世の中クソだな in ダンまち 作:アレルヤ
「いらっしゃいませー」
店員の歓迎の声に迎えられ、活気ある店内へと足を進ませる。
「……ここが、僕のお祝いの場所?」
「ええ、そうですよ」
エルフの店員と予約の確認をしているエイナ。
いつものギルド職員の服装ではなく、お洒落にも気を使った装い。いつも仕事着しか見ていないギルドの男連中がみたら喜ぶだろう。
エイナの顔は朗らかであり、実に嬉しそうな様子であった。一方で、アダチは何とも言えない表情である。
「と、お待たせしましたね。アダチさん、あそこが予約した席ですよ」
「……ああ、うん、了解」
見目麗しい店員によって、案内された席へと座り込む。
エイナがアダチを案内したお店は、『豊穣の女主人』であった。
冒険者向けの酒場であり、極めて質の高い料理と女性定員により、多くの飲食店の中でも一際有名な店舗だ。
確かにここであれば、美味い酒と料理が頂けることだろう。店員の質も良く、少し騒がしいが、下手に気合の入った店に連れていかれるよりは気軽でよい。
……裏の事情を知らなければ、の話だが。
「……どうかしたんですかアダチさん?」
「へ?ああ、いや、何でもないよ。うん、ほら、可愛い店員さんばかりだからねぇ。思わずびっくりしちゃった」
白い目で此方を見てくるエイナを余所に、アダチは顔を崩して周囲の店員を眺める。瞳の奥に興味と感心、そして僅かな侮蔑の色を隠しながら。
ギルドの統括者であるロイマン、そしてオラリオの闇であるイシュタルファミリアと繋がっている身としては、ここは何とも居心地の悪さを感じる場所だ。
何も知らない連中であれば、美しい店員に鼻の下を伸ばせるのであろう。だが彼女達の正体を少なからず知っていると嫌にもなってくる。
「ここに来るのは初めてだからさ、いやぁ、嬉しいなぁ。眼福だよ眼福」
「アダチさん、最低ですね」
苦笑するアダチにエイナは目を細める。
だが大きくため息をついた後、嬉しそうに、花が咲いたような笑顔で笑った。
「……でも、どんな理由であれ喜んでくれたのは嬉しいです。ここは料理も美味しいですから、期待していてくださいね」
どのような形であれ、アダチに喜んでもらえたことがエイナは嬉しかった。
ここまで来るのに不安を抱えていた。迷惑で、嫌々ながらに連れてきてしまったのではと心配もしていた。
だからだろう、いつもならお説教をしているところだが、今日は許してあげようと思った。祝いの席だ、楽しくアダチを祝ってあげたかった。
エイナの笑みにアダチは一瞬呆けた。
そして苦笑すると、周囲の店員から視線を完全にエイナに向ける。
「うん、あれだ、じゃあギルドの安月給で食えない高め奴を飲んで食べようかな」
「酷い人ですね、アダチさんは。でも良いですよ?先輩として、後輩に奢るのは世の常ですから」
ふふん、とエイナは口の端を吊り上げた。
アダチは一転して苦い顔になる。年下の先輩、それも女性に高いものを奢られるのは、アダチとしても男のプライドが揺らぐものであったらしい。
そしてそんなアダチの心を読んで挑発するあたり、この先輩も後輩の影響を受けてきているようだ。本人はこれっぽっちも自覚していなかったが。
アダチは皮肉の一つや二つ、言葉に出そうとした。
だが、エイナはそれに先んじて口を開く。
「本当に、気にしないでください。先輩とか、後輩とか、本当はどうでもいいんです。私はただ本当に、アダチさんが一年間、頑張ってきたことをお祝いしたいだけなんですから」
頭の中に、かつての自分の上司の姿が浮かんだ。そして、自分の前に立ちはだかった少年の姿も。
二人の姿がエイナに重なり、アダチは目を見開いた。
「おめでとうございます、アダチさん。この一年、お疲れさまでした。これからも、宜しくお願いしますね」
運ばれてきた真っ赤な果実酒、豊潤な香りと共にそそがれたグラスをアダチの目の前に差し出した。
しばらく固まっていたアダチだが、何が面白かったのか、クツクツと笑いながら自分もグラスを持ち、エイナのグラスに軽く打ち付けた。
「……うん、ありがとう」
その時、エイナは初めてアダチの心に触れられた気がした。
言葉で説明できるものではない。気のせいかもしれない。だが、アダチのいつもの笑い顔とは違い、今のアダチは心から笑ってくれていると感じた。
頬が僅かに熱くなったのは、お酒のせいだろう。
次の瞬間、からかい混じりの言葉を投げかけられたエイナ。その時に感じた感動と喜び以外のもう一つの感情に、エイナが気がつくことはなかった。
しばらくお酒と食事が進んだ。
あそこのお店はこうだ、最近の冒険者は、同僚は、仕事は、そんなたわいない話に花を咲かせていく。
こうした会話をアダチと共にするのも久しぶりかもしれない。基本エイナが話し、アダチが言葉を返す流れだ。それでも、ここまでアダチが会話を重ねることに仕事仲間は驚くことだろう。他人と関わろうとしない彼がこのような姿を見せるなど、滅多に見られるものではない。
そんな時、何度聞いたか解らない扉の音がまた聞こえた。
日頃のギルドにおける些細な話を楽しんでいたエイナは、何気なく目を向けて短く小さな驚きの声をあげた。
アダチはエイナの様子を見て、エイナの見ている方向へ視線を動かす。
見つけたのは白い髪に華奢な体。赤い瞳が特徴的な少年だった。
剣を持っているあたり冒険者なのだろうが、華奢な外見でどうにも強そうに思えない。強者が持つ獅子の如き威というものがまるでなかった。
「良くてペンギン、兎だな」と、アダチは果実酒と共に言葉を飲み込んだ。
言わなかったのは、エイナの反応があったからだ。あの少年がエイナの知り合いであるなら、今の言葉を聞いたエイナは怒るかもしれない。いや、きっと怒るだろう。面倒くさいほどお人よしだからな、こいつ。
カウンターの席に着いた少年を、ちらりと何度も気にしたように伺い見るエイナ。
アダチは態々尋ねるのも面倒であったが、仕方がないかとエイナに声をかけた。
「んー、さっきからあそこの若い子みているけど、知り合いかい?」
「へ、あ、すいません。そうです、ベルくんっていう私の担当の冒険者なんですけど」
「……ああ、君が話していた例の子か。あと、今日血だらけでギルドの受付を汚した子」
掃除していた職員が、今日愚痴っていたことを思い出す。あれは酷かったらしい。
さらに最近、どこかでその名前を聞いたことがある気がするのだが……。どうでもいいことだろうと、目の前の少年を見ながら思った。
「心配なんです。すぐに無茶をしようとするし、今日だって……」
何かを思い悩むエイナの姿に、アダチはいつもの心配癖かと、内心呆れを隠しながら肉料理にフォークを刺した。
彼女はこうやって何かと担当冒険者に世話を焼くのだが、少々、いや、大変それが職員の枠を超えて行き過ぎるきらいがある。
彼女のスパルタな教えに、今まで何人の冒険者が彼女から逃げ出したことか。アダチは何とも無駄でお節介な事をしていると、冷めた目でそれを見ていたものだから、今回もそのたぐいだろうと考え至った。
そう思うとあの少年には、同じエイナの被害者として同情すら感じてくるものがある。
「……エイナちゃん。言っちゃ悪いけれど、あの子が才能あるようには思えないね」
アダチは多くの冒険者を見ており、またその観察力もかなりのものがある。
かつてその力を持って事件の中で多くの人間を欺き、あと一歩で完全に逃げ延びていた。彼が捕まったのは、規格外のイレギュラーの存在があったからだ。
そんな彼から見て、あの少年は大成するようには思えない。
レベル高い冒険者は、低レベルから持つべきモノを持っている。自分を追いつめた子供達だってそうだ。
知らず知らずの内にアダチの口から出た言葉は、感情の発露だったのかもしれない。もしくは、アダチからエイナへの善意だったのかもしれない。
ただ、エイナにとってその言葉は良い物ではなかった事は確かだ。
「……アダチさん、それは酷いと思いますよ。彼は頑張っています、ただそれが空回りしちゃうことがあるだけで」
「エイナちゃんが優しいのは解るよ。でも時には夢を早いうちに諦めさせるのも、僕らの仕事だと思うけどね。『仲間』もいない、才能もないんじゃ無理だ。最後には夢にも裏切られることになる」
エイナはその言葉に怒りの感情を覚えた。
アダチは言葉の裏で、あの優しい少年の努力を無駄だと切って捨てたのだ。彼の頑張りを知っている者として、応援する者として、とてもではないが許せるものではない。
確かに悲しいことに才能というものが無く、理想と現実の狭間で諦めてしまう人たちもいる。
または焦りを募らせ、無謀な行いを繰り返し、勇気と蛮勇をはき違えた結果、ダンジョンから帰ってこなかった冒険者もたくさん見てきた。
だが、才能だけが冒険者の全てだとエイナは思わない。遥か高みに至る栄光だけが、冒険者の全てだとはエイナは思わない。
冒険者として生きる中での多くの出会い、気づき、そして感動が人を成長させていく。それが何よりも尊く、素晴らしいものである事をエイナは知っている。
ゆっくりでもいい、焦らなくていい。一般で冒険と呼ばれる事を無理にする必要はない、それはあくまできっかけに過ぎないのだから。そこで死んでしまっては、あまりにも、あまりにも悲しい。
エイナはアダチが才能がないとの一言で、あの少年の未来を否定したことが許せない。
それに夢が裏切るのではない、夢を冒険者が諦めるのだ。いつだって、それこそどんなになっても、夢は追い続けることができる。
それを他人がどうこういうなど、あまりにも過ぎた行いだ。
だから声を上げようと、キッとアダチを睨み付けた。
そして――――何も言えなくなった。
「……アダチ、さん?」
アダチはエイナを見ていなかった。
顔を向け、視線を向けてる少年、ベルを見ていなかった。
空虚な瞳だった。
感情は何一つなく、訴えるものは何一つなく、ただそれを知っている。
そんなどうしようもないものを知り、見てきた者の目。
アダチはベルを通して何かを見ているのだ。
その手はアダチが身に着けている、いつも大切にしているネクタイを強く握りしめていた。
エイナはこの時、自身がアダチという人間を何も知らないことに気がついた。
エイナは記憶を失う前のアダチを知らない。だがエイナが保証人となり、様々な事を自らが常識から教え、ギルド職員になってから一年。
このオラリオにアダチが来てから、自分が最も彼とは親しい間柄だとエイナは思っている。実際、それは決してエイナの思い込みではない。
記憶を失っており、さらには誰一人として彼の事をオラリオで知る者はいない。しかも記憶の始まりからして、ダンジョンで武器もなく一人。
アダチに居場所を与え、共に今の生活を築いてきたのはエイナであった。
だが、果たして彼が一度でも、その軽薄な笑みの下にある感情を自分に打ち明けてくれた事はあっただろうか。不安を、不満を、苦しみを、自分に話してくれた事はあっただろうか。
エイナという存在に、少しでも心を打ち明けてくれたことはあっただろうか。
思えば、アダチとの間で自分はずっと話してばかりだった。このお祝いの席だけではなく、出会ってからずっと。
私は、彼の何を知ったつもりでいたんだろうか。
急に目の前の存在が遠くに行ってしまったような、もう帰ってこないような恐怖に襲われる。
エイナが耐えきれず、手をアダチに伸ばした。その時であった。
激しい音と共に、豊穣の女主人のドアが開かれる。
店内の誰もが何事かと視線を向けると、現れたのは冒険者の大集団。その先頭を進むのは、糸目で緋色の髪を一つにまとめた神気を放つ女性。
「さぁーッ!みんなで久しぶりに飲むでーッ!」
怪しい関西弁に続いて入ってきた冒険者達の歓声。
そのファミリアを象徴するエンブレムはピエロの道化師。
エイナとアダチはその集団を見るや、それぞれ顔に感情を露わにする。前者は驚き、後者は厄介なと。
ここにいる誰もが、エイナ達のように彼らを知っている。否、オラリオで彼らを知らないものはいないだろう。
神であるロキに率いられた冒険者達。
オラリオ屈指の探索系ファミリア、『ロキ・ファミリア』であった。
お久しぶりです、就職したり、他の虹を書いてたりでのんびりしてました。
最近またモチベが戻ったので、ひっそり投稿。
次回がロキファミリアとのテンヤワンヤ書いて、その後にアダチがカッってなって。
頑張れば3話で行けそうだ!(無計画