リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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※2016/11/04改訂完了。


副題 漢の喧嘩。傍迷惑。
   颯爽と(死亡)フラグを建てるクロノ。
   リリカル終了のお知らせ。



第二十話 転落への流れ

1.

 互いの拳がぶつかり合う。

 拳撃が、蹴撃が、刃の如く鋭い切れ味を見せる。

 

 対峙するは二人の人物。

たった二人の人物が晴天の下、このプールの傍に水着姿で立ち、激闘を繰り広げていた。

 

 二人の男。片や幼い少年、片や若い男である。

 

 十に満たない幼い金髪の少年、ユーノ・スクライア。

 二十前後に見える青髪褐色の男、ザフィーラ。争い合うはこの二人。

 

 両者の間に年齢の差こそあるが、体格差や年齢差で心折れる程少年は柔ではない。

 そしてその点だけで相手を見下し驕る程、守護獣である男は愚かではない。

 

 年齢による体格差という物は確かにある。

 身体能力の高さでは、ザフィーラが遥か上を行く。

 

 だがユーノとて、単に劣っているだけではない。

 体の小ささ故に小回りの早く、御神不破とストライクアーツという優れた技術を持っている。

 自らの経験に依存した原始的な体術を使うザフィーラに対し、延々と練磨された技術でユーノは対抗する。

 

 その技巧の差と小回りの早さで、少年は身体能力差を埋めている。

 それを迎え撃つ蒼き獣に油断や侮りは欠片もなく、男は重ねた経験と肉体の頑強さで少年の技巧に対していた。

 

 

(今は拮抗しているけど……このままじゃ、マズイか)

 

 

 ユーノ・スクライアは殴り合いながらも、次なる一手を思考する。

 彼は武才に欠ける少年だ。一番の強みを捨てた時点で、勝機は欠片もなくなる。

 

 ならば思考を回すしかない。

 唯一の強みを動かして、この強敵を食い破るより他にない。

 

 

(自覚しろ。僕が対抗出来ているのは、相手が御神不破の様な技術に慣れていないからに過ぎない。……素の性能差では、圧倒的に劣っている)

 

 

 基本となる性能。魔法も加味した能力値。

 攻防速全ての面で、ユーノはザフィーラに劣っている。

 

 その性能差を埋めているのが、学び重ねた技術だが――

 

 

(やっぱり、()()()()()()()。……この人は、純粋に戦い慣れているんだ)

 

 

 ザフィーラはベルカの古強者。

 その戦技は戦場にて、磨き抜かれた原初の理だ。

 

 その後継とも言えるストライクアーツ程には洗練されていなく、御神不破のような規格外染みた体技には届いていない。

 だがそれでも確かにそれは戦の術理であり、彼は戦場を生きた戦士である。

 

 戦場では、初見の敵と交戦する事も少なくない。

 珍しい程度の相手に対応出来ない戦士が、戦場に適応できる筈もない。

 

 ならば出来るのだ。ザフィーラに時間を与えてしまえば、唯一と言っていい物理的なアドバンテージが消失する。

 

 

(そうなったら、幾ら思考を回しても勝ち目はない。なら)

 

 

 取るべき選択は一つ。

 相手がこちらに対応し切る前に、一気に押し切る他にない。

 

 

(思考を回せ。頭脳を動かせ。脳細胞を酷使しろ。……どうせ僕に出来るのなんて、それだけなんだ。だったらさ――)

 

「――その一つの、思いっきり貫くっ!」

 

「ぬぅっ!?」

 

 

 ユーノが、赤く塗れた拳を強く握り締める。

 盾の守護獣の身体を打ち続けて、擦り切れた拳を振り上げる。

 

 打ち出した拳に乗った力は、貫き。

 徹しの技巧が乗った拳撃が、ザフィーラの身体を撃ち抜いていた。

 

 

「俺を射抜くかっ!? ――だがっ!」

 

「――っ!」

 

 

 打ち抜いた後の拳を、ザフィーラはその両手で掴み取る。

 外皮ではなく内臓に伝わる痛みに、それでも男は屈しない。

 

 思わず腕を引こうとする少年に、盾の守護獣は喝破した。

 

 

「盾の守護獣を、舐めるなぁっ!!」

 

 

 盾の二つ名は伊達ではない。

 主の盾になる為に、ザフィーラの頑健さは並みではない。

 

 魔法なしでも強靭な肉体。そして痛みへの抵抗力。

 身体的にも精神的にも、男は主を護る盾として在り続ける。

 

 どうして盾たる我が身が、この程度で落ちようか。

 

 痛みで足は止まらない。

 傷の一つ二つで、その動きは鈍らない。

 

 事守ると言う一点において、この男を超える存在などそうはいない。

 

 

「俺を拳で倒すなら――この千倍は持って来いっ!」

 

「――っ! がぁっ!?」

 

 

 両手で抑えた拳を軸に、余りに軽い少年の身体を持ち上げる。

 そしてそのままに、プールサイドの地面へと、少年の身体を叩き付けた。

 

 

(ま、ず……)

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 痛みで目を白黒させる少年に、守護の獣は容赦をしない。

 地面に落とされてバウンドする少年の背に、男の拳が打ち込まれた。

 

 否――

 

 

「躱したかっ!?」

 

 

 打ち込まれる直前に身体を捻って、どうにか一撃を回避した。

 前転の様に転がりながら距離を取った少年は、荒い呼吸を落ち着かせる。

 

 

(やっぱり、性能の差は歴然、か。……真面に受けたら、それで終わる。気合とか根性とか、そういうのが意味ないくらいに、物理的に動けなくなる)

 

 

 プールサイドに刻まれた破壊の跡を視界に入れながら、ユーノは必死に思考を回す。

 

 強化された拳とは言え、それだけで地面に亀裂を刻んだ盾の守護獣。

 一般人の目がある故に魔法を上手く使えない。そんな状態でこれを受ければ、最悪一撃で行動不能となるだろう。

 

 治癒活性の魔法も、願いの石による恩恵も、何もなければこの程度。

 エースストライカー級の怪物には届いていないと、ユーノは己の未熟を自覚する。

 

 

(貫きじゃ足りない。接近戦じゃ分が悪い。……かと言って、魔法合戦に持ち込む訳にもいかない)

 

 

 接近戦での分は悪い。

 だが、魔法戦に持ち込む訳にもいかない。

 

 平日の昼間。人気の多いレジャー施設。

 そんな事が問題なのではなく、それ以外の理由がある。

 

 

(一般人の目が問題なんじゃない。多分だけど……習得魔法の傾向的にも、僕と相性が悪い相手だ)

 

 

 盾の守護獣の発言と、その戦い方に見え隠れする癖。

 そして無限書庫で見た書物の記憶が、それを確信させている。

 

 ベルカの騎士で、盾の守護獣と言う名。

 それを確かに、ユーノ・スクライアは知っていたのだ。

 

 

(同系統の術者。僕が補助と治療を出来る分、相手は防御の一点に特化したタイプだ。素の性能差も加味すると、撃ち合いになった時点で詰む)

 

 

 夜天の書。無限書庫で軽く見ただけだが、恐らく其処に記されていた人物。

 己の身を盾として、主を護り抜くと言われた蒼き獣。それがこの男であると。

 

 防御を得意とする魔導師と言う点で、彼はユーノと同じタイプだ。

 補助や治癒に才を振り分けているユーノと違って、それだけに特化した相手だ。

 

 シュートバレッド程度の弾丸では、傷一つ負わせられない。

 プロテクションスマッシュは、障壁強度で押し負けて自爆する。

 アレスターチェーンは上手く使えば通るかもしれないが、ザフィーラを倒し切るには、単純に魔力量が足りていない。

 

 距離を取っての魔法合戦になった時点で、もう詰みと言って良いだろう。

 

 

(なら可能性は、此処にしかない。分の悪い接近戦の中で、この盾を突破する)

 

 

 距離を取れば、真綿で首を絞める様に、ゆっくりと圧殺される。

 ならば多少の不利は自覚した上で、近接戦闘でこの男を乗り越えるしか道はない。

 

 

(そうだ。さっきの千倍必要なら――)

 

 

 先の攻撃は、無意味だった訳ではない。

 幾ら耐えたとは言っても、ダメージは蓄積している。

 

 ならば――

 

 

「威力を上げて、数を増やして届かせる。やってやれない事じゃない」

 

 

 口の中で呟く様に、ユーノ・スクライアは勝機を見出す。

 それは薄氷を踏む様な可能性であって、それでもやれない事ではない。

 

 相手が己の技量全てに慣れてしまう前に、耐えられないだけの拳を叩き込む。

 チキンレースにも似た争いこそが、ユーノが見付け出した勝利への道筋である。

 

 

「……やはり、お前は俺が倒すに足る敵だ」

 

 

 そんな風に覚悟を決めた瞳を見せる少年に、盾の守護獣は静かに語る。

 半ば偶発的に始まった遭遇戦であるが、それでもこの戦には価値がある。

 

 そう理解したザフィーラは、戦場において少年へと問い掛けた。

 

 

「名を、聞かせてくれるか、少年」

 

 

 そんな唐突な問いに眉を寄せながら、ユーノは警戒を解かずに口にする。

 

 

「急に名前を聞くなんて、……何の心算さ」

 

「戦の作法だ。誇りに敵う首級の名は、刻んでいく事にしている」

 

 

 ザフィーラは認めた。この少年の存在を。

 

 見た目などは問題ではない。年齢などは関係ない。

 重要なのは実力と精神性であり、この少年は打倒を誇るべき敵手である。

 

 

「認めよう。そして、だからこそ言おう。――余り己を、卑下し過ぎるな」

 

 

 そんな言葉を聞かされて、ユーノは驚きを顔に表す。

 分かり易いその姿に苦笑して、ザフィーラは言葉で説明した。

 

 

「驚く必要はない。顔を見れば、拳を合わせれば、少しくらいは理解できる」

 

 

 ザフィーラは気付いている。彼は理解していた。

 ユーノには己を卑下する癖があり、どうにも自己を過小に評価している。

 

 だが違う。それは違うだろう。

 

 己に不利な状況で、それでも退かぬと言うその意志。

 どんな状態でも勝利を見出し、見つけ出したら貫こうとする精神性。

 

 動き方から感じる僅かな泥臭さと、確かな経験による裏打ち。

 その年齢で此処まで仕上げるのに、一体どれ程の苦難を積んだのか。

 

 それが見て分かる程に、拳で分かり合える程に、強く強く感じるのだ。

 

 

「もう一度言おう。お前は俺が倒すに足る――強い男だ」

 

 

 故に彼は、ザフィーラが倒すべき強敵だ。

 騎士の誇りを以って、対等に向き合うべき敵だ。

 

 ならばそう、己の卑下は認めた誰かの卑下と同じだ。

 己は屑だと語る言葉は、その屑を認める相手に対する侮辱なのだ。

 

 

「刻んで行こう。お前の名を、誇らしく我が身の戦果として――」

 

 

 だから、その卑下する思考はやめろ。

 だから、その尊ぶべき名を教えてくれ。

 

 ザフィーラは、再び問い掛ける。

 

 

「だから、お前の名を聞かせてくれ」

 

「……ユーノ。僕は、ユーノ・スクライアだ」

 

「そうか、ユーノと言うのか。……俺はザフィーラ。盾の守護獣ザフィーラだ」

 

 

 水に濡れたプールサイド。

 男と向き合う少年は、僅かに表情を緩める。

 

 腹立たしいくらいに頭に来ている敵から認められて、どこか嬉しいと感じてしまう。

 そんな自分を誤魔化す様に、ユーノ・スクライアは怒りと憤りを口にした。

 

 

「好き勝手、言ってくれちゃってさっ!」

 

 

 偶然出くわして、突然殴り掛かってきた男。

 意図した交戦ではなく、これは両者にとっては遭遇戦。

 

 騎士の誇りも結構だが、巻き込まれたユーノからすれば堪った物ではない。

 

 

「結構、期待してたんだぞ。今日のこの日を、自分でも意外だって思うくらいには、楽しみにしてたんだ。それなのに、さ」

 

 

 気になるあの子と遊びに来た、このレジャー施設。

 更衣室に忘れ物を取りに行ったなのはを待つ間、飲み物を買ってくると席を外したら、この褌姿の男に遭遇したのだ。

 

 そこから流れる様に始まった戦闘。

 どうして遊びに来て、こんな男と殴り合わないといけないのか。

 

 

「何を好き好んで、お前なんかと殴り合わないといけないのさっ!」

 

「ふっ、それはすまんな。……だがこちらも、そう簡単には退けん身でな」

 

 

 頭に来ている。正直気に入らない。

 

 楽しい遊びを潰されて、どうしてこんな目に合うのか。

 なのはを傷付けた一味であり、絶対に許してはいけない相手だ。

 

 それなのに、そんな風に認められたら憎み切れない。

 許せない相手なのに、どうしてか嫌いになり切れない。

 

 だからユーノは、溜まりに溜まった鬱憤を吐き捨てる。

 

 

「お前達には、色々と言いたい事があるっ! 本当に一杯、山ほどあるんだ! だからっ!」

 

 

 拳を握り締めて、覚悟を決める。

 やるべき事は単純で、為すにはどうするべきか、それだけ考えればそれで良い。

 

 

「とにかく一回、思いっきりぶっ飛ばす! ボコボコにした後で、なのはに土下座させてやるから、覚悟しとけ!」

 

「お前の実力は認めるが、勝つのは俺だ。我が主が為、闇の書の糧となれ、ユーノ・スクライア!」

 

 

 二人の漢は我意を剥き出して、拳の激突を繰り返す。

 

 

 

 その決着は未だ遠い。

 

 

 

 

 

2.

 そんな争う二人を少し離れた場所で見ながら、クロノ・ハラオウンは頭を抱えて溜息を吐いた。

 

 両者とも魔法を秘匿するという最低限の事は守っているが、それ以外は眼中にないと争い合っている。

 

 当然、人目を気にすることもなく、騒ぎを聞き届けて集まって来た観衆の只中で、激闘を繰り広げていた。

 

 

「全く、あの馬鹿どもは」

 

 

 周囲の人々からは時折「凄い」だの「映画の撮影」か、など歓声が上がっている。

 

 余りにも危機感の欠ける発言だが、それには当然理由もあった。

 

 その内の一つは両者の技術が、一般人の常識で理解できる範疇内にある事。

 一般人に理解出来ない、高みにある技術ではない。魔法や異能が関わっていないのだ。

 

 理解の追い付く範疇にあり、しかし非常に優れた物であるからこそ受ける感想である。

 

 格闘映画やスタントを使った特撮映画の如き武闘。

 それはある種の美しさを秘めており、確かに見応えのある光景である。

 

 世界大会、オリンピックの格闘競技等の選手より僅か上の実力。古の英傑には届いていないが、現代では世界最高峰に名を連ねることが出来る領域。

 

 それが魔法を使わないザフィーラのスペックであり、それに追随しているのがユーノという少年だ。

 

 そんな実力者二人の対立は素晴らしく、そして一般人の目でも理解出来ない程ではないからこそ、何らかの催し物として受け入れられていた。

 

 

「クロノくん!」

 

「……エイミィか。どうした?」

 

 

 こげ茶色の髪に、緑色のデニム水着を来たエイミィ・リミエッタ。

 彼女は人込みから少し外れた場所に座り込んだクロノを見つけ出すと、息を弾ませながら彼の元へと歩み寄って来る。

 

 

「いや、クロノくんがユーノくんと飲み物買いに行って帰って来ないから、探しに来たんだけど。……これ、何してるの?」

 

「あそこでやり合ってる馬鹿共に聞いてくれ」

 

 

 さてどう収拾をつけたものか、と頭を抱えながら馬鹿者二人を罵倒する少年の姿。

 そんなクロノに苦笑を返そうとして、エイミィはそれに気付いた。

 

 右手の義手で頭を抱えるクロノ。

 その義手に付けられた人体を偽装する人工の肌が、高温によって溶けている。

 

 爛れた皮膚のその下に、銀色に輝く機械部品を晒していた。

 

 

「あっちゃー、やっちゃったね。クロノくん」

 

「ん。ああ。……仕方ないだろう。広域での精神誘導魔法を使った訳だしな」

 

 

 今、こうして二人の漢の勝負を熱狂と共に見守っている人々。彼らの思考は、クロノによって誘導されていた。

 

 それこそが、彼らが二人の男達の戦いを不自然に思っていない理由のもう一つである。

 

 精神誘導魔法とは言え、思考を強要する洗脳の類のような魔法ではない。

 

 そういった魔法は下手に使用すると後遺症が残る物だ。

 人格や精神に悪影響を与える事は禁止されている為に、緊急避難としても使われることはない。

 

 故にクロノが行ったのは、思考の一部を鈍らせる魔法。

 何となくこうなんじゃないか、程度の思い込みを発生させる魔法である。

 

 それによって人々は、ユーノとザフィーラの戦いを異常事態と思うことはなく、何らかの催し物であると錯覚している。

 彼らの技量が高いことや、魔法を使用していないのもあって、上手く馴染んでいるようだ。

 

 無論、所詮誘導に過ぎないので、隠し切れぬ程にボロが出れば気付かれてしまう。

 今は互いに魔力強化も最低限に自重しているが、いざとなれば周囲に気を配る余裕などはなくなるだろう。

 

 それでも、時間稼ぎには十分だった。

 

 

「しかし困ったな。やはり先に結界を張るべきだったか? だが、そうすると、精神干渉程度では利かなくなるからな。……流石にこの人数を、記憶操作するのも手間だ」

 

 

 結界を張っても、その前に認識された出来事は変わらない。

 相手が結界を張る前に殴り掛かって来た時点で、封時結界だけで済ませる訳にはいかなくなっていたのだ。

 

 だが、人の精神に介入する魔法は総じて、構成が難しく魔力の消耗が激しい。

 その上対象の精神に干渉し過ぎないように、後遺症を残さない為に別の魔法も併用する必要があるので、広範囲を対象とすればデバイスに掛かる負荷は大きくなる。

 

 故にこうして、クロノの義手はその負荷に耐えられずに異常を衆目に晒しているのであった。

 

 

「あらら、排熱部に溶けたスキンが張り付いてるよ。これじゃ、マリエルも苦労するだろうな」

 

 

 クロノ・ハラオウンの義手は腕型のデバイスだ。

 どれほど優れた技術であったとしても、機械である以上、動作させれば熱が籠る。それ故に排熱は不可欠である。

 

 特に熱が多く発生する戦闘時などは、機械の姿を晒していなければ排熱が間に合わなくなってしまうのだ。

 

 とは言え、日常生活でそんな姿を晒していては、色々と問題も多くなるだろう。

 その為平時においては、その機能を著しく制限した上で人体を偽装する冷却材入りのスキンを義手の上に被せているのである。

 

 

「……アテンザには悪いと思っているさ。だが、パニックを起こさせる訳にはいかないからな」

 

 

 偽装スキンの製作者であり、スカリエッティの弟子を自称するマリエル・アテンザ。そんな変わり者の後輩の名を出したエイミィに、クロノは言い訳染みた言葉を返す。

 

 師がアースラに乗っていたと知るや否や、アースラの技術士として乗り込んで来たバイタリティ溢れる人物が彼女である。

 

 義手がこうも壊れてしまっては、スカリエッティかそれに近い人物でしか直せないであろう。

 だが、師の作品をあっさり壊したクロノに対し、本来は温厚だが特定の物事に対して暴走しがちな彼女がどう反応するか。

 

 それを思うと、彼女がアースラに乗っているのは幸か不幸か、どうにも判断が難しかった。

 

 

「けど、それじゃクロノくんは魔法使えないよね。……現在進行形で戦っているあの子、どうするの?」

 

「どうも出来ないな。歪みはまだ使えるが、あれは流石に誤魔化せんだろう」

 

 

 魔法は使えず、歪みも容易く使う訳にはいかない。

 管理局員として魔法を秘匿したまま、どうやって収拾を付けるかと思考する。

 

 

「素手での争いで終わってくれれば良いんだが、敵も追い詰められれば魔法を使うかもしれん」

 

「ユーノくんが相手を追い詰める、と? 意外と信頼しているんだ」

 

「……正当に評価しているだけだ。あいつの爆発力はある種異常だからな。ああして今拮抗していることを思えば、そう遠くない内に決着は着くだろうさ」

 

「へー。ほー」

 

「何だ。その顔は」

 

 

 恋人であるが不器用な弟のようにも感じているクロノの態度に、ニヤニヤと笑みを浮かべるエイミィ。

 

 そんな彼女にお前の期待しているような事はないぞとクロノは軽く返して――

 

 

 

 その直後に、周囲は赤紫色の結界に覆われた。

 

 

 

 周囲の観客が消え去る。後にはクロノとエイミィ。

 そして未だ戦い続ける二人の男の姿だけが残されている。

 

 

「エイミィっ!」

 

「うん。……外は人が急に何人も消えた所為で、パニック状態になっているみたい。サーチャーから映像が送られてきてる」

 

 

 デバイスを動かして、外部の情報を確認するエイミィ。

 そんな彼女に疑問を抱きつつも、嫌な状況になったとクロノは頭を抱える。

 

 

「なんでサーチャーを待機させていたのか、気になるが今は突っ込まないでおく。……アースラに連絡は?」

 

「無理。結界に妨害効果もあるみたい。短距離なら兎も角、衛星軌道上のアースラまで通信は届かないよ」

 

 

 魔法の秘匿の為には、外部の混乱を解決する必要がある。

 だからと言って、こうして争い合う連中を放置している訳にもいかない。

 

 クロノは現状を理解すると、即座に指示を口にした。

 

 

「なら、エイミィはアースラに一度戻って、外部のパニックを抑えてくれ。アレックスやランディなら、そういう作業に向いている」

 

「クロノくんは?」

 

 

 そんなエイミィの問い掛けに、歪みを行使しながら、クロノは両の義眼を動かす。

 

 魔力反応を感知する右の義眼。

 生体反応と熱反応を感知する左の義眼。

 

 その二つで確認すると、自らが行うべき事を説明する。

 

 

「……結界内にある生体反応は、僕らを加えて五人分。魔力のみの反応が四人分。合わせて九人だ。内、二人があそこでやり合っている馬鹿共、そして僕らが二人を除けば、後に残るは五人だけ」

 

「なのはちゃんと、あの時の襲撃者三人だね」

 

「ああ、一人余る訳だ。それが恐らく、奴らの首魁だろう。……僕はそっちに当たる」

 

 

 ここでこの事件を終わらせよう。

 そんな意思が、彼の瞳にはあった。

 

 

「あー。クロノくん。焦りは禁物じゃないかな?」

 

 

 そんな瞳の色を見て、エイミィは僅か危うさを感じる。

 そんなに焦って事件を終わらせようとするなど、彼らしくないと。

 

 

「……焦っている訳ではないが、まあ久し振りの休暇を潰されたくはないからな」

 

 

 そこでクロノは少し、言いずらそうに言葉を淀ませた。

 だが、それも一瞬。覚悟を決めると、少し恥ずかしそうにその言葉を口にする。

 

 

「エイミィ。今回の勤務期間が終わって、ミッドに戻ったら、少し出かけないか?」

 

「え?」

 

「……いや、結局クラナガンでは休暇が取れなかったしな。約束通り、ホテルアグスタに連れて行くことは流石に出来んが、な」

 

 

 母に口にした様に、そんな風にクロノは言う。

 そんな珍しい恋人の提案に、エイミィは胸を高鳴らせながら頷いた。

 

 

「うん。行こう! すぐ行こう!」

 

「……いや、この件も含めて、決着を付けてからだからな」

 

 

 現金な奴だ、とクロノは苦笑する。

 とは言え、デートの約束一つでこうも嬉しげにされるならば、彼女の為に動く甲斐もあると言う物だろう。

 

 こちらも嬉しくなって、微笑んでしまう。

 そう感じる度に、それだけ大切なのだと自覚していた。

 

 

「分かってるって! それじゃ、転送よろしく!」

 

 

 溜息で感情を隠しながら、クロノは歪みを行使する。

 万象掌握の力がエイミィの身体を包み込んで、彼女をアースラへと転移させた。

 

 本来、使用者の許可なく転移などは出来なくなっている結界は、歪みを防ぐことは出来ずにあっさりと抜かれる。

 消費魔力と使用者の位階差故に、抵抗の一つも行う事は出来なかった。

 

 

「さて、そろそろ終わらせよう」

 

 

 転移したエイミィの背中を見送って、意識を切り替えるとクロノは宣言する。

 

 

「結界を張ったのは、愚策だったな。この僕が動けば、それで終わると教えてやろう」

 

 

 人目がなくなった時点で、守護騎士達は詰んだのだ。

 

 クロノの歪みに対処できる者など、敵手の中にはいない。

 彼の制限を失くし、自由にさせた選択は、最大の悪手であった。

 

 

 

 

 

3.

「何で、何でなん!? シグナム! ヴィータ!!」

 

 

 幼い少女が、嘆きの声を上げている。

 

 友と家族が争う現状。大切な人達が、相争っている光景。

 遭遇してから暫くして、説明もせずに始まった戦闘に、何故と戸惑いの言葉を漏らしている。

 

 だが届かない。その声は伝わらない。

 

 盲目的なまでに闇の書の完成を求める守護騎士達は、本来の目的であったはずの少女の声に耳を傾けることすら出来ていない。

 

 

「悪く思うな。……今度こそ、闇の書の糧となって貰う」

 

「ぶっ潰れろやっ! 高町なんとかっ!!」

 

「っ! 私は高町なんとかでも、魔王でもなくて、高町なのはだよっ!」

 

 

 互いに言葉をぶつけながら、結界内にて武器をぶつけ合う三人。

 

 

 

 その戦闘のきっかけなど、とても単純な物だった。

 

 

 

 高町なのはと遭遇した騎士達は、彼女を警戒し身構える。

 対するなのはも何処か緊張した表情を浮かべていて、はやては何かがおかしいと首を傾げる。

 

 

〈ザフィーラ、こちらは奴に遭遇した。……合流出来るか?〉

 

〈悪いが、難しいな。こちらでも、あの少年に出くわした。隠れ続ける事は難しい。……そちらとの合流を防ぐ為に、先ずは俺から仕掛けてみる〉

 

 

 守護騎士達の間で行われていた念話による遣り取り。

 それを介して、共に敵に遭遇した事を知ってザフィーラは行動に移る。

 

 はやての存在がバレてしまった以上、逃げると言う選択肢はない。

 ここで勝利すれば闇の書が完成する事も手伝って、思考は好戦的へと移っていく。

 

 

〈分かった。ならこちらも、機を見て仕掛ける。……無理はするなよ〉

 

〈互いにな〉

 

 

 そうして念話を終えたシグナムは、ヴィータと睨み合っている少女を見る。

 未だ激発するには遠いが、それでも戦闘はもう避けられないだろう。

 

 だからこそ、シグナムは今の一瞬の内に、為すべきを為そうと思考した。

 

 

「主はやて」

 

「シグナム? どうしたんよ、そんな怖い目して」

 

 

 何処か怯えが見える少女を、更衣室のベンチへと座らせる。

 そうして目線を合わせながら、シグナムは彼女に向かって謝罪した。

 

 

「申し訳ありません。私は貴女の命を、破っておりました。……そして今再び、この剣を貴方の御友人へと向けます」

 

「な、何言うてんの? じょ、冗談はやめてぇな」

 

「冗談では、ありません」

 

 

 最早事此処に至り、自らの行いを主に隠し通すことは不可能である。

 戸惑う八神はやてに向かって、烈火の将は頭を下げながらも揺るがない。

 

 

「許しは乞いません。申し開きも出来ません。……唯、この行いの全ての責は、将たる我が身にこそ存在する。願わくば、同胞たちには寛大な処遇を」

 

 

 彼らの主は膨大な力を得られると言われても、人様に迷惑を掛けてはいけないと蒐集を禁じた心優しい少女だ。

 

 例え自分の命が危険であっても、他人に被害を与える行為を許容しない可能性が確かにあった。

 

 それは駄目だ。認められない。

 守護騎士達は万に一つでも、主が死に至る可能性を許容出来ない。

 

 

「シグナム? もしかして、ほんまに蒐集を? あれほど、いかんって」

 

 

 漸くに理解が追い付いて、何とか止めようとする少女。

 そんな彼女に背を向けて、覚悟を決めた烈火の将は一歩を踏み出す。

 

 

「……シャマル。後は頼んだ」

 

 

 背中越しに伝える言葉は、それ一つ。

 主人である少女に伝える言葉は、もう他にない。

 

 何も変わらぬのに、主へ贖罪する行為は自己満足にしかならない。

 裏切り続ける謀将に、掛けて良い言葉などもう存在していない。

 

 

「ま、待ってぇな、シグナム! 説明しぃ!」

 

 

 歩ける少女が手を伸ばすが、シグナムは背を向けたまま歩み去る。

 彼女は主の心よりも、主の命を守ると決めたから、だからもう揺らがない。

 

 

「んで、終わりかよ。シグナム」

 

「ああ、待たせたな。ヴィータ」

 

 

 待たせたと謝罪するシグナムに、ヴィータは不機嫌そうに返す。

 待ってねぇよと答えた彼女は、掛かった時間よりも話した内容に苛立ちを覚えていた。

 

 

「欲張り過ぎだ、テメェ。私らは望んで、選んだんだ。だったら共犯で、共に裏切り者だろ? ……一人で背負ってんじゃねぇよ」

 

「……そうだな、無粋が過ぎたかも知れんな」

 

 

 自分一人で勝手に背負うな。

 そう怒るヴィータに、シグナムはくすりと苦笑する。

 

 主に恵まれ、同胞に恵まれ、それをシグナムは自覚する。

 だからこそ為さねばならないと、その覚悟を確かな物へと変えていた。

 

 

「ヴィータちゃん。それに――」

 

「シグナムだ。名乗ってはおこう」

 

 

 その清冽たる名乗りには、迷う意志など欠片もない。

 だが機械的なのではなく、確かな意志の萌芽を感じ取れる。

 

 ヴィータと同じだ。シグナムも同じなのだ。

 ほんの少しの欠片であっても、彼女には確かな意志の萌芽がある。

 

 守るべき者を自覚して、護りたいと心から願って、その為に成長しようとしている。

 

 その姿は、人と何が変わろうか。

 

 

「……どうして、貴女達は」

 

「語る心算はない。そんな余裕はない。ただ、必要なのだ」

 

「テメェは悪くねぇ。悪いのは私らだ。……けどな、どうしても必要なんだよ」

 

 

 生まれつつある炎の様な魂に、なのはは魅せられつつも問う。

 そんな彼女に言葉で詫びて、それでも退けぬ彼女らは武器を執る。

 

 どれほど主の叱咤を受けたとしても、これで決定的なまでに嫌われてしまったとしても、ここで守護騎士が全滅するとしても、それでも為さねばならぬ事がある。

 

 

「だから、てめぇのリンカーコアを置いていけぇっ!」

 

「……主の友であったとしても、加減など出来ぬ。騎士道には反するが、ここで潰れてもらうぞ、高町なのは!」

 

 

 猛り狂うは鉄槌の騎士。

 冷静にだが猛火の如く、攻めかかるは烈火の将。

 

 どちらも必死。どちらも全力で挑んで来る。

 その覚悟は作り物から生まれたとしても、決して軽くはないのだ。

 

 

 

 そうして、三人の戦いは始まった。

 

 

「それじゃあ、駄目だよっ!」

 

 

 だが、その想いでは届かない。その想いだけでは覆せない。

 

 

「二人が必死になってること、それは分かる。……だから、だからこそ! お話ししよう! お話しを聞かせて!」

 

 

 高町なのはという少女は、守護騎士が四人掛かりで打ち破るのがやっとという存在であるが故に、たった二人では拮抗することすら許されない。

 

 

「はやてちゃんと貴女達の関係! ヴィータちゃんとシグナムさんの戦う理由! 聞きたいことは、一杯、一杯あるんだから!」

 

 

 千を超える誘導弾。千に迫る直射砲。三重の魔力障壁。雷速に迫る移動速度。その全てが、二人の守護騎士では対処不能な域にある。

 

 翻弄され、蹂躙され、その決着はそう遠くない内に付くであろう。

 そんなことは誰にでも分かる単純なことで、当然、彼女らも分かっている。

 

 

「だが、だからと言ってっ!」

 

「話して腹明かせば全部解決って、信じられる訳ねぇだろうがっ!!」

 

 

 覚悟を決めた彼女らは、必死で少女に喰らい付く。

 何れ落ちると知っていても、それでもその何れを先に延ばす。

 

 一秒でも稼げば、それでザフィーラが結果を出せるかも知れない。

 ほんの少しでもこの少女を止められれば、他の守護騎士が結果を出せる。

 

 そう信じて、彼女達は抗うのだ。

 

 だからこそ――

 

 

(私が、動かないと)

 

 

 湖の騎士は、急がねばと思考する。

 ザフィーラが拮抗している以上、自由に動けるのは彼女だけ。

 

 先ずは彼女が旅の鏡で、二つの戦場のどちらかに介入する。

 

 相手の戦力は、なのはとユーノだけ。

 それ以外に管理局も居るだろうが、それでも二人程ではないだろう。

 

 そう思考する彼女は、闇の書を回収する為に動こうとする。

 彼女が蒐集を行う為には闇の書が必要不可欠で、それが今はこの場にないからだ。

 

 

(書があるロッカーの鍵は、シグナムから渡されてる。だから)

 

 

 主がコインロッカーに預け入れた闇の書。

 それを取り出し、タイミングを見計らって蒐集を行うことこそが湖の騎士シャマルの役割である。

 

 だが彼女だけは戦場に参戦していないから――

 

 

「待って、シャマル!」

 

「は、はやてちゃん」

 

 

 同じ光景を見ていた少女の制止の声が、彼女にだけは届いていた。

 

 

「なんやねん、これ。どうしてシグナムとヴィータがなのはちゃんと戦っとるん!」

 

「あ、その。ごめんなさい、はやてちゃん。今は時間がないから」

 

「ダメや! ちゃんと答えんと許さへん!」

 

 

 如何に守護騎士らが覚悟を抱こうと、譲れない想いを抱くのは彼女も同じだ。

 

 動かぬ足で止めようと、必死に縋り付いてくる。

 ベンチから転がり落ちて、床を這ってでも近付いて来る少女を、シャマルは無視出来なかった。

 

 湖の騎士には彼女を抑える術がない。

 力尽くで振り払うのは容易い。だが彼女の情がそれを許さない。

 

 ならば説明するしかない。

 それも、彼女が納得できるような言葉を掛けなくてはいけない。

 

 だが、それだけの言葉を考える時間も、言葉を口にする時間も今はない。

 湖の騎士はそんな上手い返しを思い付けないし、そんな思考をしている時間がなかったのだ。

 

 

「……詳しいことは後で話すから。今は闇の書で蒐集をしないと」

 

「駄目や、絶対、話してくれるまで、絶対に離さへんっ!」

 

 

 涙を瞳に浮かべながらも、激怒している主の少女。

 彼女を納得させられないシャマルは、どうしたものかと戸惑い迷う。

 

 

「あ、あううう」

 

 

 少女とは思えない、主としての資質を見せるはやての言葉。

 感情と仕える者としての気質。その両面から、無下には出来ないと迷うシャマル。

 

 そんな遣り取りを続ける二人の下へ――

 

 

「そうだな。……それは僕も聞かせてもらいたい」

 

 

 アースラの切り札が、その姿を見せていた。

 

 

「っ!? 誰?」

 

 

 ゆっくりと歩み寄って来る黒髪の少年。

 その姿には一切の隙はなく、少女達の姿にも油断することなく対しようとしているのが見て取れる。

 

 湖の騎士の誰何に、黒髪の少年は己の素性を此処に明かす。

 

 

「時空管理局執務官。クロノ・ハラオウンだ。事情聴取をさせてもらおう。任意同行し協力的な態度を取るならば、情状酌量の余地はあるが?」

 

「時空管理局!?」

 

 

 さあどうするかと語るクロノ・ハラオウンを前に、咄嗟に臨戦態勢を取るシャマル。

 そんな彼女に余裕の表情を浮かべたまま、半身機械の少年は異色の瞳で二人を見据えていた。

 

 

「それって、確か。シャマル達が言うてた、次元世界の警察やん! 皆、警察の世話になることしとったん!? ってか海パン刑事やて!?」

 

「それは言うな。……デバイスが壊れていなければ、格好の一つも付いたんだがな」

 

 

 彼の語る言葉に驚きつつも、思わずその恰好に突っ込んでしまう八神はやて。

 そんな彼女に溜息交じりに返しながら、クロノは気分を変えるかの様に咳払いを一つする。

 

 

「さて、些か出鼻を挫かれたが――返答は如何に?」

 

 

 そして至って真面目な表情で、クロノはどうするかとシャマル達に問い掛けるのだった。

 

 

「……返答、ね」

 

 

 シャマルは苦虫を磨り潰した様な表情を浮かべながら、クラールヴィントへと手を伸ばす。

 

 

(時空管理局の執務官。此処に来て、厄介にも程がある)

 

 

 時空管理局の局員は、訓練校出の新人でも能力が高い。

 それは彼らが行き来する海の危険性もあれば、闘争の神より加護を受けるミッドチルダの大地で過ごしていることも理由の一つである。

 

 新人達は経験の少なさ故に咄嗟の対応力が低かったり、知識量など足りていなかったりして隙が生まれることが多い。

 なのは達に良い様に振り回され、限界を超えたフェイトの前に一掃されてしまったりしているが、それは実力以外の部分。本人の対処能力の未熟さが理由である。

 

 実力だけは、未熟者でも相応に高いのだ。

 高い実力の持ち主しか、生き抜く事が出来ないとも言えるだろう。

 

 

(海の武装局員は、最低でも魔導師ランクA以上。執務官になると、魔法文明のない次元世界なら、一人で制圧できる規模の怪物魔導師)

 

 

 未熟であっても一人一人が強力な個人であり、複数揃えば一騎当千の猛者すら相手取れる。

 

 ベテラン局員ともなれば、そんな彼らが集団で動くのだ。

 守護騎士達であっても、複数人、一個小隊を相手にすれば討たれることもある。

 

 いいや、あった、だ。

 過去の記録の中には、エース級の守護騎士が、武装局員数人に完封されたと言う情報もある。

 

 

(私が勝てる可能性は、ゼロじゃないだけマシなくらいかしら?)

 

 

 一人一人、新人であっても武装局員は一騎当千相手に善戦出来るレベルの強者。

 そんな者達を使い捨てるように使用しても、まるで戦力の尽きることのない規格外の組織である時空管理局。

 

 その組織の執務官ともなれば、それはとてつもないエリートである。

 誰もが戦闘を得意とする訳ではないが、海の執務官が戦えないと断じるのは愚行だろう。

 

 他の三人ならばともかく、後方型のシャマルでは相手にすらなるまい。

 

 

(だったら、ここで抵抗するのは、完全に自殺行為。だけど――)

 

 

 それでも、諦める訳にはいかない。

 必死に戦っている同胞がいるから、救わなくてはいけない主がいるから。

 

 ならば、狙うは不意打ち。初撃による決殺。

 そしてシャマルには、それを為せる手札がある。

 

 バリアジャケットを着ていないことも都合が良い。今ならば旅の鏡が通る筈。

 そう考えてリンカーコアを抜き取ろうとしたシャマルは、そこでその異常に気付いた。

 

 

「旅の鏡が開けない!?」

 

 

 シャマルという騎士の代名詞とも言える能力。

 彼女にとって最後の切り札である、最大の攻撃手段が発動すらしなかった。

 

 

「無駄だよ。ここはもう、僕の領域だ」

 

 

 驚愕する彼女に、クロノは当たり前のことのように告げる。

 

 

「この場において、僕の許可なく空間に干渉する能力は一切使えない。少なくとも、僕より実力の劣る君ではね」

 

「っ!?」

 

 

 戦域の絶対者。格下に対する圧倒的強者。

 位階の差を乗り越えられない限り、クロノ・ハラオウンには抵抗できない。

 

 小賢しい策謀では塗り替えられない、絶対的な違いが其処にある。

 

 

「大人しく縛についてもらうぞ。……そこの少女は、丁重に扱うことを約束しよう。抵抗をしないのならば、な」

 

 

 バインドが使えない為に、口頭での警告だけで動きを封じるクロノ。

 丁重に扱うのは大人しく従った場合のみ、これ以上抵抗するようなら動けないように処置をすることになるぞ、と暗に脅している。

 

 

「……シャマルの身の安全も、保障してぇな」

 

「良いだろう。君が大人しく協力するなら、この女にこれ以上の手出しはしない」

 

 

 そんな彼の言葉に、はやてはそう条件付ける。

 はやての条件を二つ返事で受け入れて、クロノは一つ頷いた。

 

 

(皆、ごめんなさい)

 

 

 囚われたシャマルは、手詰まりとなった事を理解して念話で詫びる。

 既に無力化された彼女は、せめて味方の無事を祈ろうと、他の戦場へと視線を向けた。

 

 

 

 だがその先にある戦場は、此処に決着を迎えようとしていた。

 

 

 

 

「っ! シャマルが捕まったか!? だがっ! ここで俺が勝てばっ!」

 

 

 幾度と殴られながら、痛みで鈍くなった身体を動かす。

 そんなザフィーラは、単独でも全員を倒し切ってみせようと吠える。

 

 

「相変わらず、デタラメだよ。クロノ」

 

 

 同じく痛みに震える身体で、ユーノは笑みを浮かべている。

 あっさりと勝負を決めた彼の姿に、負けて堪るかと奮起する。

 

 

「だったら、僕だって。――」

 

 

 あの日、撃剣の神楽舞での結末。

 それを未だに少年は、苦い思いで引き摺っている。

 

 同年代で、自分より一歩も二歩も先に行く背中に、複雑な情を抱いている。

 

 だから。

 

 

「何時までも置いて行かれて堪るかっ!」

 

 

 クロノが結果を出したなら、自分も意地で結果を出す。

 そう歯を食い縛る傷だらけの少年は、迫る男を前に足を止めた。

 

 

「誘いか、だとしてもぉぉぉぉぉっ!」

 

 

 その行動を、誘いと断じた。

 罠と理解して、それでも罠ごと食い破ると拳を振るう。

 

 そして、重い一撃が腹に突き刺さる。

 激しい痛みを感じながらも、ユーノは血反吐を吐きながらも止まらない。

 

 

「クイントさん直伝――」

 

「っ! 防御の一つも、しないだとっ!?」

 

 

 誘いではなかった。罠ではなかった。

 ユーノ・スクライアは攻撃準備に専念していて、欠片も動けなかっただけ。

 

 このままでは蒐集前に、殺してしまう。

 そう判断したザフィーラの拳が、緩む事に掛けていた。

 

 蒐集目的であると知っていても、博打が過ぎる起死回生。

 そんな賭博に勝利したユーノは、悪童の様な笑みを浮かべて拳を振るう。

 

 

繋がれぬ拳(アンチェイン・ナックル)っ!!」

 

「がぁぁぁっ!?」

 

 

 脱力して足を止めた状態から、最大火力が叩き込まれる。

 打ち放たれた拳撃は、唯のアンチェイン・ナックルではない。

 

 それは貫の技法を加えた、御神不破とストライクアーツの合せ技。

 

 

「どうにか、……出来た」

 

 

 足を止めたのは、完全な誘いではない。

 今のユーノの練度では集中しなければ、二つを合わせる事など出来ないだけだ。

 

 それでも成功率は低かった。

 そんな少年は、血反吐を吐きながらも立っている。

 

 

「……見事、だ」

 

 

 盾を貫かれた守護獣は、そうして地面に膝を付く。

 ダメージは大きい。頑丈故にまだ動けるが、戦闘などは不可能だ。

 

 故にザフィーラは地に伏しながら、己の敗北を認めていた。

 

 

 

 

 

 そして、もう一方の戦場では――

 

 

「魔法の力、全てを撃ち抜いて!」

 

〈Divine buster phalanx shift〉

 

「っ!? この化け物がぁぁぁぁっ!!」

 

 

 視界を埋め尽くす桜色の輝きを前に、鉄槌の騎士は毒吐きながら地に落とされる。

 今尚成長し続けている魔法の天才児を前にして、如何なる意志を抱こうとも勝てる道理などはなかった。

 

 

「ヴィータ! 済まないっ!!」

 

 

 そんな彼女が壁となった烈火の将は、傷だらけになりながらも辛うじて耐え抜いている。

 必死に歯を食い縛って意識を保ちながらも、何処か冷静な部分が自分達の敗北を認めていた。

 

 シャマルは捕らわれ、ザフィーラは敗れた。

 二対一でも追い詰められていたのに、ヴィータが落ちれば時間稼ぎすら出来ない。

 

 

「……まだだ。まだっ!」

 

 

 それでも諦めない。それでも手は引かない。

 諦められない理由があるから、詰んでいても抗い続ける。

 

 

「まだ、私は――っ!!」

 

「もう終わりだよっ! シグナムさんっ!!」

 

 

 シグナムの眼前にて、高町なのはが歪みを行使する。

 不撓不屈の力によって、彼女はまるで太陽の如き輝きを放つ。

 

 その膨大な魔力量は、完成した闇の書よりも大きい。

 闇の断片に過ぎない烈火の将では、抗う事すら許されない。

 

 

「ディバイーンッ! バスタァァァァァァッ!!」

 

「っ! おぉぉぉぉぉぉぉっ!! 紫電一閃っ!!」

 

 

 迫る桜の閃光へと、シグナムは刃を手に身を躍らせる。

 

 勝機はない。勝利はない。

 仮にこの一撃を乗り越えたとしても、シグナムに先はない。

 

 死に物狂いで砲撃を切り裂くシグナムの敗北は、最早時間の問題だった。

 

 

 

 

 

 ここに全ての戦場で、守護騎士の敗北する。

 それを理解した湖の騎士は、脱力して座り込んでいた。

 

 諦めたのか、それとも機を窺うことにしたのか。

 

 どちらでも良いかとクロノは楽観する。

 どちらであっても、対処は容易であるのだから。

 

 もう守護騎士達に勝ち目はない。このまま彼らはアースラに囚われ、闇の書の起こした事件はここで終焉を迎えるだろう。

 

 或いはそれが良いのかもしれない。

 お人好しの多いアースラならば、八神はやての事情を知って見捨てることはないだろう。

 

 無限書庫で夜天の書に関する記述を見ていたユーノならば、闇の書に干渉する方法を見つけられるかも知れない。

 

 管理世界最高の頭脳であるジェイル・スカリエッティならば、闇の書の正常化も出来るかも知れない。

 

 闇の書誕生に関わった御門顕明であれば、それを本来あるべき姿、夜天の書へと戻すことすら可能であろう。

 

 少なくとも、八神はやてを救うことは出来たはずだ。

 

 

 

 それを望まぬ第三者が、介入さえしなければ――

 

 

 

 そう。彼らはそれを望んでいない。

 ここで闇の書事件が終わってしまうのは、彼らにとっては望ましくないのだ。

 

 だが、事実として守護騎士達は全員敗れた。

 ならば終わらせぬ為に介入する必要がある。ここで出向くのは当然である。

 

 

 

 故に――

 

 

「えっ?」

 

 

――天魔が来る。

 

 

「なっ、奴らが来るのか!?」

 

 

 まず最初に気付いたのは、高町なのは。

 次いで理解したユーノが、久方ぶりに感じた気配に驚愕の声を上げる。

 

 頭がおかしくなるような重圧。

 その濃密な魔力は、確かに彼らが持つ物。

 

 それは紛れもなく、大天魔出現の兆候である。

 

 

「何や、この感覚。怖い。恐い。震えが止まらへん」

 

「嘘、これ」

 

「マジ、かよ。……はやて、下がってろ!」

 

 

 シャマルは感じる魔力量に震えあがり、何とか起き上がったヴィータは恐怖を感じながらもはやてを守るように立ち上がる。

 

 そんな小さな少女の背で、八神はやては湧き上がって来る本能的な恐怖に唯震えた。

 

 

「この魔力の性質! まさか、奴か!?」

 

「……来るぞ!」

 

 

 クロノは何度も経験した魔力に宿った呪いの性質からやって来る存在を正確に推測し、堕ちて来るその瞬間に意識を保っていたザフィーラが声を上げる。

 

 

 

 そして、それは訪れた。

 

 

 

 腐臭を漂わせながら、堕ちて来る。

 絶望を撒き散らす存在が、この海鳴へと舞い降りる。

 

 

「全て腐れ――塵となれ」

 

 

 上半身が半裸となる和装に身を包んだ、死人のような肌の男。

 先の圧し折れた巨大な剣を肩に担ぎ、唯無言でそこにある。

 

 その長い黒髪より覗く赤い瞳は、どこまでもこの世に生きる人々に対し怒りを抱いているようで、同時にどうしようもない程に嘆いているようにも見えた。

 

 

「この屑でしかない、我が身の様に――」

 

 

 八柱の大天魔。

 夜都賀波岐が一柱にして先触れとなる者。

 この世で最も多くの命を奪い取った腐毒の王。

 

 その咒を――

 

 

「天魔・悪路」

 

 

 誰かがその名を呼ぶとほぼ同時、悪路の背に巨大な鬼の随神相が現れる。

 

 

「さらばだ。黄昏を生きた――成れの果て」

 

 

 黒く悍ましきその異形は、巨大な剣を手に咆哮する。

 唯そこにいるだけで全てを腐らせる偽りの神は、その赤き色とは正反対に冷たい瞳で、その場にいる者全てを見据えていた。

 

 

 

 

 




幕間編から連勤中の屑兄さん。彼が来た理由は消去法です。

○他天魔の欠勤理由。
天魔・母禮……役割的に参戦不可。
天魔・常世……立場的に参戦不可。
天魔・奴奈比売……まだ覚悟完了していない。
天魔・宿儺……こっち来んな。
天魔・紅葉……傷心旅行中。
天魔・大獄……返事がない。ただの物置の様だ。

悪路しかいない(確信)。

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