IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
式典の日の夜。
俺はあるところに来ていた。
エレクリットカンパニーに最も近い墓地だ。
みんなはいない。俺一人。
式典が終わってから俺たちはエリナさんとエリスさんに近くの街を散策してもらって、宿泊先のエリナさんの家に向かった。
一夏たちはそこにいるだろう。
「……やっぱり、個人的にも挨拶しておきたいしな」
ここには式典の時も来たが、それだけで終わらせるつもりは毛頭なかった。
「……………」
風が髪を撫でる。
ヴー……ヴー……
「ん?」
マナーモードにしていた携帯に着信が入った。
「もしもし? シャルか?」
『瑛斗、いまどこにいるか当ててあげようか?』
「いきなりどうした。ちなみに墓地にいる」
『あっ、当てようとしたのに!』
「ドヤァ……」
『ふふ。……あんまり遅くならないでよ?』
「あれ? 怒らないのか?」
『みんな、瑛斗の気持ちは察してるんだよ』
「そうか……。ありがとうな」
『うん』
「もう少ししたら戻るからよ」
『わかった。気を付けてね』
電話を切って、所長の墓石まで歩く。
カサ……
「ん?」
足に何かが当たった。赤い花びらだ。
「あ…」
所長の墓石の前に花束が置いてあった。
式典の時はこんなものはなかった。俺のように、誰かが式典のあとにここに来て、置いていったんだろうか。
「……何か挟まってる?」
花束の中にメッセージカードが入っていた。
『信愛なる裏切り者へ
スコール・ミューゼル』
「これは…………!」
この名前は!?
(それに裏切り者ってどういう━━━━)
「……………エムは元気かしら?」
「!」
パンッ!
振り返えると、長い金色の髪を風になびかせた赤いドレスの女━━━━スコールがいた。
「うっ…………」
頭が揺さぶられるような感覚。俺の脇腹に小型の注射器のようなものが刺さっていた。
「く……そ…………」
スコールが近づいてきたところで俺の視界は暗転した。
◆
「うぅ……………」
目を覚ますと、俺はどこかの建物の一室で両手足を鎖で拘束された状態で立たされていた。
「あら、お目覚め?」
「スコール・ミューゼル……………!」
目の前には椅子に座り、足を組んで笑みを浮かべるスコールがいた。
「そんな怖い顔しないの。せっかくの顔が台無しよ?」
近づいてきて、俺の顎を上げてささやくように言う。
「舐めるなよ、こんな鎖……!」
《G-soul》を展開しようとしたが、左手首の待機状態のG-soulは動かない。
「なっ……!?」
「無駄よ」
スコールがニヤリと笑う。
「その鎖はISの展開システムに干渉して展開させなくすることができるのよ」
「スコールー? やるならさっさとやってくれない?」
奥の方から焦れたような声が聞こえた。
「アンタは……!?」
出てきたのは俺が社長室を出たときに会った女性、ジェシー・ライナスさんだった。
「こんばんは。桐野瑛斗くん」
エレベーターで見た時と同じ目が、俺を見据える。すぐに理解した。
「アンタも、亡国機業だったのか……!」
「そうよ。亡国機業にいろいろな技術を提供してるの。その鎖だって、造ったのは私よ」
「それよりも、良いことを教えてあげるわ」
スコールが笑いながら言った。
「ツクヨミを壊したのは━━━━私なのよ」
「なにっ!?」
「簡単な任務だったわ。爆弾を仕掛けて、ボン! ですもの。うふふ」
「お前ぇぇぇぇぇぇっ!!」
ガチャガチャ!
鎖が音を立てて俺の動きを止める。
「お前は……! お前のっ!! お前のせいでどれだけの人が死んだと思ってるんだっ!! どれだけの人が悲しんだと━━━━!」
「いちいち騒がないの。計画を進めるために必要なことだったのよ」
「計画……!?」
「はいはい、スコール。もういいかしら?」
パンパンと手を叩きながらジェシーが言う。
「もう……せっかちね」
「一分一秒が惜しいのよ」
スコールが俺から離れ、ジェシーが近づいてくる。
「何をする気だ? 俺も殺すのか」
「バカね。そんなことするもんですか。あなたに新しいISをあげるのよ」
「IS?」
眉をひそめるとスコールが口を開いた。
「私からのプレゼントよ。手に入れるのに苦労したんだから」
「よく言うわ」
ジェシーさんが取り出したのは、黒いリング。
「それは……!」
以前、クリスマス前に攫われた一夏を助けに行ったとき、スコールが俺に近づけたものだった。
「あの時は準備が不十分だったから、万全を期させてもらうわ」
「そういうこと━━━━」
大きな音を立てて鎖が外れた。
「よっ!」
それと同時に俺の胸の真ん中にリングが押し付けられた。
バリバリバリバリ!
「ぐあああああああああああっ!!」
リングから電流が走り、粒子となって、俺の身体に纏わりついていく。
「な……んだ……! これは………!?」
「聞こえてるかどうかわからないけど、説明してあげるわ」
スコールの声がすごく遠くに聞こえる。
「今あなたはセフィロト二号機、《ブラック・レオル》を展開しているの」
「セフィ…ロト…………!?」
「あなたの思考を読み込んだサイコフレームがどんな影響を及ぼすのか、楽しみだわ」
スコールが何を言っているのか段々分からなくなってくる。
(俺の中に……何かが流れ込んでくる……!)
━━━━コワセ━━━━
(また…この声が……!)
━━━━コワシテシマエ━━━━
(嫌だ…………!)
━━━━コワセ、コワセ、コワセ、コワセ!━━━━
(やめろ…………!)
━━━━コワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセ!━━━━
(やめてくれ……!!)
━━━━コワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセ!━━━━
━━━━コワシテシマエ!━━━━
━━━━スベテヲ!━━━━
「がああああああああああああっ!!!!」
視界が黒く塗りつぶされ、俺は意識を暗黒へ沈めた。
◆
「……………」
スコールはその禍々しさに息を呑んだ。
目の前で絶叫した瑛斗は漆黒の粒子に飲み込まれ、粒子が変化した装甲が身体を、全体を覆うマスクが顔を飲み込んでいる。
狂おしいほどの漆黒。
もはやそれに瑛斗の面影などなかった。
「ガアァァァァァッ!!」
ドォッ!
「うっ!」
瑛斗だったものが放った咆哮に、スコールは一歩退く。
(怯えている…? 私が……?)
自分で疑うが、震えるその手が真実を物語っている。
「スコールッ!」
「!?」
ジェシーの声が聞こえたときには、《ブラック・レオル》の拳が迫っていた。
「くっ!」
瞬時にセフィロトを展開、それを受け止める。
だが想像以上に重い拳にスコールの身体は簡単に吹き飛び、壁に激突した。
「ガアァッ!」
ブラック・レオルは右腕に高出力ビームガンをコールし、スコールに銃口を向けた。
「うっ!」
瓦礫から出たスコールはBRFを発動してビームに備える。
ゴォッ!
放たれた真紅のビームはBRFに干渉され四方八方に飛び散った。
「きゃああっ!」
ジェシーはとっさに頭を下げて身を守る。
「……………?」
周囲の煙が消えると、ジェシーは顔をあげた。
そばにはスコールが立っていた。ISを展開はしていない。
「あ、アイツはどこに…………?」
首をめぐらせるがそれらしき影は見当たらない。
「あそこよ」
スコールが指差した方向の壁には、大きな穴が開いていた。ジェシーはそれだけで『瑛斗だったもの』が穴から外へ抜け出たのだと理解した。
「スコール! 腕から血が……!」
挙げていない方の腕はぶらりと垂れ、血が流れている。
「完成されたBRFでも防ぎきれないビームなんて…………」
「あなたたちはどうやら、とんでもないものを造ったみたいね」
そう言うスコールの目は、黒い凶獣が消えた穴の向こうの夜空を見ていた。
◆
「シャルロット! いたか!?」
「ううん! こっちにはいなかったよ!」
瑛斗とシャルロットの電話から一時間が経った。けど、瑛斗のやつは戻ってこない。
いくらなんでもおかしいと思った俺たちは、瑛斗とシャルロットが最後に連絡をとった墓地に来ていた。しかし瑛斗の姿は見つけられないでいる。
「瑛斗! どこだー!」
「返事してー!」
「瑛斗ー!」
「瑛斗さーん!」
「どこ行ったのよー!」
「瑛斗くーん! どこー!」
「瑛斗!」
行き違えてる可能性もあるので、エリナさんは家に残っている。
(どこに行ったんだよ……瑛斗!)
「一夏ぁ……! 瑛斗になにかあったら僕……僕……!」
今にも泣きそうなシャルロット。声が震えている。
「大丈夫だ! 瑛斗は絶対見つかる!」
「でも電話にも出ないし━━━━」
prrrrrrr!
「「!」」
俺の携帯に電話が掛かった。
「瑛斗から!?」
「……いや、エリナさんだ。もしもし」
『一夏くん? 瑛斗は見つかった?』
「いえ…………まだ」
『こっちからも連絡してるんだけど、全然出ないの』
「何も言わないでどこか行くヤツじゃないのに━━━━」
ドガアァァァァンッ!!
突然、爆音が響いた。
「な、なんだ!?」
『どうしたの!? 爆発音が聞こえたけど!?』
「わ、わかりません!」
「一夏、アレ!」
鈴が指差した方向を見る。
夜空を何かが駆け抜けた。
「なんだ…あれ………IS?」
俺は白式のヘッドギアを展開して、目を凝らした。
空中を飛行するそれは、刺々しい装甲に身を包んだ人の形をしていた。
「グオオオォォォォォッ!!」
そして聞こえた獣の咆哮のような叫び声。
「ッ!」
ビリビリと空気を震わせるその声に、俺たちは威圧された。
「……アレは何だ? って顔ね?」
「!」
林の影から人が出てきた。
「あなたは…………!」
「ふふ…………」
出てきたのは亡国機業のスコール・ミューゼルさんだった。
だが、その右腕からは血が垂れている。
「アレに私もやられたわ」
「お兄ちゃん! 今の叫び━━━━」
俺に駆け寄ってきたマドカはスコールを見て足を止めた。
「………あ……ああ」
そのまま俺の背に隠れる。
「ま、マドカ?」
「お兄ちゃん…あの人………なんだか怖い……!」
完全に怯えきっている。
(スコールさんの記憶がある━━━━!?)
「あら、そういうことなの。ふふふ…………」
スコールさんがツカツカと俺に近づいてくる。
そしてマドカの顔をじっと見つめた。
「ひ…………!?」
「悪いけど、今はあなたたちの相手をしている場合じゃないの。帰らせてもらうわ」
「待ちなさい!」
鈴の声と共に、みんながISを展開した状態で現れた。
「手負いだからといって、容赦はしない!」
箒の声にスコールさんは、だから……とつぶやいて、笑みを消した。
「あなたたちみたいな雑魚に今は付き合ってられないって言ってるのよ」
カッ!
『!?』
突然周囲が閃光に包まれ、その光の中から金色のISを展開したスコールさんが飛び出してきた。
「マドカッ!」
俺はマドカを庇うように立つ。
しかしスコールさんはそのまま俺の真横を素通りし、俺たちを見下ろす高さで浮遊した。
「あの化け物、早いうちに止めないと大変なことになるわよ」
「どういうことだっ!」
ラウラがプラズマ手刀を発振してスコールさんに突進する。
「ふっ!」
スコールさんが右手を前に突き出すと、ラウラは動きを突然止めた。
いや、『止められた』。
「あなたたちを倒すことは簡単だけど、そうするとあの子が黙っていないから見逃してあげるわ。じゃあね」
そのままスコールさんは夜空に消えた。
「…………うっ!」
動きの停止が解除されたラウラはフラリと姿勢を崩した。
「ラウラ、大丈夫!?」
シャルロットがラウラの身体を支える。
「あ、ああ。問題ない。それより━━━━」
ラウラは遠くに見える夜の空よりも黒い何かを見た。
「……こちらに気づいているようだ」
「一夏、マドカ! 早くISを展開しろ!」
「う、うん!」
「わ、わかった!」
俺とマドカは《白式》と《バルサミウス・ブレーディア》を展開して空中に浮遊する。
「みんな油断しないで! 相手は全くのアンノウンよ!」
楯無さんが俺たちに言う。
「……………」
そのアンノウンは俺たちを見たまま動か━━━━
『!?』
消えた。
アンノウンが、消えた。
一瞬で。その場から。
まさに瞬間移動と言える消え方だった。
「どこにっ!?」
セシリアが驚きの声を上げる。
「一夏っ! 上!!」
鈴が俺に怒鳴るように叫んだ。見上げるとアンノウンが俺に大型ビーム砲の銃口を向けていた。
「ガァァァッ!」
放たれた真っ赤なビームはまっすぐ俺に迫ってきた。
「お兄ちゃん!」
マドカがブレードビットを繋ぎ合わせたシールドを俺とビームの間に運んで、ビームを受け止めた。
しかしビームの威力が強すぎて、攻撃を受け切ったビットは連結が解けて散り散りに飛ばされてしまった。
「この距離なら!」
セシリアがスターライトmkⅢをアンノウンに向けて、レーザーを撃つ。
「ガァッ!」
アンノウンがそのレーザーに向けて左手を突き出した。
バチィッ!
するとその左手の前でレーザーは見えない何かに弾かれたように消えた。
その消え方には見覚えがあった。
「BRFですって!?」
瑛斗のG-soulのシールドに積まれているBRFと同じ消え方だった。
「離れろセシリア! ビームが効かないのなら接近戦で動きを止める!」
箒が両腕に刀を構え、アンノウンに急速接近する。
「たあああっ!」
そして下から切り上げた。
「グゥッ!」
だがその刀はアンノウンの黒い装甲に包まれた拳に弾かれた。
「何だとっ!?」
「ガアァァァァッ!」
そのままアンノウンは姿勢が崩れた箒の紅椿の装甲に蹴りを叩きこむ。
「うあっ!」
「箒っ! ……この野郎っ!」
俺は雪片弐型を振り上げ、アンノウンに斬りかかる。
「ガウゥゥッ!」
その斬撃は簡単に躱されて、アンノウンのパンチが白式の装甲を叩いた。
「なんなのよコイツ!」
鈴が衝撃砲を放ち、俺からアンノウンを引き剝がす。
「落ちて……!」
そこに簪がホーミングミサイルを発射する。
だがアンノウンはビーム砲で全てのミサイルを撃ち落とした。
「みんな散らばって! 相手の攻撃を互いにカバーできる距離を保つの!」
楯無さんの指示で俺たちはアンノウンを囲むように周囲を飛ぶ。
そこで変化は起きた。
「ウッ………!」
突然、アンノウンのISが光り始めた。
装甲がせり上がり、青い光を放つ何かが露わになる。
「グアアアアアアアアッ!!!!」
青い光が爆発するように周りに広がった。
「な、なんだ!?」
咆哮の勢いに吹き飛ばされそうになり、バーニアを操作して姿勢を保つ。
その光が消えると、光の中心から黒いISが姿を現した。
背中には短い突起が左右に二つ。肩の装甲はさらに刺々しくなり、全身の装甲が飲み込まれそうな漆黒に染まっている。両腕にはクリアブルーの三十センチほどの大きさの結晶体が巻きつくように埋め込まれていた。
そして何よりも目を引いたのは、その装甲と装甲の間に走る青色のラインだった。
鼓動するように青い光を点滅させている。まるで生き物みたいだ。
「まさか……一次移行……!?」
シャルロットが震えるような声でつぶやいた。
「今までは調整段階だったというのか……!」
「グオォォォォァァァァァ!!!」
アンノウンが咆哮をあげると結晶体が埋め込まれた装甲が音を立てて起き上がり、アンノウンの指を包むように固定された。
つまり、大型のクローアームになったんだ。
「ラウラ! 危ないっ!」
マドカが叫ぶ。アンノウンはラウラに右腕と一体となったクローを振りかざした。
「食らうかっ!」
ラウラはAICを発動してアンノウンの動きを止めた。
だけど、アンノウンはすぐに動いた。AICで止められているはずなのに!
「なんだとっ!?」
「ガァァッ!」
ラウラは咄嗟に躱したから振り下ろされたクローはシュヴァルツェア・レーゲンの肩の装甲の一部を抉るだけにとどまった。
「しっ!」
アンノウンはそのままラウラから離れ、プラズマ手刀の斬撃を躱す。
「AICを跳ね返すとは……。あの女の『化け物』という言は嘘ではなかったようだ」
ラウラは眼帯を外し、『
「シャルロット! 瑛斗を捜せ! 応援を頼む!」
「う、うん!」
ラウラに言われてシャルロットが瑛斗にサーチをかける。
その数秒後、シャルロットの顔が蒼白になった。
「そんな………嘘……!」
「どうした?」
「……いや………そんな………!」
シャルロットは小刻みに震えるだけでラウラの問いに応えない。
「シャルロット! どうしたんだ!?」
ラウラがシャルロットの身体を揺する。
「今……瑛斗を捜したら………!」
震える人差し指をアンノウンに向けた。
「すぐ……そこにいるって……!」
「何だって!?」
俺はG-soulから発せられる信号をサーチした。そして、すぐに信じられない結果が出た。
━━━━G-soul所在地点、七メートル前方です━━━━
ディスプレイに出たのは、どうしようもない表示だった。
「それじゃあ、俺たちが戦ってるのは━━━━━━!」
アンノウンはまた目の前からフッと消える。
そして俺の真上からクローを振りかざしながら急降下してきた。
「瑛斗なのか!?」
振り下ろされたクローが俺の目の前に迫った。