リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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デートさせると言ったな、だが遊園地デートなどさせんさ。

そんな前半は糖度高めな回です。



闇の残夢編第三話 忘れられない言葉

1.

 鷹笛パークランド。海鳴市に近いが、それでも電車で二時間は掛かる場所にあるその遊園地は、絶叫系アトラクションに特に力を入れている。

 ゴッドスクリューパイルダー。ホークバスターアバランチ。フライングドライバー等、名称だけ聞くとプロレス技にしか聞こえない名前の絶叫マシンが売りとなっている遊園地であり、故に。

 

 

「御免ね、僕。……このジェットコースターはね。身長130㎝以下の子や、10歳未満の子供は乗れないんだ」

 

「身長制限があったー!?」

 

 

 案内係のお姉さんに優しく諭されて、ユーノはガックリと膝を付いた。

 

 魔法技術の発達したミッドチルダでは身体条件による制限などはない。

 身長が低いから、座席が体に合わないから危険などと言う事は、重力すら操れるミッドではありはしない。

 

 故にユーノは低身長や小さな子供が乗れないと言う条件が存在しているなど考えた事もなかったのである。

 因みに高町なのはの身長は129㎝。ユーノもほぼ同程度であり、年齢、身長、共に両名、微妙に足りていなかった。

 

 

「にゃ、にゃはは……。仕方ないよ。ユーノ君。別の乗り物に乗ろう?」

 

「……なのは。別の乗り物って」

 

 

 言ってユーノは周囲を見回す。

 あっちを見ても、こっちを見ても絶叫系。お化け屋敷や観覧車などオーソドックスな代物はどれも復旧工事中。暫くお待ちくださいの看板が立てられている。

 

 流石に管理局の支援があろうと、一月で完全復活とはいかなかったらしい。

 遊園地の代名詞である絶叫系マシンのみを復旧させた状態の鷹笛パークランドは、幼い子供達にとっては遊ぶ場所一つない状況だった。

 

 

「……別の場所、行こっか?」

 

「うう。……御免ね。なのは」

 

 

 もっと調べてから来れば良かった。

 そんな風に後悔する少年は、少女に手を引かれて遊園地を後にした。

 

 

 

 

 

「身長制限があったー!?」

 

 

 そんな子供達の影に隠れて、その姿を覗き見ていた女性はユーノ・スクライアと全く同じ台詞を口にしていた。

 青髪をポニーテールにした若い女性。ユーノにテーマパークのチケットを渡したクイント・ナカジマ本人である。

 

 そう言えば夫に、子供じゃ遊べない遊園地と言う話を聞いていた。

 そんな事を今更、思い出したクイントは「ごめん、許せ」とユーノに対して内心で詫びる。

 

 彼女がここに居るのは完全に趣味だ。

 折角の休暇、教え子のデート。そんな面白そうなイベントを彼女が見逃す筈もなく、こうして出歯亀を行っている訳だ。

 

 そして出歯亀している女は、彼女一人と言う訳ではない。

 

 

「頑張んなさい! ユーノ!!」

 

 

 その哀愁漂う背中を応援している少女はアリサ・バニングス。

 これまでの事件において少年を友人の相手に相応しいと認めた彼女は、故にこそ諦めるなと声援を送る。

 

 

「…………」

 

 

 そして最後の一人。紫髪の少女は無言で一人を見詰め続ける。

 遊び半分、賑やかし半分と言う形で野次を飛ばす他の二人とは違い、彼女がここに居る理由は切実な物だ。

 

 

――月村すずか。其方がするべきは、二人の逢引きの中で■■■を見詰める事だ。

 

 

 男を嫌う。己を嫌う。そんな少女に御門顕明はそう告げた。

 その一時を見詰めろ、その人物を見詰めろ。そこにこそ、お前の認識を変えるだけの解答がある筈だ、と。

 

 

 

 月村すずかとて、真面な男が存在している事は知っている。

 姉の恋人である高町恭也がそうであるし、何度も助けられたユーノ・スクライアとてそうなのでは、と思いつつある。

 

 だが、それ以上に記憶に残るのが、氷村遊の姿だ。彼に従い続け、はやてに暴行を加えた男達の姿だ。

 或いは月村安二郎のように欲に溺れた愚者であり、社交界で見る大人のように腹黒い者達こそがすずかにとっての男の基準だ。

 

 故にこそ思ってしまう。ユーノや恭也も、表面上は真面なだけで一皮剥けば同じなのではないか。

 自分が敵意を向け続けなければ、いつか身内を傷付けるのではないか、と。

 

 頭ではあり得ないと分かっていても、心が納得しない。その嫌悪の情が拭えない。

 

 

「……見れば、分かる、か」

 

 

 あの女性が何を思って口にしたのか、言葉を伝えられた今でも分からない。

 否、頭では分かる。唯、感情が追い付いておらず、言われた言葉を受け入れていないだけ。

 

 だから見つめ続けよう。

 そうすれば、この情が揺らぐ筈だとあの女が言ったのだから。

 先の見えない今、それしか自分には出来ないのだから。

 

 

 

 

 

2.

 結局、今の地球をデート場所に選んだのは失敗だったのだろう。初めてのデートは、散々な結果となっていた。

 

 映画館は閉鎖されている。次回放映は未定であり、そのまま取り潰される可能性がある。

 並み居る飲食店は壊滅状態。小洒落た喫茶店などは閉店していて、今空いているのは労働者向けの安い早い多いと三拍子揃ったファストフードの店くらい。どう見ても、デートに使うべき店舗ではない。

 自然公園などは草木が燃え尽き、花壇は空っぽ。冬場の寒い風がより寒く感じられる情景だ。

 

 殺風景な公園のベンチに腰掛けて、ユーノは疲れた息を零す。

 考えれば分かる事だったろうに、と己の浅慮を内心で詰った。

 

 あの大災害から一月と少し。まだそれだけしか経っていないのだ。

 どれ程管理局が支援しようと、どれ程の人と物が海鳴周辺に集中しようと地球が復興している筈はない。

 

 この短期間で行われたのは、交通手段の復旧と住居、生活に最低限必要な衣食に関する販売店の設置程度。

 後は復興作業に従事する人向けの飲食施設等の再開くらいだ。

 

 この時点で絶叫マシンだけとは言え、遊園地が再開されている方がおかしいのである。

 

 そんな事、冷静に考えれば分かった筈だ。

 誘う事ばかり考えて、どんな場所に向かうべきかばかり考えて、楽しませる為にはどうすれば良いかばかり考えて、現地の状況を確認しようとすらしなかったユーノ・スクライアのミスであった。

 

 

「御免ね。なのは」

 

 

 今日何度目になるか分からぬ謝罪の言葉を口にする。

 項垂れて、申し訳なさそうにするユーノ。その頬を、なのははぎゅっと引っ張った。

 

 

「ユーノ君。謝ってばっかり!」

 

 

 むぅと怒った表情のなのは。

 散々連れ回され、その全てが徒労だったのだから怒るのも当たり前だろう、と少年は詫びようとして、頬を強く抓られた。

 

 

「私はね、嬉しかった。ユーノ君が誘ってくれて。楽しかったよ。一緒に居られて」

 

 

 好意を抱いている相手に誘われて喜んだ。

 何も出来なくても、一緒に街を歩いているだけで気分は浮ついた。

 

 それだけで、彼女は良かったのだ。

 

 抓った頬から手を離して、高町なのははユーノの目を見詰めて言う。己の想いを口にする。

 

 

「何もしなくても良い。何もしなくても良いんだ。……君が沢山考えてくれたのは伝わって来てる。どうにか楽しませようとしてくれた気持ちは分かってる。」

 

 

 それなのに、謝られては困る。これで十分だと言うのに、頭を下げられては困る。

 高町なのはは嬉しかったからこそ、ユーノの態度に怒っていた。そして言うのだ。己の言葉を。己の不満を。

 

 

「けどね。ユーノ君が楽しくないんじゃ嫌だよ。……私一人だけじゃ、デートじゃないもん」

 

「……なのは」

 

 

 目をジッと見詰めて来る少女。

 そんな彼女の想いを知って、自分は何をやっているんだと反省する。

 

 楽しんでいたと言う少女。その顔が、困り顔や苦笑いなどもあったが、それでも嬉しそうだった事は、しっかりと見ていれば分かった筈なのに。

 思い通りに行かないからと焦って、それで誘った相手を見ていないんじゃどうしようもないだろう、と己を罵倒する。

 

 

「御免……いや、ありがとう」

 

「うん! 許す!」

 

 

 ユーノの謝罪の言葉を、なのははあっさりと受け入れる。

 にこやかに笑う少女を見ていると、こうして殺風景で何もない場所に居ると言うのに、不思議とそれで良いんじゃないかと思えて来た。

 

 

 

 味気ない散歩。見るべき場所のない風景。何もしない時間。

 派手さはない。面白さもない。枯れたような時間だけれど、傍らに居る少女が笑っているならば、それも決して悪くはない。

 

 君の笑顔が絶えないならば、この静かな時間でも幸福は確かにあるのだと理解した。

 

 

 

 何も言わず。何も語らず。唯時間だけが過ぎていく。

 ぼんやりとしていると、連日の疲れが抜けきっていない所為か、眠気が湧いてきた。

 

 うつらうつらとし始めたユーノに、なのはは苦笑してポンポンと自分の膝を叩く。

 彼女の父母が時折やる行為。それを真似しての行動に、ユーノはその行動が示す行為を予想して顔を赤く染める。

 

 自身のイメージで眠気は覚めた。顔を真っ赤にしたユーノに対して、されどなのはは膝を叩き続ける。

 有無を言わせない、と言うその仕草。顔を真っ赤にしたユーノはお邪魔しますと小さく呟くと、寝転がった。

 

 恥ずかしさと嬉しさの天秤に揺られながら、なのはの顔を見上げる。頬を赤く染めながらも、優しく微笑む少女はユーノの髪を手櫛で梳く。

 

 ふと、その手の指が傷だらけな事にユーノは気付いた。手を繋いでいながら、何故気付かなかったのか。それ程に余裕がなかったのか。

 ユーノは改めて、そんな己の不甲斐無さを自覚して。そんな彼が、切り傷だらけのその小さな手を見詰めている事に気付いたなのはは、慌てて自身の手を背に隠した。

 

 

「にゃ、にゃはは。……お弁当、作ろうとして、失敗しちゃったんだ」

 

 

 どこか恥ずかしそうに、なのははそう語る。

 何時もはこんな失敗しないのに、待ち合わせに間に合うように急いだら失敗しちゃった、と。結局これ以上やり直していたら間に合わないから諦めた、と。

 

 

「にゃはは、お互い、ダメダメだね」

 

「……うん。失敗ばかりだ」

 

 

 本当に、互いに失敗してばかり。初デートは、散々な結果になっている。けれど、それでも、その表情に曇りはない。

 

 失敗を笑い合う。駄目だね、と苦笑する。

 今度はもっと上手くしようね、と語り合う。

 失敗しても、ダメダメな形でも、それでも幸福だと思える。そんな風に思えるからこそ。

 

 この優しい時間は、とても大切な物に感じられるのであろう。

 

 

 

 

 

3.

 冬の寒空の下、ゆっくりと暮れなずみ始めた頃。

 高町なのははユーノに対し、「ちょっと行きたい所があるんだ」と提案した。

 

 彼女に連れられて、バスに乗る。本数の少ないバスに揺られて、そうして暫く経った後、さざなみ寮前と言うバス停で途中下車した。

 こっち、と手を引くなのはに釣られて、街の方へと歩いて行く。山の中腹にあるさざなみ寮を通り過ぎて、禿山となった山道を駆け抜けて、二人は少し開けた場所に出た。

 

 

「これを、見せたかったんだ」

 

 

 山の中腹にある高台。海鳴と風芽丘を一望出来る展望台からは、夕日の茜色に沈んだ街並みが美しく映っている。

 

 

「……前にお兄ちゃんに連れて来てもらって知った。海鳴全部が見える場所」

 

 

 その美しい街並みをユーノは見詰める。

 所々壊れて、傷付いて、それでも誰かがそれを支えている美しい街を見詰めた。

 

 

「私はね。この街が好き」

 

 

 唐突に、なのははそう口にした。

 彼女は伝えたいのだ。その想いを。その意志を。

 

 

「ユーノ君と出会えた。アリサちゃんと出会えた。すずかちゃんと出会えた。ここが好き」

 

 

 知っていて欲しい。伝えたい。理解して欲しいのだ。この言葉を。

 

 

「アンナちゃんに出会えた。フェイトちゃんに出会えた。はやてちゃんに出会えた。そんなここが好き」

 

 

 その想いは伝わる。その想いは、故郷などに愛着を持てていない少年の胸にも、確かに響いて来る。それを本当に、少女が大切にしているから。

 

 

「世界なんて見えない。そんな大きな物、分からない。世界の危機を救うなんて、正直実感湧かないよ。……けどね」

 

 

 世界の危機と言われても、そこに実感など宿らない。

 至る果てを垣間見て、何とかしないといけないと感じても、どうして良いのかも分からない。

 

 だけど――

 

 

「この街を大切にしたいって想いは、ここから見るだけで湧いて来るんだ」

 

 

 ここからの景色が海鳴の全てだから。

 ここからなら、自分達の世界を形にして見る事が出来るから。

 

 

「辛い事は一杯あった。悲しい事も一杯あった。だけど、それだけじゃない」

 

 

 辛い出来事も、悲しい別れも、出会えた嬉しさには届かない。

 こうして生きて来たこの街を、確かに守りたいと感じている。

 

 

「出会いをくれた、海鳴の街に有難うって思ってる。私の世界を、守りたいって感じてる。だから」

 

 

 海鳴という少女にとっての世界。その小さな世界に礼賛を。少女にとっての守りたい物とは、そんなちっぽけな物だから。

 

 

「誰に強制されたからでもない。誰かの為と言う訳でもない。私は私の意志で、管理局に行くんだ」

 

 

 その言葉を両親に伝えた。その想いを兄妹に伝えた。その意志を友達に伝えた。そして今、ユーノに伝える。

 

 だから気に病まなくて良い。私は自分の意志で、戦場へと行くのだから。

 そんな言葉を、己の意志で前に進む事を、にっこりと笑って伝えるのだ。

 

 

「……君は、凄いな」

 

 

 嘗て見た、太陽のような笑顔。夕日を背に、同じような笑顔を浮かべる少女を、ユーノは焦がれた瞳で見詰める。

 彼の中で、曖昧な想いは確かな形を持ち始めている。答えはまだ出ない、それでも、もうすぐ出そうである。

 

 だけど、それを待つような高町なのはではない。

 

 

「……伝えたいのは、それだけじゃない」

 

 

 高町なのはは何時だって全力全開だ。

 そう決めたのだから、もう立ち止まる事も、踏み止まる事も、怖気付く事だってしてやらない。

 

 深呼吸を一つする。伝えるべき内容は、覚悟を決めていても恥ずかしくて。だけど全力全開。中途半端だけはしないから。

 

 

「私はね。ユーノ君が好き」

 

 

 冷たい風が吹く中、温かな笑みを浮かべて、少女は想いを言葉にして伝えるのだ。

 

 

 

 命の保証がない場所へ行く。明日も知れぬ戦地を行く。ならばこの想いを伝えよう。そう思ったから全力投球。躊躇いなんて、もうしない。

 

 

「格好良い貴方が好き。守ってくれるって言う時の力強さも、庇ってくれた背の大きさも、その強い瞳も全部好き」

 

 

 全ての想いを伝えよう。どんな返事が返って来たって構わない。高町なのはは全力全開。絶対に挫けたりはしない。諦めてなんてあげないから。

 

 

「格好悪い貴方が好き。どうして良いか分からなくておどおどしている姿も、恥ずかしくて真っ赤になって黙り込んじゃう所も、失敗して落ち込んでいる姿も全部好き」

 

 

 そうして太陽の様に笑う少女ははにかみながら、確かに少年の目を見て告げる。その刹那に、少年の心に忘れられない言葉を刻み込む。

 

 

「高町なのはは、貴方が大好きです!」

 

 

 それが全て。それが全部。高町なのはが伝えたい、想いの全てが其処にあった。

 

 

 

 

 

「あ、え、あう」

 

 

 予想もしていなかった言葉に、ユーノは顔を真っ赤にする。己の中で答えも出てはいないから、何を返して良いかも分からずにフリーズする。

 

 そんな姿にすら愛おしさを感じて、けれど知った事かと少女は攻め続ける。

 全力全開ど真ん中の剛速球。相手が受けられなくても知った事か、幾らでも打ち込み続けるのだ。少女はもう、揺るがないのだから。

 

 愛の示し方は知っている。アンナが見せた、あの行為の意味を知っている。

 だから、なのははトンと軽く前へ跳んで、混乱して固まった少年に抱き付いた。

 

 そうして、触れるような口付けを交わす。

 彼女が見せたような深い物ではなく、あっさりとしたバードキス。

 

 数秒にすら満たぬ一瞬の後、少女は自ら距離を取った。

 

 

「にゃはは」

 

 

 恥ずかしそうに、赤く染まった顔で笑う。

 全力全開であっても、流石に恥ずかしさは消せなかったから。

 

 

「私が伝えたいのはそれだけ! またね、ユーノ君!」

 

 

 照れ隠しのように笑った後で、身を翻すと足早に駆け出して行く。

 答えは聞かない。聞かなくて良い。唯、伝えたいだけだったから。

 

 

「…………」

 

 

 立ち去っていく少女の背を、ポカンとしたまま少年は見送る。

 答えを返すとか、態度を示すとか、暗くなってきた帰り道を送るとか、そんな発想は出て来ない。

 何が何だか分からぬ内に、攻め立てられたユーノは、固まったままの思考で立ち尽す。

 

 唯、唇に残った柔らかな感覚だけは、しっかりと覚えていた。

 

 

 

 

 

4.

「アーリーサーキィィィィック!!」

 

「おぶぱっ!?」

 

 

 なのはが見えなくなった後も茫然と立ち尽くしていたユーノに、建物の影から飛び出してきたアリサが飛び蹴りをかます。

 ぼんやりとしていた少年はそれを躱せず、錐揉み回転しながら飛んで行った。そうして地面に墜落した少年に、アリサは更に追撃を仕掛ける。

 

 

「こんのぉ、へたれ、へたれ、へたれ! アンタねぇ、なのはにあそこまでされといて、何でなんもしないのよ!!」

 

「ちょっ! 見てたの!?」

 

「見てたわよ! 信じらんない! アンタなら大丈夫って思ってたのに、肝心な所でヘタレてんじゃないのよ! このバカ!!」

 

「イタッ! 痛い! 痛いよ!?」

 

 

 うつ伏せに倒れたユーノに跨って、間接技を決めながらバシバシと叩くアリサ。

 彼女は二人の仲を認めるからこそ、こうしてもっと積極的になれとヘタレな少年にキツイ激励を送る。

 

 

「あはははははっ! まあ、あんな行き成りされたら対応出来ないわよね。アンタがヘタレなのは事実だけど」

 

 

 そんな二人の遣り取りを、青毛の女は腹を抱えて爆笑しながら見詰める。

 何だかんだでデート失敗理由の大半を担う女であるが、何となく良い方向に向かった結果に、笑って済ませる事にしたらしい。

 

 

「…………」

 

 

 そんな三者の遣り取りを、少し離れた所ですずかが見詰めていた。

 思い出すのは一つの言葉。御門顕明が語った、彼女の価値観を変えるという光景。

 

 

――其方がするべきなのは、二人の逢引きの中で高町なのはを見詰める事だ。

 

 

 御門顕明は理解していた。今更、真っ当な男を見たくらいではすずかのトラウマは消せない。その男性嫌悪の情は揺るがない、と。

 故に彼女が口にしたのは、高町なのはを見続けろという言葉。真っ当な男に愛情を抱く少女の想いを、見て理解しろと言う言葉だ。

 

 

――その最中で、あの娘がどれ程の愛を抱えているかを見るが良い。どれ程に想っているかを知ると良い。

 

 

 すずかは見た。彼女が見続けたデートは、お世辞にも褒められた物ではなかった。

 失敗ばかり、間違えてばかり、ドラマや小説にしても大して面白みもないだろう下らないデート。

 それでも、なのはは楽しそうだった。そんな詰まらない物ですら、大切と思える程になのははユーノを想っていた。

 

 

――そして考えるが良い。己の友の事を。……お前の友の想いは下らないか? お前の友が想いを抱く相手は、そんなにも醜いか? お前の友は、そんなにも見る目がないと思えるのか?

 

 

 それは、きっと否と答えるべきだ。ユーノ・スクライアが気に入らなくても、彼を想う彼女の気持ちは、きっと下らない物ではない。それを、見て来た中で確かに知った。

 

 

――それを知り、確信を得たならば。次は信じる事から始めよ。受け入れる事から、な。

 

 

 気に入らない男ではなく、その男に懸想する友を信じろ。その友の想いが本物ならば、その見る目が確かだと思うなら、きっとその相手とて下らぬ者ではない。その事実を、まずは受け入れろとあの女性は言っていた。

 

 

「……なのはちゃんに答えを返さない内は、認めてなんてあげないよ」

 

 

 叩かれている少年を見て、笑われているその姿を見て、すずかはそう呟く。

 まだ認めない。まだ受け入れない。未だ男など下らないと思っている。悍ましいと感じている。

 

 けれど、どこか前とは違う感情も抱き始めていた。

 

 

 

 

 

5.

 高町なのはは、日の沈み始めた山道を駆け下りる。

 寒空の下、それでも心は昂っていて、体はポカポカと温かかった。

 

 恥ずかしい想いを抱きながらも、全力で当たったが故の満足感も覚えている。

 そんな少女は、山道を下り切った所で――その甘い香りを吸い込んだ。

 

 

「え? 何、この匂い?」

 

 

 疑問に首を傾げる。何の匂いだろうか、と何度か深呼吸を繰り返して、その匂いの元へと歩を進めていく。

 

 

「工場?」

 

 

 街外れにある廃工場。どうやら匂いはここから来ているようだ。それに気付いたなのはは、何だろうかと歩を進める。

 

 緊張はない。恐怖はしない。工場内からは若干の魔力を感じるが、多少の事ではもうなのはは揺るがない。

 首に下げたレイジングハートを手で弄る。この地に感じる魔力は酷く脆弱。何があっても対処出来ると言う自信があった。

 

 そうして、なのはは其処でそれを見つけ出した。

 

 

「っ!? ……なにこれ」

 

 

 其処にあるは蠢く肉塊の群れ。

 醜悪で見苦しく、脈動を続ける肉の塊。

 

 気持ち悪いそれから目を逸らしたくなった心を、意志で追い遣るとそれを観察する。

 

 何が起きているのか、それが何なのか分からなければ何も出来ない。

 その為に目を凝らして、その奥までも凝視する。

 

 

「これ、人! 中に人が居るの!?」

 

 

 それに気付いたなのはは、即座に行動に移った。

 内に人を蔵する肉塊を、非殺傷の魔力で吹き飛ばす。

 中から零れ落ちて来た粘液塗れの人間を抱き抱えると、その体調を確認する。

 

 

「息はある。意識はある。……けど」

 

 

 夢。夢。夢を見せて。

 そう譫言のように呟く女の姿。そこにはどうしようもなく生命力が欠けている。肉体が欠損している。魂が欠落していた。

 

 なのはは何が起きているのかを予想出来ずとも、その肉塊が元凶なのだろうと確信する。

 その肉塊がリンカーコアを持たない女性の生命力と体と魂を消費していた事を理解する。

 

 周囲の肉塊を見る。これら全てに人が囚われている。

 だが、その全てを解放する事は出来ない。今助け出した女性は酷く衰弱しているのだ。

 治癒魔法の使えないなのはでは、肉塊から解放する事は出来ても治療する事が出来ない。

 

 故になのはは、この肉塊を生み出しているであろう元凶に対処する事を選択した。

 

 

 

 そうして、肉塊に埋もれた廃工場を進む。

 肉塊から臭う悪臭と、工場内に充満する甘い香りが混ざった異様な臭気に意識が遠くなる。それに耐えながら、なのはは更に先へと進んでいった。

 

 そして――

 

 

「愛い、愛い。愛い、愛い。……あら?」

 

「……貴女は」

 

 

 そこに居る筈のない女を見た。

 

 その銀髪の女を、なのはは確かに知っていた。

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ目で見たその女、彼女こそは。

 

 

「闇の書」

 

「ああ、どこかで見たような。確かに見たような。……分からないな。分かりませんね。分からないなら、貴方も主なのでしょう」

 

 

 銀髪の女は壊れている。高町なのはの言葉も届かぬ程に狂っている。

 己が何を言っているのか、己が何をしているのかすら分からずに、只々狂い続けている。

 

 

「主ならば救わなくては、救われなくては、救われて下さい」

 

「っ!?」

 

 

 肉塊が蠢く。魔力を発する。

 夜天はなのはを救うべき存在だと認識していた。

 

 

「私は、主じゃない! はやてちゃんはもう居ないじゃないですか!!」

 

 

 その夜天の姿に、少女はそう口にする。なのははそのなれの果てに、言葉を口にした。

 

 

「?」

 

 

 そんな言葉に、夜天は首を傾げる。

 何を言っているのか分からぬと、首を傾げて疑問を口にする。

 

 そんな反応に、動きが止まった対応に、話せば通じると勘違いしたなのはは、畳みかけるように口にする。

 

 

「闇の書さんの主は、はやてちゃんでしょう! はやてちゃんはもう居ないんです! こんな事をしても、意味がないんだ」

 

 

 夜天が何故、こんな事をしているのか分からない。

 何故、人々を苦しめているのか理解できない。

 そも、彼女が生き残っている理由すら分からずにいる。

 

 それでも思う。はやてが家族と言った闇の書の騎士達。そんな彼女らと同じく、闇の書に由来する者。

 はやてが生きていれば、彼女もまた家族だと言ったと思うから。

 

 放っておけない。こんな風に被害を増やしている姿を見過ごせない。どうにか止めなくては、となのはは使命感を燃やして。

 

 

「あああああああああああっ!?」

 

「何!?」

 

 

 はやての名を聞いた夜天は、絶叫を上げた。

 

 

「嫌、嫌、嫌。痛い痛い痛い。……知らない。そんなのは、私は、救う、だから、死んでいない。主は救われるのだから、いないはずがない」

 

 

 酷い頭痛を感じる。頭の中がグチャグチャになったように、夜天に残った僅かな自我が目覚めかける。

 だが、そうはならない。その程度の亀裂で壊れる程、夜天の狂いは浅くはない。

 

 

「……そうか、貴様は主ではないな。ああ、私の救いを邪魔しようとするのだ。主が居ないなどと虚言を吐くのだ。そんな貴様が、主であろうはずがない。……だが救ってやろう。お前も救ってやろう。私の救済を邪魔するお前も、哀れなお前も救ってやろう。救われろ。救われろ。救われろ。私の手で救われろ」

 

「っ!? 貴女は、どうして!!」

 

 

 言葉を口にしながらも、白き衣を身に纏う。

 この壊れた女を止める為に、その手に魔法の杖を取る。

 

 

「理由? そんな事はどうでも良い。理屈? よせよ、面倒だ。人格? それが救いに何か関係があるのか? 知らぬ存ぜぬ全て纏めてどうでも良い。主を救おう。主を救おう。邪魔をする哀れな者らも救ってやろう。さあ、私の夢に眠ると良い」

 

 

 壊れた女は自閉したまま、そう口にする。

 何かをする心算だ。そう判断したなのはは何かをされる前に先手を打つ。

 

 

「レイジングハート!」

 

〈Divine buster〉

 

 

 放たれる桜色の砲撃は、その密度、その威力共に絶大。残骸に過ぎぬ夜天に抗える道理はない。

 その桜色に飲み込まれて、夜天は崩れ落ちていく。狂ったまま、壊れたまま、自壊していって。

 

 

(え? 非殺傷なのに、何で?)

 

 

 そんな違和感が湧いた。

 

 同時に感じる。その姿を見て、その言葉を聞いた時に感じた怖気。

 それに反して、余りにも呆気がないと考えて。

 

 

――良い夢は見れたか?

 

 

「っ!?」

 

 

 気が付けば、なのはは肉塊に取り込まれかけていた。

 

 何時の間に、とは思わない。どうして、などとは感じない。

 理解している。分かっている。この気怠さが証明する。

 

 自分は先程から既に眠っていたのだと。

 

 魔力を放出して肉塊を破壊する。そうして放たれた魔力で、兎に角夜天から離れようと空を飛んだ。

 

 

――夢見る夢は終わらない。寝る子の眠りは侵させない。

 

 

 そう思った瞬間に、しかしまた囚われていた。

 “夜天から逃れたと言う夢”から覚めて、肉塊に埋もれるなのはは思う。

 

 

「これ、一体……」

 

 

 分からない。分からない。分からない。

 今が夢なのか、それとも現実なのか、それすら何も分からない。

 

 自分は何時から夢に囚われていた? 闇の書と出会った時? この廃工場に入った時?

 

 それとも、あの甘い香りを嗅いだ時点で既に眠っていたのか。

 

 

――舞われ、廻れ、万仙陣。

 

 

 女の声がする。眠りに堕ちろよという声がする。

 そんな女の夢に囚われて、高町なのはは底へと沈んでいく。

 

 

 

 それは或いは、必然の結果。

 高町なのはの異能は、格上相手に特化している。

 それは明確な格上相手でなければ、その真価を発揮できないと言う事。

 

 そうでなくとも、彼女はスロースターターだ。

 傷付いて、追い詰められて、それでも諦めないと立ち上がるのがその根源。

 そんな想いすら抱かせない眠りは、匂いを嗅いだ時点で眠りに落とす万仙陣は、正しくなのはの死角を突く。

 

 

「起き、ないと……」

 

 

 ああ、だけれども、今が夢かも分からない。

 現実を見失った少女は、肉塊に飲まれて意識を閉ざした。

 

 そうして、最悪の脚本が完成する。最低の舞台が幕を開ける。全てが終わる夢が始まる。

 

 

「あ、あああ、あはははははは! これで、これで漸く、貴女が救える。貴女を救える。良かった。良かった。ああ、本当に良かった!!」

 

 

 夜天には魔力が欠けていた。

 万仙陣を展開する魔力が、己の存在を保つ魔力が欠けていた。

 

 このままでは、己は消え去る。それは困る。それでは主が救えない。

 あの灯りの元に、少し歩を進めた場所に主が沢山いるのに、己の消滅を恐れて救いにいけない。

 

 ああ、何ともどかしい。

 

 だが、夜天は今魔力を得た。主ではないこの娘は、正しく無尽蔵の魔力炉だ。

 その魂も、その血肉も、その魔力も、どれ程削ろうとも無くなりそうにない。これならば、幾らでも万仙陣を発動できる。この地に住まう、全ての主を救えるのだ。

 

 そう。この街も、この星も、その全てを飲み干すだけの魔力を得たから。

 

 

「舞われ、廻れ、万仙陣」

 

 

 甘き香りが街に広がる。眠りへ誘う香りが国を飲み込む。肉塊が生まれる。肉塊が生まれる。肉塊が生まれる。

 家で娘の帰宅を待っていた少女の父母らが、屋敷で語り合っていた剣士と吸血鬼の恋人達が、高台で未だじゃれ合っている子供達と青髪の女が、誰一人として例外なく肉塊に飲まれていく。

 

 

 

 そうして、夜の帳が落ちる前に、海鳴の街は狂った女の夢に堕ちた。

 

 

 

 

 




そして後半はリインの独壇場。
格下の絡め手かつ初見殺しと言う、なのはにとって最悪の相性がここで響きました。

そしてなのはを得た事で、放っておけば消えていたリインがヤバい災厄に変わります。


ちたまは肉塊に埋もれた。これでちたま苛めも最後の予定です。

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