リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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九話と十話で盛大なミスをしていたことに読み返していて気付く。
十四個ジュエルシードが暴走してんのに、フェイト七個、なのは五個しか回収してなかった。残り二個どこいったし。(震え声)
修正しておきました。


今回は独自設定、捏造設定が豊富な回。
異論はあるかもしれませんが、本作ではこういう設定でいくつもりです。



第十五話 両面の鬼

1.

 時は暫し遡る。

 少女が母と別れた時まで。

 

 

 

 フェイトと別れた後、プレシアは閉じた扉に背を預けていた。

 

 荒い呼吸を整える。

 気を抜けば口から吐血しそうになるが、それを娘への想いで押し止める。

 

 まだだ。まだなのだ。

 まだここで、終わる訳にはいかない。

 

 取り戻したい過去がある。

 細やかな幸福こそを求めていて。

 

 だからこそ、フェイトの言葉に目を背けた。

 この先、ジュエルシードをもって至る、アルハザードにこそ救いはあると信じて。

 

 

――誕生日に何が欲しい?

 

 

 そんな言葉が、ふと脳裏に過ぎった。

 

 さて、あの時あの子は、その問い掛けに何と返したのだったか。

 

 

「まあ、どうでも良い事ね」

 

 

 今あるジュエルシードの総数は十三個。

 これだけで虚数空間を渡れるのか、不安は残るがやるしかないだろう。

 

 

「問題はないわ。あの男が渡した座標データ。魔法の祖、アブドゥル・アルハザードが理想郷を垣間見た地点。そこへ向えば、私は神座へと辿り着ける」

 

 

 かつて魔力素を大気中に発見し、そして魔法の基礎原理を確立させたと伝えられている偉人。アブドゥル・アルハザード。

 

 そんな彼が、虚数の向こう側に見つけた。

 故にその理想郷はアルハザードの名で呼ばれている。

 

 魔法史の教科書にも載る偉大な人物の、良くある胡散臭い噂。

 御伽噺でしかないと言われている理想郷こそが神座世界(アルハザード)だ。

 

 事実。プレシアとて聞いた当初は眉唾物であった。

 

 そんな御伽噺に縋るしか後がなくなった女にした所で、アルハザードの継承者を語る男の言葉は信に足る物ではなかった。

 

 だが、ジュエルシードの運搬情報に、管理局の細かな情報。

 そして天魔達の出現さえ預言されては、多少は信じざるを得ない。

 

 もしかしたら、たらればの領域ではあったが、確かにあの男の言を信じかけている。

 

 

「ジェイル・スカリエッティ、ね」

 

 

 思い出すのは、同じ研究室にて人造魔導士研究を行っていた男。

 尊大で自意識過剰で、イカレているのに研究分野に関しては誰よりも真摯だったエゴイスト。

 

 あの男が自分に何を期待して、これ程の情報を与えたのかは知らない。

 どうせあの狂った男の事だ。この身を利用して、何か為したい事があるのだろう。

 

 だが――

 

 

「……どうでも良いわね」

 

 

 そんな理由など、どうでも良い事だ。

 あんな胸糞の悪い男の事に、思考を割いている余裕などはない。

 

 随分と、気分が悪くなった。

 もう持たない程に、この身体は壊れている。

 

 だが、もうひと踏ん張りだ。

 アリシアの顔を見て、活力を貰おうとプレシアは思考して――

 

 

「ない」

 

 

 其処に、アリシアが居なかった。

 

 時の庭園の中枢区画。

 すぐ傍にあったはずの、アリシアのポッドが欠けている。

 

 失くさぬようにと傍に置いたと言うのに、どうしてそれが見つからないのか。

 

 

「ない! ない! ないないないない!! どうして、アリシアはどこに!?」

 

 

 血眼になって、娘を求める女の狂態。

 己の体調も思考も全てが真っ白になって、唯一人を探す女に対して――

 

 

「探してるのはこいつかい?」

 

 

 軽薄そうな、男の声が掛けられた。

 

 

「アリシアっ!」

 

 

 女の目が捉えるのは、アリシアが眠るポッド。

 それを腕に抱えて、ニヤリと笑う鬼面の男が姿を現す。

 

 両面の鬼。天魔・宿儺。

 

 神相たる巨大な鬼はなく、人の悪い笑みを浮かべ、異性の服を纏った男女が立っていた。

 

 

「その手を、その手をアリシアから離しなさい!!」

 

「おぉっと」

 

 

 プレシアの手より雷光が放たれる。

 余裕なき表情。己の体すら厭わぬ魔力行使は、しかし両面の鬼に届かない。

 

 

「おいおい。お前の大事な娘まで巻き込むかよ? どんだけ余裕ないんだよ」

 

「あ、アリシア」

 

 

 鬼の体躯に触れた瞬間に魔法は消える。

 その光景に、雷光がアリシアを巻き込む可能性があったことに考えが至ったプレシアは顔を青く染めた。

 

 非殺傷だから、そんな考えに意味はない。

 アリシアが傷付くかもしれない。そのレベルでさえプレシアは許容できない。

 

 冷静になれ、腸が煮え返るような思いを抱きながらも、プレシアは己をそう戒める。

 

 

「……何が、目的よ」

 

「ジュエルシード。分かるだろ?」

 

 

 アリシアを人質に取られた形となったプレシアは、鬼の目的を問う。

 その問い掛けに、鬼は詰まらなそうに単純な答えを返した。

 

 

「本来なら、でっかい方の姐さんが集まった所で取って来る予定だったんだが」

 

「なーんか、感情移入しちゃったのかさ。勝手に動き始めちゃったのよね」

 

 

 両面の鬼は、己に与えられた任を軽く口にする。

 本来の役を果たす筈の紅葉が筋書通りに動かぬ故に、与えられたのはその代役。

 

 

「んで、ちっこい方の姐さんは慌てふためいて俺に行けとさ」

 

「最悪、時の庭園ごと壊しても良いって。太っ腹よねー」

 

 

 笑う両面鬼に、真面目な印象は受けることが出来ない。

 それも当然だろう。真実、この鬼はどうでも良いと感じている。

 

 ジュエルシードと言う遺物に、プレシアという女に、両面の鬼は欠片とて価値を見出してはいないのだ。

 

 

「しっかし、お前さんも詰まらん奴だな。過去しか見てねぇ。そこんとこは黒甲冑と同じで、真面目に生きる以前の話だが。あいつとは大きな違いがある」

 

「……何が、よ」

 

 

 嗤う鬼は、悪意を見せる。

 その存在の価値を図る為に、悪意を示した。

 

 

「過去を蔑ろにしてるか否か。お前さんの望みが万が一、億が一叶ったとして、本当にこのガキがそれを望むもんかねぇ」

 

「何よ、何も知らない奴が! あの子が、アリシアが生き返ることを望まないとか、そんな綺麗事を言う気!!」

 

 

 プレシアは激昂する。

 己が願いを否定する者を否定する。

 

 そんな言葉は聞き飽きている、と。

 

 二十六年もあれば、そんな綺麗事を口にする人間にも何度も会ってきた。

 

 過去を見続けても意味はない。

 君の娘だって、君の幸せを願っている。

 世界はこんなはずじゃないことに溢れているから、過去だけ見てもどこにも行けない。

 

 それら全てを、プレシアは鼻で笑った。

 

 足りぬのだ。その言葉は。

 届かぬのだ。その想いは。

 

 まるで届かない。プレシアの心に響かない。

 アリシアがあの幼さで死んでしまって良い道理はない。許せないのだ諦められない。

 

 この想いを否定するなど、誰であっても許容の範囲外だ。

 

 だからこそ――

 

 

「あいつの言を借りるなら、死者を軽くしないでくれ、か?」

 

「何?」

 

 

 そんな言葉は、ついぞ聞いた事がなかった。

 

 

 

 今までに語り掛けてきた彼らは皆、今だけを見ていた。

 現在のプレシアを見て、その姿に憐れみや、或いは別の感情を想い、声を掛けた。

 

 だから届かない。

 プレシアの想いの中核は、現在(プレシア)ではなく過去(アリシア)にあったから、プレシアを救おうとする言葉では意味がない。

 

 

「うちの大将。あいつもまあ、後ろばっか見てる奴だがよ。一度たりとも死者の蘇生は望んでないぜ」

 

 

 何処か懐かしむ様に、笑みの質を一瞬だけ変える。

 そしてすぐさま嘲笑う形に歪めると、宿儺は悪意を以って口にした。

 

 

「そいつは死者を軽くする行為だ。だって、祈れば戻って来るなら、塵を積み上げれば宝石に変わるなら、その積み上げた物がそいつの価値だろう?」

 

 

 塵を積み上げた先にあるのは、集まった塵の山だけだ。

 価値のない物を重ねて戻る物なら、それの本質は無価値なのだ。

 

 少なくとも、彼らはそう考える。

 そしてその理を以って、鬼女に堕ちた女を嘲笑う。

 

 

「必死になって頑張れば、取り戻せる程に軽い物。それがあんたにとっての、大事な大事なアリシアって訳だ」

 

「違う! 私にとってアリシアは!!」

 

「違わねぇさ。人工魔導士だってそうだろう。その死体こそがそいつの価値。お前の娘は腐った塵の山でしかねぇと、他ならぬお前自身が示してんのさ」

 

「違う! 違う違う違う!! 私にとってあの子は唯一無二で、何より大切な!!」

 

 

 そう替えがきかないから、フェイトを受け入れられなかったのだ。

 まだ若き頃、女として新たな命を産み落とすことを拒んだのだ。

 

 故に鬼の言葉は受け入れられない。

 その嘲笑は己の心を揺さぶるからこそ、その発言が許せない。

 

 

「……ま、どうでも良い話だがな」

 

 

 それまでプレシアを追い詰めていた言葉をあっさりと止め、鬼は軽い言葉で語る。

 

 

「あいつの真似事をしてみた物の、どうにも肌に合わねぇ。……やっぱり上から目線の説教よりかは、感情をぶつける方が俺には合っている」

 

「基本脳筋だしね。頭は回る方だけど、ごちゃごちゃ言うより先に手が出るタイプ?」

 

「るっせーよ」

 

 

 天魔・宿儺が望むのは、言葉で相手を改心させる事ではない。

 故に相手がその言葉を受け入れられるかなど、正直どうでも良いのだ。

 

 彼の内にあるのは改心させようという良心ではなく、もっと単純で簡単な悪意である。

 

 

「ほらよ。しっかり受け止めろ」

 

「アリシア!?」

 

 

 両面の鬼は雑な動作で治療ポッドを砕くと、中から取り出したアリシアを放り投げる。

 

 母が慌てて我が子を抱きしめて、それを見ながら鬼は笑う。

 

 俺はお前が気に食わない。

 こういう理由で気に入らない。

 

 お前も俺が気に入らないんだろう?

 腹が立つんだろう?

 

 なら拳を取れや、武器を持て!!

 この鬼の暴威を前に抗えると言うのなら、その輝きで挑んで来い。

 

 人の持つ輝きこそを魅せてくれ。

 それが出来るのが人間だ。そんだけスゲェのが人間だろうよ。

 

 笑みを深くする。

 それを求めている者こそが、この大天魔だ。

 

 彼の悪意はその為に、隠しておきたい面を暴いて晒して、望んでいるのは反骨の意志。

 

 そうとも、絶望的な状況でも、譲れぬならば抗ってみせろ。その程度の意志を示せずして、一体何が為せると言う。

 

 期待は出来ぬ女であれ、人を語るならば見定めよう。

 その存在に、果たして如何なる価値があるか。この両面が見極めよう。

 

 

「さぁ」

 

「……よくも」

 

 

 娘を乱雑に扱われた女は、これまでの罵倒も相まって怒り狂っている。

 その手にある杖が、無駄であろうと何もせずにはいられない。

 

 

「来いやっ! プレシア・テスタロッサっ!」

 

「よくも私の、アリシアをっ!!」

 

 

 鬼が笑う。笑って迎え撃つ。

 さあ、お前の価値を示して見せろ、と。

 

 よくも、この想いを汚したな。

 よくも、この子の躯を暴いてくれた。

 

 鬼女はその形相を歪ませて、その手に杖を握り締め――

 

 

「げふっ!?」

 

「あん?」

 

 

 構えを取る鬼の前で、今正に魔法を放とうとした女は吐血した。

 

 

「ごほっ、げふっ、げほっ!」

 

 

 掌で口元を覆い、血反吐を吐いて蹲る。

 血で水溜まりを作り出す鬼女の姿に、両面鬼は何とも言えぬ表情を浮かべる。

 

 

「あー。そんなに限界だったかー。締まらないわねー」

 

「おいおいおいおい。そこは挑んで来るところだろうが、何ヘタレてんだよお前!?」

 

「好き、勝手を、げふっ」

 

 

 娘に血が掛からないように、抱きしめた少女から顔を逸らして吐血する女。

 

 その姿に、両面宿儺は萎えた表情を隠せない。

 病一つで膝を屈する。その程度で、一体何が出来ると言うのか。

 

 

「あー。どうするの? これで遊ぶ?」

 

「……ってもなぁ。俺の“遊び”の意味知ってんだろエリィ」

 

「うん。これじゃあ無理だね」

 

 

 天魔・宿儺は魔導士を蹂躙する。

 彼らから魔法を奪い取り、そしてその力を、その輝きを試すのだ。

 

 故に彼らの“遊び”で、他者を即死させることはない。

 あの魔法生物の様に、その場で死んでしまうのは本意ではない。

 

 或いは遊びの結果として殺してしまったとしても、今の宿儺は何の感慨も抱かないだろう。

 

 だが――

 

 

「次代に託せる意志がなけりゃ、どの道先は詰んでいる。……未だ駄目だ。これじゃぁ駄目だ」

 

 

 これではそもそも意味がない。

 彼の“遊び”は、彼の為すべき“役割”において、極めて重要な意味がある故に。

 

 

「可能性があるのは、魔導師連中だけだ。だが、魔法に頼るだけじゃ意味がねぇ。全部が全部、おんぶに抱っこじゃ、どこにも行けねぇ」

 

 

 非魔導師では、そもそも前提にも立てない。

 この世界の弱り切った魂では、先ずもって至れない。

 

 だが、それだけでも意味はない。

 魔法に頼ったままでは、何れ必ず破綻する。

 

 故にこそ、輝きを。

 魔導師と言う者の心の内に、確かな輝きを求めている。

 

 魔導師の輝きこそを見たがっている鬼は、全てを見せる前に彼らが倒れることを良しとはしないのだ。

 

 

「そうさ。アイツは未だ、お前たちを愛していると叫んでやがる」

 

 

 今この瞬間も、耳に届く嘆きの声。

 血涙を流す彼らの将は、プレシアと言う女の姿すらも哀れんでいる。

 

 好ましくない道を選ぼうと、この女もまた己の愛し子。

 ならばどうして、そんな女が破滅する姿に、何も思わずに居られようか。

 

 

「お前らに食い尽くされて、もっともっとと奪われて、それでもまだ叫んでやがる!」

 

 

 そんな将を裏切り続ける夜都賀波岐。

 怒りと憎悪に振り回される者らと異なり、彼の内心を分かってこんな事をしている。そんな己こそが、最も下らない姿を晒している。

 

 

「なぁ、お前らにそれだけの価値はあるのか?」

 

 

 だが、どうしても知りたいのだ。魔導師に価値はあるのか。

 情も理も価値はないと断じているけれど、それでも未だあいつが愛するお前達。

 

 裏切りそれを忘れた魔導師達に、アイツに愛される価値があるのかと両面の鬼は知りたがっている。

 

 

「何もかもを忘れたお前たち。テメェらはアイツが愛するに足る“人間”なのか!?」

 

 

 それを確かめる為に、宿儺は遊ぶ。

 魔導師から全ての力を奪い取って、心の闇を暴いて晒す。

 

 

「詰んでしまったこの世界。この先へ向かう為に残された、たった一つの可能性。それを背負うだけの輝きが、お前たちにあるのかよっ!?」

 

 

 そして、もう一つの理由が其処にある。

 

 残った次代の可能性。

 それと共に在れるだけの価値はあるか。

 

 

「詰まらねぇ。下らねぇよ。マジでテメェでテメェの腹を斬りたくなってくる。玉ついてんのかよって、吐き捨てたくなる程に見っともねぇ」

 

 

 それでも、為さねばならない。

 この世界を滅ぼす事こそが、自滅因子である彼の役割ならばこそ。

 

 

「そんな生き恥、晒してんだよっ! だったら、トコトンまでやらねぇと意味がねぇよなぁ!」

 

 

 故に遊びに熱が入る。その蹂躙も過酷な物となる。

 

 だからこそ、今のプレシアはその遊びの対象にすら成れないのだ。

 

 

「さっきから、何を――げふっ、ごふっ」

 

「はっ。……お前にはもう、関係ねぇ話だ」

 

 

 血を吐いて蹲るプレシアを見下して、鬼は結論付ける。

 これはもう駄目だ。見極める事も出来ない程に、壊れている。

 

 このまま殺してしまうか、とも思考する。

 所詮は時間の問題。順番が前後するだけだ。

 

 今回は見つからなかった。

 そう諦めて、此処に幕を下ろすべきだろう。

 

 唯一見所のあったのは狂人だが、アレは薬にもなる毒である。

 本質的には毒である事が揺るがず、故に希望を託すには不足が過ぎる。

 

 ならば、どうするか――

 

 

「お、そうだな。そうするか」

 

「あれ? 何か思い付いた」

 

 

 そこで、鬼は気紛れを起こす。

 狂人の事を思考して、一つ布石を打つ事にした。

 

 

「なぁ、見てるんだろう?」

 

 

 虚空を見上げて、両面鬼は言葉を紡ぐ。

 誰もいない場所に向かっての発言に、プレシアは戸惑いを隠せない。

 

 

「……何を」

 

 

 何を言っているのか、血反吐交じりに問うプレシア。

 彼女を無視したまま、鬼は笑って科学者の名を呼んだ。

 

 

「ジェイル・スカリエッティ」

 

 

 呼んだ名前は、アースラに居る狂人の物。

 宿儺が打つ布石とは、何れ辿り着くだろう彼に向けて、真実の断片を告げる事。

 

 

「煮ても焼いても食えなそうだったお前のことだ。どうせこの女にも監視は付けてんだろう? 良いぜ、折角だからお前にチャンスをくれてやる」

 

 

 そんな鬼の言葉に、プレシアは驚愕で目を見開き、アースラの研究室でこの状況を盗み見ていた無限の欲望は笑みを浮かべた。

 

 さて、それがどの様な結果を齎すか。

 それは読めないが、これで自体は大きく動くだろう。

 

 両面の鬼は、笑ってルールを口にした。

 

 

「頓智問答だ。俺の問いにそこの女が答える。その形式で多少は教えてやるよ。もっとも、この場に居ないお前に回答権利はないけどな」

 

 

 両面鬼は、監視用の特殊なサーチャーを見詰めて語る。

 そんな鬼の勝手な物言いに、意を反するのはプレシアだ。

 

 

「それで、それに協力する意味が私にあるのかしら。……何故、そんな遊びに付き合わされるのよ」

 

「意味、ねぇ」

 

 

 落ち着いてきたのか、呼吸が整ってきたプレシアに鬼は答える。

 既に価値なしと断じられた。そんな女に向ける目線は、冷たい物。

 

 

「会話をしている間だけ、お前の寿命が延びる。それだけだ」

 

「っ!」

 

「文句があるなら隙でも窺えよ。不意打ちだろうが何だろうが、歓迎するぜ」

 

「…………」

 

 

 ここから不意打ち出来るなら、己の見限りが早過ぎたと言う事。

 それならそれで良い、と鬼は笑って、そして此処に真実の断片を語り始めた。

 

 

「異論はないようだな。じゃぁ、始めるか」

 

 

 さて、何を問うべきか。

 鬼は考え、そうだなと語る。

 

 最初に与えるのは、この問題が良いだろう。

 

 

「まず第一問。魔力。魔力素とは何か?」

 

 

 魔力素。それは魔法を操る際に消費されるエネルギー。

 クリーンで無限に使えると言われる。まるで夢か御伽噺の様な力の素。

 

 それが何か、と。

 そう問う鬼の意図が分からずに、プレシアは当たり前の常識を口にした。

 

 

「魔力素とは、魔法の元となるエネルギーの事よ。世界中に満ちる無尽蔵のエネルギーこそが魔力素で、リンカーコアがそれを取り込むことで生み出されるのが魔力。そんなのは、当たり前の常識でしょう」

 

 

 故に彼女は、ミッドチルダの常識で回答する。

 だがそんな常識的な答えなど、鬼が求める解答にはなり得ない。

 

 

「ブー。残念外れー!」

 

「不正解者には、罰ゲームだ」

 

 

 座り込んでいたプレシアに、鬼は無造作にその足を振るう。

 

 

「っが!!」

 

 

 

 足で蹴られた女は、二度三度跳ねながら吹き飛ばされる。

 そのまま彼女は壁にぶつかり、そこでようやく動きを止めた。

 

 

「っ、何で」

 

「そりゃ、あれよ。罰ゲームの一つもないと、盛り上がらないでしょ?」

 

「んで、画面の向こうのお前もルールを理解したかい? この頓智問答はプレシアが動かなくなった時点で終了だ。そこまででどれだけの情報が引き出せるか、そいつはお前の仕込み次第だな」

 

 

 けらけらと笑う両面の鬼は、先の問い掛けに対する正答こそを口にする。

 

 

「魔力素も魔力も、本質は何も変わらねぇ。どっちも魂の持つ力の事だ」

 

「世界に満ちている彼の魂の力。その一部を、リンカーコアを通して自分色に染め上げた物。それこそが貴方達の呼ぶ魔力という物よ」

 

 

 それが真実。この世界における真実とは、それだ。

 

 魔力素とは、神が与えたもうた奇跡。

 そんな奇跡でもなければ、こうも都合の良い物質などは存在しない。

 

 魔法は魔力素を一定のパターンで動かして、神秘の力を引き起こす技術。

 たったそれだけの機械操作で、超自然的現象を起こせる科学技術である。

 

 故に魔力素と言うエネルギーには、元よりそれだけの力と可能性が秘められている。

 

 そうとでも考えなければ、余りに筋が通らない。

 そんな特別な力でなければ、どうしてこうも奇跡の様な現象が起こせるだろうか。

 

 故にこそ、それが真実。

 魔力素と言う目に見えないエネルギーは、神の力の根源と同じ物なのだ。

 

 

「だからよぉ。魔力素ってのには、限りがある」

 

「無尽蔵に見えるけど、決して無限と言う訳ではないのよ」

 

 

 だが、それが神の持つ魂の力ならば、それは有限の物となる。

 彼ら魔導師が語る様に、無限に満ちるエネルギーなどにはなり得ない。

 

 如何に元が強大であれ、使えば確実に減る力。

 余りにもそれが大き過ぎるが故に、減っている事に気付けないだけなのだ。

 

 

「そして、魔力素が尽きれば、世界はどうなる?」

 

 

 例えば大海に満ちる水を、コップで掬い取る行為。

 どれほど取ろうと、主観で見れば変化は見られない。いつまでも汲み続けることが出来ると思うだろう。

 

 だが水量は確実に減っているのだ。もしも海の様に蒸発した水が戻る仕組みが存在しなければ、どれ程に大きくとも何れは枯渇するだろう。

 

 そう。現状はそうなっている。

 彼らの将に己を維持する力は既になく、故にこのまま行けば海は干上がる。

 

 数十億の人間が数億年に渡ってコップで水を汲み続ければ、何れは大海も干上がり荒野と化すだろう。

 

 今の彼らの主柱には、他者の色に染められた己の力を元に戻すだけの、それっぽっちの力も残っていない。

 

 

「こんな都合の良い力が、ただあると? その力に何か意味があるとは、誰も考えなかったのかしらねぇ」

 

 

 在りし日、あの三眼の邪神に敗れた彼らの将。天魔・夜刀。

 彼は、夜都賀波岐とこの地に生きる人々、黄昏の残滓達を庇ってその力を一身に受けた。

 

 故に彼の神は、既に壊れている。

 

 

「阿呆共が、何も考えずに浪費しやがって」

 

 

 器と心は砕け散り、魂の半分は千切れて輪廻に紛れた。

 力を失ったその神体は、もはや意味を為さぬ法を垂れ流し続けている。

 

 彼の一部である筈の夜都賀波岐にすら声は届かず。

 残った魂の半分が、愛する宝石達が争い合う姿に、今も一人で血涙を流しているから。

 

 

「世界は終わるぜ。瀕死の様でも全てを支えているアイツ。その腸を抉り出すようなことをお前達が続ける限り、確実に終わる」

 

 

 故に、彼らは憤怒する。それが解答かと怒り狂う。

 

 許さない。認めない。滅ぼさせる物か。

 お前たちがそれを為すならば、そうなる前にお前たちを滅ぼそう。

 

 それが天魔・宿儺と彼と反目する一つの影。

 夜都賀波岐の両翼以外の天魔が抱いた、一つの解答。

 

 

「本当。彼が健在だったなら、魔法ほど優れた技術はないと思うけどね。その辺は認めてあげるわ」

 

 

 同時に、惜しいとも思う。

 現状がこうも切羽詰まっていなければ、魔法程に素晴らしい発明は存在しないと断言出来たのだから。

 

 神の力とは、本来人が使い切れる物ではない。

 正しく大海の水の如く、百や二百の年月では使い切れない。

 

 ならば神さえ健在ならば、循環さえ行えたのならば、魔法は真実無限のエネルギーとして世界を革新していただろう。

 

 天魔・夜刀が健在だったならば、魔法は正しく彼ら管理局が語るような理想の力であったのだ。

 

 

「ま、あいつが健在だったら、無間地獄が流れ出してただろうから、考えるだけ無駄な例えだけどな」

 

 

 分からない。分からない。

 プレシア・テスタロッサはその言を真実理解出来てはいない。

 

 だが、それでも、この瞬間に自分が世界の真実に近付いていると実感があった。

 

 

「んじゃ、第二問。そんな魔力ですが、なーんで世界中に満ちているでしょうか?」

 

「別に地脈とか難しく考えなくて良いよ。あれは単に魔力が溜まりやすい地形とか、高まりやすい状況とか、そういう単純なもんだからさ」

 

「…………」

 

 

 痛む体を抑えながら、プレシアは彼らの言を脳裏で反芻する。

 

 彼らは魔力とは魂の力と語った。

 魂とは本来人が持つべきものである。

 

 その力が世界に満ちている。

 その事実が意味することとは――

 

 

「……世界とは一つの生物の呼称である? 空も大地も海も、全てはその生き物の血と肉で、それこそが」

 

「そう。正解だ」

 

 

 それが、答えだ。

 我が意を得たりと、両面鬼は笑って告げる。

 

 

「流れ出す。その意味は単一の個が大きな世界へと変ずるという事だ」

 

「単一の個我と全平行世界という強大な体躯を持つ超越生命。それこそが覇道神。我らが主柱、永遠の刹那」

 

「ま、俺らの太極をとんでもなくでっかくしたもんをイメージすりゃ良い。次元世界全てが体の中で、それを自由自在に出来るのが全知全能の神様ってもんだ」

 

 

 その途方もない話を聞いて、プレシアには神の全容を想像することすら出来なかった。

 

 だが――

 

 

「……それこそ嘘よ。貴方達の太極とやらがその雛形なら、拡大されたそれに法則の強要がないはずがない」

 

 

 太極とは、即ち神の世界。

 其処は神の決めた法則で満ちていて、それを強要する空間。

 

 それが雛型と言うならば、拡大された流出にも法則が伴う。

 それが存在しない以上、嘘偽りだろうとプレシアが欠落を指摘する。

 

 

「いや、あるぜ。確かに強制力は今も働いている」

 

「ただ、その力があんまりにも弱いから、誰も感じられないだけなのよねー」

 

 

 それに介す両面鬼の答えは、そんな答え。

 生まれたばかりの赤子にすらも、強制できぬ程に神は弱っている。

 

 天魔・夜刀の法則は、無間大紅蓮地獄。

 

 あらゆる生命の存在を許さぬ極大の地獄。

 晴天の星々すらも凍り付く凍てつく風。

 

 それが本来の力を発揮していないが故に、この世界は存在する。

 

 

「そう。瀕死のアイツが流した法に、力が残っている訳がねぇ」

 

 

 神にとって流出とは呼吸と同じだ。

 止めようと思って、長く止めていられるような物じゃない。生理現象の一部である。

 

 無論。それは、流れ出すことが命に関わる現状にあっても、任意で止められないという事実を示していた。

 

 

 

 

 

 流出とは画用紙に絵具を塗る行為である。

 世界という白紙の画用紙を、自分の色で塗り換える行為。

 

 だが、もしも、その画用紙の大きさに比べて、絵具の量が足りなければどうなるのか?

 

 絵具が切れた所で流出は止まる?

 否、流れ出すとはそういう事ではない。

 

 際限なく流れ出すとは、逆説、如何なる状況でも止まらないと言う事を意味する。

 絵具が切れたなら、例え絵具を水で薄めてでも白紙の画用紙全てを染め上げようとする。

 流出とはそういう物だ。

 

 だが、果たして水で薄められた絵具は、本来の色と同じ物であるだろうか?

 

 青色なら水色に、水を混ぜた色は薄く、その意味を変えてしまう。

 

 この世界は夜刀の法に満たされている。

 だが力が足りていないが故に、画用紙は白紙に近い

 

 薄らと青みがかった白色でしかない世界に、彼の法は正常に機能してはいない。

 今の彼は、生まれたばかりの赤子にすら、己の法を強制することが出来ていないのだ。

 

 

「そんなアイツから、魔導士共は今も力を奪っている。瀕死の様で世界を支えているあいつを、内側から苦しめている。……それを俺は認めねぇ」

 

 

 だが、それでも彼の裏面である宿儺には聞こえている。

 今にも飛びそうな意識の中で、己を蝕む害悪達をそれでも愛していると叫ぶ親友の声が。

 

 

 

 嘗てあった神座世界。その地を汚染しつくした大欲界。

 微かな希望であった東征軍は天魔の前に敗れ、法を壊す為に動いた御門は敗北した。

 

 結果訪れたのは破局。

 あれから何千年。何万年と耐えた彼らは、ついに神座に到達した。してしまった。

 

 そこに辿り着いた瞬間を、夜刀を除く誰もが意識していなかった。

 

 唐突に穴は開き、まだ大丈夫だろうという余裕は崩れ。

 何も準備が出来ていない状況で、三眼の邪神と相対した。

 

 虫を払うような動作で振るわれた拳に夜刀は砕け、それでも離さぬと取り戻した黄昏の残滓を抱きしめた。

 

 

 

 波旬の圧倒的な力に、世界に穴が開く。

 

 

 

 虚数の海。世界の外側。

 魔力を通さぬという性質故に、神座の影響下になかった場所。

 

 座の外側へと放逐された夜刀は、砕けながらも愛する者達を守り抜いた。

 

 そして辿り着いたのがこの場所。

 虚数空間の先にあった。ただ広いだけの何もない場所。

 

 そこで彼は流れ出した。

 必死に止めようとする天魔の努力も虚しく。

 零れ落ちるように流れてしまった。

 

 

 

 それが何億年も前の話。

 この世界が生まれる瞬間に起きた出来事だ。

 

 流れ出した端から自壊している夜刀の世界。

 

 数億年前はまだ流れ出す速度の方が早かった。

 管理局の設立とほぼ時を同じくして、流れ出す速度と崩壊する速度が拮抗した。

 

 そして今、その二つは逆転してしまっている。

 世界は緩やかに、だが確実に死に向かっている。

 

 

 

 流れ出した世界に生きるは、黄昏の残照だ。

 

 愛した女神の愛し子ら。

 波旬に飲まれ、東征の武人として天魔を追い立て、穢土の地にて倒れた魂。

 

 穢土で倒れた彼らの魂を、夜刀は回収した。

 その汚物に汚れきった魂を抱き締めて、そして守り抜いたのだ。

 

 だから、夜刀は愛している。

 この世界を生きる人々を、己の愛し子達を愛している。

 

 その果てに愛し子らに憑り殺されたとしても、彼は決して人を責めはしないだろう。

 

 

「さて、三問目だ」

 

「リンカーコアって何だか分かる?」

 

 

 昔を思い出したのか、遠い目をして宿儺は静かに問うた。

 

 

「……魔力を取り込む器官。貴方達の言に従うなら、魂の力を取り込む器官でしょう」

 

「んじゃ、なんでそんなのがこの世界の人間には存在している?」

 

「何故? そんなの進化の過程で生まれた器官でしょう」

 

「進化論的にはさ、必要ない器官って適応出来ないはずなんだよね。ま、あれはあれで突っ込みどころある論だけどさ」

 

「今回の話で言えば、生まれた理由はあるのさ」

 

 

 魂の力を求めるのは、彼らの魂が欠落していたから。余りにも汚れ過ぎていたからだ。

 

 波旬との戦い。気が遠くなるほどの戦いの中で、彼の波動を受けた黄昏の残滓は穢れていた。

 その魂は弱り切り、悍ましい姿を成す程に歪められてしまっていた。

 

 その魂を治す為に、足りない力を外部に求めたのだ。

 結果生まれたのが、リンカーコアという魂の力を吸収する器官。

 

 この世界独自の身体機能だ。

 

 

「始め、俺らはそれを良しとした。あいつの命を奪うと知っても、それでも黄昏の子らには、当たり前の幸福を得る資格があると考えた」

 

「そう。リンカーコアはいずれなくなる。魂が必要としなくなれば、もう彼は苦しまなくなる。ならば少しの間だけ、それを許容しようと判断した」

 

「だが、それは間違いだった。お前らは延命の為の器官で、あいつが生かす為に与えた魔力で、魔法とか言う技術を生み出した」

 

「本来魂の補填が完了すると同時に失われるはずだった器官は、度重なる酷使によって存在することが常態となり、魔法文明においては魂の欠落がなくてもリンカーコアを持って生まれて来ることが当たり前になった」

 

「なんだそりゃ?」

 

 

 リンカーコアを持って生まれる者達。

 それが偶然、先祖帰りを起こしてしまった高町なのはのような例外だけならば許容しただろう。

 

 だが、管理世界に生きる者達は違う。

 与えられた祝福を本来の使い道とは違う形で浪費し、もっともっとと強請る痴愚共。

 

 ああ、何と手酷い裏切りか。

 

 我らが守りたかった黄昏は、彼が守った黄昏は、一皮向けばこうも醜い様相を見せる。

 そうまでどうしようもないほどに、波旬の影響は残っているというのか。

 

 ならば天魔は魔法を許さず。

 魔法という技術を認めない。

 

 両面の鬼にとって、それがどれほど素晴らしい物だとしても、その根本が許容できる物ではない。

 

 故にこれを、神の奇跡を強請る技術と否定する。

 

 両面の鬼は怒りに震える。

 そんな無様は認めないと告げる。

 

 そう。彼が守った輝きが、失われているなど思いたくもないから。

 輝きが本当に失せてしまっているならば、それこそ本当に詰んでいるから。

 

 だから決して、彼は認めない。

 

 

「頓智問答は御終いだ。さあ、幕を引こうか魔導師」

 

 

 両面宿儺は告げる。

 さあ潰そうか、と。

 

 

「それが嫌なら示して見せろ。人の輝きを見せてみろ! それすら出来ねぇなら、このまま死んじまいな!!」

 

 

 拳が振るわれる。

 プレシアは扉を吹き飛ばしながら、大きく外へと飛ばされる。

 

 吹き飛ばされて来たプレシアの姿を、少女達は目視して――

 

 

 

 両面の鬼は銃口を向ける。

 

 彼が愛した刹那を蹂躙して、それが何よりもあいつの想いに泥を塗っていると分かっていて。

 

 そんな己の無様を嗤いながら、天魔・宿儺は引き金を引いた。

 

 

 

 

 

2.

 轟音が轟く。

 

 死んだのだろうと感じたプレシアは、しかし背中の痛みしか感じなかった。

 

 何故、と思い、ゆっくりと目を開く。

 

 その先に、彼女が居た。

 

 

「フェイト、貴方……」

 

 

 小さく細い指先が、プレシアの頬を撫でる。

 優しく、愛おしい物を確認するように指が動いた。

 

 

「ああ、……良かった」

 

 

 本当に安心したように、フェイトは柔らかく微笑んで――

 

 

「母さん」

 

 

 その身体は、欠落している。

 

 ああ、何故欠けているのか。

 少女の腰から下、下半身が大きく欠落していた。

 

 

 

 そして、にっこりと笑ったまま、フェイト・テスタロッサは死を迎えた。

 

 

 

 

 

「おー、やっるねー」

 

「あの距離で妨害されるとは思わなかったわ。使い魔の方と言い主と言い、大した主従だな、おい」

 

 

 両面の鬼の笑い声が届く。

 高町なのはの癇に障る笑い声が響く。

 

 

「だけど、その女は放っておけないんだわ」

 

「そんな訳で、二発目行ってみようか」

 

 

 鬼は笑って銃口を向ける。

 その凶器は無情にも、少女が掴み取った唯一つを奪い去ろうとしている。

 

 

 

 止めろと、叫ぼうとする。

 だが、なのはがそう叫ぶ前に――

 

 ガラガラと壁が崩れ、床が落ちた。

 

 扉の前の通路の一部。そこを削り取るかのように落石が起こり、プレシアとフェイトはそれに飲まれて落下する。

 

 

「何、手ぇ出すなって言うのかよ」

 

 

 両面の鬼は、崩れ去る瓦礫の向こう側に同胞の姿を見つけて、そう呟いた。

 

 

「また、横入りされちまったなぁ」

 

「わりと本気で、非モテ中尉の呪いが移っていたりして」

 

「おいおい。マジでやめてくれよ。もうこんなんは勘弁だぜ」

 

 

 なぁ、と気安く、何もなかったかのような笑みを宿儺はなのはに向ける。

 その笑みこそが少女の神経を逆撫ですると分かって、だからこそ悪意に満ちた笑みで嗤う。

 

 

「天魔・宿儺!!」

 

「応よ。来るか? 高町なのはっ!」

 

 

 少女は怒りと共に、両面の鬼に立ち向かう。

 これより始まるのが、時の庭園における最後の戦いだ。

 

 

 

 

 

3.

 プレシアは一人。茫然と座り込んでいた。

 

 手に抱いた少女は一人。

 あまりにも軽くなってしまった女の子。

 

 失われていく体温を、唯茫然と感じている。

 

 

「忘れものよ、プレシア」

 

「……ああ、アリシアを連れて来てくれたのね」

 

 

 ありがとう、リザ。

 そう小さく呟いたプレシアに、天魔・紅葉は静かに頷く。

 

 彼女の顔は影に隠れて、その表情は読み取れない。

 

 

「……ようやく気付いたわ。本当に私は、昔から気付くのが遅い」

 

「そう。やっぱり似た者同士なのね。私達」

 

 

 そんな風に呟いて、女は抱きしめた少女を見つめる。

 鬼相の落ちた表情で、プレシアはフェイトの髪の毛を優しく撫でた。

 

 

「失って、ようやく見えた。ああ、私は怖かったのね。フェイトがアリシアと似ていないから、それでもやっぱり似ていたから、想い出になってしまったあの子が薄れていくことに、フェイトがアリシアを上書きしていくことに、恐怖を抱いた」

 

 

 だから彼女から目を逸らした。

 自分の想い出を、アリシアの記憶を守るために。

 

 今、フェイトもまた想い出となってしまったことで、ようやくその事実に気付いた。

 もう彼女との想い出が増えることはない事実に、やっと彼女を真っ直ぐに見ることが出来るようになった。

 

 

「ああ、本当に酷い親」

 

「ええ、本当に」

 

 

 フェイトを見るプレシアは、ようやくあの言葉の続きを思い出した。

 

 誕生日プレゼント。

 あの日、アリシアが強請った物は。

 

 

――私ね。妹が欲しい。

 

 

「ああ、そんなこと、もっと早くに気付けば良かったのに」

 

 

 こうして満足そうに逝ってしまったから、もう何も伝えることは出来ない。

 

 本当に、気付くのが何時も遅過ぎるのだ。

 

 

「けど、終わりじゃない」

 

 

 だが、終わりではない。

 終わらせない。終わらせる物か。

 

 ボロボロの体に鞭を打って、女はその場に立ち上がる。

 プレシア・テスタロッサはその掌中に、十三個のジュエルシードを持ち出した。

 

 

「私は至る。アルハザードに。そして取り戻すのよ。こんな筈じゃなかった世界を」

 

 

 抱きしめていくのは二人の娘。

 

 アリシアと、そしてもう一人。

 この子達を、もう二度と手放さないように。

 

 

「……その想いは、変わらないのね」

 

「ええ、至るわ。取り戻すの、手に入れるの、私の望んだ、それが!」

 

「そう」

 

 

 プレシアがジュエルシードを発動させようと動く。

 

 その瞬間に――

 

 

「ごめんなさい。プレシア」

 

「あ……」

 

 

 ずぶりと音を立てて、巨大な蜘蛛の前足がプレシアの胸を抉った。

 

 

「貴女がどれ程望もうと、それを許す訳にはいかないの」

 

 

 即死だった。

 どさりと倒れ、流れ出た血が小さな池を作る。

 

 苦しむ暇もなく死した友を、殺した女は見下している。

 鬼相の落ちた女が、死してなお娘達を離さなかった姿に何を思ったのか。

 

 ただ一言、天魔・紅葉は遁甲へと沈んでいく彼女に告げる。

 

 

「お休みなさい。私の友達。……せめて良い夢を」

 

 

 ここにあるという意思が失われ、天魔・紅葉は消え失せる。

 

 その表情を、最後まで誰にも見せる事はなく――

 

 

 

 

 

 事件の首謀者に幕は下り、ここに災厄の宝石を巡る物語は一先ずの決着を見せた。

 

 残るはただ、この争いの中で芽生えた因縁。それに対する清算のみ。

 

 

 

 

 

 そんな時の庭園で、誰かは夢を見た。

 

 優しい母親はにこにこと微笑み。

 快活な姉は内向的な妹を振り回す。

 小さな山猫はにゃーと鳴き、幼い狼は少女達と戯れる。

 

 

 

 そんな優しい夢を見た。

 

 

 

 

 




今回出た独自設定まとめ

KKK側
1.覇道神は神座の外でも流出する。
(覇道神はそういう生き物であると作者が認識している為こうなった。流出は彼らの基本機能で、全知全能を追加で付与するのが神座という認識)
2.覇道神は瀕死状態でも流出する。
(KKK本編の常世さんの台詞から、覇道神は任意で流出を制御出来ないという設定だったのでこうなった)
3.瀕死の状態だと強制力は落ちる。
(独自設定。ただ全開夜刀様と消耗夜刀様の差を見ると、あながち間違っていない気がする。……赤子の魂にも強制力で押し負けるくらい死に掛けなのに世界を維持出来ていたのは、彼が法則強制よりも世界維持に力を費やしていたからという認識。あとKIAI)
4.座には外側があった。
(それがないとクロスできない。虚数空間は神の力も通り難い地形。向こう側にも何もないので態々水銀が取り込もうとしなかったイメージ)

なのは側
1.なのは達は黄昏の末裔。
(この世界が夜刀様の流出なので、そこに生きるのは嘗ての残滓の末裔だよな、という理解)
2.リンカーコアは魂を補填する為に生まれた。
(波旬に飲まれた彼らが人に戻れた理由の説明付け。ついでに神座世界の頃にはなかった機能が体内にある理由でもある。この世界の人々はその機能の所為で、己の魂を消費して生み出す力を忘れてしまっている)
3.魂の力と魔力は同じ物。
(同じ物だから神の力である太極に対抗できる。同じ物だから宿儺の身洋受苦地獄に嵌る)
4.オリキャラ? アブドゥル=アルハザードさん。
(魔法はこの世界で生まれた技術という形にしたかったので、アルハザードの元ネタなアラブ人さんを拝借。旧ベルカ王朝より遥か前に生きた人。リンカーコア見つけて、魔力素に気付いて、魔法理論の基礎作って、神座まで見つけた凄い人。スカさんは管理局で色々改造されているけど、この人の末裔という設定)


実は魔法少女の世界に夜都賀波岐が来たんじゃなくて、夜刀様が流出したらリリカルな世界だったんだよ、という設定。

発言を見ると天魔側に正当性があるように見えるけど、もう皆忘れた数億年も前のことだから今更言われても困る。なのは側の当事者はもう誰もいない話です。
魔法技術を作り上げた人達は何も知らずに、ただより良い物を求めただけで、別に悪い訳ではないんだよね、という話。
全部知ってて悪巧みする最高評議会は除くが、それ以外の人々はどちらが悪いという単純な対比にはならないように気を付けていくつもりです。


なのは達は外見と名前と性格は都築ワールドの住人だけど、魂は正田卿世界出身なんだよという新事実。
だからなのはさんが黄金の槍を振り回しながら「真に愛するなら壊せぇっ!」と言ったり、はやてちゃんが車椅子投げ捨てて「空ぅ気がうまい↑」とか言い出してもおかしくはないんだ、と言い張ってみる。


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