IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
夜になり、蘭は日曜日のデータ採取のための戦闘実施の内容を梢に話していた。
「……………」
しかし梢はコクリと頷くだけで特に何かを言おうとするわけではない。
「そ、それと鈴さんが、『次はボコボコにしてやるから覚悟しなさい』って言ってたよ」
「……………」
何か反応するかと思って鈴の別れ際のセリフを言っても、ただコクリと頷くだけだ。
ベッドに腰掛けて向かい合う二人の間に沈黙が漂う。
(うぅ……何か話題を……!)
思考をめぐらせる蘭。そこでふと気になっていたことを思い出す。
「そう言えば、さっき鈴さんと戦ったときの、あれってなんだったの?」
蘭が気になっていたこととは先刻の鈴、一夏との戦闘の時、梢が衝撃砲を避けた後に梢から送られてきたプライベート・チャンネルだ。
「あの時梢ちゃんの前に飛び出すように言われたけど、あのバリアはいったい?」
鈴が二つの円月刀にした牙月で梢に斬りかかったとき、飛び出した蘭の周りには絶対防御とは違うバリアのようなものが展開された。突然の事だったため、蘭は未だにそれが何なのか把握できていなかったのだ。
「……あれは、フォルニアスとフォルヴァニスが至近距離にいると発動する、リフレクトウォール」
「リフレクトウォール?」
首を捻る蘭に梢は説明を始めた。
「……BRFがビームを無力化するなら、リフレクトウォールは実弾、実体衝撃を弾き返す」
「へぇ、じゃあ、本当にバリアなんだね」
「……………」
梢は頷き、さらに続けた。
「……エネルギーはフォルニアスからもらう。私が攻撃、あなたが防御をして、相手を倒す」
梢は蘭の隣に座った。
「私たち二人で、戦う」
「な、なるほど……」
梢はそっと蘭の右手に指輪となっているフォルニアスに触れた。
「……この子も、『蘭が操縦者で嬉しい』って言ってる」
そこで蘭の気になることが一つ追加された。
「梢ちゃんはどうして、ISの声が聞こえるの?」
聞くと、梢は首を横に振った。
「……私が聞けるのは、フォルヴァニスとフォルニアスだけ。IS全部の声は聞けない」
「じゃ、じゃあどうしてフォルニアスたちの声だけ聞こえるの?」
「……………」
しかし梢はその問いには答えなかった。代わりに、
「あなた……」
蘭の顔にすっと詰め寄った。
「な、なに?」
「あなた……織斑一夏が、好き」
「ふぇ!?」
蘭は突然の暴露に動揺した。
「わ、分かるの?」
梢は小さく頷いた。
「……だけど、凰鈴音のことが、嫌い?」
「嫌いってわけじゃあ…」
そう言って蘭は言葉に窮する。確かに鈴と蘭は犬猿の仲だ。中学のころから幾度となく火花を散らせている。
(そ、そりゃ、鈴さんは邪魔してくることがあるけど……嫌ってわけでも……)
そこで蘭は気づく。
(あれ……? 頭が………ぼーっとし………て…………)
段々と視界がぼやけてくる。右手のフォルニアスが淡く発光していることには蘭は気づいていない。
朦朧とする意識の中、不思議と梢の声だけははっきりと聞こえる。
「……あなたは、私の盾」
(私は……梢ちゃんの………盾)
「……私は、あなたの剣」
(梢ちゃんは……私の………け……ん………)
そして蘭は梢にもたれかかるように眠りはじめた。
「………………」
梢は蘭をベッドに寝かせ、その寝顔を見下ろす。梢の目は暗いものだった。
すると、自分のベッドに置いてあった携帯電話に着信が入った。
「……………」
梢は無言で通話ボタンを押す。
『こちらで反応を確認した。どうやら上手くいったようだな』
電話の相手の声は男のものだった。
『対象に余計な感情は持つな。お前はお前の役目を全うすればいい。そのために行く宛てのないお前を我々の研究所が拾ってやったのだからな』
高圧的で突き放すような口調の声に、梢は応答する。
「……分かってる。これが、私の仕事」
『ならいい』
そして電話は一方的に切れた。
「………」
梢は携帯を耳から離し、穏やかな寝息を立てている蘭を見た。
「………分かってるよ。これが私の役目だもの…」
梢は部屋の明かりを消し、自分も何かから逃げるように布団にくるまった。
◆
「そう。わかったわ。ありがとう、虚」
学園の生徒のほとんどが眠りについた真夜中、三年生寮の屋上で、楯無は正式に自分のメイドとなった虚と電話をしていた。
「やっぱりね……」
携帯をしまい、口元に閉じた扇子をそえる。その目は普段の温厚なものではなく、更識家当主としてのものだった。
(だとすると、確かめに行く必要があるわ………また忙しくなりそうね)
はぁ、と嘆息するが、その目は少し笑っているようにも見える。
「たっちゃん」
ふいに楯無は後ろから声をかけられた。
「薫子ちゃんね……」
楯無は振り返らずに相手を把握した。この学園でその呼び方をするのは黛薫子ただ一人であるからだ。
「首尾はどう?」
「80パーセントってところかな。明日には完成してるよ」
「そう。整備科の腕の見せ所ね」
「……でも、本当にいいの?」
薫子は少し表情を硬くした。
「何が?」
「余りにも危険じゃない。万が一何かあったら━━━━」
「薫子ちゃん」
楯無は薫子の名を呼んで言葉を止めた。
「大丈夫よ。心配ないわ」
そう言って楯無は薫子の方へ振り返る。
「生徒を守るのは、生徒会長の務めよ」
「………………」
「それに、その万が一を起こすためにわざわざこんなことをしてるんだもの。私も体を張らなくちゃ」
楯無は薫子の近くまで歩き、お互いがすれ違うような立ち位置になった。
「それで『計画』の方はどう?」
「そっちは問題ないわ。今もあちらさんの様子を伺ってる」
そう、と言って楯無は出入り口へ歩きはじめる。
「これからもよろしく頼むわ。この言葉は更識家当主としてじゃなく、親友としての言葉として受け取ってちょうだい」
そして、楯無は寮の中へ戻って行った。
一人夜風に髪を撫でられている薫子は、ふぅ、と息を吐いてから自分も寮の中へ戻る。
「分かってるよ。━━━━ご当主様」
誰にも聞かれない、その言葉と共に。
◆
「ふぅむ……」
昼休みの食堂、そこで俺は携帯に映る画面を見ながら唸っていた。
「瑛斗、どうしたの? さっきから難しい顔して」
向かいの席に座るシャルが不思議そうに俺に話しかける。
「んー? これだよ。これ」
その隣に座るラウラにも見えるように俺は携帯を見せた。
「今朝エリナさんから送られてきたサイコフレームの研究資料なんだ」
「あれから、エレクリットでは解析が進められているのだったな」
「そう。だけど俺が気になってるのはこれなんだ」
画面を操作してある画像を見せる。
「サイコフレームの……共鳴?」
シャルが首を捻る。
「ああ。サイコフレームっていうのは一つ一つISのコアみたいに意志的なものを持ってて、それが別のサイコフレームに反応して共鳴をするらしい」
「共鳴を起こすとどうなるの?」
「それは向こうでも必死に研究中らしい。反応が起きるものと起きないものがあるみたいだ」
「なるほど、それでお前がこの共鳴の何が気になっている?」
ラウラの問いに、俺は声を小さくして答えた。
「実はよ…昨日の夜にセフィロトがその共鳴をしたんだ」
「それって………」
「この学園に、サイコフレームを搭載したISがある、ということか…」
勘の鋭いラウラが言った。
「はっきりしたことは俺にも分からない。けど、誰かに呼ばれてるような感覚があったんだ」
「でも、サイコフレームなんて最先端技術を取り入れたISが、この学園にあるの?」
シャルの問いはもっともだ。
俺の周りの専用機持ちで、サイコフレームなんてけったいな代物を積んでる機体を持ってる人はいない。
「けどな、一人だけいるんだよ。サイコフレームを積んでるかもしれない機体を使ってるヤツが」
俺は顎をしゃくって、二人を振り向かせる。視線の先には、一夏と話をしている蘭、そして戸宮ちゃんがいた。
「あの子って……」
「一年生のオランダの代表候補生か」
「考えられるのは戸宮ちゃん一人。だけど、これという証拠はどこにもない」
俺はそこで肩を竦めた。
「まったく、サイコフレームを取り巻くのは謎だらけのものばっかりだ」
◆
「……………」
梢は一夏と話をする蘭を見ていた。
(彼女は……)
目の前で明るい顔で一夏と話している蘭。
「ちょっと蘭! 一夏にくっつきすぎ! 離れなさいよ!」
そこに鈴が乱入してくる。
「ちょ、ちょっと鈴さん! 邪魔しないでくださいよ!」
「邪魔なのはアンタの方でしょうが!」
睨み合う二人。
(ううん、彼女たちは……)
「まったく、なんでそんなに仲が悪いかなー」
困ったように頭を掻きながらつぶやく一夏。
「……………」
梢は教室へ戻る途中で、蘭に聞いた。
「……どうして、好きって言わないの?」
「ん? え?」
「……蘭も、凰鈴音も、織斑一夏が好きなのに、どうして言わないの?」
「え、ええっ!?」
蘭は頬を紅く染める。
「だ、だって、一夏さんは絶対気づいてないし、それに………!」
「?」
そこで黙り込んだ蘭に梢は首を捻る。
「……こっ、梢ちゃんにもいつか分かるよ! ほら、急がないと! 次の授業は実習だよ!」
歩調を速める蘭。
(……分からない。やっぱり……)
梢は、心のうちでそう呟き、蘭の後を追った。
「……」
そんな梢の後ろ。何者かが壁の影から梢を観察していることに、梢自身は気づいていなかった。
◆
放課後、生徒会の仕事である部活派遣に俺は駆り出されていた。
「瑛斗ー、早くタオルー! それとスポーツドリンクもー!」
今日の派遣先はラクロス部である。鈴が所属してる、ラクロス部である。
「へーへー、わーりやしたよ」
「んっふっふー、ホント便利ねぇ」
俺の渡したタオルで汗を拭きながら、ベンチに座った鈴は言う。
「なぁんか納得いかないけど、仕事だから仕方ないな。ほれ」
ドリンクを差し出すと、ありがと、と言ってゴクゴクと飲む。
「……んで、どうなの?」
「何が?」
「あの暴れ馬なISよ」
その一言でピンと来る。
「あーセフィロトか。ダメだ。通常武装は使えるけど、サイコフレームは全く掴める気がしない」
俺もベンチに座って嘆息する。
「ふーん。確か、サイコフレームってアンタの強い感情に呼応するのよね」
「理論上はな。でも、その強い感情っていうものの具体的なのは、怒りの感情だけみたいだ」
「なら……ブチ切れれば動くわけね!」
「そんな簡単にいくかよ」
「きゃっ」
『アタシ、良いこと言った…!』的な顔して右手の親指を立てた鈴の頭に軽くチョップ。
「なによ、こっちは行き詰ってるアンタをリラックスさてあげようとしたのに」
「あのなぁ、仮に俺がブチ切れてサイコフレームが動いたとしても、十中八九暴走だろ?」
「た……確かに、あの時はたまたま人が近くにいなかったから良かったけど………」
鈴の表情が青ざめる。
「IS学園で暴走なんかしたら、それこそ大惨事になりかねない。それだけは絶対に避けないと……」
「でも、整備科の人達との試合はもうすぐなんでしょう?」
「まあな。そっちはどうなんだ? 一夏とタッグで戦うんだろ? 練習してるそうじゃないか」
「えっ、あ……ああ、まあ、ね」
なぜか顔を紅くしてツインテールの先っぽを弄る鈴。
「なんだ? 上手く行ってないのか?」
「ううん! 全然へーきよ! ただ……」
「ただ?」
「あの時、戸宮って子の様子が変わった時……すごく、嫌な感じがしたの」
「嫌な感じ?」
「よくわからないけど、寒気がしたの」
「なるほど……ん?」
ふと、遠くに蘭と戸宮ちゃんが見えた。
「噂をすれば、蘭と戸宮ちゃんだ」
「ランニングかしら?」
ジャージ姿で、汗を流しながら走っている蘭と戸宮ちゃん。ふと、俺は気になったことを鈴に聞いてみた。
「そう言えばよ、お前が中学のころの蘭ってどんなヤツだったんだ?」
「何よ、急に」
「お前と蘭が仲が悪いのがなんとなーく気になった」
「んー……そうねぇ」
遠い目をしながら、鈴は顎に手をあてた。
「世話好きな子……ってイメージかな」
「というと?」
「蘭って、なにかといろんな人に気をかけて、余計なお世話なんじゃないのって思えるようなことを平気でしたりするの」
「ふーん」
どうやら何か思い出したようで、そうだ! と鈴は手を叩いた。
「アタシがまだ中国に帰る前、蘭が長いことひきこもりの同級生を学校に来させようとして、そのひきこもりの子の家にほぼ毎日通ってたことがあってね」
「おお、ドラマのようなことをしてんな」
「半年くらいだったかしらね。その間ずーっと通い詰めてたわ」
鈴は話を進めていく。
「アタシも弾も一夏も、『もうやめたほうがいい』って止めたことがあったんだけど、蘭も頑固なのよねぇ。そんなの全然聞かなくて。結局そのひきこもりの子が根負けして蘭と学校に行ったの」
「いい話じゃあないか」
「そんなことしてたから、前の学校で生徒会長なんかやれてたのかもね。アタシにはアイツが何考えてんのか分からないわ」
苦笑しながら言う鈴の顔は、なんだか優しい感じがした。
「さてと、休憩終わり! 行くね」
「おう、頑張れよ」
鈴はベンチから立って、そのままグラウンドに戻っていく。
(なんだかんだ言って、鈴も、蘭のことが嫌いなわけじゃないのかもな)
タタタッと走っている鈴の後ろ姿を見て、そんなことを思う。
「じゃ、二人が早く仲良くなる日が来るのを祈りつつ、俺も仕事に勤しみますか」
俺もベンチから立ち上がり、鈴の後を追った。
◆
「……対象に、特に変化はない」
この日の夜、梢は部屋で電話をしていた。蘭は大浴場に行っているのですぐには戻ってこない。
『そうか。引き続き警戒は怠るな』
電話の相手は梢がいた施設の研究者だ。
「……あの」
『なんだ?』
「……………」
聞こうとした言葉は、喉の奥に引っかかり、口には出ない。
『……どうした?』
訝し気な声に、懸命に声を出した。
「……なんでも、ない」
『おかしな奴だ。ではな』
そして一方的に電話は切れた。
「……………」
梢は、携帯電話を机に置いて、ベッドに寝転ぶ。
「……………」
虚空を見つめる梢は、フォルヴァニスにそっと触れた。
「……怖くないよ。ただ………」
そこで部屋の扉が開き、蘭が入ってきた。
「ただいまー……あれ? もう寝ちゃうの?」
こちらを見る蘭に、梢は起き上がって首を横に振った。
「ねえねえ、梢ちゃん。土曜日は空いてる?」
「?」
突然の問いに戸惑いながらも梢はコクリと頷く。
「クラスのみんなと授業が終わった午後から遊びに行くんだけど、梢ちゃんもどう?」
「……………」
梢はクラスで少し浮いている。唯一の代表候補生ということもあるが、あまりクラスメイトと話さないこともその一因であった。
そのため梢はまだクラスに馴染めていない。
「……いい。蘭だけ、行ってきて」
梢が首を横に振ると、蘭はおもむろに梢の手を握ってきた。
「ダメ! このままじゃ梢ちゃんひとりぼっちになっちゃうよ!」
「……別に、構わない。一人には、慣れてる」
見つめてくる蘭から顔をそむけるが、蘭は諦めない。
「そんなこと言わずに、一緒に行こうよ」
「……………」
蘭の気迫に、梢は若干気圧される。
「授業が終わったらみんなで駅前に行くの。きっと楽しいよ!」
「……………」
梢は、これは行くと言うまで終わらないと直感し、
「……分かった。行く」
頷いた。すると、蘭は嬉しそうに顔をほころばせた。
「うん! 楽しみだね!」
「……………うん」
その笑顔に梢の胸はチクリと痛んだ。