IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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消えない、癒えない、拭えない 〜または過去から這い寄る白色の悪夢〜

目の前にいるこの人━━━━いや、アデル・デュノアは口元に笑みを浮かべながら俺たちを見ている。

「シャルの……お兄さん……?」

「そう。私は父の妻…本妻のお腹から生まれたんだ。デュノア家の家庭事情はシャルロットから話は聞いているだろう? 桐野瑛斗くん?」

……どうやら、俺の事も少しは知っているようだ。

「少しはな。だけど、あんたのことは一言も聞いてないぜ」

「おやおや、それはショックだ。シャルロット、どうして話してないんだい?」

「あなたには……関係ないことです」

シャルは絞り出すように言った。

「手厳しいなぁ。君に男の仕草を『教えた』のはこの私なのに」

俺はその言葉に反応した。

「あんたが?」

「そうだよ。この子は飲み込みが速くてね。すぐに覚えてくれたよ」

シャルの肩に手を乗せようとして、避けられていた。

「見た感じだと、どうも好かれてないみたいだな、お義兄さん?」

「そうみたいだ」

困ったように笑うアデル。けどその目は笑っていないように感じた。

「……帰って」

シャルが声を発した。

「ん?」

「帰ってください! 僕━━━━私の前からすぐに消えてください!」

いつもと違って、激しい口調だ。

「シャルロット? 少し落ち着いて………」

アデルがなだめるように言うが、シャルは聞いてない。

「どうしてまた私の前に現れた! あなたは━━━━!」

「シャルル、()()()()

「………っ!?」

『シャルル』と呼んだアデルにシャルは止められた。

「君は変わらないね。私と最初に会ったときも、そうやって騒ぎ立てた」

シャルに近づきながら語る。シャルは体が固まったように動かない。

そして、アデルの手がシャルの頬にそっと触れた。

「それを落ち着かせるのに、私も手を焼いたよ」

「あ……あ………ああ…………!」

(……どうしたんだ?)

シャルの手が震えていた。額には汗が浮かんでいる。

「良い子にするんだ、シャルル」

「うあ……あ……」

シャルは崩れ落ちるように地面に座り込んだ。

「シャルロット!」

ラウラが叫ぶが、シャルは震えているだけで反応しない。

「そう。君は私の言うとおりにすれば━━━━」

「そこで何をしている」

「?」

後ろから声が聞こえた。

「千冬姉……」

立っていたのは織斑先生だった。鋭い眼光をアデルに向けて、腕を組んでいる。

「おお、これはこれはブリュンヒルデ。初めまして。私は━━━━」

「自己紹介の前に、デュノアから離れろ」

遮るように織斑先生は言う。アデルはやれやれと頭を振ってからシャルの傍から離れた。

「では……改めまして、私はアデル・デュノアと申します。そこのシャルロットの義理の兄です」

「なるほど……。で? その義理の兄貴が突然ここに来て何をしている」

「大したことじゃあありません。たまたまこの国に立ち寄ったので、あの子の顔が見たくなっただけですよ」

まるで用意していたみたいにつらつらと話すアデルに、俺はまた嫌悪感を感じた。

「それにしては、義妹の方は嬉しそうではないが?」

「あー………」

織斑先生の言葉にバツを悪くしたように視線を外し、俺たちを順番に見てから息を吐いた。

「どうやら私はアウェーグラウンドに来てしまったみたいです。こういう時は早々に立ち去るに限る」

「それが賢明だな。出口はここの突き当りを曲がってすぐだ。そこの若い連中が怒らないうちに行った方がいいぞ」

見れば、ラウラがシュヴァルツェア・レーゲンの右腕を部分展開していた。俺は我慢してたってのに……

「ご丁寧にどうも。では、私はこれで」

織斑先生の横を通り過ぎてから、アデルは足を止めた。

「そうだ桐野瑛斗くん、君にこれを」

アデルが上着の内ポケットから取り出して俺に投げたのはUSBだった。

「なんだよこれ?」

「中身を見ればわかる。確かに渡したよ」

アデルの言葉に特に返事をする気にはならなかった。

「じゃあね、シャルル……また会おう」

シャルに向けて別れの言葉を言ってから、アデルは去って行った。

「なんだったんだ、あいつは」

俺は吐き捨てるようにして、頭を掻いた。

「『嫌悪感』って言葉に足が生えたみたいな奴だったぜ」

「おい瑛斗、シャルロットの前でそんなこと言うもんじゃないぞ」

っと、いけねえ。

「そうだな。シャル、悪かった」

「……………」

しかし返事が来ない。

「シャル?」

「……………」

もう一度呼ぶが、やっぱり返事をしない。

「シャル? シャールー?」

近づいて肩に触れる。

「……あ………あ……」

シャルは力無く垂れていた手をゆっくりあげて、頭を抱えるようにした。

「う……あ………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

突然悲鳴をあげるシャル。

「シャル!?」

 

次の瞬間、シャルは糸が切れた人形のように俺に向かって倒れた。

「おいシャル!? どうした!?」

身体を揺するけど反応しない。気を失ってる……!?

「シャル! おい! シャルロット!?」

ラウラと一夏、織斑先生が近づいてくる。

 

「ち、千冬姉……!」

 

「落ち着け。すぐに保健室に運ぶんだ」

「シャルロット! しっかりしろ! シャルロット……!」

 

狼狽する一夏、泣きそうになっているラウラ。状況が一気に混沌となる。

 

俺はシャルを抱えて走り出した。

(何がどうなってるんだ、まったく……!)

俺はわけがわからなかったが、とにかくシャルを保健室に連れて行くために走った。

 

ひたすら、走った。

 

シャルロットは、自分がどこにいるのか分からなかった。

(ここは、どこだろう…)

視界には、真っ白な空間がどこまでも広がっている。

しかし、すぐにシャルロットは理解した。

(そっか……。 これ、夢だ………)

夢と判断できた理由は一つ。

(お母さん……!)

自分の母が目の前に立っていたからだ。

(これで夢じゃなかったら、僕は死にかけてるのかな)

自分と同じ金色の髪をなびかせて、

(けど━━━━)

こちらに微笑みかけている。

(夢なら……良いよね)

「お母さん……!」

涙が溢れて、一歩、また一歩と近づく。

手が触れあいそうになる。その時、

「あ…」

母の姿は吹き飛ばされた砂のように消えて、自分の手はそのまま空を掴んだ。

「お母さん……?」

母の姿を求めて、周囲を見渡す。しかし、白い世界が広がっているだけである。

ふと、肩に気配を感じた。

(手……?)

手が乗っていた。

━━━━始めるよ、シャルル━━━━

「!?」

声の方へ弾かれるように振り返る。

そこにいたのは………

「……ん」

目を覚ますと、保健室の天井が見えた。

「気がついたか!」

次に聞こえたのは、一夏の声。

「一夏……」

上着を脱いだ状態でベッドに寝かされていたようだ。起き上がろうとすると、一夏に止められた。

「まだ横になってた方がいい。今、瑛斗とラウラ呼んでくるよ。丁度出て行ったところだから」

「あ……」

言う前に一夏は出て行った。

(……………)

何とは無しに窓の方に目を向ける。日はすっかり落ちて、外は暗い。

「僕は……」

 

何があったのか思い出そうと頭を働かせると、イメージが浮かび上がる。

 

瞬間、あの男の顔が目に浮かんだ。

(アデル……!)

ぞわり、と体の芯が凍りつくような感覚に支配される。

「シャルロット!」

「シャル! 大丈夫か?」

明るい声が聞こえた。

「ラウラ、瑛斗…」

ドアの向こうからラウラと瑛斗を連れた一夏が戻ってきた。

「体の具合はどうだ? 熱はないか? どこか痛くはないか?」

ラウラは素早く近づいてきて、手を握ってくれた。

「ありがとう。ちょっと……ショックだっただけだよ」

シャルロットはラウラに力無く笑いかけるしかできなかった。

「アデル・デュノア、か………」

瑛斗は顎に手をやって彼の名を口にした。

「なあ、アイツは何者なんだ? お前があんなになるなんて」

聞かれるだろうとは予感していた。

「……………」

だが、いざ答えようとすると体が拒絶する。シャルロットは毛布で顔の下半分を隠す。

「瑛斗!」

ラウラが瑛斗に顔を向ける。瑛斗は慌てて自分の失言を謝った。

「ああ、いや。別に無理に聞こうとなんてしないさ。シャル、悪かった」

「ううん……僕の方こそ、ごめん。迷惑かけちゃったみたいだね」

「いいさ。お前が無事で何よりだ。さて、どうする? そろそろ飯時だけど、一緒に行くか?」

瑛斗がドアの方を示す。

「……いや、遠慮しておくよ。食欲がないんだ」

「そうか……まあ、腹が減ったら行けばいい。具合が悪いんだったらちゃんと先生に言うんだぞ?」

「うん」

シャルロットの短い返事を聞き、瑛斗は頷いてから保健室の扉に手をかけた。

「シャルロット、本当に平気か?」

「うん。ありがとう。大丈夫だよ」

「無理はするなよ。お前はそういうところがある」

念を押すように言うラウラに、瑛斗が背中越しに言った。

「ラウラ、そっとしておいてやれ。急に倒れて起きたばっかりのやつに詰め寄っても意味ないぜ」

言われたラウラは少し寂しそうにした。だからシャルロットは微笑んでみせて『自分は大丈夫だよ』、と示した。

「…わかった」

ラウラは瑛斗の方へ歩いて行った。

「瑛斗のやつ、あんな風に言ってるけどお前が倒れてから、ラウラの次に……いや、同じくらい慌ててたんだぜ」

一夏がシャルロットの耳元でそう囁いた。

「え……」

「一夏ぁ! さっさと行くぞ!」

シャルロットが言おうとした矢先に、瑛斗が一夏を呼んだ。

「わかってるよ、ったく。またな。シャルロット」

一夏も瑛斗のところへ行き、シャルロットは一人になった。

「……………」

息を吐く。

(瑛斗たちに心配かけちゃった………)

そんな言葉が頭の中を巡った。

「もう……会うことなんてないと思ってたのに……」

口から漏れる言葉の最後は少し震えていた。

「…?」

唐突に、待機状態のラファールに通信が入った。身を起こして詳細を確認する。

「発信者不明の……プライベート・チャンネル………?」

怪しみながらも、シャルロットはウインドウをオンにし小さい表示を設定した画面を見た。

画面に映し出されたのは、どこかの会見会場だった。大勢の記者たちが前の長机に会見を開く人間を待っている。

「なんだろう……これ?」

最初は意味が分からなかった。しばらく経ってから、シャルロットは思考した。

(やっぱり誰かの悪戯? でも……それにしては━━━━)

しかし、その思考はすぐに中断された。シャッター音と共に、会見の主催者がやって来たのだ。

その主催者の姿を見て、目を見開く。

「そんな……!」

さらなる衝撃が、シャルロットに振りかかった。

 

「なんだよ……あれ………」

隣に立つ一夏が信じられないような口調でつぶやく。

「どういうことだ……!」

隣に立つラウラも、驚きを隠せないでいる。

 

俺とラウラと一夏がこの食堂に入ってきたと同時に、寮の食堂の大画面のテレビになにやら会見会場のようなものが映し出されているのが目に入った。

 

そして、すぐにシャッター音が聞こえ始めて、ある人物が現れる。

 

その人物は━━━━

『この度、父からデュノア社の代表取締役を受け継ぎました。アデル・デュノアです』

 

夕方会った、シャルの義理の兄だった。

「あいつ……何言ってんだ………!?」

 

『デュノア社は世界から見たIS産業では世界第三位の実績を誇っております。しかし、今までのような旧態依然とした状態では社の発展は図れません』

わけがわからなかったが、会見をしているアデルの姿はさっき見たのと同じように嫌な雰囲気を出していた。

『古い経営価値観を撤廃し、新しく、より世界に必要とされる企業にしていけるよう粉骨砕身して参ります』

驚いていたのは俺たちだけじゃない。

 

近くにいる箒、鈴、セシリア、マドカ、簪━━━━というかこの食堂にいるほぼ全員が映像にくぎ付けだ。

「何が、どうなってんだよ……!」

俺は、アデルの言葉なんて聞こえず、ただ数時間前とまったく同じことを言うしかできなかった。


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