リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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その景色は変わっていく。
そんな戦いの後に起きた出来事を描いた回。


推奨BGM
2.消えない傷痕(リリカルなのはStS)
3.AHIH ASHR AHIH(Dies irae)

1.は作者的にしっくり来るのがなかったのでお好みでどうぞ。


第八話 変わりゆく景色

1.

 無人世界の一つ。アジトとして使っている壊れた廃屋の中。

 倒れ伏した少年を助けようと、小さな少女が必死になって動き回っている。

 

 

「兄貴」

 

 

 胸に刻まれた深い傷痕は広がり続けている。自身を構成する魂が零れ落ちて行き、赤毛の少年は高熱に魘される。

 安らかに眠る事すら出来ない少年の姿に心を痛めながら、どうか助かって欲しいとアギトは数少ない医療知識で必死に看護を続けていた。

 

 

「よく頑張りますねぇ」

 

 

 そんな少女の奮闘を見ながら、悪意は笑みを浮かべている。

 

 一度乗っ取ったイクスヴェリアと言う器。

 天敵たる魔刃が動けぬ今、返す必要すらなくなったそれを操作したまま、魔群はニタニタと笑みを浮かべる。

 

 

「偉い。偉いわぁ、アギトちゃぁん」

 

 

 その悪魔は嘲弄する。嘲笑うのは敵だけではなく、この世の全てを嗤っている。

 無論、目的を同じくする味方とて例外ではない。否、そもそも味方だと認識してすらいない。

 

 これは駒だ。コイツ等は唯の駒だ。チェス盤に置かれたポーン。将棋盤に置かれた歩兵。

 全く役に立たないで取られた塵を、クアットロは悪意を以って嘲笑う。

 

 

「け・ど――それ全部、アギトちゃんの所為よねぇ!」

 

「っ!?」

 

 

 悪魔の声に反応してしまう。その悪意を耳に入れてしまう。

 

 

「貴女が居なければ、魔刃が敗れる事はなかった」

 

 

 悪魔の囁きは雑音と同じだ。耳を塞いで聞き流してしまえば、それは明確な害を持ちえない。

 直接的な行動に出れば魔刃を敵に回すと知っているが故に、無視してしまえばクアットロは何も出来ない。

 

 

「貴女が居なければ、魔刃が怪我を負って苦しむ事もなかった」

 

 

 けれど悪魔の言葉を無視出来るのは精神的な超越者か、或いは自閉の極みに達している大天狗か。

 

 何れにせよ、この悪魔を無視出来るモノなど真面な人間ではあり得ない。

 それ程に、誰もが抱える責められたくない場所、隠しておきたい急所を、悪魔は悪意を以って責め立てるのだ。

 

 

「自分で追い詰めた人を、自分で治療する。足手纏いになった元凶が、被害者ぶって心配してる」

 

 

 自責の念があればこそ、悪魔の言葉は深く心に刻まれる。

 

 

「ねぇ、今どんな気分? 気持ち良い? 嬉しい? 私は今役に立っているって、そんな妄想しちゃってるぅ?」

 

 

 その悪意の声は、唯必死で動き続けるアギトの心を踏み躙る。お前は役に立てなかっただろうと嘲笑う。

 

 

「けどさぁ、融合騎の癖にユニゾンしたら弱くなるとかぁ、貴女生きてる意味あるのぉ?」

 

 

 その存在に意味はない。その存在に価値はない。お前は何も出来ないのだ。

 

 

「ぶっちゃけないわよねぇ! キャハ、キャハハハハハハハ!!」

 

「っ」

 

 

 クアットロが嗤う。クアットロが嗤う。クアットロが嘲笑う。

 

 涙を堪えて震える少女を、悪なる魔群は嘲笑する。

 震えながらもエリオの為に、何かをなそうとする少女が哀れ過ぎて――余りにも愉しくなってくる。

 

 さあ、もっと壊してしまおう。

 そんな欲求に従うままに、更なる毒を流し込もうとしたクアットロは――

 

 

「少し、黙れ」

 

「キャハ?」

 

 

 そんな声を聞いて、硬直した。

 

 

「あれれぇ~。おかしいぞぉ~?」

 

 

 何かに肩を掴まれながら、ダラダラと冷や汗を流す。

 ヘラヘラと笑いながら頭を動かすと、視界に映るのは悪鬼の如き表情をした魔刃の姿。

 

 

「僕は、少し黙れと言ったぞ。……()()()()()()()()()()、クアットロっ!!」

 

「あばばばばばばっ!?」

 

 

 燃え上がる無価値の炎。その黒き炎に燃やされるかもしれない恐怖に押し負けて、クアットロは慌てて奈落へと逃げ去って行った。

 

 

 

 魔群が逃げ去った後の一瞬の空白。誰もが黙した状況で、エリオは一人思考する。

 クアットロの無様さに何一つとして頓着せずに、ほんの僅かな痛みを抱いたまま、エリオ・モンディアルはたった一つを思考する。

 

 己は何故負けた。それ以外に想う所などはない。

 眠りの中で、眠りから覚めて、常に、常に、考える事などそれ一つ。

 

 見付けた答えは唯一つ。弱かったから、それ以外にあり得ない。

 己は弱かった。足手纏いなど関係なく、言い訳のしようがない程に弱かった。

 

 だから、エリオは――

 

 

「……エリオ」

 

 

 無様に逃げ出した魔群から漸く解放された冥王は、複雑な感情を抱きながらエリオを見詰める。

 

 今、エリオ・モンディアルは己も纏めて燃やそうとした。

 それが分かるからこそ、胸を締め付けるような痛みを感じながら、何かが変わってしまった魔刃を見詰める。

 

 

〈全く、死ぬかと思いましたぁ。……それもこれも、アンタがさっさと篭絡しないからでしょうがぁ! このっ、このっ、役立たずのクソ冥王がぁっ! どうせ何も出来ないんだから、股でも開いて咥え込んでおきなさいよぉ!!〉

 

 

 内面世界でクアットロが荒れている。その言葉すら気にならない程に、イクスの心は揺れていた。

 

 

「兄貴! 気が付いたのか!!」

 

「……アギト」

 

 

 そんな彼女達の焦燥に気付きもせずに、アギトがエリオの元へと近付いていく。

 

 

「良かった! もう目覚めないんじゃないかって!」

 

「アギト」

 

「ゴメン。足手纏いで、けど、今度は、次は頑張るからさ! だから――」

 

「アギト。聞け」

 

 

 必死に言葉を捲し立てるアギト。彼女はもう気付いていたのかも知れない。

 その見詰める瞳に熱がない。どこまでも冷め切った瞳で己を見やる彼が口にするであろう言葉が分かって、だからこそ言わせまいとしていたのかも知れない。

 

 だが、その言葉が紡がれる。魔刃の口から、その言葉が零れ落ちた。

 

 

「もう。君は要らない」

 

「え」

 

 

 まるで時が止まったかのように、アギトは硬直する。

 何と言われたのか分からなくて、何と言われたのか分かりたくなくて。

 

 

「なん、で」

 

「弱さは要らない。君はもう必要ないんだ」

 

 

 聞き返す声に、告げられるのは絶縁の証。

 宿敵に敗れた今、最早こんな(よわさ)を許容する余地などない。

 

 己は未だ弱かったのだ。こんな熱に身を委ねる惰弱があるからこそ、己は敗れ伏しているのだ。

 だからこそ、もう(よわさ)は必要ない。より強くなる為に、勝つ為に、要らない物を捨てるのだ。

 

 

「あ、あたし、役に立つ! 兄貴の役に、何だってするから、だからっ!」

 

「……言っただろう。君は要らない」

 

 

 必死に縋る少女を跳ね除ける事に、強い痛みを感じる。

 その胸の痛み。揺るぐ精神すらも、弱さの証明だと思えたから。

 

 そんな物は要らないのだ。アギトも、イクスも、全て此処で捨て去り、己は変わろう。

 

 

「……兄貴」

 

 

 涙を零す少女の声は届かない。

 その零れ落ちる滴に胸が痛むが、そんな感慨が敗北を生んだのだ。

 

 

「エリオ」

 

 

 悲しげに見やる冥王の祈りは届かない。

 無意識のままに燃やそうとした。その事に対して感じる罪悪感。そんな余計な感情が己の判断を誤らせるのだ。

 

 

「……次は、負けない。弱さなんて、何一つとして持たない」

 

 

 燃え上がるのは黒い炎。

 暗く、暗く、何処までも無価値な色をした闇の炎。

 

 それ以外は要らない。それ以外なんて必要ない。

 胸に刻まれた痛みが、それ以外を持っていたら己は勝てないと伝えて来るから――

 

 

「トーマ」

 

 

 切り付けられた胸の傷が燃えていく。

 広がり続ける傷痕を腐炎で焼いて、此処にエリオ・モンディアルは己の在り様を決断する。

 

 

「君を殺す。その為なら」

 

 

 所詮この身は罪悪の王。かくあれと望まれ、かくある事しか許されない悪魔の王。

 

 ならば全てを燃やし堕とそう。己がトーマを殺せば、どの道世界は終わるのだ。

 無価値の炎は魂を穢し消滅させる。己が勝てばトーマは消え、天魔・夜刀も蘇らない。

 

 次代の可能性は完全に途切れ、残された人々は緩やかに死滅するであろう。

 アギトもイクスも何時か死ぬ。己が殺す。間接的にであれ、全ての命を燃やすのは己なのだ。

 

 

「何もかもを、穢し堕とそう」

 

 

 敗北の理由はきっと、アギトだけじゃない。

 二人を殺す事を何処かで望んでいなかった、そんな己の弱さが故に。

 

 道を見定めて尚、悩んでしまう。

 今なお泣いている少女に手を伸ばしたくなってしまう。そんな己の弱さが故に。

 

 だから捨てるのだ。どうせ御大層に抱え込んでいても何れなくなるのだから。結局、早いか遅いかの違いしかないのだから。

 

 

〈そうだ。それで良いんだ。相棒〉

 

 

 ナハトが嗤う。満足気に嗤っている。

 無価値な炎を燃やしながら、悪魔へと近付いている器に素晴らしいと歓喜を抱く。

 

 

〈何もかもを無価値にしよう。全てを燃やして穢し堕とそう〉

 

 

 有難う。嗚呼、本当に有難う。

 

 神の雛よ。冥府の王よ。烈火の剣精よ。

 お前たちのお陰で、エリオは完成へと近付いている。

 弱さを捨て、魂を鍛え上げ、来るべき日の器へと確かに近付き続けている。

 

 後一歩。無意識の内に残った弱さ。誰かを大切に想う感情。その全てを失う事さえ出来たならば――

 

 

〈エリオ・モンディアルが完成する。その日こそが――〉

 

 

 金属質な肉塊となって蠢く残骸。

 柄の半ばまでも喰われたストラーダが、鼓動をしながら再生を始めている。

 

 これは奈落の断片。それより生まれ落ちた悪魔の槍。

 故に完全に壊されない限り、何度でも甦る。時間さえあれば、これは完全に修復するのだ。

 

 必要な時間は、およそ二週間。それだけの時が経過すれば、エリオは再び本来の力を取り戻す。否、今まで以上の強さを見せつけるであろう。

 

 

失楽園の日(パラダイスロスト)。……全てが終わる、その日を待とう〉

 

 

 目覚めの時を待つ夜の悪魔は、その瞬間を夢に見ながら終わりの刻を待っている。

 

 

 

 

 

2.

 荒い呼吸を整えながら、少女は標的を睨み付ける。

 汗に濡れたその姿は、まるで大雨の中に放り出された子供の如く。

 

 その身は寒さに震えていた。

 

 

「喰らい付け、黒石猟犬!」

 

 

 汗に滑って、今にも取り落としそうなデバイスを構えて歪みを放つ。

 

 手にした力は、死んだ後も苦しめられた兄が遺したランスターの弾丸。

 標的を何処までも追い続け必ず撃ち抜く魔弾は、ティアナがずっと欲していた特別な力。

 

 

――良かったわねぇ。お兄ちゃんの魂を磨り潰して、貴女は摩訶不思議な神通力を獲得しましたぁ!

 

 

 魔群の嗤い声が頭の中に響く。

 どれ程に集中しようとも、どれ程に忘れようとしても、力を使う度にこびり付いた音が甦る。

 

 

――け・ど、ティアナちゃんも酷いのねぇ。お兄ちゃん、今ので死ぬかもしれなかったじゃなぁい

 

 

 漆黒の魔弾を受けて弾け飛ぶ機械仕掛けの標的が、崩れ落ちる兄の姿と重なる。

 燃えて焼け落ちていく幻影の青年。その姿は妄想と分かっていて、それでも引き裂かれる様な痛みが拭えない。

 

 兄は死んだ。死した後、その魂さえも凌辱されて焼け死んだ。

 

 

――どの道、救う術などなかった! なら、一刻も早く終わらせる事こそ、慈悲と知りなさい!

 

 

 それ以外に道などなかったと知っている。

 助ける術などもうなかったと分かっている。

 それが女の見せた、確かな慈悲であったと理解している。

 

 それでも、理解と納得は違う。

 兄に二度目の死を与えた女に対して、憎悪の炎を燃やしてしまう。

 

 そんな自分が、死にたくなる程に憎らしかった。

 何も出来なかった癖に、助けてくれた人を憎んでいる。そんな弱さが情けなかった。

 

 

――誰かの為? いいえ、違う。その本質はもっと醜悪だ

 

 

 思考に耽る度に、脳裏に蘇るのはそんな言葉。イクスヴェリアが語った、彼女の言葉。

 その内容を否定したい。けれど出来ない。そんな言葉が胸を突き上げて、瞳が揺れて視界が惚ける。

 

 

――結局、貴女にとって大切なのは自分だけ。兄の願いなんて、本当はどうでも良いんでしょう?

 

 

 違うのだ。きっと、それだけじゃない筈だ。なのに、あの時は何も言えなかった。

 それは己が弱さが故、ティアナ・L・ハラオウンと言う女はどうしようもなく弱いのだ。

 

 

「だからっ、私はっ!」

 

 

 変わりたい。変わるのだ。変わる為に、そのデバイスを手にする。訓練施設を一人で占拠して、只管に鍛錬を繰り返している。

 折れそうな心を継ぎ接いで、まだ折れないと食い縛る。立ち止まってしまえばもう歩けないから、前に一歩を進み続ける。

 

 きっと強くなれる筈。きっと強くなれる筈。きっと強くなれる筈。

 ああ、けど本当になれるのだろうか? そんな弱音が胸に生じて、振り払う様にティアナは首を振ってデバイスを構えた。

 

 其処に――

 

 

「無茶し過ぎだよ。ティアナ」

 

 

 声が掛けられる。振り返った先、訓練所の入り口に居たのは栗毛の女性。

 

 

「……なのはさん」

 

 

 高町なのは。ティアナが知る限りで、一番強いと想う女性。

 ティアナが憧れを抱く三人の一人。追い付きたいと望む人が、ゆっくりと少女に近付いた。

 

 

「オーバーワークになってる。これじゃ、意味ないよ」

 

 

 栗毛の女性は心配そうに、汗を流している少女を見詰める。

 優しくその手を解いて、それでは駄目だとティアナの行為を否定した。

 

 

「けど、けど私は――」

 

 

 その言葉に反発する。師の発言に正当性を感じても、頭ではなく心が受け入れてくれない。

 弱いのだ。ティアナ・L・ハラオウンは弱いのだ。だから強くなりたくて、言い返せる程に、何かが出来る程に強くなりたくて――心配されていると分かっても、止まりたくないと望んでいる。

 

 そんな少女の胸中を理解したままに、しかしなのはは首を左右に振るのだった。

 

「少し、休もう。ね?」

 

 言葉は優しく、提案する様に。だが有無を言わせる視線の強さ。

 ティアナは其処に強い不満を抱きながらも、それでも逆らわずに首肯するのであった。

 

 

 

 

 

「はい。ティア」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 

 訓練施設に併設された休憩所。其処に揃って腰掛けて、なのははティアナにスポーツドリンクを手渡す。

 受け取ったティアナは一口だけ口にして、一度力を抜いたからだろうか、強く感じる疲労感に項垂れていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 互いに無言。共に何かを口にするでなく、唯訓練施設を見詰めている。

 湾岸施設に作られた訓練施設には潮風が吹き抜けて、流れる汗を冷やしていった。

 

 疲労と複雑な胸中故に、何を言えば良いのか分からないティアナ。

 そんな彼女に何と声を掛けた物か、悩みながらに高町なのはは白いタオルを手に取った。

 

 

「少し、お話をしようか」

 

「……何を、ですか」

 

 

 隣り合う少女の汗をタオルで拭いながらに、高町なのははそう言葉を掛ける。

 師にされるがままでいるティアナは何処か憮然としたままに、力なく言葉を返した。

 

 

「そうだね。……ティアナが今、抱えている事」

 

「っ!」

 

 

 高町なのはは教導隊の人間だ。管理局に従事した経験も長く、戦士としては一流と言って良いだろう。

 だが未だ彼女は二十にもなっていない若造である。重い悩みを抱える少女から、上手く聞き出す経験などは持っていない。

 

 だからなのはは、直接言葉で問い掛ける。それしか思いつかないから、不器用であれ言葉を掛ける。

 そんな師の言葉に何を思ったのか、震える手を握り締めたティアナは小さく首を振って拒絶した。

 

 

「話して、如何にかなる事じゃないです」

 

 

 話して、何が変わる訳でもない。此処で弱音を口にして、師に頼り縋る。そうすればきっと自分は折れる。

 だからティアナは首を振る。だからティアナは拒絶する。せめて自分に自信が持てるまでは、きっと彼女は語れない。

 

 

「けど、話さないでいられる事でもないよね?」

 

 

 それでも、だからと言って放置出来ないのが高町なのはだ。

 アリサから事の次第を聞いて、継ぎ接ぎだらけの少女を見ながらに言葉を掛ける。 

 

 

「話しても現実は変わらないかも知れない。それでも、話さないで溜め込んじゃうよりはきっと良い」

 

 

 放っておけない。彼女の師としても、部隊の指揮官としても、彼女を想う個人としても。

 不器用なままに育った女は、真っ直ぐな瞳で少女に問い掛ける。放ってはおけないのだから、何度だって言葉を投げ掛けるのだ。

 

 

「だから、教えて欲しいんだ。ティアナの想い」

 

 

 手を取って、眼を合せて、真っ直ぐに言葉を届かせる。

 話しの聞き方など、言葉を重ねるか力尽くで話をさせるか、その二択しか知らないのだ。

 

 

「ティアナが何を感じて、何を想って、何を考えているのか。私は知りたいって、そう想ってる」

 

 

 高町なのはは不器用だ。曲道など知らないし、上手いやり方なんて浮かばない。

 魔法の扱いには長けていても、対人能力なんて未熟も良い所。だから不器用なやり方と分かって、心の底から想いをぶつける

 

 このやり方は、未熟が過ぎよう。その姿は、不器用にも程があろう。だが、だからこそ――

 

 

「一緒に悩もう? 一緒に抱えよう? 一緒に考えよう? ティアナは一人じゃないんだから」

 

「私、は――」

 

 

 きっと本気の想いは伝わる筈だ。高町なのははそう信じて、揺るがない。

 そんな彼女の押しの強さに負ける様に、ティアナは遂にその胸中を吐露するのであった。

 

 

「私は、何も出来なかったんです」

 

 

 全てを語る訳ではない。何から何まで明かせる訳ではない。

 きっと折れる。心の底から頼ってしまえば、自分が折れると感じている。だからティアナは、歯を食い縛って一つの後悔と一つの決意を告げるのだ。

 

 

「何も、出来なかったんです」

 

 

 何も出来なかった。冥王イクスヴェリアの言葉に対し、這う虫の王クワットロに対し、ティアナは何も出来なかった。

 それが一つの後悔だ。何も出来ずに嗤われて、言い返す事すら出来なかった自分の弱さ。それが何より認めがたい。

 

 

「だから、私は――」

 

 

 だから、ティアナは決意した。決意しなければ、その心が持たなかったのだ。

 

 

「強く、なりたい」

 

 

 望んだ物は唯一つ。強くなりたいと、切に願う。

 もう負けない様に、失わない様に、強くなりたいのだと望んでいる。

 

 だけど、心の何処かで諦めている。自分にはなれない。自分ではなれないと。

 

 ティアナ・L・ハラオウンは違うのだ。彼女は高町なのはには決してなれない。

 ティアナ・L・ハラオウンは違うのだ。彼女はクロノ・ハラオウンには決してなれない。

 ティアナ・L・ハラオウンは違うのだ。彼女はトーマ・ナカジマには決してなれないのだから。

 

 

「私はもう、傷付きたくないから! 無くしたくないから! だから! 強くなりたいんです!」

 

 

 トーマの様に、選ばれた人間ではない。クロノの様に、覚悟がある訳ではない。なのはの様に、揺るがぬ意志がある訳ではない。

 そんな凡人に過ぎないのだと、他でもない彼女自身が一番分かっている。だから真っ当な手段では至れないのだと、そう思い込んでいるが故の叫びであった。

 

 

「ティアナ」

 

 

 その想いの叫びに、抱いたのは共感にも似た想い。嘗ての自分の様に、少女は底から上を見上げている。

 その無茶は否定したい。その無理は否定しなければならない。それが師であり、教官である高町なのはの役目であろう。

 

 だが、出来ない。他でもないなのはこそが、誰より無茶をした人間だからこそ出来ない。

 歩くのが遅いから、走り続けて空を飛ぶ。その答えと今のティアナの行動は、限りなく近くズレている。その本質が逃避か前進か、眼を開いているのかいないのか、きっとその程度の違いでしかない。

 

 

(何て、言葉を掛けたら良いんだろう)

 

 

 だからこそ、なのはは何も言えなかった。この子が抱いている感情が、今も自分が抱く願いと似ているから、何を言って良いのか分からない。

 頑張り方を間違っている。無茶の仕方を間違えている。口に出来るのはそれだけで、でもそんな言葉じゃきっとティアナは止まれない。

 

 

(難しいな)

 

 

 難しい。人と関わり、育てていくのは難しい。心の底からそう想う。

 何も言えない女は、何も言えないからこそ、黙ったままに少女の手を優しく握った。

 

 あの日、傷付いた自分に彼がしてくれた様に、唯傍に居る。それしか出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

 そんな寄り添う二人の姿を、見下ろす影が二つある。

 未熟が過ぎる少女の姿に溜息を吐いて、其処に踏み込めない親友の姿に更に一息。

 

 それでも自分の出番ではないと知る金髪の女は、その場に居るもう一人の人物へと釘を刺す。

 

 

「今、あの小娘は瀬戸際に居る」

 

 

 医療区画から舞い戻ったアリサは養子となった娘を部下たちに預けて、自分が傷付けた少女の様子を見に来た。

 訓練施設を見渡せる管制室からその姿を見下しながら、自分達には何も出来ないのだと彼女は確かに理解していた。

 

 アリサでは無理だ。彼女は恨みの対象に近く、どんな言葉を掛けても届かない。

 そしてもう一人の彼でも無理だ。アリサとは真逆に、その男はティアナに近過ぎるのだ。

 

 

「だから――待っていてあげなさい」

 

 

 だから、待っていろ。そうアリサは言葉を口にする。

 管制室の扉に背を預けた和服の男――クロノ・ハラオウンは、目を閉じたままに呟いた。

 

 

「……抱きしめてやる事さえ、出来んか」

 

 

 その表情は苦虫を噛み潰したようで、そんな過保護な義兄の姿にアリサは呆れの混じった声で答えを返した。

 

 

「今の小娘にそれをやったら、あの子アンタに依存するわよ」

 

 

 既に心が折れ掛けた娘。必死に前を向こうとしているが、それでもその継ぎ接ぎは隠せていない。

 余りに無茶をしている少女は、心からの信頼を寄せるクロノに抱きしめられてしまえば、きっと一人で立てなくなろう。

 

 なのはとは違う。クロノだから駄目なのだ。

 

 

「アンタなしじゃ生きていけない。自分の足だけじゃ立ち上がれない。そんな弱い女になる」

 

 

 褒められたい。抱きしめられたい。愛されたい。

 イクスヴェリアが語った様に、ティアナの根本にあったのは承認欲求だ。

 

 誰かにではなく、失った兄に、抱き締めて欲しいと願っている。

 そしてティアナは心の何処かで、兄と義兄を混同している節が見られた。

 

 兄の友人であり、幼い頃から兄の様に想っていた人であり、故に変わりになれてしまう。

 それこそがクロノ・ハラオウンがティアナ・L・ハラオウンを支えられない理由であったのだ。

 

 

「……依存してくれても、良いだろうに」

 

 

 そんな義妹の願いを叶えられる男は、叶えて上げたいと思っている。

 褒めてあげたい。抱きしめたい。愛してあげたい。心の底から想っている。

 

 放っておいてしまったのだ。愛を受けているべき時期に、己は忘れてしまっていたのだ。

 だからそれでも良いのではないか。甘えた生き方でも良いじゃないかと、クロノは呟く様に口にする。

 

 

「別に悪いとは言わないわ。その方が簡単に幸せになれるのかも知れない」

 

 

 それは確かに幸福な人生。ティアナにとっては何よりも、恵まれた道となろう。

 それが分かって、それを理解して、それでもアリサは気に入らないのだと口にする。

 

 

「……けどね。そんなのは戦士の生き様じゃない」

 

 

 それは、戦士が行くべき道ではないからだ。

 

 ティアナと言う少女は、管理局員になると言う夢を抱いていた。

 其れが承認欲求から生まれた偽りの夢であっても、確かに心に決めていたのだ。

 

 ランスターの弾丸を示して見せる。あの天魔にすら届かせて見せる。

 無理無茶無謀な願いだが、それでも良いと思ってしまう。本気で目指したその戦士としての道を、心の底から認めている。

 

 

「私は気に入らないわ。あの小娘の夢が、夢で終わってしまうのはね」

 

 

 だからこそ気に入らない。折れてしまうのか余りに惜しい。

 継ぎ接ぎだらけの有り様で、それでも目指す事は止めていない。だからこそ余計に想ってしまうのだ。

 

 

「自分で諦めるなら良い。それでも他人に諦めさせられるって言うんなら、私は本気で止めるわよ」

 

「…………」

 

 

 だからアリサは、折れるまでは応援してやると口にした。

 だからクロノは、複雑な感情を抱いたままに少女達の姿を見た。

 

 訓練施設の中央で、再び立ち上がったティアナがゆっくりと訓練を開始する。

 そんな彼女に声を掛けながら、なのはがその手を不器用に前へ引いていた。

 

 止める事を諦めたのだろう。少女の意地を認めたのだろう。

 今は張りぼてに過ぎない想いでも、何時かは本物に変わるのかもしれないから。

 

 ボロボロの少女は前へ進み、不器用な教官は一つ一つ教えていく。

 未だどちらも未熟。故に其処にある光景は、共に成長しているのだと感じるそれだった。

 

 

「……仕事に戻る」

 

 

 その光景を見届けて、クロノはその身を翻した。

 抱きしめたいと言う想いを胸に秘めたままに、それでも今は抱き締めないと決めたのだ。

 

 

「山岳リニアレールの一件と先の魔群の暴挙。ミッドチルダの人々は世情不安に怯えている」

 

 

 管制室を後にする遺産管理局の局長は、背中越しに感情を押し殺した言葉を伝える。

 

 

「だから、今後は通常任務でも六課を動かす。お前たちにはスターズ分隊の分まで働いて貰うぞ」

 

「振り分けは上手くやりなさいよ。スターズにも仕事を回しときなさい。……あの小娘、気を使われてるって理解したら面倒よ」

 

「分かっている。その辺は任せておけ」

 

 

 そんな己を誤魔化す様な事務的な会話に応じて、アリサはさっさと行けとその手を振るのであった。

 

 

 

 

 

3.

 青空の下、少年は一歩を歩き出す。

 数日間、長く眠っていた身体が硬くなっていたので、両手を伸ばして軽く解した。

 

 

「トーマ」

 

 

 てくてくと、慣れない足取りで近付いて来る少女へと振り返る。

 六課隊長陣より貰い受けた白いブラウスと青いスカートを翻す少女は、はにかむ様に笑みを浮かべた。

 

 

「似合う、かな?」

 

「ああ、似合ってる」

 

 

 軽く交わし合う言葉。

 そんな少年のポケットには、手にした事もない程に分厚い財布。

 

 

――その子の部屋も寮に用意しておいたから、それで必要な物を買っておいで

 

 

 優しく笑う金髪の男性はそう口にした。

 

 その人の名を思い出せない事に胸が痛む。

 その人との思い出が消えてしまった事を狂おしい程に悔やんでいる。

 

 あの選択をやり直せるなら、あの思い出を取り戻せるなら、そんな風に願ってしまい。

 

 

――戻って来るモノに価値はない。掛け替えのないって事は、替えが効かないって事だ

 

 

 誰かの言葉が流れ込み、思考が一色に染め上げられた。

 

 

「トーマ?」

 

「何でもないよ。リリィ」

 

 

 不安げに首を傾げる少女に、少年は優しく微笑んで大丈夫だよと口にする。

 

 戻って来るモノに価値はない。

 それは失せ物も、思い出も、人の命ですらも変わらない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「軍資金はたんまりと貰ったからさ。少しくらい遊びに使わないか?」

 

 

 一歩を進むだけで転びそうになっている少女へと、その手を差し伸べる。

 差し伸べられた少年の掌を握り返して、白百合の乙女は半眼で口を開いた。

 

 

「トーマ。それ、悪い事じゃないの?」

 

「良いさ。悪いってんなら、後でしっかりと怒られてくる」

 

 

 悪童の様に笑う少年に、少女はしょうがないなと笑みを返す。

 

 

「……なら、少し我儘言っても良いかな」

 

 

 本音を言えば、この誘いは魅力的だったのだ。

 

 

「見たいものがある。知りたいものがある。触りたくて、触って欲しくて、経験したい未知が沢山ある」

 

 

 今までずっと眠っていた。

 夢を介して繋がっていた人の記憶を、又聞きした思い出しか持っていない。

 

 だから――

 

 

「ねぇ、貴方の大切な刹那を教えて?」

 

 

 貴方の大切なモノに、この手で触れてみたいのだ。

 

 そんな風に笑う少女と、幻影の影が重なる。

 その笑顔を大切にしたいと感じる想いが、止めどなく溢れ出て来る。

 

 この大切にしたいと言う感情の発端が、誰のものか分からない。

 誰かの記憶と言うどうしようもない答えなのかも知れないし、一目惚れなんて浪漫が溢れる回答なのかもしれない。

 

 けれど、今分かる真実は唯一つ。

 此処に居る己が、()()()()、抱いている感情は確かに一致しているから。

 

 

「君は何処に行きたい?」

 

 

 繋いだ手を引き寄せて、少女と共に歩き出す。

 

 未来なんて分からない。永遠なんて保障はない。確かな物は、この今感じる刹那の輝きだけ。

 だからそれを胸に刻んで、少年は少女と共に陽だまりの中を進むのだ。

 

 

 

 

 

 




堕ちるエリオ。
不器用ななのは。
迷走しているティアナ。
緩やかに壊れていくトーマ。

そんな四人の現状は、こんな形です。


次回リリィちゃんメインのお話しです。




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