IS〈インフィニット・ストラトス〉〜G-soul〜 作:ドラーグEX
三月に入り、いよいよ卒業式が近くなってきたころの生徒会。俺はいつものように生徒会に出席するため廊下を歩いていた。
(そう言えば、もうすぐあの日だな……)
俺はそんなことを想いながら生徒会室のドアを開ける。
「こんちはー」
「おう、瑛斗」
「や、瑛斗くん」
「きりりん、やほー」
一夏と楯無さんとのほほんさんが声をかけてくれる。
しかし、一人足りなかった。
「……あれ? 虚さんは?」
「まだ来てないの。いつもなら一番最初に来てるはずなのに」
楯無さんが肩を竦めた。
「珍しいですね。虚さんが最後なんて」
俺は自分の席に座る。
「そう言えば、このところの虚さんの様子、変じゃないですか?」
一夏の言葉に楯無さんが興味を示す。
「変? どんなふうに?」
「なんというか、考え事してるみたいな、心ここにあらずみたいな感じで」
「ふぅん……? 本音はなにか知らない?」
「ふぇ? ん~……」
のほほんさんは考え込むように遠くを見る。
「すいませんっ! 遅れました!!」
すると、慌てていたのか少々息が上がった状態で虚さんが生徒会室に駆け込んできた。
「あ、来た来た。まだ始めてないから大丈夫よ」
「そ、そうですか…よかった」
虚さんは、ふぅ、と安堵して息を整えて席に座る。
「どうしたんです? 何かあったんですか?」
一夏が虚さんに話しかける。
「い、いえ。なんでもないですよ。気にしないでください」
そう言って虚さんは席に着く。
「さてと、全員揃ったところで今日の議題に入るわね。今日の仕事は……」
楯無さんがファイルを開く。
「今年度の各部活動の部費の決算についてよ。いろんな部活動から送られた申請書に目を通して、変なところがないか確かめるの」
「あ、じゃあそれほど大したことじゃないんですね」
「いんや。一夏、書類の確認は重要だぞ」
「あ、きりりんが仕事モードだ」
「一つの書類ミスを見逃すだけで大変な事態が起こったりするんだぞ」
「分かった分かった。ちゃんと見ますよ」
「ならいい」
そんなわけで俺たち生徒会はそれぞれ書類に目を通していく。
しかしながら、これも学園の生徒が真面目なところだけは真面目なおかげで一つもミスは見つからず作業はあっという間に終わった。
と、言うわけでティータイムである。
「ここの生徒は真面目な子が多いわね~」
「そのおかげでこうやってお茶できてるんですよ」
「うーん、美味いなこの紅茶」
「お姉ちゃんが淹れたんだもん。おいしーのは当然だよ~。ね~」
のほほんさんが虚さんの方を向く。
「………………」
しかし虚さんは、カップの紅茶を見つめているだけで返事はしない。
「お姉ちゃん?」
「え? あ、なんだったかしら?」
ハッとしたように虚さんが顔を上げる。見かねたように楯無さんが話しかける。
「…ねぇ、虚」
「は、はい。何でしょう?」
「どうしたの? 具合でも悪い?」
「………………」
虚さんは俯いてしまう。
「お姉ちゃん? どうしたの?」
「……らない」
「え?」
のほほんさんが聞き返すと、虚さんは顔を上げた。
「会長…今日はもう終わりですよね?」
「え……ええ。一応」
「では……今日はもう失礼します…。お疲れ様です」
「お、お疲れ様…」
虚さんはそのままトボトボと生徒会室を出て行ってしまった。
「虚……」
「どうしたんだろ…虚さん」
「なんか、相当思い悩んでるみたいだな……」
「お姉ちゃん……」
のほほんさんも心配そうにつぶやく。
「きっと、色々思うことがあるのよ。もうすぐ卒業だからね」
軽い感じにそう言う楯無さんだったが、その目は虚さんを心配している。
「………………」
俺は去り際の虚さんの雰囲気が妙に引っかかっていた。
(面倒なことが起こらなきゃいいが……)
◆
「……はぁ」
夜。虚はベッドに腰掛けて、ため息をついていた。
「私ったら、らしくないわ……」
今日の出来事を反省する。一日中いろんなことに手が付かず、あまつさえ生徒会の出席に遅れてしまった。
普段の虚からしたら、まさしく『らしく』ない。
ふとカレンダーに目を向ける。そこにはある日付にマークが付けられている。
ルームメイトがマークを付けた日付は卒業式の当日。三年生はその日を境に学園から発つのだ。
「もうすぐなのね……」
虚はカレンダーに歩み寄り、その日付に触れる。
「……頭ではわかってるのに……」
思わず口から漏れたその言葉は、か細く、小さいものだった。
と、ドアがノックされた。ルームメイトが帰って来たならばノックはないはずだ。
「はい?」
ドアを開ける。そこには━━━━
「本音……?」
「えへへ……来ちゃった」
妹の本音が立っていた。
「ど、どうしたの?」
「お姉ちゃんが元気ないみたいだったから、様子を見に来たんだよ〜」
「そう。ありがとう……。入って」
虚は本音を部屋に入れて、椅子に座らせた。
「それで、お姉ちゃん…何かあったの?」
「何かって?」
「きりりんとおりむーが、お姉ちゃんの様子がおかしい、何か悩んでるんじゃないかって心配してる。会長も、私だってしてるよ」
「………………」
虚は周囲の人に迷惑をかけていることに落ち込んでしまう。
「教えてお姉ちゃん。どうしたの?」
「な、なんでもないわ」
「嘘。ぜぇったいなにか隠してる」
「なんでもないったら!」
「!」
つい大きな声を出してしまい、本音は怯えたように首を竦める。
「あ…ごめん……」
すぐに謝ったが、本音はじぃっと虚 を見てきた。
「お姉ちゃん……さてはあの男の人でしょ」
「え?」
「きっとおりむーのお友達がお姉ちゃんに心配かけて━━━━」
「弾くんは関係ないわ!」
そんなつもりはなかったのに、なぜか声を荒げてしまった。
それに食い下がるように本音も珍しく声を張る。
「じ……じゃあ何なの!? こっちは心配なんだよ!」
「本音よ!」
「……っ」
虚の言葉に、本音は吐き出しかけた声を飲み込んだ。
「私……なの?」
虚は畳み掛けるように言葉をぶつける。
「そうよ! あなたのことが心配なの! 私が卒業していなくなっても生徒会でやっていけるのかって、生徒会のみんなの負担にならないかどうか心配で仕方ないのよ!」
「………………」
「本音だって━━━━」
「…そんなに……」
俯く本音の震える声が虚の言葉を遮った。
「え…」
「そんなに私が信じられない!?」
「あ……」
そこで虚は自分が勢いに任せて本音を傷つけることを言っていたことに気づく。
「ごっ、ごめん、ちが━━━━」
「聞きたくない! お姉ちゃんなんか知らない! 大っ嫌い!!」
そのまま本音は部屋から飛び出していった。
「本音!」
追いかけようと腰を浮かせる。だが、足を踏み出せなかった。力が抜けていく。
「私……何やって……!」
そのままベッドに腰を沈めた虚は、声を押し殺して、泣き出してしまった。
◆
虚さんが変だった翌朝、偶然にも俺と一夏は、のほほんさんと朝食が一緒になった。だけど、のほほんさんの元気がない。
「………………」
どれくらい元気がないかというと……
「のほほんさん、それふりかけじゃない。七味」
「へ? ……あ」
俺が指摘してようやくごはんに七味を振りかける行為を止める。
「大丈夫か? 元気ないみたいだけど」
「うん……大丈夫……」
こくり、と小さく頷いてごはんを口に運ぶ。
「おいそれ七味かかって━━━━」
「………………」
隣の一夏の指摘も聞こえてないようで、そのまま七味がかかったごはんを咀嚼し、飲み込んだ。
「………………」
「………………」
俺と一夏が唖然としているのに気づいたようだ。
「……なぁに?」
「あ……いや」
「なんでもない……」
「……? 変なの」
のほほんさんは再びごはんを食べ始めた。
(お、おい、やっぱ様子がおかしいぞ)
(あ、ああ……。おかしい)
俺と一夏はのほほんさんに聞こえないようにヒソヒソと話し合った。
(虚さんと言い、のほほんさんと言い、姉妹そろってどうしたんだ?)
(俺が知るかよ、そんなこと)
「……ねえ、おりむー、きりりん」
「ん?」
「な、なんだ?」
「私って……頼りないかな……」
「え……」
一夏が少々面喰ったように声をこぼす。
「何かあったのか?」
さすがに尋常じゃないと思い、俺が問いかけると、のほほんさんは答えることなくそっと席から立ち上がった。
「……ううん。やっぱりなんでもない。じゃあね」
そのままのほほんさんは重い足取りで食堂から出て行った。
「……なんでもないわけないな。ありゃ」
「ああ。確実に何かあった」
小さくなっていくのほほんさんの背中は、なんだか悲しかった。
◆
「……と、いうわけなんですが」
のほほんさんの様子がおかしいのを廊下で偶然会った楯無さんに伝えた。
「そう、本音もなのね……」
話を聞く楯無さんは閉じた扇子を口元に近づけている。
「布仏姉妹は、揃ってどうしちゃったんでしょう」
一夏が楯無さんに問うように話す。
「そうねぇ……」
楯無さんは少し思案顔をしてから顔を上げた。
「理由は大体想像ついてるわ」
「はぁ」
「と言うと?」
「んー」
俺が追及すると楯無さんは扇子を開いた。
「それは二人の個人の問題でもあるから私からは言えないわ」
「なんですかそれ……」
肩すかしを食らった。そんな俺を見て楯無さんはくすっと笑う。
「でも、このままってのも問題よね」
そうつぶやく楯無さんの目が、キランと光った。
◆
「あの、会長。用ってなんでしょうか……?」
放課後。楯無に生徒会室に来るよう言われた虚は、呼び出しておいて一向に用件を話さない楯無に控えめに尋ねた。
「もうちょっと待って」
しかし椅子に腰かけ、窓の外を見ている楯無の返答はさっきから変わらない。
すると生徒会室のドアが開いた。
「あ━━━━」
入ってきたのは本音だった。
「本音……」
「……ふんっ」
本音はぷいっとそっぽを向き、楯無に近づいた。
「お呼びですか?」
「そうね。二人とも揃ったことだし、用件を話そうかしら」
楯無は椅子を回転させて二人の顔を交互に見た。
「ちょっとお使いを頼みたいの」
「お使い……ですか?」
「実は紅茶の茶葉がなくなっちゃったのよ。買ってきてほしいの」
「……?」
「それくらいなら、構いませんが……」
二人は首を捻る。わざわざ自分たちを呼んだのはそんな為だったのか。
「それと、書類を纏めておくバインダーも数が足りないから一緒に買ってきて。十個セットのやつね」
しかし、追加されたお使いの内容を聞いて虚はさらに首を捻る。
「購買に売ってないんですか?」
「いやぁ、私も売ってると思ったんだけど、納品が遅れちゃってるみたいで売ってなかったのよ」
「は、はぁ」
「結構大変かもしれないけど、私も用事が立て込んでて。頼めるかしら?」
「じゃあ、私が━━━━」
「私が行きます」
虚が言いかけると、本音が一歩踏み出して言った。
すると楯無は扇子で隠した口で小さく笑う
「そう。じゃあコレ、買い物のメモとお金ね」
楯無からそれらを受け取り、本音は生徒会室を出て行こうとする。
「じゃ、じゃあ私も……」
虚がその後を追おうとする。
「いい。いらない」
「なら、桐野くんか織斑君を━━━━」
「一人でいい!」
「!」
本音の声に足を止められ、虚は俯いてしまう。
本音は足を大きく動かして生徒会室から出て行った。
「いってらっしゃ~い」
楯無はひらひらと手を振り、本音を見送った。
「………………」
虚は黙ったままである。
「……さ、用は済んだからもう行っていいわよ」
楯無は椅子から立ち上がり、部屋から出て行こうとする。
「お嬢様……」
絞り出すような声で虚が楯無を止めた。
「ん?」
「どうしたら……いいんでしょう……!」
震える虚の声を聞き、楯無は小さくため息をついて椅子に座りなおした。無言だったが、それは話の続きを促すものだった。
「卒業したら……もう学園にはいられないから、そしたら……本音がしっかりやれるか心配なんです」
虚はさらに続ける。
「織斑くんも、桐野くんもいるから大丈夫なのは…分かってるんです……分かってるのに……!」
「虚」
楯無が虚に声をかける。
「『姉』っていうのは『妹』をとっても大切に想うもの。そうでしょ?」
「……………」
虚は小さく頷く。
「私も姉だから、簪ちゃんが大切よ。それはもう、掛け替えのないくらい。でも……大切に想い過ぎて余計なことしちゃったこともあるけどね」
困ったように笑いながら言う。
「妹が大切だから、だからこそ失敗する。今のあなたみたいに」
楯無は椅子から立ち上がり、窓の外に顔を向ける。
「布仏の家の事情は私も知ってるわ。そういうのも原因でしょうけど━━━━でもね虚」
楯無は振り返って虚を見た。
「妹を心配するのも姉の役目だけど、それ以上に、妹を信じてあげることも姉の役目なのよ」
「信じてあげる……」
「って、私よりあなたのほうが年上なのに、私がこんな大人ぶったこと言うのも変だけどね」
苦笑する楯無に、虚は涙をこぼしながら告げた。
「わたしっ、ほ、本音と……! ひっく……! けんか……! 喧嘩しちゃって……!」
「知ってるわ」
「あや…まりたい……のにっ…どう言ったら……!」
「わからない?」
しゃっくり上げる虚は頷いた。
「……!」
「……力になってあげたいけど、私がしてあげられるのはここまでよ」
「え……」
「私より、ずっと妹と接してる人を、あなたは知ってるんじゃない?」
「……あ」
ハッとした虚に、楯無は微笑む。
「………………」
虚は目をごしごしとこすって涙を拭い、顔を上げた。
「……ありがとう、ございました」
そして、迷いない足取りで生徒会室を出ていった。
「………………」
静かになった生徒会室。楯無は窓の向こうに視線を戻した。
「姉妹とはそういうもの……。そうよね、簪ちゃん……」
だがその瞳は、どこかうしろめたいものを感じさせるように、揺れていた。