IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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restart smile 〜または夜桜吹雪に喜びの涙を〜

「うう、やっと出れた……」

建物から出た鈴はブルブルと身震いした。

「どうしたんだよ? なんかあったのか?」

俺が問うと代わりに一夏が答えた。

「なんだかよく分からないけど、あの中の雰囲気が気に入らないんだってさ」

「そうか? そうは感じなかったけど」

「……でも、あの男の様子は変だった」

「ああ、確かにちょっと変だったな」

戸宮ちゃんの言葉に賛同すると携帯に着信が入った。

「電話だ。エリスさんから? もしもし?」

『き、桐野さん! 逃げてっす!!』

受話器から大音量のエリスさんの声が聞こえた。

「い、いきなり大声出さないでください! 耳がキーンって……」

『ご、ごめんなさいっす! わ、ちょ、先ぱ━━━━』

電話の向こうで何か物音がしてから、声の主は変わった。

『瑛斗、いまどこにいる?』

「エリナさん? どこって………今ちょうど戸宮ちゃんの手続きが終わって、支部の建物から出たところですけど」

『遅かった……!』

答えるとエリナさんの呻くような声が聞こえた。

「一体どうし━━━━」

「え、瑛斗…」

一夏が俺の肩を叩いた。

「なんだよ、いま電話中……」

そこで目に入ったのは、黒服にサングラスで筋骨隆々な感じの男数人が車から出てきてこっちに向かってる光景だった。

「ちょっと………ヤバそうじゃない?」

鈴が顔を引きつらせる。

「 ……あの人たち、銃を持ってる」

戸宮ちゃんの限りなく不吉な発言に俺たちは凍りつく。しかも男の一人がこっちを指差して何か叫んだ。

「な、なんだかよく分からないけど、走れ!!」

俺の声を合図に全員で走り出す。すると男たちも追いかけてきた。

『瑛斗! なにがあったの!?』

「なんだかよく分からない黒服の男たちに狙われてます!」

怒鳴るように答える。

『やっぱり……! 電話を切らないでそのまま聞いて! そいつらは梢ちゃんを殺すつもりでいるわ!』

「嘘だろおい……!」

通りを走りながら戦慄する。

『マーシャル社の合併に反対する過激派の一人……梢ちゃんを学園に送った張本人が仕組んだことらしいわ! マーシャル社の取締役から聞いたから間違いない!』

マーシャルはやっぱり亡国機業と繋がっていたのか……!

「それで! どうすればいいですか!?」

『とにかく空港へ向かって! 警察がそこで助けてくれるわ! 私たちも空港に向かってる!』

「空港だ! みんな、空港に向かうぞ!」

全員に聞こえるように言う。

「空港って、こっちと反対の方向よ!」

「マジかよ……!」

「IS使って飛ぶか!?」

「ダメだ! こんな街中で展開したら大騒ぎになる! ISは使うな!」

「じゃあどうするんだよ!」

「……あれだ!」

俺は目に入ったバスを指差す。偶然にも空港へ向かうバスだった。

「あれに乗って空港に行くぞ!」

バスに乗った瞬間ドアが閉まった。

他の乗客たちから不思議そうな目を向けられたがこの際気にしない。

「はあ……はあ……なんとか、逃げ切ったか…!」

一夏が肩で息をしながら言う。

「ったく、なんだったのよ……あれは」

窓の外をちらりと見やる。黒服の男たちは俺たちを見失ってくれていた。

「どうやら戸宮ちゃんを狙った刺客らしい。戸宮ちゃんを送り込んできたヤツの仕業だってよ」

「……やっぱり」

戸宮ちゃんは俯いてしまう。

「大丈夫。このバスに乗ってれば空港に行けるから」

そう言ってから、電話がまだ通話中だったことに気づいた。聞けば受話器からはエリナさんが俺を呼ぶ声が聞こえてくる。

「エリナさん、全員無事に空港行きのバスに乗れたんでそっちに向かいます」

『良かった! 無事だったのね! エリス! みんな大丈夫だって!』

『本当っすか! よかったっす~!』

電話の向こうで喜んでいる二人の声が聞こえた。

「そ、それじゃあそろそろ電話切りますね」

一応公共の場だし、あまりこういうのはいい印象じゃないはずだ。

 

『わかったわ。待ってるからね』

俺は電話を切って席に座った。

「ふぅ、危なかった……」

「まったく、ロクな目に遭わないわ」 

 

鈴が腕を組んでため息をつく。

「まあまあ、そう言うなって」

するとバスが停止した。停留所の止まったようだ。乗客が乗り降りしていく。

(……ん?)

俺は新しく乗ってきた乗客の一人に目がいった。

(何であんな厚着してるんだ? 身体も不自然に太ってる……)

三十歳くらいの、ギョロ目の男がチラとこっちを見てくる。目があったから俺は目を逸らした。

バスが発車する。

「………あ……!」

戸宮ちゃんが鈴の制服の袖を掴んだ。

「? 何よ?」

「………あいつ……」

「え?」

「なに?」

「……あいつが、私に命令………した」

戸宮ちゃんが指差したのは、俺と目があったあの男。

「じゃあ、あの男が━━━━」

「全員動くなぁっ!!」

『!?』

男が突然大声を上げた。そして着ていたコートの前を開ける。

「動くなよ……! 一人でも動いたら全員あの世行きだ!」

男の体には、大量の爆弾が巻きつけられていた!

「ひいいっ!?」

驚いた運転手がハンドル操作を誤って、車体が揺れる。

一瞬で車内がパニックになった。

「運転手! ちゃんと運転しろ! ただし空港には行くな! このままこのあたりを走れ!」

男が運転手に怒鳴り、血走った眼で俺たちを、いや、戸宮ちゃんを見てきた。

「A-34! こっちに来い!」

「……え」

俺たちは戸宮ちゃんを守るように構える。

「……………」

戸宮ちゃんは躊躇う。

(しまった! フォルヴァニスはフォルニアスと一緒にIS学園に……!)

先生たちに押収されたのを思い出して俺は舌打ちする。

「どうした! 私の命令が聞こえないのかっ!? それとも、ここにいる全員を巻き添えにして死にたいか?」

「……っ」

戸宮ちゃんは立ち上がった

「ちょっと、あんた本気なの?」

「……大丈夫……だと、思う」

戸宮ちゃんは鈴の問いに曖昧に頷いた。

近づいてきた戸宮ちゃんの肩を強引に引っ張って自分のそばに寄せると、男は持っていた手錠で自分の左手首と戸宮ちゃんの右手首を繋いだ。そして今度は俺たちに怒鳴ってきた。

「そこの専用機持ちども! お前たちもISを展開するな。他の乗客が死ぬぞ!」

「くそ……」

「外道が……!」

「こんな奴、すぐに倒せるのに……!」

『専用機持ち?』

『ISを持ってるのか?』

静かになっていた周囲がまたザワザワとざわめき始める。それを男が一喝して黙らせた。

「よし……。運転手! 俺が指定する場所に行けっ!」

男は戸宮ちゃんを連れて運転手のところに行くと地図らしきものが描かれている紙を見せた。

「………どうする? かなりマズい状況だぞ」

俺たちは小声で話し始める。

「……いつかセシリアとバスジャックを止めたことはあるけど、被害者になるのは初めてだ」

「そんなこと言ってる場合じゃないわよ。なんとかしなきゃ」

「なんとかっつっても、相手は体中に爆弾抱えてんだぞ。怪しい動きを見せたら即ドカンもありえる……」

すると男がこっちを向いて吠えた。

「お前ら! 何を話している!」

「別に何の話ってわけじゃねえよ」

俺は男の目を見て答えた。

「いいか、変な動きをしたらすぐにここにいる全員は木端微塵だぞ!」

男が袖から出ている紐を見せてきた。

「この紐を引けば爆弾は爆発する。絶対に動くなよ!」

「う…………うえぇぇぇ……うえぇぇぇ……!」

小さな男の子が泣き始めた。

「黙れ! 黙らないと爆弾を爆発させるぞ!」

しかし男の子は泣きやみそうにない。

 

「わぁぁぁぁん! おかあさぁぁぁぁん!!」

「黙れって言ってるだろ!」

男が男の子に向かって歩き出した。

「━━━━待てよ。子供が泣いてるだけだろ」

一夏が男に止めた。

「何……?」

「体中に爆弾巻いてるヤツが怒鳴ってるんだ。怯えるのは仕方ないだろって言ってるんだよ」

「ガキが!!」

ゴッ!!

「ぐっ……!」

一夏が男に殴られた。

「一夏!? ちょっとあんた!」

鈴が男に怒鳴るが、男は紐を見せて鈴を黙らせた。

「だ……大丈夫。これくらいなんともない」

一夏はそう言うが、頬は赤くなっている。

「……どうして、こんなことをする」

戸宮ちゃんが男に言った。

「どうして、だと……!? お前が任務を全うしていればこんなことはせずに済んだんだ! 全てお前のせいだ!」

「……なら、私だけを狙えばいい。この人たちは、関係ない!」

「黙れ! 人形の分際で━━━━」

「私は人形じゃないっ!!」

「………」

一際強くなった戸宮ちゃんの言葉に、男は一瞬たじろぐ。が、すぐにその目に歪んだ怒りの炎を宿した。

「ふは……そうか。お前まで……! お前まで私を━━━━!!」

男が紐に手をかけ、空気が凍りつく。

しかし、そこでバスが止まった。

「……着いたぞ」

運転手がこっちを向いて男に告げた。どうやら目的地に着いたらしい。

「なんだ…。? 倉庫か?」

窓から見えたのは、たくさんの倉庫が立ち並ぶ光景だった。

「チッ……。まあいい、来い」

男は踵を返して戸宮ちゃんとバスを降りた。

「バスはここに止めておけ! 誰も降りてくるなよ! この爆弾は強力だからな!」

どうすることもできず、俺たちは戸宮ちゃんを見送るしかなかった。男がいなくなり、車内には静かな話声が聞こえ始める。

「な、なあ、君たち……」

スーツ姿の男が俺たちに話しかけてきた。

「ISを持ってるんだろう? アイツをどうにかできないのかい?」

 

見れば、他の乗客たちもそう言いたそうな目をしていた。

「出来たらとっくにやってるわよ!」

鈴が怒鳴った。

「よせ鈴。……すみませんけど、今はどうすることもできません。あの爆弾がここら一帯を吹き飛ばすような代物だったら、俺たちはともかく、あなた達が無事じゃすまない」

「そうか……」

「ぐすっ……お兄ちゃん、ごめんなさい」

さっきの男の子が一夏の前に立って言う。

「ごめんなさい。僕のせいで……」

「平気だよ。兄ちゃんはこれくらいじゃなんともないから」

一夏は男の子の頭を撫でて笑う。

「さて……どうするか」

俺は窓から男と戸宮ちゃんの様子を伺う。なにやら話しているようだった。

 

 

「さて……よくも裏切ってくれたな。ギリギリまで待ってやったのに来なかったじゃないか」

バスから出て数歩歩いてから、男は梢の顔を見ながら言った。

「……こんなことはもうやめて」

「お前が命令するのか? 少し見ない間に生意気になったものだ」

「……マーシャルは、もうお終り。計画が失敗した時点で━━━━」

「黙れ!《フォルヴァ・フォルニアス》は完璧な機体だった! 私の力を思い知らさせ、マーシャルを今一度立て直すためのな! あの化物さえいなければ……!」

「……こんなことをして……あの組織が黙ってるわけがない」

「…………………」

梢の言葉を聞いて、男は一度息を吐いてから手錠を外した。

「分かっている。だから、A-34、一緒に来い」

「……え………」

「もう亡国機業に戻らず、別の組織へ鞍替えする。お前を手土産にすれば問題はないはずだ。拒否権はないぞ」

そう言って男は袖から垂れる紐を揺らした。

「……全部、私を捕まえるために?」

「狂気じみてるというか? だがな、ここまで来てしまったのだ。後戻りはできない」

「……………」

「選べ。私と来るか、ここでみんな爆弾に吹き飛ばされるか」

梢は悩んだ。ここで頷けば瑛斗たちを含めたバスの乗客は助かる。しかし拒否すれば………

 

「……私は……………」

梢は一歩下がった。

「逃げようと考えても無駄だ。言っただろう? 爆弾は強力だとな」

「……………」

後ろのバスを見る。窓の内側から瑛斗たちが見ていた。

(……私のために、手を尽くしてくれたあの人たちが、助かるのなら………)

「……………わかった」

梢は小さく頷くと、男は哄笑を吐き出した。

「ハハハ! そうだ。お前は口でいくら言っても私の操り人形であることは変わりない! ハハハハハ!」

(……やっぱり、上手くいくわけなかったんだ……)

自由なんて、ありえない。自由なんて、あるはずがない。今までも、これからも、ずっと━━━━。

そんな思いが頭をよぎり、目から一筋の涙が零れた。

「…………ひどいことをするわね」

ふと、声が聞こえた。女の声だ。

「誰だっ!」

男が叫ぶと、また声がした。

「女の子を泣かせるなんて、男の風上にもおけないわ」

現れたのは、警官姿で帽子を深く被って顔を隠した長身の女だった。

髪は、息を呑むような、美しい金髪。

「……誰、なの?」

梢の問いには答えず、女はこちらに近づいてくる。

「く、来るな! 私は爆弾を━━━━」

短く、乾いた音が響いた。

それから数秒経ってから、梢は女の手にサイレンサー付きの拳銃が握られているのに気づいた。

「う……!?」

男がガクリと両膝を折った。

「あ………! あ………!?」

男の服の胸のあたりを赤い血が汚し、男は地面に倒れ伏す。

「先に爆弾(武器)を晒してきたのはそっちよ。今のは正当防衛ね」

倒れたまま動かない男を中心にして、赤い水溜りが広がっていく。

「………………!」

震える梢の肩に女の手が乗った。

「もう大丈夫よ。悪いやつは死んだわ」

笑いかけてくる女の目は、絶対零度の冷たさを秘めていた。

「それじゃあ、あとはよろしくね」

新たにやって来た警官風の女が動かない男を担ぎ上げて、脚に装甲を展開した。

「……IS……?」

ISらしきものを展開したもう一人の女は、そのまま路地の方へ消えて行った。残った金髪の女も、梢に軽い敬礼をしてからバスへ向かって行く。

立ち尽くす梢の靴のつま先が、流れた赤い血に濡れた。

 

 

「い、今………撃った?」

鈴がうわごとのようにつぶやく。

「それより、あの女の人って……」

一夏がこっちに話しかけてきたが、俺はそんなことを気かける余裕がなかった。

(どういうことだよ……!?)

窓のせいで狭い範囲しか見れなかったけど、男が撃たれたのが見えた。

しかも女二人が来て、一人がISみたいなのを使って倒れた男を連れ去った。

 

でも、俺の目を釘づけにしたのは、金色の髪の女だ。

(見間違えるはずがない……!)

「あ、瑛斗!」

俺は跳ね上がらんばかりに席を立って乗り降り口へと駆けた。

「お下がりください」

「━━━━!」

降りようとした時に、バスに乗り込んできたその金髪の女と鉢合わせした。

「お前は………!」

「……お下がりください」

「くっ……!」

女の冷たい声に威圧されて、思わず俺は一歩下がった。

「乗客の皆様! バスジャック犯は我々が捕縛しました! もう大丈夫です!」

そう宣言すると、乗客たちから安堵の声があがった。

(やられた……!)

こうなってくると、もう女の正体を晒すことができない。そっちのほうが危険なことは百も承知だ。

「待てよ鈴!」

すると鈴が立ち上がって喜び合う人達の間を潜って戸宮ちゃんのところへ行った。俺は一度女を見たが、特に反応はなかったので俺と一夏もバスの外へ降りた。

「梢! 大丈夫!?」

鈴は戸宮ちゃんのところへ駆けつけた。

「怪我はしてないわね!?」

戸宮ちゃんは鈴の問いになんとか頷く。

「……でも、あの男が……」

戸宮ちゃんの足元には、血溜まりが。あの男のものだ。

「━━━━うちの組織の人間が迷惑をかけてごめんなさいね」

「「「!」」」

振り返ると、警官姿の女が立っていた。

「わざわざ警察の恰好で来るなんて、どういうつもりなんだ。………スコール」

俺が名前を呼ぶと、スコールは帽子をとって長い金髪を下ろした。

「あら? 助けてあげたのに随分な言い草ね」

「まさか、次はあんた達がバスを乗っ取るつもり?」

鈴に顔を向けたスコールは薄く笑いを浮かべた。

「それもいいわねぇ」

「お前は………!!」

俺はビームガンを呼び出して銃口を向ける。

「━━━━と思ったけど、やめておくわ。今日は組織の膿を排除しに来ただけだから」

スコールは戸宮ちゃんに目を向けた。

「……………」

「かわいそうな子……。あんな男の下で、さぞ辛かったでしょうね」

「梢まで殺すつもり!?」

鈴は戸宮ちゃんの前に立って吠えた。

「安心して。女の子を殺すなんて私の美学に反するから」

「マドカにあんなことをして、よくもそんな……!」

声音を低くする一夏に肩を竦めてみせてから、スコールは腕時計に目を落とした。

「さて、そろそろ本物の警察が来る頃ね。オータム」

スコールが呼ぶと、見たことのないISを展開したオータムが現れた。

「爆弾の無力化も済んだぞ。アイツはチリも残さず消してやった」

「そう、勝手をする駄犬にはふさわしい最期ね。ご苦労様。帰りましょうか」

「待て! 逃がすと思うのか!?」

俺は《G-soul》を全身展開に切り替えてビームソードを抜いた。

「……オータム」

「分かってるよ。はぁっ!」

オータムの展開するISの背中の装甲から、六本のアームが伸びた。

「《アラクネ》改め《アルバ・アラクネ》。いい出来でしょ? ジェシーがアラクネを改修したのよ」

「そういうわけだ。あばよ!」

アームの先端部分の銃口から地面に向けてエネルギー弾が連続射出されて土煙が立った。

「逃がすかっ!」

煙の中に飛び込んで、ビームソードを振る。だが手ごたえはなかった。煙が晴れたときには、すでに二人の姿は消えていたのだった。

「…………チッ!」

展開を解除して地面を蹴る。

「……………」

戸宮ちゃんは小刻みに震えていた。

「大丈夫か? 本当に怪我とかしてないな?」

「……………」

戸宮ちゃんはコクリと頷くだけで、何かを言うわけではない。

 

パトカーのサイレンが聞こえてきたのは、その直後だった。

 

 

「もうすぐIS学園ね。エリス、着陸準備」

「了解っす」

ロウディの操縦席。エリナさんがエリスさんに指示を出す。

「やっと帰ってきたのねぇー……」

鈴は、ため息まじりに言って、窓の外を見た。

時間は日が沈みかけている夕方。

「嵐のような数日だったなー……」

一夏もそうつぶやいて伸びをする。

結局スコールが消えた後、俺たちは取り調べらしい取り調べも受けずにすんなりとオランダを出ることになった。エリナさん曰く『政治的なことも関与しているのよ』とのこと。

まあ、そこらへんのことはよく分からないから、早く終わってよかったということにしよう。

(……それよか……)

俺が気になったのは、端の椅子に座っている戸宮ちゃんである。

「……………」

ずっと、一言も口にしないで、窓の向こうを見ている。

(そりゃ、人が目の前で撃たれたらショックだよな………)

男を撃ったスコールとは戸宮ちゃんは面識はなかったらしい。そう考えると余計に心配だ。

声をかけるべきかどうか悩み、鈴と一夏に話しかける。

「なあ、声かけた方がいいかな? ロウディに乗ってからずっとあの感じだし……」

「……そうしたいけど、なんていうか」

「晴れて自由の身なのに、落ち込んでるわよね……」

心ここに有らずな様子で流れていく景色を見ている戸宮ちゃんの姿が、なんだか寂しそうに見えた。

「……よし」

俺は小さく気合いを入れて、戸宮ちゃんに話しかけた。

「戸宮ちゃん、辛いことがたくさんあって大変だったかもしれないけどさ、もうお前は自由の身だ。身柄の安全もちゃんと保障されてる。だから………」

「……………」

無反応な戸宮ちゃんを見て、俺は言葉を詰まらせる。

「何やってんのよ! もう少しなんか明るい話題はないの?」

鈴が肘で小突いてきやがる。

「明るい話題っつったって、そんな……」

「……わからない」

「そうそう、わからない……って、ん?」

唐突に戸宮ちゃんが口を開いた。顔は窓の向こうを見たまま動いてないけど。

「……スワンさんの話で、マーシャルの人達の大部分は買収を受け入れてたのは分かった。でも、あの男がどうしてあそこまでして認めたくなかったのか、わからない」

「それは……」

エリナさん達がエレクリットとの話し合いを無事に終えたと聞いたときにその話も聞いたけど、男が撃たれて すぐだったので触れないでいた。でも気にならないと言えば嘘になる。

俺はエリナさんの方に顔を向けた。

「……あの男、マーシャルの先代の社長の息子だったそうよ」

エリナさんは遠い目をしながら話し始めた。

「本当なら自分が社長になるはずだった……けど、先代の社長がまったく違う人間を次の社長に選んだの。それ以来、あの男は一技術者として働いていたらしいんだけど、数か月前に失踪 。あとは瑛斗たちが知ってることと繋ぎ合わせれば、それが全てよ」

「何よそれ、ただの逆恨みじゃない」

鈴は顔をしかめて言う。

「確かに逆恨みって捉え方もあるわ。でも、他の会社に自分の父親の会社を取られたくないっていうのもあったかもしれないわね」

「それで爆弾を体に巻いてバスジャックか。ぶっとんだ親孝行もあったもんだ」

俺は頭の後ろで手を組んで背もたれによりかかった。

「真相は闇の中……ってやつっすね」

ポツリとエリスさん言うと、エリナさんは少し冗談めかした声をあげた。

「こんなこと言ってるけど、警察の人達から瑛斗たちの状況を聞いたとき、エリス半泣きだったのよ」

「へ?」

「せっ、先輩! 何を言うっすか! 何を!」

危ない、エリスさん前見て操縦しないと危ないよ。

「ほらほらエリス前見て操縦して。IS学園に落ちたら大変よ」

「ぬぬぬ……! でも、心配……したっすよ。だから桐野さんが無事で本当によかったっす」

エリスさん、心配してくれてたんだな。ありがたい。

「エリスさん」

「は、はいっす!?」

「ありがとうございました。心配してくれて」

「い、いいいいえ! ととっ、とんでもないっす!」

なぜか顔を紅くして噛みまくりで答えるエリスさん。俺の隣でエリナさんが笑いを噛み殺してたけど、なにがそんなに面白いんだろう?

「はっはーん。そういうこと……」

おまけに鈴はしたり顔で笑うし、それにエリナさんはウインクするだけだし、何が何やら。

「「?」」

一夏と一緒に首を捻る。

「……………」

おっといかん。戸宮ちゃんが置いてけぼりを食らってるよ。

「ま、まあ何はともあれ、戸宮ちゃん、もう大丈夫だ。言って通り、蘭の前に堂々と立てるぜ」

「………」

戸宮ちゃんは頷いただけだけど、心なしかちょっと嬉しそうに見えた。

「お世話になりましたー!」

遠くの空へ飛んでいくロウディを見送って、俺はほっと息を吐いた。

「あー、やっぱ地面に足がついてるっていいな」

一夏もそう言って首を鳴らす。

「宇宙育ちの俺の前で言うか?」

そりゃ失敬、と一夏は笑う。

「見て、誰か来るわよ」

すると鈴が何かに気づいて向こうのほうを指差した。

「おにーちゃーん!」

「おー、マドカか!」

手を振りながらかけてくるのはマドカだった。

「おかえりなさい! どうだった?」

「おう。バッチリ上手くいったぞ!」

一夏が親指を上にあげて笑って見せた。戸宮ちゃんの姿を認めたマドカも、うんうんと頷く。

 

「というか一夏、この作戦のリーダーは俺だぜ? なんでお前が威張るんだよ」

「まあまあ、この際細かいことはいいだろ?」

「お前なぁ……」

マドカはふふっ、と笑って見せると、一夏の手を引いて歩き始めた。

「じゃあ行こう! みんな待ってるよ!」

「みんな?」

「楯無さんがね、お兄ちゃんたちが帰ってきた時のためにいいことを企画してたの」

「楯無さんが……?」

俺と一夏はその言葉に警戒する。

「楯無さんの企画って……なぁ?」

「ああ……」

「大丈夫! 別に危ないことじゃないから! 早く早く!」

俺たちは恐る恐る付いて行くことにした。

……

…………

………………

 

……………………

マドカが連れてきたのは、桜が綺麗に咲いている寮の前の広場。俺のお気に入りのスポットの一つだった。

そこでひときわ目を引いたのは、広場にブルーシートを敷いて談笑している生徒たちの姿だった。

「何よ、このお花見会場……」

「食べ物まであるぜ……」

鈴と一夏がきょろきょろと周囲を見る。

「飛行機が飛んで来たのが見えたから、私が迎えに来たんだ」

マドカが説明するのと、シャルがこっちに気づいて手を振るのは同時だった。

「あ、瑛斗帰ってきた! おーい! 」

とりあえずシャルのところへ行くと、いつものメンツが揃っていた。

「どうやら、うまくいったようだな」

「ああ。道中色々あったがなんとかなった」

ラウラの言葉に答えると、後ろから楯無さんが飛びついてきた。

「二人ともお疲れさま! おねーさんが労をねぎらっちゃうぞ☆」

一夏ごと飛びつかれたのでバランスを崩しそうになってよろける。

「た、楯無さん、危ないから離れてください」

「もう、つれないわねぇ。いいじゃないの、ちょっとくらい!」

「お姉ちゃん……二人とも、疲れてるから……ね?」

「むー、簪ちゃんに言われちゃしょうがないか」

簪の一言で楯無さんは離れてくれる。

「ちょっとあんたたち、私の心配はしないわけ?」

鈴がむすっとした表情をする。

「お前は別にいいだろう」

「そうですわ。大方何もしてませんでしょうし」

しかし箒とセシリアに軽くあしらわれた。

「むきー! あんたたちってやつらは!」

「……………」

ふと戸宮ちゃんを見たとき、戸宮ちゃんの動きは止まっていた。

いや、正確には……、

「梢ちゃん……」

戸宮ちゃんは目の前に現れた蘭を見ていたんだ。

「………」

戸宮ちゃんは一歩踏み出そうとするが、躊躇ってしまう。

「今更何ビビってるのよ。さっさと行ってやりなさい。蘭が待ってるわ」

「あ……」

鈴に背中を押されて、フラフラと前に進む。だけどそれはすぐに確かな一歩になって、蘭と戸宮ちゃんの二人の距離が縮まっていく。

「………………」

しかしそれからの言葉が出ない。

「……あ、の……」

それでも戸宮ちゃんは絞り出すように言葉を紡いだ。

「……迷惑をかけて、心配をさせて、ごめんなさい」

「ううん。そんなのはいいんだよ……」

蘭は首を横に振った。

「よかった……! 楯無さんから聞いてたけど、もしかしたら、もう会えないかもって……!」

蘭はそのまま戸宮ちゃんを抱きしめた。

「よかった……よかったよぉ……!」

そしてワンワンと泣き始めた。

「……うん……!」

そして戸宮ちゃんもそれに応えるように蘭の背に手をまわして、一緒になって泣き始めた。

「やれやれ。やっと一段落着いたな」

俺はそれを見届けてからブルーシートに腰を下ろした。

「お疲れ様。はい、飲み物」

「ああ、サンキュ」

シャルから貰った飲み物に口を着ける。

「今日は、いったいどういうイベントだ?」

「楯無さんが言うにはね、新入生と━━━━」

「お花見で新入生と親睦を深めよう! っていうイベントよ!」

待ってましたと言わんばかりに楯無さんが割り込んできた。

「梢ちゃんの件もあったし、少し学園の雰囲気がアレな感じだったから、それを払拭するために生徒会長権限をフルで使っちゃったわ! 先生たちも向こうの方で飲んでるわよ」

「けほけほっ。もう、僕が瑛斗と話してたのに…」

「まあまあ、すぐに終わるから。そっちも大変だったみたいだけど、こっちも大変だったのよ」

「何がです?」

「彼女を助けるために、あんまり頼みたくない相手にいろいろ話して、IS委員会のオランダの支部や日本の本部に働きかけてもらったんだから」

「ありがとうございます」

 

「でも、一番大きいのは、彼女自身よね」

 

「ですね」

 

脱走騒ぎのあと、懲罰部屋に監禁されていた戸宮ちゃんを連れ出した時のことを思い返す。

 

「蘭ともっと一緒にいたい。笑って蘭の前に立ちたい……。その強い意志があったから、ああしていられるんだ」

 

見れば、タッグマッチの前日に街で偶然会った蘭や戸宮ちゃんと一緒にいた一年生の女の子たちも、嬉し泣きしながら感動の再会を果たしていた。

 

「友達思いのいい子たちよ。梢ちゃんを探すって息巻いてたんだから」

 

「そうなんですか。……ところで楯無さん」

「なぁに?」

「オランダの委員会支部、職員たちがビビり倒してたんですけど、どんな細工をしたんです?」

「それはね……」

「それは?」

「人には言えないような、とっても恐ろしいことだったりして~……ふふふ」

「そ、そうですか……」

楯無さんの微笑みに、ものすごい何かが滲んで見えた。

「それでも、そっちの方の大変さには負けるかな。あとで向こうで会った亡国機業のこと、聞かせてね」

「知ってたんですか!?」

「もちろんよ。私だもの」

 

舌をちろっと出して笑う楯無さんだったが、戸宮ちゃんを見て少し硬い顔つきになった。

 

「学園にいる三年間……その間で、彼女にはいろいろなことを考えてもらいたいわ」

 

「そっちのほうは、心配ないですよ」

「あら、どうして?」

 

「だって━━━━」

 

紙コップの中の飲み物をグイッと飲み干して、俺はもう一度戸宮ちゃんのほうを見た。

「だって、あの子を縛るものは何もない。自由なんだから」

 

そこにはもう涙はない。

 

陰を背負い、それでももがき続け、ついに掴み取った自由を抱きしめる━━━━笑顔が、咲いていた。


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