IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜   作:ドラーグEX

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第十一章 寡黙な刺客と怒れる龍
進級。そして波乱の幕開け 〜または少女の努力は報われて〜


長いようで短かった春休みが終わり、今日からいよいよ俺たちは二年生になる。

俺たちは始業式があるのだが、それは新入生の入学式が終わってから。今は生徒会のメンバーとして入学式に顔を出している。

目の前では楯無さんが新入生の生徒たちに話をしている。去年の反省を踏まえて、入学式に挨拶をしようということになったんだ。

……なったのはいいんだが。

「なぁ、一夏………」

俺は隣に立っている一夏に小声で話しかけた。

「なんだ? 今は楯無さんが話してるから手短にな」

一夏も小声で返事をする。

「なんかさぁ……めっちゃ見られてね?」

「…………」

そう。そうなのだ。新入生たちは楯無さんの話を聞いてはいるんだが、その目は俺たちに向いている。

なんか、こう…動物園に来たパンダを見るような目でこっちを見てる。

 

(わぁ、本当にいるんだぁ……)的な。

「きりりんもおりむ〜も、完全に学園の名物になってるね~」

横に立ってるのほほんさんが言う。

「名物って言われてもな………」

「これ、喜ぶべきなのか?」

二人で苦笑いを浮かべると、楯無さんがくるっとこっちを向いた。

「それじゃあ、新入生諸君の視線がどうも私の後ろに飛んでるみたいだから━━━━」

グイッ

 

そしておもむろに俺と一夏の腕を引っ張って、スタンドマイクの前に立たせる。

「二人にも挨拶をしてもらいましょー!」

『わああああああああっ!!』

そらもう凄い拍手と歓声。楯無さん、余計なことをしてくれたもんだ。

「ちょっ、楯無さん、そんなアドリブ━━━━!」

一夏が楯無さんに抗議しようとする。

「おねーさんのめ・い・れ・い☆」

「……………」

抗議、強制終了。

「一夏、こうなったら腹括るしかないみたいだぜ」

「そ、そうだな………」

一夏が諦めたのを見て、俺はマイクを掴んだ。

『あー、新入生のみなさん。ご入学おめでとうございます。俺が桐野瑛斗。その横にいるのが』

マイクを一夏の口元に置いた。

『あ、お、織斑一夏です。よろしく』

一夏がペコ、と一礼する。

『さて………何を話せばいいんでしょう』

俺が言うと笑い声が上がった。まだ何も面白いことは言ってないんだがな。

『えっと………』

話題を探すけど、どれも空回りしそうで嫌だ。

「…………」(ニヤニヤ)

くぅ! チラッと見えた楯無さんのニヤニヤが腹立たしい!

困った俺は一夏にアイコンタクトする。

(おい一夏……! どうにかしろ!)

(どうにかって……どうするんだよ)

「ほらほら、二人とも、早く早く」(ニヤニヤ)

「頑張れ~」(ニヤニヤ)

いつの間にかニヤニヤするヤツが増えていた。

(ど、どうする? どうしよう!?)

(落ち着け瑛斗! ……仕方ない。ここは俺に任せろ)

一夏が俺からマイクをひったくった。何する気なんだ? 嫌な予感がビンビンするんだけど。

「……………」

一夏のゆっくりとした深呼吸。

 

「!」

ここで俺は直感した。

(まさかコイツ……!)

「一夏やめ━━━━!」

俺が止めたときには、もう一夏の口は動いていた。

『入学式と掛けまして!』

この後の結果は、言うまでもないだろう………。

「……………」

「……………」

「え、えっとぉ……。二人とも、大丈夫?」

シャルが机に突っ伏している俺と一夏を心配してくれる。始業式が終わり、HRである。

「だいじょーぶなわけあるかー……」

一夏が力無く答えた。

「ったくよぉ、お前があんなこと言うから俺まですべったみたいになっただろーが」

俺は一夏に恨み節。

結局あの後の一夏の玉砕覚悟のなぞかけは見事玉砕に終わった。あの空気、二度と味わいたくねえ……。

「もとはと言えばお前が気の利いた言葉を言えないから悪いんだぞ」

「あんだとぉ? それを言うならあんな悪魔みたいなタイミングでアドリブ振ってくる楯無さんが悪い」

「ぐ……そういうことにしとこう。これ以上は心が折れちまう」

ということで俺と一夏はこの恨みの矛先を楯無さんに向けることにした。

「ゆ、許してあげてよ〜? 会長も『や、ごめん。本当にごめん』ってマジな顔で言ってたし~……」

のほほんさんがそう言ってくるが、このやりきれん気持ちがなぁ…

「………一夏のセンスは今になって始まったわけではなかろう」

 

「うぐっ……!?」

「箒さん、刺さってます。言葉が一夏さんの背中に刺さってますわ」

箒の言葉をセシリアが諌める。

「もうやめてくれぇ……。俺のライフはとっくにゼロなんだぁ………」

一夏がうめくような声で言うと、マドカがポンと一夏の肩に手を置いた。

「元気出して、お兄ちゃん」

「マドカ……」

マドカは天使の微笑を浮かべて一夏に言った。

「お兄ちゃんのジョークがいくらつまらなくても、私は笑ってあげるよ」

「…………がふっ」

あ、一夏が吐血した。

「わぁ!? ど、どうしたの!?」

「マ…マドカ、善意と悪意は紙一重………なんだぜ」

「どいうこと!? 新作のジョークなの!? わからない! 深すぎてわからないよー!」

机に突っ伏す一夏と頭を抱えるマドカ。織斑兄妹は今日も元気だ。

ゴスンッ!

 

いきなりマドカの頭に出席簿がクリーンヒット。

「痛っ!?」

「席に着け。HRを始めるぞ」

マドカの後ろには『学園でスーツが良く似合う先生ランキング』ダントツトップの織斑先生が。

「お、お姉ちゃ━━━━」

ガスンッ!

「ここではそう呼ぶな。『織斑先生』と呼べ」

「は、はいぃ………」

マドカは涙目で頭をさすりながら席に着いた。

「そら、お前たちも席に着け。進級早々懲罰を食らいたいなら話は別だがな」

その一言でみんなテキパキと自分の席に着いていく。

「さて、まずは挨拶……は必要ないか。前とメンツは変わらんからな」

IS学園はその特殊な構成上『クラス替え』というものがない。

 

代わりに二年生から『整備科』という別のクラスへの異動がある。それとリボンの色が変わる。

 

俺と一夏はリボンはつけてはいないから変化はないけど、女子たちは制服に黄色いリボンを通している。ラウラはネクタイだけどな。

クラス替えがないことに関しては俺は別段気にしてはいなかったのだが、この通知になぜか鈴と簪の二人は不服だったようだ。そんなに一組がよかったのだろうか。

「まぁ、特に言うことはないが、お前たちが二年生になるということは後輩ができるということだ。新入生の模範となるよう今まで以上に努力するように。私からは以上だ」

と織斑先生が言い終えると、その後ろにいた眼鏡が少しずれてる一組の副担任の山田先生が教壇に立った。

「みなさん進級おめでとうございます! 織斑先生も言ってましたが、新入生の人達のお手本になれるように頑張ってください! それと、整備科への編入申し込みは来週の月曜日まで受け付けますので、希望する人は忘れないでくださいね?」

最後にニコッと笑うところがいかにも山田先生らしい。

「では、この時間を使って一組の新しいクラス代表を決めたいと思います。一年生の時と同じように自薦他薦は問いませんよ」

(クラス代表か………そういや一年の時はセシリアと戦ったんだよなぁ)

ふと思い出す。あの時はバスジャックが起きて、それを止めたらなんやかんやで一夏が代表になったんだよな。

あれだけ代表をやりたがっていたセシリアだ。きっと立候補するに違いない。

「では」

ほら。そう思った矢先、セシリアが手を挙げて椅子から立ち上がった。

「わたくしは一夏さんの代表続投を提案しますわ!」

そうそう。一夏が続投……って、ん?

「え!?」

驚いた一夏がバッとセシリアの方へ振り返る。

「一年間代表をおやりになった一夏さんなら、仕事に慣れていてよろしいのでは?」

セシリアの言葉にほかの女子たちが賛同していく。

「いいね! 織斑くんがやってくれたら安心だよね!」

「慣れてる人がやるのが一番よね!」

「セッシーあったまいー!」

「お、おいおい待ってくれよ。俺の意見は?」

一夏が言うが女子は毎度のことながら普通にスルーしている。

(一夏が代表を続けるなら………)

「もしかして俺もこのまま副代表続け━━━━」

『それは違う!!』

クラスの大半の女子に食い気味に全力否定された。

「な、なんで俺だけ違うんだ?」

「副代表というのはクラス代表の補佐をするものですわ。それくらいなら私たちでもできますもの」

「え、えっと…つまり?」

前の席に座っているシャルに解説してもらおう。

「つまり、みんな一夏と一緒に━━━━」

 

ガチャンッ!

 

「?」

何かが倒れる音がした。音のした方を見る。

「ああ、すまない。私だ」

箒が倒れている自分の日本刀を拾いながら謝った。

「おいおい気をつけろよ。一応刃物だからな?」

「分かっている。うっかり口を滑らせ……いや、手が滑らないといいんだがな………」

箒はチャキ、と刀の鍔を鳴らしながら言う。その顔はなぜかシャルに向いてた。

俺はシャルの方に顔を戻した。

「んで、シャル。つまりどういうことなんだ?」

「…………!」

シャルはなぜかカタカタと震えていた。

「……シャル?」

「つ、つまり。みんな瑛斗の代わりに副代表をやってあげたいんだよ。あ、あはは………」

「そうなのか、みんな?」

聞くとみんなコクリと頷いた。

「では、副代表の決め方ですが、ここは手っ取り早くじゃんけんでいかがでしょう?」

セシリアが完全にこの場を仕切っている。

「そうだな。じゃんけん勝負ならば公平だろう」

箒も賛成意見を出した。他の女子たちも賛成のようだ。

「よし、ならば私に勝ったものがクラス副代表だ。やりたいものは立ち上がれ」

織斑先生が山田先生を下ろして教壇に立った。

「お、織斑先生がおやりになるのですか?」

「……不満か?」

ドスの利いた一言にセシリアは黙り込んだ。

「ふん……桐野、お前も参加しろ」

「え、俺もですか?」

「それくらいしなければ面白くない。いいか、負けたものは座っていけ。言っておくがイカサマは無しだ」

みんなガタガタと席を立つ。仕方がないので俺も立ち上がる。

「じゃんけん!」

織斑先生が手を挙げた。

『ポン!』

織斑先生の手はグー。さて結果は。

「………くっ!」

箒、チョキ。

「………敵いませんわ……!」

セシリア、チョキ。

「………流石は教官……」

なんか参加してたラウラ、チョキ。

「あ、負けちゃった」

同じくなんか参加してたマドカ、チョキ。

「千冬様には勝てないわよぉ………」

「じゃんけんもお強いのね……」

「なんて強敵なの……」

その他の女子のみんな、チョキ。

「……………」

俺、パー。

「では、負けたものは座れ」

『……………』

ガタガタと席に着く女子たち。一人立っている、俺。全方向から視線が集中する。

 

「え……ええっ!? 一人勝ち!? こんだけの人数がいて、俺の一人勝ち!? お前ら全員グルなのか!?」

「だ、だって~」

「千冬様には勝っちゃいけない気がして……」

「よくわからないけど、私の本能が『負けろ!』って叫んだような気がして」

「勝ったらとてもよからぬことが起きそうな気がして」

「ますます意味が分からない!」

「……では、決まりだな。副代表は引き続き桐野にやってもらう。HRは以上だ。授業の準備をしておくように」

俺のシャウトを涼しい顔で流して、織斑先生は山田先生を連れて教室から出て行った。

シン、と静まり返る教室。また、みんなの視線は俺に集まっている。

「あ、その、なんか……すいませんでした」

進級早々、謝罪するハメになる俺なのだった。

 

 

時間は経って昼休み。

食堂にやって来た瑛斗たちは、顔見知りの新入生を見つけた。

「蘭、よかったな。IS学園に入学できて」

「はい! 頑張った甲斐がありました!」

五反田蘭。

 

一夏の友達の五反田弾の妹だ。瑛斗は数回顔を合わせただけなのだが、一夏は旧知の間柄なので先ほどから楽しそうに話をしている。

「お兄なんか泣いて喜んじゃって、こっちまでちょっともらい泣きしちゃいました」

「へぇ、俺、弾から何も聞いてなかったけどな……」

「きっと、一夏さ……一夏先輩を驚かせたかったんだと思います」

「ちょっと」

そこに鈴がカットイン。

「な、なんですか、凰先輩」

「なぁにが先輩よ。一夏にデレデレして」

なぜか不機嫌な鈴。

「先輩なんですから、先輩って呼んで何が悪いんですか?」

「ぐっ……可愛げのない後輩ね……!」

バチバチとメンチを切り合う蘭と鈴。

「まあまあ。今更そんな改まる必要ないだろ。蘭、普段通りでいいぞ?」

 

「は、はい! 一夏さん!」

 

「ちょ、ちょっと! 蘭を甘やかしちゃダメよ! つけあがるわよ!?」

 

「失礼なこと言わないでください!」

 

ガルルル……! といがみ合う二人に戸惑う一夏が声をかけた。

「お、おい二人とも……」

「なんですか」

「なによ」

「いや……なんでも」

射すくめられた一夏は黙り込む。弱すぎである。

「そ、それはそうと、整備科ってうちのクラスからは誰か行くのか?」

一夏は話題を変えようと整備科の話を持ち出した。

「そうだなぁ。のほほんさんなんかがそうなんじゃないのか? 簪、なにか聞いてないか?」

瑛斗が簪に顔を向けると、簪は箸を置いて答えた。

「本音は……整備科に行く………よ」

「ほー、やっぱりな。あんだけの腕があればスカウトだったりして」

「本音も、整備科の方が……自分に合ってる、って」

「お前はどうなんだ?」

食器を戻してきたラウラが瑛斗に聞いた。

「何が?」

「整備科のことだ。お前は元々IS研究者なのだろう? 興味はないのか?」

ふーむ、と瑛斗は手を頭の後ろに組んだ。

「別に興味がないわけじゃないけど、こいつらがいるからなぁ」

瑛斗は首を右手で触り、左手を軽く上げた。

「首には《セフィロト》、左手には《G-soul》がいちゃうからさ」

瑛斗は肩を竦めてみせる。

「休みが明けるちょっと前にみんなに付き合ってもらったけど、セフィロトはうんともすんとも言わないんだよなぁ」

実は瑛斗たちは数日前にセフィロトの制御をしようと考えたのだが、セフィロトは展開こそするものの、肝心のサイコフレームは何も変化せず、『一般のものよりも少し性能が高い第三世代IS』という状態になってしまっている。

「武器はブレードと大出力砲だけだもんね」

シャルロットがお茶を飲みながら言う。

「実習訓練はG-soulを使うけど、放課後はセフィロトの制御訓練をしないといけないな」

瑛斗は苦笑しながら言った。

「こいつらを手放す気はないし……。そういうことだから整備科への異動はな━━━━」

ビュンッ!

 

『!?』

突然、一夏たちの視界から瑛斗が消えた。

「瑛斗っ!?」

いち早く反応したラウラが食堂の出口の方を見ると、

「あ〜れ〜……!!」

数名の女子に掲げられて運ばれる瑛斗が小さく確認できた。

「くっ! 待てっ!」

ラウラは瑛斗を追うべく走り出す。

取り残された一同は、ぽかんとするばかりだ。

「な、なんだったんだ?」

「よ、よくわからないけど……瑛斗が拉致られたような……」

鈴の『拉致られた』の言葉に全員がハッとした。

「大変だ! 瑛斗が拉致られた!」

「ぼ、僕たちも行かなきゃ!」

シャルロットたちが席を立って、瑛斗を追いかける。

「え? ええ?」

一人取り残された蘭はまだ状況を把握できていない。

(え、えっと、桐野さんが攫われて、一夏さんも行っちゃって……)

「わ、私も行きま━━━━!」

動き出そうとした蘭の肩に手が置かれ、蘭の動きを止めた。

「……待って」

「え?」

振り返ると、蘭の後ろには短めの栗色の髪の、蘭と背が同じくらいの少女が立っていた。

蘭はその少女の顔に見覚えがあった。

「……あ! 同じクラスの」

「……戸宮梢(とみや こずえ)

ぼそ、と梢の声が聞こえた。

「う、うん。よろしく」

蘭は梢に軽く会釈をする。

(不思議な雰囲気の子だなぁ…)

蘭は梢の纏う空気に不思議なものを感じた。

「えっと、そ、それじゃあ私行かなきゃ」

目的を思い出して、足を動かそうとした蘭を梢は腕を掴んで止めた。

「………………」

「な、なに?」

無言の梢に蘭は少し警戒する。

「……私……あなたに」

真っ直ぐ澄んだ瞳で蘭を見つめながら梢は言った。

「……あなたに、━━━━運命を感じる」

「………………」

その一言に蘭の思考は一時停止した。そして再び回り始める。

(え? え?? ど、どういうこと? 運命? デスティニー?い、いやいや! そうじゃなくて、この子はえっと、その、私に運命を感じて……ハッ! これっていつか読んだあの本のシチュエーション……)

「ってそうでもないのー!」

再回転した思考が明後日の方向にいっているのに気づき、我に返る。

「…………?」

首を捻る梢。蘭はあうあうと狼狽えながら梢から離れた。

「そ、それじゃあ急いでるから!」

走り去る蘭を見送る梢は、笑みを浮かべた。

「………見つけた」

その瞳は、嬉しそうにも、哀しそうにも見えた。

 

 

「あの!? みなさん!? これはどういうことでしょうかっ!?」

みんなと昼食を取っていたはずの俺は突如攫われた。

いつの間にか手を後ろに縛られて、担ぎ上げられるように運ばれている。

しかし俺を拉致っているのは三年生の先輩たちだった。同じ二年生の女子も数人混じっている。

「お、俺が何かしましたか!?」

「よっしゃ! このまま行くぞっ!」

「全員、もう少しよ頑張ってー!」

「「「「「おー!」」」」」

「話を聞いてえぇぇぇぇっ!?」

俺のシャウトを無視して、女子たちがやって来たのは真っ暗な部屋だった。

「おわっ」

俺は椅子に座らされ、手の拘束を外された。

明かりがつくと、そこには大勢の二年生から三年生の女子生徒がいた。黛さんなんかもいる。

「か、重ねて聞くけど、俺…何かしましたか?」

「…瑛斗くん」

「は、はい?」

黛さんが俺に近づいてきた。

「……………」

「……………」

なぜか無言のまま動かない。い、一体、何が始まるんだ?

俺が警戒していると、すぅ、と黛さんが息を吸った。

そして━━━━

「お願い! 整備科に入って!!」

思いっきり頭を下げてきた。

「…え?」

聞き返すと、後ろにいた女子たちも頭を下げてきた。

「「「「「私たちからもお願い!」」」」」

「え……え?」

急展開すぎて思考が追いついていないと、ガラッと扉が開いた。

「瑛斗! 無事か!」

ラウラが入ってきた。だがその焦りの表情は頭を下げる黛さんたちを見てみるみる消えた。

「……お、おお。流石は私の嫁だ。一瞬でこの場を制圧したのか。やるな」

腕を組んでふふんと笑うラウラ。

「い、いや……制圧っつーか…………と、とりあえず」

俺は黛さんたちに顔を向けた。

「どういうことか、説明してくれますか?」

 

……

 

…………

 

………………

 

……………………

 

「……はぁ、俺をスカウトしたい、と」

「そうなの。あなたのISへの技術があれば一気に整備の範囲が広がるわ。だからお願い!」

「そう言われてもなぁ………どうしよう」

俺が考えていると、ラウラが口を開いた。

「黛先輩。申し訳ないが瑛斗は整備科には興味がない」

「ちょ!?」

いきなり何を言うんだコイツは!?

「え……? 興味ない、の?」

や、ヤバい! 黛さんが捨てられそうな子犬のような目をして俺を見てる!

「お、おいラウラ!」

「お前も言っていただろう。セフィロトの訓練もあるから整備科への異動は考えていないと」

「それは、そうだけど……。ISを弄り放題触り放題できるっつー魅力に惹かれてる俺もいないわけじゃない」

「では、G-soulとセフィロトはどうするつもりだ?」

「ぐっ……それは………」

言葉を詰まらせる俺にラウラはさらに、

「整備科はISを整備するための技術を学ぶと聞く。お前にはすでにそれがあると思うが」

「うぅ、そう言われると……」

「第一、整備科は実践戦闘の戦術を学ぶことはないぞ」

「ちょっと待て!」

ラウラのその言葉に一人の生徒が声を荒げた。

それはいつか簪の打鉄弐式の整備を手伝ってくれた京子さんの声だった。

「ってことは何か? お前は整備科の連中は弱いって言いたいのか?」

「そう言いたいのではありません。だが戦闘力は通常訓練の生徒よりは低いでしょう?」

「何ぃ!?」

「わぁぁっ! やめろラウラ! すいません! こいつが変なことを!」

俺はラウラと京子さんの間に割って入った。

「何をする瑛斗。お前は整備科に行く気はないのだろう? 私はお前の意志を伝えたまでだ」

「伝え方ってもんがあるだろうが!」

「…………」

「ほらぁ、黛さんがショック受けて凹んじまったじゃねえか」

「………じゃあ、こうしましょう」

「ん?」

「む?」

俯いていた黛さんがポツリと言った。

「私たち整備科と瑛斗くんの勝負よ!」

「は?」

俺は思わずつぶやいた。

「整備科が組み上げたISを私たち整備科の誰かが操縦して、瑛斗くんのISと模擬戦闘をするの。瑛斗くんが勝ったらこの話は無かったことにしていいわ。でも私たちが勝ったら!」

黛さんはずいっと俺に顔を近づけて言った。

「その時は瑛斗くんは整備科に入ってもらうわ!」

「えー………」

話がものっそい飛躍してるような気がするんだけど………

「や、あの━━━━」

「いいでしょう。その挑戦、受けて立ちます」

「え、ちょ、ラウラ?」

ラウラが俺の代わりに黛さんの提案を受け入れた。

「私の嫁は強い。その嫁を負かすことができるのなら、文句は言わない」

「お、おい、お前はいつの間に俺の保護者になった」

「保護者ではない。亭主だ」

 

「いやいやいや……」

 

「ふふふ……整備科の意地を見せてあげるわ」

目の前にいる整備科一同の目に、メラメラと火がついている。

 

「こっちこそ、瑛斗の実力を見せてあげましょう」

負けじとラウラもフンス、と鼻を鳴らした。

 

「お、おーい? 二人ともー? 俺の意見は反映されないのかなー?」

「日程は今週の日曜日でどう?」

「分かった。では失礼する。行くぞ瑛斗」

ラウラが俺の腕を引いて部屋から出た。

部屋を出る寸前、黛さんの自信に満ちた笑みが俺の視界に映った。

「おいおい、何勝手に決めてくれてんだよ。あんなこと言って、戦うのは俺ってことを忘れてないか?」

俺は廊下を歩くラウラの横に立って口を尖らせた。

「いいや、忘れてなどいない」

「じゃあ、なんで━━━━」

ラウラは手で俺の言葉を制した。

「いいか瑛斗。これは好機だ」

「好機?」

「お前はいまG-soulとセフィロトという二つのISを所持している。だがセフィロトを使いこなせていない」

ラウラに言われ、俺は首に手をやる。

「今回の模擬戦闘を、セフィロトを使いこなすきっかけにするのだ。」

俺はそこでハッとした。

「つまり……俺は整備科の人達にセフィロトで相手をする、と?」

「そういうことだ」

ラウラは頷く。

「いくらなんでも危険すぎないか? まだセフィロトが完全に使いこなせてるわけじゃないんだぞ?」

「だからそれを改善するために整備科と戦うのだろう?」

「それに、お前たちを襲ったって時みたいなことになったら………」

「安心しろ。その時は……」

ラウラはそこで言葉を区切った。

「その時は私が全力で止めてやる」

俺の目を真っ直ぐ見て言いやがる。

(簡単に言ってくれるよ、まったく………)

俺がそう言って頭を掻くのと、予鈴がなるのはほぼ同時だった。




そんなわけで、五反田蘭さんが学園入りでございます。

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