IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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内なる己との邂逅 〜または忘却した世界の住人〜

「ワシはの、ISというものが世間に広まってしばらく、様々な企業が発表していくISに不満を抱いておった」

木の板で構成された廊下を進むチヨリちゃんが不意に口を開いた。

「安易な操縦プログラム。脆弱な装甲や内部機構。せっかくのISが宝の持ち腐れに成り果てておる。じゃからワシはサイコフレームを開発したんじゃ。サイコフレームはワシが作り上げた傑作じゃ。機動性と機体強度の底上げ、そしてなにより使い手の思考をダイレクトで受け止め繋ぐそのシステム……我ながら申し分のないものじゃったよ」

「サイコフレームって、どのくらいこの世界に出回ってるんだ?」

俺の問いに足を止めてこっちを向いてから答えた。

「まともに使えるのは四つじゃ」

「四つ? それだけ?」

「ああ。二つは一年以上前にここに来たエージェントに売った。残った二つは……知り合いに売った」

 

「でも今の言い方だと、他にもあるんだろ?」

 

「試供品程度にの。フル・サイコフレームにするには全く足りん」

ちょっと待てよ。サイコフレームは四つだけって、俺の《セフィロト》と、スコールの《セフィロト》。それと戸宮ちゃんの《フォルヴァニス》と蘭の《フォルニアス》……ん?

「じゃあ、俺ってその全部を知ってる」

「ほう、そりゃすごい」

「でも……二つは壊した」

「なんじゃと?」

「あ、いや、実は俺はご存じの通りサイコフレームを使いこなせてない。セフィロトのサイコフレームが起動したときは決まって暴走してるときだ。最近の暴走で、サイコフレーム内蔵のISを二機ほど襲った。そのときに……」

「……なるほどの。やはりそうか」

怒られるかと思ったら、そうでもなかった。むしろチヨリちゃんは納得したようにうなずいた。

「おぬしのセフィロトに使われているサイコフレームは、『抑止力』なんじゃよ」

「抑止力?」

「そのセフィロトに使われているのはワシが最後に造ったサイコフレームじゃ。万が一、サイコフレームを悪用しようとする者が現れた場合、そのカウンターとなるように造った。目には目を、歯には歯を、というわけじゃ」

 

「へぇ……つまり『対サイコフレーム用サイコフレーム』ってことか」

「じゃから、おぬしの運用法としては間違ってはおらん。あとは、それをいかに制御するかじゃ」

チヨリちゃんはそう言うとまた歩き出した。

「ま、壊されたと聞くとちぃとばかし残念じゃながのぉ」

気にしてないと思ったけど、ちょっと気にしてるようだった。

 

「壊したのが二つ。おぬしが持ってるのが一つ。残りの一つは?」

 

「…………盗まれた。サイコフレームを積んだISごと。亡国機業ってやつらに」

あの金髪の女の顔がちらつく。俺は固く拳を握った。

 

「そうか。それは残念じゃ。……さて、ここが研究所の入り口じゃ」

目の前に現れたのは壁だった。

「いや、思いっきり行き止まりじゃん」

「まあ見ておれ」

チヨリちゃんはその壁に背を付けた。すると壁が回転してチヨリちゃんは壁の向こうに消えた。

「え!? ええ!?」

驚いた俺は壁に手を付けた。

「うわあっ!?」

そしたら壁がそのまま回転して俺を壁の向こうに飲み込んだ。バランスを崩した俺は顔面から床に激突。

「いててて……」

「何しておるんじゃ。ワシの動作を見とったじゃろうに」

チヨリちゃんが倒れた俺を見下ろして言う。

「い、いや、あはは……」

そして俺はこの空間に広がる光景に息を呑んだ。

「うわ~……すっげ~」

「じゃろじゃろ? すごいじゃろう?」

チヨリちゃんはえっへんと胸を張る。目の前には見たこともないような様々な機材のパーツが整然と並べられてて、パッと見は何に使うのかよく分からないけど、ただただ壮観だった。

「ああ、すごいよ。これ本当に全部チヨリちゃんが?」

「もちろんじゃとも。ワシがこの山に住むようになった三十年前から造っておってのぉ。数も相当なもんじゃ」

「ほ~……ん? チヨリちゃん、あの扉は?」

俺は数メートル先にある大きな扉を指差した。

「もしかしてまだ別の開発品?」

好奇心と、研究者としての血が騒ぎ、扉のドアノブに手をかける。

その時、

「やめておけ」

首筋に冷たい感触があった。

「え━━━━?」

振り返ると、鋸を俺の首元に置いたチヨリちゃんがいた。

 

(どっから取り出したんだよ……!)

鋸の刃から発せられる冷気が首筋を撫でる。

 

「やめておけと言っているんじゃ。その部屋に入ったら、殺すぞ」

その眼光が、さっきとはまるで別人のような恐ろしいものを帯びていた。

「わ……わかった」

俺はドアノブから素早く手を離した。

「うむ。手荒な真似してすまなかったの」

「や、はは、うん。俺が悪かった」

「女子にはの、見られたくないものの一つや二つあるんじゃよ」

チヨリちゃんは俺をこの馬鹿広い空間の奥に案内した。今度も扉があったけど、さっきのとは違って小さな感じだった。

「ワシが案内したかったのはこっちの部屋じゃ。入るがよい」

開かれた扉の向こうを覗くと、小さな部屋で、真ん中に椅子が置いてあった。

「ここでおぬしにサイコフレームの制御を学んでもらう」

「ここで? てっきり滝に打たれたりするのかと思ったぞ」

「そんな古風な修行で使いこなせるようになったら、苦労せんじゃろ?」

「確かに。……で、具体的にはどうするんだ?」

見たところ、修行に使うそれっぽい何かがあるわけでもない。

「ほれ、そこの椅子。それに座れ」

「? こうか?」

言われた通りに座る。

「準備は完了じゃ」

「いや準備ったって、座っただけ━━━━」

いきなりセフィロトが熱を帯び始めた。

「な、なんだこれ!?」

見れば部屋全体が鼓動するように様々な色の光を放っている。

 

立ち上がろうとしても身体が動かない。見えない何かで椅子に縛り付けられているようだ。

「チヨリちゃん! これは!?」

俺は扉によりかかってこっちを見てるチヨリちゃんに聞いた。しかしチヨリちゃんは薄い笑みを浮かべて、こういうだけだった。

「会ってこい。内なる自分と」

「!!」

次の瞬間、俺の視界は暗転した。

「……………んぅ?」

最初に感じたのは、光。そして、だんだんと暖かさを感じた。

横を見ると、窓から日差しが差し込んでいた。身体を起こして立ち上がる。どうやら床に倒れていたみたいだ。

「ここは……?」

 

周囲を見渡す。部屋だった。さっきまでいた椅子があるだけの小部屋とはまるで違う。ホテルのように大きな部屋だ。

 

「チヨリちゃん? チヨリちゃん!」

 

あの不思議な女の子の名前を呼んでも、返事はない。

 

「あ……」

 

壁やテーブルに、写真が飾られていた。だけど、写真という写真に写る顔は黒く塗り潰されている。

男の人の顔も、女の人の顔も、子供の顔も全部。全部が等しく塗り潰されていた。

「なんだこれ……」

近くに置いてあった写真立ての中の写真を見て、ふと気づいた。

「セフィロトが……なくなってる……!?」

ガラスに映る自分の首に、すっかり見慣れていた黒いチョーカーが着いてなかった。

「《G-soul》は……あるよな」

左手にはG-soulがしっかりある。試しに右手だけ展開してみたら、普通に展開できた。なんでセフィロトだけなくなってるんだ?

「………調べてみるか」

扉を開けて部屋の外を覗くと、誰もいない長い長い回廊が続いていた。

「どこだよ。ここ……」

とりあえず進んでみる。廊下の壁にも写真が飾られていた。だけど全部さっきの部屋と同じように顔が塗り潰されている。

十分ほど歩きまわったところで、一つの大きな扉の前に着いた。

「この部屋はなんだ?」

両開きの扉を開けて入ってみると、荒れ果てている、としか言いようのない景色が飛び込んできた。

 

窓は割れていて、壁にもヒビ。そしてあちらこちらに置いてある機械は、完膚なきまでに叩き壊されていた。

「………………」

この部屋の異様な空気に茫然としていると、後ろから足音が聞こえた。

「誰だっ?」

振り返ると、そこにいたのは黒い塊だった。

「!?」

俺は反射的に一歩飛び退く。しかしすぐにその黒い塊が何か気づいた。

「……セフィロト……?」

 

真っ黒な装甲が、俺の眼前にいる。

 

その顔は機体色と同じ黒いフェイスマスクに隠されていて、見ることができない。

 

「どうして、セフィロトが……!」

 

セフィロトが光り出した。装甲の継ぎ目から溢れ出す青い光。これは━━━━!

「サイコフレーム!?」

一夏たちから聞いていた、セフィロトのサイコフレームの光の色。それがセフィロトを包み込んだ。

「ウゥゥゥゥ……! ガアァァァァァァァァァァァッ!!!!」

身体がビリビリと震えるような叫び声が轟く。

 

光が収まると、そこにいたのはサイコフレームを発動させたセフィロトの姿だった。黒い装甲の奥で、青い光が鼓動するように明滅している。

両手の透明な青い結晶が起き上がり、左右それぞれ五本の指を包み込む。あれがクローアームか!

(ヤバい━━━━!)

そう思ったときにはセフィロトは俺に突進してきていた。咄嗟に横っ飛びで回避する。

「くっ…! G-soul!!」

G-soulを展開してビームソードを構える。しかしすぐにそれがダメだと気付いた。

(セフィロトにはBRFがある……!)

こうなるとビームソードもビームガンも意味がない。

「だったら! Gメモリー! セレクトモード! セレクト! アトラス!」

Gメモリーからアトラスを選択してG-soulの形状を変える。右手の実体剣《アトラス》を構え、左手にもロングブレードを持つ。

「はあああっ!」

「ガアァァッ!」

実体剣とクローアームがぶつかり合い、火花が散る。

「……っ! お前は誰だ! なんで俺のセフィロトを使ってやがる!」

「………………」

セフィロトの操縦者は俺の問いに答えることなく、ギリギリとクローアームを押し込んでくる。

「黙ってるなよ!!」

クローアームを押しのけて、バランスを崩したところにロングブレードを運ぶ。

「ガアッ!」

「なっ!?」

突如セフィロトの背中からもう一本のクローアームが伸びて、ロングブレードを弾いた。

「グウゥゥゥッ!」

「うわぁっ!?」

さらにもう一本のクローアームが俺を殴り飛ばし、吹き飛ばされた俺は壁に激突する。

「っててて……!」

起き上がったところにニ十本のワイヤーに繋がったクローが飛んできた。

「チッ……!」

すんでのところなんとか躱した。

 

「ガァァァァ……!」

 

見ると、セフィロトには両腕とは別に、背中からも二本のクローアームが生えていた。

「相当エグいな……」

思わず口から言葉が零れる。まさしく化け物だ。あんなのと一夏や楯無さんは戦ったのか……!

 

そしてまたセフィロトが動いた。

「グゥゥゥ……!」

身体を縮めて、何かを溜めるような姿勢だ。それに次いでサイコフレームの輝きも大きくなる。

(何か来る!)

俺はG-soulをノーマルモードに戻して、BRFシールドを構えた。

「ガァァァァッ!!」

刹那、サイコフレームから青い光がビームとなって放たれる。照準なんか決めていない、四方八方、全範囲への攻撃だった。

「なんつー無茶苦茶だよ……!」

BRFでなんとか防ぐが、これじゃあ近づけない。

「こうなりゃ……G-spirit!」

G-soulを第二形態の《G-spirit》に変化させて、ビームウイングとBRFアーマーの二枚重ねの防御でビームを無力化する。

攻撃が止んだ。

「………………」

セフィロトは攻撃の反動なのか動かない。今がチャンスか!

「G-spirit!!」

G-spiritは俺に答えるように一撃必殺のGメモリー、ボルケーノに姿を変えた。

「一気に決める!」

ボルケーノブレイカーを作動させ、背中の放熱ウイングを展開する。

「うおおおおおっ!!」

高速でセフィロトに接近する。セフィロトも四本のクローアームを構えて俺を待ち構えている。

「おおおりゃああ!!」

バリバリバリバリバリバリッ!!

激しいスパークが起こる。ボルケーノブレイカーは確かにセフィロトのエネルギーを吸収していた。

「……………」

(もう少し……!)

右腕に力を込めたところで、異変が起きた。セフィロトの顔を隠していたフルフェイスマスクに亀裂が入り、砕けたんだ。

「……………………」

その顔は━━━━━━俺だった。

「……どういう、ことだよ………」

見間違えるはずがない。

 

俺の目の前にいたのは間違いなく俺自身だった。

 

けど、目が違う。白目と黒目の位置が反転していて、表情も無い。

「俺と同じ顔……!?」

「……悲しいな」

「!」

セフィロト━━━━いや、目の前の『俺』はぽつりと言った。

「こんな……こんな無駄なことを……!」

みるみるその無表情は怒りに変わり、ボルケーノブレイカーを背中のクローアームで握りしめた。

「はああっ!」

ドガッ!

掴んだ右腕を起点にして、そのまま俺は地面に俺を叩きつけられた。

「ぐあっ!」

痛みに苦悶する。

 

「━━━━死ね」

 

「!?」

目の前に、クローアームが飛び込んできた。

 

「!」

 

視界がまるでテレビの場面転換のように切り替わっていた。

 

「はあ……! はあ………!」

うまく呼吸ができない。頭と身体が状況の変化についていけていなかった。

「やっと起きたか」

横から声が聞こえた。声のした方に顔を向けると、チヨリちゃんが正座して座っていた。

 

服が作業着から浴衣のようなものになっている。どうやら寝間着のようだ。

「俺は……いったい……」

 

ようやく落ち着いた俺は、布団の中にいたことに気づいた。場所も、あの部屋からチヨリちゃんが生活している和式の家屋になっている。

「『向こう』でこっぴどくやられたようじゃのぉ」

「……………」

そうだ。俺は『俺』にやられて……

 

「チヨリちゃん……俺………」

「なんで生きているのか、という顔じゃな」

 

「おぬしが今まで見ていたのは、おぬしの深層意識」

「深層……意識?」

「普段は表に決して出ることのない感情、記憶。それらの総称じゃ。人間は誰もが自分でもその存在を忘れ………いや、無意識のうちに消しておる。おぬしにはあの部屋でそれを無理矢理呼び起こさせてもらった。おぬしは、何を見た?」

 

「……変な屋敷に、もう一人の俺。それと、顔が塗り潰された写真………」

 

「……そうか。それが、おぬしの奥底にある世界じゃ」

 

俺の世界……あんなにわけのわからないものなのか。

「研究所の部屋は、いったいなんなんだ?」

「あの部屋はサイコフレームでできておる」

「え……!?」

「驚くことはなかろう。サイコフレームはワシの発明品。いくらあっても不思議ではなかろうて」

「そりゃ、まあ……」

「深層意識とは、要は仮想空間じゃ。向こうで死んでも、こっちでは死なん。引き戻されるだけじゃ。じゃが、ちなみに言うとおぬし、三日間意識を失っていたぞ」

「三日も……!?」

「相当なショックを受けたようじゃの。セフィロトのせいもあるようじゃが………」

そこまで言うと、チヨリちゃんは俺が寝ていた布団の間に潜り込んできた。

「ちょ……なにやってんの……」

枕に頭を乗せたチヨリちゃんは小さく笑った。

「生憎、この家には布団が一つしかなくてな」

「じゃあ、俺が出るよ」

「構わん。昨日も一昨日もこうして同じ布団で寝たからの」

「……………」

ここはツッコミを入れるべきなんだろうけど、そんな気力すらなかった。

「三十年も山に籠っとるとな、人肌が恋しゅうなるときがあるんじゃよ。おぬし、あったかいのぉ」

「……そんなに嫌なら、山を下りて町で暮らせばいいじゃねぇか」

俺がそういうと、チヨリちゃんは顔を天井に向けた。

「ワシはな……ちょっとしたお尋ね者なんじゃよ」

「お尋ね者? 犯罪者なのか?」

「いや、今まで、これっぽっちも罪は犯してはおらん。しかし山の外にはワシが表に出れば黙っちゃおらん連中がうようよいるんじゃ」

その横顔が、なんだかひどく寂しそうに見えた。

「ただ、一つだけ罪を犯したと言うなら……」

「言うなら?」

チヨリちゃんはこっちを向いた。

「……自分の容姿が美しすぎることかのぉ。ふっふっふ」

「……………」

なんて返したらいいのか考えていると、チヨリちゃんは小さな手のひらを俺の頬に置いた。

 

「さて、今回の修行のヒントを教えようかの」

「……このタイミングでか」

「まあ聞け。よいか、深層意識内の出来事を否定するな。目を背けるな。受け入れるのじゃ」

「…………どういうことだ? それ」

「すぐに………わかる……」

チヨリちゃんは、力尽きたようにすぅすぅと寝息を立て始めた。

「否定せず、受け入れる………か」

考えてみようと思ったけど、身体を包み込む凄まじい疲労感がそれを許さなかった。チヨリちゃんの寝顔を見ていると、こっちまで眠くなってくる。

(今は……寝よう………)

俺は睡魔に降参の白旗を上げた。


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