2.Einherjal Rubedo(Dies irae)
3.Et in Arcadia ego(Dies irae)
4.Jubilus(Dies irae)
1.
赤き輝き。燃え盛る炎に心が揺れ動いた。
地獄の様な業火。決して美しいとは言えぬ炎。
己を焼き尽くすかも知れぬ炎の熱に、冷めた心に火が灯った。
それは恐怖か、或いは憧憬か。二つの感情は何処か似ている。
それはどちらも対象の本質を理解できず、真実からは程遠い結論に至り得る感情だ。
端的に言ってしまえば、恐怖も憧憬も、距離が遠いのだ。
そんな遠い感情が、心を揺らす程に強大な質量を以って彼女に襲い掛かった。
恐ろしいから離れたいと思う。それが死を逃れんとする恐怖である。
綺麗だから近付きたいと思う。それが輝きに魅せられた憧憬の発露である。
心に刻まれた光景は、決して色褪せる事がない。
どれ程に時が経とうとも、どれ程に意識が変わろうとも――その炎への焦がれは消えぬのだ。
故に、我はこの燃え盛る炎を――
クラナガンの雑居ビル。建築物に挟まれた路地の裏。建物の隙間に生じた影の中に、その少女は居た。
金糸の如き髪。年の頃は五歳前後。
整った容姿は可愛らしく、街中を歩いていればさぞや人目を惹いた事であろう。
だが、そんな容姿以上に、彼女を目立たせる物がある。
「参ったね、これ。……散歩してたら、あからさまに不審な子を見つけちゃったよ」
足首に付けられた鎖は、紛れもなく足枷の類。
身に纏うのは襤褸切れの様な布一枚。靴を履かずに移動した所為だろう。足の裏は無残にズル剥け、少女の血で赤く染まっている。
「るーちゃん。この子が持ってるの」
「レリック。ロストロギアだね。……ほんっと、面倒な事になりそう」
その大きな球体は、先の任務で回収したロストロギアと同じ品。
足の鎖と繋げられたレリックを両手に抱いた金髪の少女は、建物の壁に背を預けたまま眠っていた。
「……とりあえず、息はあるみたいだけど」
眠る少女に近付いたキャロが、その口元や喉に手を当てて呼吸と脈拍を確認する。
専門的な知識がない故に具体的な状態は診察出来ないが、少なくとも即座に命の危険はない事を認識して二人は安堵の溜息を吐いた。
(しっかし、本当に怪しい子よね)
眠り続ける少女を見詰めながら、ルーテシアは思案する。
(何処かから逃げて来たって感じね。誘拐か、……それとも違法な実験施設か)
襤褸切れ一つに、足枷が付けられた少女。どう見ても、真っ当な出自ではない。
(朝方あったっていう事故も、何か関係してるのか)
先ほど街中で聞いた噂話が甦る。道路を移動していた輸送車が事故に遭い、横転したまま道を塞いでいると言う話だ。
道が一本潰れたから、目的地への迂回路としてこの路地裏にやって来た。そうして見つけてしまった少女を見て、何の因果だと嘆息する。
休暇中だから余り面倒な事はしたくないが、休暇中であれ己達は管理局員だ。
己の職分に忠実であろうとするならば、この様な不審な少女は見逃す訳にはいかないだろう。
「実際、どうするべきか。……って、キャロ!?」
救急車を呼ぶべきか、時空管理局に連絡を入れるべきか、古代遺産管理局内だけで判断を仰ぐべきか、悩むルーテシアの目の前でキャロは自己判断で行動を始めた。
「何してるのよ!?」
十歳の少女が五歳の少女を背負い上げる。その重量故に蹈鞴を踏んだキャロが倒れる前に、ルーテシアは慌ててその体を横から支えた。
「……これ以上は私じゃ分からないから、医療班の人達に見て貰おうって思って」
「六課に連れていく気?」
「うん。訳ありみたいだし、……何より放っておけないよ」
その声には、純粋な憂慮の情があった。
不審人物としてではなく、倒れた怪我人として対処しているキャロ。
倒れた怪我人ではなく、犯罪に関係する人物かもしれないとして対処しようとしたルーテシア。
例え選択として間違っていないと思っていても、その純粋な優しさを見るとどうしても己に対して思う所が出てくる。
「……取り敢えず、自分で背負うのはやめなさい」
「え?」
そんな自分の感情を一端棚上げして、ルーテシアはキャロの行動を止めた。それは彼女を六課に連れて行かせない為、ではない。
首を傾げるキャロと、その周囲でパタパタと羽を羽搏かせるフリード。両者を半眼で見詰めながら、ルーテシアはその理由を口にした。
「フリードは何の為に居るのよ」
「あ」
「きゅくるー」
少女と飛竜が顔を見合わせる。キャロが運ぶよりも、大きさを戻したフリードが運んだ方が遥かに効率的だ。
そんな簡単な事に言われるまで気付けなかった少女は、苦笑いを顔に浮かべてやり過ごす。妹の乾いた笑みを見て、姉は深く溜息を吐くのであった。
2.
墓が暴かれる。大地から無数の手が這い上がる。
此処は死人の国。屍が眠る墓地。マリアージュの材料は、それこそ無限に存在する。
腐った死骸が大地を掻き分け起き上がり、その姿が女の物へと変わっていく。死骸は屍兵へと変じ、その物量を以って敵である女を蹂躙せんとする。
「温い!」
対する女は唯不動。肩幅に開いた足は揺るがず、その右手で力を行使する。
轟音。銃弾を放ち続ける音と周囲を燃やす炎が鼓膜を揺るがせ、屍の兵を蹂躙していく。
「っ、なら!」
アリサ・バニングスは屍兵を圧倒する。その暴威によって蹂躙される兵団を囮にしながら、イクスヴェリアは更に距離を取った。
女は強い。マリアージュ達では覆せぬ程に、数を凌駕する質を有している。
〈け・ど、此処は冥王様の領地でぇ、貴女には足手纏いが付いている〉
されど此処は既に冥王の国。冥府の底においては、供養された遺骸が無限の兵と化す。
ティーダ・ランスター程の特別品は瞬時に作れずとも、無数に散りばめられたマリアージュ・コアは何時でも好きな場所に兵を作り出せるのだ。
故に、女の背後で震える少女は隙となる。それこそが、女の弱所であろう。
〈それはしっかりと、狙わせて貰うわよぉ〉
クアットロの指示の下に、新たに出現したマリアージュがその魔手を伸ばす。
「っ!?」
己の後方。真後ろの地面から這い出して来た同じ顔の女の姿に、ティアナの身体は恐怖に震えて――
「斉射!」
その手が伸びる前に、虚空に出現した無数の銃器より弾丸が放たれる。
頭上で発生した発砲音に、耳を塞いでティアナは蹲る。そんな彼女の周囲に居た屍兵の群れは、唯の一射で掃討された。
〈う~ん。そうなりますよねぇ。……で~も、それって予想済みなんですよねぇ!〉
カラカラと嗤う声と共に、アリサの足元から無数の手が生えてくる。
初手からならば対処される。ならばまずは布石を打って、力を使わせた直後に罠に嵌めるのだ。
攻撃直後のアリサでは反応出来ない。ティアナと言う少女を庇い続けねばならぬ限り、縋りつく手を触れる前に消し去る事など出来はしない。
アリサ・バニングスの両足を、屍の手が握り締めた。
イクスヴェリアは結果を推測する。クアットロは勝機を確信する。
マリアージュ=グラトニーはベルゼバブだ。その体液は酸であり、魂を穢す猛毒である。
迎撃せずに身体を掴まれれば、溶けて落ちるは一つの道理。攻勢に特化したアリサ・バニングスでは、真面に受ければ死あるのみだ。
じゅうと言う異音がする。
肉が溶け、醜悪な臭いがする蒸気が場を満たした。
だが――其処にある光景は、魔群が夢想した景色とは異なっていた。
〈……はい?〉
唖然とするクアットロを前にして、マリアージュが溶けている。
アリサを掴んだその手がドロリと溶けだして、対する女は身動ぎ一つしていない。
「小賢しいのよ! 小物がっ!!」
憤怒を込めた声で一喝する。その声と共に、圧倒的な熱量が屍の器を欠片一つ残さずに焼き尽くした。
後には唯、地面に残った黒い影。まるで原子力爆弾が投下された爆心地の如く、人体が融解して焼失したのだ。
「……圧倒的な熱量。マリアージュを、逆に溶かした!?」
〈な、なんですか、それぇ!?〉
焦熱世界。その炎は修羅の加護がなくとも、核の爆心地に匹敵する程の高温を発揮する。数百万度の炎が永劫止まらぬ。それこそが赤騎士の真なる秘奥だ。
その域に至れずとも、アリサの炎はその出力を再現する。
一時的にであれ、数百万度を超える炎を体表面に発揮させられる。
「言ったでしょう。……アンタ達は温いのよっ!」
硫酸の沸点は約三百度。人体を構成する物質も、数百万度の超高熱には耐えられない。
如何なる物を溶かす毒でも、届く前に蒸発させられてしまえば意味などありはしないのだ。
〈これは、不味いですねぇ〉
クアットロは思考する。現状、イクスヴェリアの手札ではもう覆せない。
自分が本気を出せば話は変わるが、今はその時ではない。所詮イクスは細胞の一つ。いっそこの場で捨てて、逃げるのもありと言えばありである。
(けどぉ。そうすると、エリオ君への抑えがなくなるんですよねぇ)
だが、それをすると魔刃が完全に敵となる。
唯でさえ悪意を稼いでいる相手。大天魔の両翼を除けば、不死不滅の己を唯一殺せる男だ。
そんな男を前に安全な壁がなくなるなど、想像すらしたくない。
(面倒くさいですねぇ。ま、最悪冥王様を死なない程度に使い潰しながら、この場から退くとしましょうかぁ)
だから、クアットロはそう判断する。
無数の屍兵を囮に、イクスヴェリアを盾に、己だけは逃れようと決断した。
無数の兵が遠巻きに壁を生み出し、イクスヴェリアが少しずつ距離を開いていく。
その光景に、クアットロの思考を見抜いたアリサは、吐き捨てる様に口を開いた。
「感情が温い! 想いが温い! 熱量が圧倒的に足りていない!」
それは挑発だ。彼女らがティアナに対して行った様に、今度はアリサが罵倒する。
「自分は被害者だ。悲劇のヒロインを気取っている」
イクスヴェリアは唯のヒロイン気取りだ。逆らえぬから、抗えぬから、そんな理由で自分を誤魔化して、己は罪深いと自慰に耽る愚か者。
「自分より弱い相手に八つ当たり。格下甚振り悦に浸っている癖に、強い相手に対しては尻込みして逃げようとする」
クアットロは下らない小物だ。格下相手には居丈高。罵倒と嘲笑を向けてくる癖に、もし万が一の可能性を考えた瞬間に尻尾を巻いて逃げようとする。
「だから、アンタ達は温いのよっ!」
だから、彼女らはどちらも戦士ではない。戦場に出る価値のない似非者共。その願いは温いのだ。
「己は罪深く、無価値であると嘆いている」
泣いて祈って、その癖自発的な行動をしない。他者の救いを求めて、都合の良い妄想に沈む愚かな娘。
「己は至高である。その癖、取るべき手段が他人の粗探し」
己を完成された存在と嘯きながら、自分より優れた他者を引き摺り落そうとする。去ってしまった親友にも似ているが、確かに違う事が一つ。
コイツは自分を誤魔化している。嫉妬ではないと、そう欺きながらも、自分がそれを信じられていないのだ。
「ようはアレよ。泣くのが好きなんでしょう?」
救われないのは不当だ。
認められないのは不当だ。
この境遇は己には相応しくない。
この二人はそれだけだ。
そんな感情に浸る自分に酔った、性質の悪い酔漢なのだ。
「反吐が出る」
故に、そんな酔漢が為した行為に反吐が出る。
「器が知れる! 程度が低い!」
信念が軽い。渇望が温い。
強さに掛ける想いが、純粋に雑魚なのだ。
「そんな無様を晒すアンタ達に比べたら、自己愛に満ちた小娘の方がまだマシよ!」
気炎と共に燃え上がる。不動の姿勢の女は揺るがない。
仁王の如き女の啖呵を前に、クアットロは静かに決意した。
〈本当に。……嗚呼、本当に。好き放題言ってくれますねぇ〉
彼女にもプライドと言う物はある。現状では打つ手がないが、それでも本気を出した自分より弱い女に罵倒されて、それが揺るがない理由がない。
まるで嵐の前。凪の如く安定した思考のままイクスヴェリアの肉体制御を奪い取ると、クアットロは胸中の感情を吐き出した。
「○○○○を×××で引き裂いてぇっ! ハラワタぐちゃぐちゃに引っ掻き回してやるよ、クソビッチがぁぁぁぁっ!!」
その言葉には媚を売る様な甘えはなく、幼い器の表情が醜悪に歪んだ。
この女は此処で殺す。無残に、醜悪に、凌辱と蹂躙の限りを尽くして惨殺する。
クアットロは憤怒の情と共に、そう己の決定を口にした。
「はっ、薄汚い本性晒したわね。小物風情」
クアットロの全力行使を前にして、アリサは余裕を浮かべたままに相対す。
女達が気に食わなかったのは事実だが、この挑発はその憤りをぶつけるだけの物ではない。奴を逃がさぬ為に、態々煽ってやったのだ。
これ程に煽りに煽れば、この小悪党は耐えられずに全力を出す。
その確信があったから、その全てを正面から踏み躙る為に動いたのだ。
「それと訂正しておくわ。これでも乙女よ。これまでも、これからも、誰かと寝る予定なんてありはしない。勿論、アンタなんかに蹂躙される程に安くもない!」
恋愛を軟弱などとは蔑まない。唯、もう十分だと思っているだけだ。
誰かを本気で愛するなど、一生に一度で十分だ。この熱は、それだけで燃え続ける事が出来るから――
「アンタ達が、この炎を越える事は許さない!!」
燃え上がる。紅蓮の炎が燃え上がる。
燃え続ける炎と共に、アリサ・バニングスは宣言した。
そんな両者の対応に、困惑するのは残された一人だ。
〈……予定とは、違うのでは?〉
奈落より這い上がって来たクアットロに引き摺り下され、入れ替わったイクスが問い掛ける。
当初の予定では、クアットロの出番は未だ先だった。それを決めたのは、他ならぬクアットロ自身であり――
「予定変更に決まってんでしょうがぁっ! 女として生まれてきた事を、存分に後悔させてやるのよぉぉぉぉっ!!」
そんな彼女は、この低能は予定の変更さえ言わなければ分からぬのかと、己の器を罵倒して異能を行使した。
「アクセス――我がシィィィィィィンッ!」
そしてジュデッカへの扉が開く。
「ケララー・ケマドー・ヴァタヴォー・ハマイム・ベギルボー・ヴェハシェメン・ベアツモタヴ」
大地に満ちる死者の身体が膨れ上がる。その体内に門を生み出され苗床とされたマリアージュのありとあらゆる穴から、無数の蟲が這い出して来る。その血肉を貪り喰らいながら、その数を増やしていく。
「されば六足六節六羽の眷属! 海の砂より多く、天の星すら暴食する悪なる虫共! 汝が王たる我が呼び掛けに応じ此処に集え!」
破裂した死体を糧に膨れ上がる蝗の群れ。その光景は余りにも悍ましい。
奈落と現世を繋ぐ門より零れ落ちるは魔群の眷属。暴食のクウィンテセンスが呼び込むは悪なる獣だ。
「そして全ての血と虐の許に、神の名までも我が思いのままとならん」
それは形こそ蝗だが、その本質は悪なるシンの集合体。悪性情報の塊であるそれは、燃え盛る炎ですら燃やせはしない。
「SAMECH VAU RESCH TAU」
その悪意は神を殺す。その御名を穢し、その存在を貶める。
偽りの神の眷属は、何もかもを食らい尽くすまで止まらぬ魔性の群勢。
そんな物に、人の身で対処など出来よう筈もない。
「来たれ――Gogmagoooooooooooog!!」
蝗の群れが空を埋め尽くす。クラナガンの街が狂乱に沈む。
海の砂より多い数はクラナガンの空を黒く染め上げ、無数の蟲を従える女王は暗く笑みを浮かべた。
「名乗ってあげるわ」
名乗りを上げる。女こそは魔群の器――ではない。
「私が魔群。這う虫の王、クアットロ=ベルゼバブ」
器はイクスだ。ルネッサであり、ティーダであり、無数のベルゼバブ達全てがこの魔群と言う這神を宿した器なのだ。
そしてクアットロとは、這神そのもの。エリオの中に潜むナハトと同じく、彼女自身が悪魔なのだ。
奈落と言う夢界に生まれた這神に対し、スカリエッティが与えた人格の殻こそがクアットロ=ベルゼバブ。
クアットロは殺せない。
奈落に本質がある彼女は滅し切る事が出来ず、仮に奈落が消えたとしてもベルゼバブ達がバックアップとして機能する。
故にベルゼバブの血肉が一欠けらでも存在する限り、この女に死は存在しないのだ。
「穴と言う穴を蟲で犯し尽してやるから、絶頂して喜びながら死んじまいなさい! クソ女ぁぁぁぁっ!!」
「はっ! その腐った性根ごと、何もかも燃やし尽してやる!」
炎のエースと魔群の戦いは、こうして新たな局面を迎える。
3.
寄せては返す波の音。
夕焼けに染まる砂浜は黄昏の浜辺。
そんな場所に一人立つ。
気が付けば少年は、また此処に来ていた。
「僕は、死んだのか」
思考を辿り、思い出した最期の記憶。
胸を突かれ倒れた己は、確かに死んだのだと思えた。
ならば、此処は死後の世界であろうか。
夢で見ていた光景と同じ場所。違いは二つ、砂浜で遊ぶ女の姿が見えない。
そしてもう一つ。目の前に聳え立っている。
木製の枠。手と首を固定する台。そして頭上に見える黒き刃。
それは、処刑台であった。
「……否、まだ君は死してはいない」
ぼんやりとした思考でギロチンを見上げるトーマの背へと、影が語り掛けてくる。振り返ったトーマは、その姿を見て声を上げた。
「メルクリウス」
老人にも若者にも、何にでも見える水銀の影が其処に居る。
幻影の如き影絵の男は、振り向いたトーマに教え諭す様に口を開いた。
「君は死なない。否、死ねぬのだ」
トーマ・ナカジマは死ねない。死んだ後、無理矢理に蘇生させる機構が既に用意されている。
「その毒が君を生かす。君は、新たな力を得て立ち上がるであろう」
エクリプスウイルス。その毒がある限り、少年は再び立ち上がるであろう。
水銀の蛇が何もしなくとも、トーマ・ナカジマが何を想おうとも、その命は再び火を灯すのだ。
「だが、その代価は存在している」
本来、その復活に際しこの内面世界に落ちてくる必要はない。
で、ありながらもこの世界へと落ちて来た理由。
それは水銀の御業であり、それを為したのは彼がそれを己の役割の一つであると認識しているが故であった。
「物事には付き物と言える対価。使用に危険が伴うなど欠陥品だと嗤った汚物が居たがね。……確かに君に用意された力は、欠陥品と言える物であろう」
狂人が用意した毒は欠陥品だ。余りにも大きな罠が潜んでいる。その代価は等価のつり合いが取れていないのだ。
水銀の蛇は断頭台を見上げる。
その斬首の刃を指差したまま、定められた代価を口にした。
「それを手にすれば、君は死ぬ」
それは揺るぎない事実。このギロチンに込められた呪いは、強大な力と引き換えにトーマを殺す。
「身体が、ではない。心が死ぬのだ」
それは誰かにとって都合良く、誰かにとっては最悪の未来。
この力を得た事を切っ掛けに、既に罅割れた殻は完全に砕け散る。後はもう溢れ出した記憶に塗り潰されて、少年の心が消え失せるだけの話である。
「トーマ・ナカジマが消え失せる。その魂に生まれた個我が塗り潰される。君と言う個は、此処で終わる」
手を伸ばせば、死ぬであろう。手に取れば、死ぬであろう。手を伸ばさずとも、死ぬであろう。
「君はそのまま進めば、もう君ではなくなる。だが、このままで居れば、君として死ねる」
選択肢が生まれたのは、此処に水銀の蛇が居るからだ。
この蛇が毒の進行を阻害し、故に僅かな時間が生まれた。その時間の内に望めば、トーマは人として死ねるであろう。
「君が選ばねば、白百合の乙女は真に死ぬであろう。……嗚呼、死ぬな。もう死ぬな。命を共有している乙女は、決して助かる事がない」
その言葉は、あたかも精神の死を求めている様で。
「君が選べば、君と言う個は失われる。溢れ出した神の記憶は最早止める事など出来ず、君は嘆き苦しみながら押し潰されていくであろう」
その言葉は、あたかも肉体の死を許容している様で。
「さあ、選び給え」
真実、水銀にとっては、どちらになったとしても構いはしない問題であった。
「虚しき勝利か。次に賭ける敗北か」
勝利を選べば、少年は消えて夜刀が生まれる。
虚しき勝利の果てには、自己消滅と言う最期が待つ。
敗北を選べば、魂に刻まれた少年の個我は輪廻の果てに僅かな芽吹きを見せるであろう。
次に生まれる子供は、最初から夜刀とは違う色を持つ。その子が間に合うか、間に合わないか。否、蛇が間に合わせる。
どちらに転ぶとしても、決して終わらせる事はない。
全てが紅蓮に染まった世界か。或いは未知の結末に至るか。どちらにしても、この世界を消させはしないのだ。
「…………」
蛇の言葉を受けて、トーマは選択する。
選ぶべき道は一つで、それ以外に選択する道などはなかった。
「リリィを殺させたくない。このまま終わりたくはない。理由なんて、幾らでもある」
振り返って足を運ぶ。
一歩一歩とゆっくりと、短い距離を進んでいく。
「けど、きっと、一番強い願いは――」
その手を伸ばす。
「僕は、アイツに勝ちたい」
断頭台の刃へと、その手を伸ばして――
「だから、この道を選ぶんだ」
触れた瞬間。トーマの視界が暗転した。
「……成程、それが君の選択か」
断頭台に拘束された少年の姿が、水銀の瞳に映り込む。
「忠告しよう。君は何時かきっと、この選択を後悔する」
誰もいないのに、刃を止めていたロープが千切れる。
鋼の刃が落ちて来る。血塗られた処刑の刃は大地を突き刺し、ゴロンと二つの手と一つの首が転がり落ちた。
「せめてその嘆きの果てに、未知の結末があらんことを」
そうして、トーマの首は斬り落とされて――新しい物に挿げ替えられた。
4.
燃え盛る炎の中、少年が大地に立ち上がる。
その少年が立ち上がる物音に、振り返ったエリオの表情が驚愕に染まった。
「……なに?」
〈何で、アイツら死んだんじゃ!?〉
心臓を貫いた筈だった。だが、その穴が急速に再生している。
首には処刑の傷痕。まるで斬首された後の様な線が、傷付けた覚えのない場所に浮かび上がっている。
動かぬ少女を抱きとめた少年は、左手を掲げて欠落した物を呼び寄せる。
「来い! 銀十字!」
何処からともなく飛来する書物。迫る銀十字の書を、エリオは即座に叩き落す。
切り裂かれ飛び散った本はしかし、ページ毎に分かれるとトーマとリリィの身体を包み込んだ。
『
紙吹雪の中、声が重なる。死んだ筈の少年の声と、死んだ筈の少女の声が重なって、極大の輝きが場を包んだ。
「何が、起きている!?」
驚愕する魔刃の前で、少年は新生する。神の子は遂に、覚醒の時を迎えた。
輝きが薄れた後、その紙吹雪の中に立つのは黒き影。
肩と腹部が覆われていない黒き鎧。翻る腰布はマントの如く、機械的な具足が足を覆う。
髪は銀色に染まり、その隙間から除く瞳は赤。全身に刻まれた赤き刻印が、瞳と同じく怪しく輝く。
その姿は、宛ら黒き騎士の如く。
「
そして、彼の変化はそれだけに留まらない。同調し融合した少女を抱えていた右の手に、浮かび上がるはこの世の物とは思えぬ刃。
それは剣だ。身の丈に迫る程に巨大な剣だ。
銃弾を放つ機構はなく、肉体と融合した人器融合型の聖遺物でもない。
武装具現型の刃の先端は潰れている。
その刃は首を刈り取る為だけに存在していた。
「
それは正義の剣。ギロチンが使用される以前に用いられた、罪人を処刑する為のエクスキューショナーソード。
罪悪の王を破るべく、研ぎ澄まされた斬首の剣だ。
「リリィ。俺を高みへと導いてくれ!」
〈はいっ! トーマ!〉
少年の声に、同化した少女が返す。
何処までも強気な声に返すのは、確固たる信頼が籠った言葉。
「行くぞ、エリオッ!」
「っ!?」
甲高い金属音が響いた。振るわれる大剣を槍で防いだ少年は、自分が宿敵を一瞬とは言え見失った事に戦慄した。
「俺が、お前を倒すっ!!」
強く揺るがぬ瞳で紡がれるのは、勝利の言葉。
一瞬、己を上回った敵に脅威を抱いたからこそ、エリオは怒りを抱いて相対する。
「……ふざけるなよ」
憤怒する。怒りを抱く。
「お前には」
そう。この男にだけは――
「おぉぉぉぉぉぉっ!」
「お前にだけは、負けないっ!」
燃え盛る炎の中、少年達が前に踏み出す。
神速で振り抜かれる大剣と槍が交差して、鍔競り合った。
少年達は互いに退けぬと睨み合って、戦場は更に激化していく。
実は這神だったクアットロ。
ナハトと同じく、人の想像した悪魔にスカさんが人格を上乗せしたのがクアットロです。
なので、実は本人の身体とかない。
常に画面越しか誰かを介しての会話しかしてこなかったのは、本体が奈落に存在しているからでした。
クアットロ「不死不滅。正しく、私が完全な生物なんですよぉ」
エリオ「黙れ。焼くぞ」
宿儺「はいはい。マリグナント。マリグナント」
大獄「凄く、一撃必殺です」
クアットロ「もうやだ、こいつらー」
C= C= C= C= C= C= 。・゚゚┏(T0T)┛ウァァァァァァ
天敵の多いクアットロさんは小物(確信)