IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
めまぐるしく事態が急変し続けたタッグマッチの翌日、学園は臨時休校となっていた。
職員たちが破損したアリーナの修復に追われている一方で、授業の行われていない校舎内では、四人の少女たちが、ようやく見つけた担任教師を取り囲んでいた。
「梢ちゃんに会わせてください!」
「五反田さん、気持ちはわかるけど………」
今回の件の一番の被害者と言っても過言ではない蘭に、担任のミレイスは返答に窮して言葉を濁す。
「私たちからもお願いします!」
「梢ちゃんと、ちゃんと話がしたいんです!」
「先生お願い!」
同じく一年一組のフィル、ミカ、さやかが続く。
「あなたたちまで……」
「百歩譲ってお別れになってしまうとしても、言ってあげたいことがあるんです!」
「私たちは梢ちゃんの味方だって! だから先生! お願いします!」
声を揃えて頭を下げるフィルたちを見て、蘭は瞳を潤ませる。
「みんな……!」
「………………残念だけど、無理なものは無理なのよ」
だが、ミレイスはなおも首を横に振る。
蘭はいよいよ我慢できなくなった。
「どうしてですか!? 梢ちゃんに会いたいっていうのが、いけないんですか!?」
押さえ込んでいた焦燥が、言葉になって弾ける。こうしている間にも梢が一人閉じ込められていると思うと、蘭はたまらなかった。
「私も、彼女が今どこにいるのかわからないの……」
ミレイスの返事に、蘭は愕然とした。
「わからない……!?」
「戸宮さんを再度拘束したあとのことは、教師でもほんの一部しか知らされていないの。事が事だから、仕方ないのかも知れないけれど……」
「そんな………」
蘭、そして答えたミレイスまでもが表情を曇らせる。
「じゃあ梢ちゃんがどこにいるのか知ってる先生を探そう!」
そう声をあげたのは、さやかだった。
「ううん! もうこうなったら直接梢ちゃんを探すんだ! 学園にいるのは間違いないんだし、探せばきっと見つかるよ!」
さやかの言葉に、わずかでも希望を見いだそうとする蘭たち。
「わざわざそんなことをする必要はないわよ?」
そこへ、背後から別の声が投げかけられた。
「楯無さん……」
「せ、生徒会長!?」
楯無だった。開いた扇子には『見参!』と達筆な筆字で書かれている。
「生徒会長、必要ないって?」
フィルが尋ねると楯無は扇子を閉じて、指で弄びながら近づいた。
「楯無でいいわ。あなたたち、梢ちゃんのお友達?」
「は、はい」
「私たち梢ちゃんに会いたいんです!」
「どこにいるか知りませんか?」
んー、と閉じた扇子を口元にやり、楯無は視線を泳がせ、そしてズバッと答えた。
「彼女なら━━━━もういないわよ?」
「「「「えっ!?」」」」
教師一人と生徒三人が楯無の言葉に肩をビクッと震わせる。
「い、いないってどういうことですか!?」
「言葉の通りよ。梢ちゃんは今IS学園にはいないの。探したって見つからないわ」
「ま、まさか………!」
蘭の顔からみるみる色が失われていく。楯無は倒れそうになる蘭の肩に手を置いた。
「安心して。学園を追い出して委員会に突き出したわけじゃないわ」
「じゃあ……?」
「………今頃、あなたの好きな先輩が、一肌脱いでくれているころよ」
蘭は、楯無の言葉の意味を全ては理解できなかった。
だが、これだけはわかった。
一夏が。
そして鈴が。
梢のために動いてくれている、と。
◆
「……よし、準備はいいな?」
「もちろんよ」
「ああ」
「……………」
オランダのとある空港。
その正面出入り口から、四人の少年少女が出てきた。
瑛斗、鈴、一夏、そして━━━梢。
四人のIS学園生徒が、オランダに降り立った。
「……まさか、オランダに来ることになるなんて……」
梢は思わず独りごちる。
「アタシも昨日の夜までは思ってもみなかったわよ」
鈴はぐーっと伸びをしながら言った。
「瑛斗がここまで行動的とはな」
一夏は瑛斗の方を見て笑う。
「まあ、タイミングっていうのもあったな。ですよね、エリナさん?」
そう言って振り返る瑛斗。視線の先には自動ドアから出てくるエリナ・スワンとエリス・セリーネの姿があった。
「そうね。私も昨日まであなたたちを連れてここに来ることになるとは思ってもみなかったわ」
「自分もっす」
エリナとエリスはマーシャル社との会合の為にオランダへやって来たのだが、昨晩瑛斗はそれに同行させてもらうことを頼んでおいたのだ。
「助かりましたよ。おかげでオランダに来れました。ロウディで来るのが一番手っ取り早かったんで」
「いいのよ。瑛斗の頼みですもの。上手くいくといいわね」
「………あの、それで、ここへは何をしに?」
梢はずっと気になっていた疑問を瑛斗にぶつけた。
「そうだな。ここまで来れば言ってもいいか。オランダに来た目的はな、戸宮ちゃん、お前のその不安定な立場を確かなものにするためだ」
「………?」
「回りくどい言い方すんじゃないわよ。簡単に戸宮を正式なオランダ代表候補生にしてもらいに来たって言えばいいじゃない」
「……え……」
鈴の言葉に少し驚いた顔を見せる梢の顔を見てから、俺の考えはこうだ、と瑛斗は説明を始めながら歩き出した。
「オランダ政府がお前の代表候補の採用を不正なものにしてるなら、正式なものにしてもらえばいい」
「……でも」
「でも、そんなにすんなりいくもんなんすか?」
「もちろん。うちのやり手な生徒会長がもろもろの準備をしてくれましたよ。本人の了承がいるからって言うんで戸宮ちゃんには来てもらったんです」
「なるほどね。じゃあ織斑君と凰ちゃんも連れてきたのはどうして?」
「一夏と鈴の二人は護衛です」
「護衛?」
「亡国機業が絡んでるんだ。やつらが何もしてこない確証があるわけじゃないし、マーシャルの過激派のこともある。もしもの事も考えて、ってやつです」
「箒とセシリアも来たがってたけど、良かったのか?」
「あー、いいのよいいのよあの二人は。そんなに大人数で行っても面倒なだけでしょ?」
「お前に言われてもなぁ……」
と、話しながら歩いていると瑛斗たちは目的地である『IS委員会オランダ支部』に到着した。
「さてと、到着だ」
「じゃあ、私とエリスはこっちだから。また空港で落ち合いましょ」
「はい。お仕事頑張ってください」
「あ、あの、桐野さん!」
「はい?」
エリスが瑛斗に声をかけた。
「え、と……」
しかし声をかけてきたは良いがそこから何も言わない。
「?」
「ま……またあとでっす!」
顔を赤くして言った言葉は、なんとも普通なものであった。
「? は、はあ」
きょとんとする瑛斗たちをよそにエリナは笑いを堪える。
「ふふ……。はいはい、行くわよエリス」
「あっ、ま、待ってっすー!」
先に歩き始めたエリナの後を追うようにエリスは駆け足で去って行った。
「なんだったんだ? 最後の……」
「さあ? ただの挨拶じゃないのか?」
首を捻るダブル唐辺木に鈴は、(こいつらは……)と。
梢は(……もしかして、二人とも、気づいてない?)と。
ジト目×2を向けるのだった。
◆
支部の建物に入った瑛斗たちは、すでに待っていた職員に迎えられた。
「あの━━━━多分もう話は通ってると思うんですが」
瑛斗が言うと、小柄な男性は額の汗をぬぐいながら頭を軽く下げる。
「え、ええ。こちらへ……」
そう言うと男は瑛斗たちを奥の通路へと案内した。
「……………」
「……………」
他の作業をしている職員たちが様子を伺うように瑛斗たちを見る。
(……何かしら? この嫌な感じ)
鈴はそんな職員たちを見て眉をひそめた。
(なんだか、怯えてる……?)
「鈴? どうした?」
後ろの一夏が急に歩調を遅くした鈴をいぶかしむ。
「う、ううん。なんでもない」
鈴は頭を振って、感じていた嫌な感覚を気のせいだと割り切った。
「こ、こちらです」
案内されたのは会議室と書かれた部屋の扉の前だった。
「よし、行くぞ戸宮ちゃん」
「………」
梢が頷いたのを見て瑛斗は扉を開けて中に入ろうとする。
だが一夏と鈴は引き留められた。
「なんですか?」
「も、申し訳ございません。ここに入れるのは桐野氏と戸宮氏のみと担当に言われているので……」
「どうしてアタシたちはダメなのよ!」
鈴が食って掛かるが男は申し訳ございませんの一点張りである。
「いいよ。俺と戸宮ちゃんだけでなんとかなるってんなら。それに俺たちは護衛だろ?」
「その護衛が近くにいなくてどうすんのよ!」
「任せとけって。いざとなったらG-soulを使う」
瑛斗はそう言うと梢とともに扉の向こうへ消えた。
「で、では! 私はこれで……!」
案内してきた男も足早に立ち去ってしまう。
「……どうも、引っかかるのよねー」
鈴は腕を組んで壁によりかかった。
「大丈夫さ。書類にサインするだけなんだろ?」
「そっちじゃなくて、この、こう、ここの雰囲気が引っかかるの」
「考えすぎじゃないのか? 昨日の今日だし、そうなるのも無理ねぇよ」
「そうならいいけど……」
鈴はふぅ、と息を吐いた。
◆
「……………」
部屋の中に入った瑛斗と梢の前には椅子に座っり眼鏡をかけ、スーツを着た細い男がいた。
「ど……どうぞ。お座りください」
促された二人は並んだ二つの椅子に腰を下ろした。
「俺たちが何をしに来たかは………分かってますよね?」
「は、はい! そちらの方のオランダ代表候補生としての正式な手続きでございますね」
男は数枚の書類を梢の前に差し出した。
「そちらの書類をご覧になっていただいたあと、一番最後の書類にサインを。それで正式に代表候補生として認可されます」
「……………」
梢は書類を手に取り黙読する。瑛斗はその間になんとなく男の手元を見た。
(………ん?)
そこで気づく。
「あの……」
「は、はい?」
「手が震えてますけど、大丈夫ですか?」
「え、あ………!」
男の手は小刻みに震えていて、額には汗が浮かんでいる。
「具合悪いんですか?」
「いっ、いえ! お気になさらず!」
男は慌てて首を振り、額の汗をぬぐった。
(………………)
そんなことを考えていると、書類を読み終わった梢が書類に名前を書き終えていた。
「……これで、いいの?」
書類を返された男は書類に書かれた梢の名前を確認して二、三度頷いた。
「こ、これであなたは正式にオランダの代表候補生として認可されました」
それじゃあ、瑛斗は立ち上がった。
「帰ろう、戸宮ちゃん。これで蘭に会えるぞ」
「……………はい」
部屋から出ると、待ちかまえていた一夏と鈴が二人に声をかけた。
「上手くいったか?」
「もちろん。これで戸宮ちゃんの無罪は確定さ」
「……ありがとうございました」
ペコ、と頭を下げる梢に瑛斗はうんうんと頷いた。
「終わったんならさっさとお暇しましょ」
鈴はスタスタと足早に通路を歩き出す。
「あ、おい、待てよ」
一夏たちもその後を追って通路を歩く。
「行こうか、戸宮ちゃん」
「………わかりました」
「……………」
出ていく四人を見送った職員たちは、ほっと息を吐く。
「あとは……これを…………」
細身の男は自分の携帯電話を取り出すと、メールボックスの送信ボタンを押し、一通のメールを送信した。
prrrr! prrrr!
数秒後、電話がかかってきた。
「も、もしもし?」
『ご苦労様。要求を受け入れてくれてありがとう』
「い、いえっ。とんでもありません」
電話の相手は、彼らが絶対敵わない人物であった。
『
「そ、それはもちろんでございます!」
『………では、通常業務に戻ってください。このアドレスも電話番号も、じき抹消されます。もう会うこともないでしょうから、言っておきます。本当にご苦労様』
労いの言葉のあとで、電話は切れた。
男は仕上げとばかりに通話履歴と、一番新しいアドレスを消去。
そして、固唾をのんで見守っていた同僚たちに頷いてみせると、安堵の空気が広がった。