなことを聞くためにここに来たわけじゃねえだろ?」
「……………!」
『俺』の周りを取り巻く空気が変わった。
「はあっ!!」
瞬間、『俺』の足元から真っ黒なオーラが溢れ出す。
「お前が何をしに来たのかは、分かってるんだぜ?」
オーラが消えると、そこに立っていたのは真っ黒な装甲…セフィロトを展開した『俺』だった。
「ほら、来いよ。《G-soul》を展開してみせろよ」
手に持った大型ビーム砲の砲口をこっちに向けてきた。
「お前に言われなくても……!」
左手に意識を集中させて、G-soulを展開する。
「そうだ。それでいい!」
その言葉の直後、真っ赤な光線が飛んできた。
「っ!」
躱すと、ビームは壁に激突して外へ通じる大穴を開けた。
「こんな狭いところで戦うのも面倒くせぇ! 来い!!」
『俺』は壁に開いた穴から外に出て行った。
「待ちやがれっ!」
追いかける。外に広がっていたのは、どこまでも続く森林だった。遠くには山が見える。
(これを……俺が忘れている……?)
ここがどこなのか思い出そうとしても、まったく心当たりがない。けど、どこか懐かしかった。
「そらそらどうしたぁ! 来ないならこっちから行くぜぇっ!!」
『俺』がブレードを片手に高速で接近してきた。通常時でも、セフィロトは十分速い。
「ちっ!」
俺も外に飛び出してビームソードでそれを迎え撃つ。俺と『俺』の間に火花が散った。
「ちゃんと本気出せよ? じゃねえとまた敗けちまうぞ!」
「ああ、ご忠告ありがとよ!」
もう一本のビームソードのグリップを取り出して『俺』に向ける。
「お?」
「食らえっ!」
そしてグリップからビームソードを伸ばす。光の剣ははまっすぐ『俺』の顔に向かった。
「……ふん」
しかしそれは顔を逸らすことで躱される。
「はあああっ!」
同時に、構えていたビームソードでブレードを払い、斬撃を浴びせる。
「最初の攻撃は囮だ!」
「ぐあっ!」
手応えがあった。ビームソードの斬撃はセフィロトの装甲を捉えていた。『俺』の姿勢が崩れる。そこに蹴りを叩き込んで地面に落下させる。
『俺』が木に激突したのか、落下地点の木が倒れた。土煙で『俺』が視界から消える。
(どうだ……?)
地表に降りて目を凝らした時、青い光が飛び散った。
「グオォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!」
「!!」
衝撃が俺に襲い掛かった。咆哮で土煙が霧散して、出てきたのは装甲の継ぎ目からサイコフレームを輝かせるセフィロトだった。
「……………」
とてつもないプレッシャーだ。結構距離は離れてるはずなのに身体が小刻みに震えてしまう。鼓動するように明滅する光の中、『俺』はクローアームを垂らして動かない。
「……フフッ」
「?」
「フフフ……! ハハハハハハハハ! ハハハハハハハハッ!!」
「な、なんだ……?」
顔を露わにした『俺』が、いきなり笑い声を弾けさせた。
青い光を発する装甲に身を包み、四本のクローアームを生やして大笑いする姿は、相当マッドだ。
「なんだ! 何がおかしい!」
俺が聞くと、笑いながら答えてきた。
「お前がおかしいんだよ。なにもできないくせに、やれ助けたいだのなんだのと……! おかしくて笑っちまうってんだよぉ!!」
「!?」
『俺』がその場から消えた。直後、目の前にクローアームを広げた姿で現れる。
「うああっ!」
シールドエネルギーが抉られて、身体の中を激痛が走る。
「そうらよっ!」
「ガハッ………!」
さらに背中の二本のクローアームが拳になって俺を殴り飛ばした。吹き飛ばされた俺は地面を転がり、木に激突した衝撃で背中に焼けるような痛みを感じた。
「結局お前なんてその程度のもんなんだよ! 誰も助けられないで! 一人で泣き寝入りだ!」
「ぐっ……くっ………!」
「そんなヤツに、このISを使いこなそうなんて……シャルを助けるなんて無理なんだよ!!」
その言葉に、俺はキレた。
「……《G-spirit》!!」
G-spiritを発動。背中のビームウイングで一気に『俺』との間合いを詰める。
「うおおおおっ!」
射程に入った瞬間にGメモリーセカンド《アトレシオン》を起動。背中にブースターが追加して、両腕に実体剣が装備された。
「ハッ!」
左右から挟み込むように斬りかかると、向こうも左右それぞれ二本のクローアームで受け止めてきた。
「ふざけるなっ! お前は俺なんだろ! ならなんでそんな悲観的なんだよ!」
「事実を言ってるだけだろうが!!」
「シャルを助けたいっていうのが、いけないのか!?」
身を捻って強引にクローアームを振り払い、両腕の剣でセフィロトの装甲を切り裂く。
「ウガアァァァッ!」
「俺の考えてることがわかるってんなら、それくらいわかるだろ!!」
突きの攻撃で距離を取る。
「ハァ……ハァ………」
息が上がっていた。戦闘でこんなに疲労するのは中々ない。
「……………」
斬撃を食らった『俺』の纏うセフィロトのサイコフレームが、装甲から露出している。
『俺』は飢えた獣のような目をして、睨みつけていた。
「なんで……!」
「あ……?」
『俺』は顔を歪ませて、貫くような叫びをあげた。
「なんでお前は絶望しない!!」
「!?」
『俺』の白黒反転の目から涙が溢れていた。
「ツクヨミは『俺』の家だった! それが無くなったんだぞ!? なのにお前はどうして平気でいられるんだ! どうして自分のことを放っておいて、他人にかまけてられるんだ! 異常なんだよ! お前は!!」
「俺が、異常……!?」
『俺』のその言葉の一つ一つが、内側に響いてくる。
「人の心はそんなに強いものじゃない! 俺が! 俺こそが! お前のあるべき姿のはずだ!!」
その慟哭は、俺の独白。俺の心の内なる叫び。
「お前が、俺のあるべき姿……?」
「そうさ! 俺がお前の正体だ!」
『俺』は断言した。自分こそが俺の正体だと。
四本腕の、黒く禍々しいこの姿が、俺の正体だと。
(だとしたら……俺は……………)
「いい機会だ。お前を飲み込んでやる! そうすれば俺がお前を乗っ取って、俺の意識が外に出られる!」
「…………………」
「そうすれば俺は自由だ! 何不自由なく暴れることができる!!」
『俺』の言葉を聞き、ようやく理解した。
(ああ、そうか)
「まずはスコールだ! あいつがツクヨミを壊して所長たちを殺した! 探し出して真っ先に殺してやる!!」
(俺が忘れようとしていたのは……)
「俺から全てを奪ったあの女も、俺を一人にしたこの世界も! 全部、全部ぶっ壊してやるんだ!!」
(これだったんだ━━━━)
「………………」
G-soulの展開を解除。地面についた足を動かして、『俺』に近づく。
「俺を傷つけたものは、全て破壊する!!」
『俺』の背中からクローが飛んできた。その一つが頬をかすめる。けど、これで『俺』の前に立つことができた。
「なんだよ……! 全部お前が思っていたことだろ!!」
右腕のクローが迫り━━━━止まった。
「……そう、だよな」
俺は『俺』の白い頬をそっと撫でた。
「ごめん。本当はわかっていたんだ」
「………………………」
「確かにお前の言うとおりだ。ツクヨミのことも、所長のことも……」
「なら━━━━!」
「でも……悲しいじゃないか。復讐だけを考えてたら……何かを憎むことだけを考えてたら、壊れちまうよ。だから俺は忘れようとしてたんだ。ずっと押し込んで、見て見ぬ振りをしてた」
「………!」
『俺』がクローアームを下ろした。
「お前のその怒りも悲しみも、忘れちゃいけないものだったんだな……」
「…………そうだ。そうじゃなきゃ、俺は━━━━」
「だけどお前が俺ならわかるだろ? シャルを助けたいっていう、この気持ちが」
「……ああ」
『俺』が短く頷くと、セフィロトのサイコフレームの光から消えた。
それと同時に、視界にヒビが入って、今まで見えていたものが弾け飛ぶ。
白い空間に、二人の俺が向かい合った。
「やるからには━━━━絶対に」
「わかってる。シャルを助ける」
答えてみせる。『俺』は小さく笑った。
「ヘマこいたら……承知しないからな」
『俺』がセフィロトごと消えた。黒い光の粒子になったセフィロトは俺の首にチョーカーとして巻き付く。
「………………」
視界が、眩しい光に包まれた。
◆
「……………」
目を開けて最初に見たのは、俺に向き合って膝を抱えて座っているチヨリちゃんだった。
「……戻ってきたか。早かったの。まだ一時間も経っとらんぞ」
「チヨリちゃんのアドバイスが役に立ったんだよ」
椅子から立ち上がる。
「大切なものを奪われた怒り、悲しみ………それを、人の心を力に変えるサイコフレームは歪めて増幅させていたんだ。だから俺は……」
「よい。自分でわかっているのなら、それで十分じゃ」
チヨリちゃんに部屋を出るように促され、部屋の外へ。
「もうおぬしがここに居る理由はないのぉ。もう行くか?」
「あ、ちょっと待ってくれ」
「なんじゃ?」
「少し……工具を貸してほしいんだ」
俺の言葉に、チヨリちゃんは首を捻った。
……
…………
………………
……………………
…………………………
「……お別れじゃな。忘れものはないな?」
「ああ。短い間だったけど、世話になったよ」
瑛斗はチヨリと別れの言葉を交わしていた。
「今度は、観光目当てで来ようかな」
「ふっふっふ……いつでも来い。茶くらい出してやるぞ」
二人で笑い合う。
「……それはさておき、チヨリちゃん」
笑い終えた瑛斗は真面目な表情になる。
「これ……どゆこと?」
瑛斗は今の自分の状況を理解できずにいた。
「なんで━━━━人間大砲?」
瑛斗の今の状況は、G-soulを展開した状態で大きな筒状のものに突っ込まれているという中々シュールなものであった。
前方では密かに設けられていた大型シャッターが開かれ、星の瞬く夜空が覗いている。
「ワシの発明品の一つじゃ。この装置を使えば、どんな遠いところへもひとっ跳びじゃ」
グッと親指を立てるチヨリに瑛斗は吠えた。
「いやいやいやいや! おかしいおかしい! この文明時代にこんな原始的な運送方法はないって!!」
「安心せい。目的地へはしっかり送ってやるぞ。フランスじゃろ?」
「え! な、なんでそれを?」
瑛斗はまだ自分の停学期間が終わってないことを利用して、フランスへ行こうと考えていたところであったが、そのことはチヨリには話してはいないはずだった。エリナあたりに頼もうと思っていたのだ。
「なに、簡単なことじゃよ。農作業の時のおぬしの話にちょろっとその言葉が出てきたじゃろ?」
「………大丈夫なの?」
「ワシを誰じゃと思っておる。天才美女発明家のチヨリちゃんじゃぞ! ………成功確率は30パーセントくらいかの」
「やっぱ無理ぃぃぃっ! 降ろしてぇぇぇぇ!!」
筒の中で暴れる瑛斗だったが、簡易アームに掴まれて、足を穴の底のアタッチメントに固定された。
「え!? なな、なに!?」
「ハイパーセンサーを着けておけ。並みの速さではないぞ。音速に近い速度になるからの」
カタカタカタカタ……。
チヨリはキーボードを操作して、
「ちょ、ちょ、ま━━━━!!」
「グッドラックじゃ」
ポチッと、ボタンを押した。
ドシュッッッッッッッッッッッッ!!!!
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………!!」
超高速で瑛斗は射出! そのままあっという間に夜空へキラン! まさしく人間大砲であった。
「……やれやれ。久しぶりに楽しい思い出ができたわい」
遠く、すでにもう見えない瑛斗を見送りながらチヨリはつぶやく。
「いつまでそこに隠れておるつもりじゃ? ……………スコール」
「あら、気づいていらっしゃったの?」
この空間と住居スペースを区切る壁の前に、長い金髪で、赤いドレスを来た美女の姿があった。
「気づくに決まっておろう。瑛斗に顔を見せんでよかったのか?」
「そんなことしたら、私が殺されちゃうわよ」
「わからんぞ? 今のあやつなら………」
「やめましょ。私も疲れてるの。難しい話はなし」
「よく言うわ。この山を二時間足らずで登ってきて汗一つ垂らさない女が」
チヨリの言葉にスコールは目を細めた。
「若いうちは、よく動かないとね」
「まあよい。で、何をしに来たんじゃ?」
チヨリの目には、およそその幼い容姿からは想像できない鋭い眼光が宿っていた。
「……現時刻をもって、計画を次の段階へ移行します」
「まあ、そうなるじゃろうな」
「忙しくなりますよ。『亡国機業技師長』さん?」
「その肩書き、あまり好きではないんじゃが……」
「でも、あなたが発明した機器は組織の役に立っているわ」
「ふん……」
パチン、とチヨリが指を鳴らした。
すると整然と並べられた発明品たちの間の床下が開き、人型のロボットが姿を現した。
瑛斗たちが以前戦った緑色の装甲の機体や、赤色と青色の装甲を持った機体が、まるで統率のとれた兵隊のように整列している。
「こんなものが役に立つようになるとは……世も末じゃな」
嘆くように言うチヨリにスコールは笑った。
「でも、もうすぐ私たちの宿願も果たされるわ」
「だと良いのぉ……。で、用はそれだけか?」
「いいえ。まだもう一つ」
「なんじゃ?」
「……久しぶりにここに来たんですもの。なにか飲みましょ?」
スコールの表情は穏やかになった。それを見てチヨリも顔を綻ばせる。
「ふっふっふ……では大人の時間と洒落こむかの。瑛斗がおったんじゃ飲めるものも飲めんかった」
ガションガションと足音を鳴らしながら、一体の戦闘義構が酒の入った一升瓶を持って来た。
「それじゃ、禁酒開けの酒豪さん。今日は飲みましょうね。酔いつぶれたら帰れなくなっちゃうから、あんまり私は飲めないけど」
「大丈夫じゃ。いざとなったらアレで帰してやる」
チヨリが示した『アレ』とは、瑛斗をフランスへすっ飛ばした人間射出機。
「全力で遠慮させてもらうわ」
スコールは、結構真面目な表情でキッパリと言った。
◆
「ああああああああああああああ!!」
空を飛行(?)している瑛斗はすでに日本の領空を脱していた。時速は音速に近い。
(こ、こんな方法で行くことになるとは思ってなかった……!!)
横をもの凄い速さで流れていく雲を見ながら思う。
(停学期間はあと三日……それまでになんとしてもシャルを……)
瑛斗の脳裏には、シャルロットの顔が浮かんでいた。
(アイツは突然いなくなるようなやつじゃねぇ。きっと何かあるはずなんだ!)
口が動くことを確認してから、息を吸う。そして、叫んだ。
「シャルゥゥゥゥゥゥゥゥ!! 待ってろよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
その叫びは、超高速で流れていく星々へと吸い込まれていった。