リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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Q.これはトーマですか?
A.いいえ、TSスバルのロートス風味です。


そんな訓練校編開幕です。


空白期3
訓練校の少年少女編第一話 次世代の子供達


1.

 コポコポとサイフォンから小さな音が零れる中、机の上に広げられた紙の書類に筆を走らせる。

 

 

「クロノ」

 

 

 小さな音が乱す静寂の中、執務室の主である黒髪の青年は客人である金髪の青年に声を掛けられて顔を上げた。

 

 

「ほら、出来たよ」

 

「ああ、悪いな」

 

 

 つい先日に二十歳を超えたばかりの若輩。

 提督としても、准将としても最年少記録を保持している鳥籠の英雄は、差し出されたカップを手に取った。

 

 

 

 受け取ったカップから香る芳醇な香りを暫し楽しんだ後、彼はゆっくりと口を付ける。

 鼻孔をくすぐる良き香りと、深い味わいに、クロノ・ハラオウンはほうと息を吐いて表情を和らげた。

 

 

「うん。旨いな」

 

「そりゃどうも」

 

 

 味を堪能する若き提督に、金髪の青年はおざなりに返す。

 

 優しげな顔立ちだが、服の上からでも分かる程度に筋肉の発達した体は、細身でありながらも弱弱しさと言う物を感じさせない。

 

 優しげでありながらも儚げではない。まるで仙道の如き澄んだ瞳を持つ金髪の青年は、どこか気だるげに口を開いた。

 

 

「いい加減さ、店仕舞いの日に呼び出すの止めろよ。毎回、毎回、休みの度に呼びつけやがって、僕はお前専属の茶坊主じゃないぞ」

 

 

 客人として呼びつけながら、珈琲を淹れさせると言う所業。

 

 毎度毎度遠慮もなく要求をぶつけて来る友人にいい加減にしろと白けた瞳を向けるのは、クロノと七年来の付き合いになる親友にして悪友である人物。ユーノ・スクライアであった。

 

 

「そう言うな。僕はここから出られないんだから、お前に来てもらわんとこれが飲めん。香りと旨味を殺さずに濃い珈琲を淹れられるのはお前くらいだ。……戦闘機人や秘書官じゃこうはいかなくてな」

 

「……そんな泥みたいに苦みがキツいのを好んで飲むのはお前くらいだよ」

 

 

 実際本意じゃないんだよ、とユーノは語る。

 彼の好みに合わせて淹れられた珈琲は、ユーノ視点で見ると落第も良い所な出来だ。

 

 強すぎる苦みが、どれだけ旨味を殺していると思っているんだ。

 そう語る彼の不満は休日に呼び出される事よりも、辛うじて店頭に並べられる程度の精度しかない珈琲を強請られる点にあるのかもしれない。

 

 珈琲の旨い喫茶店で通っている店の主としては、色々と拘りがある訳だ。

 

 

「出張割り増しで金払うから見逃してくれ」

 

「……通常料金で良いさ。友人から絞り取ろうとは思わないよ。呼び出した分は貸し一って事にしておいてやる」

 

「それだと、僕は貸しをどれだけ重ねていく事になるやら」

 

「おい。また呼ぶ気か、馬鹿野郎」

 

 

 そんな風に憎まれ口を叩きながらも、こうして態々呼び出しに応じている辺りに口調とは裏腹な感情もあるのであろう。

 

 律義さや人の良さだけで、軟禁されている人物の我儘にこうも付き合えるような物ではない。

 苛立った口調とは裏腹に、友人と語り合う表情は何処か楽しげな色を宿していたのだった。

 

 

 

「済まんな、ユーノ」

 

「……なんだよ、急に」

 

「これでも、時間を浪費させている自覚はあるんだ。……だが、こう気の休まらない事が起きると、こんな珈琲みたいな癒しが欲しくなる。……多少は見逃してくれると有難い」

 

 

 珈琲を口にして息を吐くクロノは、何処か疲れているような印象を与えていた。

 

 

「何かあったのか?」

 

 

 友人の零した珍しい弱音に、ユーノは疑問を投げ掛ける。

 

 先日訪れた際には、政治工作が上手くいって漸くに外部の人間を動かせるようになったと喜んでいたクロノ。

 

 未だ続く軟禁状態でありながら、手足耳目として動かせる人員を得た事で一歩前進した彼が、あれから一週間しか経っていないと言うのに、こうして弱音を晒している。

 

 そこに何かあったのかと疑問を抱くのは、ある意味当然の事であろう。

 

 

「……自業自得なんだが、気の重くなる事があって、な」

 

 

 珈琲を飲み終えたクロノが静かに呟く。それは語り掛けると言うよりかは、内に籠った感情を吐き出すような言葉。

 

 思わず吐露された感情は、やらなくてはいけない事を忘れていた男の悔恨であった。

 

 

「……忘れていた、僕の罪。その清算をしなくてはならないと言うのに、それが出来ない。それを望まれていないんだ」

 

「忘れていた罪?」

 

 

 気付いた時には、もう手遅れだった事。託され、任されたと言うのに、今まで気にも留めていなかった事。

 

 それは紛れもなく、クロノ・ハラオウンの罪科であった。

 

 

「アイツに任されたと言うのに、僕は今までずっと忘れていた。怒り狂って、憎悪に迷って、自分の事だけしか見ていなかったと思い知らされたよ」

 

 

 机に置かれた紙をクロノはユーノに見せる。

 その文字が多く書かれた書類には、ユーノも見知った少女の写真が添付されていた。

 

 

「訓練校の入学書類? ……この子は」

 

 

 その証明写真に映る金髪の少女の姿を、ユーノは知っている。

 

 直接の面識は数度、関係はそれ程に濃くはない。

 だが、妹思いの兄に愛されたその少女の事は、戦いの中で散って逝った人に守られた少女の事は、確かに記憶に残っていた。

 

 

「ティアナ・ランスター」

 

 

 ユーノが懐かしさを込めてその名を呟く。それと同時に、クロノは深く溜息を零した。

 

 

 

 リンディ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタ。

 最愛の家族達を腐毒の王に奪われたあの日、黒き少年は怒りと憎悪に身を任せて暴れ回った。

 

 その後、目の前の青年に止められて、自身の未熟を恥じた後の大天魔との戦い。

 其処で彼は限界を超え、その対価として三年間の封印刑を受ける事となった。

 

 それから四年。

 軟禁状態が続いていた彼は、政治工作の結果として漸く外部の人を動かすだけの権限を得た。

 

 未だ地上本部を出られぬ身であるが、人を雇い実際に動かす事が出来るだけの権限は得ているのだ。

 

 そうして漸く、クロノは母の遺品整理を行えるようになった。

 自身が直接触れる事は出来ないが、漸く遺された物の全てを把握出来たのだ。

 

 

 

 つい先日に行われた実家の家探し。

 其処でクロノの手の者が一つの書類を発見する。

 

 リンディ・ハラオウンが残していたその書類は忘れていた少女、ティアナ・ランスターの進退に深く関わる物であった。

 

 

「……全く、もっと早くに気付けと言う」

 

 

 それは養子縁組の申請書類。

 リンディとティアナが交わしたであろう、ハラオウン家の下へと身を寄せる為の合意書。

 

 四年以上の歳月を経て漸く見つかったのは、果たされずに残っていた約束であった。

 

 

「遠縁とは言え親類が居るのに、ティーダの奴がどうしてそれに頼らずに二人暮らしをしていたのか、考えて見れば当然だった」

 

 

 まだ若いティーダが幼い子供を育てるのにどれ程苦労したのか、それでも両親の死後に誰かに頼らずに少女を一人で育てていたのは、頼れる人が居なかったからなのだろう。

 

 遠縁の親類とやらが、信に当たらぬ人物だから、彼は独力で家庭を支えていたのだ。

 

 そんな彼だからこそ、死の瞬間に頼れる友人に後事を託した。

 腐り落ちる間際に望んだのは、残される妹の未来だったのだ。

 

 クロノの後悔とは、そんな兄と妹。双方の思いを裏切ってしまった事から来ている。

 

 士官学校時代からの友人であり、兄妹の双方とも関わりが深かった彼だからこそ、その遺志を守れなかった事を今更ながらに悔やんでいる。

 

 時間がなかった、などと言い訳は出来ない。

 あの日、奴奈比売に挑む前にクラナガンに戻った時、確かに時間はあったのだ。

 

 母や恋人の墓参りより前に、或いはグレアムの下に向かう前に、千の瞳の許可を得る前に、一瞬だけでも自宅に戻って母の書斎を覗き込んでいれば気付けていたのだ。

 

 唯、家に帰ると立ち上がる為の意志が折れてしまうかもしれなかったから、がむしゃらに動いた。

 

 その結果が、友とその忘れ形見を裏切っていたと言う現状を生んでいた。

 

 

「クロノ」

 

 

 写真に写った少女の姿。その瞳は、以前に見た色とは違い、暗く淀んでいる。

 彼女の遠い親類が、彼女をどう扱っていたのか、それを見れば聞かずとも分かった。それをこの目の前の青年が、どれ程重く受け止めているのかも。

 

 

「親権の手続きで、人をやった。先方は幾許かの金銭で、親権をあっさりと譲ったよ。……単純に邪険にされていた、そんな話で済めば良いんだがな」

 

 

 金銭で売られる形となった少女は、クロノの配下に対して特に何かを言う事はなかった。

 

 兄と同じ家名を名前に残したい事、そして管理局の訓練校へと入りたいから保護者としての署名が欲しい事、それを希望した。それだけしか、口にしてはくれなかった。

 

 

「あの子に直接会おうと申し出たんだが、返答はまだない。会いたいとも、会いたくないとも、どちらとも」

 

 

 その少女がどれ程に鬱屈した思いを抱えているか。未だ直接会っていないクロノには分からない。

 

 クロノから会いに行くことは叶わず、代理人を介した遣り取り以外を少女が望まない故に会う事も出来ないのが現状だった。

 

 

「あの子が望んだのは、それに判をしてくれという、そんなちっぽけな事だけだった」

 

 

 結局、管理局入りを希望した少女の為に、こうして訓練校への手続き書類に保護者として判をする事だけが、クロノに出来る全てであった。

 

 

 

 リンディが居た頃は、機微に長けた彼女が少女を一人にはせず、様々な場所へと連れ出していた。

 ユーノの大会などで、リンディに手を引かれて歩いていた少女は、何処か不満を浮かべつつも確かに和らいだ表情も度々見せていたのだ。

 

 だが、それも写真に写った少女には残っていない。

 

 リンディの死後は、彼女の代わりに少女の手を引く者が居なかった。

 その役割を果たすべき青年が、それを引き継いでいなかったのだから。

 

 

 

 結局、リンディとティアナの約束は果たされず、彼女は遠縁の親戚へと引き取られていった。

 

 彼女がどんな思いで、リンディの事を待っていたのか。

 そして、決して迎えに来る事のなかったハラオウン親子にどんな感情を抱いているのか、クロノには見当も付かない。

 

 唯一つ分かる事は、一人残された少女が、もう誰かを信じる事を止めてしまったのであろう事だけ。

 

 約束を破られた彼女が、酷く荒んだ瞳をしているのは、なまじ救いの手が差し伸べられ、それを握り返そうとしていた所で消えてしまったが故であろう。

 

 最初から何もなければ、彼女はこれ程に追い詰められなかった筈だ。

 救いの手があったからこそ、それが目前で消えてしまったからこそ、ティアナの闇は深いのだ。

 

 

「頼む、友人にそう言われて置きながら、この様だ」

 

「……」

 

 

 無様だな、そう自嘲するクロノに、ユーノは敢えて何も口にしない。

 

 彼も思う所はある。関係が薄かったとは言え、少女の事を今の今まで忘却したまま、気にも留めた事がなかった自身を薄情に感じている。

 

 精神的に追い詰められていた当時のクロノが、自己を責めるのは違うだろうとも思っている。

 

 それでも、そんな慰めを友人は求めていないだろうと感じた。

 彼に必要な言葉は何であるかも分かっていたから、そんな軽い言葉は口にしない。

 

 

 

 言うべき言葉を言う前に、空になったカップに珈琲を継ぎ足す。

 

 今は唯、疲れ切った様子の友人を休ませる為に。

 

 

 

 

 

2.

「次! ティアナ・L・ハラオウン!」

 

「はいっ!」

 

 

 第四陸士訓練校。その広い訓練室の中で、名を呼ばれた少女が右手のアンカーガンにて標的を射抜いて行く。

 

 華麗に身を翻して仮想敵の射撃を回避しながら、魔力弾を当てて一つずつ確実に落として行く。

 

 小手先の技術や際物めいた何かがある訳ではない。純粋な練度の高さによって与えられた課題を達成していくオレンジの髪の少女。

 

 心身共に状態は最悪と言って良い程に落ち込んでいるが、そんな素振りなど欠片も見せずに、周囲には優れた技術だけを見せ付けていた。

 

 

 

 課題として用意された標的を全滅させて、ティアナ・L・ハラオウンはバリアジャケットを解除する。

 

 タイムレコード更新。

 標的撃破の際の行動などを数値付けした評価が、電子の掲示板に発表される。

 

 これまでに名を呼ばれた数人の成績をあっさりと塗り替え、一躍トップに躍り出る程の活躍を示したティアナ。

 

 しかし周囲は、彼女に歓声を向ける事は無かった。

 

 ここが管理局の訓練校だから、と言う理由だけではない。

 そんな事情では説明できない程に、彼らのティアナを見る瞳は冷たい。

 

 そこにあるのは、嫌悪と嫉妬が入り混じった色。どうしてアイツが、と言う反感の意志であった。

 

 

(下らない)

 

 

 そんな周囲の反応を、訓練場の外周に用意された座席に戻りながら、ティアナは内心で侮蔑する。己を高めようとせずに他者を妬む彼らを、下らないと見下していた。

 

 

 

 月に一度の定期考査。筆記試験と実技試験が、この訓練校では月に一度のペースで行われる。

 

 今この場において彼女が体験していたのは、入学してから三度目になる実技試験であった。

 

 ティアナは元々、この陸士訓練校に入学する心算はなかった。

 

 兄が学んだ場所であり、“あの人”が学んだ場所。俗に言うエリートが所属する事になる士官学校への入学を希望していた。

 

 だが、その試験を突破出来なかった。

 

 空戦適正の不足。自身の知識不足。それまでの保護者と折り合いが悪かった為に、魔法技術を余り学べなかった。

 

 そんな理由を重ねたとて言い訳だ。

 結局は実力も才能も、何もかもが足りていなかっただけである。

 

 そうティアナは自身を断じている。

 

 保護者代わりの人物は、自分の権限を使えば在籍させられると語っていたが、それは望まなかった。

 

 あの人に頼りたくないと言う感情と、才能もない自分が其処に進んでも何の意味もないと言う理性的な判断で、ティアナはその善意を拒絶したのだ。

 

 

(私は凡人だ。才能なんて欠片もない。英雄になった“あの人”とは、比べ物にすらならない無能だ)

 

 

 だからこそ努力した。だからこそ努力を続けている。

 

 自身が一番努力しているとは思えない。結局、才能と言う壁は努力では超えられないと分かっている。

 

 それでも、誰でも出来る事を直向き重ねる彼女だからこそ、安易な嫉妬に流されている周囲を蔑視していた。

 

 

(凡人の私に勝てない。当たり前の努力しかしていない私に負ける。……それはアンタらが遊んでばかりいるからよ)

 

 

 友達と語り合って無駄な時間を過ごす。

 下らない娯楽に時間を割いて、折角の好機をふいにする。

 

 そんな彼らの、与えられた才能をゴミ箱に捨てているかのような行いに、ティアナは蔑みの意志を隠さない。

 

 寝食以外の時間を、鍛錬か読書かデバイスの管理に当てている。

 読む本は自身の糧になる物に限っているし、授業の内容はその日の内に体に染み込ませる程に復習している。

 

 デバイス関係の知識は常に新しい物を取り入れるし、自作したアンカーガンの出来には多少は自信もある。

 

 才能のない自分が上を目指すには、そのくらいしなければ嘘だ。望んだ目的を果たす為には、その程度しなくては真摯さに欠けているであろう。

 

 そう判断するティアナは、そんな努力程度で自分の後塵を拝している彼らに学ぶべき場所など欠片たりとも存在していないと確信している。

 

 そんな意思を憚らずに公言する少女は、入学から三ヶ月もしない内にすっかり嫌われ者となっていた。

 

 

(別に良いわ。アンタらと居る時間なんて、無価値だもの)

 

 

 唯漫然と陸士を目指す質の悪い学生達。戦場を行く事を目指して学ぶのに、遊び気分が抜けない者達。

 

 あんな奴らと絡んでいても、自分の質が下がるだけだ。

 明確な目的がある自分にとって、あれらを敵に回す利はあっても、味方にする価値はない。

 

 

(精々敵視すると良いわ。多種多様な妨害に対する経験が積めるもの)

 

 

 そう。その程度の価値しか認めていない。

 そんな程度の低い者らと思っているからこそ。

 

 

「次! トーマ・ナカジマ!」

 

「はいっ!」

 

 

 名を呼ばれ、元気良く声を上げる茶髪の少年を、ティアナ・L・ハラオウンは無視出来ないのだ。

 

 

 

 教官の指示の下、茶髪の少年が仮想敵へと向かって行く。

 紫色をしたアームドデバイスを両手に付けた少年が見せるは、ストライクアーツと言う格闘技だ。

 

 ミッドチルダで広く普及している格闘術。それとは何処か違う独特な動きを織り交ぜた体術で、少年は次から次へと標的を落として行く。

 

 近接一辺倒ではなく、時折射撃魔法や捕縛魔法を絡めながら行われる高速機動戦闘は、ティアナや教官も含め、皆を感嘆させる程の練度であった。

 

 近接戦闘能力が純粋に高く、マルチタスクの扱いも上手い。

 射撃魔法はお粗末な性能だが、それを補って余りある程に使い方が上手いのだ。

 

 

 

 定期試験が終わる。

 

 当然の如く、実技試験一位はトーマ・ナカジマだ。

 二位のティアナに大差を付けて、彼はトップを独占するのだ。

 

 これまでの二回と同じ様に。

 

 そんな彼に向けられる周囲の反応は、ティアナのそれとは百八十度違っていた。

 

 

「流石だな、トーマ!」

 

「凄いよっ! ナカジマ君!」

 

「あ、あはは、ありがと」

 

 

 休み時間を迎えた訓練場、着替えにも戻らずに人の群れが彼の下へと向かって行く。

 男女を問わず、多くの人が少年の下へと集まり輪を作り、もみくちゃにして笑い声を上げる。

 

 その活躍に対して妬みも僻みも当然あるだろう。妬むと言う感情は人である限り捨てられない物だ。

 

 だが、そんな感情以上に、対等の立場に立って笑う少年の姿に対して、誰もが友好の色を見せていたのだ。

 

 

 

 ティアナは知っている。

 それは彼女とは違い、彼が社交的だからだ。

 周囲を見下す事無く、どんな相手とでも対等に語り合っているのを知っている。

 

 ティアナは見た事がある。

 トーマと言う少年が他の劣等達と共に遊び歩く姿を、訓練校を勝手に抜け出しては、仲間を庇って一人だけ教官に罰されている姿を見たことがある。

 

 ティアナは見た事がない。

 何時も遅くまで訓練場や校庭を使用して訓練に励んでいる彼女は、同じ場所でトーマが自主訓練を行っている姿を見たことがなかった。

 

 時間を無駄に浪費して、努力する姿を見せず、それでいてティアナをあっさりと置き去りにしていくその少年。

 

 ティアナは理解する。彼は天才と言うべき人種だと。凡人でしかない自分とは違うのだと。否が応にも、そう分からせるのだ。

 

 あんな下らない者らとつるんでいるのに、圧倒的な才を見せる少年。

 自分の努力を無駄だと、結局才能には勝てないのだと見せ付けて来るようで、だからこそティアナはトーマと言う存在を無視する事が出来なかった。

 

 

「やっぱりトーマは凄いよな。……あのハラオウンの奴の顔、見てたかよ」

 

「っ!」

 

 

 そんな天才の取り巻き達は、秀才にも成れない凡人をやり玉に上げる。

 

 努力しても二番手にしかなれない少女を、普段は己達を見下しているいけ好かない少女を、ここぞとばかりに罵倒した。

 

 

「うん。何時ものスカした顔が青ざめて、すっごくスッとした」

 

「アイツ、人を馬鹿にしていてムカつくんだよな」

 

 

 それは或いは当然の反応だ。

 蔑視し、蔑んでいるからこそ、返って来る情は悪意となる。

 

 悪意を持つ者らは、隙あらば責めたてるのが自然と言えよう。

 

 ティアナは歯噛みする。

 その言葉に、ではない。彼らの悪意になど頓着しない。

 

 彼女が己を抑え付けようとするのは、忌々しいあの天才の反応が簡単に予想出来てしまうからであった。

 

 

「ストップだよ、皆。……先生曰く、誰かを否定するのは良いけど、やるなら面と向かって一対一で、だ。皆で陰口を叩くのは、正直余り好きじゃない」

 

 

 中心人物に叱責されて、取り巻き達が頭を下げる。

 そんな彼らに謝る相手が違うだろう、と返して、トーマはティアナの下へと歩を踏み出した。

 

 

「悪い、ハラオウン。嫌な思い、したろ?」

 

「……ええ、今現在進行形でね」

 

 

 これが嫌なのだ。

 

 この少年は、一本筋が通っている。

 頭を下げる少年には、悪意も蔑みもありはしない。

 

 蔑みや憐れみのような色があれば、反骨心で立ち向かえるだろう。

 才能を鼻に掛けるような姿を晒してくれれば、あるいは納得出来たかもしれない。

 

 だが、その澄んだ瞳を見れば、悪意など欠片もないと分かってしまう。

 

 その真っ直ぐな姿を見ていると、己の心が醜いと感じてしまうからこそ、ティアナはトーマを苦手としていた。

 

 

「中々、手厳しい。……ええっと、どうすれば謝罪になるかな?」

 

「……どうでも良いからさっさと消えてよ。アンタとなんて一秒だって関りたくないの」

 

 

 睨みながら拒絶の意思を口にする。

 取り巻き達から怒りを向けられている事を認識していても、撤回する心算は欠片もなかった。

 

 

「……取り付く島もないとは、こう言うのを言うんですね、先生」

 

 

 どこか遠くを見ながらブツブツと呟くトーマ。

 そんな彼は、如何にかしてティアナと会話を成り立たせようとしている。

 

 彼も彼なりにティアナに対して思う所があるからこそ、この機会に如何にか会話のとっかかりを探そうとしていた。

 

 

「……アンタが其処に居るなら、勝手にいなさい」

 

 

 消えてくれないなら、自分が立ち去るだけだ。

 

 この二ヶ月の観察で知っている。

 何度拒絶されても己に声を掛けて来たこの少年が、頑固者で、しつこい性質をしている事を理解していた。

 

 故にティアナは、如何にか声を掛けようとするトーマに背を向け、自室に向かって歩き去って行った。

 

 

 

 

 

 ぽすんと音を立ててベッドに横になる。

 本来なら二人用の部屋である場所だが、今はティアナ一人が使っている訓練校の一室に彼女は戻っていた。

 

 年頃の少女の部屋にしては殺風景な一室。生活臭のしない部屋。

 

 同室の少女はティアナと一緒に居る事に耐えられずに別室に移っていった。故に此処に居るのは、ティアナ一人だけだ。

 

 酷く疲れた気分だ。

 

 一日でもサボると凡人である己は、二三日では取り戻せない程に実力が劣化する。

 それが分かっているのに、今日は常の日課である鍛錬を行う気にはなれなかった。

 

 

「兄さん」

 

 

 辛い時に脳裏に浮かぶのは、何時だって兄に関する想い出だ。

 

 優しく、温かだった兄。

 管理局のストライカーの一人で、優れた歪み者だった兄。

 

 ティアナが感じる不条理の一つが彼の死ならば、もう一つは――

 

 ティアナを引き取った親戚夫婦は、ティーダの戦死を褒め称えた。良くぞ、戦い抜いた。彼こそランスター家の誇りである、と。

 まるで死んだ事が喜ばしい事かのように、彼らはティーダを褒め称えていたのだ。

 

 あの当時は理解出来なかったが、今なら分かる。

 兄の死は、実際に彼らにとっては喜ばしい事だったのだ。

 

 管理局のエースストライカーとなれば、周囲より褒め称えられる。その家族も当然、誇らしい者として語るであろう。

 惜しい人を亡くした、実際にそう思っていなくとも話題づくりには丁度良く、深く知らない人柄でも家族だからと有る事ない事吹聴すれば、それだけで周囲の関心を寄せられる。

 

 天魔との戦いで死亡した管理局員の家族には、遺族年金が支給される。

 その額は小娘一人を扶養するのに掛かる資金より遥かに多く、ティアナを引き取れば転がり込んで来るのだ。

 

 だからこそ、彼らにとってティーダの死は、本当に都合が良かったのだろう。

 

 

「何で、兄さんが死んだのに、笑えるの、か。……当然じゃない。あの人達にとって、生きている頃の兄さんはどうでも良い存在で、死んだ後の兄さんはとても都合の良い存在だったのだから」

 

 

 そんな彼らに対して、幼い頃のティアナが口にした否定の言葉。それに返って来たのは、拒絶の意思であった。

 

 面倒そうな顔をして、気分が害されたと表情を変えて、そうしてティアナに対する扱いも変わった。

 

 遺族年金を貰う為だけに最低限度の世話をする。

 それ以外の場では腫物扱いで、一切関わろうとはしなかった。

 

 士官学校を目指した際にも何も言われず、兄の遺品を質に入れて漸く工面した受験費用で受けた試験に落ちた際には、唯舌打ちされただけ。

 

 士官学校に行く事で、もう会わなくなる事を期待していたのであろう。

 その算段が崩れた後、彼らはまるで直ぐにでも出ていって欲しいと言うかの如く、全寮制の陸士学校のパンフレットを投げ渡して来た。

 

 そんな冷え切った関係。持て余していた少女を引き取りたいと言うクロノ・ハラオウンからの要請は、彼らにとって本当に都合の良い提案だったのだ。

 

 そこで更に金を要求する辺り、彼らは随分俗物的だったのだろうが。

 

 

「……もう。一つしか残っていないもの」

 

 

 士官学校の受験費用。陸士訓練校で必要となる学費。

 それらの為に、ティアナの手元にあった遺産は全て切り崩した。

 

 リンディ・ハラオウンが守ってくれたティーダの残した物は、もう彼女の手元には残っていない。

 

 唯一つ残っているのは、幼い頃に教えて貰った玩具の銃の撃ち方だけ。ランスターの弾丸だけが、彼女に残った全てである。

 

 

 

 繋いでいた手が離れていく。

 伸ばした手は握り返して貰えない。

 

 今までの人生、振り返ってみればそんなもので、きっとこれからもそんな形となるのであろう。

 

 

「ランスターの弾丸を、見せる。それだけが、全部」

 

 

 残った意志はそれ一つ。あの大天魔を、己が討つのだ。

 ランスターの弾丸にはそれが出来るのだと、示すのだ。

 

 その為だけに、己の命は存在しているのであろう。

 

 

「だから、もっと強くならなきゃ」

 

 

 天才に負けてなんかいられない。努力を怠っている暇はない。

 それしかないのだから、その為に今すぐにでも鍛錬に向かうべきなのだ。

 

 一分一秒とて、凡人に過ぎない自分は無駄に出来ないのだから。

 

 

「なのに」

 

 

 けれど、動けなかった。

 どうしても、一歩が踏み出せなかった。

 

 試験の後の出来事で突き付けられた現実に、試験の前に届いた手紙の送り主の名に、絶えず休まず追い詰められていた心が悲鳴を上げているのだ。

 

 幼い頃の自分が泣いている。

 そんな姿を幻視して、ティアナは深く溜息を吐いた。

 

 

 

 ベッドの脇に置かれた手紙を手に取る。

 封を切っていないその手紙の送り主は、彼女の今の保護者である人物。

 

 結局、迎えには来てくれなかった“あの人”だ。

 

 

「どうして、迎えに来てくれないの? クロノお兄ちゃん」

 

 

 英雄クロノの事は知っている。

 世間で言われている程度には、彼の現状は理解している。

 

 動けない。迎えに来れない。

 その理由が分かっていても、それでも幼き思いは涙を零してしまうのだ。

 

 

 

 手紙の封が開けられる事は無い。

 その中身を見るだけの強さを、ティアナは持てないでいた。

 

 

 

 

 

3.

「ふう。やっと終わった」

 

 

 グラウンドを整備する為に使っていたローラーから手を離す。

 自分が荒らした訓練場を元通りに出来た事に安堵の溜息を吐いて、整備道具を元の場所へと戻した。

 

 今日は日が暮れる前に終わった、と何処か満足げにトーマは笑っていた。

 

 

 

 あの後、口々に文句を言う友人達を何とか宥めた。

 彼らの文句を吐き出させると、次にティアナにあったならば、先の暴言を詫びるようにと約束させる。

 

 同時に彼女を友人として受け入れられるようにと取り成して、ランスターが態度を変えるならば受け入れても良いとまで譲歩を引き出した。

 

 友人達との付き合いを終えてから、こうして日課を行っていたのだった。

 

 

「先生。対人関係って、難しいです」

 

 

 それに掛かった労力に、疲労混じりの溜息を吐きながらトーマ・ナカジマは口にする。自己鍛錬以上に、人と関わる事は難しいと感じていた。

 

 彼は本来排他的な人間だ。コミュ障と言い換えても良い。

 狭い世界で満足し、それを変えたいとは思えない。何時までも同じ事を繰り返したくて、変わってしまう事をするのは億劫になる。

 

 生来より身内以外には然したる興味が持てず、正直見知らぬ人間など今でもどうでも良いと感じてしまう。

 

 それでも意図して交友関係を広げようとしているのは、師である人物の影響であった。

 

 

「先生曰く、人は一人で出来ない事が意外と多い。どんなに強くなっても、それは変わらない」

 

 

 鉄拳制裁込みでの教育で、魂の芯にまで刻まれている排他性を取り除いた彼の先生は、そんな風にトーマに語った。

 

 

「けど、一人で出来ない事も、二人なら出来る。二人で出来なければ、三人で。そうして人の世界は広がっていく」

 

 

 広い世界を持ってる奴は凄い。強いんじゃなくて、凄いんだ。

 

 そんな風に、彼の先生は語っていた。

 

 誰だって人は自分に出来ない何かを持っている。

 同じ事を得意とする相手でも、二人でやれば効率は単純に二倍になる。

 

 そんな風に、彼の先生は教えてくれたのだ。

 

 故に対等の立場で向き合い、語り合って手を取り合えば、世界は無限に広がっていく。

 広がった世界は、狭い世界とは違った色を見せてくれるのだ。

 

 

「ですよね。先生」

 

 

 師にそう教えられて、実際に体験する事で、トーマは絆の素晴らしさを知っている。

 

 それが絶対に正しいと、盲信にも近い領域で確信している。

 誰かと共に前を目指す事の大切さを確かに実感しているのだ。

 

 

 

 だからこそ、トーマ・ナカジマはティアナ・L・ハラオウンを無視出来ない。

 

 絆なんて無駄だ。自分一人で進んでいける。他人が無駄に関わって来るな。

 そんな姿を見る度に、薄れた記憶にある誰かの姿を思い出してしまい腹が立つ。

 

 何故だか分からないが、全てを己で解決しようとする姿に、自己嫌悪に似た感情を抱いてしまうのだ。

 

 

「先生曰く、人を印象だけで否定しちゃいけない。向き合って、理解して、否定するのはその後なんだ」

 

 

 だからこそ、トーマはティアナに関わろうとする。ムカつく奴であっても、知らない内は嫌いたくなかった。

 

 何度無下にされようと、顔を見る度に嫌な表情をされようと、彼女を理解せずに否定はしたくなかったから、深く関わろうとしているのだ。

 

 

「けど、アレ、すっごい難物です」

 

 

 会話の切っ掛けもなく、話しを聞いてくれる土壌もない。

 小心者で臆病者でもある少年は、どうしたら良いのか分からずにグラウンドに寝転んだ。

 

 

 

 トーマは臆病者だ。その身に潜むトラウマが、誰かが傷付くのも、誰かを傷付ける事も許容させない。先生を真似して自分を“僕”と呼び、その背を追い掛けているだけの子供だ。

 そんな子供は争い事など嫌いだし、管理局に入る事だって望んではいない。けれど、そうしなくてはいけない理由が彼にはあったのだ。

 

 青褪めた顔色で、赤く染まりながらも笑みを浮かべていた母の姿を思い出す。

 気にするなと笑って、破壊衝動に突き動かされた己を止めてくれた人達の事を思い出す。

 

 それこそが、トーマにとって忘れられないトラウマ。忘れてはいけない光景だった。

 

 

 

 トーマとしての自己が形成されると同時に、あの浜辺を夢に見る時間は減っていった。

 彼との同調が外れていく度に過去の記憶は薄れて消えて、今では虫食い状態だ。

 

 知っていた筈の事が分からなくなり、知らない光景を幻視する事も減って来た。

 

 トーマは人として生きるこの四年と言う時間の中で、神格としての力を失っていき、人としての個我を確立した。

 

 父母に育てられる中でその在り様は変化して、まるでその対価の如く病が牙を剥くようになった。

 彼の記憶によって進行が抑えられていた病は、その力を失くした事で強く影響を与えるようになっていったのだ。

 

 エクリプスウィルス。それは世界を殺せる毒。

 

 自己対消と言う死から逃れる為に、発症者は他者に対して強い殺意を抱くようになる。

 誰かを殺し続けなければ、肥大した殺戮衝動が己を発狂させて、何れ必ず死に至る。

 

 その病が原因となって、トーマは父母を傷付けた。その病に抗う為に、師に弟子入りして己を鍛えようとしたのだ。

 

 

――無理に抗おうとしてはいけないよ。トーマ。抑え付ければ、反発はより強くなる。適度な感情の発散と、精神を鍛える事が重要になるんだ。

 

 

 先生の教えを受けるようになって、暴走の頻度は減った。

 そうなる前に、溜め込んだ物を吐き出す事が日課になった。

 

 師の友人であるらしいちょっとおかしな科学者に薬を調合してもらって服用して以来、こうして数日に一度無差別な破壊を振り撒いていれば、それで如何にか病の症状を抑える事は出来るようになっていたのだ。

 

 トーマの訓練は誰にも見られない時間に行われる。

 その殺意に誰かを巻き込む訳にはいかないからこそ、誰もいなくなってからこうして自己を鍛えるのだ。

 

 だからこそ、訓練場から人気のなくなる事を待つ彼は、何時も時間ぎりぎりまでグラウンドを使用しているティアナの努力を誰よりも知っている。

 だからこそ、誰よりも頑張っているアイツが絆を否定する姿が、他の誰の言葉より無視出来なかった。

 

 その努力は間違っていると、声を大にして伝えたかった。誰かと共に在れる事は、とても素晴らしいのだと分からせたかった。

 

 

 

 自分は皆に支えられて生きている。

 父母に愛され、師に恵まれている自覚がある。

 

 こんな自分を愛してくれた人達の為にも、トーマは我が道を行く。

 父と同じく管理局員となる事で薬の支給も安定し、戦い守る事で恩返しにもなるのだから、この道以外を選ぶ理由などは何一つとしてない。

 

 この道に躊躇いも後悔もありはしない。

 それが素晴らしいと知っているから、お前にも僕の至高を押し付けてやる。

 

 

「否定なんかさせない。嫌だって言っても分からせてやる」

 

 

 そう決めた。だから相手がどれ程に嫌がろうとも、知らずに拒絶などはさせてやらないのだ。

 

 

「先生曰く、馬鹿の考え休むに似たり、考える事が苦手なら、考える前にまず動け!」

 

 

 君は熟考が苦手だよね。そう苦笑されながら言われた言葉を、語意そのままに受け取って少年は行動を始める。

 考えても無駄ならまず動く。そして動いてから、その是非を考えれば良いのだ。

 

 

 

 そうして走り出した少年は、自室に戻る途中で一枚の張り紙を見つける。

 その内容を流し読んで、さらに深く熟読して、その顔に師譲りの悪童の如き笑みを浮かべた。

 

 

(やっぱり、先生の言う事は正しい。動けば、何か変化があるんだ!)

 

 

 やる事は決まった。それをする事で、嫌悪の情が更に膨れ上がる可能性はある。

 けれどどうせゼロがマイナスになる程度の変化だ。その程度で、トーマは足を止めたりはしない。

 

 

「先生曰く、変わる事を恐れちゃいけない! 不変の永遠よりも、変化の為の一歩の方がずっと素晴らしいんだって、そう信じてる!」

 

 

 同じ永遠が続くよりも、皆で良い方向に向かって行く変化こそが好ましい。

 そんな教えを受けたからこそ、変わる事への恐怖や怯えを押し殺して、トーマ・ナカジマは笑うのだ。

 

 

「そのしかめっ面、僕が満面の笑みに変えてやるから覚悟しとけ! ティアナ・L・ハラオウン!!」

 

 

 それは宣戦布告だ。それは勝利宣言だ。

 この素晴らしさを知ればきっとそうなると思うからこそ、自信を持ってトーマは口にする。

 

 必ず笑顔に変えてやるのだと、少年は悪戯小僧の如く声を張り上げるのであった。

 

 

 

 

 

4.

 目を擦る。現実は変わらない。

 目を瞑り、開く。記された文字は変わらない。

 

 頬を抓って現実から逃避する。だがその現実は、無情にも逃避を許してはくれなかった。

 

 

「ティア!」

 

 

 突然馴れ馴れしくなった奴が、満面の笑みをこちらに手を振っている。

 許してもいない愛称で、いけ好かない少年が己を呼んでいた。

 

 この第四陸士訓練校には、半期に一回の課外授業がある。

 二名ごとにペアを組んで、現役の部隊に研修に向かうと言う企画だ。

 

 ペアは予め希望していれば、その通りになる。

 希望がなかったり、重複してしまえば選考の末に教官達が選定する事となっている。

 

 正直、ティアナは自分が数合わせに過ぎないと自覚していた。己と組みたがる者などいないだろうと思っていた。

 だから希望なんて出さなかったし、相方が決まるこの日まで課外授業の事など考えても居なかった。

 

 数日前に仮の発表があったが、そんな物を確認する暇があれば、その分だけの時間を自分磨きに当てたかったのだ。だから一度たりとも確認をしなかった。それが失敗だった。

 

 

 

 実習一週間前の今日になって、正式な派遣先が発表される。

 流石にそれを確認しない訳にはいかず、そうして見に来れば己と組む事を希望した糞野郎が一名居たと言う訳だ。

 

 仮発表中なら兎も角、今となってはもう相手を変えてもらう事は出来ない。

 課外授業を休めば成績に響く上、下手をすれば留年に繋がる以上は、そんな選択も出来はしなかった。

 

 

「よろしくなっ! 相棒!!」

 

「…………」

 

 

 勝利の笑みを浮かべているトーマに肩を叩かれて、ティアナは苦虫を数百匹は噛み潰したような表情で固まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 




ティアナの親族は捏造。
原作で明らかになってるのは、両親が幼い頃に死んで、訓練校入学前にティーダを亡くしたという事だけ。

ティーダ死亡が原作だと新暦69年頃(本作内では65年)なので、ティアナの訓練校入学まで三年以上空白期間がある。

その間、十歳のティアナが一人で暮らせたとは思えないので、遠縁の親戚(微屑)が生えました。

原作では保護者の同意を求める際だけの関係で、かなり薄い付き合いしてたんじゃないかな、という勝手な妄想をしています。


トーマ君は、うん、まぁ、原型留めてないね。
実際、練炭汚染されている彼がクイントさんに育てられて、原型留めるとは思えなかったんだ(小並感)

偶にトーマ君成分が見え隠れする、TSスバルのロートス風味。
リリィと会って因子が覚醒させられる前の彼は、そんな感じのキャラとなるでしょう。



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