リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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追撃のセカンドブリットォッ!

そんな訳で追撃です。


副題 太陽が居ないとヘタレるユーノ。
   馬鹿な野郎共と、女の子達の青春劇。
   スカさん「私、輝いてる!?」


終焉の絶望編第三話 夢と幸福の天秤

1.

――死よ 死の幕引きこそ唯一の救い

 

 

 ひゅうと風が吹き抜けていく。

 日の沈み掛けた訓練施設。管理局地上本部の一区画で、ユーノ・スクライアは一人黄昏ていた。

 

 

「此処に居たのか」

 

 

 長い髪を後ろに束ね、和装に身を包んだ青年が近付いて来る。

 

 やや窶れては居るが、精悍な顔立ち。衰えているが、痩せ細っている訳ではない身体付きを隠す和装は、身の丈よりも若干大きい。

 その服に隠れて、彼の持つ機械の半身はその上からでは確認できない。

 

 十七歳となったクロノ・ハラオウンは、嘗ての面影を残しては居るものの、確かな変化がその身に見られていた。

 

 

「クロノか」

 

 

 変わったな、和装似合ってない、と少年は告げる。

 うるさいな、これ以外に歪みを安定させる衣服がないんだよ、と青年は返す。

 

 久方振りの再会は、喜ばしい形にはならなかった。

 

 

 

 ユーノは無言のまま、空を見上げる。

 クロノは彼を問い詰めるでなく、共に立っている。

 

 ゆっくりとしたまま、唯、風の音しか聞こえない時が過ぎ去っていく。

 

 

「不安が、あるか?」

 

 

 一分か、十分か、或いは一時間が経過していたか、無言で考え続けている少年に、青年は問い掛ける。

 それは高町なのはを救う手立て。彼に残された不安への指摘だった。

 

 

 

 

 

――この毒に穢れ蝕まれた心臓が動きを止め 忌まわしき毒も傷も跡形もなく消えるように

 

 

 

 

 

 あの日、手術室にて息を引き取った高町なのはの姿に、誰もが絶望の色を顔に浮かべた。

 冷たい躯を抱き締めて、歯を噛み締めて涙を堪える少年の姿に、誰もが言葉を掛けることが出来ずに居た。

 

 唯一人、平然と入って来た男を除いて。

 

 

「ふむ。現状は最悪のようだね」

 

「ジェイル・スカリエッティ」

 

 

 白衣を纏った紫髪の男は平然と立ち入って来る。

 皆の悲嘆に暮れた空気など知らぬと言うかのように、当たり前の如く希望を口にした。

 

 

「だが、諦める必要はない。まだ手立てはある」

 

「えっ?」

 

 

 ユーノは、思わずと言った体で驚きの声を漏らす。

 自信有り気に微笑むスカリエッティの姿からは、それが偽りと感じる事は出来なかった。

 

 

「馬鹿な、もう高町なのはは死んでいる。……一体、こんな状態からどうする事が出来ると言う」

 

 

 訝しげにクロノが問う。既に死んでいる。もう終わっている。医療班の皆が匙を投げた状況で、お前に何が出来るのか、と。

 この男を信用していない青年は、その言の何処に真意があるのか、探るように睨み付けた。

 

 

「全く、誰も気付かないのかね? 彼の大天魔に殺されたモノは黒き砂になる。だが、高町なのはは未だ肉を保っているだろう」

 

 

 そんな彼らを馬鹿にするように、当たり前の事を分かっていない生徒に教師が教授するかのように、スカリエッティは現状を語る。

 

 

「つまり、だ。高町なのはは未だ生きている。生存し、己の肉体に縋り付いている。諦めない、唯その意志でね」

 

 

 魔力反応を感知してみたまえ、多少だが感じ取れる筈だよ。そう語るスカリエッティに促され、クロノは己の右の義眼を駆動させる。

 その瞳には、スカリエッティが語るように、微弱な魔力が検出されていた。

 

 不撓不屈。諦めない為に必要な物を用意する。その力によって死の終焉に抗っている。未だ高町なのはは死んでいない。

 

 

「それじゃあ!」

 

 

 その事実にユーノは表情を明るくする。

 助かるかもしれない。助けられるかもしれない。

 

 己の恩人でもあるスカリエッティを無条件に信頼している少年は、如何にかなるかもしれない現状に笑みを零した。

 

 だが、そんな笑みも続く言葉で凍り付く。

 

 

「……だが、このままでは死ぬよ。助からない。助かる道理がない。高町なのは一人では、その終焉から帰還が出来ない」

 

「っ! アンタ! 何が言いたいのよっ!!」

 

 

 少年に希望を与えて、かと思えば即座に奪い取って、お前は何がしたいのだとクイントが叫ぶ。その襟首を掴んで、殴り飛ばしてやろうかと睨み付ける。

 

 

「何、大した事ではないよ」

 

 

 そんな女の剣幕を恐れる事はなく、スカリエッティは笑みを崩さずに提案した。

 

 

「この少女を私に預けてみないかね?」

 

 

 そんな提案を、狂った科学者が口にしていた。

 

 

 

 

 

――この開いた傷口 癒えぬ病巣を見るがいい

 

 

 

 

 

 そんなスカリエッティの提案に、唖然とした表情を浮かべる者、怪訝な表情を浮かべる者。その場に居る者らの反応は二種類に分かれた。

 

 己を訝しげに見るクイントとクロノ。その二人の不安を和らげるような、聞こえの良い言葉をスカリエッティは語る。

 

 

「無論、不安はあろう。故に施す内容を嘘偽りなく語ろう。何、どうせ協力が必要だからね。隠したままでは何も出来ない」

 

 

 己一人で出来る事ならば、技術部門の責任者であり、この場の誰よりも強い権限を持つ彼ならば好きにやっている。

 そんな彼が現状を説明するのは、ある人物の協力が必要不可欠だからだ。

 

 高町なのはを失いたくないのは彼も同じだ。

 この最高峰の素材を無駄に失うなど、スカリエッティには許容できない。

 

 故に隠す事無く、偽る事無く、スカリエッティは語るのだ。

 

 

「高町なのはが死に至る原因は、言ってしまえば出力不足。だが、彼女の異能は無限に力を増すと言う物。それが正常に機能していないのは、単純に今の己を維持するだけで手一杯になっているからだ」

 

 

 彼女は黒肚処地獄で死に掛けている。だが、本来無限に強化されると言う性質上、復活出来てもおかしくはないのだ。

 

 それが出来ないのは単純な理由。既に死に瀕した魂では、己を保つのが限界で、復活の為の力を溜める事が出来ないからである。

 

 

「故に彼女を繋ぎ止める何かがあれば、彼女は自身の力で帰還を果たせる。己一人で這い出せぬならば、こちらから手を伸ばせば良い」

 

 

 今彼女を繋ぎ止めている彼女の異能。その役割をこちらで代替すれば良い。戻ってくる為の道を舗装すれば良い。

 そうすれば、高町なのはは不屈の意志でこの世に舞い戻って来るであろう。

 

 

「だが、それは肉体的な物ではいけない。物質的な物でもいけない。肉体的に死んでしまっている以上、其処に干渉しても意味がない。助ける手を伸ばすには、魂自体に干渉する必要がある」

 

 

 その肉体は、あくまでも原型を保っているだけだ。既に肉体機能は死している。

 肉体に魂が縋り付いているが、肉体だけを健常な状態に戻しても、魂に戻る為の力が備わらなければ意味がない。

 

 彼女を救う為には、その魂への干渉こそが必要となる。

 

 

「だが魂に触れる事は出来ない。その改竄は、とても難しい。今の高町なのはに無理を強いれば、その瞬間に自壊するだろう」

 

 

 ジェイル・スカリエッティの全てを駆使しても、魂の加工は非常に難しい。

 過去に行われた実験において生まれた犠牲者達。それらが彼に理解させているのだ。

 

 今の高町なのはに同じ事をすれば、限界で留まっている彼女の魂は崩壊すると。

 

 

「故に必要なのは一つ。行える手段は唯一つだ」

 

 

 高町なのはを蘇らせる為には、魂への干渉が不可欠。だが、魂に干渉すれば、既に限界を迎えている彼女は崩壊する。

 故に取り得る手段は、肉体を作り変える事で、魂に間接的に干渉すると言う方法だ。

 

 

「肉体部位の一つでありながら、されど魂と密接に関わる器官。人の触れられる、魂の切れ端」

 

 

 嘗て在りし日に生み出された器官。衰えた魂を補う為に、外界から魔力を取り込むと言う肉体部位。現実に触れられる物質でありながら、魂に属する魔力結晶。

 

 

「即ち、リンカーコア」

 

 

 必要なのは、それである。

 

 

「リンカーコアを体内に移植する。他者の魂の一部を目印とする事で、高町なのはをサルベージする」

 

 

 スカリエッティは語る。己が施す技術。それが如何なる手段で、高町なのはを救う事になるのか、を。

 

 

「だが、これが難しい。魂の内に他者を取り込むと、どうしても拒絶反応が出てしまう。取り込む側が強大な意志を保てれば例外なのだが、今の高町なのはにそれは期待できない」

 

 

 同時に語るは技術的な限界。己でなくては出来ないと、誇るかの様にその欠陥と対策を解説する。

 

 

「故に、彼女を救うには拒絶反応の出ないリンカーコアが必要だ」

 

 

 そんな都合が良い物は本来存在しない。どれ程近しい者であれ、普通ならば他者の一部を己に混ぜ込むと言う事に嫌悪や忌避を感じる物であろう。

 だが一人だけ、彼女に拒絶されないかもしれない、そんな魔導師が存在している。

 

 

「魂が混ざり合う。他者と同化する。彼女が一心同体となる事を許容する程に近しいと認める魔導士を、私は一人しか知らない」

 

 

 一人しかいない。その一人しかいないから、彼の協力を求めてスカリエッティは語るのだ。

 

 

「君だよ。ユーノ・スクライア」

 

 

 その瞳が、動揺する少年を見詰めていた。

 

 

「君のリンカーコアを譲ってくれ。その夢を失くしてくれ。魔法の力を捨ててくれ。愛する人を救う為に、己の死を許容してくれ」

 

 

 この施術に確実性はない。リンカーコアを奪われた生命がどうなるか、全てが分かっている訳ではない。

 

 ユーノは死ぬかもしれない。生き残れたとしても、魔法の力を完全に失う。

 魔力が無い者を管理局は必要としない。司書長と言う椅子を確実に失うだろう。

 自慢のマルチタスクも使えなくなる。あれは並列思考と言う一種の魔法だ。リンカーコアがなければ使えない。

 

 魔力がなくなれば、それの併用を前提とするストライクアーツも真面に使えなくなる。魔力補助で漸く使えるようになった閃とて、使用出来なくなる。

 

 積み上げて来た物を失う。重ねて来た努力が無為となる。其処までしても、助かるとは限らない。

 

 

「僕は……」

 

 

 僕のリンカーコアを使ってくれ、なのはを助けてくれ、そう言いたいのに声が出ない。

 怖かった。何も得られないんじゃないか。全てを失うのではないか。その可能性が怖かった。

 

 太陽と言う輝きを失くした少年は、暗闇の中で立ち止まってしまう。

 

 

「……まだ一日程度、高町なのはは持つだろう。その間に、答えを決めておくと良い」

 

 

 スカリエッティが求めるのはユーノの同意のみ。他者の反発など強権で黙らせる事が出来る。故に、彼はユーノの選択を待つ。

 

 安易に決められる事ではない。これまでの全てを失うかも知れない。その恐怖は、そう簡単に拭える物ではない。

 だからスカリエッティは、唯一言、信の籠った言葉をユーノに残した。

 

 

「私を信じてくれれば、確実に高町なのはを救ってみせよう」

 

 

 それは宛ら、悪魔が持ちかける取引の様に、スカリエッティはユーノ・スクライアに語り掛ける。

 笑う男の言葉は確かな信頼性を持っていて、全てを代価にすれば確かになのはを助けられるような気がした。

 

 

 

 

 

――滴り落ちる血のしずくを 全身に巡る呪詛の毒を

 

 

 

 

 

「正直、ね。……不安しか、ないよ」

 

 

 スカリエッティが語った方法で、彼女が救えるのか分からない。

 その方法を選べば、己は確実に失う。命か、魔法か、或いは彼女か。結果がどうなろうと、どれか一つは確実に失われるのだ。

 

 漸く掴みかけた夢を、挫折の果てに築き上げた今を失う。それに不安がない筈がない。だがそれ以上に、失って何も得られぬ可能性が最も怖い。

 

 

「怖いんだよ。失うのが怖い」

 

 

 恐ろしい。何もかもを失くした先を予想すると、どうしても震えが拭えない。

 

 

「僕が死ぬかも知れない。今までの全部を失くす。其処までしても、助かる保障なんてない」

 

 

 リンカーコアの移植手術など前代未聞だ。スカリエッティは色々と行っているのだろうが、公式には成功例など一つもない。保障はない。確実に助かる、そんな保証はないのだ。

 

 

「魂が同化する。それって、全てを曝け出し合うのと同じだろ? そんなに、なのはが僕を受け入れてくれるか、自信がないんだ」

 

 

 一つに混ざり合う。隠し事など出来ないし、互いの教えたくない物事も曝け出す事になる。

 スカリエッティは余程、合一が進まない限りはそうはならないと語っていたが、そうならないと言う保証はない。

 

 そうなる可能性は確かにあって、それを受け入れてくれる程に少女に想われているのか、自信がない。

 僅かでも愛が足りなければ、待つのは魂の崩壊。リンカーコアを抜かれたユーノは死ぬかも知れないし、生きるかも知れない。

 だが、魂が崩壊してしまえば、なのはは確実に死ぬであろう。

 

 

「なのに、全部を捨てて、それで何も残らなかったら、僕は何をすれば良いんだよっ!」

 

 

 挫折ばかりだ。諦めてばかりだ。己の生を、そんな風に悲観する。

 両面の鬼と戦う事を諦めた。彼女を支える為に司書になったのに、その道すら絶たれようとしている。

 

 そして、その果てに想い人さえ失ってしまえば、もう本当に何も残らない。

 その引き金を引くのが、そのきっかけを作るのが、どうしようもなく怖かった。

 

 

「……こんな筈じゃ、なかったのにさ」

 

 

 そんな弱音が漏れる。少年は本質的に弱い子供だ。今までは少女の為に、死ぬ気で格好良く在り続けていただけ。だからこそ、その太陽を失ってしまえば、月は陰る。

 

 

「なぁ?」

 

 

 そんなユーノの血を吐くような言葉を、零れ落ちた弱音を無言で聞き続けていたクロノが口を開く。

 呼び掛けられたユーノが振り向いた先で、クロノはその拳を握り締めていた。

 

 

「歯ぁ、喰いしばれ、ユーノ・スクライア!」

 

「え?」

 

 

 ドゴォっと音を立てて、鋼鉄の拳が少年の横顔に叩き込まれた。

 

 

 

 

 

――武器を執れ 剣を突き刺せ 深く 深く 柄まで通れと

 

 

 

 

 

 殴られた少年は、何故なのかと言う瞳で青年を見上げる。

 黒き執務官は、そんな悪友の弱った姿に苛立ちながら、厳しい言葉を口にした。

 

 

「暫く見ない内に、随分と腐抜けたな、ユーノ・スクライア」

 

「どう、して」

 

「怖い。嗚呼、確かに怖いだろうさ。だけどな、忘れるなよ。お前がウジウジしていると、本当に間に合わなくなるんだぞ!」

 

「っ!」

 

 

 クロノの啖呵に、ユーノはその唇を噛み締める。

 彼の言葉は事実だ。少年が迷う一分一秒が、その可能性を狭めていく。僅かな逡巡の時間が積み重なって、その手は遠く離れて行く。

 

 だから、何を悩んでいるのかとクロノは叱責した。

 まだ時間はあるのだから、どうして伸ばさないのかと叫んだのだ。

 

 

「まだ、手は届くんだろうっ! 僕と違って、お前の手は届くんだろうがっ!!」

 

「けど、本当に何もかもを失うかも知れなくてっ!!」

 

「なら、神様に頭でも下げるか! ありもしない奇跡に縋って、何もかもを投げ出すのか! それで見ず知らずの誰かが救ってくれて、納得が出来るのかよっ!!」

 

「っ!!」

 

 

 もう一度、その頬を殴られる。殴り飛ばされて、蹈鞴を踏んだユーノ。そんな彼を睨み付けたままに、それは違うだろうとクロノは叫ぶ。

 

 そうとも、違うのだ。ユーノ・スクライアはそうじゃない。

 

 

「僕の知っている悪友はそうじゃない! お前が歪みに目覚めなかったのは、安易な救いを求めなかったからだ!! 自分の足で近付いていく事を良しとしていたから、都合の良い奇跡なんて訪れなかったんだよ!!」

 

 

 選ばれた主人公などではなく、当たり前の脇役でしかない少年。

 それでも安易な救いなど求めず歩き続けたから、此処に今の彼が居る。

 積み重ねてきた努力と意志の総量こそが、ユーノ・スクライアの在り方だ。

 

 そんな少年の在り方を、ずっと羨ましいって感じていた。そう在れる事。その強さに嫉妬していた。

 同時に誇っていたのだ。僕の悪友にして好敵手は、こんなに凄い奴なんだぞ、と。

 

 

「世界は、こんな筈じゃなかった事ばっかりだ! 都合の良い現実なんてなくて! 失われて欲しくない者ばかり亡くなって! それでも、挫折から這い上がる強さを僕にくれたのはお前だろうがっ!!」

 

 

 友達が死んだ。恋人が死んだ。母が死んだ。

 何もかもを失った青年が、それでも進み続けるのは、この好敵手が居たからだ。

 

 そんな親友が晒す無様を、クロノ・ハラオウンは許容しない。

 

 

「だけどっ! 僕はどうすれば良いのさっ!」

 

「そんな簡単な事に悩むなっ! この馬鹿がっ!!」

 

 

 三度目の拳が打ち込まれる。倒れ込んで口の端から血を零すユーノを見下ろして、クロノは語る。

 

 

「幸せに、なれよ」

 

 

 真実彼が願うのは唯一つ。

 この誰よりも真面目に生きている少年が報われる事を願っている。

 

 

「僕らがなれなかった分、幸福になれよ! 誰もが羨むくらい、幸せになってくれよっ!!」

 

 

 報われて良い筈だ。もう幸せになって良いだろう。

 それだけの物は重ねてきた。だからこの少年は、幸福になって良い筈なのだ。

 

 

「惚れた女だろうがっ! 俺と一緒に幸せになれ、そのくらい言ってみろ、この大馬鹿野郎!!」

 

 

 魂に拒絶されようと、無理矢理に物にしてみせろ。黙って俺に付いて来いとぐらい言って見せろ。

 クロノはそうユーノに教え込む。きっと彼女は付いて来てくれる。

 

 

「……好き勝手、言いやがって」

 

 

 殴られて切れた唇を擦って、ユーノは手を突き立ち上がる。

 随分と言いたい放題。三度も殴ってくれた悪友。其処に苛立ちを覚えない訳がない。

 

 ああ、けれどスッキリした。思いっきり殴られて、それで確かにスッキリしたのだ。お陰でやるべきことは見えていた。

 

 ウジウジ迷っているだけでは意味がない。恐れていても、それでも前に進まないといけないのだろう。だからユーノは此処に、その腹を括ったのだった。

 

 

「右手で殴りやがってさ、痛いんだぞ、それ」

 

「ふんっ。殴られなきゃ気付けない馬鹿が悪い」

 

 

 愚痴るように頬を撫でながら、何処かスッとした表情で笑うユーノに、クロノは返す。

 起き上がって来た少年に向かって、あからさまなファイティングポーズを示しながら。

 

 

「何の心算だよ」

 

「はっ、どうせヘタレなお前の事だ。まだ色々抱えてるんだろう?」

 

 

 眠り姫を迎えに行くのに、怯懦も不安も必要ない。

 だから、ここに置いていけ、とクロノは笑みを浮かべて語る。

 

 

「僕が全部受け止めてやる。あの時の借りを返してやる。……全力で来い、ユーノッ!!」

 

「はっ、引き篭もりが、言うじゃないか!」

 

 

 そんな友人の心遣いに笑みを浮かべて、殴られた痛みに苛立ちを覚えて、ぶっとばしてやるとユーノは悪童の如く笑う。

 

 

 

 

 

――さあ 騎士達よ

 

 

 

 

 

 下らない喧嘩を始めよう。

 

 

「後で泣き言を言うなよ! クロノッ!!」

 

「どっちがそうなるか、教えてやるよ! ユーノッ!!」

 

 

 二人の漢の拳が、ここに再び交差した。

 

 

 

 

 

2.

 楽しげに殴り合う二人。その暑苦しくも、確かな輝きに満ちている青春の光景を、彼らは本部庁舎の屋上より眺めていた。

 

 

「懐かしいな。司狼。そう言えば、俺達もああして殴り合ったよな」

 

 

 茶髪の少年は懐かしそうに目を細める。神の“記憶”に振り回されて、そんな風に語る少年の傍らに立つは両面の鬼の男面。

 

 

「ちげぇよ」

 

 

 だが、そんな懐かしむ少年の言葉を、神の記憶を両面の鬼は否定する。

 

 

「え? 司狼?」

 

「俺と殴り合ったのは、お前じゃねぇ」

 

 

 傍らに立ってそんな言葉を口にする鬼を、信じられないと少年は見上げる。

 

 

「分からない。司狼が何を言っているのか、俺には分からない」

 

 

 己の裏面に否定された事で残滓は払われる。消え去った訳ではない。ただ表に出て来る接点を失っただけ。そうして地金を晒した少年は、何も分からないと口を開いた。

 

 

「そっか、まだお前には分かんねぇか」

 

 

 そんな少年の頭を乱暴に撫でて、宿儺は笑う。

 

 

「今はそれで良い。けどな、何時までもその調子で居るなよ」

 

 

 撫でられて、嬉しげに目を細める少年。歓喜と言う色は、もう彼の内に生まれている。怒りと言う色も、あの科学者に任せれば生まれて来るだろう。

 

 

「ゆっくりとで良い。歩くような速さで良い。時間は俺が作ってやる」

 

 

 自分には出来ない。自分達では彼を育てられない。

 自分達、大天魔が深く関わってしまえば、彼は夜刀になってしまう。

 

 それは、望む所ではないから。

 

 

「だからな、お前はお前として生きろ。トーマ」

 

 

 その為の時間は用意する。世界の破滅は止めてやる。必要な場を整えて見せよう。アイツを取り戻そうとしている馬鹿共も、煙に巻いて嘲笑ってやる。

 

 誰だって裏切ろう。己の主義だって翻そう。何だって利用しよう。

 誰に嘲弄されようと、誰に憎まれようと、両面の鬼は己の役割をそうだと決めている。

 

 だから――

 

 

「ここで見つけろ。お前を探し出せ。……きっと、その果てにこそ、俺らの勝利は存在している」

 

 

 アイツの魂を宿した者。アイツの転生体。世界を真に継ぐべき後継者。

 真実、彼が己を得たならば、神格域に到達出来ない理由などない。

 

 

「それを見つけたら、俺がお前を鍛えてやる。……最期に勝つ為に、な」

 

 

 ガシガシと乱暴に幼子を撫で回しながら、両面の鬼は眼下を見据える。其処にある営みを見詰める。この地を生きる、今の世界の民を見詰める。

 

 

 

 

 

――罪人にその苦悩もろとも止めを刺せば

 

 

 

 

 

「……さあ、覚悟しろ。腹を括れよ、クソガキ共」

 

 

 これより来たる災厄は、何れお前達が超えねばならない壁だ。

 如何なる手を使っても良い。どんな手段を選んでも良い。正道だろうが邪道だろうが、アレを倒せるならば認めよう。

 

 あれを倒す事、それによって世界を守り抜けると示さなければ、この世界を引き継ぐ資格は得られない。故に、何時かは必ず倒さねばならぬ存在だ。

 

 ある意味で言えば、この時点でその力を知れる事は、都合が良いと言えたから。

 

 

「どうしようもなくなりゃ、俺が尻をもってやる。他の誰も動いていねぇ今なら、俺が動いてやれる」

 

 

 だから安心して、その絶望を理解しろ。

 

 

「蹂躙されろ。無様にのたうち回れ。血反吐零して、挫折して、恐怖を刻み込め。……そうして、黒甲冑の強さを、波旬の強さを、お前達が得るべき力の程を理解しろ」

 

 

 何をしても揺るがないだろう。何をしても覆されるであろう。此処にある全てを以ってしても、アレを打倒する事は不可能だ。

 

 だから、無様を晒せ。そして、無意味に終わるのではなく、届かせる為の切っ掛けを見つけ出せ。

 

 

「魅せろや、新鋭。託せるって信じられる、その輝きの階をな」

 

 

 両面の鬼は悪童の笑みを浮かべて、その時を只管に待ち続けている。

 

 

 

 

 

3.

「痛た。クロノの奴、思いっきり殴りやがって」

 

 

 腫れあがった顔に手を当てながら、ユーノは手術室への道を歩いている。

 夜が更けるまで殴り合って、ボロボロになった身体は疲れで悲鳴を上げていた。

 

 やり過ぎだろう。明らかにこれから重要な選択を控えている今にするべきでない。阿呆の如き所業である。

 それでも、その顔付きは晴れやかで、迷いなど影も形もありはしない。

 

 

「単純だよ。何を迷っていたんだ。結局、いつも通りじゃないか」

 

 

 駄目で元々、やるだけやってみる。そんなのは何時も通りの事で、今回は絶対に失敗できない、そんな要素が加わっただけだ。

 

 無駄に考えてしまうからドツボに嵌る。万が一を思うから、失敗を恐れる。そんな怯懦は必要ないと親友が殴り飛ばしてくれたから。

 

 

「僕はなのはを愛している。僕には君が必要だ。……だから、その為に手を伸ばす」

 

 

 大天魔を倒すと言う夢。司書長として、大切な少女を支えると言う夢。

 彼女と共にある幸福。一緒に生きていくと言う幸せ。

 

 夢を取るか、幸福を取るか、その二つの天秤は、その実どちらを選ぶ事も間違っていた。

 だって、ユーノの夢も幸福も、まず高町なのはが居なければ成り立たないのだから。

 

 

「……んで、そんなボロボロで会いに行く心算?」

 

 

 柱の陰から姿を見せる金髪の少女。アリサ・バニングスは馬鹿な男にそう語る。

 

 なのはの危機を聞いて戻って来た彼女は、状況を知るや否やユーノを探した。そうして、馬鹿な男達の遣り取りを見たのだ。

 その遣り取りを見て、彼の想いを確かに理解したからこそ、こうして背を押す為に待っていた。

 

 ゆっくりとアリサはユーノに近付く。

 吐息が掛かる程に近い距離で彼の頬に手を当てると、不慣れな魔法を行使した。

 

 

「アリサ。これ……」

 

「回復魔法よ。正直、苦手なんだから、文句は言っても受け付けないわ」

 

 

 殴り合って出来た傷を癒す為に、世界を殺す力を使うべきではない。そう判断していたユーノに、アリサは馬鹿ねと笑って告げる。

 

 

「眠り姫を迎えに行く王子様が、歯抜けに痣だらけじゃ格好付かないでしょ? ……これくらい、きっと神様も許してくれるわ」

 

「……アリサ」

 

 

 この世界を支えている優しい神様ならば、子供達の一世一代の舞台を前にこの程度は許してくれるだろう。

 そんな風に語ると、アリサは微笑みを浮かべたまま、その背を押した。

 

 

「行きなさい、ユーノ。……私の親友、幸せにしてよね」

 

「うん」

 

 

 バシンと背を叩いて、そんな風に彼女は口にする。その言葉に、強く頷いて答えを返した。

 

 不安はない。恐れはない。もうそんな事は考えない。

 絶対に失敗はしない。受け入れてもらえないなら、無理矢理にでも物にする。そう心に決めたのだから。

 

 

「行ってくる」

 

 

 その背に追い風を受けて、少年は走り出す。

 君の元へ、君と共に、これからも続く明日を生きていきたいから。

 

 

 

 

 

 走り去っていく少年の背を、アリサは切なげに見送る。

 その震える手を握り締めて、分かり切っていた事だろうと自分に言い聞かせる。

 

 

「……さようなら、私の初恋」

 

 

 気付いた時には遅かった。始まる前から終わっていた。届かないと、届かせてはいけないと知っていたのだ。

 

 そんな始めから遅かった恋が、この瞬間に終わった。それだけの話。だから、辛くなどない。

 

 

「本当に、それで良いの?」

 

 

 アリサと共に戻って来た月村すずかは、そんな風に己に言い聞かせている友達に問い掛ける。

 彼女も気付いている。アリサ・バニングスが胸に抱いていたであろう想い。

 

 親友二人を惹き付けていたからこそ、必ずどちらかを悲しませるからこそ、あの少年が気に食わなかったのだから。

 

 

「良いのよ、これで」

 

 

 そんなすずかの心配そうな声に、アリサは笑って返す。

 

 

「だって、私はアイツも、なのはも、二人とも大好きなんだから」

 

 

 だから、これで良いのだ。そんな風に、アリサは微笑む。

 

 

「……これで良いのかもしれない。けど、悲しく思う事は当然だと思う」

 

 

 己は異性に恋をした事がない。その想いを共感は出来ない。

 けれど、そんな言葉で納得できる程に、胸を焦す情熱が軽い物とは思えなかったから。

 

 

「泣いても良いんじゃないかな。……私の胸で良ければ、貸すよ」

 

「……御免、ちょっと、借りるわ」

 

 

 涙を零す少女は、それが彼の憂いにならぬように音を立てずに悲嘆に暮れる。

 

 

(私の親友を泣かせたんだ。……二人で幸せにならないと、絶対に許さないから)

 

 

 縋り付いた手の強さを感じながら、すずかは睨み付けるように去って行った少年を見詰めた。

 

 

 

 

 

 そうして、ユーノはその場所に辿り着く。

 

 

「来たよ、なのは」

 

 

 ベッドの上に眠る姫君。未だ目覚めぬ彼女は冷たい。

 

 

「君に、伝えたい事がある」

 

 

 僕は君に恋している。僕は君を愛している。一緒に生きたい、そう願っている。

 

 

「君に、届けたい言葉があるんだ」

 

 

 眠り姫に必要なのは王子のキスではない。今必要なのは、それではないから。

 

 

「お願いします。スカリエッティさん」

 

「ふむ、空気を読んで黙っていたんだが、……もう良いのかね?」

 

 

 手術室の端にある座椅子に座っていた紫髪の男は、もう良いのかとユーノに問い掛ける。

 

 高町なのはは必ず救う心算だが、万が一は起こり得る。場合によっては、ユーノ・スクライアは切り捨てる。

 そう判断していた彼は、末期の会話になるかもしれないそれを邪魔する心算はなかった。

 

 

「はい。話したい事も、伝えたい事も、全部、彼女の目が覚めてからにします」

 

「確信を持っているように語るんだね」

 

「ええ、スカリエッティさんは言ったでしょう? 自分を信じれば必ず助けると、信じますから手を貸してください」

 

 

 そんな風に考えていた彼は、予想だにしていない返しに目を丸くする。己を信頼する者など、この世にはいないと思っていたから。

 

 

「……ふ、ふはは。ははははははっ」

 

 

 本当に嬉しそうに、スカリエッティは笑った。

 

 

「何だ、信頼されると言うのも、中々悪くないじゃないか」

 

 

 初めて感じたその感情は、中々に小気味が良かったから、気紛れを起こしたのだ。

 

 

「必ず助ける! 私の魂に誓おう! 高町なのはも、君も、どちらも必ず生かすとも! 余計な事はしない。必要以上の手は加えない。救って見せる、無限の欲望の名に懸けて!!」

 

 

 懐に入れていた薬品も、手術室に用意していた機材も、全て破棄しよう。

 こんな感情一つで、神殺しを諦める事はしないが、余計な物は絶対に付けない。必要な機能以外は用意しない。

 この彼の輝きを汚す事はしないと、狂科学者は此処に誓った。

 

 

 

 大きめの手術台に横になったまま、ユーノはなのはと手を繋ぐ。麻酔によって薄れていく意識の中で、確かに想う。

 

 もう一度、君に会う為に今は眠ろう。

 もう一度、君と歩く為に全てを捨てよう。

 

 どれ程に失っても、何度挫折しても、そこに君の笑顔があるならば、己はそれだけで幸福だから。

 

 

 

 だから、もう一度、君と共に。

 

 

「おやすみ、なのは」

 

 

 

 

 

4.

――至高の光はおのずからその上に照り輝いて降りるだろう

 

 

 そうして、夜の帳は墜ちる。草木も眠る丑三つ時に、それは起こる。

 来たる災厄。舞い降りる怪物。やってくるであろう最強の大天魔に、誰もが備えている。

 

 双子月が近付いている。それが重なるまでの時間は後数十秒。この月が赤く染まった時、最強の怪物はその直下に堕ちて来るであろう。

 

 誰もがそれに備えて、誰もがそれを待ち受けて――故に、その衝撃に誰も対応が出来なかった。

 

 

 

 ドンと大気が揺れる。ドシンと星が揺れ動く。

 まだ双子月は重なっていない。まだミッドチルダ大結界は残っている。……だと、言うのに。

 

 

――太・極――

 

 

 それは一瞬後に生まれるであろう結界の隙間を通り抜けるのではなく、真正面から結界を打ち壊して降臨した。

 

 

無間黒(ミズガルズ・)肚処地獄(ヴォルスング・サガ)

 

 

 結界の崩れ落ちる音の中で、巨大な三つ首の虎が咆哮を上げる。最強の大天魔が此処に現れる。

 

 時間制限などはない。逃れる場所などありはしない。

 この怪物は、何処までだろうと、何時までだろうと、刹那の魂を追い続ける。

 

 管理局にとって、最も長い夜が幕を開ける。

 

 

 

 終焉の絶望は止められない。

 

 

 

 

 

 




なのはちゃん復活フラグをせっせと立てつつ、ユーノ君から全部奪った。そんな今回の話。

彼はもう司書長で居る事も出来ません。
魔法を使えなくなった魔導師が、管理局に居られる道理もないのです。


御菓子作りが得意で、コーヒーを淹れるのが旨くて、歴史の知識に秀でていて、人より無手での戦いに秀でている、そんな唯人になります。


唯人の輝きこそを見たい宿儺さんの敵としては、ある意味相応しいんじゃないですかね。





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