IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
(憎い……)
瑛斗の眼前には、夜空に金色のISを展開したスコール・ミューゼルが笑みを浮かべて浮遊していた。
その数、十人。
その十人のスコール全員が瑛斗に向けて余裕ともとれる笑みを浮かべているのだ。
(こいつが……こいつがツクヨミを……所長を!)
瑛斗はクローアームを振り上げ、スコールを攻撃していく。しかしいくら攻撃を浴びせても、スコールが消えることはない。
(許さない……! 許せない……!)
瑛斗がクローアームから爪を射出した。それをスコールの一人がシールドで受け止め、巻き戻すクローと共に接近してきた。
そのシールドから、パイルバンカーが露出する。
(見える!)
瑛斗はスローモーションのように見えたパイルバンカーの杭を握り潰し、無防備なスコールの首を掴んだ。
(━━━━待て。おかしい)
そこで瑛斗は、はたと気づく。
(このISは……なんだ?)
自分の身体を覆っているISが、《G-soul》でない。
そもそもクローアームなんて武装をなぜ使っているのか。
黒い。
真っ黒で、背中からはクローアームがまるで悪魔の手のように伸びている。
そして、青く光る装甲に走るライン。それが生き物のように蠢いていた。
『え……いと……』
(!)
声が聞こえた。
声の主は首を絞められ、苦しそうに呻くスコールだった。
(今更、命乞いなんて!)
ISが違うから何だ。そうだ、ここでとどめを━━━━!
衝動が瑛斗を突き動かした。背中のクローアームがその爪を光らせる。
『やめろおおおおおおおっ!!』
さらに声が聞こえた。絶叫だった。
(ラウラの……声?)
そこにいるはずがないラウラの声。動揺した目で、握りしめている首の上を見た。
(シャル━━━━!?)
涙に濡らした瞳でこちらを見つめるシャルロットがいた。
(どうしてシャルがここに……!?)
しかしそれでは終わらなかった。そのシャルロットの白い首筋に、クローアームが迫っている。
すぐ手を離そうとした。だが身体が言うことを聞かない。
(やめろ……!)
瑛斗は願った。しかし意に反してアームは止まらない。
(止まれ……!!)
身体が動かない。このままでは、シャルロットを殺してしまう。
(止まってくれえええええええっ!!)
心の中で絶叫する。
瑛斗の視界は、鈍い音を立てて暗転した。
◆
「う……」
気が付いた俺は、まず自分のいる場所に驚いた。
「えっ……!?」
そこは、IS学園の医療室。しかも外はまだ明るい。
(変だな……。いつの間に帰って来たんだ……)
ベッドから身体を起こす。
「ぐっ……!」
すると激痛が走った。やばい……すごく痛い……!
その痛みを引き金に俺は思い出した。
(そうだ……。俺……スコールに……セフィロトを押し付けられて気絶して……)
ふいに扉が開いた。
「あ! 瑛斗っ!」
「気がついたか!」
入ってきたのはシャルとラウラだった。
「お前ら……」
「〜〜っ! 瑛斗っ!!」
感極まったように涙ぐんだシャルが俺に抱き着いてきた。
「いだだだだだ!?」
「良かった……! 瑛斗、心配したよ……!」
ぎゅう~~っと抱きしめて俺を離してくれない。
「ちょ……シャル、ぐるじい、いだい……!」
必死に背中をタップしてシャルに伝える。
「えっ、あ、ああ! ごごごごめんっ!」
ようやくシャルが離れてくれた。
「あ、いや。大丈夫だ」
謝ってくるシャルに応えると、ラウラが近づいてきた。
「瑛斗、何があったか憶えているか?」
その目は鋭いものだった。
「……ごめん、憶えてない」
そうか、とつぶやくとラウラはベッドに腰を下ろした。
「瑛斗、お前が一人で墓地に行った夜、私たちはお前と戦った」
「え……」
驚く俺をよそにラウラは続ける。
「だがお前が操縦していたのはG-soulではない。セフィロトという別のISだ」
「ちょ……ちょっと待ってくれよ。俺が戦った? お前たちと? 意味が━━━━」
「黙って聞け」
ラウラに遮られ、俺は口を噤む。
「幸い私たちは目立った外傷はないまま戦闘は終了した。しかしお前は別だ。身体が速度に耐えられずにダメージが蓄積されていたのだ」
「それで俺はこの医療室にいたのか……」
「気絶したままこの部屋に担ぎ込まれたお前を見て、教官は驚いていたぞ」
「へぇ……って、織斑先生がいたのか!? いたたた……!」
大声を出してしまったため、俺の身体が悲鳴をあげる。
「だ、大丈夫?」
シャルが心配してくれる。
「だ、大丈夫……。ってか、エレクリットの近くの病院に行く手はなかったのか?」
「無い」
「即答?」
「第一、その時医者になんと説明すればいいのだ。IS学園に戻れば、万が一目を点けられても知らぬ存ぜぬで押し切れる。一石二鳥だ」
「ちなみに僕たちを送ってくれたのはエリナさんだよ」
「エリナさんか。せめて挨拶くらいしたかった……」
そこで俺はふと気づいた。
「ん? それってどれくらい前だ? 昨日か?」
「いいや、三日前だ」
「そうか三日かぁ。……なにぃっ!?」
俺は痛みも忘れて驚いた。
「三日!? 三日も俺は気絶してたのか!?」
「ああ。いくら声をかけても目を覚ますことはなかった」
「僕たち、気が気じゃなかったよ……」
「…………………」
どうやら俺はみんなにとんでもない迷惑をかけてしまったみたいだ。
「……ごめんな」
起きてからやっとこの言葉を言うことができた。
「え、瑛斗が謝ることないよ」
シャルがあはは、と笑う。その右頬にはまだ癒えきってない切り傷の痕があった。
「シャル……お前それ……」
「あ……な、なんでもないよ! 気にしないで」
しかし俺は直感した。あの傷は、俺がやったんだ。
「情けない……! 情けなくて涙が出てくる……!」
俺は目を手で隠した。
「何が……何が居場所を守るだ! 傷つけちまってるじゃねえか……!」
「そんなことない!」
シャルが俺の腕を握って、首を横に振った。
「瑛斗は僕にとどめを刺そうとしたけど、刺さなかった! 瑛斗は僕を守ったんだよ!」
「ああ。あの止め方は故意に止めたとしか見えなかった」
と、ラウラもシャルのあとに続く。
「マシンに振り回されていたようだが、土壇場で持ち直したようだな」
流石は私の嫁だ、といつもの口調で言ってラウラは頷いた。
「…………………」
「瑛斗? どうした?」
「……俺、夢を見た」
「夢?」
「ああ。憎くて憎くて仕方のないヤツを倒す直前だった……。とどめを刺そうとしたとき、いきなりラウラの声が聞こえて、そしたら、俺が倒そうとしてる相手が、シャルになってたんだ」
「………………」
「………………」
二人とも黙っている。
「俺は必死になって止めようとして、けど声は出なくて、身体も言うことを聞かなかった。そこで……目が覚めた」
「……その憎くて仕方ない相手とは誰だ?」
ラウラが問いかけてきた。
「スコール・ミューゼル……。ツクヨミを破壊して、所長たちを殺した張本人だ」
「確かなの?」
「そう自分で言っていた」
そして俺は墓地でのシャルとの電話の後のことを全て話した。
話し終えるとラウラが口を開いた。
「……では、お前の暴走も納得がいく」
「え?」
「お前がセフィロトを起動する直前にそれを教えられたのなら、お前は強い憎しみを抱いたまま起動したはずだ。エリナどのは、お前の行動はサイコフレームがお前の意志を読み取った結果だと言っていた」
「俺の意志?」
「そうだ。サイコフレームがお前の憎悪━━━━負の感情に反応して暴走した、と考えるのが一番妥当な考えらしい」
ラウラは、VTシステムのようなものだ、と付け加えた。
「俺の……負の感情……」
俺はなんとなく首に手をあてた。
すると固いなにかに触れる感触があった。
「ん?」
何か、金属のような何かが首に巻きついている。
「瑛斗、これ……」
シャルが小さな手鏡を俺に手渡した。
「……!?」
鏡に写る俺の首には黒いチョーカーのようなものが巻き付いていた。しかも中央には青いラインが走っている。
「これって…まさか……!」
シャルがコクリと頷いた。
「うん…セフィロトだよ。瑛斗の専用機になっちゃったみたい………」
「嘘だろ!? だってG-soulがあるのに……」
不安になって左手を見る。そこにはブレスレットとなった待機状態のG-soulがあった。俺は少しほっとする。
「でも……どういうことなんだ?」
「……そ、そのことに関しては、教官が篠ノ之博士に聞いた」
「おお! それでなんだって?」
「えっとね……」
シャルがコホンと咳払いしてから言った。
「はっきり言って、原因は分からないって」
「………え?」
「……織斑先生から聞いた話だと、篠ノ之博士曰く、瑛斗と一夏がIS。動かすことができることくらい謎なんだって」
「えー……こういう時に役に立たないな。あの天才博士」
俺はがっくりと落胆して━━━━
グゥ~………
「………………」
「………………」
「………………」
誰かの腹の虫がなった。まったく、こんな時にどこの誰だろう。
「……すまん、俺」
俺でした。
「俺って三日飯食ってないんだろ? 考えたら腹減って死にそうだ」
「…………」
「…………」
あははは、と笑うと、シャルとラウラはぷっと吹き出した。
「はははは! うむ、そうだな。私が嫁に選んだだけのことはある。多少のことではへこたれないか」
「もう、瑛斗ったら、しょうがないんだから」
「ん、んだよ! 俺は腹が減ったんだ! 食堂行くぞ、食堂!」
微妙に照れくさくなった俺はベッドから降りて医療室から出た。
「あ、待て」
「待ってよ瑛斗」
二人が俺の後を付いて来る。
(さんざん俺を振り回しやがって……見てろ。すぐにお前を使いこなしてやるからな!)
心の中で決意を固め、俺はもう一度チョーカーを撫でた。
◆
『そう、身体に異状は見られなかったのね。良かったわ』
夜になって、俺は自室でエリナさんと電話をしていた。
「はい。すいませんでした。迷惑かけちゃったみたいで………」
『気にすることないのよ。私こそごめんなさいね。大変なことになってしまって』
エリナさんが申し訳なさそうに言ってくる。
「いえ、過ぎたことですから。考えても仕方ないですよ」
『そう言ってくれると気が楽だわ。それで……サイコフレームのことなんだけど………』
エリナさんはそこで言葉を切った。
『正直言うと、これと言った原因は分からないままなの』
「そうですか……」
『サイコフレームの技術はまだまだ未知の領域が多いの。搭載しているのも、試験機体でもあるセフィロトの一号機と二号機だけ。これからも研究を進めないと駄目ね』
「とは言うものの、一機は俺の専用機になったし、もう一機は亡国機業に盗まれてる。どうするんですか?」
『それに関しては大丈夫。サンプルがまだ━━━━っと、ここからは企業秘密よ。上の奴らに怒られるから』
「ちぇ、二号機がパクられたのはすぐにそっちから教えてくれたのに」
俺は冗談めかして言ったのだが、エリナさんの反応は想像していたものとは違った。
『え……今なんて?』
「連絡くれたじゃないですか。キャノンボール・ファストの前日に」
『そ、そんな連絡した記憶ないわ』
「え?」
俺はだんだんと寒気を覚えてきた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ほら、あれですよ。非通知で電話してくれたじゃないですか。バレたら怒られるからって」
『………………』
エリナさんは沈黙している。
「え、エリナさん? もしもし?」
『瑛斗……そのことは忘れておきなさい。薄気味が悪いわ………』
エリナさんの低く重苦しい声色に、俺は従わざるを得なかった。
「は、はい。分かりました……」
『それじゃあこの話題は終わり。他に聞きたいことはあるかしら?』
「あ……そうだ。エリナさん。ジェシー・ライナスさんって人を知ってますか?」
『その口ぶりだと、なにか知ってるみたいね』
「あの人は……亡国機業のメンバーでした」
『やっぱりね』
「知ってたんですか?」
『あなたが暴走した次の日に、彼女のデスクの上に辞職届が置いてあったそうよ。それからは電話も繋がらないし行方不明。偶然にしては出来過ぎてるでしょ?』
「ですね……」
『そのあたりのことは上層部の連中と掛け合って処置を決めるわ』
「分かりました。よろしくお願いします」
『さてと……それじゃあ私はいろいろやらなきゃいけないことがあるから、そろそろ切るわね』
「はい。それじゃあ」
俺はエリナさんとの通話を終えた。
……
…………
………………
……………………
三日も寝たら逆に寝られないよな。
そんなわけで俺は寮の周りをぶらぶらと歩いていた。
三月中旬ということもあって、気が早い桜が咲いていたりする。
少し冷たい風が心地良い。
(そう言えば……学園に来た頃はこうして散歩したっけな)
「もうすぐ進級か……」
一年を振り返る。
振り返ろうとして、所長の最期がフラッシュバックした。
(……………………)
空を見上げる。今日に限って、空は曇っていて、何も見えなかった。
ふと、後ろからゆっくりと近づいてくる靴音が聞こえた。
「?」
「あ……」
そこにいたのは簪だった。
「おう、簪じゃんか」
簪は無言でコクリと頷いた。
「なに……してるの? 一人じゃ……危ない、よ」
「少しばかり夜風にあたりにな。お前こそどうした。二年生寮へ引っ越しの準備はできたのか?」
「もう……終わってる。たまたま、瑛斗を見つけたから……き、来て、みた」
「そっか」
俺は近くのベンチに座った。簪も俺の隣にちょこんと座る。
「………………」
「………………」
簪はずっと黙ったきりだが、おろおろしているわけではない。どうやら俺が話すのを待ってるみたいだ。
「その……悪かったな。あの時は」
「いい。それに……それ、さっきもみんなの前で言ってた……」
「そういえばそうだったな。はは……」
俺が笑うと簪は俺の首……セフィロトに触れた。
「首……苦しく、ない?」
「少し気になるけど大丈夫だ。ジャストフィットしてる」
「そうなんだ……」
簪は手を離して、前を向いて目を伏せた。
「………………」
「………………」
こうして黙ったままだと、なんだか俺の方が気まずくなった。
「こ、こうしてると、俺が暴れまわってお前らと戦ったなんて嘘みたいだよな」
「うん……」
「………………」
「………………」
そしてまた沈黙。
(だめだ。何を言ったらいいか分からん……)
俺が話題を考えていると、簪が口を開いた。
「あのね……」
「ん?」
「学園に戻ってる時に……瑛斗、うなされてた……」
「うなされてた?」
「ずっと……『みんな、どこにいるんだ?』って、ずっと……泣きながら」
「………………」
簪は嘘を言うようなやつじゃない。
きっと本当のことなんだろう。
「ま……まいったなあ。そんな変なこと口走ってたのか。シャルとラウラは何にも━━━━」
「瑛斗」
簪が俺の手の上に自分の手を重ねた。
「我慢しなくて、いいよ……」
「我慢って……何を?」
「瑛斗は……所長さんたちのお墓の前でも、泣いてなかった。ずっと、我慢してたよね……」
「…………………」
「つらいなら、泣いていいんだよ。泣かない人なんて、いない、から」
その言葉に、溜め込んでいたものが、一気に溢れそうになる。
駄目。
泣いたら駄目。
涙を見せてはいけない。
寂しくても泣くのは一人で。誰もいない場所で。
懐かしい声が、頭の中で反響して、そう言い聞かせてくる。
「でも……」
忘れてはいけない。
耐えなくてはいけない。
乗り越えなくてはいけない。
「俺……俺は……!」
わけがわからなくなりそうになる。見えない何かに押しつぶされそうだ。
ぐらつく意識の中で、簪の声だけが鮮明に聞こえてくる。
「いいよ。私が、受け止めてあげる」
簪が俺を抱き寄せて、頭を撫でてくれた。
「……う……あ、ああ……っ!」
涙が、止まらなかった。
声を押し殺して、肩を震わせる。
「みんな……瑛斗の気持ちはわかってるよ。瑛斗は、一人じゃないから……」
俺は何も言わず、何も言えず、ただ頷いた。
そして、俺はいよいよ嗚咽を漏らし、簪の胸を濡らしてしまう。
しばらく、そのままの状態が続いた。
涙が止まった時には、どれくらい経っていたのかわからなくなっていた。
「……引いたか?」
赤くなった鼻を擦った俺が聞くと、簪はううんと首を横に振った。
「そんなこと、ないよ。でも、前とは逆だね」
「前……? ああ。あの時か。あの時は、お前が俺の部屋のベッドに寝たんだっけ」
「そ、それは……!」
簪は顔を真っ赤にした。
「誰にも言わないよ。だからさ、その……」
「その……?」
「い、今の俺の……その……は、内緒っつーか、秘密っつーか……」
俺が言うと、簪は目を細めて、嬉しそうに頷いた。
「うん……。瑛斗と、私だけの秘密……」
「お、おお。それで頼む」
簪は、俺の言葉に了解して小さく笑う。
「さてと、それじゃあ寮に戻って寝るか」
俺がベンチから立ち上がると、簪もすっと立ち上がった。
「ねえ……」
「どうした?」
「そ、その……寮に着くまで、こうしてて……いい?」
そう言う簪の手は俺の手をきゅっと握っていた。
「夜はまだ冷えるもんな。そうするか」
俺が笑うと、簪も笑った。
「うん……!」
その笑顔は、花を咲かせている桜より綺麗に思えた。
◆
この世界のどこかの建物の中。そこではスコール・ミューゼルが無言のまま立っていた。
しかし、ずっと無言だったわけではない。
直属の上司である、亡国機業幹部会からの言葉を待っているのだ。
『………では、今回のお前の独断専行は不問としよう…』
しわがれた老人の声がスコールの鼓膜を振動させる。
「………ありがとうございます、って、言っておいた方がいいのよね。こういう場合」
スコールがおどけた口調で言うと、また違う声がそれを諌めた。
『口を慎め。お前たち実働部隊の行動はこの亡国機業の行く末を左右する━━━━』
「はいはい。分かってるわよ。以後気をつけるわ」
『貴様!』
『よさんか。スコール、お前も死にたくないのならあまり妙なことはするな。我々も優秀な部下を消すのは忍びないのでな』
「……………」
『よろしいですね? ボス』
『ああ。では、会議はこれで終わりだ』
また別の声がして、広い空間に明かりが点いた。幹部会のメンバーは極秘の通信回線を使っていたのでここにはいないのだ。
スコールはふぅ、とため息を吐いてから、ドアを開けて部屋を出た。
「お疲れ様。どうだった?」
スコールの前に現れたのはジェシー・ライナスだった。
「特にこれと言ったことはなかったわ。ただの作業よ」
「幹部会との会議を『作業』とはね」
スコールはジェシーと共に歩きはじめる。
「まったく……自分たちは安全と考えてる老いぼれたちが偉そうに……」
スコールの愚痴を流して、ジェシーは話しかけた。
「それにしても、驚いたわね」
主語はなかったが、スコールはジェシーの言いたいことを把握していた。
「そうね。初めての操縦であれ程の性能を引き出せたんだもの」
スコールの右腕は上着で隠されているが包帯を巻いている。セフィロトに飲まれた瑛斗との一瞬の戦闘の際に負ったものだ。
「あの子はもっと強くなる……」
微笑を浮かべながらスコールは言う。
「いいえ。強くなってもらわなきゃ困るわ。そう━━━━」
「『本当』の亡国機業を取り戻すためにね」
スコールの絶対零度の声音に、ジェシーは背筋が寒くなるのを覚えた。
「ゾクゾクするわ。あなたのそういうところ……!」
「あら、ダメよジェシー。私にはオータムがいるもの」
「それは残念。でも私も彼女を怒らせるほど馬鹿じゃないわ」
スコールとジェシーは笑った。
「それじゃあ、オータムも連れて、どこかに食事にでも行きましょ」
「いいわね。私、いいところ知ってる。お酒が美味しいのよ」
通路を行く二人の間には裏の世界の住人としての面影は消えていた。
「………………」
スコールとジェシーの後方。柱の陰に一人の男が潜んでいる。
もうかなり遠方にいる二人━━━━否、スコールを見ながら、男は口角を上げた。
「そうだ。君は、それでいい……」