IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
「ん………」
目を覚ました蘭が最初に見たのは、白い天井であった。学園内見学の時に見た、学園内に複数個ある保険室の一つ。その中のベッドに蘭は横たわっていた。
(あれ………? 私…………)
身を起こし、まだ覚めていない思考で思い出そうとしているところで一人の顔が目に入った。
「気がついた?」
「鈴さん……」
仕切りのカーテンの間から漏れる西日を浴びているのは、鈴であった。
「まだ動かない方がいいわよ。全身にダメージがあるから」
そう言って丸椅子に腰を下ろす鈴。
「う……」
言われてから、体中から鈍い痛みを感じた。
「あの……何があったんですか?」
「憶えてないのね?」
「はい……」
鈴はやれやれ、とかぶりを振った。
「アンタが暴走して大変だったってのに。いいご身分だわ、まったく」
「暴走……?」
わけが分からない蘭は首を捻る。
「正確に言うと、アンタのフォルニアスが戸宮のフォルヴァニスと合体して好き放題に暴れまわったのよ」
「は……?」
ますますわけが分からない。
「まぁ、いきなりそんなこと言われても意味分からないのは当然よね」
いまいち要領を得ない蘭は、そこで気づいた。自分の右手。人差し指と薬指に、緋と藍の指輪が填められていたのだ。
「……あの、梢ちゃんは? 梢ちゃんはどこにいるんですか?」
「………蘭」
「な、なんですか?」
鈴の真剣な表情に、蘭も表情を硬くする。
「今から私が話すことは、全部本当のことよ。ショックかもしれないけど、受け止めなさい」
そして、鈴は第一アリーナで起きたことを蘭に話した。
……
…………
………………
……………………
…………………………
「梢ちゃんが……そんな………」
数分し、鈴からの話を聞いて驚愕した。
「取り調べは終わって、今は学園のどこかに拘留されてるらしいわ。でも飲まず食わずで、糸が切れた人形みたいに、座り込んだまま動かないそうよ」
現在の梢の状況を説明し、鈴は続けた。
「オランダ政府はマーシャル社との関連を否定してるわ。もう少し詳しく調べれば何か分かるかもしれないけどね」
「…………………」
顔を俯かせる蘭に、鈴は頭をポリポリと掻いた。
「瑛斗も暴走したけど、アンタたちのISのサイコフレームを壊したら止まったわ。まったく訳の分からない代物ね。サイコフレームっていうのは」
言ってから、最後のは余計だったと後悔する。
「……私、梢ちゃんに利用されたんでしょうか」
「蘭………」
「……信じられないですよ。全然、そんな感じじゃなかったのに……」
目に涙を浮かべる蘭に、鈴は選ぶ言葉に戸惑った。
「あいつが一人でやったわけじゃないわ。共犯者がいるみたい」
「共犯だなんて━━━━!」
「アンタとあいつだけの問題じゃないのよ!」
やりきれない気持ちに苛立ち、鈴は声を荒げてしまう。蘭は、シュンとなって俯いた。
「ご、ごめん……。言い過ぎたわ」
「いえ……。あの、梢ちゃんは、どうなるんですか?」
「まだはっきりした処分は下せないはずよ。しばらくは拘束されるはず」
「そうですか……」
蘭はホッとしたように息を吐いた。
「あの……会うことは、できますか?」
「無理ね。あいつは学園を危険に晒したのよ。テロリストって言われても━━━━」
「梢ちゃんはそんな子じゃありません!!」
蘭の強い言葉に鈴は息を呑んだ。
だが、すぐに蘭は体に走った痛みに苦悶することになる。
「うぐっ……!」
身体を折り畳み、痛みに震える蘭。
「む、無理しちゃダメだって言ってるじゃない!」
鈴はどうしていいのかわからず、背中をさすってやることしかできなかった。
「そんな子じゃないですよ……!」
「え?」
「梢ちゃんは絶対に………絶対にそんな子じゃ……!!」
「蘭……アンタ………」
痛みに苛まれながら、なお言い続ける蘭に、鈴は何も言えなかった。
◆
「……………」
臨時で取調室となった生徒指導室。そこで俺は取り調べを受けていた。
セフィロトの情け容赦のない速度に疲労困憊な俺の取り調べの担当をしているのは……。
「え、と。で、では、桐野くんはあの時の記憶は無くて、気がついたら先生たちが突入してきた。……ということでいいですね?」
がっつりテンパってる山田先生だ。
「はい……ところで、山田先生」
「ひゃ、ひゃい?」
噛み気味に返事をしてくる先生に俺は両手首をあげて問いかけた。
「これ、いつになったら取ってくれるんですか?」
俺の両手首には、手錠がガッチリ掛けられている。ここに入る前に填められた。
「そ、それは~……」
「俺が自分の意志で蘭たちを襲ったわけじゃないし、こんな仰々しいことしなくても先生に危害を加えたりはしませんって」
この部屋に入る前にも、こんなこと言ったな、俺。その時は山田先生が、
『はぅぅ~……! ちょ、ちょっとだけですから、ね? ね?』
涙目でそう言ってきたんだ。どんだけ怖かったんだよ……。
「ほ、本当ですか?」
「本当ですとも」
「じゃ、じゃあ、失礼しますね」
そう言って先生は鍵を取り出して手錠を外してくれた。手首の戒めを解かれた俺は手首をさすりながら、ふぅ、と一息つく。
「……蘭はともかくとして、戸宮ちゃんはどうしてるんです? 俺の前に取り調べをしてたんですよね?」
「く、詳しいことは言えませんが、こちらの質問にはすべて答えてくれました。今は拘留していますよ。あ、どこにかは教えられませんからね! 怒られちゃいます! 私が!」
「そ、そうですか……」
俺は顎に手をやって考える。
(どうしてセフィロトは暴走したんだ? 一夏たちと最初に戦ったときはそんな見境なしに暴れたそうだけど、今回はフォルニアスとフォルヴァニスのサイコフレームだけを壊して止まったって………)
取り調べの最中に先生から聞き出せた情報からフォルニアスとフォルヴァニスの機体の秘密は把握できた。
(合体するとは驚きなシステムだ。詳しく知りた……。いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。蘭も命に関わるような怪我はしてないし、セフィロトは何が目的だったんだ……?)
「……の、あの!」
「ん? あ、はい?」
「もう取り調べは終わったので、そろそろ退室しないと………」
「あ、そうですね。行きましょうか」
俺は山田先生に促されて部屋を出た。
しばらく廊下を歩き、曲がり角に出た。
「では、私は書類を作らなきゃいけないので、これで失礼します。詳しい通知などはまた後々になると思いますので」
「はい。お疲れ様です」
俺は曲がり角を曲がった山田先生を見送る。まだ少し日が落ちるのが速いから、外の空は真っ暗だ。
(さて……これからどうするか……)
そう考えているところに、携帯に着信が入った。
「楯無さん? もしもし?」
『瑛斗くん? 取り調べは終わったかしら?』
「はい。今しがた終わりました」
『じゃあ、生徒会室に来てくれる? すぐに』
「?」
俺は電話で言われた通り、生徒会室に行った。案の定そこに楯無さんはいた。っていうかいてくれないと困る。
「来たわね。瑛斗くん」
くすっ、と微笑をたたえる楯無さん。
「で、なんでしょうか?」
「これを見て」
楯無さんはポケットから携帯電話を取り出して画面を俺に見せた。
「これは……」
そこに映っていたのは後姿だけだったが戸宮ちゃんだと分かった。
「梢ちゃんがいる部屋よ。その部屋の監視カメラの映像をこっちに回してるの」
「なるほど……って、そんなことして大丈夫なんですか?」
「バレなきゃいいのよ」
ケロッと言ってのけたよ、この人。
「はぁ……」
映像のなかの戸宮ちゃんは座ったまま動く様子はない。
「結局のところ、戸宮ちゃんの目的はなんだったんですかね」
俺が聞くと楯無さんは携帯をしまってから答えた。
「これは梢ちゃん一人だけでできる行動じゃないわ。バックにいるのは亡国機業よ」
「なんてこった……」
「でも梢ちゃんが亡国機業にいたわけじゃないの。梢ちゃんはただ利用されただけ」
「そういうことだったのか……」
マドカの他にも、亡国機業に利用されてる女の子はいたのか。
「虚に調べさせたの。戸宮ちゃんのデータよ」
机から出した書類を受け取った俺はパラパラとページをめくっていく。
「梢ちゃんは出身、経歴が一切不明。それを偽装工作で隠して、亡国機業は学園に彼女を送ってきたの。名前もきっと偽名」
「じゃあ、マーシャル社も……」
「すでに亡国機業の手に落ちてるわ。オランダ政府の一部の人間にも手は回ってるようね。でも、私があなたを呼んだ理由は別よ」
その目には鋭いものがあった。
「なんですか?」
「それは━━━━」
ドガアァァンッ!!!!
「「!?」」
突然、爆発音が轟き、足元が振動した。
「な、なんだ!?」
「爆発!? ………まさか!」
楯無さんはまた携帯を取出して操作する。
「やっぱり…!」
「どうしたんですか!?」
「やられたわ……! 見て」
楯無さんが俺に見せた画面は砂嵐だけが映っていた。
「なにも映ってない……?」
そして俺は理解した。何が起きたのか。
「た、楯無さん……もしかして!?」
楯無さんは頷いた。
「梢ちゃんが脱走したわ…」
◆
「い……今の揺れは何!?」
激しい振動が蘭を襲う。
「先生もいないし、鈴さんはもう戻っちゃったし……」
突然の事態に蘭は戸惑う。
唐突に扉が開いた。
「だ、誰!?」
警戒し、顔を向けるとそこにいたのは梢だった。
「……………」
「梢……ちゃん?」
驚く蘭に梢は近づく。
「……蘭」
「……ど、どうしてここに? どこかに閉じ込められてるんじゃ………」
「………万が一も考えて、事前に準備していた。爆発に気をとられているから、誰も来ない」
短く答え、梢は蘭の手に触れようとする。
「……蘭、一緒に行こう」
「行くって、どこへ?」
蘭は手を引っ込めた。
「……蘭…………」
「分からない。分からないよ…! 梢ちゃんは、本当に悪い人なの?」
「……………」
「答えてよ梢ちゃん。梢ちゃんは、私を利用したの?」
「……!」
蘭の問いに、梢はうろたえるように一歩下がった。
「……ち、違う。私は………!」
「じゃあ━━━━」
「動くなっ!」
後ろからの鋭い声が二人の鼓膜を振動させた。
「ラウラさん………!」
銃を構え、まっすぐこちらを見るラウラがいた。
「爆発を囮にしてこちらの注意を惹こうとしたのは良い判断だ。だがそれは私には通じんぞ。大人しく投降しろ」
「…………っ」
「抵抗しても無駄だ。すでに教師たちがここに向かっている。逃げ場はない!」
チャキ、と銃の安全装置を外してラウラは告げる。
「……私は………私は!」
梢は蘭の右手を強く握った。そこを中心に光が周囲を包んだ。
「ISを……!」
ラウラも《シュヴァルツェア・レーゲン》を展開するが、そのときにはすでに梢はいなくなっていた。
「クッ! しまった……!」
窓は開け放たれ、蘭がいたベッドは空。
梢は蘭を連れて姿を消した━━━━。
◆
「梢ちゃん! どうしてこんなことをするの!? なんとか言ってよ!」
「…………………」
フォルヴァニスを展開し夜の空を駆ける梢に蘭は手足を支えられていた。
しかし《フォルヴァニス》は《フォルヴァ・フォルニアス》となった時に瑛斗との戦闘で損傷していた。今も装甲や関節からは火花が散っていて、サイコフレームもなくなった今、なんとか操縦できる程度の状態で飛行している。
「どこに向かってるの!? ねえ!」
「……合流地点」
梢は小さく言った。
「合流…地点?」
「……そこで私の上司が待ってる。私は、もう学園には戻らない」
「そんな……! じゃあどうして私を連れて来たの!?」
「……それは、私が自由に生きるため」
「自由に、生きる……?」
「……私はもうすぐ自由になる。もう誰にも縛られない」
梢は、前を向いたまま蘭に話し始めた。
「……私は、父も、母も、そう呼べるものなんていない孤児だった。もちろん名前だって………。物心ついた時には、どこかの教会の真っ白で何もない部屋で、一人ぼっち。本ばかり読んでた。それから少し経って、私はどこかへ連れてかれた」
「……………」
「……たくさんの、白衣を着た大人たちに囲まれて、頭に装置をつけられた。私がどんなに痛くて泣き叫んでも、誰も助けてくれなかった。ただ、持っている紙に何かを書き込んでいくだけ」
梢は、蘭を支える手にわずかながら力を込めた。
「……そんな毎日だった。でも、しばらくしたら、今度は別の人達が来た。手に拳銃を持って、白衣の大人たちを殺していった。最後に残った私は、その人たちに連れて行かれた。それで…………今」
「……………」
梢の悲しみに染まった目を見た蘭は何も言えずにいた。
「……もう、こんな誰かに利用されるだけの生き方は嫌。私を縛る全てを殺して、私は自由になるの。だから━━━━蘭」
梢は蘭の目を見た。
「……こんな私に優しくしてくれた、初めてできた友達。あなたにちゃんとお別れを言いたくて、あなたを連れてきたの。迷惑をかけて、ごめんなさい」
「………そんなの」
蘭は自分の手をギュウ、と握った。
「そんなの………悲しいよ」
「……………」
「梢ちゃんの事、私まだ全然知らないよ。けど……誰かを殺して自由になっても、苦しいだけだよ……!」
「……蘭」
梢の真横。そこを見えない何かが通り過ぎた。
「……来た」
梢は停止し、振り仰いだ。
「戸宮! 蘭を返しなさい!」
甲龍を駆り、双天牙月を構えた鈴の姿を。
「蘭! 大丈夫か!?」
白式を展開した一夏に続き、箒、セシリア、マドカ、瑛斗、ラウラ、シャルロット、簪がやって来る。
「鈴さん! 一夏さん! みなさん!」
「蘭! すぐに助けるから待ってなさいよ!」
鈴は蘭に呼びかける。
「……………」
梢は右手のボルテック・フィストを最低出力で起動し、蘭の首に当てた。
「うっ……!?」
蘭は気絶し、ぐったりと動かなくなった。
「蘭ちゃん!?」
「……………」
そして気絶した蘭の顔に電気を帯びた左手を近づけて梢は鈴たちに告げた。
「……来るな。来れば、蘭を━━━━殺す」
「あなた、正真正銘の悪党だったようですわね……!」
セシリアが呻く。
「……なんとでも言えばいい。私は、立ち止まるわけにはいかない」
「待ちなさいよ」
動こうとした梢を鈴が止めた。
「アンタとアタシ……まだ決着がついてなかったわよね」
「…………」
「アタシと勝負しなさい。アンタが勝ったら蘭を連れてどこへなりとも行くがいいわ。でも、アタシが勝ったら蘭は返してもらう」
「お、おい鈴?」
セフィロトではなくG-soulを展開した瑛斗が目を瞬く。
「どうよ? アタシとの一騎打ち。他の奴らには邪魔させないわ」
「……………」
鈴は牙月を肩に担ぎ、挑発するような口調で言う。
「鈴さん……。何を考えていらっしゃるのかしら……?」
「あんな安い挑発に乗るはずが……」
「……わかった。相手に、なる」
梢は鈴の提案を飲んだ。
「……ここじゃ戦えない。場所を変える」
「いいわよ」
鈴は梢に近づいていく。
「鈴、勝てるのか?」
一夏が鈴に問う。
鈴は一夏に笑った。
「勝てるかどうかじゃないわ。勝つの」
そう言って鈴は一夏たちから離れ、梢とともに夜空の中に消えていった。
鈴と梢は近くの小島に降り立った。
「……………」
梢は蘭を木にもたれさせ、気を失ったままの蘭の前髪を撫でた。
ガラン! ガラン!
ふと、後ろからなにか金属が落ちる音が聞こえた。
「アンタ、ボロボロじゃない。これじゃ勝負は見えてるわ。だから、アタシの武器はこれだけよ」
牙月を構えた鈴の足元には、衝撃砲を備えた肩部装甲が落ちている。
「…………」
「本当は、蘭を殺すつもりなんて無いんでしょ?」
「……………」
梢は何も言わない。
「アタシとの一騎打ちをアンタも望んでたんでしょ?」
「……かもしれない」
「蘭って、アンタみたいな子を放っておけないタイプなのよ。良かったわね、蘭に会えて」
「……あなたの言う通り。蘭は、私が出会った、最高の人」
「でも━━━━アンタはそんな蘭の想いを踏み躙った」
鈴の目に攻撃色が差す。
梢も腕に力を入れ、ソードを構える。
「断言してあげる。アンタじゃアタシには勝てない。格の違い………見せてあげるわ!」
二つの刃が、激突した。