IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
「………………」
俺はシャルとラウラの部屋の状況を見て愕然とした。もぬけの殻だった。
最後にアイツと話したベッドはまるで何もなかったかのように綺麗になっている。
「ほんの少し前まで、ここにいたってのに……!」
「今、お兄ちゃんたちにも連絡したよ。箒たちもすぐに連れてこっちに来るって」
「そうか。悪いな……」
マドカの言葉に俺はうわごとのような返事をして、フラフラと部屋の中に入る。
「…………ん?」
俺は机の上に置かれているものに目が引かれた。
「これ……ラファールじゃないか!」
それはシャルがいつも身に着けていたISだった。
「どうしてそんな大事なものを置いて行ったんだろ……」
マドカの疑問に俺も同意する。しかしすぐに理由が分かった。
「どこに行ったか分からないようにするためってことか……!」
ここに来る前に何度か電話もかけたけど出なかった。しかも、ラファールまで置いていったとなると、あいつの行方はもうわからない。
「瑛斗……何か知らないのか?」
「……………」
茫然自失気味のラウラが、俺に近づいてきて問いかけてきた。
「シャルロットに、会ったのだろう? そうなのだろう……?」
「……………会ったよ」
「なら━━━━!」
「けど喧嘩しちまったんだよ! あいつがいきなり俺の事を大嫌いだとか言って、それで俺も部屋を飛び出した!」
何に怒っているのか分からなかった。
ただ俺もパニックになっていた。だから強い口調でラウラの言葉を遮るように言っちまった。
「そのあとのアイツのことなんて知らねえよ!」
「貴様はぁっ!!」
ガンッ!
「がっ……!?」
ラウラに殴られた。体の芯に響くような痛みで、俺はそのまま尻もちをつく。今まで食らった中で一番強い力だった気がした。
「何をやっているのだ貴様は! 今のシャルロットがどんな状態か知っているだろう!?」
追い打ちをかけるように倒れた俺にマウントポジションを取り胸倉を掴んでもう一度殴る。
「シャルロットはお前に━━━━!」
三発目を右手で受け止めた。
「じゃあ……じゃあどうすりゃよかったんだよ!? 俺だってシャルの気持ちが分からないわけじゃない! だったら……だったらなんて声かけたら正解だったんだよ!?」
「この期に及んでまだそんなことを!!」
「やめろっ!!」
「「!」」
怒鳴られてハッとする。一夏たちがそこにいたんだ。
「二人とも落ちつけ」
「お二人が喧嘩をしても、シャルロットさんは戻ってまいりませんわ」
「アンタたちが喧嘩すると部屋がいくつあっても足りないのよ」
後ろから箒、セシリア、鈴。そして簪も来た。
「とりあえず……ラウラは、瑛斗から、降りよ?」
「……………」
ラウラは無言のまま俺から離れた。
「……悪い。ちょっと気が動転してた」
立ち上がってラウラに謝る。
「いや………私こそ、すまなかった」
シャルがいなくなって一番辛いのはラウラだ。いつもの堂々とした姿とは真逆のしおらしい姿が、いたたまれなかった。
「……あれ? 瑛斗、それなんだろう」
「ん?」
マドカが指差した方向を見ると、俺の足元に封筒が落ちていた。
「今の取っ組み合いで落ちてきたのか?」
拾い上げて裏を見ると、『瑛斗、そしてみんなへ』という書かれていた。
「なんだこれ…」
俺宛ての手紙が、なんでシャルの部屋に落ちてるんだよ。
「……! シャルロットからのメッセージかも知れない!」
ラウラの言葉を聞いてすぐに俺は封筒の封を切っていた。封筒の中には、『退学届』。そして綺麗に畳まれた、アイツが書いたであろう手紙。俺はみんなにも聞こえるよう読み上げ始めた。
◆
この手紙を読んでるってことは、僕がいなくなったことに気づいてるよね。
それできっと、ラウラが泣きそうになってると思う。
突然だけど僕はフランスへ帰ります。理由は言いません。それを知ったら瑛斗は絶対に怒るし、これ以上瑛斗やみんなに迷惑をかけたくないんだ。
僕は戻ってくるつもりはないよ。みんなと初めて会った時の『シャルル』も、みんなと一緒にいた『シャルロット』も、みんなを騙して裏切った、最低の人間だから。
瑛斗と一夏に僕が女だって知られた時、正直もうおしまいだと思ったよ。だけど二人は僕を責めなかったね。
みんなの前に女の姿で出るとき、すごく緊張したけど、何事もなかったかのように受け入れてくれたことにはとても感謝してる。
そんな優しかったみんなを裏切る僕を、許してほしいとは言いません。
僕の事は忘れてください。さようなら。
P.S.
瑛斗、喧嘩別れになっちゃったけど、最後に君の顔が見れてよかったよ。
◆
「……………」
読み終えた俺は、胸の奥に熱い感情が溢れるのを感じた。これは、怒りだ。俺は今、怒っている。
「ふざけやがって……! ふざけやがって! あの馬鹿!!」
そのまま一夏たちを退けるように駆けだす。
「ちょっと瑛斗! どこ行くのよ!?」
背中から鈴の叫びが聞こえる。
「シャルを連れ戻すんだよ! まだそんな遠くに行ってねぇはずだ!!」
それからも何か言われた気がするけど、どんな言葉だったか覚えてない。とにかく俺の頭はシャルを追いかけることでいっぱいだった。
(間に合えよ……!)
俺は手の中の待機状態のラファールを強く握りしめた。
「…………待て」
寮の出口まで来たところで、俺を待ち構えている人がいた。
「なんですか織斑先生! 俺はすぐに━━━━!」
「それを待てと言っている」
俺の前に立ちはだかったのは織斑先生だった。
「先生、失礼を重々承知で言いますけど、今は先生に構ってる暇ないんですよ!」
先生の横を通ろうとしたら腕を掴まれた。凄い握力だ。腕がギリギリと痛い。
「分かっている。だがな桐野、お前を行かせるわけにはいかん」
「どうして!」
「つい数分前に次期デュノア社社長から連絡があった。デュノアをフランスへ帰国させるとな。無論退学扱いでだ。こうなるとデュノアはフランスに属することになる。後を追うことは許されない。国際問題を起こしたいのか?」
「それがどうしたってんです! 俺はアイツに━━━━!」
「瑛斗くん、落ち着いて」
後ろから声がした。振り向くと畳んだ扇子を片手に楯無さんが立っていた。
「なんです! 楯無さんまで俺を止めるんですか!?」
俺が問うと、楯無さんは俺に歩み寄りながら答えた。
「どうしても……行きたいの?」
「当たり前じゃないですか……!」
「じゃあ……」
楯無さんはゆっくりと右手を上げた。
「まずやることがあるわ」
「どういうこ━━━━」
そこで俺は言葉を切る。というか、楯無さんの右手が俺のうなじをなぞって強制的に切られた。
「《セフィロト》を使いこなせるようになることよ」
「……………」
一拍間を置いてから返答する。
「や、藪から棒過ぎませんかそれ。そんなことやってる暇はないんですよ? シャルが大変なことになってるんですよ?」
「知ってるわ。だけど今は何もできないのも事実よ。なら、できることをやるしかないわ」
俺はいまいち要領を得なかった。織斑先生はいつの間にか俺の腕を放していた。だから俺は両手を上げて肩を竦めてみせる。
「あのですね……できれば俺の分かるように言ってもらえませんか?」
「では、私から説明しよう」
織斑先生が説明してくれるみたいだ。
「桐野、お前は停学処分だ」
最初は言ってる意味がよくわからなかった。
「あの………え?」
「聞こえなかったのか。お前は二週間の停学だ」
「……………」
もう……わけわかんねえ………。