リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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我が社め、天狗道に有給を与えたらどうなるか、教えてやろう!


そんな訳で、三日連続更新です。


推奨BGM
2.BRAVE PHOENIX(リリカルなのは)
3.Gotterdmmerung(Dies irae)
4.Pray(リリカルなのは)


※2017/01/23 改訂完了。


第十五話 地獄が一番近い日 其之肆

1.

 規則的に鳴る機械の音が、命の鼓動を証明する。

 倒れた青年は未だ目覚めず、されどその場所には――

 

 

「漸く、戻って来れた。全く、老人達にも困ったものだねぇ」

 

 

 白衣を翻す、紫の男が姿を現す。

 眠り続ける友の姿を見下ろして、彼は歪んだ笑みを浮かべていた。

 

 

「状況は知っている。既に準備は出来ている」

 

 

 そしてそんな狂人の僅か後方には、寄り添う様に従う女の姿。

 特別性の人形は彼に指示されていた通りに、必要な物を既に揃えている。

 

 

「故に、対処は完璧だ」

 

 

 そう。希望は其処に。眠りに落ちた青年を立ち上がらせる術が其処にある。

 

 

「もう一度、君をその場に立たせる事が、私ならば出来るであろう」

 

 

 狂気の科学者の掌中に、先への希望は灯っている。

 だがそれは、唯の希望である筈がない。この狂人が在り様故に、代償が存在しない筈もない。

 

 

「だがそれは、きっと君を更なる地獄の底へと叩きつける」

 

 

 この今でさえ瀕死の彼に、与えるのは更なる苦痛だ。

 もっと苦しくなるだろう。もっと辛くなるだろう。それが永劫続くだろう。

 

 開けてはならないパンドラの箱のその奥に、希望と言う災厄が眠っていた様に。

 スカリエッティの齎すであろうそれは、眠り続ける青年を更なる奈落の底へと突き落とす代物だ。

 

 

「今ならば、死ねるよ? 今ならば、終われるよ? 今を逃せば、君は永劫苦しみ続ける事となるだろう」

 

 

 魂の汚染は深刻だ。刻まれた傷は治らない。

 その崩壊しかけた魂は、見るに堪えない状態だ。

 

 そして今肉体が生き延びてしまえば、青年の魂は汚染されたまま、苦しみ続ける事となろう。

 だが今この瞬間に、彼を生かす力を拒絶すれば、彼はこのまま安らかな眠りに落ちる事が出来る。

 

 治らぬ傷を抱えて生き続ける事が、幸せなのだと誰が言えよう。

 永劫苦しみ続ける生を選ぶ事と、苦しみから解き放たれる死を選ぶ事。

 

 どちらが彼の為なのか、そんな答えは明白だ。この狂人でも分かる程に、その先には救いがなくて――

 

 

「さて、君はどうするかね?」

 

 

 だから君が選ぶべきだ。スカリエッティはそう問い掛ける。

 しかしその言葉に、返る声は存在しない。ぴくりと動いたのは指先だけで、青年が目を覚ます事はない。

 

 

「ふっ、今の君では答えを返す事も出来なかったね」

 

 

 当然だ。青年に答えを返す力はない。言葉が届いているかも分からない。

 

 選ぶ権利は彼にあっても、選択する自由が其処にはない。

 目が覚めぬ限り彼は選べず、目を覚ます為にはその地獄を許容する必要がある。

 

 彼を殺すか、それとも生かすか、己で選べぬならばその選択は第三者に委ねられる。この場においては、他でもないこの狂人の掌中に。

 

 

「ならば、さてどうするか」

 

 

 スカリエッティにしては珍しく、ほんの僅かに逡巡する。

 何故かと彼が己の僅かな正気に問えば、脳裏に浮かぶはまるで関係ない何時もの風景。

 

 

「ああ、そうか」

 

 

 だが、それが答えだ。それだけで、彼には答えが分かっていた。

 そんなどうでも良い日常の光景にこそ、スカリエッティが出すべき答えがあったのだ。

 

 

「戻って来た。そう思うくらいには、私は居心地の良さと言う物をこの場所に感じていたらしい」

 

 

 大切だった。神の言葉を借りるなら、宝石だと例える程に大切だった。

 幸福で輝かしい微温湯の様な場所。何処までも温かなこの空気に、己さえも鈍っていたのだと理解する。

 

 この狂人でも、大切だと感じてしまう。そんな何処か温かい空気が、この場所には存在していたのだ。

 

 

「友が居て、愚かにも私を慕う子供が居て、ああそうだね。狂っている私でも、多少は大切にしたいと思えた居場所だった」

 

 

 古代遺産管理局、機動六課。

 其処がスカリエッティの好んだ場所の名前であり、そして今の彼はその一員としてこの場に立っている。

 

 ならば選ぶべき道などは、分かり易い程にあからさまである。

 大切だから穢したくないと言う当然の道理など、この狂人に通じる筈がないのだ。

 

 

「ならば君の意見など知らぬよ」

 

 

 友が何を感じようと、狂人にとっては関係ない。

 この先でどれ程に苦しみもがき足掻こうと、この己には関係ないのだ。

 

 重要なのは、その意志が繋がれる事。消え去る事なく、その微温湯の中核が残る事。

 自分がそうしたいのだ。ならばその我欲のままに、常識も倫理も知らぬ存ぜぬで通せば良い。

 

 彼が居なくなるのが嫌だから、理由なんてそれだけで十分なのだ。

 

 

「拒絶しようと、許容しようと、知らんさ。精々苦しみ給え」

 

 

 その歪んだ笑みは、決して友人に向けるべき物ではない。

 その歪んだ好意は、明らかに常人の思考から外れている。

 

 所詮、ジェイル・スカリエッティは、何処まで行こうと狂人だ。

 

 

「そうとも、私は愛娘を地獄に突き落とす様な狂人だからね。それは友が相手でも変わらない」

 

 

 さあ、天上楽土へと招かれるであろう魂よ。

 そのまま進んではいけないよ。君はまだ死んで(スクワレテ)はいけない。

 

 奈落の底が君を呼んでいる。

 その魂が救われる前に、現実と言う地獄の底へと歓迎しよう。

 

 

「望むがままに、世界を掻き回すとしようか」

 

 

 白衣の狂人は静かに嗤い、そして青年の行く道は定まった。

 

 

 

 

 

2.

 魔群の齎した破壊の一撃。其れを前にして、少女達には何もする事が出来なかった。

 

 キャロ・グランガイツとルーテシア・グランガイツ。バーニング分隊に属する二人が任されたのはホテル・アグスタの裏口警戒。

 関係者用の出入り口付近に居た二人の少女は時が経っても分隊長が戻らぬ事に違和を感じて、該当区域より更に内側へと向かっている途中だった。

 故に当然、その一撃に巻き込まれた。トーマの様に意図して狙われない理由もなく、自分達の足で近付いていたのだから、逃れられる道理がなかったのだ。

 

 天より落ちるゴグマゴグ。偽りの神の牙は六課のエース陣であっても耐え抜くのが精一杯、フォアードに属する二人の少女が逃れ得る道理がない。

 歪みも希少技能も持たず、耐えられるだけの格もない。そんな彼女達が消し飛ばされるのは当然の帰結であって、ならばどうして此処に彼女達は無事であったのか。

 

 

「子犬、さん?」

 

 

 目を焼く程の眩い輝きに包まれて、その熱量に苛まれるキャロ・グランガイツの目の前にその背がある。蒼き獣がその背を向けて、その身を人のそれへと変えていた。

 

 

「時よ。止まれ」

 

 

 届かせない。届かせはしない。背に守る小さな子らに、魔群の牙を届かせる訳にはいかない。

 己の時を停滞している我執の鎧を僅かに広げ、拡大する力場で襲い来る神殺しの力をその一身にて受け切り耐えた。

 

 

「ちょ、ちょっと、何これ!? 犬が人間になって、何が!?」

 

「怖い力が、遠ざかっていく。……子犬さんが、守ってくれてるの?」

 

 

 混乱する少女達。その問いかけに、答えるだけの余裕はない。

 ザフィーラは既にして限界だ。それはこの魔群の一撃が鎧を超える程の威力を持つ、為ではない。その力の行使が余りに無理がある事だからだ。

 

 その渇望は覇道ではなく求道である。傷付けないと言う祈りではなく、届くまでは滅びないと言う執念。残る夢が消えた雪の日に、起きた奇跡は起こらない。

 求道は覇道に変わる事なく、故に庇える範囲は酷く狭く広げれば広げる程に消費は重くなっていく。身の丈を過ぎた力の行使が、残っていた力を大量に奪い去っていく。

 

 

「身体が、消えていって。……だ、駄目です!!」

 

 

 少女達の目の前で、男の身体が擦れていく。小さな淡い光に変わって、男の身体が消えていく。

 それを見て心優しい子供は駄目だと叫びを上げて、それでも盾の守護獣は力の行使を止めはしない。

 

 擦れていく男の身体。理由は単純だ。盾の守護獣ザフィーラは既に死んでいる。

 優しい主が死したあの日に致命傷を受けていて、今は残った魔力で滅びるまでの時間を延長しているだけなのだ。

 

 だから、その魔力を消費すればする程に肉体を維持できなくなる。

 渇望が変わらねば出来ぬ筈の無理を押し通している現状は、男に残った僅かな時間さえも奪い取っていたのだ。

 

 

「……案ずるな」

 

 

 急速に力を失っていく盾の獣は、霞む意識の中で言葉を告げる。

 此処に紡いだ一つの言葉は、主の遺した言葉に対する答え。彼女が誇る、彼女の盾故の言葉である。

 

 

――ザッフィーはな。守護獣なんやで。皆を守る、私の自慢の騎士様なんや。

 

 

 その想いに応える役割は、もう嘗てに捨ててきた。

 盾である誇りを憎悪の牙に取り換えて、全てを焼いた女だけを憎んでいる。

 

 それでも、そんな残骸でも、無視出来ない理由がある。

 桃色の髪をした小さな少女を、無視出来ない理由が其処にあったのだ。

 

 

「盾は砕けん。この守りは誰にも貫かせん」

 

 

 嘗て守護騎士が滅ぼしたアルザスと言う一つの世界。滅び去った竜世界の唯一人の生き残り。

 

 あの日に竜世界を焼いたのは鉄槌の騎士と湖の騎士。盾の守護獣は関係ないと、そう語る事も出来るだろう。

 それでもあの心優しい彼女が知れば、自分の所為だと自責した筈だ。書の主として責を負わねばと、そう思い詰めた筈である。

 

 だから、無関係とは切り捨てられない。この少女達より己の憎悪を優先したら、きっとあの主は涙を零す。

 守護の獣ではなく憎悪の復讐者に過ぎぬのだと、そう語り貫き通せば記憶の中に居る八神はやてが涙に暮れるのだ。ならば、どうしてそれを選べるか。

 

 

「俺は終われん。終われない、為すべき事が未だ此処に在る」

 

 

 終わらない。終われない。終わらせない。絶対に。

 

 この身は既に守護を誇りとする獣ではなく、憎悪に身を焦がした復讐者。

 怨敵に牙を突き立てるその日までは、どれ程に衰え無様となろうが終われる筈がない。

 

 消えようとする己の身体を意志で保って、ザフィーラは振り返りもせずに少女らに告げる。

 

 

「だから、お前達は気にするな。今は生き残る為に、此処で守られて居れば良い」

 

 

 それでも、魔群の力を防ぎ切れない。面に対する攻撃に点で守りを作っても、その点以外が壊されるのは道理であろう。

 足場が崩れ出す。消滅寸前にまで力を行使して、それでもホテル・アグスタの倒壊は避けられず、沈む大地に三者揃って巻き込まれる。

 

 

「んなっ!?」

 

「きゃっ!!」

 

 

 足場から崩れ落ちる。底の底へと墜落する。離脱するだけの余力もない。

 それでも貫かせないと決めたから、ザフィーラは二人の少女を両手に抱える。

 

 守るのだ。守り通すのだ。落下速度を停滞させながら、大地の底へと飲まれて行く。

 それでも両手に抱えた小さな少女達は手放さずに、ザフィーラはその手で確かに守り通した。

 

 

 

 

 

 そして奈落の底で、少女と少年は邂逅する。

 守護者に守られた少女と、守護してしまった結果に後悔する少年は此処に出会う。

 

 滅びた世界の竜の巫女。キャロ・グランガイツ。

 罪悪を背負わされた神殺しの悪魔。エリオ・モンディアル。

 

 二人の邂逅はやがて、世界を変える一助となるだろう。

 

 

 

 

 

3.

 空が罅割れて、大地が捲れ上がっている。

 虚無は少しずつ、だが確実に広がっていく。

 

 その速度は止まらずに、少しずつ、少しずつ、広がる速さが増している。

 

 自閉した少年は目を覚まさずに、破壊の牙はその猛威を振るう。

 誰もが止める事の出来ない絶望の中で、全てが今終わってしまおうとしていた。

 

 ならば、最早誰にも何も出来ないのか。

 誰もが絶望したままに、終わりを迎えるしかないのだろうか。

 

 

「……させ、ない」

 

 

 否、まだ彼女は諦めてはいない。

 撃墜された女はしかし、その意志を振り絞って立ち上がっていた。

 

 

「まだ、終わらせない。崩壊なんて、させられないっ!」

 

 

 再演開幕。そして不撓不屈。己の肉体を復元した女は、不屈の意志を持って立ち上がる。絶対の終焉を前にして、悲嘆に沈んでいた心が燃え上がっていた。

 

 もう終わってしまうと感じたから、迷っている暇なんて何処にもない。

 そうまで追い詰められた現状で、だからこそ高町なのはの躊躇いは消えている。

 

 

「そうだ。終わらせない。終わらせる、ものかっ!」

 

 

 全身に刻まれた痛みを意志で塗り替えて、彼女は再び戦場を舞う。

 不屈のエースはこの場所で、訪れた世界の終わりを乗り越える為に抗い始める。

 

 

「私はまだ、ユーノ君に謝っていないっ!」

 

 

 そう。死ねないと言う想いは単純だ。

 彼を傷付けて、彼の尊厳を踏み躙って、その事を詫びずに死ぬ事は出来ない。

 

 

「彼と共に生きる今に、満足なんてしていないっ!」

 

 

 そうまでして望んだのは、彼と共に過ごす今。

 だからこそ、それの訪れを諦めない。その幸福を妨げる崩壊なんて必要ない。

 

 

「だから、今は震えていても、進む道が間違っていても、それでも終わりだけは認めないっ!!」

 

 

 落ちた星がまた昇る様に。

 大地に沈んだ太陽が朝日となって昇る様に。

 

 月の如く生きた太陽の血を継いだ女は、此処にその意志を示した。

 

 

「貴方はどうなのっ! トーマ君っ!」

 

 

 呼びかける声に、意志を込める。

 自分が辛いから、見て上げていられなかった子供に今呼び掛ける。

 

 

「傷付ける人が居なければ、怖い物がなくなれば、じゃあ其処に何が残るのっ!!」

 

 

 何もかもを拒絶して、自閉した少年へと投げ掛ける。

 その果てに一体何が残るのかと、その想いを伝える様に言葉に紡ぐ。

 

 

「それで、良いのっ! それで満足しているの! それで終わってしまって、本当に良いの!?」

 

「…………」

 

 

 だが、反応はない。自閉した彼は戻らない。

 共にある白百合の声すら届かぬ現状、なのはの言葉は届かない。

 

 

「っ、ならっ!」

 

 

 黄金の杖が力を示し、無数の光弾が周囲を満たす。

 制限された己の限界値まで、一瞬で意志を燃やし上げて到達する。

 

 

「止めるよ。絶対に!」

 

 

 翡翠の輝きが溢れ出して、女はその杖を少年へと向ける。

 遅延魔法に誘導魔法。射撃に砲撃、幻術、捕縛。種々様々な魔法を展開して、なのはが出した結論は――

 

 

「だって私は、嫌だから!」

 

 

 言って聞かないなら、力尽くで届かせる。

 駄々を捏ねている子供は、無理矢理にでも引き摺り出す。

 

 

「行くよ、これが私の」

 

 

 女が選んだ選択肢は、そんな単純な力押し。

 それしか出来ないならば、その道を全力全開で飛び抜けるのだ。

 

 

「全力全開っ!!」

 

 

 無数の誘導弾を周囲に浮かべたまま、女は流星となって飛翔した。

 

 

 

 空を翡翠の光が染める。制限された状態とは思えぬ程に、大量の魔弾が世界に満ちる。

 並の魔導師ならば、否、エースストライカーでも防ぎ切れぬ飽和攻撃。その圧倒的な質量を伴った射撃魔法の雨は、しかし――

 

 

「……っ! 魔力が分解されるっ!?」

 

 

 光り輝く力場に触れた瞬間に、ボロボロと崩れ出す。

 無数の魔弾はトーマの身体に触れる事もなく、虚空で霞んで消えていった。

 

 

「通常の射撃じゃ、通らない。――ならっ!」

 

 

 届く前に分解されるなら、分解されても届くだけの力を込めれば良い。

 

 

〈Variable shoot〉

 

 

 黄金の杖が展開するのは、多重弾殻射撃魔法。

 高密度AMFさえも突破する強固な守りを持った弾丸の数は、丁度百。

 

 疾駆する弾丸の雨は、逆転したハリネズミの如く。

 一切の隙間もなく包囲したまま、白き力場を突破する。

 

 されど――

 

 

「…………」

 

 

 トーマの視線が僅かに動き、銀十字の書が動き出す。

 無数に散らばった書物の頁が輝いて、展開されるはディバイドゼロ。

 

 力場を突破した魔弾が、降り注ぐ光に迎撃される。

 光に触れた瞬間に魔力弾は分解されて、何一つとして結果を示せずに終わってしまう。

 

 

「…………」

 

 

 そして自閉した少年は無表情のままに、銀十字だけがその女を脅威として認識する。

 

 

「消えろ」

 

 

 虚ろな瞳のままに言葉が呟かれた瞬間に、銀十字へと光が集う。

 己の主に害意を向ける敵として認識された女の下へ、破壊の光は放たれた。

 

 

「っ!?」

 

 

 降り注ぐ光を躱す。極大の光線を危なげなく回避する。

 されど害意に対して向けられる防衛衝動は、それだけでは止まらない。

 

 翡翠の輝きを残しながら飛び回る女の背を追いかける様に、全てを分解するゼロの光が絶え間なく振り続ける。

 

 

「っ、近寄れないっ!」

 

 

 飛び交う女を狙う様に、極大の光線がその背を追う。

 二射目、三射目。放たれる光は徐々に正確さを増していき、強制的に距離を取らされる。

 

 空を飛翔する高町なのはは、一端射程の外へと退避する。

 ほんの短い時間の攻防。だが一度でも受ければ分解されると理解して、流れ落ちる冷や汗を拭う。

 

 エクリプスは防げない。これは本質的には破壊ではない。だから再演開幕では防げない。

 

 壊すのではなく、滅ぼすのでもなく、分解した物を取り込んでいる。

 天魔・夜刀の身体(このせかい)から、トーマの体内(べつのせかい)へと物質を移動しているだけなのだ。

 

 覇道神の戦い。保有する魂の奪い合いとその理屈は同じだ。

 奪われてしまえば世界の何処にもなくなるから、再演しようにも舞台そのものが消えてしまう。

 

 ディバイド・ゼロエクリプス。それを防げるのは魔刃の腐炎。或いは両翼の有する二つの地獄以外に存在しない。

 簒奪の光自体を消し去る様な異能でなければ、この吸収には耐えられない。暴走状態のトーマは神と同格にまで至るから、格の差で競う事すら出来はしない。

 

 

「こんなに、厄介だった」

 

 

 ディバイドゼロ・エクリプス。その力は、知っていたよりも凶悪だった。

 魔力が通らず、そして一撃でも喰らえば即死する。その性質は余りにも厄介であった。

 

 

「こんなに、この子は強かった」

 

 

 今は自閉していて、何も考えずに反射行動で簒奪の光を振り撒いているだけ。

 だと言うのに止める事は愚か近付く事すら出来ぬ程に、トーマ・ナカジマは強大だった。

 

 

「私は、本当に、何も見れていなかった」

 

 

 そんな事にすら気付けていなかったと、今更に気付いた。

 それはトーマだけではない。この事態の引き金を引いて、今も震えているティアナも同じくだ。

 

 怖い怖いと恐慌して暴走している少年。自分の失敗と今ある現実に失意を抱いている少女。

 

 至高の魔導師と呼ばれた高町なのはも、未だ人としては未熟であったと言う事だろう。

 最も辛いであろう時期に、彼らを支える事が出来なかった。自分の部下を、教え子たちを、真面に見れてなかったと今更に後悔している。

 

 

「だけど、だからっ!」

 

 

 それでも、そうだからこそ――

 

 

「諦める訳には、いかないっ!」

 

 

 今ここで、自分の役を投げ捨てる訳にはいかない。

 ならば選ぶべき道など唯一つ。弱音も怯懦も必要ない。

 

 此処に止めるのだと決意して、此処から見ていくのだと心に決めて、まだ終わらせない為に空を飛翔した。

 

 

 

 高町なのはは、再び魔力弾を作り出す。

 その無数の魔力は、決して無駄にはなりはしない。

 

 

「あの瞬間、私を迎撃しようとした瞬間、光の浸食速度が低下した」

 

 

 ディバイドゼロ・エクリプスを発現する瞬間に、無差別に振り撒かれていた破壊は弱まっていた。

 あの破壊の光は力を一点に収束した物だったからこそ、迎撃の為に力を割けば周囲の解体に回す力が減少していくのだ。

 

 故に。

 

 

「なら、私が戦えば、それを食い止める事が出来る」

 

 

 己が敵と認識され続ければ、世界の破滅は遠ざかる。

 世界の破滅が少しでも遅れれば、きっと駆け付ける仲間が居る。

 

 

「アリサちゃん。すずかちゃん。クロノ君」

 

 

 今、この地獄の中に倒れる仲間たちも、きっと答えてくれる。

 自分に突破出来ぬ事でも、それが出来る人がきっと居る筈だから。

 

 

「信じてる。だからっ!」

 

 

 信じるとは、そういう事。

 仲間を信じて、その先に繋ぐ事こそ己の役目。

 

 

「私は、絶対に諦めないっ!」

 

 

 そんな星の女に答える様に、無数の砲火が打ち上げられた。

 

 その鋼鉄の弾丸は、管理世界では禁止されている質量兵器。

 魔力を分解するエクリプスに対しては、特攻となる物理攻撃。

 

 その力の持ち主を、確かになのはは知っていた。

 

 

「アリサちゃんっ!」

 

 

 返る答えはない。返事を返す余力などない。

 既に意識を失くした女は、残る最後の力を振り絞って無数の火砲を放っていた。

 

 

 

 エクリプスは魔法よりも、質量物質に対する抵抗力が弱い。

 それは全ての根源足る魔力そのものよりも、物質として存在する物を分解する際にはより多くの時間が掛かるが為である。

 

 一度魔力に返さなければ、取り込むことが出来ないのだ。

 それでも一点に収束した光ならば、無数の質量兵器などは容易く振り払える。

 

 だが――

 

 

「させないっ! 繋いだ物は、無駄にさせないっ!」

 

 

 高町なのはがそれを阻む。膨大な魔力で、飛翔する質量兵器に併せて多重の防御陣を展開する。

 疑似的な多重弾殻射撃。それと同時に翡翠の光を撃ち放って、銀十字の処理能力限界を超えた手数を其処に再現する。

 

 光が迎撃する。白い光が分解して、全てを内に取り込んでいく。

 それでも僅かな質量兵器を消し切れず――故に、書の防衛能力を超えた弾丸が、トーマの身体へと届いていた。

 

 

「あ」

 

 

 分解されて、失速して、届いた弾丸は僅か数発。

 身体を掠める様な銃撃は、少年の暴走を止めるには未だ遠い。

 

 

「あああああああっ!?」

 

 

 だが、その自閉を崩すには十分だった。

 その防衛衝動を刺激するには十分過ぎたのだ。

 

 己を傷付ける明確な害意を認識したトーマは、恐怖に震えたままに力を振り撒き始める。

 

 

「来るなぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 暴走する銀十字の書が力を集めて、主に触れた弾丸全てを消滅させる。

 再生を続けるトーマは拒絶の意志を強くして、その赤い瞳が全ての事象を分解せんと周囲を見回す。

 

 銀十字の書による防衛機構と、ディバイドゼロを多用した代償。

 完全に狂った五感は何も捉えられず、目に映るのは情報と化した敵性因子。

 

 溢れる力を持って、その全てを消滅させんと暴走する。

 

 

「っ!」

 

 

 速度が増す。光が加速する。

 これまでの書の暴走に主の意志が加わった結果、破壊の力は密度と速度を増して溢れ出していく。

 

 大地が壊れていく速度が加速している。

 罅割れて虚無に変じた空が、アグスタの上空だけでなく周囲の森林までも飲み込んでいく。

 

 

「……これでも、止まらないのっ!」

 

 

 無差別に振り撒かれる光が、先よりも凶悪な物と化している。

 最早魔力弾は愚か、質量兵器すら通らぬ程に、その分解の力は膨れ上がっている。

 

 声は届くか、否届かない。

 絶えず呼び掛ける白百合の声が届かぬ以上、女の言葉が届く理由は何処にもない。

 

 

「……このままじゃ、世界が、終わる」

 

 

 もうどうしようもない。

 僅かな時間稼ぎすら出来ぬ程に、世界の終焉は迫っている。

 

 

「それ、でもっ!」

 

 

 それでも諦めない。それでも諦めたくはない。

 

 仲間は一度、答えてくれた。

 ならば二度目だって引き寄せる。

 自分のこの身を張ってでも、次の可能性へと繋いで見せる。

 

 諦めたら終わりだ。諦めたら先はない。諦めたら、もう二度と彼とは会えないのだ。

 

 

「私は、空を飛ぶっ!」

 

 

 ならばどうして、諦める事が出来るだろうか。

 

 太陽の女は空を飛ぶ。

 己を追いかける赤い瞳に、翡翠の輝きで答えを返して。

 

 少しでも、終わりを引き延ばす。

 ほんの僅かな時間であっても、その到達を引き延ばす。

 

 

「諦める、ものかぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 無数の光に迎撃されて、満足な成果も残せない。少しずつ、されど確実に消耗していく高町なのは。

 

 それでも彼女は、決して諦める事だけはなく。

 

 

「え、あ……」

 

 

 故に、そんな女の奮闘に答える様に――

 

 

「この、感じは」

 

 

 その時、奇跡は起こった。

 

 

「まさか」

 

 

 否、それは奇跡ではない。

 女の奮闘が、皆の奮闘が引き寄せた、確かな必然だったのだ。

 

 

 

 

 

 それは一台の車だった。

 管理局の地上本部、其処に属する陸士部隊が正式採用している指揮車両。

 エクリプスウイルスの暴走によって、荒れ果てた道の上をその車が走っている。

 

 

「消えろ」

 

 

 近付く物を自動で排除しよう書が判断し、トーマの赤い瞳が動く。

 近付いて来る装甲車へ向かって、破滅を齎す破壊の光が放たれた。

 

 

「っ!」

 

 

 それは、いけない。それだけは、いけない。

 感じるのだ。感じているのだ。確信に近い領域で、あれを落とされてはいけないと感じている。

 

 

「ディバインッ、バスタァァァァッ!!」

 

 

 エクリプスの輝きを翡翠の輝きで狙い撃って、僅かに生じた隙間に己の身体を捻じ込み入れる。

 衝撃波で横転した装甲車を背中に守りながら、高町なのははその黄金の杖を両手で握る。

 

 その先端に集う翡翠の輝きは、高度な計算式によって一点へと収束する。

 黄金の杖に集まった星々の輝きは、今まさに破壊の閃光へと姿を変えて――

 

 

「スターライトッ!」

 

 

 限界を超えた魔力収束。更に限界を突き詰めた魔力圧縮。至る力は星の輝き、嘗て失くした力の再現。

 

 

「ブレイカァァァァッ!!」

 

 

 星々の輝きが極光となって、世界を滅ぼす力へと放たれた。

 

 そして星の極光と、世界の分解する力がぶつかり合う。

 拮抗する力は互いの力を喰らい合って、激しい爆風を周囲に振り撒く。

 

 

「いっけぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 意志を強く、不屈の力を限界まで行使する。

 相性の悪さを補う程に、圧倒的な魔力量を其処に込めて――

 

 星の力は、消滅の力に食われて消える。

 だが同時に、消滅の力もまた分解する力を失って消えていった。

 

 

 

 

 

4.

 そして、高町なのはは装甲車へと振り返る。

 胸を突く鼓動。溢れ出す歓喜の感情。感じる彼の気配に、女は逸る心を抑えられない。

 

 

「ありがとう。なのは」

 

 

 その扉を蹴破って、飛び出して来た青年を彼女は誰よりも知っている。

 その金髪の男を、愛しい彼の力強い姿を、彼女は誰よりも待ち侘びていた。

 

 

「お陰で、間に合った」

 

 

 優しく髪を撫でる掌。その温かさは、確かな生を感じさせる物。

 全てを解決出来る青年は、何時もの様に月光の笑みを浮かべて語るのだ。

 

 

「大丈夫、待ってて、なのは」

 

 

 感激に震える女の前に、立ち上がった男は確かに語る。

 口にした言葉はあの日と同じ、此処から先を引き受けると言う誓いである。

 

 

「……後は全部、僕がやるから!」

 

 

 その言葉を前にして、感じる想いは複雑だ。

 任せて良いのか。それで良いのか。嗚呼、だけどそんな不安や懸念の情は、溢れ出す嬉しさに届かない。

 

 

「ユーノ君!」

 

 

 愛しい青年の名を口にする。女は少女の如く笑っている。

 その笑みは太陽に向かって花開く向日葵の様に、あの日に彼が好きだと語った笑顔であった。

 

 

 

 

 

 横転した装甲車両。

 其処から出て来た三人の男達が、崩れかけた大地の上に立つ。

 

 

「わりぃな。本来は親父の俺が、何とかするべきなんだろうが」

 

 

 父親失格だな。そんな風に語る白髪交じりの中年男性。

 装甲車の運転手を務めた男。ゲンヤ・ナカジマは情けないと自嘲している。

 

 彼の言葉に首を横に振って、金髪の青年は頭上を見上げる。

 助けるべき教え子は今、遥か上空で怯えて泣き叫んでいた。

 

 

「何度も言っただろう? 可能性があるのは君と彼だけだが、書類仕事ばかりの中年よりも、病み上がりの怪我人の方がまだ成功率が高いとね」

 

 

 ナンバーズを調整する暇もないしね、と戯けた口調で語る道化。

 白衣を靡かせる狂人。こんな絶望的な状況下でも変わらぬ彼こそ、管理局の最高頭脳ジェイル・スカリエッティ。

 

 いつも通りで変わらぬ彼の姿に、青年は苦笑を漏らしながらも力を貰う。

 

 

 

 ああ、そうだ。無理をする必要はない。

 当たり前の様な態度で、当たり前の様に解決してみせよう。

 

 

「さて、そこの中年とは違う所を見せる為にも、少しは仕事をしようかねぇ」

 

 

 言ってスカリエッティが白衣より取り出したのは、菱形をした小さな結晶体。

 

 

「これはエリオ君に埋め込んだ物と同じ、あの子達の共鳴現象を引き起こす為の()()()()()だ」

 

 

 そしてそれを、その場で握り砕いた。

 

 

「自閉しているままでは無理だったが、意識があるなら効果がある。……これであの子は、私達を認識できる様になったはずだよ」

 

 

 僅か数秒しか持たない。そう付け加える狂科学者に、青年は頷きを返す。

 

 女達の抗いが、その可能性を引き寄せた。

 ならばそれに答える為に、男達がその可能性を確かな道へと変えてみせる。

 

 数秒もあれば、この声は届くから――

 

 

「トーマッ!!」

 

「っ!?」

 

 

 その名を呼ぶ声に弾かれるように、顔を上げる。

 紅い瞳をした震える少年は、其処で彼らの姿を認識した。

 

 

 

 

 

 トーマの赤い瞳が、世界を映す。

 歪んだ認識は崩されて、其処で確かな現実を見た。

 

 最初に目に映ったのは、煙草を吹かせる男の姿。

 記憶にある姿よりも随分と老けた様に見える、厳しいけど優しい人。

 

 

「……帰って来い。お前は何処に行く気だ、馬鹿息子」

 

「父、さん」

 

 

 そして次に映ったのは、嗤い続ける狂人の姿。

 

 恨みもあるし、どうしてこんな事をと言う疑問もある。

 だけど大切な宝石であると言う事実が、変わりはしない一人の男。

 

 

「このままでは終わらんだろう? さあ、一世一代の見せ場は此処に、神様たちの度肝を抜いて見せようじゃないかっ!!」

 

「スカ、さん」

 

 

 そして、最後の一人。

 誰よりも尊敬して、追いかけ続けた大きな背中。

 

 

「あ、あぁ」

 

 

 鮮緑色のスーツが風に揺れて、金髪の青年は巨大な盾を地面に突き立てる。

 

 何も変わっていないその姿。

 何も変わっていない様に見せている、その強い姿。

 

 それを、良く知っている。

 

 

「先、生」

 

「迎えに来たよ。トーマ」

 

 

 呟いた声に、返されるのは優しい微笑み。

 ああ、それを見ただけで、全てを託したくなってしまう。

 

 けど、駄目だった。今の自分は、帰れない。

 

 

「駄目、なんです」

 

 

 銀十字の書が暴走している。

 自分の中で膨れ上がった防衛衝動が止まる事はなく、簒奪の光が止められない。

 

 

「自由が利かない。身体が動かない」

 

 

 自分では、どうする事も出来ない。

 暴走を続ける自分の身体を、抑える事が出来ないのだ。

 

 だから、口にする。

 

 

「逃げて、下さい」

 

 

 溢れ出す恐怖を飲み込んで、不格好な笑みで口にする。

 

 

「逃げてっ! 僕が皆を傷付ける前にっ!!」

 

 

 逃げてくれ、と。自分が大切な人を殺してしまう前に、逃げて欲しいと口にする。

 

 だが、そんな言葉は――

 

 

「聞けないね。そんな言葉は」

 

「だけど、このままじゃ僕はっ!?」

 

 

 あっさりと拒絶されて、彼は心を揺さぶる言葉を口にした。

 

 

「僕はさ、君の先生なんだよ」

 

 

 自分は先生だ。死した恩師に後を託され、彼を育て上げると誓った先生なのだ。

 ならばどうして先を生きるべき師である自分が、後を追い掛け続ける教え子を置いて逃げ出せる。

 

 

「君は僕の教え子で、守るべき子供だ」

 

 

 トーマは教え子だ。自分の最初の師が遺した、守るべき子供だ。

 それだけじゃない。築いた絆はそれだけではなくて、守りたいと思うのはそれだけじゃない。

 

 

「先を生きる者として、逃げ出せないだけじゃない。教え子だから、放っておけないだけじゃない」

 

 

 そんな義務だけじゃない。そんな責任一つで、ユーノは此処に居る訳じゃない。

 

 

「君を大切だと、確かに感じてる。この絆を大切だと、だから守りたいと願っている。なら――」

 

 

 抱いた想いは一つの誓いだ。守りたいと願った絆を、大切にする為に立っている。大切な絆を守り通す為に、青年は己を示すのだ。

 

 

「そんな負け犬の言葉なんて、聞ける訳がないだろう!!」

 

「っ!?」

 

 

 心が揺れる。心が揺らされる。その強い輝きに、心が大きく揺れている。

 涙を流す程に、想いが零れ落ちる程に、憧れ続けた人の輝かしい姿を前に、トーマは確かに感動していた。

 

 

「帰るよ。トーマ。一緒に帰るんだ」

 

「先生」

 

 

 だから、此処に限界を迎える。自分だけで、そう耐えようとした想いが溢れる。

 トーマは遂に、抱え込んでいた感情を吐露して、縋る様に想いを訴え掛けるのだ。

 

 

「僕は、怖いです」

 

 

 それは膨れ上がった防衛衝動。

 それを止められない、もう一つの理由。

 

 

「怖いんだ。どうしようもなくて、怖いんだ!!」

 

 

 溢れ出す恐怖の情が、これまで抱え込んで来た無数の傷が、全てを消し去らんと荒れ狂う力の根源となっている。その感情を自分で拭えぬからこそ、トーマは暴走を止められない。

 

 

「塗り替えられるのが嫌だ! 殺されるのが嫌だ! 憎まれるのが嫌だ! こんな怖い物で一杯な現実が、嫌で嫌で仕方がないっ!」

 

 

 誰が、自分が自分で無くなる事など許容できる。

 誰が、己に対して全霊の憎悪を燃やして、殺しに来る悪魔の恐怖に耐えられる。

 

 誰が、全てに恐怖する様になった少年を、叱りつける事が出来ようか。

 

 

「こんな境遇に、生まれたくはなかった! 選ばれずに済むなら、唯のトーマで居たかった! 神様になんて、なりたくない!!」

 

 

 特別である事は、素晴らしい事ではない。

 何もかもを背負わされた立場だからこそ、当たり前に生きたかったと想いを漏らす。

 

 願いは一つ、人でありたい。

 なのにどうして自分だけが、こうして神の残滓に染められて、神様にならねばならないのだ。

 

 

「……なら、何を言えば良いか分かるね」

 

 

 そんな胸中を吐露して震える子供に、彼を守る大人は静かに告げる。

 

 

「言うべき事は、逃げてなんて言葉じゃない。もう強がれないなら、強がらなくて良い」

 

 

 もう限界を迎えている。

 もう一人で耐えられない程に、その心は追い詰められている。

 

 ならば言うべき言葉は、唯一つしか存在しない。

 

 

「教えた筈だよ。一人で出来ないと言うならば、どうすれば良いのか」

 

「あ」

 

 

 その言葉は、鮮やかに思い浮かんだ。

 流された筈の記憶の中でも、確かに思い出す事が出来たから――

 

 

「助け、て」

 

 

 涙を零して、少年は助けを乞う。

 

 

「先生、僕を助けてっ!」

 

「うん」

 

 

 その助けを乞う声に、返されるのは強い言葉。

 

 

「助けるよ。その為に、僕は此処に来た」

 

 

 魂の汚染は拭えていない。

 身体の傷も完治している訳ではない。

 

 

「少し、痛いかもしれない。少し、時間が掛かるかもしれない。……けど、絶対に助け出すからっ!」

 

 

 全身を苛む痛みは、まるで生皮を剥がされるが如く。

 魂を穢し尽す汚染によって、その精神は今にも砕け散りそうで――それでも青年は揺るがない。

 

 

「待ってて、トーマ。今、其処に行くっ!!」

 

 

 鮮緑色のスーツを風に靡かせて、金色の髪の青年は空を見上げる。

 

 その強い瞳は揺るがない。その強い意志は砕けない。

 ユーノ・スクライアは泣き叫ぶ教え子を救う為に、この場所に立っていた。

 

 

 

 

 

 




そんな訳で、

○ユーノ君復活。
○エリオ君の覚醒イベント条件=キャロとの対話イベント発生フラグ。

の二つで構成された今回でした。



トーマの危機に駆け付けて来た三人の男達。彼らこそ、保護者戦隊PTエーズ。
類似品に、ゲンヤ、レジアス、ゼストで構成された“中年戦隊オヤジーズ”も存在しています。



そしてフリードは犠牲になったのだ。尺の都合。雰囲気の都合。様々な都合の犠牲。その犠牲にな。




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