リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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九歳はやては大天使。作者がリリカルで二番目に好きなキャラです。(ただし十九歳、てめぇは駄目だ。二十五歳はやてはエロいから認める)


副題 はやてさんは天使だ。
   アグレッシブストーカー。
   暴走する守護騎士。


第二十九話 願いは其処に

1.

 トボトボと彷徨い歩く。

 何処に行くでもなく、何をするでもなく、高町なのはは唯ぼんやりと海鳴の街中を歩いていた。

 

 学校へと行く気はしない。そんな少女は昼間の商店街を歩いている。

 本来ならば、このような幼い少女がこんな時間に出歩いていれば、補導の一つは受けるであろう。だが、今はそれもない。

 

 行く道にある店舗は軒並み店仕舞い。

 シャッターの降りた灰色の光景を晒しているか、Closedと記された看板が下げられているのが現状であった。

 

 

 

 度重なる災害の被害を受けた海鳴市。

 二度は復興の為に人々も立ち上がったが、流石に三度は堪えたらしい。

 

 人気も活気もない光景は、現在の海鳴市では当たり前となりつつある物である。

 地震と台風による被害を受けた後、脆くなった地盤より有毒ガスが噴き出してきた。それがこの街を襲った災害に対する一般人の認識だ。

 レジャー施設という場所から噴き出した有毒ガスが、何時他の場所から出て来るとも分からない。というのが彼らの認識である。

 

 国は避難指示を出す必要があるかどうかを検討し、その為の研究機関まで立ち上げた状態だ。

 その決定を待たずして、夜逃げ同然にこの地を去る人も少なくはない。無論、未だ残る者の方が多いが、それも仕事や生活が送れている内の話であろう。

 

 学校や公共機関。そう簡単には移転できない大型店舗などは未だ開いているが、個人経営の会社や小さい店などは撤退してしまっているのが殆どだ。

 再開発計画などは市より上がっているが、工事業者との遣り取りなどで問題が発生しており、遅々として進んでいなかった。

 

 このままで居れば、何れ海鳴市から人気はなくなってしまうであろう。今、この街は復興するか否かの瀬戸際にあるのだ。

 

 

 

 そんな海鳴市で最も人気がない個人経営店舗の立ち並んでいた商店街。

 ゴーストタウンと化しつつあるその中を、なのはは歩く。失われていく景色を思う。

 

 誰も彼もがいなくなっていく。それはこうして景色の変化を見れば、強く思ってしまう程に。

 アリサとすずかと喧嘩をしてしまった。アンナが居なくなってしまった。活気の失せた海鳴の街を見ていると、その有り様が自分の現状を示しているようにも思える。

 

 一人だけ取り残されているかのようだ。

 置いて行かれてしまったようになのはは感じて、ふっとその場所が視界に入った。

 

 

「公園」

 

 

 海鳴臨海公園。そこは彼女にとっての想い出の場所。

 フェイト・テスタロッサと決闘をして、決着が付かなかった場所。

 クロノ・ハラオウンに敗れ去り、宇宙戦艦アースラを始めて見た場所。

 ユーノ・スクライアと再会の約束をして、一緒に写真を撮った場所。

 

 そして、もう一つの大切な思い出。

 

 

――ねぇ、何しているの?

 

 

 友達が初めて出来た場所。

 高町なのはにとっての始まりの場所だ。

 

 誘蛾灯に誘われるかのように、なのははフラフラと公園の中へと歩を進めていく。

 変わっていない。何も変わっていない。その光景に、思わず涙が溢れそうになった。

 

 

「あれ? なのはちゃん?」

 

 

 声を掛けられた。振り返った先に居るのは、車椅子の少女。

 

 

「はやて、ちゃん」

 

 

 黒髪の女性に車椅子を押されながら散歩をしていた八神はやては、そうして迷える少女と再会したのであった。

 

 

 

 

 

2.

 神速。それは御神不破に伝わる秘奥の一つ。

 彼の剣術流派を常識の埒外へと引き上げている根源とでも言うべき技術だ。

 

 

「っ! 違う、こうじゃない」

 

 

 脳内にあるリミッターを意図的に外すことで、常軌を逸した身体能力を発揮する純然たる体技。それこそが神速である。

 

 高町士郎は彼を指導する際、最初は従来通り単純な体捌きや貫きといった技法から教えていくつもりであった。

 その後に技の鍛錬に入り、ある程度習熟した所で神速を教えていく予定であったのだ。

 

 だが、彼は大天魔という脅威を知った。悪路王の腐毒によって、現実的な脅威として認識したのだ。

 そしてユーノがそれに挑もうとしている事を知った事で、士郎は教育方針を変えることになる。

 

 御神不破において、最も強力と言える技法は歩法に分類される奥義である神速に他ならない。

 人の手には負えない災害の如き存在と相対する際において、何が最も役に立つかと言えば、やはりそれも神速であると言えるだろう。

 その為、士郎は他の技を教えるよりも、基礎技術を向上させるよりも、神速の習得とその為に必要な体作りを優先することにしたのである。

 

 それ故に、他の技術よりも先に御神不破の真髄である神速の概念を教え込まれた少年は、未だ成功してはいない神速を自らの身体で再現をしようと自己鍛錬を続けていた。

 

 人気のない林の中、ユーノは何度となく木々に体をぶつけ、根に足を引っかけては無様に転ぶ。

 その服は泥塗れにして汗だらけ、体は擦り傷だらけであり、中途半端に外したリミッターの影響で全身の筋肉は引き攣っている。

 

 だが、それでもリミッターを外し掛けることは出来ている。唯人を超越する感覚は掴みかけている。

 彼がこの流派の指南を受けてから、貫きと神速しか学んでいないとは言え、それにしても異常な速さと言えるだろう。

 

 それを才能故にと切ってしまうことは出来まい。武の才覚など、この少年には皆無である。

 汗臭く、泥臭く、必死に修練を続ける少年にとっての数日は、唯漫然と体を鍛える者達の数年にも匹敵するであろう程に濃厚だ。だからこそ凡人でしかない少年は、それでも此処に、その階へと手を伸ばし掛けていた。

 

 進む速度に動きが追い付かず、足がもつれて転んでしまう――けれど、その回数も減ってきている。

 走り出した勢いを殺せずに木々に体をぶつけてしまう――けれど、漸く持て余した勢いを維持したまま進行方向を変えられるようになってきた。

 

 本来は存在しないリミッター切り替えという機能。それを無理矢理に行う。

 それを朝から晩まで繰り返し続けたが為に、過負荷が掛かり焼け付くかのように脳が熱い。

 けれど、最初の数日に比べれば遥かに痛みは薄くなっている。確かに脳内に新たな機能が構築されかけているのだ。

 

 戦いの中で、急に成長する訳ではない。

 今まで出来なかった事が、突然出来る様になる訳じゃない。

 

 唯、積み重ねた物は無駄じゃない。

 気が遠くなる程に、同じ事を重ね続ければ、それは何時か花開く。それが、この今に開花した。

 

 かちりと、何かが嵌った気がした。

 

 とん、と軽い音を立てて、ユーノは疾風の如き速度で林を擦り抜ける。

 白黒に変わった視界の中で、スローモーションのように映る映像を置き去りにして、確かにユーノは神速を発現していた。

 

 疲労によって体から余計な力が抜けている。

 焼け付く寸前にまで酷使された脳は、神速を使う為の機構を脳内に作り出している。

 高町士郎に叩き込まれた基本技術が、ザフィーラ、クロノという強敵との戦いの中で得た経験が、今ここに芽吹いていた。

 

 

「やった! っと、の、あっ!?」

 

 

 出来た、と歓喜を浮かべた瞬間、未だ未熟な神速状態からは抜けてしまう。

 勢いを持て余したユーノはこけて転んで、ガンと音を立てて顔面から地面に突っ込んでしまうのであった。

 

 

「い、いたた」

 

 

 痛みに耐えながら起き上がる。

 鼻を抑えて、血が出ていたので手で軽く拭う。

 無様を晒した。誰にも見られていないことに、ほっと一息を吐いて。

 

 

「けど、今出来たよね」

 

 

 震える手を見詰めて、確かに出来たと理解する。

 確かに使えたという自負がある。もう一度行えるかどうかは、まだ少し不安だ。

 

 けれど一歩を進んだ。偶然の産物でも、確かに出来た。

 だからその実感に、よしと拳を握り締めるとユーノは再び鍛錬を再開する。

 

 この感覚を忘れない内に、確かにものにしてやろう、と。

 

 

「見つけたわよ! ユーノ・スクライア!」

 

 

 そんな努力を続ける彼の前に、乱入者達が現れた。

 

 

「君達は」

 

 

 こちらを指差しながら走って来る金髪の少女と、その背を追う紫髪の少女。

 その二人の姿を、ユーノは何度か見たことがある。言葉を交わした事とて少なくはない。

 

 

「アリサ・バニングスに、月村すずか?」

 

 

 なのはの友人達。片や少しは話せるであろう間柄になっているアリサと、どうしても苦手意識を抱いてしまうすずか。

 そんな二人が自分を探していたという事実に首を傾げながらも、ユーノは彼女らの話を聞く為に鍛錬を切り上げると、少女らに向かって足を進めるのであった。

 

 

 

 アリサ・バニングスはアンナとの再会を諦めてはいない。

 彼女は今度こそ友の手を掴んで離さないのだと決意していた。

 

 だが、そんな決意を幾ら重ねようとも、彼女が無力であることは変わらない。

 アンナとなのはから伝え聞いた知識しかない少女には、その手を届かせる手段がなかったのだ。

 

 ならば諦めるか、否である。

 自分の手が届かないならば、届かせることの出来る知人を頼れば良い。

 

 高町なのはは駄目だった。不屈の闘志は折れている。彼女はもう大天魔の前には立てないだろう。

 故にアリサが頼れる可能性があるのはユーノ唯一人。現在地球に滞在している魔導師が彼しかいないことは、なのはに聞いて理解している。

 

 

「お願い! 私達に力を貸して!!」

 

 

 だからこそ、何としてでも協力してもらう為に、こうして頭を下げて頼み込むのである。その為に、彼を探し続けていた。

 

 

「あー、うん。……取り合えず事情を説明してもらえるかな?」

 

 

 余りにも唐突なアリサの発言に面を食らったまま、取り合えずとユーノは事情説明を求めるのであった。

 

 

 

 

 

「なるほど、ね」

 

 

 事情を語られて、ユーノはそう呟いた。

 

 端的に言ってしまえば、アンナという友人を取り戻す為に、ユーノに大天魔が居る戦場へと連れて行ってもらいたいと言う願い。

 その内容のハチャメチャ具合に頭を抱えながらも、ユーノはアリサが語らなかった部分を指摘する。

 

 

「それで、何で僕なのさ。……まず真っ先に頼るべきなのは、なのはだろう?」

 

「うぐっ!」

 

 

 痛い所を突かれたと視線を逸らすアリサの表情で、ユーノは何があったのかを悟る。

 恐らくは喧嘩。どの程度のレベルの物かは知らないが、あそこまで傷付いたなのはを更に追い詰めたであろう少女達に僅か怒りを抱く。

 

 とは言え、友達同士の喧嘩は当事者達だけで決着を付けるべきだ。

 自分もクロノとの喧嘩の決着を横から掻っ攫われれば、不満の一つや二つは抱える。

 なのはだって、友人達との遣り取りを邪魔されれば同様に納得できない気持ちを抱える破目になるであろう。

 

 そう。自分は空気読めないあいつとは違うのだ、と無理矢理に溜飲を下げた。

 

 

「まぁ、それは後であの子と向き合ってくれれば良いけどさ」

 

 

 そう言って言葉を区切ると、意図的に表情を変えて少女の願いを否定した。

 

 

「……君達を大天魔の元まで連れて行く? ふざけるなよ、アリサ・バニングス」

 

「っ!? ふざけてなんかいないわよ!」

 

「そう。なら、こう言うべきかな? ……魔導師の覚悟を、嘗めるな」

 

 

 少女の願いに対して返るのは、冷たい瞳と言葉による返答だ。

 そこに怒りが含まれていないと言えば嘘になるだろうが、それ以上にあるのはその願いの無茶苦茶さへの否定。魔導師の覚悟を甘く見ている少女への怒りこそが其処にある。

 

 

「大天魔が現れる戦場は一つ残らず死地と化す。人の生きられる場所じゃなくなる。唯そこに居るだけで周囲を地獄に変えるのが大天魔という災害なんだ」

 

 

 大天魔とは人知を超えた災厄。その太極の名が示すように、彼らは人型の地獄に他ならない。

 

 

「その地獄へ自分の身も守れない人間を連れて行く? 無力な足手纏いを庇ったまま、彼らに挑む? 無茶を言うなよ、不可能なんだ」

 

 

 どうしようもない程に、何も出来ない。どころか足手纏いとなって、被害を拡大させる。

 何処までも無意味に、何処までも無価値にその命を落とすであろう。そんな事は考えるまでもなく分かってしまう。

 

 

「彼らを前にすれば、僕らも……いや、僕も無力だ。自衛できるかどうか、囮になれるかどうか、違いなんて、そんなもんだろうさ」

 

 

 それは誰よりも無力さを噛み締めたユーノ・スクライアだからこそ言える。

 己が無力を理解している彼だからこそ、内に重みが宿る言葉である。

 

 

「アリサ・バニングスに月村すずか。まず君達は、己が無力さを理解するんだ」

 

 

 それこそが立脚点。己が無力を理解して、己が弱さを自覚して、それでもと口にし続ける彼らが辿った場所。

 

 

「余り僕らの覚悟を舐めてくれるな。死地へと挑む覚悟もなく、安易に縋ろうとしないでくれ」

 

 

 そこから先は絶対の死地なのだ。逃げ帰れる保証は欠片もない。絶望に満ちた道程なのだ。

 それでも、彼らは先に進むと決めた。生きて帰って来ると約束したのだ。

 

 アリサ・バニングスの言葉は、そんな覚悟のない言葉は、その想いを汚しているとユーノは断じて切り捨てた。

 

 

 

 そんな彼の冷たい返し。それに反発するかと思われた少女は、然し激情を見せることはない。

 むしろ、清々しいと言わんばかりに笑みを浮かべると、ユーノの予想を遥かに超えた言葉を口にする。

 

 

「何だ、アンタ、結構良い奴じゃない」

 

「はっ?」

 

 

 それはユーノにとっては的外れな言葉。罵倒の如く、お前は力も覚悟も足りていないと断言されて、アリサは感謝を返したのだった。

 

 勝気で激情家であると認識していた少女の返しに、ユーノは間抜けそうにポカンと口を開いて。

 そんな理解出来ていない様子のユーノに、くすりと笑みを漏らすと、アリサはその言わんとすることを説明する。

 

 

「良い男だ、って言ってんのよ。……だって、どうでも良い相手に対してなら、そんな忠告なんてしないでしょ? 絶望的な戦いなら尚更、唯盾や囮にすれば良いのに、そうしない。……心配してくれているんじゃない、それ」

 

「……別に、君の為じゃない。あの子の友達を傷付けたくないだけさ」

 

「それでキツイ言葉が言える所が、良い奴だって話よ」

 

 

 ぴしっと指を突き付けるアリサの姿に、ユーノはやりにくいという思いを強くした。

 そんな彼の言葉裏をあっさりと読み解いた勝気な少女は、その内心まで見抜きながらもそれを裏切る言葉を告げる。

 

 

「んで、言いたい事は唯一つ。……アンタも私を、このアリサ・バニングスを舐めるんじゃないわよ!」

 

 

 見縊るな、とアリサは口にする。その心情をここに吐露する。

 

 

「死地? 地獄? 知った事じゃない! あいつが其処に居るなら引っ張り上げる! 今度はこの手を離さない! それが親友ってもんでしょう!!」

 

 

 アリサ・バニングスの覚悟を舐めるな。お前達にだって劣ってはいないのだ、と。

 そう吠える少女に、自身の予想をあっさりと裏切る少女の姿に溜息を吐いて。

 

 

「けど、君が何と言おうと僕は連れて行かないよ」

 

 

 ユーノはそう答えを返す。

 

 彼女の覚悟、彼女の思い、それが生半可な物ではないと言うのは分かる。

 だがそれだけだ。彼女は現実にあの地獄を見ていないから言えるのであろう。その絶望を知らないからこそ吠えるのであろう。

 

 そう思う気持ちを、覆せる程のものではなかったから、ユーノはその言葉を否定する。連れて行ってなんてやるものか、と。

 

 

「なら、私はアンタがうんと頷くまで、何時までもストーキングしてやるわ!!」

 

「……アグレッシブ過ぎるだろ、このストーカー」

 

 

 頭が痛い。苦々しい表情で、変な奴に絡まれてしまったとユーノは思考する。

 そんな彼の肩をポンと叩くと、これまで無言だった少女はにっこりと微笑んでいた。

 

 

「……勿論。私も付いて行くね」

 

「げっ」

 

「何かな? 淫獣くん」

 

「いや、何でも……」

 

 

 最も苦手とする少女のストーキング同伴発言に、思わず嫌そうな表情を顔に浮かべてしまう。

 その淫獣という呼び名には色々と物を申したかったけれど、どうにもその笑みが恐ろしくて口に出来なかった。

 

 

(なのはちゃんだけでなくアリサちゃんにも手を出したら、分かっているよね)

 

 

 まるで念話で会話しているかのように、目でその意志を伝えて来るすずか。その目が言っている。去勢するぞ、と。

 ニコニコと笑う紫髪の少女から放たれる負のオーラに圧倒されながら、本当に面倒な事になったとユーノは空を仰いで嘆息する。

 

 

(……これなら、適当に頷いておくべきだったかも)

 

 

 早くも自身の返答を後悔して、少年はヘタレるのであった。

 

 

 

 

 

3.

 きぃきぃとブランコが揺れる音がする。

 公園にある二つ並んだブランコに腰を掛け、高町なのはと八神はやては唯無言で過ごしている。

 八神はやての保護者である櫻井螢は、少し離れた木に寄り掛かったまま、一向に会話を始める様子を見せない少女達を見守っていた。

 

 時刻は既に夕方。まだ日の入りには時間が掛かりそうであるが、夕日が地平線の向こうへと傾いている。

 昼間に遭遇してから今の今まで、彼女らが口を開くことはなかったのだ。

 

 

「聞かないの?」

 

 

 そんなはやてに対して、漸く重い口をなのはが開く。

 ぼそぼそとした言葉は、ともすれば聞き逃してしまいそうになる程にか細く。だがはやては聞き逃さずに口にした。

 

 

「聞いて欲しいん?」

 

 

 彼女の言葉に、はやてはそう返す。その思う所を、静かに告げる。

 

 

「なのはちゃんが聞いて欲しいんなら聞くで。けど、聞いて欲しくないなら聞かへん」

 

「……なら、聞かないなら、何で一緒に居たの?」

 

「うーん。せやなぁ。……あれやな、一人ぼっちは寂しいやろ?」

 

 

 だからや、と語るはやての笑みに、なのはは瞳を潤ませる。

 潤ませた瞳から零れ落ちるのを堪える為に空を見上げて、ぽつりと独り言のように呟いた。

 

 

「友達と、喧嘩したんだ」

 

「そか」

 

「アンナちゃんを私が怖がって、アンナちゃんが居なくなって、アリサちゃんやすずかちゃんと喧嘩した」

 

「そっか」

 

 

 その言葉に相槌を打ちながらはやては思う。

 怖がったという言葉を後悔しているように話す少女に、自分自身を重ねて思うのだ。

 

 

「なのはちゃんは、アンナちゃんが好きなんやなぁ」

 

「え?」

 

「せやろ? そうでなかったら、そんなに後悔する訳あらへん。怖いって思うだけや」

 

 

 ブランコを揺らしながら思う。

 彼女と同じく、大切な人を怖がっている。そんな同じ負い目を持つ少女に対して、はやては大切だからこそと口にする。

 

 

「大切やから、怖がってるんが嫌なんよ。どうでも良い人なら、怖いと思って、それでしまいや。せやから、なのはちゃんはアンナちゃんのこと、まだ大切やと思っとるんよ」

 

「私は、まだ……大切だと思っている?」

 

 

 思い浮かべるのは邪笑を浮かべる魔女に染められた記憶。

 今にも目を逸らしたくなる恐怖を抑えて、その奥にあった筈の想い出を取り出した。

 

 それは四人で共に過ごした日々。幼い頃からずっと一緒で、そうしてこれからもずっと一緒なんだと無邪気に信じていた頃の原風景。

 ずっと四人で、何時までも一緒に。そう願って、そう祈って、そう信じた。ああ、そう思いを抱いてしまう程に、それは確かに大切だった光景だから。

 

 

「また、遊びたいな」

 

 

 堪えてきた涙が零れ落ちる。高町なのははその想いを口から零す。

 失われてしまった美しい刹那が、ああ何よりも尊い物だったのだと漸く実感できたのだ。

 

 

「また皆で、いつも通りに遊びたい! 喜んで、泣いて、怒って、楽しんで、そんな当たり前を、またしたいよ!」

 

 

 理解してしまえば後は簡単だった。

 一度決壊してしまえば、もう堪えるのは無理だった。

 

 大粒の涙を零しながら、高町なのははワンワンと泣き始める。

 人目も憚らず、周囲を気にすることもなく、漸く失われてしまった宝石を思って、その想いを涙と共に吐き出したのだった。

 

 

「そっか、そうなると、ええなぁ」

 

 

 声を上げて涙を零す少女の傍らで、八神はやてはそう呟く。

 

 慰める事はせず、だが決して見捨てるような事もせず。

 はやてはなのはの傍らにあって、涙に暮れる少女の思いを聞き続けるのであった。

 

 

 

 

 

 夕日が地平線に差し掛かり、日の入りを迎えた頃。

 漸く泣き止んだなのはは、赤く腫れた目元を拭うとはやてに言った。

 

 

「ごめんね、はやてちゃん。変な所見せて」

 

「ええって、泣きたい時は、誰にだってあるんやから」

 

 

 一度泣いてしまって、感情を全て吐き出したことでスッキリとしたのだろう。

 あれ程グチャグチャだった思考は、漸く真面に考える事が出来るようになっている。

 

 

「あの、さ。聞きたい事があるんだ」

 

「そか、うちもや。言いたい事、いっぱいあるんよ」

 

 

 そこで漸く、はやての事に思い至る。

 闇の書の主であると思わしき彼女に、問いかけるべき言葉は一杯あったから。

 

 なのははブランコから立ち上がると、はやての前に立って手を伸ばす。

 

 

「ねぇ、聞いても、良いかな?」

 

「話してもええ?」

 

 

 どこか遠慮するかのように問いかけるなのはに、それを茶化すようにはやては笑って返して。

 

 

『勿論』

 

 

 そう問い掛けに揃って答えを伝える。

 いっぱい話そう。いっぱい聞こう。互いに伝えるべきことは、山ほど存在しているから。

 

 伸ばされたなのはの手を、握り返そうとはやてはその手を伸ばす。

 その小さな手は、確かになのはの手を握り返そうとして――つるりと滑り落ちて行った。

 

 

 

 はやての伸ばした手はなのはの手を掴むことはなく、その手は空を扇いで地に落ちた。

 

 

「はやて!」

 

「はやてちゃん!?」

 

 

 空を切った手。伸ばし切って地面に落ちたそれに引き摺られるように、八神はやては前のめりに地面へと倒れ込む。

 必死な表情を浮かべて近付いて来る櫻井螢と高町なのはの姿を見上げて、ふとはやての視界は途切れた。

 

 

「あれ? 真っ暗や」

 

 

 その視界がプツリと途絶える。

 まるでテレビから電源を引っこ抜いた時のように、八神はやての視界は急に真っ暗に染まっていた。

 

 

「……おかしいなぁ、何も見えへん」

 

 

 地に倒れたはやては、聞こえて来る切羽詰まった二人の声を耳にしながら、その意識を手放すのであった。

 

 

 

 

 

4.

 ある一つの無人世界。少年少女達より逃れた守護騎士達は隠れ潜んでいた。

 

 鉄槌の騎士は己の調子を確認するかのように、その小さき手を軽く動かす。

 あの少年少女との戦いとも言えぬ一方的な蹂躙で既に限界を迎えていた彼女は、シャマルに後を任せると一度闇の書へと戻り、その身の再構成を終えていた。

 

 今になって思うと、何故あれ程に恐れていたのだろうと疑問に感じる。

 彼女の身には何一つとして変異など起きてはいない。寧ろ万全となった現状ならば先のような無様は晒さないと断言出来よう。

 

 

 

 そんなヴィータを見詰めながら、シャマルは彼女が闇の書に戻っていた間に起きた書の異常を考える。

 

 ヴィータが内に戻った瞬間、まるで無作為転移を行う直前のような力が闇の書に発現していた。

 繋がった“誰か”から命を簒奪しているかのような輝きが溢れて、しかしそれ以上は何も起こらずに停止したのだ。

 

 それがヴィータの記憶から大天魔の存在を読み取った闇の書の管制人格が逃れようとした証であるとは気付けない。

 中途半端に終わってしまったのは、闇の書に起きている致命的な自壊が原因であるとも気付けない。

 その為に大量の魔力を奪われたはやてが、その被害を受けてしまったことにも気付いていない。

 

 

(もしかして、私達は何か――致命的な思い違いをしていたの?)

 

 

 外に居てそれを見ていたシャマルは、其処に漸くの違和を感じる。

 それでも答えに辿り着けない。分かる筈なのに、思考が揺らいで考えが纏まらない。

 

 闇の書を完成させる為の存在は、故にその異常を言及することが出来ない。深く考えようとすれば意識が誘導されてしまう。

 まだ目覚めるには僅かに不足している湖の騎士は、違和を感じ取ってもそれに逆らう事がまだ出来なかった。

 

 

「ん。……私が私でなくなる、って感じはしねぇな。これならもっと、早くにやっておくべきだったか?」

 

 

 首が回らなくなったから、追い詰められて漸くにこの手段を選んだヴィータ。

 そんな鉄槌の騎士は自分が薄れた事にも気付かぬままに、手にした鉄槌を肩に担ぐ。

 

 其処に切迫した表情は少ない。怯える様な表情は消えている。

 主と過ごした大切な記憶さえも薄れていて、それに疑問すらも抱けない。

 

 そんな作り物の鉄槌の騎士は、薄れても尚強い救おうとする意志で、頭を悩ませるシャマルへと言葉を掛けた。

 

 

「んで、これからどうするよ」

 

「これ、から……そうよね。これからの事を、ちゃんと考えないと――」

 

 

 朦朧とする思考を切り替えて、シャマルはその思考を回す。

 だがどう考えても状況は悪い。情勢は最悪で、どうした物かと首を傾げてしまう程。

 

 管理局の少年少女達が、如何にして自分達を捉えたのか分からない。

 だが、千の瞳からは逃れられないというあの少年の言葉を思えば、自分達が監視されているのではないか、という思考に至るのは道理である。

 

 大天魔と言う怪物が、今も何処かに潜んでいる。

 先にはこちらに都合良く動いたが、次もそうなるとは限らない。

 

 こちらの戦力はヴィータだけ、シャマルは管理局と大天魔のどちらにも通用しない。

 

 

「ちっ、ならシグナムを作り直すか? 書の頁を結構使っちまうが、手筋が増えるのは手、だろ?」

 

 

 そんな八方塞がりな展開に、ヴィータは舌打ちしてから口にする。

 シグナムの復活は全てが終わってからと考えていたが、それを早めるのも手であろう。

 

 其処に感じた忌避感を既に忘れた鉄槌の言葉に、シャマルは何処か恐怖を感じながらに首を横に振った。

 

 

「それはやめておきましょう。守護騎士プログラムを動かすには、書の頁だけでなくはやてちゃんの承認と魔力が必要。今のはやてちゃんじゃ、耐えられないわ」

 

 

 それは確かに事実と言える言葉であったが、同時にそれ以外の理由もある。

 口にはしないが、湖の騎士は確かに闇の書への不信感を抱き始めていたのだ。

 

 

「なら、どうするってんだよっ!」

 

 

 そんなシャマルの消極的な言葉に、爆発するかの様にヴィータは言葉を吐き捨てた。

 

 

「シグナムは戻せねぇ! けど私らじゃ手数も戦力も足りねぇ! どうしようもねぇじゃねぇかっ!」

 

 

 薄れてはいる。既に思い出は記録に変わってしまった。

 それでも強く胸を占めるのは、必死になって守ろうとした人への想いだ。

 

 

「それじゃあいけねぇんだよ! はやてを守るんだ! 必ず救うんだ! どうしてだったか理由は分からねぇけど、それが大切だって覚えてんだよっ!!」

 

 

 それは欠片となった今でも、それでもとても大きな想い。

 何故好きだったのかを忘れても、それでも好きだと断言できるその感情。

 

 自我が薄れても、芽生えた魂が消える訳ではない。

 記憶が記録に変わっても、其処から生まれた感情までは消えていない。

 

 

「邪魔するなら、潰す! 誰であろうと叩き潰す! あの白いのも、黒いのも、シグナム殺した化け物共だって例外じゃねぇっ! 関係ねぇんだ。出来ねぇなんて理由にならねぇっ!!」

 

 

 だから何をしてでも、はやてを救おうと願っている。

 そんなヴィータの剣幕に驚きながら、ふとシャマルは一つの疑問を抱いた。

 

 

「……待って、ヴィータちゃん」

 

「あ?」

 

「そうよ。どうして、考えなかったのかしら」

 

 

 湖の騎士が抱いた疑問。それは鉄槌が敵と見据えた中にある。

 白い魔法少女は敵だ。黒い執務官は敵だ。だが果たして、彼の怪物達は敵なのか。

 

 

「もしも唯の敵なら、あの時出てくる理由はなかった」

 

 

 大天魔の出現が、闇の書の守護騎士達を窮地から救った。

 あの影を操る魔女が救いとなったのは、果たして偶然だったのかと思考する。

 

 

「もしかして、あの怪物達は私達を手助けしてるんじゃ――」

 

 

 当初こそ、シグナムを殺した事で完璧に敵だと認識していた怪物達だが、それでも彼らが敵だと言うならば、あの瞬間に出て来る理由はなかった筈だ。

 彼らが現れたのは二度。そのどちらも、守護騎士が完全に敗れ去る直前に姿を晒しているのだ。守護騎士達を如何にかしたいだけならば、そのまま放置すれば良かったと言うのに。

 

 

「……アイツらが味方だってか? もしも、それがマジだとすりゃ」

 

 

 目的さえ分からない化外たち。

 だがその目的が書の完成を阻む物ではないと、それだけは確かに分かっていた。

 

 何を考えているのかは分からないが、あの大天魔達も闇の書を完成させようとしている。

 そしてもしもその目的に書の完成が必要だとすれば、その為に必要となる守護騎士達は彼らにとっても重要な要素となる。

 

 闇の書の力を得られるのは主だけの筈だが、何か目的でもあるのだろう。

 

 そう気付いたヴィータは、もしかしたらと思考する。

 それが何であれ、彼らが闇の書の完成を手助けすると言うならば、現状でも打てる手は確かにあった。

 

 

「使えるな。これは――」

 

 

 だから其処に至った思考を、ヴィータは一つの策として口にした。

 

 

「あいつらが危機に出て来るって言うなら、無茶をしても問題がねぇ。管理世界に攻め込んだって、好きなだけ蒐集が出来る」

 

「待って、それは危険よ! もし予想が間違っていたら!?」

 

「だが、上手くすりゃ一発で闇の書が完成する!」

 

 

 もう時間はない。時間はないのだ。

 例え分の悪い賭けだとしても、それでも賭けるだけの価値はそこにあるならば。

 

 

「これは賭けるしかねぇだろ!」

 

「……ヴィータちゃん」

 

 

 全てを賭けるには十分だ。例えリスクを負ってでも、やるべき価値は其処にある。

 そう必死の表情で言葉に紡ぐヴィータを見詰めながらに、シャマルはやはり首を振った。

 

 

「それでも、私は反対よ。リスクが高過ぎる」

 

「だから、それは承知だって――」

 

「だから!」

 

 

 反発するヴィータの言葉を遮って、シャマルは強く言葉を紡ぐ。

 彼女にしては珍しい意志の発露によって、今のヴィータも納得する代案を此処に上げる。

 

 それは戦嫌いでもあるシャマルにしては、余りにも凄惨が過ぎる提案だった。

 

 

「……リスクを少し下げましょう。大丈夫、リターンは十分にある筈だから」

 

 

 狙う世界を変える。強大な戦士が集うミッドチルダではなく、その後背地をこそ狙う。

 エースストライカーと戦うのは博打が過ぎるからこそ、シャマルは戦力が低くても実入りが多い世界を示した。

 

 

「ミッドチルダじゃねぇってんなら、そいつは――」

 

 

 それは何処か。危険はミッドチルダ程ではなく、だが魔力を十分に集められる場所。

 それは――エースストライカーに比する巨大な魔法生物が生息している、あの世界を置いて他にない。

 

 

「第六管理世界アルザス」

 

 

 現在確認されている中で、最も強力な魔法生物。竜が住まう世界。

 アルザスと称される彼の地ならば――闇の書を完成させる為に必要な力は集う。

 

 だがそれは、当たり前に生きている人々の平穏を奪うと言う行為。

 唯の通り魔では終わらない虐殺。騎士の誇りに泥を塗るなどでは済まない、最悪の行いだ。

 

 

「強大な魔力を持つ竜を蒐集出来れば、魔力量は十分。……それにアルザスなら、いざとなったら逃げ延びるのもそう難しくはないわ」

 

「決まり、だな」

 

 

 それでも、為すと決めた。

 闇の書を恐れつつも、それしかないと思っている。

 

 だから、二人の騎士に迷いはない。

 ヴィータは鉄槌を構え、シャマルは書を手に、いざ行かんと出陣する。

 

 狙うは竜世界。アルザスという地に生きる巨大竜。その地に住まう人々を、闇の書の薪へと変える為に――

 

 

「滅ぼすぜ、竜世界」

 

 

 この行動が、主を救うと信じて、鉄槌の騎士は暴走する。

 無関係な人々を、その戦場へと引き込んでいくのであった。

 

 

 

 

 




○次回予告

やめて! 守護騎士が今アルザスを襲撃したら、彼女らを監視している天魔・奴奈比売まで付いて来ちゃう!

お願い、滅びないでアルザス! あんたがここで滅んだら、それ以上の被害を受けることが確定している地球やミッドチルダは一体どうなってしまうの? ヴォルテールはまだ残っている。大地の守護者は健在なのだから!

次回「竜世界崩壊」デュエルスタンバイ!



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