IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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春の夜にさよならを 〜またはその想いの果て〜

「お兄ちゃん。鈴、大丈夫かな……」

マドカの心配する声が耳を撫でる。鈴と戸宮ちゃんが行ってから十分ほど経っていた。

「俺にも分からない。けど、なんとかしてくれると思う」

「なんとかって……」

「やはり、救援に行った方がよろしいのでは?」

セシリアの問いを箒が制した。

「いや、一対一の勝負に水を差すわけにはいかない。ここは、鈴を信じるしかないだろう」

「……………」

箒にそう言われ、セシリアは鈴が飛び去って行った方向を見た。

「しかし、気になるな…」

瑛斗の声にラウラが反応した。

「どうした?」

「戸宮ちゃんは、勝負を申し込まれた時あのまま蘭を人質に取って逃げることもできたはずだ。なのにどうしてあんなボロボロの状態にも関わらず、鈴の提案を受け入れたんだ?」

「それは………」

確かに俺たちが追いついたとき、フォルヴァニスの装甲からは小さな火花とスパークが散っていた。

「これは俺の勝手な考えだけど━━━━もしかしたら戸宮ちゃんは何か別の目的があるのかも知れない」

「でも……そうだとしたら、その目的って?」

簪の問いに瑛斗は肩を竦めた。

「そこまでは分からないな。それに、あんな状態でも鈴に勝つ自信が戸宮ちゃんにはある、っていう可能性もないわけじゃない」

「じゃあ、もし鈴が負けたら……」

シャルロットがつぶやく。

「……そうならないように俺たちはここで祈るしかない。鈴ならやってくれるさ。………多分な」

言い切らないところを見ると、瑛斗も若干の不安があるんだろう。

「では、十分だ。今から十分経って鈴が戻ってこなければ全員で救援に向かうぞ」

ラウラが俺たちに指示を飛ばした。

「……鈴、大丈夫かな」

再びマドカが心配そうに言う。

「鈴を信じよう。きっと、鈴ならなんとかしてくれる」

俺は、自分に言い聞かせる意味合いも込めてそう言うしかなかった。

 

 

繰り返される刃と刃のぶつかり合い。

「はあああっ!」

二つの円月刀に分割した《双天牙月》を両手に握り、鈴は高速で振り下ろす。

「……っ!」

ソードを持つ梢は悲鳴を上げる機体に鞭を打ちそれを受け止め、衝撃を殺すように受け流す。

そして横薙ぎにソードを振った。

「くっ!」

斬撃を躱し距離をとる鈴。そして梢に叫んだ。

「ちょっとアンタ! どうして飛び道具を使わないのよ!」

「……あなたに合わせてるだけ」

ソードを構え直し、梢は淡々と答える。

「強がっちゃってまったく……!アンタにそんなことやってる余裕ないでしょうが!」

「……………」

梢は無言のまま両腕のブースターに火をつけて鈴との間合いを詰める。

突きの型で刃が迫る。

「そんなの!」

単調とも言える攻撃を横に躱し、ガラ空きのところに牙月を叩き込もうとする。

 

「……遅い」

 

「うあっ!?」

左腕のブースターを噴射して鈴に虚を突く。そしてそのまま回転を利用してボルテック・フィストを展開した右の拳で裏拳を鈴に浴びせた。

「やるじゃない……!」

地面を転がった鈴は立ち上がって再び牙月を構えた。

「……………」

梢も《ボルテック・フィスト》を構える。

直後、フォルヴァニスの左腕の装甲から小さな爆発が起こった。

「……………」

ディスプレイに表示された内容は、左腕ブースターの破損だ。

(……さっきので、限界……)

「もう諦めなさい。そんな状態で勝てるわけないでしょ」

「……………」

梢はその言葉を聞かず、鈴との距離を詰めた。

「シカトしてんじゃないわよ!」

牙月を連結して梢のソードを受け止める。そして牙月を上に挙げてソードを弾き、フォルヴァニスの装甲を砕いた。

「……!」

衝撃によって吹き飛び、梢は地面に倒れる。

「何考えてるのよアンタは! 一体何が目的なのよ!」

「……………」

地面に倒れる梢に鈴は叫ぶ。

「アンタ、わざと負けようとしてるわね! なめてんじゃないわよ!」

「……………」

「違うってんなら、黙ってないでなんとか言ってみなさいよ!」

捲し立てる鈴。

「……私、は……」

梢は震える膝に鞭を打ち、ヨロヨロと起き上がった。

「……私は、IS学園で破壊活動を起こした犯罪者。学園には、戻れない」

「だから、何だっていうのよ…?」

眉をひそめる鈴に薄く笑いながら梢はソードを構えた。

「……戸宮梢は、五反田蘭を人質にして逃走。凰鈴音がそれを阻止。錯乱して、凰鈴音に襲い掛かるが、返り討ちにあい損傷した機体の爆発に巻き込まれ、死亡……」

「な、何……言ってんのよ、アンタ……」

梢の瞳の奥に、冷たく、硬い何かが見えて、鈴の身体は悪寒に震える。

 

「……この筋書きなら学園にはもう迷惑はかからない。そして……これが、私が自由になるための、何にも縛られないための方法……!」

背中のバーニアを噴かし、高速で鈴に迫る。

 

「っ!?」

「……私は、あなたを殺すつもりで戦ってる。手加減なんてしたら、あなたが、死ぬ」

右のボルテック・フィストの出力を高めて電撃剣を形成。そのまま斬りかかる。

「くっ……! アンタ正気なの!?」

「……正気かどうかなんて、もうわからない」

バチバチと爆ぜる閃光を隔てて、二人は視線を交わす。

「……でも、これが、せめてもの罪滅ぼしだから……!」

青白い輝きが増し、雷の剣はその形を大きくした。

「罪滅ぼし……? 甘ったれてんじゃないわよ!!」

しかし、それ以上に、鈴の瞳の怒りの炎は強かった。

牙月を力を込めて横に薙ぎ、強引に梢のバランスを崩したところに回し蹴りを叩き込む。

「蘭にテロの片棒を担がせておいて、何が自由よ! 結局アンタは蘭を利用したんじゃない! そのISだって、こうなると踏んで蘭に持たせてたんでしょ!! それで死んで詫びようなんて筋違いなのよ!!」

牙月の刃で梢の右腕の装甲を削って電撃剣を消滅させる。

「……私は、そうすることしか━━━━!」

 

「アンタは知らないだろうけど、蘭はアンタを想ってた!あの騒ぎの後、目を覚ましてすぐにアンタの心配をしたのよ!?」

 

「……………蘭が、私を……?」

 

「アンタはテロリストなんかじゃないって、そう言い続けてたのよ!? それなのに!」

梢が反撃に使おうとしたソードを打ち砕き、梢の腕を掴んで投げる。

「それなのに、アンタはそんな蘭を利用した! アタシは……アンタを絶対に許さないっ!!」

地面に梢の身体が打ちつけられると同時に飛び、牙月の切っ先を梢に運ぶ。

「…………………」

梢はその動作を見ながら、身体の力が抜けていくのを感じた。

(……そう。これでいい。これで、みんな終わる……)

自分から差し出すように、首を伸ばして喉を上げる。

「……さようなら、蘭」

 

(……展開、解除━━━━)

 

その時、梢と鈴の間に人の影が割って入った。

「…………………え?」

「アンタは何考えてんのよ…………蘭!」

止められた牙月の切っ先の数センチ前方には、蘭が手を大きく広げて梢を守るように立っていた。

「もう……もう、やめてください。鈴さんも、梢ちゃんも………!」

蘭の目からは、大粒の涙が流れていた。

「人が助けてやろうってのに、アンタ死にたいの!? どきなさい!」

 

「どきませんっ!!」

「蘭……!」

 

「鈴さん。梢ちゃんは、私を利用なんかしてませんよ。梢ちゃんはただ、私に本当のことを伝えたかっただけなんですよ……」

「どういう……ことよ……?」

鈴は蘭の言葉に驚く。

「……もしかして、聞いていた?」

梢の問いに、蘭は目を向けるだけで肯定した。

「梢ちゃんは殺させません。もし殺すって言うんなら、私ごとやってください」

「……………」

蘭の真っ直ぐな目に、鈴は内心苦笑した。

(……まったく、あの時とアベコベじゃないの。二人揃ってバカなのね)

牙月を下ろし、地面に刺した。

「分かったわ。アンタらのバカっぷりに免じて、これくらいにしておいてあげる」

「……はぁっ」

蘭はその場にへたりこんだ。

「……どう、して……助けた?」

そんな蘭に梢は問いかける。

「……そんなの、決まってるよ。私は梢ちゃんのことまだ全然知らないし、もっと一緒にいたいもの」

「……………」

えへへ、と力なく笑う蘭に、梢は何も言えなかった。

「それじゃあ、帰るわよ。戸宮、アンタも逃げないでついてきなさい」

言うと首を横に振った梢に鈴は眉をひそめる。

 

「……ごめんなさい。もう、エネルギーが…………」

 

「は?」

 

気がつけば、フォルヴァニスはその姿を消していた。

 

「鈴さん、乗せてってくださいよ。私も梢ちゃんもボロボロで……」

 

「し……仕方ないわね。甲龍の肩の装甲に掴まってなさい。足は支えててあげるから」

 

鈴は操作権を回復させた左右の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)に二人を載せ、島を離れた。

 

 

「そろそろ時間だな」

ラウラが時間を確認し、みんなが再度気を引き締める。

 

「一夏……」

 

「……わかってる。いこ━━━━」

「待てっ! 帰ってきた!」

瑛斗が指差した方向に目を凝らした。

こっちに向かってる鈴は、肩の装甲に蘭と戸宮ちゃんを乗せていた。

「……どういう状況だ? アレ」

瑛斗は首を捻る。

「とにかく行きましょう!」

セシリアの声に従って鈴のもとへ向かう。

「鈴、大丈夫か?」

「なんとかね。蘭もこの通り無事よ」

「は、はい。お騒がせしました」

「………で、こっちは?」

瑛斗は腕を組んで戸宮ちゃんの方を見た。

「……………」

「よく連れ戻せたっつーか、なんというか…………フォルヴァニスについては、大体察するが」

瑛斗は困ったように眉を下げる。

「ほら、アンタも言うことあんでしょ」

「……す、すみません……でした」

 

「ん。よろしい。さ、みんな帰るわよ。詳しい話は帰りながらね」

 

「お、おい鈴!」

 

俺たちは鈴のあとを追いながら学園に戻った。

 

「……………」

すっかり夜も更けたIS学園。

 

その二年生寮の屋上で、鈴はぼんやりと夜空を見ていた。

 

学園に戻った鈴たちを待っていたのは取り調べ。だが鈴の場合は担任教師からのお説教もセットだった。

 

しかし、鈴がヘコんでいるのはもっと別な理由である。梢のことだ。

梢は、学園に戻ってすぐに職員たちに連行されてしまった。

 

その時の蘭の悲しそうな表情が、鈴の脳裏にこびりついて消えない。

(本当に、これでよかったのかな…………)

結果として、最悪の事態は免れた。だが、鈴の心は決して晴れやかとは言い難かった。

 

(よかった……よね……一夏)

「━━━━鈴」

 

「?」

 

聞きなれた声に名前を呼ばれ、ツインテールを揺らしながら振り返る。

 

「こんなところにいたのか。もうすぐ消灯時間だぞ」

「一夏……」

そこにいたのは、心の内でつぶやいた、想い人であった。その手には缶コーヒーを二つ持っている。

「ほら、俺のおごりだ」

「ん」

缶コーヒーを受け取り、プルトップを開ける。

「……蘭、どうしてる?」

「とりあえず部屋に戻った。戸宮ちゃんは━━━━」

「それはなんとなくわかるわ。今度こそ出られないように、先生の見張りつきでどこかに閉じ込められてるんでしょ」

「ああ………。証言からして戸宮ちゃんが主犯じゃないってのは分かった。けど、どうなるかは俺にもわからない」

「学園にいる間は………ってのが効くかも微妙よね」

「……………」

「……………」

二人の間に静けさが漂う。

「………その、なんだ」

「?」

「いや…………なんでもねぇ」

「そう……」

浮かない鈴に、一夏はどう声をかけたらいいか分からなかった。

「……ねぇ、一夏」

そんな一夏に、逆に鈴が話しかけた。

「ん?」

「蘭が小学校の時、ひきこもりの子のところに何度も通って、学校へ連れてった時のこと覚えてる?」

「え……ああ、あの時か。俺とお前と弾の三人で止めたのに、蘭のやつ聞かなかったよな」

「それが?」と聞く一夏に鈴は缶に目を落としながら言った。

「戸宮にトドメを刺そうとした時に割って入ってきた蘭の目、その時と同じ目だった」

「目……?」

「真っ直ぐな、ただひたすらバカみたいに真っ直ぐな……そんな目よ」

瑛斗にも聞かせたこの話は、鈴の中学時代の印象に残る記憶の一つだった。

鈴は薄く笑いながら言葉を漏らす。

「こっちの気も知らないで、ホントに心配かけるんだから……」

「……………」

鈴の表情を見て、一夏は思った。

「なんつーかさ、お前と蘭って、姉妹みたいだよな」

「は? 何よ急に」

「だってそうだろ? 何かと喧嘩してんのに、鈴はいっつも蘭のことを心配してた」

「そ、それは………別にそんなんじゃ……」

「内緒にしてたけどよ、実はお前が中国に帰ってから、蘭、しばらく元気なかったんだぜ。寂しかったんだろうさ」

「え………」

「あいつも、お前のことそんなに嫌いじゃないんだよ」

「……………」

「あっと、今の話は蘭には内緒な。アイツ絶対怒るから」

「分かってるわよ。そんなの」

鈴はすっかり減った缶コーヒーの残りを飲み干した。

「………可愛いとこ、あんじゃないの」

「なんか言ったか?」

「ううん。別に」

そこで後ろから足音が聞こえた。

「よぉ、お前らも夜桜見物?」

軽く手を上げてやって来たのは瑛斗だった。

「瑛斗か。どうしたんだ?」

「早くしないと消灯時間よ」

「お前らに言われたかねぇよ」

瑛斗は口を尖らせた。

「ここ、俺のお気に入りのスポットの一つなんだ」

手擦りにもたれかかり、眼下の桜を眺める瑛斗。

「な? 綺麗だろ?」

「そうだな」

「去年も見てるけど、綺麗ね」

しばらく無言で見ていると瑛斗が「実は」と話を切り出した。

「戸宮ちゃんのことで少し話がある」

「何よ?」

「さっきエリスさんに電話したんだよ。セフィロトの件のついでに戸宮ちゃんのことも話した」

「それって機密事項なん━━━━」

「まあ聞けって。それでマーシャル社の名前を出したらさ、実はエレクリットはマーシャル社を買収してエレクリットの支社にする予定だったらしいんだよ」

「なんだか複雑な感じになってきたぞ」

「でも一部の反対派に過激な奴がいるらしい」

「じゃあ、戸宮を学園に送り込んだ張本人って………」

「十中八九その過激なやつだろうな。そこでだ」

瑛斗は携帯を操作して一夏たちに画面を見せた。

「これって……」

「楯無さんに協力してもらった。戸宮ちゃんを守るために、俺たちにできることはまだある」

そう言って、瑛斗は不敵に笑って見せるのだった。


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