IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
「今日の会見、社会に与えたインパクトは絶大だ」
市街地の高級ホテルの一室。アデル・デュノアは携帯電話を耳元へ近づけ、会話をしていた。
「これでデュノア社はまた注目の的になりますよ。……父さん」
『………………』
電話の向こうは沈黙している。しかし、それはすぐに言葉になった。
『アデル……やはり私は反対だ。このようなことをしてまで社の発展を望んではいないぞ……』
「おや、愛人の子とはいえ、実の娘にあのようなことをさせた上にお情けで新型ISの設計図をもらったあなたが、そんなことをまだ言えるんですか?」
『アデル……!』
声から父の表情を感じながら椅子に座り、アデルは続けた。
「そういえば、シャルロットは元気そうでしたよ。いい友達を持っているようだ」
『な……!?』
「でも、私はあまり歓迎されませんでした」
『まさか、会見の場所に日本を選んだのは……!』
電話越しの声をあえて無視するように言葉を紡ぐ。
「懐かしいですね。あの子の怯えた顔は今も昔も変わらない……。きっとあの子も『あの時』のことは憶えてますよ。鮮明に、克明に、昨日のことのように」
『………………』
再び父は黙り込んだ。アデルは追い打ちをかけるように最後の言葉を口にした。
「そうそう、もう一つ報告があります。……近々数年振りに『家族全員』で顔を合わせられるかもしれませんよ」
『それはどういうことだ……?』
「そのままの意味ですよ。そのままの、ね」
そしてアデルは携帯電話を耳から離した。
『アデル! もうこれ以上あの子に関わるな! おい、アデル? アデ━━━━』
「……………」
父の声を発する携帯をソファに投げ捨て、アデルは夜景が望める窓に近いた。
「またすぐに会えるよ。シャルル……」
その目は、遠方に小さく見えるIS学園のシンボルである中央タワーに向けられていた。
◆
アデルの来訪の翌日、二年一組の教室の席に一つ空席があった。俺の席の右斜め前、シャルの席だ。
「来ないね……。シャルロット」
マドカが俺の隣に来てシャルの席を見た。
「昨日の今日だ。ショックだったのだろう」
箒が腕を組んで少し低いトーンで言う。
「ラウラさんはシャルロットさんと同じ部屋でしたわね。シャルロットさんのご様子は?」
「ダメだ。話しかけても返事せずに、布団に包まったままで……」
「そうですか……」
セシリアは心配そうにつぶやく。
シャルは今日は無断で欠席ということになっているだろうが、先生たちも事情を知っているためか、それ以上はなにもしようとしないでいてくれている。
「お兄ちゃん、瑛斗、なんとかならないかな」
「うーん……俺もなんとかしてやりたいのはやまやまだけど……なあ、瑛斗」
「………………」
「瑛斗? おい、瑛斗」
「え……あ、ああ。心配だな」
「お前もお前で心ここに有らずだな。そんなに気になるのか? あのISが」
「まあな……」
俺が気になっているのは昨日の会見でアデルの社長就任の挨拶をしたあと出てきた、デュノア社の新型IS。あれは、間違いなく俺がシャルの父親に譲ったISの設計図を元にした機体だった。
「あの会見の後、アデルからもらったUSBの中にあったデータを見たんだ」
「それで、どうだった?」
「《トルナード・ネサンス》……装甲の配置とかエネルギー分配経路はラファールの改造だけどベースは俺が寄越した設計図で造るISそのものだよ。丸パクリもいいとこだ。少しはアレンジしろっての」
「え……? 設計図? 寄越した?」
マドカがキョトンとした。そっか、そういえば知らなかったな。
「去年な。俺、デュノア社の社長……シャルの親父さんにISの設計図を渡したんだよ」
俺の説明に一夏が続いた。
「マドカも聞いたことあるだろ? シャルロットが最初は男って設定でこの学園に来たって」
「うん。のほほんさんに少し聞いたことがある」
「その理由があまりにも馬鹿げてて、キレた俺は単身フランスに直行。ISの設計図をシャルの親父さんに渡した。シャルに金輪際男のフリをさせないって条件付きでな」
「シャルロットに男のフリをさせた理由って?」
マドカの問いに俺は言葉を探してから、静かに答えた。
「……取るに足らない、大人の我侭だよ」
そういうほかなかった。あれは、シャル自身が望んだことじゃないんだから。
「そうなんだ……」
「でも、こうなってくるとデュノア社ってどうなるんだ?」
「まがりなりにも新型のISを発表したのですから、世界から注目を浴びるのは必然ですわね」
「それだけじゃない。今朝のニュースでやってたけど、フランスがついにイグニッション・プランに正式に加入した。これでフランスは援助を受けられるようになって国際的にも優位なポジションを取ることになる」
「フランスにとっては大躍進だな……」
箒は少し皮肉めいた言葉でまとめる。
「けど、手放しで喜べないのが現状だ」
「そうだな……」
会話が途切れたところで、ラウラが俺に話しかけてきた。
「瑛斗、後でシャルロットのところに行ってくれないか? アイツもお前と話をすれば少しは元気を出すかもしれない」
「でも……そっとしてやっておいたほうがいいんじゃ━━━━」
「頼む。これ以上、アイツのあんな表情は見たくないのだ……」
ラウラの眼帯で隠されていない方の赤い瞳が悲しそうに揺れた。
「……わかったよ。放課後にすぐに行く」
「恩に着る……」
下を向いてしまうラウラの頭に俺はポンと手を置いた。
「お前が泣きそうになってどうするんだよ。シャルなら大丈夫だって」
「……うむ」
ラウラのこの様子から、シャルへの心配をより強くしたところで次の授業のチャイムがなった。
◆
「……………」
IS学園二年生寮の一室。シャルロットとラウラの部屋である。
しかし今はラウラは不在で、シャルロットが一人だ。
「………………」
ベッドにうずくまり、膝を抱えて小さくなっているシャルロットの目にいつものような輝きはない。目を開けてはいるが特に何を見ているというわけではなく、ただ虚空を見つめている。
(どうしたら、いいんだろう……)
このままこうしていても仕方がないのは自分が一番分かっていた。しかし体が動かない。気力というものが完全に消滅していた。
(お母さん……)
夢で見た母の姿がフラッシュバックする。だがそれはすぐに別の顔に塗り替わるのだ。
「……っ」
きゅっ、と膝を抱える手に少し力を込める。
(わからないよ。僕は……私は━━━━)
『シャルー? 俺だー』
ふと、扉がノックされる音が聞こえてそのあとから聞きなれた声が聞こえた。
「瑛斗……」
重たく感じる身体を起こして、扉の方に顔を向ける。
「お邪魔するぜ」
瑛斗の姿を確認できたのはその直後だった。
「授業が終わってソッコーでこっちに来たよ。具合は?」
「………………」
今自分はどんな顔をしてるんだろう、と思ったときには瑛斗は口を開いていた。
「大分、顔色が悪いみたいだな。熱があるとかは、ないか?」
シャルロットは首を横に振ってそれを否定する。瑛斗はそうか、と言ってからシャルロットの隣に座った。
「その……なんだ。昨日は、大変だったな」
「………………」
二人きりという滅多にないチャンス。何か返事をしなければいけないのに、口が動かない。ただ、首を小さく縦に揺らすだけ。
「戸宮ちゃんみたいになっちまって……。そうだ、ほら、これ」
瑛斗は持っていたビニール袋からあんパンを取り出した。
「昨日の夜からなんも食ってないだろ? 食欲なくても、何か腹に入れておいた方がいい」
「……ありがとう」
受け取ったはいいが、そのまま弄んでしまう。瑛斗は頬をぽりぽりと掻いてからまた言葉を紡いだ。
「……みんな心配してたぜ。特にラウラが」
「……うん」
(みんなに、迷惑かけちゃったな……)
ずき、と胸が痛んだ。瑛斗は、しまったと慌てて取り繕う。
「ああいや。別にお前を責めようなんざ思ってない。ただ……」
「……?」
ただ、なんだろう。
「アレだ……。早く、いつものお前に戻ってほしいなって」
(『いつも』の……?)
「……ないよ……」
「ん?」
「わからないよ。いつものって……どんな感じなのかな……」
つうっ、と涙が落ちた。
「しゃ、シャル?」
瑛斗の声が聞こえてハッとした。
「あ……う、ううん。なんでもないよ」
涙を拭う。しかし、すぐにまた次の涙が溢れてくる。
「……あれ? 止まらないよ……。あれ? あれ……?」
「……シャル」
瑛斗の手が、優しくシャルロットの肩に乗った。
「悩みがあるなら、ちゃんと相談してくれよ。俺たち……」
瑛斗の言葉が、鼓膜を震わせる。
「━━━━友達だろ?」
シャルロットは瑛斗のその言葉に強く殴られたような気がした。
(……とも、だち……)
瑛斗の唐辺木は理解している。それでも、その言葉は今のシャルロットが
「………………」
シャルロットは静かに瑛斗の手を自分の肩から下ろした。
「シャル?」
「……瑛斗」
「な、なんだ?」
「君は、バカだよ……」
「え?」
「いつもいつも、肝心なところで気づいてくれなくて……」
瑛斗の顔を見るのが辛すぎるから、目を伏せて言い続けた。
「みんなに等しく優しくて、いらない勘違いばっかりして……!」
「お、おい、シャル? どうし━━━━」
「触らないでっ!」
近づいてきた手を、大好きな人の手を払いのける。
「僕の心配なんかしないでよ! 余計なお世話なだけだよ!」
「落ち着けって、なあ、シャル」
「君には、君がやるべきことがあるだろ! 僕の事なんか放っておいてよ! 僕は……僕は君のそういうところが大嫌いなんだ!!」
「……っ!」
言ってしまった。顔を上げることができない。
「……ああ、そうかよ」
降ってきたのは冷たい雰囲気を帯びた声。
「……心配して損した。帰らせてもらうぜ。悪かったな、邪魔して」
そのまま瑛斗は速い歩調で部屋から出て行った。その時の閉まる扉の音は大きかった。
「………………」
部屋は、またシャルロット一人になった。
『……素晴らしい決別の言葉だったよ。シャルル』
声が部屋に響いた。
決して忘れることのない、いや、忘れることができない声。未だに自分をその名で呼ぶ者の声。
それはシャルロットの胸元、待機状態の《ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ》から届いていた。
『今の言動からするに、君は私の提案を呑んだ、ということだね?』
「約束は、守ってください。……兄さん」
掠れた声に、明るい返事が返ってきた。
『ああ、もちろん守るとも。可愛い義妹との約束だからね』
「………………」
『それじゃあ迎えを出すから、昨日言った場所に来てね。待っているよ』
声は消えた。
(そうだ……。これで、いいんだよね。━━━━お母さん)
シャルロットの涙は消えていた。しかしその瞳には哀しみと寂しさが確かにあった。
◆
「はああっ!」
飛んでくるターゲットをビームソードで叩き落とす。
「人が心配してやったのに!」
左右から同時に来るターゲットは身を低くしてリーチに入ったところで薙ぎ払う。
「なんだってんだ! ちくしょう!!」
最大出力のビームガンで十機以上のターゲットを撃墜したところで終了のタイマーが鳴った。
「はぁっ、はぁっ……!」
肩で息をする俺は、第四アリーナで《G-soul》を使って訓練をしてた。いや、訓練っていうより、憂さ晴らしか。
「あれ? 瑛斗」
後ろから声をかけられた。振り返るとISスーツを身に着けたマドカがいた。
「どうしたの? シャルロットのところに行ったんじゃないの?」
「まあな。けどなんかよく分からねえけどいきなりキレられた」
展開を解除してマドカの前に立つ。
「キレられたの?」
「ああ。俺のことが大嫌いだのなんだの言いやがってな。俺もむかっ腹立ってアイツん部屋出て、で、ご覧のとおり憂さ晴らしだよ」
「それで最高難易度をクリアって……」
「ん? そう言えば難易度マックスだったな……。全然そんなの気にしてなかった」
「そ、そう……。でも、変じゃない?」
「何が」
「だって、シャルロットってそんな急に怒るような人じゃないと思うんだけどな」
「………………」
「それに、瑛斗がなにかしたのかもしれないよ?」
「俺が?」
「うん。胸を触ったとか」
「そんなことするか!」
「じゃあ、お尻触ったとか」
「もっとするか! なんだ! お前俺をどんなふうに見てるんだ!? 楯無さんに毒されてるぞお前!」
「冗談冗談。でも、思い出してみてよ。瑛斗、シャルロットと喧嘩する前にどんなこと言ったの?」
「どんなって……『悩みがあるなら相談しろよ』って言った」
「それだけ?」
「友達だろ? とも言ったぞ。励まそうと思って」
「……なるほど」
急にマドカが納得したようにうなずいた。
「瑛斗、それ、やっぱり瑛斗が悪いよ」
「え……」
「うん。それは瑛斗が悪いよ。うん、うん」
「なんだよ……。マドカまでそんなこと言うのかよ」
がっくりと落胆する。
「……でも、それでもそこまで怒るかなぁ?」
「だろ? やっぱりそう思うだろ?」
うーん、と唸るマドカはジト目で俺を見てきた。
「……やっぱりお尻触ったんだ」
「だからぁっ!」
「瑛斗!」
そこで突き刺さるような勢いの声で呼ばれた。
「ラウラ? どうした?」
肩で息をしているラウラは、ISスーツではなく普通に制服を着ている。
「なにかあったの? アリーナは制服で入っちゃダメなのに」
マドカの疑問はもっともだ。規則を破るなんて滅多にないラウラがこんなことをしてるなんてなにかあったとしか思えない。
「シャルロットが……」
ラウラは目に涙を溜めながら俺たちに告げた。
「シャルロットが……いなくなった……!」