IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
「ガアアァッ!!」
瑛斗の右手装甲から飛び出したクローが空を切る。
「…………………」
それを蘭………いや、《フォルヴァ・フォルニアス》が躱し、一気に間合いを詰めて《ボルテック・フィスト》を構えた。
「二人とも! しっかりして!」
その二人の間にマドカがブレードビットを飛ばす。
「グウゥゥゥッ!」
すると瑛斗は背中のクローアームを一本後ろに向け、マドカへクローを射出する。
「それくらいっ!」
飛来するクローを大型ブレードビットで壁を作って防御した。
「下がれマドカ!」
ラウラの声に従い、マドカは後方へ下がる。
「はぁっ!」
眼帯を外し、
背中のクローの動きを止められた瑛斗は後方を見た。
そこに簪が立ちはだかり、打鉄弐式の《山嵐》に搭載されたミサイルを発射体勢にした。
「ごめん……!」
短い言葉の後、至近距離でのミサイルの爆発が瑛斗と蘭を襲った。
「やった……!?」
簪は目の前で巻き起こる爆炎を見て、直撃の手応えを感じていた。
「………………」
しかし被弾を避けるためにフォルヴァ・フォルニアスが展開したリフレクト・ウォールの有効圏内にいたため、瑛斗は無傷であった。
「効いてない!?」
驚く簪にフォルヴァ・フォルニアスの肩のレールガンが向いた。
「簪ちゃん!」
すんでのところで楯無が簪の手を引いて、簪は被弾を免れた。
「お、お姉ちゃん!」
「油断しないで! まだ来るわ!」
その隙に瑛斗は背中のもう一本のクローアームからクローを射出し、AICを切り裂いて上空に飛んだ。
「……………」
二色の装甲に操られる蘭は、瑛斗を追いかけるようにソードを構えて跳躍する。
「この距離なら!」
二人を同じ射線に捉えた箒が、刺突の動きに合わせて雨月のレーザーを発射した。
「グオォォッ!」
すると背中のクローを引き戻した瑛斗は身体を丸めた。
それに呼応するようにサイコフレームは青い輝きを増していく。
「グウゥゥゥ……ガアァァァァッ!!」
瑛斗が身体を大きく開くと、サイコフレームから青い光線がジグザグの軌道で全方位に向けて飛び散った。
その光線の一つが雨月のレーザーを飲み込み、そのまま箒へ襲いかかる。
「うああっ!!」
直撃を受けた箒は地面に叩きつけられる。楯無たちも光線を受けてダメージを負う。
「箒! 僕の後ろに!」
シールドを構えて箒の前にシャルロットが躍り出た。
シールドに弾かれ、光線は弾け飛ぶ。
「シャルロット!? 以前のような無茶は……!」
箒はシャルロットを案じて声をかけるが、シャルロットはそれに笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫。もうあんなことはしないよ。だけど……」
そしてキッと顔を隠された瑛斗を見つめた。
「瑛斗も蘭ちゃんも、絶対に助けてみせる!」
光線による攻撃が止むと、攻撃を防ぎきった蘭は高速で間合いを詰めソードを瑛斗に振り下ろしていた。
「グウゥッ!」
斬撃を食らった瑛斗は体勢を崩しながらも地面に降り立つ。
「……………」
そこにボルテック・フィストを起動させていた蘭が電撃を帯びた拳を瑛斗に叩きつけた。
吹き飛んで地面に激突した瑛斗を土煙が包み込む。
「………」
追い打ちをかけるため、蘭はまっすぐ瑛斗に向かって飛んだ。
「ウゥ……!」
電撃の影響で瑛斗は動きをとることができない。
「………」
そんな瑛斗を容赦のない斬撃が襲った。
「ガアァァッ!」
悲鳴に似た咆哮とともに地面を転がり、壁に激突した瑛斗はそのまま動かなくなった。
「瑛斗!」
シャルロットが瑛斗のもとへ向かおうとするが、それを蘭が阻んだ。
「……………」
両の手のボルテック・フィストが電撃を纏い、両腕ごと電撃剣となった。
「……っ!」
「シャルロットさん!」
セシリアがビットを飛ばし、レーザーを蘭に数発浴びせて隙を作る。
「セシリア! ありがとう!」
「瑛斗の動きは止まった! あとは蘭だけよ!」
鈴が双天牙月を構えて一気に間合いを詰めた。
「もらった!」
牙月が大上段から振り下ろされる。
「ダメッ!」
そこに梢が割って入った。そのため鈴は牙月の動きを梢の顔面ギリギリで止めた。
「ちょっと! この期に及んで何を言ってるのよ! どきなさい!」
「……どかない……! どいたら、蘭が傷つく………!」
「そんなこと言ってる場合じゃないのよ! ここで止めなきゃアンタが言った通り蘭はこの学園で破壊の限りを尽くすんでしょ!?」
「……それは………!」
梢が言葉を詰まらせるのと、爆音が響き渡るのはほぼ同時だった。
『!?』
爆音のした方向を全員で見る。
「グアァァァァァァァァァッ!!!!」
青く光る黒い塊が、残像とともに駆け抜け、鈴と梢、そして蘭を吹き飛ばした。
「また動き出した!?」
ラウラが言う。
「ガウゥゥッ!!」
「くそ……! 瑛斗! いい加減にしろ!」
《雪羅》を発動する一夏が瑛斗に対峙する。
「こんなのはお前の戦い方じゃない! マシンに飲み込まれちゃダメだ!」
「ガアァァァァッ!!」
一夏に向けて四つの腕を広げる瑛斗。
禍々しく、狂気に満ちた叫び声に皮膚を粟立たせながらも、一夏は恐怖に耐えて脚を踏み締めた。
「やるぞ白式! 瑛斗を止めるんだ!」
白と黒がぶつかり合う。
だが、一振りの太刀と四本の爪腕では、一度に繰り出せる攻撃数が違う。
一夏はすぐに追い込まれた。
「ぐっ……!」
雪片が手から離れ、一夏は武器を失う。
「お兄ちゃん!」
「一夏さん!」
「まだだ! まだ武器はぁぁぁぁっ!!」
そう。まだ武器はある。右手の荷電粒子砲、《雪羅》。
掌でスパークが爆ぜ、瑛斗の顔面に叩きつけ━━━━られなかった。
消えた。
全力の攻撃は、瑛斗に当たることなく、虚しく空を切り裂いた。
「グアァァ………」
真下から唸る声がした。
瑛斗は直前に身体を仰向けに倒し、背中のクローアームでその身体を支えていたのだ。
「ガアッ!!」
「ぐあっ!?」
一夏を蹴り飛ばし、瑛斗は蘭の頭を掴んで地面に叩きつけた。
「……………!」
衝撃で蘭の顔を覆う仮面に亀裂が走る。
「ガアァァッ! グガアァァァァァッ!!」
地面に叩きつけた蘭の頭を右手で押さえつけ、フォルヴァ・フォルニアスの装甲を、瑛斗は残りのクローアームでズタズタに引き裂き、むしり取っていく。
「な……なんだ?」
一夏はその光景を見て思わず言葉をこぼす。変わり果てた瑛斗の姿は、獲物を貪り食う野獣のそれと変わらなかった。
フォルヴァ・フォルニアスはなんとか瑛斗から逃れようともがくが、瑛斗はそれを許さない。
剥された装甲の内側から、紫色の光を放つサイコフレームが露出する。
「……! ダメ! やめて!」
「グウァァッ!」
梢の叫びを無視し、瑛斗は背中の二本のクローアームをフォルヴァ・フォルニアスのサイコフレームに突きたてた。
バリィン!!
砕かれたサイコフレームは光を失い、フォルヴァ・フォルニアスは消滅。
組み伏せられていた蘭はそのまま動かなくなった。
「蘭!」
一夏が蘭の名を呼ぶ。
「グウゥゥゥ……!」
頭をもたげた瑛斗は、梢の方へ振り向いた。
それと同時に、梢の頭に重く、冷たい声が響いた。
━━━━次ハ、貴様ダ━━━━
「……ひ!?」
梢は後ずさる。
(……な……に……? 激しい憎しみと、怒りが………流れてくる……!?)
「戸宮ちゃん! 逃げろ!」
恐怖に飲み込まれた梢には一夏の声は聞こえていない。
全てがスローモーションになり、黒い装甲と青い焔を纏った瑛斗がこちらに近づいてくるのだけがはっきりとわかった。
「……ああ……あ……!」
恐怖から来る震えにより、カチカチと歯がぶつかる。
「瑛斗! やめろ!」
一歩。
「瑛斗! もうやめて!」
また一歩。
「瑛斗……!」
梢の眼前に、狂気が立ちはだかった。
「ガアァァァ!!」
「……っ!」
右腕のクローアームが眼前に迫り、梢は瞼を強く閉じた。
パリィン!
「……………?」
何かが砕ける音が響いたが、梢は直痛みを感じなかった。
パラパラと、梢の頭から水色の破片が落ちる。
「……サイコフレームだけを、壊した……?」
地面に散らばり、光を失っていく破片。
「グウゥ………」
瑛斗は射出した二本のクローを巻き戻し、梢に背を向けて数歩歩く。
一夏たちは再度武器を構えた。
「グオォォォァァァァァァッ!!」
咆哮が天に吸い込まれる。
瑛斗の身体を包むセフィロトは、黒い装甲を収縮させて、サイコフレームを覆い、黒い光を短く放ってから、まるで役目を終えたかのように待機状態のチョーカーに戻った。
「う……あ…………」
ISスーツを着た瑛斗がドサリと地面に倒れ伏す。
「瑛斗!」
シャルロットがすぐに瑛斗に駆け寄る。
「瑛斗! しっかりして! 瑛斗!」
展開を解除し、瑛斗の身体を揺らす。
「う………」
すると瑛斗は一度顔をしかめてから目を開けた。
「こ………こは……? 俺……楯無さんと………試合を………」
身体を起こした瑛斗は目だけを動かして周囲を見て、言葉を漏らした。
「……なんで俺は、第一アリーナに…………?」
「なにも……憶えてないんだね…」
シャルロットは目を伏せる。
そこに打鉄、ラファール・リヴァイヴを展開した教員たちがアリーナに突入してきた。
教員は誰一人として瑛斗へは近づかず、二人が蘭のもとへ向かい、残りはライフルの安全装置を外した状態で梢に近づく。
「……………」
「戸宮さん……」
一年一組の担任教師、ミレイス・キャベルは複雑な表情で梢に告げた。
「あなたを、拘束します」
「……………」
梢は力なく頷き、連行される形でピットのゲートへ戻っていった。
「なにが……起きたんだ?」
それを見送った瑛斗はシャルロットに顔を向ける。
「……………」
シャルロットは瑛斗に話すことができずにいた。
「……ん……?」
ふと、一夏は気づいた。
「……………楯無さん?」
楯無がいつの間にか周囲から姿を消していたことに。
◆
「ハァッ、ハァッ……!」
息を切らし、学園の正門ゲートへ向けて走る男がいた。
「クソ…! なんなんだあれは! あの化物は! あんなの計算外すぎるぞ……!」
呻く男の額からはとめどなく汗が流れ落ちる。
「早くここを離れなくては━━━━!」
「『離れなくては』………どうなるのかしら?」
「!?」
上から声が降ってきた。
顔をあげると、頭上にはミステリアス・レイディを展開した楯無がいた。
「更識楯無……!」
「動かないで。私、今すごく怒ってるから」
楯無の声は絶対零度の冷たさを帯びていた。
「梢ちゃんを学園に送り込んだのは、あなたね?」
男は息を整え、答えた。
「……そうだと言ったら?」
「質問に質問で答えるのは、マナー違反よ。でも、その口ぶりで大体察したわ」
地面に降り立った楯無はさらに問いかけた。
「あなたも、亡国機業?」
「……………」
「その沈黙は肯定とみなすわ。亡国機業は、あんな女の子まで利用するのね」
楯無のその言葉を、男は嗤った。
「ハッ、我々は大いなる計画のために動いているのだ。そのような考えなど、とうに捨てて━━━━」
「そうか。では貴様は雑魚だな。ただの駒に過ぎん」
新たな声が聞こえた。
「織斑先生……」
「ブリュンヒルデか……! たとえ貴様であろうと、亡国機業を止めることはできない」
千冬は腕を組み、冷徹な表情で言った。
「かもしれんな。だが、お前のような三下が知らないところで、起こるべきことは起ころうとしている」
「なに……?」
訝しむ男に、千冬は告げた。
「わからないのか? ならば、貴様らが寝首をかかれるのはそう遠くはないかもしれないな」
「わけのわからないことを!」
男は上着の内ポケットから取り出したものを地面に叩きつけた。
すると周囲を閃光が包み込み、千冬と楯無の司会を奪った。光が消えると、そこに男の姿はなくなっていた。
「……………逃げたか」
「『逃がした』んじゃないですか?」
楯無は千冬に声をかける。
「先生も、
「まあな。だが……」
千冬は校舎へ戻るために振り返る。
「それを受け止めるのは━━━━アイツだ」
そう言って、千冬は楯無のもとを去った。
「……やれやれ、食えない人だわ」
楯無はそうつぶやき、嘆息した。