リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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副題 やっぱりモブに厳しい世界。
   ハイパークロノくんタイム。
   なのはの歪み。



第十四話 時の庭園

1.

 次元を旅する商業船。

 その船の長は今、信じ難い光景を目の当たりにしていた。

 

 

「何だ……あれは」

 

 

 長年連れ添った船員達も、口をあんぐりと開けた間抜けな様を晒している。

 自分では気付けていないが、船長である彼もまた同様であろう。

 

 

「世界が、崩れている」

 

 

 誰かがそんな言葉を口にした。

 その言葉を聞いて、ああそうなのか、と誰もが納得していた。

 

 そう。例えるなら乾いた絵具だ。

 

 瘡蓋が剥がれるように、本来塗るべき場所ではなかった場所に塗られた絵具が、こうして乾いて剥がれ落ちていく。

 

 白い画用紙と共に、塗られた色が崩れ落ちていく。

 

 その下にあるのは、虚数空間、ではない。

 

 何もない訳ではない。

 そこには確かに空間が存在している。

 今彼らが生きる宇宙とは、全く別の法が広がっている。

 

 果たしてそこは、人が生きるに適う場所か?

 果たしてそこで、今の彼らは生きていけるか?

 

 当然、絵具の上にあった世界はそこにない。

 

 彼らが立ち寄ろうとしていた惑星は、虫食い状態になっている。

 そこに生きる人々がどうなっているのか、想像すらしたくはない。

 

 そんな世界の有り様に、この世の終わりを予感して――

 

 

「戻るぞ、ミッドチルダに」

 

 

 船長の言葉に、抗う答えは返らない。

 その光景を見た誰もが、その危機を理解していた。

 

 商業船は踵を返してミッドチルダに帰還する。

 己らが見た光景を管理局へ、解決できるだろうと信じる彼らに伝える為に。

 

 

 

 

 

 数日後、彼らの死体がクラナガンの湾岸地区で発見されることとなる。

 

 知り過ぎてしまった者の末路。

 最高評議会にとって、都合の悪い人間の末路がそこにあった。

 

 

 

 

 

2.

「ブレイズキャノン!」

 

 

 熱量を持った青き魔力の弾丸が放たれる。

 標的とするは、地より這い出してきた蠢く死骸。

 

 殺傷設定で飛翔する弾丸は、狙い誤らず少女の形をした人型を射抜き――

 

 

「ちっ」

 

 

 舌打ちが一つ。

 魔力弾を受けたはずの相手が無傷である現状に、クロノは苛立ちを隠せない。

 

 手を軽く握り開く。

 

 

(やはり、か)

 

 

 彼の歪みは通じない。

 

 期待はしていなかった。

 それでもやはりこうして現実として通らないという事実を確認すると、どうしても落胆を禁じ得ない。

 

 眼前に見える少女の群れ。その奥に立ちこちらを見据える大天魔。

 その不死にして無敵の軍勢を前に、クロノは確かに恐怖を感じていた。

 

 一歩足が後ろに下がる。

 それでもそれ以上は下がらぬと己の闘志を燃え上げて――

 

 

「なっ!?」

 

 

 がしっ、と足が掴まれた。

 

 背後、地面から生えた腕を見る。

 その華奢で、半ばまで腐敗した白い腕は、確かに眼前にある少女の群れと同じ物。

 

 

「アリシアの欠片達が目に見えるだけだと思ったのかしら?」

 

 

 クロノの前に現れて、腐った手足でズルズルと向かってくる少女達。彼女らの数は、十や二十では足りない程である。

 

 

「これで全てと? プレシアの狂気はそんなものだと? そんなことを考えていたのかしら?」

 

 

 だが、それが全てではない。十や二十では足りない。

 プレシア・テスタロッサの狂気は、そんな物では収まらない。

 

 

「ああ、なんて考えなし。そんな物は狂気じゃない。気が触れる程に一つを想うと言う事は、この程度では済まないの」

 

 

 二十六年間。

 そう。プレシアはアリシアを失って、二十六年もの間我が子を求め続けてきたのだ。

 

 管理局への奉仕義務によって行動できなかった時間があるとは言え、日数にして九千日以上の時間が彼女にあった。

 

 その間に生み出された失敗作の数は、百や二百でも足りはしない。

 

 

「数が尽きるなんて、都合の良い事は考えない方が良い。アリシアの欠片が、尽きる事はないわ」

 

 

 引き摺られる。引きずり込まれる。

 

 

「っ! だがっ!」

 

 

 だが、その膂力はそれほどに強い物ではない。

 そうと気付いたクロノは、歪みを用いて宙に転移する。

 

 引き摺り出されるのは彼ではなく、アリシアの欠片。

 

 地面から這い出して来た少女は、浮かび上がった彼の片足にしがみ付き、その空洞の眼下で彼を見上げていた。

 

 まー、まー、と。まー、まー、と。

 少女の口から零れ落ちるは、この世の物とは思えぬ声音。背筋を震わせる重低音。

 

 だが、彼女の言葉が母を呼ぶ物だと気付いて、クロノは形容し難い思いを抱く。

 

 

「悪いな」

 

 

 言葉を一つ。

 彼は縋る少女を、思い切り蹴り飛ばした。

 

 

「っ」

 

 

 蹴り飛ばした足に、痛みを感じる。

 まるで鋼鉄の塊を蹴ってしまったかのような痛みにも、しかしクロノは動じない。

 

 

「最悪だな。これは」

 

 

 蹴った足の痛みより、少女の形をした物に暴力を振るう心の方が痛い。

 それでも選択したのだからこそ、肉体的な痛み程度で揺れている様な無様は晒せないのだ。

 

 少女は落ちる。アリシアが落下する。

 幼子より多少は強い程度の膂力しか持たない彼女は、振り回されれば落ちるより他にない。

 

 その様を見つめて、クロノは彼女らの奥へと視線を向けた。

 

 

 

 不死にして不滅の軍勢。

 如何なる攻撃にも傷一つ負わず、痛みなど感じる事もなく、迫る死者の群れ。

 

 そんな物を相手にしても時間の無駄だ。

 この等活地獄を統べる支配者を如何にかしなければ、全ての行動には何の意味もない。

 

 だが――

 

 

(さて、どうする)

 

 

 死者の群れの奥にこそ、大天魔は存在している。

 この死者を倒すには彼女を討つしか術はなく、されど彼女を討つには群れが邪魔となる。

 

 とは言え、距離は然したる障害ではない。

 彼の歪みをもってすれば、すぐにでもその目の前に転移することが出来るだろう。

 

 問題となるのは、攻撃の為の札がないこと。

 彼の大天魔が、自らが使役する死者の群れより弱いなどということは、まずあり得ないであろう。

 

 少なくとも、天魔・紅葉に対してクロノの魔法が通じるようには思えない。

 

 

「来ないのかしら? ……なら、このまま引き下がることを進めるわ」

 

「何?」

 

 

 そんな迷いを見透かした様な紅葉の言葉に、クロノは眉を顰める。

 

 

「逃げるなら、追わないと言ったのよ」

 

 

 クロノへと、語り掛けるのはそんな言葉。

 一瞬罠かと訝しむが、この状況でする意味がないと否定する。

 

 そう。これは罠ではない。

 

 

「あの子が望んでいる以上、何れは貴方達も殺し尽くす。滅侭滅相。一人も生かして残さない」

 

 

 天魔・紅葉には、戦い続ける意志がない。

 寧ろ逃走してくれた方が良いと、彼女はそんな風に思っている。

 

 

「けれどそれは、今ではないの。このまま立ち去ると言うのなら、私もこの子達も追わないと約束するわ」

 

 

 女は優しくなくて甘いから、今の犠牲を好まない。

 何時かは踏み躙るとしても、その場限りに過ぎないと知っても、それでもそんな言葉を口にする。

 

 

(……随分、舐めた話じゃないか)

 

 

 そんな言葉に何の意味があるのか。

 見下すような天魔の言葉に、かっと頭に血が上る。

 

 だが同時に、冷静な思考が現状の不味さも理解させていた。

 

 

 

 先ほどから念話で届く救助要請。新米武装局員達の悲鳴。

 黄金の少女。フェイト・テスタロッサを前に、彼らは唯蹂躙されている。

 

 格が違う。想いが違う。

 死に瀕した少女が見せる輝きに、自身の仲間が焼かれている。

 

 今のフェイトを倒せるのは、この場では自分くらいしか居ないだろう。

 

 

(こいつを放置して、フェイト・テスタロッサとプレシア・テスタロッサを捕縛することを優先すべきか)

 

 

 故に、そうするのが執務官としては正しいかも知れない。

 追わぬという言を信じるなら、それが最良の答えにも思えてくる。

 

 魔力炉を停止出来なければ、プレシアの危険性は極めて高いと言えるだろう。

 

 だが、それも大天魔ほどではない。

 今のクロノなら、多少の厄介程度で済ませられる。

 

 ならば、即座に歪みを行使してフェイト、プレシア両名を捕縛。

 そのまま時の庭園を脱出するのが、管理局の執務官として選択するべき正しい道だ。

 

 

(それでも)

 

 

 思う所がある。

 理性とは相反する選択を、己の感情は下したがっている。

 

 

 

 幼きあの日、帰って来なかった父が居た。

 葬式の中、見てはいけないと言われた棺を開けて、腐敗した死骸を見つけた記憶が蘇る。

 

 

 

 管理局において、大天魔の情報が開示されるようになるにはある一定の条件がある。

 

 スカリエッティが集めたデータ。

 開示すれば大勢の命が救えたであろうそれが、士官学校に在学する者や、新人管理局員には知ることが許されていない。

 

 だから気付けなかった。

 父の仇。それがどの天魔であるか。

 

 そして気付けた。

 あの初陣となった戦場の只中で。

 

 そう。父を奪い。自身の体の一部も奪った天魔・悪路。

 そして彼ではなくとも、何れは管理局員を皆殺しにすると語った天魔・紅葉。

 

 彼らに背を向け走り去る。

 任務を優先して、大敵から逃げ延びる。

 

 それをクロノの情が許さない。

 

 

(全く、公務は私事に優先すると散々に語っておいてこの様か)

 

 

 クロノはそう己を自嘲する。

 そんな彼に決断を促す。一本の念話が入り込んだ。

 

 

 

 それはある少女に関する念話。

 目覚めた少女が、フェイトとプレシアの許に向かっているという、母の言葉。

 

 

「……ああ、僕は執務官失格だな」

 

 

 こうして危険な戦場に民間人が入り込んでいると聞いたのに、お蔭で大天魔へと立ち向かえるなどと笑っている己を詰る。

 

 任務を民間人に任せ、挑む必要のない敵に立ち向かう馬鹿さを笑う。

 

 あの少女なら全部纏めて何とかしてしまいそうな、何もかも良い方向に進めてしまいそうな、そんな予感を感じている自分を馬鹿にして――

 

 誰に科せられた訳でもないのに、戻ったら始末書と再訓練だ、と自ら決める。

 

 そしてクロノは天魔・紅葉へと向かって構えた。

 

 さあ、天魔と戦うぞ、と。

 

 

「そう。残念ね」

 

 

 己に向かってくる少年の姿に、紅葉は本当に残念そうに呟いた。

 

 

 

 

 

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」

 

 

 青き魔力の刃が中空に出現する。

 その数は百を超え、その全てが死人の群れへと降り注ぐ。

 

 

「無駄だと分かった。そう思っていたのだけれど」

 

「さて、無駄かどうかは全部見てから言ってみろ!」

 

 

 降り注いだ刃の雨が穿つのは、死者の群れに非ず。

 その足元を破壊して、噴煙を巻き上げる。

 

 

「僕の歪みには、こういう使い方もある!」

 

 

 紅葉の回り、唐突に魔力の鎖が出現する。

 展開したバインドを転移させて、視界を塞いだ相手を直接捕えようとする行為。

 

 だが、それさえも――

 

 

「無駄よ。そう断じてあげる」

 

 

 軽く腕を振るうような動作で、紅葉は己を縛ろうとした鎖を引き千切る。大天魔を前に、そんな小細工に意味はない。

 

 だが――

 

 

「そう。最初から、この子達が目的だったのね」

 

 

 噴煙が晴れた先、バインドに縛られ転がる死者の群れを見て、僅かに紅葉は驚く。

 

 彼女がバインドを容易く切り裂けようと、生前より多少強化された程度の身体能力しか持たない死者の群れに同様の真似は出来ない。

 

 何せ彼女らは生まれ出でてから、一度も外に出れず捨てられた子だ。

 素体となる筋力は未発達。神の力で多少は強化されたとて、大した力には至り得ない。

 

 

「万象、掌握!」

 

 

 宙に浮かぶクロノは、己の歪みを行使する。

 自身より遥か格上の天魔が法に守られた少女達を、直接転移させることは出来ない。

 

 だが、クロノの歪みは、転移した対象に付随する物、くっついている物があれば、その格や位階を無視して同時に転移させることも出来るのだ。

 

 故に、太極に守られたはずの少女達は、バインドから逃れられず一ヶ所に集められる。

 

 

「こいつを、受けろぉぉぉっ!!」

 

「……子供達を武器にするなんて、悪い子ね」

 

 

 天を突くように伸ばされた右手の先。

 一塊の塊となった死者達は、まるで巨大な鉄槌の如く。

 

 そして鉄槌を振り下ろす様に、それを天魔・紅葉に向かって叩き付けた。

 

 

「ふん。お前には言われたくないさ」

 

 

 轟音を立てて落ちる死者の群れと、それに飲まれて消える紅葉を見つめてクロノは呟く。

 己の非道さを理解しながら、彼はアリシアの群れに潰された紅葉を見下ろしていた。

 

 

 

 転移させた死者の数は、百を超える。

 一点に集いし彼女らは正しく大山。あるいは肉の海と呼ぶべきか。

 

 同強度の物が、重力を味方に付けて落ちて来る。

 物理法則にそうならば、如何に大天魔とて無傷ではいられないであろう。

 

 後方。未だ魔力炉を抱えて動かぬ随神相に不安を抱いても、手傷を負わせられているのならば繰り返せば勝てると考える。

 

 クロノは現状確認の為に、死者の山へと近付いて――

 

 

――悪い子には、お仕置きが必要ね。

 

 

 ぞくりとする声を聞いた。

 

 瞬間。飛来する魔力を右の義眼が認識する。

 

 左の義眼。生体反応を感知するレーダーには反応がないことに、やはり健在だったかと振り返らずに魔力を打ち払う。

 

 

 

 クロノ・ハラオウンに不意打ちは通じない。

 彼の両眼は歪みと同範囲。半径500m圏内全てを認識しているが故に。

 

 見る必要もなく敵の攻撃を迎撃したクロノは、さて相手を確認してやろうと目を向けて、そして気付いた。

 

 

 

 その掌の大きさを覚えている。

 幼い自分に対して、どう接して良いか分からずに狼狽えていた姿を覚えている。

 

 少し乱暴に撫でられた記憶。

 不器用に触れた掌。そんな親子を笑って見ていた、母の姿も覚えている。

 

 そう。その黒髪に瞳の色。

 クロノに良く似た青年を、彼は今でも覚えていて――

 

 

「父、さん……」

 

 

 だから、そこで致命的な隙を晒していた。

 

 信じられない者を見た少年は動揺する。

 そんな彼の隙を、死者となった父は見逃すことはない。

 

 

「スティンガースナイプ」

 

 

 呟くような言葉と共に、放たれた魔力光弾がクロノを射抜く。

 

 躱せず、防げず、撃ち抜かれた少年は眼下の海へと落ちた。

 

 

「天魔、紅葉ぃぃぃぃぃっ!!」

 

 

 咆哮と共に右手を伸ばす。

 だがその手はどこにも届かない。

 

 まー、まーと声を上げる少女達に絡め捕られ、少年は肉の海に沈んでいく。

 

 その姿は、数秒とせずに見えなくなった。

 

 

 

 肉の海に溺れる少年を、冷淡な瞳で女は見つめる。

 花魁の衣装に化粧で着飾った死人の女。天魔・紅葉は無傷のまま。

 

 大天魔に対して、物理法則の縛りなど意味がない。

 そんな既存世界の法則では、彼らを揺るがす事すら不可能だ。

 

 

 

 嘗て管理局を攻めた際に回収したクライドの魂を己の遁甲に沈めると、紅葉はアリシアの欠片に背を向けた。

 

 

「ありがとう。それと御免なさいね」

 

 

 少女らを捕え続けたままに、天魔・紅葉は静かに詫びる。

 

 輪廻の輪に紛れて母と離れ離れになってしまわぬ様に保管は続けるが、彼女たちを傀儡として操る心算は最早ない。

 これより己は彼女らが愛する母を妨害するのだから、そんな己がこのまま傀儡として使い続けるのは道理がないであろう。

 

 プレシアの願いは叶わない。叶えてはいけない。

 虚数空間の向こう側に住まうあの邪神を、今は未だ刺激する訳にはいかないのだ。

 

 

 

 自身が与えた魔力が霧散すれば、彼女らの肉体は崩壊する。全てが終わり、次が確実な物となれば、その時には母娘揃って解放しよう。

 

 そうして漸く、あの死骸に囚われていた魂の欠片達は、今世界に満ちる黄昏の残照。輪廻転生の法則に従って新たな生を得られるはずだから。

 

 本来ならば、もっと早くに転生していた。

 だが、今の第五天の残滓は、彼らの主柱の法と同じく正常に機能していない。

 

 己の体と錯覚する物が、傍にあれば宿ってしまう。

 肉体を保存させ続ければ魂が輪廻の輪に戻れず、緩やかに自壊を始めてしまう。

 

 それが故に、アリシア達には魂があった。

 魂の欠片があったからこそ、彼女達は紅葉の太極で再現出来たのだ。

 

 ああ、なんと皮肉なことであろうか。

 

 アリシアを求める母の愛が、アリシア自身の魂を自壊させ、零れ落ちた欠片がフェイトを始めとする子供達に宿った。

 

 それを自覚できないプレシアは、愛する我が子を苦しめ続けた。他ならぬ母の情こそが原因となって。

 

 

「なら、終わらせましょう。……もう眠りに就く時間よ、プレシア。私の友達」

 

 

 天魔・紅葉は歩み去る。

 死者に群がられた少年を背に。

 

 

 

 さて、運が良ければ彼も生き残るだろう。

 殺傷能力を持たない子供達が消え去るまで、その命が持つならば――

 

 

 

 

 

3.

 高町なのはは立ち上がった。

 

 ふらつく体は上手く動かず、魔力が殆ど残っていない我が身は、魔法を得る前の様に重い。

 

 それでも、彼女は立ち上がった。

 理由は単純。諦めたくは、なかったから。

 

 

 

 そんな様で一体何をする気なのか、人情家である女艦長は問うた。

 

 その問い掛けに分からないと返して、でも諦めたくはないと告げた。

 

 

 

 フェイトは既に命を賭けている。対して君は何を賭けるのか、と狂った無限の欲望は問うた。

 

 その問い掛けに分からないと返して、でも諦めたくはないと告げた。

 

 

 

 始まりの少年は手を伸ばす。

 一人では真面に歩けない少女を支えて、二人で時の庭園へと向かう。

 

 答えなんて何一つ返せなかったけれど、それでも胸を動かす想いがあったから。

 

 行くんだね、と聞かれた。うんと返した。

 

 手助けは、と問われた。途中まで、決着は自分が付けたいと返した。

 

 勝ち目は、と確認する声に、そんなの分からないと返して。

 

 

 

 少女と少年はここに来た。

 黄金の少女が待つこの場所に。

 

 

「……高町なのは」

 

 

 倒れ伏す武装局員達を宙より見下ろして、フェイト・テスタロッサは少女を見る。

 

 

「何をしに来た」

 

 

 それは問い。

 今更出てきた少女に、果たして何の目的があるのか。

 

 問うておいて、無意味だったかと自嘲する。

 

 

「君の目的が何であれ、ここは通さない。争う気なら杖を取れ! 何もしないならここから立ち去れ!!」

 

 

 そんなフェイトの拒絶の意思に、それでもなのはは諦めない。

 

 

「諦めないよ。諦めたくないんだ」

 

「何を!」

 

「貴女と友達になりたい。その想いを、諦めたくなんてないんだ!」

 

 

 そこにある想いはとても単純。明快な子供の感情。

 その変わらない想いの在り様に、フェイトは怒りの咆哮を上げる。

 

 

「今更、そんな言葉で、私の戦いに立ち入るな!」

 

「それでも諦めないと決めたから! 何度だって、手を伸ばす!!」

 

 

 高町なのはとフェイト・テスタロッサが交差する。

 これが本当に最後。ここに彼女達の、最後の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 

 

 三度目の戦いが蹂躙だったように、四度目の戦いもまた蹂躙であった。

 

 

「くぅっ!」

 

 

 僅かに残された魔力で張った障壁の中で、なのはは雷光に耐える。

 

 先の戦いであれ程魔力を消費し、魔力にダメージを与える非殺傷設定の攻撃を受けた結果、今のなのはには魔力がほとんど残っていない。

 

 大量の魔力を持って奇跡の如き事象を起こすレイジングハートも、現状ではその真価を発揮することは出来ない。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 対するフェイトは万全だ。

 どれほど肉体が傷付いていようと、どれほど心が摩耗していようと、それでももう止まらない。

 

 覚悟が違う。意志が違う。勝利にかける想いが純粋に強者である。

 

 ジュエルシードによって延命されている彼女は、溢れ出す魔力と生命力を振り絞って戦いに臨んでいる。

 

 ならば、結果は必然。なるべくして推移する。

 

 

「撃ち抜け、轟雷!」

 

〈Thunder smasher〉

 

 

 放たれた雷光は、なのはの障壁をあっさりと砕く。

 これまでの硬さがまるで嘘だったかのように障壁は砕かれ、雷光がなのはの体を貫いた。

 

 

「っ!」

 

 

 魔法が体を貫く痛みに震え、それでもなのはは膝をつかない。

 空を飛翔するだけの魔力を失い地に落ちて、飛べなくなったら歩いて進む。

 

 諦めないという想いがある限り、ここで退き返すことは出来ない。

 

 

「まだ、来るか!」

 

〈Thunder smasher〉

 

 

 退けないのはフェイトも同じだ。

 否、彼女の方がより切羽詰まっている。

 

 フェイトには最早退路などない。

 

 失ってしまった者。

 これから失おうとしている者。

 そして、残された寿命は後僅か。

 

 それらが雁字搦めに己が身を縛っている。

 だからこその強さ。不退転の覚悟が其処にある。

 

 

「まだ、だよ! フェイトちゃん!」

 

 

 なのはは進む。

 己の体を雷光が貫こうと、魔力が尽きて意識が飛びそうになっても。

 

 諦めない。その想いだけで前へと進む。

 

 そんな姿に僅か脅威を覚え、フェイトは最後の一線を踏み越えた。

 

 

「サンダースマッシャー!」

 

「あ、ああああああああっ!!」

 

 

 放たれた雷光は殺傷設定。

 安全性のある非殺傷の魔法とは異なり、これは確かに命を奪う魔法。

 

 吹き荒れる雷光がその身を焼き尽くし、足が挫けて膝を付く。

 バリアジャケットは切り裂かれて消滅し、なのははその場に跪いていた。

 

 

(どうして)

 

 

 放たれた雷光に意識を飛ばされかけながら、ふとなのはは思う。

 

 

(どうして、私はこんな事をしてるんだろう)

 

 

 最初に感じたのは、泣いている誰かの涙を止めたいと言う想いだった。

 それは最初はユーノのことで、そしてフェイトへの想いに変わっていった。

 

 次に感じたのは魔法の全能性。

 その圧倒的な力に想いは歪んでしまって、母に気付かされるまでやりたいことが分からなくなってしまっていた。

 

 そして今、感じる想いはまた別の物。

 

 フェイトは、もう涙を流していない。

 自分の道を決めたから、残る命の使い方を決めたから。

 

 ああ、それは何と強い想い。何と強い決意であろうか。

 

 だが、それは同時に――

 

 

(そんな決意は寂しいよ、フェイトちゃん)

 

 

 寂しい強さだ。悲しい決意だ。救いがないにも、程がある。

 その瞳に、寂しさを未だ宿していることが分かるのだ。

 

 それを拭い去りたいと思った。

 彼女が報われずに終わるのは、嘘だって思うのだ。

 

 だから手を伸ばすことを、諦めたくない。

 

 諦められない訳ではない。諦めたくないだけなのだ。

 

 

(だから、私は――)

 

 

 己の内から零れ出る衝動に、手探りのまま進んでいる。

 この道が本当に正しいのか、ずっとずっと迷っている。

 

 

(間違っている。きっとなのはは、間違ってる)

 

 

 迷いを抱いて、弱さを抱いて、確かにそうだと理解する。

 だって自分には、彼女を止めるに足る正当なる理由なんて何もない。

 

 だから、きっとこれは、間違った想い。

 自分の道を決めたあの子には、きっと許せない独善の感情。

 

 

(悪い子が言う、身勝手な我儘。そんなのは、分かってる。分かっているけど、それでもそんな目をした子を、放っておきたくなんてないっ!)

 

 

 だから、この道を進み続ける。

 立ち止まらずに駆け抜けた先には、きっと繋がっていくものがある。

 

 ならばそう。

 進むべき道は一直線。この先にしか存在しない。

 

 結論は、ああ、何だ簡単なこと。

 

 

「伝えたい、想いがあるんだ」

 

「っ! まだ!?」

 

 

 ボロボロになった少女は、それでも立ち上がって前を見る。

 

 諦めたくない理由があって、諦めたくない想いがあって、ならば進み続ける事こそ解答だ。

 

 

「私は君と、友達になりたい」

 

 

 その身に宿った魔力はない。もう空っぽになってしまった。

 魔力が尽きて重くなってしまった体。ユーノくんは何時もこんな体で動いていたのかな、それは凄いやと素直に感嘆する。

 

 

「まだ、言うか!!」

 

 

 目の前で泣いている子はいない。涙を拭う前に自分の意思で立ち上がった。

 涙を拭おうと伸ばした手。伸ばしたままでいるのなら、そのまま違う目的の為に使おう。

 

 伸ばした手はきっと、フェイトの手を握り締める為にある。

 

 

「何度だって言うよ! 手を跳ね除けられても、声が届かなくても、それでも私は何度だって口にする!」

 

 

 言葉と共に、高町なのはは浮遊する。

 その姿に、おかしいとフェイトは感じた。

 

 デバイスを手に、その姿が白き鎧で覆われていく。

 魔力は尽きたはずだろうに、何故とフェイトは疑問に思う。

 

 

「やっと気付いた。やっと分かった」

 

 

 そう。漸く気付いた。

 生まれ始めていた力の萌芽に、必要になって漸くに気付けた。

 

 桜色の魔力が場を覆う。

 溢れ出すそれは、確かに失われた筈の高町なのはの魔力。

 

 

「これが私の歪み。不撓不屈。正真正銘、私の全力全開だ!」

 

 

 諦めたくないと思った。

 諦めない為には魔法が、魔力が必要だった。

 

 だから至った願いは至極当然。想いを魔力に変えるという力。

 

 

「行くよ! フェイトちゃん!」

 

 

 宙に浮かんだなのはをフェイトは見る。

 

 その想いが生み出す無尽蔵の魔力。

 魔力が注げば注ぐだけ、答えを返す規格外のデバイス。

 

 その組み合わせは、反則と言うより他にない。

 

 

 

 なのはの背、天を覆う桜色の魔力に、フェイトは目を見開いて。

 

 

「フェイトちゃんの魔法からイメージしたディバインバスターのバリエーション! 受けてみて!!」

 

〈Divine buster phalanx shift〉

 

 

 天より放たれるは1064発のディバインバスター。

 空間の九割以上を桜色に染め上げる砲撃を前に――

 

 

 

 もうカートリッジを使うことが出来ないフェイトは、為す術もなく飲まれて落ちた。

 

 

 

 

 

 地に落ちるフェイトの手を、なのはが握り締める。

 二人は宙に浮かんで、視線を合わせた。

 

 

「……何で、君は」

 

「友達になりたい。なのはの理由なんてそれだけだよ」

 

「何度も断っているのに」

 

「何度断られようと、手を伸ばすのは止めないって決めたんだ」

 

「しつこいね。それに、勝手だ」

 

「うん。分かってる。自分でもこんなにしつこくて、身勝手だなんて思わなかった」

 

 

 争いの後、対話の中で、少女達は言葉を繋いでいく。

 

 

「友達になっても、私は母さんの為に動くよ」

 

「それなら私だって協力する。二人で一緒に、一番良い方法を考えよう」

 

「……管理局は?」

 

「なのはは悪い子なのです」

 

「ああ、本当に悪い子だ」

 

 

 太陽のように微笑む少女。握られた手に温かさを感じて、色々な意味で勝てる気がしないとフェイトは嘆息した。

 

 そう。今なら分かる。

 何故これ程この少女に反発したのか。

 

 寂しかったのだろう。

 母の為に動くと心を決めても、やはり見てもらえなかったのは寂しかったのだ。

 

 

「けど、君だけは最初からフェイトを見ていた」

 

「にゃ?」

 

 

 羨ましくて、妬ましい女の子。

 なのに君だけが、自分の事を真っ直ぐに見ていたから。

 

 ああ、そんな君だから。

 自身は好きになることも、嫌いになることも出来なかったのだろう。

 

 

「君の手は暖かいね、なのは」

 

「フェイトちゃん?」

 

 

 今なら素直に受け取れる。

 敗北した後の行動を、これから先も後悔していくのかもしれない。

 

 それでも確かに、その想いは伝わったから――

 

 

「……君は何度も呼びかけてくれたけど、どうして良いのか分からないんだ。……教えて欲しい、友達になる方法」

 

「簡単だよ!」

 

 

 漸く届いた想いに、なのはは笑みを浮かべる。

 彼女が告げるのは、とても簡単な友達になる方法。

 

 

「名前で呼んで? 始めはそれだけで良いんだ!」

 

 

 太陽の少女が語る言葉に、黄金の少女は儚い笑みを浮かべた。

 

 

「なの――」

 

 

 フェイトは友達になる為に、彼女の名を呼ぼうとする。

 その瞬間に、音を立ててフェイトが守っていた扉が内側から開いた。

 

 

 

 紫髪の女が、内側から飛び出してくる。

 その身は血に塗れていて、今にも死んでしまいそうな程に、呼吸は擦れている。

 

 

 

 そして、両面の鬼が立っている。

 手にした凶器は、確かにプレシアに狙いを定めていた。

 

 

「母さん!」

 

「あ、フェイトちゃん!?」

 

 

 繋いでいた手が、少女の意志に弾かれる。

 振りほどく腕の強さに押し負けて、なのはは手を離した。

 

 

 

 離して、しまった。

 

 

 

 轟音が鳴り響き、鮮血が散う。

 甲高い音を立てて、ジュエルシードを嵌め込んだ首飾りが地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 時の庭園の戦いは、今最終幕を迎えようとしている。

 果たしてその結末は、いかなる形を迎えるのだろうか。

 

 

 

 

 




紅葉さんじゃないのかよ。
書いててそんな声が聞こえた気がする。そんな今回のお話です。


次回はプレシアさん視点を軽く流して、世界観設定とか無印編の黒幕さんとか暴露させようかなと想定中。独自設定や捏造設定。設定改変オンパレードになりそうです。

文字数次第でエピローグを別に分けるかもしれないけれど、無印編本編は後二話で終了予定。その後空白期の話を少しやってからAS編に入ります。


以下、オリ歪み解説。
【名称】不撓不屈
【使用者】高町なのは
【効果】想いを魔力に変える。ただそれだけの歪み。想いが尽きぬ限り魔力は尽きない。だが無限と言う訳ではなく、使用する度に感情や魂は少しずつ摩耗し、心が折れた状況では発動すら出来なくなるという欠点もある。
 この歪みは彼女の特別性を意味している訳ではない。想い(渇望の力)で魔力(魂の力)を引き出している能力。かつて神座世界にあった頃は、誰もが持っていた根源的な力。リンカーコアの発達により今の世の人々から失われてしまった感情から魔力を生み出す能力を、なのはだけは取り戻した形となっている。故に彼女だけは、魔法の使用が世界を殺すという縛りからも解放されたこととなっている。
 諦めたくないという祈りから生まれた歪み。なおこの力は魔力が足りないという現状の影響を受けて変質してしまっており、高町なのは本来の歪みとしての能力は未だ発揮されていない。



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