IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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運命。その言葉の意味 〜または嵐の前の静けさ〜

土曜日、駅前の有名なガールズファッションショップ。

休日の昼ということもあって、店内は若い女性たちで大賑わいだ。

「「「きゃああああ~~っ!」」」

その店内から、悲鳴にも似たような声が聞こえる。それを出していたのは……

「可愛い~っ!」

「すっごく似合ってる!」

「ファッション誌の表紙飾れるよ!」

IS学園新入生、蘭のクラスメイトで友人の、リカ・シエル、土屋さやか、フィル・ヒューリーであった。

そして、その三人から脚光を浴びているのは、

「……………」

フリフリの洋服を着た梢であった。その頬は照れくさいのか少し紅い。

「可愛いよ梢ちゃん!」

蘭も目をキラキラさせて梢に太鼓判を押す。

「……………」

梢はどうしてこうなったか思い返してみる。

(……午前授業が終わって、駅前に来て、この店に入って、こうなった)

回想終了である。かれこれ四十分はこうして着せ替え人形よろしい状態になっている。

しかし今のは梢視点の回想であって、蘭たちの視点の回想をすると

『梢が学園の制服で来た』→『梢が服装は気にしない、と言った』→『それじゃあ自分たちで選んであげよう』

……で、今の状況である。

最初は梢のことを思ってのことだったのだが、思いのほか梢がなんでも着こなすので楽しくなっているうちに、蘭たちは本来の目的を忘れてしまっていた。

「戸宮さん戸宮さん! 次これ着てみて!」

リカから渡されたのは、これまたフリッフリなフリルが着けられたピンクのワンピース。

「…………」

もう勢いに流されてしまっている梢は、作業的に服を受け取って試着室のカーテンを閉め、ややああってカーテンを開ける。

「「「「きゃあああ~っ!」」」」

また黄色い悲鳴を上げる四人。そんなことを繰り返しているうちに、なんだなんだと人が集まってきた。

『わ、あの子可愛いわね』

『他の子たちもモデルさんみたい』

『レベル高いわぁ~』

『ああいう風に着てみたーい!』

そしてその集まった人たちからもきゃあきゃあと騒がれる。

「……………」

梢はますます顔を紅くするのだった。

 

「やー、買った買った!」

ほくほく顔で言いながら、フィルは足元に置いた様々な店の紙袋を見る。

一通り行きたい店へ言った一行は近くにあったカフェのオープンテラスでお茶をしていた。

「戸宮さんも似合う服が買えてよかったね」

「……………」

さやかに話しかけられた梢はコクリと頷き、ストレートティーを飲む。服は制服ではなく、最初に行った店で買ったものだ。

「ふふ、やっぱり梢ちゃんも連れてきて良かった」

蘭も上機嫌でチーズケーキを食べている。

「……私、邪魔じゃない?」

「ううん! そんなことない! とっても楽しいよ! ね?」

蘭がリカたちに顔を向けると、三人とも『ねー』と揃った声をあげる。

そこで、さやかが梢の方を向いて声音を低くして言った。

「実のところはね、戸宮さんも誘おうって言ったの五反田さんなんだ」

「……え……?」

意外に思った梢は蘭の方を見る。蘭は照れたように頬を掻いた。

「い、いやぁ……梢ちゃんがクラスのみんなと少しでも仲良くなれたらいいなーって思ったから」

えへへ、と照れ笑いを浮かべる蘭。

「私、戸宮さんを見る目変わっちゃったなぁ。ちょっと無愛想なイメージあったけど、全然そんなことなかった」

「わたしもわたしも! すごく可愛い人だったんだね!」

「ちょっと、それひどくない?」

あはははは、と笑い合うリカたち。

 

(……私がいても、楽しそう……)

 

経験したことのない雰囲気に、梢はくすぐったいような、嬉しいような、そんな気がした。

(……いつ以来だろう。こんな気持ちになるの……)

 

そこへ……。

「ねぇねぇ君たちぃ」

「俺らと遊ばねぇ?」

チャラチャラしたいかにも軽そうな二人組の男がやって来た。

「え……な、なんですか?」

リカが警戒するように目を向けるとチャラ男その一は見た目通りな軽い感じで言った。

「俺たちさ、君たちがあのファッションショップにいた時にちらっと見たんだ。それで今また会えた。これって運命だと思うんだよね」

 

「そーそ! 運命運命! ね? 俺らと楽しいこと、しようぜ?」

「う、運命?」

顔を引きつらせるフィル。

「……………」

梢は、音を立てて椅子から立ち上がった。

「お、なになに? 一緒に来る?」

「……………」

ゴッ!!

「ぐえっ!?」

そしてチャラ男その一の顔面に拳を叩き込む。

「……運命なんて言葉を、軽々しく使うな」

「て………テメエこのアマ!」

キレたチャラ男その一はズボンのポケットから刃物を取り出し、梢に振り上げた!

「梢ちゃん!」

蘭が悲鳴に近い声をあげる。

「はーいストップ」

 

「?」

不意に肩に手を置かれたチャラ男その一は振り返る。

「おうおう、真っ昼間から女の子にそんなもん向けてるとは見過ごせないな」

そこにいたのは、私服姿の瑛斗だった。

「な、なんだお前」

「なんだチミはってか。そうです、私は、ただの通りすがりだっ!!」

ドゴッ!!

「ぐぼぁっ!!」

強烈な腹パンを食らったチャラ男その一はその場にうずくまる。

「「「「……………」」」」

あまりの事に付いて行けず、蘭たちはぽかーんとする。

「……あんれぇ? お前どっかで見たことあると思ったら、シャルに肩外されたチャラ男じゃんか」

ナイフを拾いあげ、うずくまるチャラ男を見下ろす瑛斗。

そこにシャルロットとラウラと簪が近づいてくるのが見えた。三人とも瑛斗同様私服である。

「……あ……!?」

そこでチャラ男その一の脳裏に、ある恐ろしい記憶が蘇った。

 

去年の秋ごろ、金髪の美少女をナンパしたら肩を外されたあの記憶が。

「あ……すっ、すすすっ、すいませんでしたぁー!!」

チャラ男その一はダッシュで逃亡。

「お、おい! 待ってくれよぉ!」

その連れだったチャラ男その二もそれに続いて逃亡する。

「やれやれ、懲りない奴だ」

ふん、と鼻を鳴らして逃げるチャラ男たちを一瞥してから瑛斗は梢たちを見た。

「大丈夫か? 怪我とかしてないな?」

「あ……はい」

「助かりました……」

「ありがとう……ございます……」

リカ、さやか、フィルの三人は瑛斗に礼の言葉を言う。

「おう。良いってことよ」

瑛斗が言うのと、シャルロットたちが瑛斗に合流したのは同時だった。

「瑛斗、何かあったの?」

「突然いなくなるな」

「心配、するから……」

「ああ悪い悪い。ちょっと悪党を見つけたんで、締めてやった」

そこでシャルロットはテーブルに座る四人に気づいた。

「あ、蘭ちゃん。こんにちは」

「こ、こんにちは」

シャルロットに声をかけられ、蘭は会釈する。

蘭は瑛斗たちとは顔見知りであり、梢も代表候補生なのでさほど緊張していなかった。

「き、桐野先輩……! 本物……!」

「デュノア先輩だ……」

「更識先輩にボーデヴィッヒ先輩もいる……!」

だが、リカたち三人は専用機持ちで代表候補生のシャルロット、ラウラ、簪、そしてISを動かせる男の一人の瑛斗が目の前に現れて萎縮してしまう。

「えっと、蘭たちも買い物?」

「あ、はい。みなさんもお買いものですか?」

蘭が聞くと、瑛斗は肩を竦めた。

「まあ、憂さ晴らしってところだな」

「……憂さ?」

梢が首を捻ると、シャルロットが説明した。

「ISの制御が上手くいかなくてね、気分転換に四人で来たんだ」

「あ、わ、私! 桐野先輩が授業では白いIS使ってて自主訓練では黒いISを使ってるの見たことあります!」

挙手したさやかとその発言に瑛斗は苦笑する。

「まあ、色々と込み入った事情があってな」

瑛斗は近くにあった椅子を持ってきて座った。

「まったく、明日試合だというのに暢気なことだ」

ラウラが椅子に座って腕を組む。

「試合前、の、休養も大事……」

「簪の言う通りだよ。瑛斗もアレが動かせないだけで他は問題ないんだから」

簪とシャルロットも近くにあった椅子に腰かける。

蘭たちも合わせて八人でテーブルを囲むことになったが、大き目のテーブルだったのでさして問題はない。

瑛斗たちはやって来た店員に飲み物を注文して、また蘭たちと会話を始めた。

「君たちはみんな蘭と戸宮ちゃんのクラスメイト?」

「え、あ、はい! リカ・シエルです!」

「土屋さやかです!」

「フィル・ヒューリーです!」

背筋を伸ばして自己紹介する三人に瑛斗は優しく笑った。

「固い固い。そんなかしこまらなくていいって」

瑛斗の笑顔に三人の乙女心は完全にノックアウトされる。

(か、カッコイ~!)

(さっきのチャラ男を殴った時のキリッとした顔も良いけど……)

(笑顔も素敵!)

「「「……!」」」

 

「……?」

そんな彼女たちの熱視線に気づかないあたり、瑛斗の唐辺木スキルが絶賛発動しているのだろう。

「そう言えば、蘭ちゃんと戸宮さんも明日データ収集のための試合をするんだよね?」

「はい。鈴さんと一夏さんと」

「……………」

梢もコクリと頷く。

「アイツら手強いぞ。気を引き締めてな」

瑛斗が二人を激励する。

「瑛斗も明日は頑張らないとダメだよ」

そんな瑛斗にシャルロットがあはは、と笑う。

「分かってるって。けど、向こうがどんなISで来るか全く見当がつかないんだよな」

「本音も、教えてくれない」

「だがおおよその見当はつく。整備科には代表候補生はいない。ましてや専用機持ちなど。となれば使ってくるとしたら……」

「訓練機の《ラファール・リバイヴ》か《打鉄》をベースにした改造機体ってことになるね」

「打鉄を改造してくるって……まさか簪の《打鉄弐式》の兄弟機だったり」

考えるだけでも恐ろしい、と瑛斗は言う。

「それは……多分無いと思います」

「え?」

そこでさやかは口を開いた。

「実は、私この前先生に頼まれて第一整備室に機材を運んだ時に整備科の人達がISを弄ってるのを見たんです」

「マジで?」

「遠くからちょっと見ただけですけど、アレは打鉄っていうより、ラファール・リヴァイヴに近い形でした」

さやかの発言を受け、瑛斗は顎に手をやった。

「ラファールの改造機体か……じゃあシャルの機体と似たものかもな」

「うん。でも使えるパーツには限度があると思うよ」

「ベース機体の種類が分かっただけでも良しとするか。ありがとうな。土屋ちゃん」

「い、いえ! お役に立てて光栄です!」

さやかは頭を下げる。しかし勢いが強すぎてテーブルに思いきり打ち付けてしまった。

「あうぅ~……」

額をさするさやか。蘭たちは笑い声をあげた。

「………………」

そこで、梢は椅子からおもむろに立ち上がった。

「どうしたの?」

「……お手洗い」

蘭の問いかけに短く答え、梢はテーブルを離れた。

 

「………………」

手洗いに行くと装って、梢が足を運んだのは建物と建物の間の人がいない路地だった。

「……誰?」

梢は誰もいないはずの路地で問いかけの言葉を発した。

『あらら、気づかれちゃったか』

すると、どこからともなく返事が返ってきた。

「……フォルヴァニスが教えてくれた。誰かが、私を追ってるって」

『そのISと話ができるのって、本当みたいね』

「……この子は、私に話しかけてくれる。私も、この子の声に応えてあげてる」

「サイコフレームのおかげでね」

「……!?」

サイコフレームという言葉に反応し、梢は振り返る。

そこには、壁に背中を預け、いつものような扇子ではなく、あんパンを持っている私服姿の楯無がいた。

「更識……楯無……」

「うーん、瑛斗くんにならってあんパンを持って来たけどやっぱりコレは尾行の時は邪魔ね」

そう言いながらあんパンの最後の一口を口に放り、腕を組んで咀嚼する。

「……いつから、気づいてた」

梢の問いにあんパンを飲み込んでから答えた。

「入学式の二日後くらいかしらね。確証を得たのはその次の日の夜だったけど」

楯無は腕を解いた。左手には手帳のようなものが握らていた。

「オランダ政府に()()に聞いてあげたら、こんな情報が入手できたわ」

パラパラと手帳のページをめくり、あるページを梢に見せるように手帳を突き出した。

「……………」

「オランダ政府が不正な代表候補採用の実情を揉み消した、っていう情報がね」

「……………」

梢はわずかに身構えた。今の楯無は無防備。フォルヴァニスを展開してここで取り押さえればこの場を乗り切れると判断したからだ。

「私を消そうとしてもダメよ。私は更識楯無……」

梢は妙な湿気を感じた。気が付けば、梢の周囲には霧のような何かが浮遊している。

清き熱情(クリア・パッション)……あなたがいい子にしてれば、木端微塵にするのは勘弁してあげる」

クス、と笑う楯無の頭には《ミステリアス・レイディ》のヘッドギアが装着されていた。

「……何が、望み?」

梢は身体から力を抜いた。

「別にあなたを委員会に突き出そうだなんて考えてはないわ。ただ、教えてほしいの」

「……何を?」

「あなたのさっきの反応で、サイコフレームがあなたの機体に装備されてるのは分かったわ」

「……………」

「教えてくれない? そのサイコフレーム、どこで手に入れたの?」

「……………」

「……………」

二人の間に静寂が流れる。

少しの沈黙の後、梢は告げた。

「……知らない」

「え?」

「……私は知らない。私は駒。ただ、フォルヴァニスを使い、フォルニアスを蘭に渡しただけ」

「……死にたくないなら、ちゃんと答えるのが賢明よ?」

「……………」

梢は楯無の忠告を聞かず、歩き出した。

「……やれるものなら、やってみればいい。あなたも、無事じゃすまない」

「……ッ」

梢は今の静寂の間で楯無に自分を殺すつもりはないと理解したのだ。

「……さよなら。蘭たちが待ってるので」

梢は楯無の横を素通りして路地から出た。

「はー……。やっぱり、直接行くしかないかぁ」

楯無は梢の背を見送り、学園への帰路についた。

 

夜になり、梢は寮の大浴場へやって来ていた。

 

「はあ〜……気持ちいい……」

 

「………………」

 

一糸纏わぬ身体を浴槽に沈め、膝を抱えてなるべく小さくなっている梢の横では、蘭が心地よさそうに息をついている。

 

瑛斗たちと別れて街を遊び歩いた帰りがけ、梢は蘭やフィルたちに『今夜一緒に大浴場を使おう』と誘われ、半ば無理矢理に連れてこられたのだ。

 

「どうかな? シャワーもいいけど、こういう広いお風呂もいいでしょ?」

 

「………………」

 

梢はコクンと頷く。

 

蘭は満足げにうんうんと一緒になって頷いた。

 

「この時間ならまだそんなに人もいないし、ゆっくり浸かってられるんだよ」

 

「……そう」

 

「やほー、蘭ちゃん、梢ちゃん。お待たせ」

 

「湯加減どう?」

 

少し遅れてやって来たフィル、さやか、リカの三人が梢と蘭のそばで湯船に浸かった。

 

今日の一日だけで、一同は互いに名前で呼び合う仲にまで進展していた。

 

「ん〜! 今日はたくさん歩いたから身体に沁みますなあ」

 

「フィル、なんか年寄りみたいだよ」

 

「わ! 梢ちゃん肌綺麗だね」

 

「何かいい美容品とか使ってるの?」

 

「……特に、何も」

 

「えー! いいなあ、何もせずにそんなに綺麗なんて」

 

「惜しむらくはそのバストかなあ」

 

「…………………」

 

さやかが言うと、全員の視線が梢の胸部に注がれる。梢の胸は蘭やさやかたちと比べるとやや小ぶり……というか平坦であった。

 

(……わかってはいたけど、ちょっと羨ましい)

 

膝を抱く腕の力を少し強めると、蘭が慌ててフォローに回った。

 

「だ、大丈夫だよ梢ちゃん! これから! これから大きくなるから!」

 

慰めの言葉をかけてくれるが、梢の目にはしっかりと、その存在を主張している蘭の二つのふくらみが見えていた。

 

「……そういうことにしておく」

 

「なんでそんな遠い目してるの!?」

 

「もう、さやかが変なこと言うからだよ?」

 

「ご、ごめんごめん」

 

楽しげな笑い声。それを聞きながら、梢もわずかに笑顔を作る。

 

だが、すぐに普段の無表情に戻った。感づいていたのだ。梢にとってのこの夢のような時間が、もうじき終わりを迎えることに。

 

生徒会長(楯無)はすでに自分のことに感づいている。教師たちの耳に入るのも時間の問題だろう。

 

そうなれば、自分は━━━━。

 

「……蘭」

 

「なに?」

そう考えたときには、蘭へ声をかけていた。

 

「……蘭、あのね」

 

「うん」

 

言ってしまえば何もかもが終わる。

 

そう。『何もかも』が。

 

「…………………」

 

次の言葉が出なかった。急に、怖くなった。

 

「梢ちゃん?」

 

「……………ごめん。やっぱり、なんでもない。少し、のぼせただけ」

 

「そ、そう?」

 

不思議そうな顔をする蘭たちへ、梢はそれぞれに一度ずつ顔を向けた。

 

「……今日は、ありがとう。すごく、楽しかった」

 

口をついて出た言葉が、ただのでまかせだったのか、それとも本心だったのか。もう梢にはそれがわからなかった。

 

蘭たちは、梢の胸中を知る由もなく、笑ってみせた。

 

 

『気づかれただと!?』

深夜、梢は受話器の向こうからの怒鳴り声を聞いていた。

『何をやっているのだお前は! 委員会にこのことが知れたら……!』

「……大丈夫。向こうにその気はないみたい」

だが、梢の声を無視するように、電話の向こうの男は言った。

『ええい! こうなれば、計画の実行を速める! 明日だ!』

「……!?」

梢は耳を疑った。

「……待って、そんなことしたら………!」

『これは決定事項だ! 最早後戻りなどできん! いいな!』

 

ブツッ、と乱暴な音と共に電話は切れた。

「……………」

梢は脚から力が抜け、ベッドに座り込んだ。

「……明日? 明日……フォルニアスは……蘭は………!」

視界が滲み、頬を熱い液体が伝った。

「……んぅ? どうしたの?」

すると、隣のベッドから声がした。蘭が起きたのだ。

「……な、なんでも、ない」

 

梢は慌てて布団の中に入る。

「そっか……」

部屋の明かりを消しているので、蘭は梢が涙を流していることに気づいていない。

「梢ちゃん、ありがとうね」

「……え……?」

「私、梢ちゃんがいたから専用機持ちで、しかも代表候補生になれたよ」

「……………」

「初めて声をかけられた時は、ちょっと怖かったけど、梢ちゃんっていい子なんだよね」

「……………」

「まだ知り合って日も浅いけど、これからもよろしくね」

「……………」

「……梢ちゃん?」

「……………」

「寝ちゃったかぁ……。私も寝よ…………」

そして蘭は再び眠りに落ちた。

「……めん……さ……」

蘭が眠ったのを確認し、梢は声を漏らす。

「……ごめん………ごめんなさい……!」

その言葉は届くことなく、落ちる涙とともに枕を濡らした。


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