IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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鬼畜っぽく書こうと思ったけど、今の私にはこれが限界……

あ、新キャラが登場します。はい。


その涙を拭う手はなく…… 〜または未知なる島の未知なる少女〜

フランス。

 

IS産業世界三位のデュノア社を有するこの国は、欧州連合統合防衛計画『イグニッション・プラン』に念願の加入を果たし、欧州だけでなく世界的にも優位な地位に立とうとしていた。

 

その立役者であるデュノア社を取り仕切る、デュノアの人間が住む屋敷。

 

『富裕』という言葉がまさしくお似合いの邸宅の前に、シャルロットはいた。

 

大きな木製の観音開きのドアの前に立ち、何かを堪えるように口を一文字に結んでいるシャルロット。

 

望まぬ帰郷に、その表情は暗い。

 

「懐かしいだろう? あの頃と何も変わってないんだ」

そう言って横に立ったのは、自ら車を運転し、シャルロットをここへ連れてきた張本人にして、義理の兄。アデル・デュノア。

 

「どうして……私をここに?」

 

僕ではなく、『私』。一人称を変えたのは、シャルロットの精一杯の反抗である。

 

「君は近くに置いておきたいんでね。さあ、入ろう」

 

「………っ」

 

アデルの言いなりのシャルロットは、重たい足取りで建物の中へ。

 

「━━━━あら、アデル。帰ったのね」

 

その声に、シャルロットはハッと顔を上げた。

 

「母さん、ただいま」

 

アデルの母親。アンリ・デュノアだ。綺麗に整えられた金色の髪は美しく、顔つきにも年齢を感じさせない若々しさがある。

 

しかし、その顔は、シャルロットを見るなり不快そうに歪んだ。

 

「あなた……!」

 

懐かしくもない、むしろ忘れてしまいたい記憶が蘇る。

 

「ご無沙汰……してます。おか━━━━」

 

「やめて! あなたにそう呼ばれるなんて虫唾が走るわ!」

 

「………………」

 

怒鳴る声に肩を震わせて、言葉を止めるシャルロット。

 

「よくもまあまた顔を出せたものね……!」

 

しかし、アンリの怒りは妾の娘を前にして炎のように燃え上がった。

 

「忌々しい小娘が!」

 

「!」

 

殴られる。あの時のように。

 

そう判断したシャルロットは目を固く閉じて歯を食いしばった。

 

「そこまでだ母さん。それ以上は許さない」

 

しかし、アデルがアンリの手を掴んで止めた。

 

「アデル……?」

 

「…………………」

 

問いかけるように名前をつぶやいた母を、アデルは無言で見つめ続ける。

 

「…………わかったわ」

 

観念したアンリがそう言うと、アデルは手を離した。

 

「あなたが何をしようとも口を挟むつもりはないわ。でも、その子の顔は見たくない」

 

「わかってる。奥の部屋に連れて行くよ」

 

アデルが歩き出して、シャルロットも本妻の憎しみたっぷりの眼差しから逃れるようにその後を追った。

 

「嫌な思いをさせたね。もっとも、今もしてるか」

 

そうして、シャルロットは屋敷の奥の部屋へ。

 

「この部屋を使ってくれ食事は運ばせる。この部屋からは許可なく出ないように」

 

「………………はい」

 

「安心しなよ。昔みたいなことをしようなんて考えてはいない。……今はね」

 

「………………」

 

シャルロットはいびつに歪んだアデルの目を見ないよう下を向いた。

 

そして、アデルの口から信じられない言葉が出た。

 

「その制服は僕が預かろう。脱いでくれ」

 

「え……?」

 

聞き違えかと思った。だが、アデルは本気だった。

 

「君はシャルロットではなく『シャルル』だ。男の君が女の格好をしているのはおかしいだろう?」

 

「そんな…………」

 

「さあ、ほら」

 

「い、いやだ……!」

 

懸命に、勇気を振り絞り、頭を振る。

 

だが、それは無駄な抵抗だった。

 

「……聞き分けのないことを言うんじゃない」

 

アデルの右手の甲が、シャルロットの頬を撫でた。

 

「ひ……!?」

 

それだけで、シャルロットの目は恐怖に支配された。

 

「しばらく見ない間に気が強くなったようだ。やはり━━━━また仕込みが必要かな?」

 

大量の虫が身体中を這い回るようなおぞましい感覚。

 

「それ、だけは……!!」

 

「いやかい? なら、言うことを聞くんだ。シャルル━━━━脱げ」

 

アデルの言葉が、冷たさを帯びる。逆らえなかった。

 

「……わかり………ました……」

 

ぎこちない返事をして、シャルロットは、自身が身に着けていたIS学園の制服に手をかける。

 

上着、シャツ、そしてスカート。

 

パサリ、パサリと小さな音を立てて服が床に落ちていく度、シャルロットの心はヒビ割れていく。

 

下着姿になったシャルロットの身体を、下から上に舐めるように見て、アデルは感嘆した。

 

「へえ、そそる身体してるじゃないか。将来が楽しみだ」

 

裸は一度、偶然とはいえ瑛斗に見られている。だが、この男には、この男だけには━━━━。羞恥と屈辱に、シャルロットは身体を震わせた。

 

「これで……っ、満足………!?」

 

「ああ。服はクローゼットの中のを使うといい。いつまでもその格好でいられるのも困る」

 

アデルはシャルロットの脱いだ、まだ温度がある服を拾い集める。

 

「一時間したら様子を見に来る。それまでに服を着ておくんだ。言っておくけど、逃げようなんて考えないほうがいいよ」

 

言い残し、アデルが部屋を出た。シャルロットは一人になる。

 

「…………………」

 

夢遊病者のようなおぼつかない足取りで、クローゼットに向かい、開ける。中には様々な種類の衣服が整然と収納されていた。

 

しかし、確かめてみれば、どれもこれも男物だった。

 

「……あ」

 

そして、シャルロットの目に飛び込んだのは、男としているために必要だった、胸部のダミーサポーターだった。

 

「あの人は……どこまで………!」

 

サポーターを握りしめて、ベッドへ叩きつける。そしてシャルロット自身もその身体をベッドに投げ出した。

 

「………………」

 

学園の寮と同じくらい広い空間に、一人。何の音も聞こえない。

 

(……瑛斗は、いつもこの気持ちを味わってるのかな………)

 

「ふふ……。 瑛斗か………」

 

乾いた笑いが、口の端から溢れる。

 

「ぐすっ……瑛斗………えいとぉ………!」

 

だが、その名前を口にしたのをきっかけに、涙が流れ出した。

 

下着姿のまま、シャルロットはベッドの上で嗚咽を漏らして、泣いた。

 

 

いい天気だ。海鳥が鳴いてやがる。波も穏やか。日差しもあったけえ。

「……………」

俺は今、海を進む中型の船に乗ってる。

 

一人だ。荷物は背負ってる小さなリュックだけ。そんで手にはメモ書き。

「……ここに行けったって、何があるんだよ」

メモ書きには、この船に乗るまでの手順が綺麗に書かれていて、『島』の見取り図が一緒に描かれている。

シャルがいなくなったあの日、俺は織斑先生から停学処分を受けた。理由は簡単。

『ISを使った破壊活動の責任』。

しかし、これにはもう一つ理由があるらしい。《セフィロト》の完全制御の体得だ。

ことの顛末はこう。

シャルがいなくなったのとほぼ同じころに楯無さんがサイコフレームの出所を更識家の力を使って突き止めた。

 

学園側は俺の今後の暴走を危惧していて、そのサイコフレームの出所に俺を向かわせ、色々と学ばせることを決定。織斑先生はそれを俺に知らせに来て、シャルを追いかけようとしていた俺にばったり鉢合わせした。

それが二日前の話。 

出発、もとい追い出された俺はいろんなバスや電車を乗り継ぎ乗り継ぎ、やっとこさこうしてそのサイコフレームの出所のある島に向かっているんだ。

(……だからって、停学にする必要ないだろ)

船の手すりによりかかって、はぁ、とため息をつく。確かにセフィロトの制御は俺の当面の目標だ。だけど今はそんなことをしてる場合じゃないと思う。

『その暴れ馬を制御できるようになるまで帰って来るな。もしそれも成し遂げられずにのこのこと戻ってきたら、退学どころの話ではすまないからな』

でも、織斑先生が出ていく俺に言った言葉が無駄にリアルで怖かった。こうなった以上、やるしかないのは分かってる。

つまり、今回の俺のミッションは『二週間以内にセフィロトを制御できるようにして戻ってこい』だ。

 

……けっこうインポッシブルが入ってる気がする。

(ラウラ……大丈夫かな……)

揺れる波を見ながら、ふと思い出す。シャルもいなくなって、おまけに『嫁』と言っていた俺までいなくなって、アイツはどうしてるんだろう……しょぼくれてないかな……。

「いつもはああでも、結構打たれ弱いからな……」

なにもできない自分が歯がゆい。情けない。首に手を当てればチョーカーの堅い感触が触れる。

「なんもかんも、お前のせい━━━━」

そこで言葉を飲み込む。

「いや……俺のせいか」

ため息を一つついて、リュックからあるものを取り出した。

「シャル………」

手の中には待機状態の《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》。お守り代わりに持って来たんだ。

 

━━━━君のそういうところが大嫌いなんだ!!

 

あの時のシャルの言葉。あれはきっと心からそう思って言った言葉じゃないはずだ。

 

俺にもっと堪え性があれば、こんなことにはならなかったかもしれない。でも、実際は違う。シャルはフランスへ戻ってしまった。大体の想像はつく。あのアデル・デュノアという義理の兄が原因だ。

 

でも、出発の前にマドカに言われた、俺の言葉にもシャルが怒った理由があるという言葉も気になる。

 

(友達って言っちゃ、ダメだったのかよ……)

 

「あー! わからん! わからんわからん!」

 

ぐちゃぐちゃになった思考をリセットするために頭をワシワシと掻き毟る。

 

(わからない……でも、絶対に連れ戻すからな。シャル………)

ぎゅっとラファールを握りしめたところで船の汽笛がなった。

『まもなく、神掌島(じんしょうとう)に到着いたします。停泊時間は三十分ですので、降りられる方はお忘れ物のないようにお願いいたします』

それのすぐあとにアナウンスも聞こえた。

「さて……」

俺は手すりから離れて、船を降りる準備をした。

神掌島は『掌』という字の通り、空から見ると指を閉じた手のひらのように見えることからその名前が付けられたらしい。降りた港の看板に書いてあった。

「人は……結構いるみたいだな」

周囲を見渡すと、この島に住んでいるのであろう人達とその活発な声が聞こえた。

「それで、ここはどうやって行きゃあいいんだろう」

もう一度メモ書きを見る。この島の見取り図では、ど真ん中に赤いペンで点が打たれていて、『ここ!』と書いてあるんだけど……

「ヒントが少なすぎるわ……」

肩を落としてメモをポケットにしまう。仕方ないのでここは聞き込みと行こう。

 

えーと、どこかに人がいないかな~っと……お、発見。第一島人発見。人当たりの良さそうなおじさんだった。

「すいませーん。ちょっとお尋ねしたんですが」

「んあ? オラになんか用か?」

おおう、こんなしゃべり方の人ってホントにいるんだ…。

若干の驚きを覚えつつ、俺は聞いた。

「この島の真ん中って、何があるんですか?」

「ん~? アレだぞ」

おじさんが指差した正面の方向を見ると、山が見えた。

「あの山ですか?」

「んだ。『神掌島の真ん中山』ってやつだ。自然がいっぱいだぞ」

なるほど。安直すぎるネーミングだが、なにかありそうな気がする。

「お前さん、観光かなんかか?」

「え、ええまあ」

「じゃあせっかくだからこの島の噂を一つ教えてやるぞ」

「噂?」

もしかしたらサイコフレームに関するなにかかも! と意気込んで聞く。

「んだ。あの山の頂上にはな、不老不死の美女が住んどるらしい」

「不老不死の美女?」

サイコフレームの『サ』の字すらないローカルな感じの噂だった。なんつー肩すかし……

「ま、噂だ噂。誰もその美女ってのを見たことなんてなか」

「は、はあ……」

はっはっは、と朗らかに笑うおじさん。

「山に行きたいんなら、この道を真っ直ぐいけば行けるぞ~」

そう言うとおじさんは行ってしまった。

「……ホントにこの島にサイコフレームの開発者がいるのか?」

頭を掻きながらぼやく。不老不死の美女って……

「ま、行くしかないか」

俺は腹を決めて山へと歩き始めた。

……

 

…………

 

………………

 

……………………

 

「はぁ……はぁ……」

歩き始めて三時間。意気揚々と出発したのはいいんだけど、坂道がどんどん急になってきた。

「こ、これは想像以上に辛いな……!」

立ち止まって膝に手をついて休憩する。途中で山道に入ったから、建物的なものはいよいよ見えなくなった。

「でも……山には入ったから、近づいてはいるんだよな」

しかし、このままでは日が暮れてしまう。さて、どうしたもんか……。

「……………あ」

俺の頭の電球にピカンと光が灯った。

「……………」

周囲を見渡し、誰もいなことを確認する。

「よし、《G-soul》!」

揚々とG-soulを展開する。

「手っ取り早く頂上へいくんなら!」

そのままブースターを点火して、木々の間を縫うようにして飛ぶ。

「最初っからこうしときゃあよかったかな」

つぶやいてる間にも、どんどん山頂へむけて登っていく。

それから十分くらい飛んで、俺は大分高いところまで来た。

「よし、ここまで来たらあとは楽だな」

展開を解除して再び歩き出す。最後までISに頼ってたら、なんか負けを認めるような気がするからな。

ふたたび一時間ほど歩いたところで、俺はついに頂上に到着した。

「おお、良い眺めだ!」

頂上からの景色は下の町が一望できる。

「……で、着いたけど、これからどーすんだ?」

見たところ、変わったものは見当たらない。建物なんてもってのほかだ。

「まさか……頂上には何もないとか?」

もう一度メモを見る。確かに頂上とは書かれていない。

「やっべー……完全に山登りになっちまった」

降りようかと思った矢先、首が熱くなった。

「これは……!?」

セフィロトが何かに反応していた。

━━━━コッチ━━━━

 

「なんだ?」

頭に響き渡るような声が聞こえた。

━━━━コッチ……ハヤク━━━━

俺は導かれるように『頂上』と彫られた看板に近づいた。

「これを………回す?」

なんとなく閃いた俺が看板に力を込めると、ガコン、と音を立てて看板が回った。そしたら、いきなり後ろの地面が盛り上がって下に続く階段が出てきた。

「なんだよ、これ……」

セフィロトがさらに熱くなるのを感じながら、俺は階段を降りはじめた。

少し進むと、上の扉が勝手に閉まった。俺は壁に手をあてながら、薄暗い照明を頼りに下へ下へと降り続ける。

カツン……カツン……

(山の地下にこんなどうしてこんなものが……?)

疑問に思いながらも、後には引けないから進み続ける。

どれくらい降りたか分からなくなった頃。目を凝らすと、明かりが見えた。

「やっと到着だ!」

勢いよく明かりへと走る。

俺の視界に飛び込んできたのは!

「とおぉぉーーーーーっ!!」

掛け声と、小さな足だった。要は、飛び蹴り。

「ぐぼふっ!?」

三センチくらいめり込んだかな。そんな勢いの蹴りが顔面に叩き込まれて、俺は盛大に吹っ飛ぶ。

「ってえな! いきなり何すんだ!」

起き上がって声を荒げると、目の前にいたのは小さな女の子だった。

 

ラウラよりも背が低い。十二歳くらいの短い髪の女の子。それよりも印象に残ったのは、その子の服装だった。ちっこい身体にはややブカブカな感じの作業服のような繋ぎ。色がかなりファンキーな感じで、足はなぜか草履。

「おぬしが、桐野瑛斗か?」

腕を腰にあてて、ずいっと顔を近づけてくる。

「え……」

「おぬしが桐野瑛斗かと、そう聞いておるのじゃ」

えらく古臭いしゃべり方だった。語尾が『じゃ』って……

「そ、そうだけど……君は誰だ?」

俺の問いを無視して、しげしげと俺を見る女の子。

「ふむ……ISを三つも持っておるのか」

「! 驚いたな。どうしてわかったんだ?」

俺はリュックから待機状態のラファールを取り出した。

「ふっふ……ワシにはお見通しじゃよ」

ふすー、と鼻を鳴らして得意げにする女の子。

「で、質問に答えてくれよ。君はいったい何者だ? それとここはどこだ?」 

しかし俺の質問をことごとくスルーして、女の子は踵を返した。

「まあ、こんなところで話すのもなんじゃ。付いてくるがよい」

「あ、お、おい!」

追いかける。女の子は俺の前をテクテクと歩きながら話し始めた。

「いやぁ、ここに人が来るのは久しぶりじゃのー。つい嬉しくなってしまったわい」

「もしかして……テンション上がって俺に飛び蹴りかましたのか?」

「まーのー」

明るい声で笑う女の子。元気な子だな…

「お?」

目の前を蝶が横ぎった。蝶が飛んできた方向を見ると、異様な光景が広がっていた。

「畑………?」

立ち止まってよく見てみると、スイカやらなんやらといろいろな作物が栽培されてた。

「おーい、早く来んかー」

呼ばれて顔を向けると見えたのはかやぶき屋根の平屋だった。しかも結構でかい。

「さ、入れ。散らかってるが気にするな」

女の子は玄関をガラガラと開けると、ぴょんと軽い足取りで上がっていった。

「お、お邪魔しまーす」

俺も一応挨拶してから中に入る。通されたのは囲炉裏がある居間だった。

「座れ座れ。今、茶を淹れてくるでな」

タタタッと駆けていった女の子を見送り座ってから、俺はこの部屋の様子を観察する。気がつけば、セフィロトの熱はなくなっていた。

 

内装はとにかく古い感じだ。なんか、大河ドラマで見るような感じの空間だ。

(本当に、こんなところにサイコフレームの制御法の鍵があるのか?)

一抹の……いや、結構な不安を覚えていると女の子が戻ってきた。

「よっ、ほ、ととと……」

すごい危なっかしい足取りだ。

「だ、大丈夫か?」

「大……丈夫、じゃ」

お盆を置いてお茶が入った湯呑を俺に差し出す。

「さて、おぬしの質問に答えるとするかのう。ワシの名はチヨリ。この家の主じゃ」

「主って……君ひとりで住んでるのか?」

「そうじゃ。ざっと三十年はここにおるかのぉ」

「三十……!?」

俺は女の子、チヨリちゃんの言葉を反復した。

「ぷっ……! ははははは!」

そして大笑い。

「なっ! 何を笑うておる!」

「だってチヨリちゃん、どう見たって十五歳行ってないだろ! ぷくく……!」

「あ! おぬし! ワシを年下と思おうておるな!? ワシはこう見えても六十四歳じゃ! おばーちゃんじゃ!」

「へえそう! ってことは三十四歳からここにいるわけだ! あははははっ!!」

「ぬぐぐぐ……!」

俺が腹を抱えて笑っていると、チヨリちゃんはワナワナと震えはじめた。いかん、ちょっと笑い過ぎた。

「ごめんごめん。それじゃあチヨリちゃん。お母さんかお父さんいる? 俺、用があるんだ」

「ほう、用とな? 言うてみい」

「難しい話なんだけど……サイコフレームって知ってるかい? って、知るわけな━━━━」

「おお、ワシが開発したISのフレームじゃな」

「………は?」

この子は何を言ってるんだ?

「ん? 何を驚いておる。おぬしは会得しに来たのじゃろ?『制御法』を」

「……お前、何者だ?」

俺は少し腰を浮かして身構えた。

「じゃから、ワシはチヨリ。サイコフレームの発明者じゃ」

「……………」

俺は浮かした腰を落として、話を聞く姿勢をとった。

「おぬしが来ることは分かっておったぞ。更識のお嬢ちゃんから連絡が来たからの」

「楯無さんが……」

「立派になったもんじゃった。しっかり仕事はしとるようじゃの」

「楯無さんのことも知ってるんだな」

「ああ。あの子がまだ楯無を襲名する前からよーく知っておるよ。近々ここにワシの発明品の扱いに難儀している者が来ると言っておってな。おぬしの事じゃ」

なるほど。楯無さんが絡んでいるわけか。

「じゃあ、チヨリちゃんは本当に………六十四歳?」

「うむ。そうじゃ。年寄は大切にせえよ。じゃがまあ、色々と面倒じゃな。チヨリちゃんで構わんよ」

ずずず……とお茶を飲むチヨリちゃんに俺は更に聞いた。

「……もう一つ質問。なんでそんなおばあさんがそんなちっこい体なんだよ。人体のシステムの常識を超えてると思うぞ」

「そんなの簡単じゃ。年寄りのゴワゴワした手より、子供の小さい手の方が細かい作業には向いとるんじゃよ」

「ふーん……って、いやそっちじゃなくて。どうやってその………若返り? というか幼児化を?」

俺の最大の疑問を、チヨリちゃんは悪戯っぽい笑みを湛えて答えた。

「きぎょーひみつじゃ。ふっふ」

「楯無さんみたいなことを……ん?」

そう言えば、港で会ったおじさんの噂……。

「もしかして……山の頂上に住んでる『不老不死の美女』って……?」

そこでチヨリちゃんは目を細めた。

「ほう? ほうほう! ワシのことじゃな! その噂を聞いたか! そうかそうか!」

「……………」

「なんじゃ。その疑いの目は。ワシはこう見えても昔は絶世の美女で鳴らしたもんじゃぞ」

立ち上がって、チヨリちゃんが頭と腰に手をあてて身をくねらせるけど、でっぱりのない身体でそんなことされても、なんか残念な感じで……。

 

(痛いなぁ……)

そんな俺の心を察知したのか、

「いいいいま! 今! 『痛いなぁ……』とか思ったじゃろ!?」

チヨリちゃんが顔を赤くして手をブンブンと振った。

「いやぁ、別に」

誤魔化して湯呑のなかのお茶を飲むと、チヨリちゃんはムキー! とあらぶる。しかしすぐに落ち着いて、ちょこんと座った。

「じゃあ、飲み終ったらさっそく行くかのぉ」

「行くって、どこに」

チヨリちゃんは目をキラリと光らせた。

「ワシの研究室じゃよ。興味あるじゃろ?」

 

一方その頃のIS学園。廊下をトボトボと歩いているのはラウラだった。

(シャルロットもいない。瑛斗も……)

シャルロットに続き、瑛斗まで自分の前からいなくなったことで、ラウラの精神状態はどん底である。授業もまったく身につかず、始終ぼーっとしてしまう始末であった。

(情けないな……。あの二人がいなくなったと考えるだけで………)

「……っ」

胸が締め付けられるように痛む。

「おい、ラウラ」

後ろから声をかけられ振り返る。

「教官……」

こっちを見ていたのは千冬だった。スーツ姿で腕を組んでいる。

「まったく、呼びかけにも反応しないで……。どこに向かうつもりだ」

「どこと言われましても……アリーナへ練習に……」

「そっちは非常階段だぞ。どのアリーナにも通じていない」

「あ……」

前方を確認すると廊下の隅にある非常階段の入り口のドアがあった。

「相当な消沈っぷりだな。今日の授業もまったく上の空だっただろ、お前」

「……………」

「案ずるな。桐野はあと十日ほどで帰ってくる。デュノアは……いや。この話はやめるか」

千冬はラウラの前に近づいた。

「更識妹が心配していたぞ。桐野がいなくなって自分も辛いが、一番辛いのはお前だとな」

「……いえ……そんなことは」

「アリーナへの道と非常階段を間違えるほどへこんでいるようなヤツに否定されてもな」

「……………」

「やれやれ。ドイツ軍の一小隊長も、こうなるとただの小娘だな」

「……申し訳、ありません」

「謝らんでいい。校舎に用がないのなら寮に戻れ。今日は茶道部の活動もオフだ」

それだけ言うと千冬は背を向けた。

「あ……あの!」

ラウラはそれを呼び止める。

「なんだ」

「瑛斗は、上手くやってるでしょうか………」

「そんなものは知らん」

「え……」

意外な言葉に少し驚く。

「だが、アイツのことだ。なんとかなるだろう。お前は自分の思い人も信じられないのか?」

千冬の言葉にラウラは身体を硬直させる。

「……………」

そして千冬は今度こそラウラの前から立ち去った。

「……私は……嫁を疑っていたのか………」

そう考えると、自分が許せなかった。

 

「瑛斗……シャルロット………」

ラウラは、不在の二人の名前を呟き、窓の向こうの空を見上げるのだった。




アデルの所業に自分で書いてて怒りがこみ上げてきた。

後々どう痛めつけてくれようか……!

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