真面目に考察すると、環境的にそうなるしかなかった。
1.
ミッドチルダ中央区。湾岸地区南駐屯地内A73区画。
古い建造物をそのまま運用した中央隊舎と、宿舎を始めとする複数の付随施設。
海上に突き出た訓練施設区画も含めると、この場所は非常に大きな敷地面積を誇っている。
A73区画。その全域を利用して再構築された巨大な施設は、他の部隊が所有する隊舎は愚か、管理局地上本部と見比べても見劣りしない程に大きい。
「……困ったね。フリード」
「キュクルー」
そんな施設の中枢に位置する隊舎内を、一人の少女と小さな飛龍がふらふらと彷徨い歩いていた。
桃色の髪をした可愛らしい幼子。不安で表情を歪める子供は、その見た目に似合わぬカーキ色の服を着込んでいる。
それは管理局陸士部隊に支給される制服。白い一匹の飛龍と歩く少女は、年若いが確かに管理局の一員だった。
そんな彼女が、こうして隊舎内で何をしているのかと言えば。
「此処、何処だろ?」
余りにも広すぎる隊舎の中で、至極当然の如く道に迷っていたのだった。
「はぁ」
少女。キャロ・グランガイツは溜息を零す。
道を聞こうにも、聞けそうな人は周囲にはいない。本日の午後より正式に運用が開始される機動六課。まだ朝も早い時間とは言え正式運用を間近に控えた今、数少ない人達は忙しなく行き来している。
元より引っ込み思案な性格も相まってか、忙しそうな人達に向かって、キャロはどうしても問いを投げ掛ける事が出来ないで居た。
故に一人でどうにかしようと奮起して、結局空回っている。そんな自分の無様さに落ち込んで、それでも変われぬ在り様に更に暗く沈んでいく。
キャロ・グランガイツとは、そんな少女であった。
「……機動、六課か」
鬱々とした思考で、吐露するは己の不安。
無意味と分かっていても、一人になると悩んでしまう。
治したいと思って、それでも治せぬ彼女の悪癖。
「凄い人、ばっかりなんだろうなぁ」
己の小さな手を見上げる。
槍を振るう練習でタコが出来た掌。
小さいのに柔らかくないその手は、重ねた訓練の象徴。
何時もならば勇気を与えてくれるその掌も、今は何処か力なく感じられる。
「やっていけるのかな、私」
エース達が集う精鋭部隊。その特殊性は知っている。
そして、キャロ本人にその部隊へとお呼びが掛かる程の実力がない事も知っている。
そんな彼女が此処に居るのは、父の関係が故であろう。そんな自覚がある少女は、自分でもナイーブになっていると思考しながらも溢れる溜息を止められそうにはなかった。
「あれ?」
ふと、そんなキャロは道行の先に一つの影を見つける。
「青い、子犬さん?」
その青い影は小さな子犬であった。
何故、そんな動物がこの隊舎に居るのか、そう首を捻る少女の視線の先で子犬は背中を見せる。
背中を向けながら、チラチラと視線を向ける子犬。何も語る事はないが、その仕草で何かを伝えようとしていた。
「付いて来て、って言ってるのかな?」
そう呟いたキャロの言葉に、ワンと一声鳴いて首を大きく上下に振る。
我が意を得たりと言わんばかりの仕草を見せた犬はキャロに背を向けたまま、ゆっくりとした動作で歩き出した。
「あ、待って!」
追いかける。置いて行かれない様に追い掛ける。そうするのが、何故だか正答だと思えた。
隊舎の中を犬と少女は突き進む。歩幅の短い少女と小さな飛龍は置いて行かれそうになりながらも、右に左にと隊舎内を走り抜ける。
まるで子犬はキャロの歩みに合わせるかの様に、彼女が足を止める度に歩を止めてキャロを待つ。
見失う事は無い様に、されど近付き過ぎる事はない様に、そんな犬の導きに従って前へと進み続けたキャロは其処に辿り着いた。
A73 基地総合受付。エントランスホールの中央こそは、彼女が最初に立ち入った中央隊舎の入口区画。
「キャロ! フリード! もうっ、何処に行ってたのよ!?」
「あ、るーちゃん!」
「キュクルー!」
其処で見知った顔の少女が、キャロに向かって声を掛けた。
紫の髪の少女。キャロと同じく十歳前後の幼子は、これまた同じくカーキ色の制服に身を包み、腰に手を当てたまま小言を口にする。
「もうすぐ集合時間だよ! もう、遅れるんじゃないかって心配したんだからね」
「ごめんね。トイレに行ったら、道に迷っちゃって」
彼女の名はルーテシア・グランガイツ。キャロと同じ父母の元に育った、彼女の姉妹とでも言うべき家族である。
如何にも怒っていますと言わんばかりの幼子に、キャロは頭を下げて謝罪する。
極度の緊張から尿意を催した少女は、我慢できなくなった為に道も分からぬ隊舎内を一人で進み、その結果として迷子になっていたのだった。
「一人で行けないなら、ちゃんと言ってよね」
「……ごめんね。るーちゃん」
「キュクルー」
ガチガチに緊張している姉妹の様子を間近で見て知っているルーテシアは、仕方がないと口を開いてキャロの謝罪を受け入れる。
そんな姉妹の様子に情けなさを感じつつも、頭を上げたキャロは自分を案内してくれた青い子犬に感謝を述べようと周囲を見回した。
「あれ? 居ない」
だが、どこを見てもその青い犬の姿は、影も形も存在してはいなかった。
「何探してるの?」
「え、えっと子犬さん。迷子になってた所を、道案内してくれたんだけど」
「ふーん」
青い犬が居ない事に、キャロはまた落ち込んでしまう。
己は手助けしてくれた相手に礼を言う事すら出来ないのか、と無意味に落ち込んで鬱屈してしまう。
普段はこれ程でもないのだが、如何にも緊張や不安が強くなり過ぎている様だ。
一度ドツボに嵌れば中々抜け出せない。そんな己の未熟さに、キャロは涙を零したくなった。
「……えいっ!」
「ふぇ? はひふふほ、ふーひゃん!?」
そんな姉妹の様子に、気付けぬ紫髪の少女ではない。
ぐにーと少女の頬を掴んで左右に引き伸ばすと、慌てるキャロを見て笑みを浮かべた。
「あはは、キャロってば変な顔!」
「っ! もう! るーちゃん!」
ルーテシアが手を離すと同時に、膨れっ面をキャロは見せる。
その表情は分かり易い程に分かり易く、故にルーテシアは笑いながら軽く謝罪を口にした。
「ごめんごめん。……けど、ちょっとは緊張も解れたでしょ?」
「あ、うん」
その言葉に彼女が何を狙っていたかを悟る。
最初からさして強くはない苛立ちの念は、あっさりと霧散した。
「……分かっちゃうんだね」
「私、お姉ちゃんだもん。当然よ」
「……むー。私の方が誕生日先なのに」
「ふっ、年齢じゃなく、滲み出る風格とか威光とか、全てが私の方が姉だと主張している」
この自称姉は何時もそうだ。何時でも変わらず、高みを見過ぎて鬱屈としてしまう自分の悩みを笑い飛ばして行く。
「そんな訳で不安とかあるなら、お姉ちゃんに相談してみると良いよ。ハリィハリィ」
「はぁ。何か、るーちゃんは本当にるーちゃんだね」
「その反応は解せない」
自分と違う。こんな状況でも芯がぶれていない紫の少女。
無い胸を自慢げに張る彼女の姿に、キャロは羨ましさを抱きながらも、何処か気が楽になる気持ちも感じていた。
「ちょっと不安になってたんだ。この先やっていけるのかな、て」
だから口にする。己の不安を。彼女なら、それすらも笑い飛ばすのであろうと期待して。
「機動六課。管理局でも凄い人達が集まる精鋭部隊。……私が其処に居るのは、間違いなく唯の数合わせ」
それは自己評価の低さから生じる不安。年齢を思えば優れているにも程がある少女は、されど周囲への劣等感から自信を抱けない。
否、自信はある。キャロが考える、己に見合ったレベルの自信ならばある。
だが、自分で信じられる自分の力量が、エース陣に混じっても足手纏いにならざるに居られるのか、と考えれば首を捻らずには居られないのだ。
「槍はお父さんには全然勝てないし、召喚もお母さんやるーちゃんに届かないし、何やっても駄目だからって」
「うん。そうだね!」
「即答された!?」
そんな不安を零す少女に返されるのは、姉を自称する少女の容赦ない言葉。
「キャロがお父さんに勝てないのは事実だし、私の方が強いのも事実。これは論破不能」
「うぅぅぅぅ」
「けど、キャロは上見過ぎだよ。お父さんに勝てないのは当然だし、召喚メインで勉強してる私と、槍の扱いも一緒に学んでいるキャロじゃ差が出て当然でしょ? 寧ろこれで追い抜かれたら私が泣く」
それは何処までも容赦のない言葉。だからこそ、過小も過大も混じらない確かな事実だ。
「だから、私達に勝てないからって、キャロが弱い訳じゃない。総合的な能力なら私より高いし、ガリューと接近戦出来るキャロと一対一で殴り合ったら、私なんて秒殺だよ?」
自信を持って良い筈だ。あの厳格な父が、あれで子煩悩な父が、数合わせと言う理由だけで自分達を危険な部隊へと配属させる筈がない。ならば其処には、確かな理由がある筈なのだ。
「私達二人は、両方とも人数合わせに過ぎないかも知れない。……けど、それでも六課に招かれた理由はあるんだと思う。選別をしていない訳がない。だから、将来性は十分なんだよ」
「そう、かな?」
少女。ルーテシア・グランガイツはそう判断した。
足手纏いにならない程度の実力と将来性。そして身内故の信頼。そう言った全ての要素が条件内に収まっていたからこそ、自分達は機動六課に招かれたのだろうと。
「……キャロの肉体面での将来性は微妙だけど」
「なんでそう言う事言うの!?」
故に怯える必要はない。不安を抱く必要もない。
唯未来を信じて、全力で進めば良いのだと知っている。
「血筋、じゃないかな?」
「るーちゃん適当に言ってるよね! 絶対!」
故に臆病な妹の不安を跳ね飛ばす為に、健気な姉は道化の如くに振る舞うのだ。
「だからキャロは、実力不足を不安に思うより、どんな人が仲間になるかを不安に思うべきね。“まったく、小学生は最高だぜ”とか言い出す変態が居たらどうするのよ!」
「るーちゃん!? 問題は其処なの!? そんな管理局員居る筈ないよ!!」
ニヤニヤと笑う自称姉の発言に、息を荒げながらツッコミを入れる他称妹。
実際、局員になる際には心理テストと言う形で軽い診断が行われる。
故にそんな異常性癖者が居る筈がないと知っていて、知っているからこそ冗談の如くに口に出来るのだ。
そんな風に騒ぎ立てる子供達の前で、エントランスのガラス戸が開く。
其処より入って来たのは、キャロ達と同じく陸士部隊の制服に身を包んだ二人組。
「此処が中央隊舎ね」
「時間ギリギリ、だね。……間に合って良かったぁ」
「馬鹿トーマが寝坊した所為よ」
「仕方ないじゃないか、昨晩はクラナガンTVで“オールナイト☆シュピ虫”が生放送されてたんだから!」
「……大事な式典の前日に何してんのよ、アンタは」
茶髪の少年と橙色の少女。軽口を交わしながら進む彼らは、自分達に向けられる視線に気付いて少女達を見た。
「あれ? 何でこんな所に子供が?」
首を捻るトーマに対して、少女達の服装から立ち位置を何となく把握したティアナは無言。
そんな我関せずな相棒の態度とは正反対に、少年は子供達を怯えさせない様に人の好い笑みを浮かべて近付くと、膝を折って視線を合わせた。
「ねぇ、君達どうしたの?」
如何にもお人好しな対応。悪意のない笑みに対して、ルーテシアはニヤリと笑う。
不安や緊張を道化芝居でうやむやにされつつある己の妹。その不安を完全に消し去る為に、このお人好しは利用できそうだ、と。
傍らの少女との対話から、同好の士である事は分かっている。
弄られ芸に見慣れ一見してお人好しと分かる彼ならばノリも良い筈だと判断すると、ルーテシアは事案物の台詞を口にした。
「あ、“まったく、小学生は最高だぜ”とか言いそうな人だ」
「ちょっ、初対面なのに行き成り風評被害が酷過ぎる!?」
「る、るーちゃん!? ご、ごめんなさいっ! 家のるーちゃんが!」
ニヤニヤ笑う小悪魔に対し、内面世界に居る
そんな姉の非礼に頭を下げたキャロは、咎める様な視線をルーテシアへと向ける。
「失礼は承知している。だが私は謝らない」
「るーちゃん!!」
「実際、年上より年下派でしょ? 名も知らぬお兄さん」
妹に叱られるその少女が流し目で送るサイン。それに気付いたトーマは、何でこの娘が行き成りこんな事を言ったのかに気付く。
「……」
一見して大人しそうに見える桃色の少女が叱り付ける姿。
彼女達に近付く途中で見て取れた少女の不安や緊張。
この道化の如き対応も、それを取り除こうとする健気な姉の行動とするならば――
(これはオールナイト☆シュピ虫で出て来た弄り芸!? 何の脈絡もない第三者が、唐突にシュピ虫さんをディスる展開と同じ!!)
視線が交差する。
貴様見ているな! 貴様こそ!
そんな対話を視線だけで遣り取りして、同好の士は確かな絆を其処に見た。
そしてこの視線は、同士が仲間に助けを求める物。幼子の失礼など笑い飛ばす様なノリの良さを己に求められているのだと理解した。
だとすれば、己の行動は決まっている。
昨夜も画面の中に映っていた偉大な背中が語っている。
一瞬のアイコンタクトでその気持ちが真なのだと理解する。
助けを求める紫の少女の想いに比べれば、己の矜持などに一体どれ程の価値があろう。
自らが道化となる覚悟を決めたトーマは、昨夜の芸人同様ににこやかに笑って口にするのである。
「うん。まったく、小学生は最高だね!」
『うわっ』
〈トーマ。それはないです〉
「ちょっ、全員に引かれた!? しかもスティードまで!?」
ニヤニヤ笑う小悪魔のフォローは其処にない。熱い梯子外しだけが其処にある。
テレビのお笑い番組の如き展開にはならず、トーマは汚物を見るような視線を浴びる結果に終わった。
「違うから! 僕の中じゃ、単に成人女性への恐怖が染み付いてるとか、そんなノリだから!」
「……トーマの変態発言は置いておくとして」
「ちょ!?」
「名乗りくらいしましょう。アンタ達も、此処に居るからには機動六課の関係者なんでしょ?」
「え、そうなの!?」
「トーマうっさい。少し黙れ」
相棒の冷たい対応にしょんぼりとするトーマ。そんな彼の肩を、
初対面とは思えない程に気安くなった両名の姿に溜息を吐いてから、今後関わりが深くなるであろう二者に向かってティアナは軽く自己紹介を行うのであった。
「私はティアナ・L・ハラオウン。十六歳。階級は二等陸士で、機動六課のフォアード部隊の一つ、スターズ分隊への配属が決まってるわ。んで、こっちの変態が」
「……変態じゃないよ。ノリに合わせただけじゃないか」
「さっさと名乗れ、馬鹿トーマ」
「はぁ。……僕はトーマ・ナカジマ。年齢はティアと同じく十六歳。階級も一緒で、所属予定部隊も同じくスターズ。……恋愛するなら同い年くらいの子が良いと思います」
もう年下も年上も信じられない。そんな遠い目をして語る少年。
――否、断じて否。発育の良い肉体に、赤子の如き無垢なる精神。その相反する矛盾が生み出す調和こそが至高。金髪ならば尚良しと言えよう。
(
ささくれだった感情のままに、内面で何やら煩く囀っている残滓の言葉を否定する。
普段は呼び掛けても何も反応しない癖に、こんな必要ない時に限って内面世界で女神の良さとやらを語り出す変態。
そんな残滓は放置して、トーマは続く子供達の自己紹介へと意識を集中させた。
「えっと、キャロ・グランガイツ。十歳です。三等陸士で、配属先はバーニング分隊の予定で、えっと、これから宜しくお願いします」
「ルーテシア・グランガイツ。以下同文。宜しくね、特に面白いお兄さん!」
慣れない人相手に口を開くキャロと、楽しい玩具を見つけたと言う笑みを浮かべるルーテシア。少女の表情からは、緊張や不安と言う色は消えていた。
そうして互いの素性を知った彼らは暫し談笑する。
同じ部隊に配属されると言う事もあって、集合の時間まで親交を深めようと言葉を交わすのであった。
「えっと、キャロちゃん、だっけ? 二人共同姓って事は、二人は姉妹なの?」
「えっと、るーちゃんのお母さんと、私のお父さんが結婚したから」
「成程ね。……あと、もうちょっと近付いてくれても良いんじゃないかな? 割りと僕泣きそうなんだけど」
「……襲いませんか?」
「絶対にしないよっ!? ってか、どんな人間に見られてるのさ!?」
トーマとキャロ。無垢なる子供同士はそんな言葉を交わし合う。
「……こんな子供が、機動六課ね」
「不満なの?」
「ええ、隠さずに言うなら、確かに不満よ。子供と一緒かってね。……何か言い分でもあるかしら?」
「正直な点は好感持てるわ。けど、甘く見過ぎよ。私もキャロも足手纏いにはならないって断言してあげる!」
「そう。なら期待させて貰うわ」
ティアナとルーテシア。何処か挑発的な両名は、互いを計るかの如くに視線を交差させる。
今後同じ部隊で行動を共にするであろう四人の出会いは、概ね悪くはない物であったと言えるであろう。
そうして数分。互いに話題を変え、相手を変え、会話を続けていると一人の女性がやって来た。
「どうやら、全員揃っているようですね」
薄紫の髪に陸士部隊の制服を着た女性。集合時間ぴったりに来た彼女こそが、これより少年少女らを案内する監督官。
「試験官の人?」
「いいえ、データに存在していません。私と貴方は初対面です。同型機の誰かと見間違えたのではないでしょうか?」
魔導師ランク昇格試験の試験官と瓜二つな容姿にトーマが疑問を口にする。それに返るは女性の否定。
同型機。その言葉に、ティアナは視線を鋭くして呟いた。
「……戦闘機人、ね」
量産された兵士。機械仕掛けの乙女達。彼女がそうであるのだと理解したティアナは、推し量る様に不躾な視線を向ける。
「本日、皆様方の研修教官を任命されました。ウーノ・ディチャンノーヴェと申します」
そんな視線にすら反応せずに、機械の如き冷たい仕草でウーノは言葉を口にするのであった。
2.
赤と翠。空にはその二色が存在していた。
神秘的な翠色の輝きが空より大地の赤を吹き飛ばし、炎の如き色が燃え上がりながら翠の空を浸食する。
その光景を生み出しているのは二人の女。たった二人の人物が、湾岸区画に作られた訓練設備を二色の色で染め上げていた。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
その赤き主は金髪の女。カーキ色の制服の上から赤きバリアジャケットを展開している女は、その表情を凛と研ぎ澄ませ、爆発する空気を足場に跳躍を続ける。
炎の光剣を振り回しながら飛翔する女。
その背後より絶えず放たれ続けるは、無数の銃火器。
形成された質量兵器と高威力の魔法。
その二つを織り交ぜての近距離戦こそ女にとって、己の土俵。
故あって遠距離砲撃を使えぬ現状、彼女の勝機は突破の先にこそ存在している。
「アリサちゃん! 火力だけじゃ届かせないよ!」
対する栗毛の女は、徹底した中遠距離のスペシャリスト。
杖を振る度に生まれる無数の誘導弾も、所詮は手札の一つに過ぎない。
拘束魔法。防御魔法。移動魔法。幻術魔法に補助魔法。
種々様々な魔法を使い熟すは彼女の技量。無数に展開されたマルチタスクは、最早予知に近い未来を彼女に示す。
圧倒的な火力と地力の高さと言う最大の武器を失った女は、それを補う為にこそあらゆる分野に手を伸ばした。
愛しい男と己の資質。混ざり合った魔力資質は、如何なる魔法行使すらも可能としている。
故にこそ至高の魔導師。魔法と言う分野において、彼女の前を行く者はおろか、横に並ぶ者すらいない。
空と言う場は彼女の独壇場。晴天の下、黄金の杖を握る女は崩せない。
圧倒的な力は要らない。圧倒的な物量など必要ない。そんな物などなくとも、相手を崩すには十分過ぎる。
先の一手を、その次の一手を、全てを見通す演算が齎すは詰将棋の如き戦場だ。既に女の勝利は決まっている。
数百を超えるパターンを脳内に構築している栗毛の女は、勝利への道筋に入ったと確信していた。
「舐めてくれるじゃないの! なのはっ!」
「舐めてない! その結末は、もう見えてる!」
「それを、舐めてるって言った!!」
だが、その確信を上回る。類稀なる演算能力など持たない女は、何処までも愚直に突き進む。
「アンタの予測を超える! この私の、力付くで!」
「っ、
当たる筈の砲撃。受けて必然の被害。それすら無視して、一秒先よりも強くなっている金髪の女は爆発を背に飛翔する。
相手が己の全てを予測し切るなら、その予測を超え続けるしかない。そんな考えなしの力技。
頭の出来は悪くなくとも、直情的な性格が罠や奇策の類を否定する。そんな女に出来る事など、元より火力任せの一点突破だけしかない。
「それしか知らないし、それしか出来ない!」
「けど、再演算すれば良い。同じ事の繰り返しだけでっ!」
されど栗毛の女も負けてはいない。負けられない理由がある。情深きこの女は、今の己の力は彼の資質あっての物だと捉えている。
そう。圧倒的な魔力を失くした彼女の戦法を支える頭脳の強さとは、即ちあの月の如き青年が持ち続けた戦闘法。
同じ戦い方をしている。同じ強さを持っている。ならば、女の敗北とは即ち男の強さの否定につながる。
故に負けない。負けたくない。彼の頭脳を、こんな単純な方法で乗り越えさせなどしないのだ。
「元より、不器用なのよ! だから、愚直に突破する!!」
「させない! そんな火力だけの攻撃で、彼の頭脳は超えさせない!!」
杖と剣が激突する。瞬間生じた衝撃に、海上を埋め立てて作られた訓練施設は大きく揺れた。
決着は付かない。衝突の反動で距離を取った二人の戦いは、未だ決着するには遠い。
「あれが、管理局のエースストライカーの全力」
そう呟いたのは、果たして誰であったか。
目の前で展開される光景。それに圧倒される新人達は、進む道の先に居る先駆者達の実力をその瞳に焼き付ける。
「いいえ、違いますよ。……あれは彼女らの全力ではありません」
『え?』
そんな子供達を案内していた女は、そんな彼らの理解の範疇にない言葉を口にした。
「それって、どういう?」
「……私が説明するよりも、相応しい方が居ますので」
そんな当然の疑問にウーノは冷静に返すと、訓練施設に併設されたモニタールームへと歩を進める。
残された四人は空中での激戦を見届けられない事に心残りしつつ、薄紫髪の女に置いて行かれない様に慌ててその背を追った。
ウーノが四人を連れ歩く理由。彼らが集められたのは、結成の挨拶と式典を前に隊舎の内情を知る為。もっと分かり易く言えば、施設見学の為である。
今後深く関わる事になるであろう施設。部隊員として知っておかなければいけない知識。そうした物を教わる為の事前研修。
その教員役を与えられたのが、ウーノ・ディチャンノーヴェである。
〇八〇〇:エントランスに集合。
〇八一五:ロビーにて研修映像を元にした筆記学習を開始。
一〇三〇:筆記学習終了後、施設案内開始。
一二〇〇:食事休憩。
一三〇〇:部隊結成式典開始。
それが本日の予定表であった。
その決まり事の通りに彼らに必要最低限の講義を行った後、ウーノはこうして四人を訓練施設へと連れ出した。
この場所を選んだ理由は複数ある。部隊長の執務室や作戦司令部などは、現在式典準備に忙しく新人に対処する余裕はない。
どの道全てを回る時間もないのだ。必然、選ぶ場所は今後深く関わる場所。
ヘリポート。部隊員用の寮に、食堂。娯楽施設や休憩用の設備等。中でも最初に選んだのはこの場所だった。
訓練場と言う、今後彼らが多くの時間を過ごす事になる場所。
配属分隊の分隊長が現在使用中のこの場所こそ、短い時間で見せておくべき場所だと判断したのである。
「失礼します」
『失礼します!』
モニタールームの扉が開き、ウーノが一礼して中へと進む。
続く四人もその姿に倣って、軽く礼をした後にその背を追った。
中にはキーボードを叩く三人の人影。茶髪の女と紫色の髪をした女は、五人の入室にも気付かずにデータの処理を行いながら会話を交わしていた。
「……うーん。二人とも、完全に目的忘れてるね」
「これ、どうするんですか!? 出力リミッターが掛かっている状態でのデータ取りが主目的な簡易模擬戦なのに、これじゃシミュレーターへの被害が!」
「うん。どうしようか?」
「すずかさん!? 止められないんですか!!」
「なのはちゃんもアリサちゃんも、私より強いからね。……正直、一人じゃ無理かな。少なくとも、ゼスト副指令の応援がないと」
「副指令が来る時間って、式典三十分前じゃないですか! それから施設の調整するんですか!? 間に合わなくはないですけど、技術班への負担が酷くなりますよぉ!」
「……シャーリー。頑張って」
「そんな、すずかさんは!?」
「私、医療班の班長だから」
「デバイスマイスター資格もあるんですし、手伝ってくださいよ! 私一人じゃ、うちの班長も御せないんですから!」
喧々囂々と語り合う二人の女。茶髪に丸眼鏡と言う野暮な格好ながらも見目の良い女と、陸士制服がまるで社交界のドレスの様に見えてしまっている魔性の女。
技術班の副主任であるシャリオ・フィニーノと医療班の主任である月村すずかは、モニタ越しに映る戦闘を眺めながら、そんな会話をしていた。
そしてもう一人。残る一人は二人の系統違いな美女に囲まれていながら、一心不乱にタイピングを続ける男。
皺だらけの白衣を纏った紫髪の人物こそが、シャリオと言う才児を差し置いて技術班の主任となった人物。
「ふむ。ふむふむふむ。これは素晴らしい! リミッターによって、本来の出力の七十パーセントにまで最大出力が落ちていると言うのに、己の異能さえ満足に放てぬ現状だと言うのに圧倒的な馬力を見せるアリサ・バニングス! そしてそのアリサを先読みと魔法の技術だけで完全に圧倒している高町なのは! 現状は六対四で高町なのは優位と言う所だが、確率はあくまで目安。基礎性能の差は純然たる戦力差を生み出す程ではなく、故に其処には策略と言う要素が重要となる! 即ち、どちらが勝つか私にも読めないと言う事であり、故にこの対戦は実に興味深い。そもそも――」
「ドクター。楽しんでいる所、申し訳ありませんが。この子らに分かり易く現状の戦闘に簡略な説明をお願いします」
「――おや?」
振り返った白衣の人物を、新人の一人は知っていた。
「やあ、久し振りな子と、久し振りではなく初対面な子供達。ウーノが連れて来たと言う事は、研修の途中と言う形かな?」
知らぬ三人も、早口で捲し立てる壮絶な顔をした男を見れば、一目で彼が変人であると理解が出来た。
男は顔の筋肉が引き攣っているんじゃないかと疑問に思う程に、その端正な顔を崩した笑みで、ニヤリと笑いながら己の名を叫ぶ。
「私の名は、ドォクタァァァァッ! ジェェェェイィィルゥッスカリエェェェティッ!! 管理局の技術顧問兼、ロングアーチ技術班所属の技術主任さぁぁぁぁっ!」
「スカさん!」
〈マイスター!〉
『……うわぁ』
何処か嬉しそうに声を弾ませるトーマとスティード。
そんな一人と一機とは対象的に、余りにも濃すぎるその人物を見た三人の少女達はあからさまに嫌そうな顔をしていた。
「ハハハハハハッ! あからさまに嫌そうな顔をされてしまったねぇ! 相変わらず、冷たい目で見られてしまう! 無条件で信頼してくれる者など、我が友であるユーノとその弟子のトーマ君くらいだよ!」
「無理もないんじゃないですか?」
「残念でもなく、当然の結果だと思うけど」
「寧ろドクターは、友人が一人でもいらっしゃる幸運に感謝すべきかと」
「何だか女性陣の評価が酷過ぎるんだが、これは一体どういう事かね!?」
シャリオ。すずか。ウーノ。三人の女性から相次ぐ声に、笑いながらスカリエッティは疑問を吐露する。
その答えの理由が分からぬ事こそ、この男のこの男たる所以であろうか。
唯一人の少年を除いてそれを察した新人達は、苦労をしているであろう先達に同情の混じった視線を向けていた。
「いいからドクター。時間も押しているので、早く簡略な説明を」
冷たい視線でせっつく娘に、これが反抗期と言う物かと妙な感慨を抱きつつ、頼られたスカリエッティは嬉しげに今尚続く戦闘の解説を始めた。
「うむ。説明しよう! 今行われているのは、魔力制限下での全力行使が如何なる結果を生むか、同時にどの程度まで実力を制限されるか、その判断を行う模擬戦である!」
機動六課の分隊長として動く事になる二人。
高町なのは一等空尉。アリサ・バニングス執務官。
二人は今後、魔力リミッターがどの程度戦法を制限してしまうのかを判断する為に、模擬戦闘を行っていた。
唯の模擬戦闘の筈が、どう言う訳か双方共に熱くなり全力の激戦を繰り広げている有り様だが。
「現在の彼女達は魔力リミッターによる制限により、出力は平常時の三割減。さらに異能・歪みと言った能力も高純度の物は使用できず、余技や小技に限定されてしまっている! 故にこそ、我が娘は彼女らは全力ではないと語ったのであろう!」
「……つまりはそういう事です。彼女らが全力ではない。その理由が魔力制限と言う訳ですね」
「それでいて、そう。それでいて二人は共に素晴らしい結果を示している。三割減され、異能も使えぬ状況であの性能。やはり私の目に狂いはなかった! そもそも――」
「申し訳ありませんが、時間も押していますので、簡略にお願いします。ドクター」
「……二人共強い! 嬉しい! やったー!」
「一行で済みましたね。やれば出来るじゃないですか」
「何故だろうね。何で私が子供扱いされているのかね? 寧ろ君が私の娘ではないかね?」
機械の如き無表情ではなく、唯人の如き多彩な表情を見せるウーノ。
スカリエッティは口では愚痴を言いながらも、その表情は娘の成長を見て楽しげな物に変わっていた。
「あの、すずかさん」
「何かな、ティアナ」
そんな二人の遣り取りを訝しげに見詰めながら、ティアナはすずかへと声を掛ける。
「あの変な人。あからさまに変人なんですけど、本当に信用できるんですか?」
そんなある意味当然の疑問に、返る答えはこれまた当然の物。
「うん。全く出来ない。ぶっちゃけ怪しすぎるよね。シャーリーもそう思うでしょ」
「ええ。正直、次元犯罪全ての影にスカリエッティ主任が居て、裏で糸を引いていると言われても、ああそうか、としか言えない人ですからね」
にっこりと笑って、信など置けぬと断言する女性二名。信頼出来ぬ所か、信頼してはいけないと言わんばかりの態度に、子供達は首を傾げた。
「あのー。どうしてそんな人が、此処に居るんですか?」
「寧ろアレね。敵を敢えて身内に誘い込んで、とかそんな展開じゃないの?」
キャロが疑問を零し、ルーテシアがそんな推測を口にする。
隠す気もなく交わされる言葉を耳にして、スカリエッティはしょんぼりとした表情で小さく呟いた。
「……周囲の反応が解せぬ」
「ですから、残当な対応ですよ。ドクター」
残念でもなく当然の反応だ。そう返すウーノに、心当たりの山でもあるのか、スカリエッティは遠い目をして総司令部の反応を思い出す。
「……クロノ君もゼスト副指令もメガーヌ補佐官も、皆同じ様な反応だったからねぇ」
一体何を企んでいる? そう疑念を抱いた視線で詰問を向けて来る彼らは、しかしまだマシな方だった。
「グラシア女史に至っては、アコーズ君に思考捜査をさせた上に、嘘や隠し事を出来なくさせる精神操作魔法を掛けてくる始末だ!」
其処までする事は無いだろう。そう声を大にしてスカリエッティは語る。
折角新設部隊で好き勝手が出来ると思ったのに、念入りに無数の魔法を掛けられてしまえば遊び耽る事も出来やしない。
「お蔭で未だに嘘偽りは言えない状態なんだよ!? クロノ君も、その状態なら居て良いとか言うから解除も出来ないし……全く、正直に全てを話してしまった所為で、一体幾つの違法な実験施設を検挙されてしまった事か」
「……お兄ちゃん達の判断が残当過ぎる」
「寧ろ、何でこの人捕まってないんですか?」
「まず真っ先に、コイツを牢に入れるべきだよね」
「……スカさん。違法は不味いですよ」
〈マイスター〉
「アーハッハッハッ! 四面楚歌じゃないか!? 言われてしまったねぇぇぇぇっ!!」
「……ドクターは一度痛い目を見るべきかと」
主治医として、製作者として、慕っているトーマとスティードからも非難の視線を受けて、スカリエッティは笑って誤魔化す。
そんな父の姿に、数年以上前から彼専属として付き従っていたウーノは、呆れた溜息を漏らすのであった。
「ま、兎も角だ。今後、諸君らのデバイスなどはシャリオ君と私が手を加えていく形となる。安心したまえ、精神魔法の一種で余計な事は出来なくされてるから、余計な事はしないさ。余計な事したいんだがねぇ。……誰か立候補者はいないかね。魔法契約の内容的に、相手の同意があれば余計な事が出来るんだが」
『絶対にNo!』
自爆装置とか付けたいんだが、とぼそりと呟くスカリエッティに、子供達は満場一致で拒絶を示した。
嫌われた物だと苦笑する白衣の男を余所に、ウーノは時計を確認すると一礼する。
「それでは、そろそろ失礼します」
まだ回る場所は複数ある。これ以上時間を取っては居られない。
そんな彼女の言葉に、モニタールームの三人はそれぞれの言葉を返した。
「うむ。また顔を見せてくれ」
「この人に付き合うの疲れるんですよ。新人の君達も、偶には相手してね。……誰かが犠牲になれば、きっと主任も静かになる筈ですから」
「……シャーリーは無理を言わないの。皆も気にしないで良いから、引き続き研修頑張ってね」
そんな三人の声に押されて、新人達はウーノと共に訓練施設を後にした。
3.
そうして訪れた昼休み。空席が目立つ大食堂の片隅で、四人は食事をとっていた。
「……それにしても、身内が多過ぎでしょ。この部隊」
「えっと、何か問題でもあるんですか?」
スパゲッティをフォークで絡め捕りながらぼやくティアナに、大きめのオムライス相手に格闘していたキャロはケチャップ塗れの顔に疑問符を浮かべた。
「信頼のおける人物を中心に集める。その理由も研修中に説明受けましたし、特に何か、えっと上手く言えないんですけど、不都合が在る様には思えないです」
ルーテシアに口元を拭われながら、小首を傾げたキャロはそう語る。
機動六課の設立理由も、内容こそ明かされていないがレアスキルによる予言の存在も既に教えられている。
それを思うならば、多少実力に劣れど信頼に足る人間だけで前線を固めるのは、彼女としては納得の出来る理由であった。
「軍事的に見れば問題だらけよ。身内で固めた仲良し部隊なんて、周囲から反発を喰らうのは当然だし、連帯感が強すぎていざと言う時に必要な命令が下せない危険性もある。前線に居る男が年頃のトーマ一人ってのも問題だし、ぶっちゃけ粗を上げたらキリがないわ」
そんなキャロの姿に笑みを零しつつ、ティアナは六課の問題点を上げる。
その全容は未だ分からないが、今まで出会った人の数は少数。特に実働部隊であるフォアード陣営に至っては、自分達四人しかいないのだ。
別の場所で研修を行っている可能性はなくもないが、そうする意味がない以上は限りなく低い。そう考えるならば、今までに見た物が六課の全てと言えるであろう。
「けど、そんな若輩の私達でも気付く事なんて、お兄ちゃ――ハラオウン提督達が気付かない訳がないのよ」
思わず兄と呼びそうになり、咳払いをして言い直す。
陸士部隊で育ったとは言え、今年初めて局員として任官したキャロとルーテシアは勿論の事。
災害担当課で一年しか過ごしていないティアナとトーマの二人も経験と言う点では不足が過ぎる。
「詰まりは気付いて、そうしている事。そうするしかない事、それが一番の問題なの」
「えっと、御免、ティア。何言いたいのか分かんない」
「ったく、この馬鹿トーマは」
大盛りラーメンを平らげたトーマが、会話に付いて行けないと首を捻る。
そんな相棒の姿に、一応とは言え年少二人が付いて来ているからこそ、ティアナは頭を抱えながら簡単に説明した。
「良い? そんな諸々の反発を受けるであろう面子を集める必要があった。それは逆に言うと、四方八方手を尽くしても、そんな面子しか集められなかったって事でしょう?」
それは最悪の可能性の一つ。考えたくもないが、あり得てもおかしくない一つの現実。
「終末の予言に対するカウンターとして用意された特殊部隊。その構成員に選べる程の信頼がおける人材が、これしかいなかった事が問題なの」
そう。機動六課が真に最終防衛線ならば、その人員はもっと相応しい者らを選ばなくてはならないのではないだろうか。
それをしない、のではなく、出来ないとするのならば。
「管理局の殆どが信頼出来ないって事でしょ、それ。……下手したら、機動六課以外の全ての部隊が敵に回るかも知れないのよ」
「そんな!? 父さんの108部隊や、卒業後に所属した陸士386災害対策部隊は皆信頼できる良い人達だったじゃないか!?」
「声が大きい! 馬鹿トーマ!!」
幾ら隊舎とは言え、誰が聞いているか分からない。
大声を上げる相棒の口を抑えながら、ティアナは鋭い目付きで言い聞かせる。
「それに、黒なんて言い切っていないでしょ。最悪の可能性を言っただけよ」
そうは言いつつも、この部署以外は敵なのではないかと思いつつある。
まだ黒ではないが、黒でないだけ。本当に頼れるのは、外部にはごく一部しかいないのだろうと断じていた。
「……つまり、纏めると、ティアナはこの部隊の前途は多難だって言いたい訳?」
「ま、平たく言うとね。……全く、頭痛くなってくるわ」
ルーテシアの総括に溜息を返して、ティアナは皿に残った最後の一本を口に含む。
ミートソースのパスタは何処ぞの一流店の如くに美味であり、それが追い詰められつつある精神には僅かな救いとなっていた。
そんな風に暗くなってしまう四人。彼らが席に着く食卓の上に、横手から美味しそうなケーキと湯気を立てる珈琲が差し入れられた。
「そんなに悩んでも、余り良い考えは浮かばないよ」
「っ!?」
聞かれていたのか、そう驚愕を表情に浮かべたティアナは慌てて、その差し出された手の持ち主を見上げた。
サラサラとした金髪に優しげな笑み。透き通った緑の瞳に、スマートながらも華奢ではない身体付きのその人物は、ティアナも良く知る人であった。
「先生!?」
「ユーノさん!?」
トーマとティアナが、この場に居る筈がない人物の姿に、椅子から立ち上がって驚愕を零す。
「知り合い、ですか?」
「ええ、恩師と言うか、尊敬に値する大人の一人ね」
問い掛けるキャロに、ティアナは簡潔に答える。何故彼が此処に居るのかと思考するティアナを余所に、トーマは考えなしに直接問い掛けた。
「先生、此処で何してるんですか!?」
「見て分からないかい?」
「分かりません!」
「……君はもう少し、熟考する癖を付けようね。トーマ」
一秒と間を置かずに元気良く返される言葉に、ユーノは苦笑を浮かべながらも此処に居る理由を口にする。
「食堂で食事を作ってるんだよ。……アイツからの要請でね。外部からの出向扱いで、まあ食堂を一つ任されている訳さ」
自分の胸にある桜屋と印字されたピンクのエプロン。
それを見せながら、食堂の主となった青年はにこやかに告げる。
「そんな訳で、これはサービス」
色取り取りのケーキと、香ばしい香りの珈琲。
子供向けにミルクと砂糖を用意して、商売上手な料理人は口にする。
「食堂は三時まで、それから六時までは喫茶店として経営してるんだ。喫茶桜屋・機動六課出張店。気に入ったなら、休憩時間にでも食べに来てね」
「ちゃ、ちゃっかりしてますね」
「ははは、原価度外視の商売だからね。それこそ薄利多売さ。ま、クロノの奴から幾らでも材料費を絞り取れる契約だからね。料理人としての技術を磨く心算でのんびりやっていこうと思っているよ」
そんな先達の姿にティアナは頬を引き攣らせて、残る三人は目の前の美味しそうな洋菓子に我慢が出来ずに手を伸ばして行く。
お前は十歳児と同じか、と相棒の行動に呆れる。
それでも、彼女もスイーツは好みだ。なまじ普段は禁欲的な生活を送っている分、偶には良いかとチョコレートのケーキに手を伸ばした。
「美味しい」
「それは何より、美味しい物と味わい深い珈琲を口にすれば、大抵の不安は誤魔化せる物さ」
思わず口を零れた感嘆の呟きに、大人は笑って賢しい子供の頭を撫でる。
「それにね、ティアナ。……君の推測は、的外れさ」
「え? それって」
その言葉の真意は何か。問い掛けようとしたティアナの声は館内に流れる放送に遮られる結果となった。
〈本基地に所属する全管理局員に告ぐ。こちらは総司令部所属、副指令のゼスト・グランガイツ一等陸佐だ〉
その声を聞いて、ショートケーキを齧っていたキャロはお父さんと顔を上げる。
〈これより訓練施設内にて、陸戦用空間シミュレーターを利用した式典を執り行う〉
対してルーテシアとトーマは目の前の甘味に夢中になり、コイツ等聞いてないだろうとティアナを呆れさせる。
〈これは外部より多くの報道関係者も参列する一大式典だ。だから、と言う訳でもないが、皆管理局員である事をしっかりと自覚した上で訓練場へと集合するように。以上だ〉
必要最低限の事のみを告げた館内放送。その声が途切れると同時に、ユーノは穏やかに微笑みながらティアナの背中を軽く押した。
「……さっきの言葉は」
「何、直ぐに分かるさ」
答える気はないのだろう。そんな風に笑みを絶やさない男の意志を理解したティアナは、甘味を食べ続ける子供三人の頭を軽く叩いた。
「……行くわよ。三人とも」
「え? まだケーキ……」
「そんなの、後でにしなさい!」
式典にはまだ時間があると言うのにティアナは動き出す。
「さ、休憩と仕事はきっちりと分けるんだよ。……襟首を正して、いってらっしゃい」
未練たらたらな三人の子供に食堂の主はとっておくからと苦笑して、小さくなっていく彼らを見送った。
晴天の下、シミュレーター装置によって再現された巨大な会場。その壇上に和装の青年が立つ。
傍らには司令部付きの局員達。准尉以上の階級保持者。当基地内でも有数の役職者の姿がある。
彼の声を待ち望むは、これより彼の指揮下に入る者達。その総数は千に近い。
これが此の三年で得た成果。カリム・グラシア。レジアス・ゲイズ。その二人に持ちかけられた道化の役割。
クロノの尽力によって、無数の政治工作によって、彼らの想定を超える形で実現した英雄が指揮する総戦力。
分隊規模ではなく連隊に準ずる規模。その総数を見て、ティアナはユーノが語った的外れと言う言葉の意味を理解した。
そう。六課が全てではない。少人数の特殊部隊である六課以外にも、味方は確かに存在していたのである。
「本日、この恵まれた天候の中、お集まり頂けた諸兄らに対して、暫しお時間を頂きたいと思う」
前方に居並ぶ人の群れ。パシャパシャと切られるシャッター音。
無数のカメラとマイクが一瞬たりとも逃さぬと周囲を囲む中、集まった人々より感じる熱気に気圧される事は無く、壇上の青年は英雄としての仮面を被って強く語る。
「私はクロノ・ハラオウン。今日、この日より新設される“機動六課”の総司令官。並びに“古代遺産管理部”改め、本日付で“古代遺産管理局”の本部となるこの基地の初代局長を務めさせて頂く男だ」
己を強く示す。己を大きく見せる。
青年が独力で、完全に掌握した古代遺産管理部。その名称を変更する事こそ外部にも伝えてられているが、その名を正式に口にするのはこれが初めて。
管理局の名を騙る。己こそが局長だと示す。後援者達すら知らないそれは、クロノ・ハラオウン提督の大胆にも程がある宣戦布告。
「一課から五課までの通常機動部隊計五百名。後方支援部隊ロングアーチ所属計四百名。そして特務部隊機動六課所属実動員計九名」
そう。彼の下にあるは、六課のみに非ず。特殊部隊である彼らと、通常戦力である五百名。そんな前線部隊を後方より多角的に援護するロングアーチと言う支援部隊四百名。
それこそが、クロノが手にした新勢力。
時空管理局を変える。友との約束を果たす為の古代遺産管理局。
「若干、千名に届かぬ総数。基地規模を考えれば、少ない人数と言わざるを得んだろう」
圧倒的な物量を誇る時空管理局。圧倒的な質を誇る大天魔。どちらに対しても、未だ不足した規模でしかない。
だが。
「だが私は知っている。諸君らの瞳に宿りし意志を、諸君らの胸に宿りし誇りを、諸君らが強き魂を持つ者らであると確かに知っている。ならば何故、足りない等と言えようか!」
選ばれし千名弱は、真に信頼の置ける者達。
その瞳に意志を、その胸に誇りを、強き魂を以って世界を良くして行けるであろうと確信出来る同胞達。
ならば何故、足りないと言えようか。
「故に、私が此処で宣言するのは唯一つ」
これはパフォーマンスだ。呼び込んだ報道機関を通じて、反逆の意志を此処に示す。
「強く誇り高き管理局員達よ。諸君らが胸に抱いた想いを、その願いを忘れるな!」
これは彼の切なる叫びだ。唯のパフォーマンスではない。確かな意志が、確かな願いが込められている。
「強き意志の下、強き願いを胸に、傍らの友と、如何なる地獄であろうと進んでいけ!」
欲深き者達よ。管理局の上層に巣くう悪しき蛇よ。
何時までも、我らを思うがままに出来ると思うなよ。
「一人一人の手は小さくとも、重ね合わせて前を見れば、きっとその手は避けられぬ滅びすら超えていけるであろう!」
偽りの神々よ。古き世を生きた英雄の残骸達よ。
何時までも、我らが唯、されるがままに居ると思うなよ。
「これより、特務部隊機動六課結成と古代遺産管理局の正式始動を宣言させて頂く!」
そう。今日この日に宣言するのだ。
そう。今日この日より変わっていくのだ。
「我々の戦いは、今日、この日より始まるのだ!」
その場に居た者らは熱を共有する。同じ夢を垣間見る。
確信があった。きっと変わっていけるのだと。
確かに抱いた。この先には希望があるのだと。
トーマは蒼き瞳で壇上を見上げる。
ティアナは焦がれるが如き瞳で壇上を見上げる。
キャロはその小さな手を強く握り締める。
ルーテシアはその熱狂の渦に笑みを浮かべる。
後に英雄宣言と呼ばれる事になる演説。
ミッドチルダは愚か、管理世界全土に流された放送。
それは確かに、管理世界全ての生きる人々に、未来の可能性を予感させた。
今は未だ歩き始めたばかりでも、それでも確かに道の先に希望は見えていたのだった。
まったく、小学生は最高だぜ!(原作トーマが実際に言った台詞)
そんな訳で機動六課結成。
原作より規模が大きいのは、三年の準備期間中に監禁から解放されたクロスケがはっちゃけた所為。
古代遺産管理部まるまる乗っ取って、ロングアーチを完全な後方支援部隊として六課より分裂させた。
結果として、正式な六課メンバーは非常に少なくなってたりします。部隊長のクロスケと前線の分隊メンバーくらいしかいないです。
遺産管理局と改名したけど、正式な所属はまだ時空管理局の一部門だったりします。
○現時点での大体の等級(割りとテキトー)
・計測不能域 魔刃エリオ ザフィーラ。
・拾等級相当 クロノ 魔群 魔鏡
・玖等級相当 なのは ゼスト
・捌等級相当 アリサ ユーノ
・漆等級相当 すずか
・陸等級相当 メガーヌ
・伍等級相当 トーマ
・参等級相当 ティアナ キャロ ルーテシア
備考:
○練炭汚染中のトーマは計測不能域。エクリプスの毒の強制力は常時計測不能域。
○魔刃エリオは腐炎を使用している状態で既に計測不能域。腐炎なしだと玖等級。
○高町なのはは大獄の地獄内では計測不能域になる。平時は玖相当で反天使よりは弱い。
○ユーノは陽の武芸は捌等級だが総合力は低い。なので漆等級のすずかより強いと言う訳ではない。