IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
進級から三日。整備科との試合まであと三日となった日の放課後。
「ったく、なんなのよ……」
場所は第二アリーナ。隣にいる鈴の機嫌が悪い。腕を組んで仏頂面だ。俺は携帯端末を操作しながら聞いた。
「どうした? 誰かと喧嘩でもしたか?」
「違うわよ」
「じゃあ……あれか。朝のニュースの占いが最下位だったか」
「もっと違うわよ」
「んー? あ、アイスがハズレ━━━━」
「違うって言ってるでしょ! アレよアレ!」
鈴はビシィッ! と、ある一点を指差した。
その方向では、一夏がISを展開している。しかし一夏の前には二人の一年生が。
「蘭のヤツ、なんでいつの間に代表候補生になってるのよ!」
蘭と、そのクラスメイトでルームメイトの戸宮梢ちゃんだ。二人ともISを展開しているが、そのISは訓練機の打鉄でも、ラファールでもない。
「マーシャル社製IS、《フォルニアス》、《フォルヴァニス》。二機同時運用を前提とした試験運用機……か」
俺は携帯端末を動かし、蘭と戸宮ちゃんのISのデータを閲覧する。
「フォルニアスがフォルヴァニスをサポートすることが理想的な戦闘……。攻撃と防御を完全に分離させ、高いバランスが取れた戦闘をするのがコンセプト、か」
「なに冷静に分析してんのよ! 蘭が専用機持ちになったのよ!?」
鈴がぐわぁっと俺に食って掛かる。
「先生たちも許可したんだ。俺たちがとやかく言っても仕方ないだろう?」
「そ、それは━━━━」
「おーい、鈴、瑛斗ー。ちょっと来てくれー」
鈴がなにか言いかけたところで蘭と戸宮ちゃんに操縦を教えていた一夏がのんびりと俺たちを呼んだ。
「ああもう! 何よ!?」
鈴がズカズカと大股で一夏の近くに行く。俺もそれについて行った。
「な、なんでそんなに怒ってんだよ……。と、それより、どうだ? お前たちから見て二人の具合は」
意見を求められたので、述べることにする。
「そうだな、蘭はまだ動きに無駄が多い。それだと戦闘になった時武器の取り回しが厳しくなる。でも筋はいい。慣れも必要だけど訓練をしっかりやればよくはなるさ」
「はい! 分かりました!」
赤い機体のフォルニアスを展開し、うっすら汗を浮かべる蘭は元気よく頷いた。
「んで、戸宮ちゃんは……」
「……………」
青い機体のフォルヴァニスを展開した戸宮ちゃんは俺を無言で見ている。どうもやりずらい……。
「と、戸宮ちゃんは動きは特に悪いところはないな。その調子で頑張れ」
「……………」
戸宮ちゃんはコクリと頷くだけで何かを言うこともなかった。
(やっぱやりずらいな……)
「鈴はどうだ? 何か気になったことはあるか?」
「あるわよ」
聞かれた鈴は口を開いた。
「なんで蘭が専用機持ちになってんのよ!」
「あ……そっち?」
俺は素に言ってしまう。
「おかしいじゃない! 入ったばかりの普通の新入生が入学早々専用機を持って、しかも代表候補生なんて!」
絶対何か裏があるわ! 鈴はそう言って戸宮ちゃんに顔を向けた。
「そこのアンタ! いったいどういうことなのよ!」
「お、おい鈴。どうしたんだよ、いきなり」
一夏が鈴をなだめようとした時、ふいに戸宮ちゃんは話し始めた。
「……私の専用機は、フォルヴァニス。フォルニアスと、二機同時運用のIS」
「それが何よ」
「……オランダの代表候補として、オランダ政府からフォルニアスの操縦者の選定を一任されてる」
「それで、蘭を選んだのか」
戸宮ちゃんはまたコクリと頷く。
「……蘭に、運命を感じた」
「「「運命ぃ?」」」
鈴と一夏と一緒にリピートすると、戸宮ちゃんは展開を解除して蘭のフォルニアスの装甲に触れた。
「……フォルニアスを一番使えるのは、蘭だから」
「その根拠は?」
「……私は、フォルニアスとフォルヴァニスの声が聞こえる」
「「「声ぇ?」」」
また三人でリピート。
「……フォルニアスが『この人だ』って言って、フォルヴァニスも、それに賛成した。私も、そう思ってた」
フォルニアスの装甲を触れながら、戸宮ちゃんは言う。
「……彼女以外に、考えられない」
俺、一夏、鈴は蘭と戸宮ちゃんに背を向ける。ヒソヒソ話の時間だ。
「声って、また不思議なことを言うな……」
「……でもそれが本当だったらすごくないか?」
「ちょっと雰囲気変わってると思ったら、タダの電波じゃないの……」
当の戸宮ちゃんは、『なにか?』とでも言うように首を傾げている。
「……でんぱ………?」
「と、とにかく! 凰先輩は何か他にはないんですか?」
「ふん、アンタみたいな素人に言うことなんて無いわよ」
鈴はそう言ってプイ、とそっぽを向いた。蘭はそんな鈴を見てなぜか笑みを浮かべた。
「ふふ、これで私も専用機持ちで代表候補生です。みなさんと同じですよね?」
「そういうことに……」
「なるなぁ」
一夏と顔を見合わせる。蘭は一夏に顔を向けた。
「ということで一夏さん、他にもいろいろ教えてください♪」
「お、おう」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
鈴は目にうっすら涙を浮かべて、真っ赤な顔で震えている。
「ど、どうした?」
心配になって声をかけても、鈴は何も言わなかった。
「………………」
と、いうより戸宮ちゃんが鈴に近づいて言葉を遮っていた。
「な、何よ?」
狼狽する鈴に戸宮ちゃんは告げた。
「……勝負」
「は?」
「……私と蘭と、あなたとそこの人との勝負」
「お、俺?」
そこの人と言って指差したのは一夏だ。
「こ、梢ちゃん?」
蘭も戸宮ちゃんの突拍子もない言葉に驚いていた。
「勝負って……ISで、よね?」
戸宮ちゃんはコクリ、と頷いた。どうやらその通りのようだ。
「……いいわ。一夏、アンタもいいわよね?」
鈴に顔を向けられた一夏は戸惑いつつも頷いた。
「別に、いいけどよ」
本当にやるのか? と一夏は続けた。
「大丈夫かよ? それだと蘭が不利だぞ?」
「……大丈夫」
「え?」
その言葉に一番驚いていたのは蘭だった。
「……私が、二人纏めて相手をする。蘭は、動かなくても平気」
「ほお、こりゃまた大きく出たもんだ」
俺は肩を竦めて言った。
「けどよ戸宮ちゃん。一夏も鈴も手強い相手だ。一気に二人を相手にするのは結構きついぞ?」
「……私が、勝つ」
断言。あの目は、本当に勝つつもりでいる……?
「ふ、ふふ……!」
鈴が渇いた笑い声をあげた。
「ここまで舐められたら、先輩の面目丸潰れね。一夏、遠慮はいらないわよ」
「ああ。流石に俺もあんなこと言われて黙ってられる程、人間できてないぜ」
お、どうやら二人もやる気になったようだ。
「んじゃ、俺は後ろで見てるから」
俺は後方へ下がる。
「白式!」
「甲龍!」
一夏と鈴がそれぞれISを展開する。
「………………」
戸宮ちゃんもフォルヴァニスを再展開した。
「行くわよっ!」
鈴が肩の装甲をスライドさせ、衝撃砲の砲口を露わにする。
(いきなり衝撃砲って……ホントに容赦なしかよ)
若干引いていると、衝撃砲が発射された。照準はもちろんフォルヴァニス。
「…………」
しかし戸宮ちゃんはそれを難なく躱してみせた。
「すごい! 私には見えなかったのに!」
蘭が驚嘆する。
「……あの攻撃は、砲口の向きでどこを狙っているか判断するの」
ご丁寧に蘭に説明してるあたり余裕なのだろう。
「やるじゃない! じゃあこっちはどう!?」
鈴は《双天牙月》を両手に構え、戸宮ちゃんに突進した。
「取った!」
鈴が左右から斬撃を浴びせかける。
「えいっ!」
そこに蘭が飛び込んできた。何を考えてるんだろうか、あれじゃあモロに当たるぞ。
しかし、俺が想像した現象は起こらなかった。
ガギンッ!
「!?」
鈴の斬撃は防がれた。まるで見えない何かに遮られるように金属音を響かせて弾かれたんだ。
「だあああっ!」
一夏が鈴の後ろから大上段で《雪片弐型》を振り上げた状態で飛び込む。
「きゃあっ!」
蘭がたまらず頭を腕で覆うが、一夏の攻撃も鈴の攻撃と同じように弾かれた。
「な、なんだアレ!?」
「アタシが知るわけないでしょ!」
一夏と鈴が短く言葉を交わす。
(……ん?)
俺は異変を感じた。
首が熱い。正確に言えばチョーカーになっているセフィロトがじんわりとした熱を放っている。
(なんだ……? セフィロトが、何かを感じている?)
俺が眉をひそめていると、戦闘に動きがあった。
「………………」
戸宮ちゃんがブレードをコールして鈴に斬りかかる。
「なんのっ!」
鈴はその攻撃を連結させた牙月で受け止めて、そのままいなして躱した。
「……………」
しかし戸宮ちゃんはそれに合わせて背中に折りたたまれていたレールガンを瞬時に展開。銃口を鈴に向けた。
ドッ!!
レールガンから弾丸が発射され、鈴の装甲を叩く。
「その程度なら!」
俺は思わず「おお」と声を上げた。鈴はレールガンの直撃を受けたにもかかわらずそのまま強く踏み込んで衝撃に耐え、衝撃砲を再び操作していた。あの距離で外す鈴じゃない。
「龍砲!!」
ドッガアァァァンッ!!
衝撃砲の直撃を受けて吹き飛ぶ戸宮ちゃん。そのまま地面に激突して数メートル転がる。
「……………」
倒れたきり動かない。
「梢ちゃん!?」
「………………」
蘭の声にも無反応。
「ヤッバ……!! やりすぎた!?」
流石に鈴もヤバいと思ったのか、顔が引きつっている。
(今のはさすがに…………)
俺もドン引き。今の衝撃砲はあの威力からして最大出力の設定に違いがなかった。
「………………」
対する戸宮ちゃんは、なんと何事もなかったかのようにムクリと起き上がった。
「……そう」
戸宮ちゃんはポツリとつぶやいた。
「……わかってる。うん。油断しただけ」
「こ、梢ちゃん?」
蘭は独り言を言っている戸宮ちゃんを心配しているのだろうが、俺たちは違う。
(雰囲気が……変わった!)
戸宮ちゃんがブースターを起動させ、一気に鈴との間合いを詰めた。
振り下ろされたブレードが牙月とぶつかって火花を散らす。
「重っ……………!?」
鈴が呻くのと、フォルヴァニスの肘部分から炎が上がった。
「腕にもブースターがついてるのか!」
ドガァッ!
「きゃあっ!」
ブースターの勢いに負けて鈴は吹っ飛ぶ。それに追撃をかけんと戸宮ちゃんは鈴を追いかけた。
「………………」
戸宮ちゃんはブレードを収納すると右手を抜き手の形にした。するとそれに応えるようにフォルヴァニスの装甲は電気を帯びる。簡易的な武装データにあった《ボルテック・フィスト》とかいう武装だ。
「鈴っ!」
一夏が瞬時加速で鈴のところへ向かう。
「ダメだ! 間に合わねえ!」
俺が叫ぶのと、
「はーい、そこまで」
と言う声が聞こえたのはほぼ同時だった。
「楯無さん!?」
突然乱入した楯無さんは専用機《ミステリアス・レイディ》を駆り、そのメイン武装である水のヴェールを鈴と戸宮ちゃんの間に滑らせた。
「いいところで邪魔しちゃったのは悪いけど、そろそろアリーナの閉鎖時間よ?」
「あ」
鈴が気づいたようにアリーナの巨大ディスプレイを見る。時間は夕方五時前。確かにもうすぐ閉鎖時間だ。
「一夏くん、鈴ちゃん。早く上がらないと、ここの担当の先生に怒られちゃうわよ?」
「は、はい」
「くっ……」
二人はISの展開を解除して地面に降り立つ。
「そこの子たちも分かってるわね?」
「あ、は、はい!」
蘭はフォルニアスの展開を解除した。
「……………」
戸宮ちゃんも素直にフォルヴァニスを待機状態に戻す。
「うん。みんな素直でよろしい」
楯無さんは満足げに頷くと自分も展開を解除して地面に降りた。
「どうしたんです? 俺たちになにか用ですか?」
離れて見ていた俺はみんなのところへ近づき、楯無さんに聞いた。
「新入生の専用機持ちの子がどんな子なのか見に来てみたら、時間ギリギリに戦ってる先輩くんたちがいたから止めただけよ」
けろっとして言う楯無さんに鈴が愚痴るように言った。
「勝てない勝負じゃなかったわよ……」
「どうかしら」
そんな鈴の額を楯無さんがツンとついた。
「私には今のあなたの戦い方は冷静さを欠いていたように見えたわ」
「うぐ………」
「確かに、衝撃砲をフルパワーでぶっ放してたな」
「うっさい!」
苦笑する一夏に鈴が歯を剥いた。
「……………」
戸宮ちゃんがくるりと踵を返しピットへ歩き始めた。
「あ、戸宮ちゃん、どこ行くの?」
蘭が声をかけると戸宮ちゃんは立ち止まって言った。
「……帰る。もう戦う気分じゃない」
そのまま戸宮ちゃんは去って行った。
「不思議な子ねぇ。……さてと、それじゃあ私たちも帰りましょうか」
楯無さんは伸びをすると歩き始めた。
「結局、特に何かをしに来たわけじゃないんですね」
「……あ」
そこで楯無さんはピタ、と足を止めた。
「どうかしました?」
聞くと楯無さんは俺の方を向いた。
「聞くところによると瑛斗くん、あなた整備科の子たちと今度の日曜日に試合するのよね?」
「ええ。そうですけど?」
「実はその日に合わせて新入生の専用機持ちの詳細データを取るための試合もやるのよ」
「はあ」
そのことに関しては少しは知っている。俺と一夏が一年の時にやったセシリアとの対決もそれの一環になっていたらしい。
「だけど、今年の専用機持ちは梢ちゃんと蘭ちゃんだけなのよ。しかも二機同時運用のデータも採らなきゃいけないし」
「つまり?」
俺が結局のところを聞くと、
「誰か二年生から専用機持ちを選んで、その人と戦って戦闘データをとるの」
と楯無さんは簡潔に言った。
「なるほど。その人選は?」
「いやぁ、それが決まってないのよ」
そこで、と言って楯無さんは鈴の肩に手を置いた。
「鈴ちゃん、あなたがその役をやってくれない?」
「え?」
鈴はきょとん顔。隣の蘭もきょとん顔。ついでに言うと俺と一夏もきょとん顔。
「さっきの戦闘も私が途中で止めちゃったし、決着は着いてないでしょ? 悪い話じゃないと思うけど」
鈴は少し考えたようにうーんと唸った。
そこに楯無さんはさらに一言。
「そこの蘭ちゃんのデータも取るから、誰かとタッグを組んでもらうことになるけど……どう?」
「やる! やります!」
即答する鈴。そして一夏の肩に手をまわした。
「一夏やるわよ!」
「早っ!? ってか俺でいいのかよ? セシリアとかの方がいいんじゃないか?」
「いーのよ! アタシがやるって言ってんだから言うこと聞きなさい!」
「そんな無茶苦茶な……」
一夏の言葉に俺は激しく同意したが、鈴は聞いていなかった。
「蘭、あの無口に伝えておきなさい! 次はボッコボコにしてやるから覚悟しなさいって!」
「え、あ、わ、私たちだって負けません!」
鈴と蘭は再びガルルル……! とメンチを切り合う。
「細工は流々ってところかしら………」
楯無さんは頷いた。
どうやらまた何かを企んでいるご様子。
(そう言えば、さっきのはなんだったんだ………?)
俺は首の違和感を思い出し、セフィロトに触れる。
チョーカーとなっている俺の二つ目の専用機は、まだ熱を帯びていた。