IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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第十二章 金と黒の夜想曲
春風と緑風の狭間 〜または金色の追懐〜


戸宮ちゃんを中心とした事件から一か月ほどが経った。

一年生たちも学園に慣れたようで、毎日楽しそうに過ごしていて、最近は俺や一夏も声をかけられて、訓練に付き合ったりしてる。

だけども、俺の心はこの春と夏の中間のような青空とは裏腹に、どんよりと曇っている。

 

そう━━━━ヤツが原因だ。

「だあー! 今日も言うこと聞いてくれませんでしたよーっと!」

放課後、修復された第三アリーナの更衣室、ドカッとベンチに座って愚痴り。

「ここんとこ毎日やってるけど、全然上手くいかないな。ほら」

今日の自主練に付き合ってくれた一夏が俺にスポーツドリンクを投げてくる。

「サンキュ」

適度に冷たい飲み物を少し飲んで、また愚痴る。

「はぁ、流石に嫌になってくるぜ……! セフィロトのサイコフレームはうんともすんとも言わねえし」

俺のどんよりっぷりの原因はこの首のチョーカーになっているIS、《セフィロト》のせいである。

新入生、戸宮梢ちゃんの専用機《フォルヴァニス》、そして同じくこの春入学してきた一夏と蘭の知り合いの五反田蘭の専用機《フォルニアス》。

 

その二機のISにはセフィロト同様サイコフレームが搭載されていた。

 

だがセフィロトが暴走し、二人のISの真の姿である《フォルヴァ・フォルニアス》戦ったタッグマッチ以来、サイコフレームは起動した試しがない。

「どうして上手くいかないんだろうなぁ……」

 

戸宮ちゃんの持ってきたサイコフレームは無くなって、新しい情報を得ることは叶わなかった。不可抗力とはいえ、俺は自分で解明の糸口を潰してしまったんだ。

 

「あー! どうせなら戸宮ちゃんのISは解析してから壊したかった!」

 

「瑛斗、滅多なこと言うなよ」

 

「わ、わかってるよ……。そんな怖い顔すんなって」

 

少し不躾な発言だった。反省反省。

「それにしてもセフィロトか……。なあ、瑛斗」

「ん?」

「俺、ちょっと気になってたんだけどさ……」

「?」

「セフィロトって、もう一機あるだろ? スコールさんの」

「それが?」

「スコールさんって、どうやってセフィロトを制御してるんだろうな」

「……………」

言われてみればそうだ。

 

前に金色のセフィロト一号機を展開したスコールとは相対したことはあったが、暴走しているようなところは見たことがない。

「あ、いや。別にただ何となく気になっただけだから、気にしないでくれ」

「何か制御法があるのか……それとも………」

「瑛斗? おーい?」

「ん? あ、ああ。なんでもない。着替えて出ようぜ」

俺と一夏は着替えを済ませてアリーナを出た。

 

「あ、瑛斗、一夏」

寮へ戻って来た俺たちはシャルに会った。

「おう、シャルか」

「二人とも自主練の帰り?」

「ああ。瑛斗のセフィロトの制御訓練だよ」

「結果はいつも通り、何も起きなかった。お前も部活帰りか?」

「うん、ねぇこれ、もしよかったら」

シャルが差しだしてきたのはクッキーが入ったタッパーだった。

「部活で作りすぎちゃって。どう? 一緒に食べない?」

「貰う貰う。腹減ってるんだ」

「じゃあ俺の部屋来いよ。茶でも出すからさ」

俺は一夏とシャルを連れて部屋に戻った。

「シャルロットとラウラが学園に来たのも、丁度今くらいの時期だったよな」

部屋で紅茶を淹れながら話題提供のためにそんなことを言う。

「懐かしいな。俺はラウラに殴られて、瑛斗は投げられて」

「そうだね。僕も正直あの時は驚いたよ」

「驚いたって言うんなら、お前のことが一番驚いた」

淹れた紅茶をシャルたちに渡していく。

「うん。あの時は……ね」

カップを受け取ってから、シャルは洗面所の方を見た。

「瑛斗がボディーソープを持ってきて、僕はその……は、裸、でね」

「お、おお……」

少し気まずい感じの空気が流れる。

 

あれはまだシャルが三人目の男━━━━シャルル・デュノアとして学園にいたころだ。

 

ルームメイトだった俺はボディーソープの替えを渡そうと洗面所に入った。すると中から裸の女の子が出てきたんだ。

 

「驚いたよなあ……」

 

「うん、僕も……」

 

急に顔を見るのが恥ずかしくなって、お互いに目をそらしてしまった。

「おーい、俺、置いてかれてるんですけどー」

ジト目の一夏が呼びかけるように語尾を伸ばして言う。

「あ、ああ、悪い悪い」

「ご、ごめん」

 

シャルロットの男装の件は、学園内でも少しデリケートな問題だ。

 

俺や一夏を含む少数の事情を知っている人を除いた生徒間では、この件はフランスのちょっとした遊び心ということで片が付いている。

 

『デュノアさんは男でも女でもどっちでも通用する顔だから大丈夫!』

 

というのが総意だ。何が大丈夫なのかいまいちわからないけど。

 

『むしろ新しい扉開いたから!』

 

という漫研の女子からのコメントもあったが、いったい何の扉なのだろうか。

 

けど、教師側からするとそうもいかない。

 

一夏が織斑先生から聞かされた話だと、送り返したほうがいいのではないかという意見も教師陣から出たらしい。でも、今もこうして俺たちといるところからするに、その意見は通らなかったのだろう。

 

学園を離れる時はどうするのか、シャル自身に考えがあるかどうかはわからない。

 

その時が来たら相談に乗ってあげようと、俺は一夏と秘密裏に決めている。

 

だけど、それを考えるのはまだ先でもいいはずだ。

「まったく、思い出話するのはいいけど、俺も混ぜろよな」

 

一夏はそう言いながら、シャルが作ったクッキーに手を伸ばした。

「お、美味い」

「どれどれ」

俺も一枚取って口に放る。

「うん、美味いな」

クッキーは甘くて、紅茶に良く合う味だった。

「また料理の腕を上げたんじゃないか?」

「一夏に言われると、自信出ちゃうなぁ」

「ああ。一夏の言うとおりだ。シャルは本当に料理が上手だ」

「あ、ありがとう……」

シャルはなぜか頬を紅くした。

rrrrrr!

そこで携帯電話の着信音が鳴った。

「あ、僕だ。ラウラから? 出てもいい?」

「もちろん」

「もしもし? うん。瑛斗の部屋だけど……え? …………うん。うん。分かったよ。じゃあ」

シャルは短い受け答えをしてから電話を切った。

「どうした?」

「なんだか、僕に会いたいっていう人が来てるみたいなんだ」

「シャルロットに会いたい人?」

 

外部の人間で、こいつに会いたいなんて………。

「まさか、デュノア社関連か?」

「わからない。とりあえず行ってくるよ」

「俺たちも一緒に行くよ」

「ああ。どんなヤツが来たのかわからないからな。心配だ」

「一夏、瑛斗……! ありがとう」

シャルは俺たちに笑いかけた。

 

寮から出るとラウラがいた。

 

その隣にいるのが来訪者だということもすぐに理解できた。

「ラウラ、その人だな?」

「ああ」

一夏の問いにラウラは頷いた。

「アンタか。シャルロットに会いたいって言ってるっていう人は」

俺が聞くと、シャルロットと同じように短い金髪の、スーツ姿の若い男の人は穏やかに笑った。

「そうだよ。さっそくだけど、シャルロット・デュノアはいるかな?」

しゃべり方は確かに男っぽい。だけど顔は中性的で、まさに美形だ。

「もうそろそろ降りてくる」

俺が受け答えすると、寮の出入り口のドアが開いてシャルが出てきた。

「あ…………」

 

「ああ! シャルロット!」

その人はシャルの顔を見ると素早く駆け寄った。

「久しぶりだなぁ! 元気だったかい!? 会いたかったよ!」

軽く抱擁してからシャルの肩に手を置いたその人の表情はとても明るかった。

「あ………ああ…………」

だけどシャルの表情はそうじゃない。顔から血の気が失せて、真っ白になっている。

「━━━━いやっ!」

シャルはその人を突き飛ばした。

「おっと」

少しふらついたが、男の人はすぐに体勢を立て直して笑った。

「ひどいなぁ。せっかくの再会だっていうのに。突き飛ばすことないだろう?」

「どうして……!」

「うん?」

「どうしてあなたがここにいるの!?」

いつもと違い、シャルの様子がおかしい。普段のシャルらしからぬ激した語勢だ。

「シャル……? 一体どうしたんだ?」

俺がシャルに呼びかけると、その人は俺を見た。

「シャル…? そうかぁ。あだ名で呼ばれてるのかぁ。いい友達を持ったね━━━━『シャルル』?」

「「「!?」」」

俺たちはその人の言葉に驚いた。

「なんで、その名前を……?!」

女の格好をしたシャルを、『シャルロット』ではなく『シャルル』と呼んだ。つまり━━━━

(シャルの秘密を知っている……!?)

そう思ったときには、その疑問は俺の口を突いて出ていた。

「あんた何者だ? デュノア社の関係者か?」

その人は、俺たちの方を向いて、片手を胸のあたりに置いて一礼をしてきた。

「………はじめまして。私はアデル・デュノア」

「………『デュノア』?」

「そう。私は━━━━」

ザァッ、と風が吹き抜けた。

 

「シャルロット・デュノアの、腹違いの兄です」

風が止んで、その言葉が大気を、そして俺たちの心を揺さぶった。


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