リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

147 / 153
Dies irae アニメ。いよいよ始まりましたね。

第0話と第1話。出来として良いと感じたのは第1話でしたが、第0話の方がニートがウザかったり、シュピ虫さんが笑い声だけであのインパクトだったりで、ファンサービス的には嬉しかったです。万ざぁい!(甘粕スタンプ)


今回はなのはVSマッキー大獄戦。マッキー☆トラベルによる、快適な空の旅をお楽しみください。


第三話 無間地獄を乗り越えろ 其之肆

1.

 黄金の杖を手にして、空に浮かぶは白き魔導師。向かい合う形で地に立つは、虎面を被った漆黒の天魔。

 管理局と穢土・夜都賀波岐。両陣営の最強同士は、互いに出方を伺う様に睨み合う。不動で意をぶつけ合う両者だが、その周囲もまた不動で在れるとは限らない。

 

 黄金の杖を展開して、戦闘行為の体勢を取った。相手の姿を睨みながらに、両の拳を強く握った。唯それだけの変化であるのに、発する気配は濃密さを増している。

 生じる圧はそれだけで、最早凶器と言える程。既に半壊していたの霊峰は、その余波にも満たぬ圧にすら耐えられない。故に当然、耐えられない物は砕けていく。獅子の爪牙で卵が潰れてしまう様に。

 

 半ばまで残っていた筈の大山が、生じる圧に砕けて崩れ去る。その衝撃音に紛れる形で、両者はほぼ同時に動いた。

 移動速度は影を追う事すら出来ない程。立ち止まった一瞬だけ姿を見せるその様は、まるで空間を跳躍しているかの如く。遅れて生じる大気の波が、唯一移動いている事を証明していた。

 

 風が生じる。嵐が生じる。音を超える速さの移動によって生まれた大気の壁が、物理的な破壊を生み出し不二の大地を蹂躙する。

 音より速く、瞳では捉えられぬ程の速力で、互いに狙うは相手の隙。互いに後背を打たんと速度を増して、至る速さは共に規格外。此処まで至れば違いは最早、誤差の範囲を逸脱しない。

 

 速力に大きな差がなければ、互いに後背を取る事などは叶わない。相手の失策を狙う様な、そんな要素は期待出来ない。

 ならば彼我の境を分ける要素は即ち、手にした武器の差。その優劣を競うことなど出来ずとも、唯一つだけ明確に高町なのはが勝る部分が一つある。

 

 それは武器の射程距離。己の五体こそが真に誇るべき武具である終焉の怪物に対して、黄金の槍を取り込んだ杖は魔法の道具。その射程は即ち、魔法の最大射程と同距離だ。

 

 

「ディバインシューターッ!!」

 

 

 高速移動しながら杖を一振り。生じる魔力の輝きは、天の星すら届かぬ程に。僅か一手で数億数兆、圧倒的な物量を展開する。

 そして移動しながら指示を出す。我が敵を討てとだけ、下した指示に従い魔法の光が押し寄せる。その光景は最早、雨や津波と例える事すら不可能だ。

 

 全周を隙間なく覆って、全てを圧し潰さんとする光。逃げ場など星の何処にもありはしない。世界全てが襲い来るその光景。

 それを眼前にしてしかし、天魔・大獄は構えを取らない。取れないのではなく取らない。取る必要がないのだと、この怪物は知っている。

 

 故に移動速度を欠片も緩めず、光の壁に向かって進撃する。打ち付ける無数の魔力光は、黒き鎧に触れた直後に消滅した。

 其は終焉の理。この世界に一秒でも存在した物ならば、あらゆる全てを終わらせると言う法則。その力を超えられぬ限り、あらゆる力は通らない。

 

 数が質を凌駕する道理はないのだと、それが天魔・大獄が示した事実で――そんな事、高町なのはも知っている。

 

 

「取ったっ!」

 

 

 故にそう。これは唯の目晦まし。一手で生み出した光の世界を囮にして、奪い取ったは男の後ろ背。

 背後に向かって杖を突き付け、その先端に光が集まる。先の一手が数を求めたモノならば、続くこれは質を追求した一撃だ。

 

 

「ディィィィバァァァィィィンッ! バスタァァァァァァァッ!!」

 

 

 集まる極光が放たれる。無防備な漆黒の背中に向かって、撃ち放たれたその一撃。桜の砲撃魔法を前に最早、反応するなど到底不可能。

 それは道理。それは当然。ならばそう、この男は当たり前の様に踏破する。反応出来る筈のない瞬間に、しかし大獄は反応する所か対応までもしてのけた。

 

 腰を捻って拳を振るう。見えた訳ではない。目で追っていたのでは間に合わない。故にそう、最初から背後に拳を打ち込む心算だったのだ。

 読み違えれば、それこそ明確な隙となっていただろう。敵が背後に居なければ、大きく空振りしていた筈だ。そうと分かって一点に賭け、当たり前の様に賭けに勝つ。それが天魔・大獄だ。

 

 振り向くと同時に振り抜かれた鋼鉄の拳に、桜の光が散らされる。腕に感じる振動に、己の判断は間違っていないのだと確信する。

 振り抜いた腕が痺れている。終わらせた筈の攻撃を、しかし消し切れていなかった。終焉を纏った両の腕でこれなのだから、背に受けていたら確かな傷となっていた。

 

 それは強制力と言う、相性に勝る一つの法則。今放たれた桜の砲撃は、大獄が垂れ流している法則の力を超えていたのだ。

 あの日に抱いた認識を、此処で確かに改める。地獄の前で立ち上がる事すら出来なかったあの日の幼子は、己を打倒するだけの力を既に得ていたのだと。

 

 そう下した判断は――されど、不足が過ぎたと言えよう。届くだけの力を持っているのではない。その程度では、まだ足りていなかったのだ。

 

 

〈Rapid fire〉

 

「シュゥゥゥーットッッッ!!」

 

 

 高町なのはと言う女は、戦における天才だ。神に愛された才児である。故に感覚を扱う域で、故に思考を伴う域で、共に判断を下していた。

 天魔・大獄はこれにも反応してくる。間違いなく対処されるのだと、そう既に理解していた。ならば放つ桜の砲火は、一撃などでは終わらない。

 

 二撃三撃四撃五撃――後背を奪ってからの連撃は、敵に腕を使わせる事が目的だ。天魔・大獄の腕は二本しか存在しない。ならば必然、対処能力には限界が生じるのである。

 面と向かって放っていれば、当然の如く回避されたであろう砲撃。それでも背面からならば、相手の動きを牽制できる。動きを制限できるというならば、其処に対処不可能な量を伴った質を叩き込める。

 

 

「…………っ」

 

 

 触れるだけでは消せないから、光線を殴ると言う対応が必要となる。たった二本しかない拳を交互に振るって、故に大獄は理解する。

 戦況の拮抗。間違いなく、天秤は今揺らいでいる。どちらに傾くか分からぬ程に、なればこそこの女の異能が致命の要素と成り得てしまう。

 

 不撓不屈と言う異能。時間の経過と共に、無限を思わせる程に強化される。その性質が対等と言う状況を否定する。

 互角になってしまった時点で、高町なのはは止められない。そうと分かっていながらも、一度嵌った盤面を覆す事など不可能だ。

 

 防ぎ続ける砲撃の、密度が加速度的に増えていく。時間と共に強化され続けると言う性質が、此処でその牙を剥いている。

 拳で叩けば消せる光が、数秒もすれば一撃では消せない程に。二撃三撃と必要になってしまえば最早、其処で既に詰みである。

 

 大獄の対応ミスを狙う必要なんてない。失策など何一つない状況でも、時間さえ経過すればその処理能力を超えるのだ。

 触れても消せない光に圧される。拳で打ち付けても消えない光に圧されてしまう。ジリジリとその身体が、地面を削りながらに圧されて行く。

 

 そうして遂に、大獄の身体が宙へと浮いた。消せない光に圧し負けて、黒き甲冑が空に浮かび上がっていたのである。

 

 

「そこだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

〈Divine buster extension〉

 

 

 天魔さえも超える程の魔力量。圧倒的な力技で、大獄の身体を浮き上がらせる。そうして強引に作り上げた隙に、巨大な極光を叩き込む。

 防御も出来ず、回避も叶わず、開いた胴に直接叩き込まれた桜の光。他の大天魔ならばそれだけで、命を奪える程の密度と質量。国の一つや二つ程度は、余波だけで消し飛んでいた程の高出力。

 

 さしもの天魔・大獄も、それを受けて無傷では居られない。直撃を受けたのだから、その鎧は罅割れながら崩れていく。

 壊れていく黒甲冑。そんな最強の大天魔の姿を前に、普通の者は己の優位を確信するだろう。だが高町なのはと言う女は、決してそんな普通じゃない。

 

 

「まだっ!」

 

 

 桜の砲撃で黒き甲冑を傷付けながらに、高町なのはの攻勢はそれだけでは終わらない。

 今直撃を入れられたから、次も同じく直撃させられると、そんな甘い事をこの女は脳裏に浮かべる事すらしないのだ。

 

 此処を逃せば、次も一撃を叩き込める保障はない。いいや、否。同じやり方では必ず対処されるとすら確信している。

 この最強の大天魔に、同じ手が二度も三度も通じる筈がない。そう信じるからこそ、この一手で終わらせる。その意志を持って、桜の砲火を打ち続ける。

 

 

「まだっ!」

 

 

 桜の光に吹き飛ばされた大獄が、立て直すよりも速くに次弾を打ち込む。転移を思わせる程の高速移動で、次から次へと叩き込む。

 十、百、千、万、億、兆、京、該、秭、穣、溝、澗、正。数え切れない程に打ち込み続けて、その度に高町なのはの力は総量を増していく。

 

 不撓不屈の超過駆動。大量の魔力を爆発的に増やし続けて、その性能の全てを大きく引き上げる。

 砲撃の威力も、移動の速度も、既に数秒前とは別格だ。比較にならぬ程に、桁が違うと言う程に、なのはの力が増している。

 

 その果てに至るは光速突破。光の速さを飛び越えて、時間の速さすら置き去りにして、砲撃を続ける女は数すら増やした。

 時間が流れるよりも前に移動する。その原因が生み出す結果は、全く同じ時間軸に女が複数存在してしまうと言う異常事態。

 

 それも一人や二人などではない。十や二十でも足りていない。万は愚か、億にすら迫る程に増えている。

 ほんの一瞬、ゼロコンマにも満たない刹那。数億人の高町なのはが、唯一点へと砲撃を放つ。打ち上げられた黒甲冑を、更に天高く吹き飛ばす。

 

 一瞬の後、一人に戻った高町なのは。そんな女の視線の先で、崩れながらに壊れていく黒甲冑。

 最早残骸と言うべき姿に、異常者であっても勝利を確信するだろう。だが、だと言うのに、そんな状況でもこの女は――

 

 

「まだだっ!!」

 

 

 まだ足りぬ。まだ終わらぬ。まだ天魔・大獄は倒せていない。ならば必ず、この強敵は立ち上がる。

 それはある種の信頼感。必ず来ると判断して、故にその手に杖を構える。頭上に打ち上げられた黒き残骸に向けて、杖の先端に魔力を灯す。

 

 まだ終わらぬと言うのなら、終わるまで只管に攻撃を繰り返す。倒せたと確信できるまで、徹底的に叩き込む。

 生半可な攻撃など使わない。数を増やすだけでは済ませない。故に放つは全力全開。幼い日に生み出した、女自身の切り札だ。

 

 

「スタァァァァライトォォォォッ! ブレイカァァァァァァァッッ!!」

 

 

 上空へと打ち上げられた黒甲冑。その身体へと地上から、星の極光が集まり撃ち抜く。

 一正とは十の四十乗。それ程に途方もない数の魔力を全てを束ねた集束砲が強大な光線と化し、男の身体を消し飛ばさんと牙を剥いた。

 

 

「っ! おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 だが、男もさるもの。そう簡単には滅びない。既にして満身創痍でありながら、その光に耐え続ける。

 終焉の力で終わらせられない程の質量を、それでも僅かに削って行く。光に押し流されながら、それでも天魔・大獄は消滅を退け続けた。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 終わらせても終わらせても、尽きる素振りすら見えない光。耐えて耐えて耐え抜いて、滅びの瀬戸際で踏み止まり続ける大天魔。

 その拮抗の至る先は、当然と言うべき事象の帰結。空に浮かんでいる大獄は、足を踏み込む事も出来ない。否、仮に大地に立っていたとしても、最早踏み止まる事すら出来はしない。

 

 故にこそ、極光によって吹き飛ばされる。空の果て、大気の層すら突き抜けて、星の海へと吹き飛ばされた。

 

 

「まだっ! まだっ! まだっっっ!!」

 

 

 穢土の重力圏を突き抜けて、それでも極光は欠片も衰えを見せはしない。どころかその出力は、今も尚上がり続けている。

 吹き飛ばされる大獄は、消えないだけで精一杯。星の極光に吹き飛ばされたその身体は、そのまま月の表面に叩き付けられる様に衝突した。

 

 大獄の身体が月にめり込み、その表層が桜の光に消し飛ばされる。月が砕け始めて光に飲まれて、それでも大獄は此処に留まる。

 故に砲撃も緩まない。大獄が消えていないのならば、出力を弱める理由がない。上がり続ける桜の火力は、消えない大獄の身体を圧し続け、遂には月さえ圧し出し始めた。

 

 月が動く。壊れながらに、圧し出される。たった一人の魔導師の、たった一撃の砲撃魔法。それが月と言う衛星を圧し切って、その位置を大きく後方へと吹き飛ばす。

 此処が穢土で無ければ、重力異常で世界が崩壊していただろう。或いは砲撃の反動だけで、星が消えていたかも知れない。そんな事すら頭に浮かんでくる程に、この光景は現実離れし過ぎていた。

 

 時の鎧に守られているから、まだ穢土の大地は持っている。それでもこのまま続ければ、何れ砲撃の反動にさえ耐えられなくなるだろう。

 故に高町なのはは飛翔する。砲撃を絶やさず続けながらに角度を変えて、破壊の反動を逃がしていく。反動を逃がせるのだからと開き直って、その出力を更に更にと増していく。

 

 空に浮かんだ魔導師が、その砲撃で月を動かす。そんな余りに荒唐無稽な光景は、出力の上昇と共に荒唐無稽を増していく。

 消えない大獄の身体に圧される形で、圧し出されながらに壊れていた月と言う衛星。その月が宇宙空間を進み続けて、別の天体へと衝突したのだ。

 

 赤き軍神の星。火星の大地に衝突する。壊れかけて尚、大型の隕石よりも巨大な天体。その衝突の衝撃は、最早筆舌にし難い程に。

 巻き込まれた大獄も、無事でいる筈がないだろう。生じる破壊のエネルギーは、この大地にまで届く程。火星と言う惑星は、正しく地獄に変わっていた。

 

 

「まぁっだぁぁっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

 

 

 ()()()()()()()()。大獄を巻き込んで、月ごと火星に衝突させた。其処までやっても、女の視点で見るならまだ足りていない。

 やってやり過ぎると言う事はないのだ。そう考える高町なのはは、更にと出力を上げていく。月が落ちた火星を動かす程に、集束砲の火力が増した。

 

 その光景は、宛ら星を使ったビリヤード。或いは天体で行うボーリング。次から次に、星が星に衝突していく。

 月が衝突した火星が木星に衝突して、火星が衝突した木星が土星に衝突して、木星が衝突した土星が天王星に突き刺さる。

 

 そのまま海王冥王すらも巻き込んで、太陽系の遥か先へと。星を突き刺す光はまるで、串に刺さった団子の様だ。

 星の中心核を撃ち抜かれて、遂に惑星が爆発する。数珠繋ぎとなった星々も巻き込んで、次から次に発生するのは連鎖爆発。

 

 

「そのままぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 消し飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 世界全てが滅びる様な、余りに大きな破壊の衝撃。そんな破滅の光すら、桜の極光が纏めて全て飲み干した。

 

 

 

 

 

 桜の極光が爆発すらも飲み干して、此処まですればさしもの終焉とて無傷では居られぬだろうと――

 

 

「これで――」

 

「……漸く、隙を見せたな」

 

「っ!?」

 

 

 まだ足りていなかった。そうと理解した瞬間には、もう遅い。漆黒の拳が迫っていて、なのはの身体が打ち貫かれる。

 大気圏を落下していく女に対し、今度は己の番だと言わんばかりに漆黒が彼女を追う。殴り飛ばす速度よりも加速して、放つは鋼鉄の両手による追撃だ。

 

 高速で落下を続ける女の身体が、何度も何度も殴られる。終焉の怪物が持つ黒き両手が、女の身体を幾度も幾度も撃ち抜いていく。

 既に天魔・大獄よりも強大となったその質量。一度で終わらせる事は出来ずとも、度重なる拳の連打が確実にその身が増やした魔力を削り続けている。

 

 敵が強化され続けるなら、その増幅分を終わらせる。強化率を初期化して、己の拳で届く場所にまで貶める。

 天魔・大獄の終焉の力は、物質にのみ効果を発揮する訳ではない。超常の力や人の概念。世界の法則さえも、彼の拳は終わらせるのだ。

 

 そうとも、太陽系の果てから彼我の距離を終わらせて、高町なのはの眼前へと転移した様に――

 度重なる砲撃の中で何度も何度も死にながら、己の死を終わらせる事で蘇生し続けていた様に――

 

 

「……此処で、死ね」

 

 

 まだ足りていなかった。そんな女の理解は正しく間違いだ。出力としては十分に、被害としては過剰な程に、確かな破壊が其処には在った。

 天魔・大獄は殺された。何度も何度も死を迎え、その度に己の意志で死を否定した。死んでないから生きているのだと、そんな頓智で蘇生したのだ。

 

 故にこそ、高町なのはの理解は過ち。その身を殺すには十分で、だがその鋼の意志を終わらせるには足りてなかった。詰まりは唯、それだけの事。

 

 

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 漆黒の拳が女を打つ。鋼の剛腕がその身に宿った力を消し去る。一撃二撃三撃四撃と、耐えられたのはしかし其処まで。

 五発目の幕引きに耐え切れず、女は遂に死を迎えた。触れたモノを終わらせる力に砕かれて、その命の舞台に幕が引かれる。だがそんな事では終われないと、そう願ったのがこの女。

 

 

「再演っ! 開幕っ!」

 

「……それは、既に知っている」

 

 

 死んだなら、甦れば良い。終わらせられたなら、また最初から始めれば良い。そんな女の法則を、男はしかし知っている。

 故に拳を止めはしない。蘇る瞬間に強化は初期化されるから、止まる理由がある筈ない。蘇った直後に距離を取ろうと宙に浮かぶ。そんな高町なのはを前にして、天魔・大獄は拳を握る。

 

 

「――っ! 天魔・大獄っ!!」

 

「……一撃だ、とは言わん」

 

 

 甦ったばかりの身体に、叩き込まれた幕引きの一撃。機械仕掛けの神(deus ex machina)。その異名の如く、あらゆるものを一撃で終わらせる拳。

 蘇生直後の状態では、抵抗出来ないその法則。女の出力が再びこの法則を乗り越える前に、甦る為の意志を打ち砕く事こそ勝利に至る道筋。そうであるが故に、大獄は幾度も幾度もその拳を振るうのだ。

 

 

「幕引きの一撃で終わらぬならば――終わるまで、死に続けろ」

 

 

 殴られる。殴り飛ばされる。追い付かれて、また殴られる。逃げ出す隙は愚か、姿勢を正す余地すらない。

 殺される。甦って殺される。死と再生を繰り返しながら、高町なのはは空を飛ぶ。己の意志ではなく、敵の拳で空を舞う。

 

 風に吹き飛ばされる塵芥の如く、殴られた女の身体が飛んでいく。幾度も幾度も続く拳に吹き飛ばされて、国の境を軽々超えた。

 

 

「っっっ!?」

 

 

 日本海を飛び越えて、韓国上空を通過して、中国大陸を飛び越える。振るう拳と移動の余波で、全てが更地に変わって行く。

 アジア圏から中東アフリカ。北大西洋を横断して、アメリカ大陸を焦土と変える。それでも拳は止まらずに、高町なのはも飛ばされ続ける。

 

 拳を振るう度に瓦礫の山を量産しながら、それでも生み出す破壊の規模は女のそれに劣っている。

 惑星内で収まっている。ならば破壊力と言う点では、大獄は既に一歩も二歩も後塵を拝しているのだろう。

 

 それでも、単純な破壊力で劣っているからと、全てで届かないと言う訳ではない。

 殺意を込めた終焉の一撃は、殺すと言う一点において女の破壊よりも洗練されている。故に女の死亡数は、既に男の比ではない。

 

 死んで蘇って、甦った直後に死んで、女の身体は世界を巡る。文字通り、殴られながらに世界を一周して元の場所へと。

 開幕の地である不二。西に星を横断して、されど男の姿に疲弊はない。女が死んでいない事を認識すると、そのまま二周目に突入しようとするのである。

 

 

「――っ! リアクタァァァァッ、パァァァァジッ!!」

 

 

 このままでは、永劫死に続ける事になる。先に自分が見せた様な隙は、決して得られはしないだろう。

 故になのはは博打を打つ。殴られ死んで蘇生しながらその途中、防護服を爆発させる。己の血肉すら其処で崩して、生み出すのは一瞬限りの大魔力。

 

 言葉の綾ではなく真実血反吐を吐きながら、高町なのはは距離を生み出す。拳が僅か届かぬ隙に、彼女は遮二無二加速した。

 

 

〈Accelerate charge system driver〉

 

 

 周囲を消し飛ばしながら、必死に距離を作り上げる。己の臓器を自傷の結果で取り零しながら、後で治せば良いのだと割り切っている。

 そんな高町なのはの意地は、確かに窮地を脱し得る。このまま追い掛けても、僅か半歩届かない。そうと理解した瞬間に、天魔・大獄は動きを止めた。

 

 動きを止めた大獄を前に、高町なのはは理解する。男が進まぬ理由は、追えぬと諦めたからではないと。

 追わぬと決めて、故に打つ手を変える為にその足を止めたのだ。そうと分かって、己もまた魂を燃やす様に活動させた。

 

 

「死よ、死の幕引きこそ唯一の救い」

 

 

 壊れ掛けた鎧が軋む。軋む音が鳴いている。崩れ続ける鎧が擦れる音が咒に、その言霊を形作る。

 口を動かし、舌を転がせ、声を発している訳ではない。黒き甲冑が壊れる音が、彼の祈りを此処に紡ぎ上げる。

 

 この黒き鎧は大獄自身。彼が生きて死んだ道の象徴。死の躯は顔を無くした男の代わりに、男の願いを揺るがぬ法へと変えるのだ。

 

 

「この毒に穢れ蝕まれた心臓が動きを止め、忌まわしき毒も傷も跡形もなく消え去るように」

 

 

 仕切り直し。互いに向き合うこの状況下で、天魔・大獄の狙いは明白だった。

 

 其の背に出現した巨大な随神相。三つ首の虎が開いた顎門が、紡ぎ上げる鎧の呪詛が、その意志を何よりも明確に示している。

 戦場をまた変えるのだ。崩壊し荒れ果てた不二より、天魔・大獄の体内へと。無間黒肚処地獄を此処に開いて、己が死した決闘場へとなのはを誘おうと言うのである。

 

 

「この開いた傷口、癒えぬ病巣を見るがいい。滴り落ちる血のしずくを、全身に巡る呪詛の毒を」

 

 

 荒れ果てた不二の大地。悲鳴を上げる穢土の星。このままでは互いの戦いの余波だけで、世界が真実滅んでしまう。

 故に太極の内側へと、己の体内へと取り込む。だが、彼の利はそれだけではない。決闘場となる己の世界へ、引き摺り込む理由は他にもある。

 

 硝子と砂の世界でならば、高町なのはの強化を封じる事が出来るから。そしてその決闘場でこそ、天魔・大獄の力は高まるからだ。

 

 

「武器を執れ、剣を突き刺せ。深く、深く、柄まで通れと」

 

 

 襲い来る巨大な三つ首虎。その開いた顎門を前にして、高町なのはは逃げ出さない。

 一旦距離を取って、力を最低限だけ高めて腹を据える。そうした上でこの女は、自ら死地へと飛び込んだ。

 

 

「さあ、騎士達よ。罪人にその苦悩もろとも止めを刺せば、至高の光はおのずからその上に照り輝いて降りるだろう」

 

 

 その戦場で生じる不利を、理解していない訳ではない。高町なのはは確かに、その事実を理解している

 内に取り込んだ敵を殺し続ける世界。その内側では例え強化され続けようと、同等速度で衰弱し続けてしまうのだと。

 

 それでも前へと踏み込む理由は、一つに周辺被害の危惧。なのは自身、度が過ぎていると自覚している。

 穢土の大地で、あれでも力を制御していた。今の女にとって、物質世界は余りに手狭が過ぎるのだ。本気を出せば、世界が秒とは持たぬから。

 

 大獄の体内でなら、それも異なる。此れまで以上の出力を、考えなしに使ってしまって問題ない。

 だがそんな理屈は、所詮理由の一つに過ぎない。最も大きな理由は即ち、そんな理屈で語れるものではなかった。

 

 最初の立ち合い、同条件から上手を取ったは高町なのは。隙を晒す事さえなければ、女は被害を受ける事すらなかっただろう。

 確かに外では、もう高町なのはの方が強いのだ。太極の内側では、高町なのはの方が劣勢となろう。それでも、内側に踏み込まなければいけない理由。

 

 其れは、感情の問題だ。天魔・大獄を倒す為には、その鋼の求道を砕かなければならぬのだ。そうでなくば、この終焉は止まらない。

 だと言うのに何故、そちらの方が勝機が高いと言って随神相から逃げ惑う。そんな無様を晒す様で、この男を敗北させられるというのであろうか。

 

 故にこそ、真っ向から打ち破る為に――不撓不屈の力を纏った高町なのはは、大獄の世界へ向かって突き進むのだ。

 

 

太極(ブリアー)――随神相・(ミズガルズ・)無間黒肚処地獄(ヴォルスング・サガ)

 

 

 そして、世界が塗り替えられる。大獄と言う天魔が持つ色に染め上げられて、死と終焉が溢れ出す。

 硝子の壁と砂の大地。砂の滝と砂の海。命一つない暗闇の砂漠に、己の意志で踏み出した高町なのはは静かに想う。

 

 嘗ては一瞬で命を落とした。甦った後にその背を追って、しかし振り向かせる事さえ叶わなかった。

 そんな世界の空に浮かんで、大地に立つ男を見下す。彼の太極(ネガイ)を全身で理解しながらに、想うは唯一つの感情だ。

 

 

「私は、貴方の願いが嫌いだ」

 

 

 この世界を見る度に、感じていたのは一つの違和感。あの黄金から継承した時、その違和は不快に変わった。

 男の願いを知ったのだ。その真実を知ったのだ。全てを知ったその上で、高町なのははこう断じる。マキナと言うこの男とは、決して反りが合わないと。

 

 

「至高の終焉を求める。そう言えば聞こえが良いけど、結局望んでいるのは終わる事。生きていない貴方の願いが、どうしようもなく気に入らない」

 

「……そうか」

 

 

 高町なのはが人として一番嫌っているのは、天魔・宿儺だ。あの男の性格は、どうしようもなく気に喰わない。

 だがそれでも、彼の願いは真摯であると想ってしまう。どうしようもなく共感してしまうから、決して勝てないのだろうと自覚している。

 

 対して、この大獄の願いはその真逆だ。根底にあるのは死にたいと、己の終わりを願う事。

 死ねない。終われない。まだ終わる訳にはいかない。こんな終わり方は認めない。そう願う高町なのはの在り方と、似ているからこそ違う想い。

 

 納得のいく結末以外では死ねないと、そういう点では一致している。それでも僅かにズレているからこそ、決して受け入れる事が出来ない不快さを抱いている。

 

 

「私は、貴方の決め付けが嫌いだ」

 

 

 飛翔しながら、魔力で形成する。其れは巨大な三つの蒼き盾。黄金の杖に重なる様に、蒼と白の剣を其処に顕現させる。

 試作AEC兵装フォートレスとストライクカノン。これはユーノのナンバーズと同じく、無限の欲望が作り上げていた同型武装――ではない。

 

 その設計図を頭に刻んで、魔力を以って創形した。部品一つ一つを全て記憶し、ジュエルシードの術式を利用して再現したのだ。

 魔力の物質化。伏せていた札の一つを此処に明かしたのは、この今に必要だと感じたから。そして此処なら、使用しても世界に被害を与える心配がないから。

 

 

「子供は戦うなと。女は戦うなと。自分の尺度でこうだと決めて、相手の想いを汲みもしない。そうせざるを得なくした貴方達が、そんな言葉を口にするのが気に入らない」

 

「……そうか」

 

 

 一秒ごとに高まる力が、魔力の総量を上げていく。吹き付ける死の砂が、命を削り取って行く。その速度は、全く同等。

 優性が劣性を塗り潰し、全てを一色に染め上げる。それが前提となる神格同士の戦いで、彼女達は噛み合い過ぎるが故に等価となる。

 

 無限強化も、死の風も、どちらも共に相殺される。故にこの場においては意味がない。故にこの場の優劣を定める要素は最早、互いの地力だけなのだ。

 

 

「私は、貴方が嫌いだ。目指すべき星だと分かって、それでも――夜都賀波岐で一番、貴方が嫌いだっ!!」

 

「……そうか」

 

 

 己の感情をぶつけながらに飛翔する。光の翼は刃の如く、羽ばたきながらに自立兵装が発砲する。

 砲戦用大型粒子砲。中距離戦用プラズマ砲。自立駆動の盾に砲撃を任せて、己は重剣を手に大獄の間合いが内側へと。

 

 無数の砲撃がその身を狙う。桜の砲火を前にして、大獄は両の拳を持って迎撃する。

 其れは正しく至高の武芸。一切隙無く迎撃し終えて、そのまま返す刀でなのはの動きに対応し切る。

 

 

「だから、どうした」

 

「っ!? 貴方はっ!!」

 

 

 突き出した刃。打ち放った体技。砲撃を織り交ぜたならば接近戦でも届くだろうと、その想定は僅かに足りない。

 二つの手で光の雨を消し去りながら、片手間程度で女の刃を受け止める。そのまま空いた隙間へと、鋼の拳を振り抜いた。

 

 だがそれでも、想定不足は僅かであった。ならば幕引きの拳が命を奪い切るより前に、回避するのは如何にか可能。

 ストライクカノンを手放すと、そのまま砲撃で牽制しながら後退する。手放した巨大剣が砂と化すのを見詰めたまま、新たな剣を創形した。

 

 

「肯定しよう。俺はどうしようもなく、歪んでいる。……己自身、今の自分が見苦しいと分かっているとも」

 

 

 そして、すぐさま攻め手を変える。己の感情など知らぬと断ち切る男に、苛立ちながら思考を進める。

 元より己の適正距離は中・遠距離。前に進まねば気が済まぬとは言え、無策に突き進み続けるのでは意味がない。

 

 バリアジャケットをエクシードモードに。接近する必要性がないならば、機動力など捨ててしまう。

 高耐久より高出力へ。リアルタイムにジャケットを生成する魔法を作り変えながら、全ての砲門を大獄へと向けた。

 

 二つに割れたストライクカノン。三つの砲門を向けるフォートレス。四基のブラスタービット。其処にレイジングハートを加えて、合計九門よりなるフルバースト。

 迫る膨大な魔力を前に、大獄は静かに語りを続ける。口にする言葉には籠った想いはとても重い。誰であれそう感じてしまう程に、それは餓え乾く程に抱いた願いだ。

 

 

「死は一度きり。故に烈しく生きる意味がある。その唯一無二、決して譲れぬ聖戦。嘗て俺が求め、そして手にした至高の終焉」

 

 

 たった一つの砲門ですら、溝澗正と重ねる事が出来る女だ。九も砲門があるならば、単純に言ってその総数は一正の九倍。90000000000000000000000000000000000000000。

 無論、無限強化を阻害されている以上、其処までは届かない。それでも見て数え切れる数ではない。そんな砲撃は数発で、大獄を殺し得る程の出力だ。如何に最強の大天魔であっても、容易く超えられる壁ではない。

 

 己に当たるものだけでも、億千万は超えている。己の命を刈り取るだけを消し去ろうとしても、百や二百じゃ収まらない。

 故に当然、天魔・大獄は圧殺される。その鎧を砕かれて、その身体を圧し潰されて、その命を奪われて――そして、終われぬと蘇生する。

 

 その度に痛みを味わう。鋼の求道を以ってしても、錆び付く痛みは消し去れない。何よりこれは、彼の願いに反する行為だ。

 至高の終焉は、たった一度だからこそ至高なのだ。それで終わったからこそ、素晴らしかった。その唯一無二を、無二ではなくする。

 

 それは間違いなく、己の願いに対する否定。この渇望を自ら貶めると言う行為。そんな蘇生が、どうしようもなく苦しく辛い。

 

 

「それでも――夢見がちな男が言った。それでも――あの戦友が、まだ守りたいと言っているのだ。ならばどうして、俺だけ一人身を休める事が出来ると言う」

 

 

 それでも、己の唯一を貶めるだけの理由がある。此処で終われぬだけの理屈がある。己を確かな輝きと、語ってくれた友が居る。

 確かに苦痛だ。己の唯一を、己は一体何処まで下げれば良い? あと何回、己はこの終焉を貶めれば良い? どれ程に、その価値を安くすれば届くのだろうか?

 

 けれどそう。どれ程に辛くとも、どれ程に己の願いに反する事でも、この大天魔は許容する。それ以上に大切な者が確かにあるから。

 己の死を否定して、屍がまた動き出す。此処では終われぬ、これでは終われぬ、その想いで立ち上がる。砲火の雨に砕かれた筈の身体はしかし、全く無傷。

 

 そうして男は、友が守りたいと言う子を見る。彼に愛された彼の子を、見詰めながらに男は告げる。

 

 

「奴が認めんならば、俺も認めんよ。俺の意志は、奴の意志だ」

 

 

 魂を活動させて、肉体を形成し、法則を創造し、渇望を流れ出させる。

 握った拳と共に放つは神威の圧力。滅びたいと願いながらも、決して滅びぬ大天魔は咆哮した。

 

 

「魅せろよ新鋭。お前の理屈(カンジョウ)など、俺の知った事ではない!」

 

 

 己の役割以外は取るに足りぬと、論じるに足りぬのだと叫びながらに一歩を踏み込む。

 機動力と引き換えに、引き上げられた防御能力。其れを当たり前の様に、天魔・大獄は打ち砕いた。

 

 

「俺に砕かれるモノならば、所詮はその程度と言う事。消えて不都合がない我が身程度に、消されるならば価値がない!」

 

 

 守りたいと、友は言っている。もう長くは守れないと、我らは既に知っている。

 故に求めたのは、守られなくて良い強さ。揺り籠は必要ないのだと、そう示せる確かな至高。

 

 

「至高の終焉を前にして、それでも尚消える事なき確かな至高! この俺を前に、示して魅せろっ!!」

 

 

 それを魅せられない限り、己は敗北(ナットク)できぬのだ。故にこそ、もう必要ないと納得させろ。

 そうしてその果てに、漸く己は終われるのだ。そう叫びながら拳を握り、その想いを叩き込む。その度に、女の命が砕けて潰えた。

 

 

「結局っ! 貴方の結論はそれなのっ!?」

 

 

 それでもその度に、高町なのはは蘇生する。こんな形では終われないと、胸に抱いた理屈は同じく。

 だが求める結果が違っている。納得のいく終焉を求める男の願いに対して、女は納得のいく生存こそを求めているのだ。

 

 

「至高を魅せてみろとっ! 終わらせてみせろとっ! やっぱり死ぬ事しか、考えてないんじゃないですかっ!!」

 

 

 まだ生きていない。まだ十分に生を謳歌していない。私はまだ、幸福な世界で生きていたい。

 死はその果てにあるものだ。遠ざける事はあれ、己で望むものではない。そうと思うからこそ、やはり男の願いは受け入れられない。

 

 

「舐めないでっ! ミハエル・ヴィットマンっ!!」

 

 

 全く動かない事と、同じ場所を回り続ける事、それらは結果だけを見れば違いなどはないのだろう。

 停止と回帰は近くて遠い。一面だけを見たら似ているけれど、別の側面から見れば真逆と映る。故になのはは叫ぶのだ。

 

 

「友の為に残っているけど、だから役目を終えたら死にたいっ! そんな死にたがりなんかにっ! 今を、明日を――生きたい私が負けるもんかぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 愛する男の為に、生きたいから死にはしない。愛する男の為に、死にたいけれど死にはしない。

 共に死を否定して、互いの身体を貫き合う。何度も何度も相手の命を終わらせて、死ねないからこそ立ち上がる。

 

 

「……お前こそ、俺の終焉(ゆいいつ)を侮るな」

 

 

 回帰と終焉。相性が噛み合った今、互いの異能に差などない。共に殺され続け、共に甦り続ける。

 果てしなく続く死と新生のループの中で、互いの意志をぶつけ合う。敵の心を砕く為にと、己の心が砕けぬ様にと、想いを此処に燃やすのだ。

 

 

「癒えぬ病巣に渦巻く呪詛を――飲み干すだけの想いがある」

 

 

 腕が飛んだ。足が飛んだ。胴が砕けた。その度に再生して、その度に蘇生する。

 心が死なない限り、互いに死なない。ならば防御は必要ないと、ならば回避は必要ないと、双方ともに理解した。

 

 

「故に、試すまでは終われんよ。認めるまでは譲れんとも。だからこそ、俺は納得させろと言っている」

 

 

 高町なのはは足を止める。天魔・大獄も足を止める。互いに歩を止め、それでも意志は前のめり。

 砲撃と拳。零距離から打ち込み続ける。心が折れない限りは終わらぬから、全てを此処で攻勢に回したのだ。

 

 

過去(キノウ)に止まっている貴方がっ! 私達(アシタ)を試すだなんてっ!!」

 

未来(アス)を語ると言うならな。先ずは俺達(キノウ)を終わらせてから口にしろ」

 

 

 腕が飛んだ。足が飛んだ。胴が砕けた。その度に再生して、その度に蘇生する。

 示す結果は正しく五分だ。互いに死んだ回数はほぼ同等、そして共に心が折れる兆しは見えない。

 

 

「過去の残骸。既に死んだ男と五分なら、明日を語る資格がないぞ」

 

「だったらっ! 確かに此処でっ! 超えてみせるだけだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 終われない。終わらない。求める結果が違えど、此処に抱いた想いは同じく。そうとも、きっとこの二人は何処か似ているのだ。

 

 

「……俺が嫌いと言ったな。黄金の如くに荒々しく、水銀の如くに陰湿な女よ」

 

 

 似ているが故に、思考や感情も同じく似通う。それはある種、同族嫌悪に似た感情。

 この時代の子供達。その中で一番――天魔・大獄が嫌っているのは、高町なのはと言う女に他ならない。

 

 

「ああ、そうだな。俺もお前の様な在り方は不快だ。動く死体の取るに足りん戯言だが、確かにそうだと感じるよ」

 

 

 この結末では終われない。そう願う想いは同じく、だが求めた結果が致命的にズレている。

 生きる事を重んじている女の在り様は、しかし同時に死を軽んじてしまっている。たった一度しかない死を、彼女は愛する者から奪い去ったのだから。

 

 

「お前の生き方は、その願いの在り方は、たった一つを穢している」

 

 

 それは、天魔・大獄にとっては許容できない程の見苦しさ。嘗て囚われた男だからこそ、理解しているその醜悪さ。

 

 

「死者の蘇生だと? 愛する男の束縛だと? 余り命を安くするな。限りある生を馬鹿にするのも大概にしろ。愛と囀り呪いを流し込む毒婦の姿は、はっきり言って見るに耐えん」

 

 

 大切な者は、替えが効かないから大切なのだ。素晴らしい者は、取り戻せぬから素晴らしいのだ。

 返って来ると言うならば、所詮はその程度の物と言う事。二度三度ある様な物は、決して唯一無二などではない。

 

 高町なのはの在り様は、正しくその思考を否定している。彼の美学に反している。故にこそ、如何に力が在ろうが認められない。

 

 

「そんな貴様が戦士だと? 如何に力が在ろうと認めぬよ。お前に倒される結末などで、俺が敗北(ナットク)するとは思わん事だ」

 

 

 心の底から終わる事を望みながらに、しかしこの女には終わらされたくないのだと、そんな風に想ってしまう。

 だからこそ、苛烈であるのだ。だからこそ、容赦がないのだ。だからこそ、己の終焉に等しい至高を、魅せられなければ止まりはしない。

 

 そう語る天魔・大獄。そんな彼の理屈を前に、高町なのはが出した答えはそれだった。

 

 

「――だから、どうした!?」

 

 

 お前の感情など、知った事ではない。認めないと言われようが、そんな事は関係ない。

 そう切って捨てる事。それは己の求道が極まっている証明で、男が口にした言葉と全く同じだ。

 

 

「自覚してるよ。分かっている。この愛情が歪だなんて、貴方なんかに言われなくとも知っているっ!」

 

 

 高町なのはは間違っている。それは誰に言われるでもなく、己自身で分かっている。

 この願いが彼を苦しめ、その人生を歪めてしまった。それは既に、己の内で答えが出ている事なのだ。

 

 

「我が愛は破壊の慕情。例え望まなくとも、気付けば傷付け壊してしまう。そんな歪んだ性質だって、自分で確かに分かっている!」

 

 

 黄金の系譜を色濃く継いだこの女。その愛情が父祖の如くに、歪んでしまうのは必然だろう。

 獣の愛は、人の器には重過ぎる。遥か高みから全てを愛する感情を、一人に注げば壊してしまって当然だ。

 

 それを悔やんだ。その在り様を嘆いた。それでも、女は良しとした。それは唯一つの理由が故に。

 

 

「それでも、彼は受け入れてくれたっ! 大切だって、愛しているって、抱き締めてくれたんだっ!」

 

 

 女の歪んだ愛を、その男は受け止めた。女自身が呪詛と認めるその毒を、確かな愛だと受け入れたのだ。

 

 

「だから――誰に何を言われようと関係ないっ!!」

 

 

 高町なのはは歪な愛で、呪う様にユーノを愛した。ユーノ・スクライアは確かな想いで、それを愛だと受け止め共に歩くと決めた。

 ならばそうとも、外野が其処に口出しできる道理はない。その言葉に従わなければならない。そんな理屈などはない。彼と彼女の愛情は、二人だけで完結している。

 

 だからこそ、誰に何を言われようとも、知った事かと断じて切り捨てる事が出来るのだ。

 

 

「私達の愛情は、確かに此処に存在しているっ! そうだっ! この今にだって、心に想いが響いているんだっ!!」

 

 

 そう叫んだ女の心の内に、男の想いが届いて響く。絶対の窮地に居る彼が、己を求めた事を知る。

 ならば応えよう。ならば必ず辿り着こう。吹き付ける死の風を前にして、高町なのはは己に誓う様に言葉を叫んだ。

 

 

「私は、彼の下へ行くっ!」

 

 

 恋する女は強いのだ。愛する女は強いのだ。だから当然の如く、揺れ動いていた天秤は此処で大きく傾いた。

 不撓不屈の超過駆動。男の求めを聞いた瞬間、当たり前の様にその出力が増幅する。死の砂嵐による衰弱を、振り切る程に膨れ上がった。

 

 

「大好きなあの人と、一緒に明日を生きて行く為にっ!」

 

「――っ!」

 

「吹き飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!」

 

 

 此処まで高まれば、最早外部と変わらない。大獄の太極による拮抗など、全て振り切り吹き飛ばす。

 加速度的に膨れ上がった力は止められる筈もなく、放たれた桜の光は世界全てを揺るがせる。大獄の身体を吹き飛ばして、そんな程度では終わらない。

 

 随神相が、吹き飛ばされた。その内側に居る高町なのはの砲撃で、三つ首の虎が大きく飛ばされたのだ。

 目指すは箱根。愛する男が居る場所へと。限界を超えて放たれた力は、太極の色とぶつかり合って全次元世界すらも揺るがせた。

 

 

「……世界が、揺らぐっ!?」

 

 

 そして、世界に穴が開き始める。大獄の内側で発生したせめぎ合いが、特異点を生み出し始める。

 其処に感じる蒼き宝石の波動。神座に繋がろうと言う外界に、大獄ですら驚愕する。其処までするとは、何を考えているのかと。

 

 

「これが、彼の考えた道だと言うのなら――」

 

 

 高町なのはも同じく、その行いに驚愕しながらも受け入れる。

 あり得ない対抗策だと感じながらも、それでも信じて受け入れる。

 

 信じて前に進むのは、その策を組み上げた男を心の底から愛しているから――

 

 

「きっと出来ると信じて、唯真っ直ぐに進み続けるだけだぁぁぁぁぁっ!!」

 

〈Starlight breaker multi-raid〉

 

 

 全ての砲門から、全方位に放つ。其れは唯一発が、星を幾つも消し去る威力のスターライトブレイカー。

 途方もない数の光が、内側から大獄の身体を焼き尽くす。随神相と言う世界を、全て滅ぼさんと染め上げる。

 

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

 

「っ!? おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 

 

 その総量は、宇宙開闢すらも温いと言える過剰火力。一度に世界を三桁は消し飛ばせる様な力の密度。

 如何に死なぬ男であっても、思考する魂さえも消し飛ばされればどうしようもない。心を圧し折るより前に、その全てを跡形もなく消滅させんと言うのである。

 

 

「くぅぅぅだぁぁぁけぇぇぇろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」

 

 

 身体が軋む。魂が悲鳴を上げる。心が消滅していく。このままでは確実に、蘇生が出来ないレベルで消し飛ばされる。

 そうと理解した大獄は、故に最後の勝負に出る。まだ認めていないのに、まだ滅びる訳にはいかない。この女にだけは、負ける訳にはいかないのだ。

 

 故にこそ、天魔・大獄は――己の意志で自傷した。

 

 

「――っ!?」

 

 

 自ら付けた鎧の傷痕。全身が砕け散る前に、其処から随神相が砕けていく。なれば当然、事態は想定外の展開へと。

 大獄が滅びるより僅か前に、彼の太極が壊れて消えた。故にこそ、大獄は滅びずに――高町なのはは幾何学模様の宙へと吐き捨てられたのだ。

 

 

(宿儺の太極っ! まずいっ!?)

 

 

 そして、理解する。形勢は一変した。状況が逆転した。高町なのはの力では、決してこの宙から逃げられない。

 心の底から望んでしまう。人になりたいと憧れ願ってしまうからこそ、高町なのはは力の全てを失ってしまうのだ。

 

 対して、天魔・大獄は未だ消えていない。首の皮一枚程度だが、それでも此処に止まっている。

 その眼前で己が人になってしまえば、その結果など想像するに容易いだろう。論じるまでもなく、高町なのはが先に死ぬ。

 

 ならば――

 

 

(私が、人になってしまう前に――)

 

 

 出来る事は、打てる札は、たった一つだ。

 

 

「力を貸してっ! ラインハルトさんっ!!」

 

 

 レイジングハートを介して、内に眠る男に言葉を掛ける。ロンギヌスに宿った彼の力こそ、この状況で打てる最後の一手。

 高町なのはだからこそ、天魔・宿儺の法に逆らえない。だがこの槍に宿った力は、高町なのはの物ではない。彼女が受け継いだ、黄金の君が力である。

 

 だからこそ、人に成りつつある現状でも使用できる。たった一つの異能であるのだ。

 

 

「撃ち貫けっっっ!!」

 

 

 レイジングハートが変化する。黄金の一撃を放つ形態へと、そして女は振り被る。

 人と化して落下しながら、身を振り絞って投擲する。残った力の全てを燃やし尽くす様に、その一撃を撃ち出した。

 

 

「ロンギヌスランスッ! ブレイカァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 

 放たれた獣の一撃を、滅び去ろうとする大獄は躱せない。咄嗟に防御を固める事すら、今の彼に出来はしない。故に当然、その身は槍に貫かれる。

 必中必殺最速行動。残滓に過ぎぬとは言え、嘗てと同じく全てを乗せた獣の全力攻撃。それを再現した一撃は、大獄の身体を吹き飛ばす。槍に貫かれたまま、男の身体は海を越えた。

 

 そして、着弾する。山なりに軌道を描いた果てに、落ちた場所はユーラシア。巨大な閃光と共に起きた爆発が、大陸全てを飲み干し跡形もなく消滅させた。

 

 

 

 

 

 激しい水飛沫が、不二の麓まで届いて来る。まるで小雨の如くに振る海水が、その威力の途方もなさを感じさせる。

 大獄を吹き飛ばして、地面に落ちた高町なのは。急激に力が失われた感覚。無理な力の行使に、全身が悲鳴を上げていた。

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

 人の身に黄金の力は過ぎた物。全力のなのはが不撓不屈で強化して、故にノーリスクで使える獣の一撃。

 無理矢理に引き摺り出した反動は大きい。人に戻って感じる久しい感覚は、身体の重さを感じさせる。呼吸を行う事さえも苦しくて、喘ぐ様に肩を何度も揺らしていた。

 

 ペタペタ、と――ズルズル、と――微かな音が響いた。そんな音は遠く微かで、まだ高町なのはの聴覚には届かない。

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

 荒い呼吸を必死に整えながら、黄金の杖を支えに立ち上がる。形成能力を失って、AEC兵装は霧散していた。

 そんな高町なのはは感じている。音を聞いた訳ではない。聴こえる筈がない。彼女はもう唯の人間だから、感じていたのはある種の信頼にも似た想い。

 

 ペタペタと、水に濡れた音。ズルズルと、膝を持ち上げ歩く事すら出来ない疲弊。

 砕かれた黒き鎧はしかし、まだきっと消えていない。納得しないの一念で、あれはこちらに向かって来ている。

 

 辿り着けない。そんな事は考えない。立場が真逆だったのならば、己は必ず辿り着くから。

 故に空を見上げる。幾何学模様に覆われた黄色い宙を見上げて、高町なのはは僅かに迷う。さて、どちらにするべきか。

 

 

「選択肢は、三つ。……下がるか、待つか――」

 

 

 下がると言う選択は、愛する男の勝利を信じる事。彼がきっと勝つと信じて、この宙が消えるまで逃げ回る事。

 待つと言う選択は、前者と後者の折衷案。論理で思考するなら当然で、しかし感情的にはしたくない。そんな下がると言う選択を、行わない為の代替案。

 

 

「分かっている。何時だって、そうして来たんだ。だから――私は、前に」

 

 

 そして最後の一つは、此処から先へ進む事。全く愚策と言うべき術で、明らかに取るべきでないと分かっている。

 この宙に飲まれている限り、高町なのはは戦えない。この宙が消えない限り、彼女は全く無力である。そうと分かっている。そんな事は知っている。それでも、この生き方は変えられない。

 

 

「道に迷ったのなら、前に進む。それが、それだけが、高町なのはの在り方なんだ」

 

 

 乗り越える為に、前に行く。理屈じゃない。論述できる事ではない。唯己の意志で、前に進む為に立ち上がる。

 そうして、重い足を一歩踏み込む。震える膝を抑え付け、更に一歩と前に踏み出す。進み続ける高町なのはは故に――そこでそれを確かに見たのだ。

 

 

「あ――」

 

 

 黒き甲冑が其処に居た。海の水に濡れたまま、崩れ落ちる甲冑が其処に居た。最早自死を終わらせる事すら出来ぬ程、消耗し切った男が居た。

 地面に軽い音を立て、転がり落ちるは虎の仮面。砕けて崩れた身体の上部、首から上には何もない。ある筈の物がない事を、高町なのはは視認してしまった。

 

 それは男にとっての終焉。ミハエル・ヴィットマンと言う男が敗れた証。断首されたその身に、頭部なんて存在しない。

 変わりにあるのは死の極点。その全身よりも、その両腕よりも、その太極よりも、何より多くの力が集った終焉すらも終わる場所。

 

 

「……さあ、虚しく滅び去るが良い」

 

 

 それは名を無と号する、あってなきが如しもの。死の終着にある極点。無い。無い無い無い――血肉、大気、森羅万象、何一つが存在しない。

 

 本来、死の後には骸が残る物。だがこれは、形容すら出来ぬ虚無の深さ。絶無の波動に次などない。

 骸から蘇る異能と言う抵抗さえ等しく蝕み消し去り消滅させ、ついには死の領域さえ喪失させる。死んだと言う事実すら、死滅してしまうのだ。

 

 例えるならばそう、幕引きの拳が舞台に幕を下ろすのならば、この絶無の終焉は劇場そのものを消し去る力。

 如何に開演を望もうと、閉鎖された劇場の舞台が幕を開ける事はない。故に――高町なのはと言う女は此処に、その命を終えて崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虚無の彼方で思考する。全てが消え去る場所で抗い続ける。自己さえ曖昧となる境界で、それでもこの手を握り締める。

 心の支えとなるのは一つの輝き。胸の中に灯る、翡翠に輝く一つの輝き。その光を支えに意識を繋ぐ。そうして女は、その目を開いた。

 

 見上げる視界。見詰めた先。全てが黒しかない一色。絶対の虚無が内側で、それでも自己を強く描く。

 高町なのはは立ち上がる。何度も何度も立ち上って来たのが、彼女にとっての旅路であった。だから今度もまた、同じ様に不屈を胸に立ち上がる。

 

 立ち上がって、直後に思う。果たして本当に己は、今立ち上がる事が出来たのだろうか。

 黒き世界に上下はない。黒き世界に左右はない。この黒の内側に、高町なのは以外は何もない。だから立っている事の証明なんて、誰にも出来る筈がない。

 

 だけど、それでも――立ち上がったのだと自覚する。故に彼女は戻る為、己の居場所を目指して歩き始めた。

 

 

 

 甦る。死の淵から甦る。賽の河原で石を積み上げ、黄泉平坂を走り抜けて甦る。それが何時もの、再演開幕。

 蘇れる筈だ。一瞬瞼を閉じて、再び開けば現世の筈だ。足を前に踏み出して、走り続ければ辿り付ける筈なのだ。

 

 そう思い、そう動く。それでも何故か、何処にも行けない。道がないのだ。舞台が消えた。

 高町なのはは死なないだけだ。死の極点に抗えても、己の身体に帰れない。それは、彼女の持つ力が僅かに足りてないから。

 

 数字で言うならほんの僅かで、それでも確かにある断絶。それが蘇生を許さない。回帰が許されない。

 帰る場所が分からない。帰る方法が分からない。動ける理屈が存在しない。だから、全てが無駄なのだ。何をしようと、この虚無からは抜け出せない。

 

 

(本当に?)

 

 

 己自身に問い掛ける。その思考は本当なのか、本当にもうどうしようもないのであろうか。

 いいや、否。己はまだ試していない。何もやってすらいない。これで終わりなど、納得出来よう筈がない。

 

 

(私は、此処に居る)

 

 

 それは如何なる理屈であろうか。大獄の力が完全ではなかったのか、己の異能が彼にとっての真逆であるからか。ああ、そんな理屈はどうでも良い。

 絶対の虚無。終焉の極致。その果てへと落とされて、それでも高町なのはの意志は消えていない。それが事実で、それだけが全て。ならば、出来る事は確かにある。

 

 

(此処に居るなら、立っているなら――歩く事は出来る筈)

 

 

 ならば行こう。歩いて進めるならば行こう。漆黒の中を一人、高町なのはは歩き出す。

 前へ一歩。前へ一歩。本当に其処が前かも分からぬまま、それでも前へと一歩を踏み出したのだ。

 

 そうして、歩く。前へ前へと歩き続ける。当てもなく、道もなく、暗闇の中を進んで行く。

 まるで夕闇に沈んだ見知らぬ街。地図もなく目的地を探し続ける様な、そんな寂しさが僅か胸に浮かんだ。

 

 歩く。歩く。歩き続ける。ずっとずっと歩を踏み出して、歩いているのだと錯覚する。

 何処にも進んでないのではないか。辿り着く場所などないのではないか。道を間違えているのではないか。無数に去来する疑問を全て捻じ伏せ進む。

 

 歩く。歩く。歩き続ける。一体どれ程歩いたか、分からぬ程に歩を進める。

 一日か、数日か、数週間か、数ヶ月か、数年か。或いはもしくは、途方もない時が経過しているのではなかろうか。

 

 抱いた疑問は大きくなる。揺らいだ不安は大きくなる。震える心に感じる寂しさは、強く強く変わって行く。

 それでも、歯を食い縛って前を見る。辿り着けないのだとしても、前に進むと決めたのだ。諦めないと決めたのだ。その不屈の意志は、鋼の如くに強固であるのだ。

 

 されど、鋼は強固であっても摩耗に弱い。過ぎ行く主観の年月が、女の心を鑢の如くに削って行く。

 風化した金属が錆びて使い物にならなくなる様に、その心も摩耗していく。そう想えてしまう程、余りに終焉の極致は遠かった。

 

 

(……それでも、進もう)

 

 

 進もう。進もう。進もう。進もう。何時か錆落ちて腐り切るのだとしても、今はまだ進み続けよう。

 この暗闇が何処にも繋がっていないとしても、胸の光を頼りに進もう。何時か前のめりに倒れる日まで、遠い遠い道を進もう。

 

 

(歩ける限り、前に行こう。例え何処に行く事も、出来ないんだとしても)

 

 

 歩いた。歩いた。歩いた。歩いた。気が遠くなる程の時、時間さえ流れない虚無を歩き続けた。

 感じている。分かっている。最初の位置から進んでいないと、それが分かって足を進める。何処にも行けていないのに、それでも歩き続けている。

 

 けれど、やはり限界はあった。体感にして数千万か、或いは数億年は先。其処が女の限界だった。

 膝から崩れ落ちる様に、彼女の身体が泳いでいく。前のめりに崩れる様に、高町なのはの身体が揺らいだ。

 

 腐り切って錆び付いた、それでも鋼の如き意志。倒れる刹那ですら、前へ一歩を踏み出そうとして――そして、彼に抱き留められた。

 

 

「――あ」

 

「ごめん。遅くなった」

 

 

 月の如く優しく微笑む、愛しい男の胸に抱かれる。何時もの様に謝って、そんな彼に笑みを零す。

 そうして、数秒。男の温もりに甘える様に、頬を擦り付けてから立て直す。どんなに摩耗したとしても、彼が居るなら立ち上がれる。

 

 

「行こう。なのは」

 

 

 女の危機を理解して、駆け付けた時には遅れていた。そんな男は、黒き甲冑の終焉をその目にした。

 同じく虚無の彼方へと、落とされた彼は駆け付けた。遅れてはいたけれど、確かに愛する女の下へとやって来たのだ。

 

 

「うん」

 

 

 そんなユーノの伸ばした左手、右手で握り返して共に立つ。傍らに居る愛する人と、一緒に前へと歩き出す。

 辿り着くべき場所など分からない。何処に進めば良いかなんて分からない。それでも、そんな暗闇の中を歩き出す。

 

 灯り一つない見知らぬ街。それを歩き続ける寂しさ。目に付く景色は変わらずとも、そんな想いはもう存在しない。

 傍らに彼が居る。一緒に歩く人が居る。先が見えない闇の中でも、ならばもう恐れる物など何もない。一緒なら、怖くないのだ。

 

 歩く。歩く。歩き続ける。何もない暗闇の中、唯傍らに寄り添う愛を確かに感じて歩き続ける。

 辿り着く場所はない。歩いて来た道は全て無為である。最初の場所から進めずに、何時かは全てが失われる。そんな道筋は、まるで人生の縮図であった。

 

 人に生きる意味はない。生まれて来た命が、辿り着くべき場所などない。

 人が生きた価値などない。如何なる物を積み上げて、名を後世に残したとして、それでも何時かは消えて行く。

 

 無意味に生まれ、無価値に生きて、無為のままに死んでいく。それが人の一生なのだと、賢しらに語る者は居る。

 同じ様にこの道筋に、意味も価値も全くない。何処にも行けず、何にも成れず、そのまま虚無の中で病み衰えて死ぬのであろう。

 

 だとしても――もう何も怖くはなかった。離れない絆があるから、もう何も怖くはなかった。

 何時までも進み続けよう。何処までも歩き続けよう。どれ程に苦しい道のりだって、貴方と一緒ならば幸福なのだ。

 

 この今に生きる意味。それを確かに見付け出す。この刹那に掲げる至高。それを確かに見付け出す。

 だから、そう、だから――その条件は満たされた。彼女達は確かに見付けた。二人でだから、その輝きを見付け出す事が出来たのだ。

 

 

「光?」

 

 

 虚無の果てに、何かが輝く。淡い色で輝く光は、金と白。その淡い輝きを見付けて、二人はその目を僅か細める。

 

 

「フェイト? はやて?」

 

 

 問い掛ける様に、或いは確認するかの様に、ユーノ・スクライアが呟いた。

 その光に感じたのは、確かに見知った誰かの気配。だが等号ではないのだと、心の何処かで感じている。

 

 

「ああ、そうか。そうなんだ」

 

「……なのは?」

 

「分かった。私、分かったんだよ。ユーノ君」

 

 

 光に向けて近付きながら、その手を優しく伸ばす。ずっと進めなかった暗闇を、この今確かに踏破する。

 高町なのはは答えを得たのだ。その淡く儚い輝き。生まれ落ちようとする奇跡の色こそ、至高の終焉に対する解答。

 

 

「私――――お母さんになるんだ」

 

 

 淡い光を抱き締める。何時かの絆が結んだ奇跡を、その胎に受け止める様に抱き締める。

 確かに感じる命の鼓動。確かに芽生えた奇跡の鼓動。溢れる光を抱き留めて、母の想いが虚無を照らす。

 

 さあ、今こそ喝采の時。月と太陽は一つとなって、新たな命を育んだ。それこそが、彼女の完成に必要だった最後の欠片。

 

 

――太・極――

 

「陰陽合一・生誕喝采」

 

 

 光が溢れて、世界を包む。黒き虚無の帳をゆっくりと溶かす様に、白き光が死を消し去った。

 そうして、彼女達は戻って来る。死の終極さえも乗り越えて、此処に高町なのはは帰還したのだ。

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうか。……そうだな。認めよう」

 

 

 砕けた黒き甲冑は、空に浮かんだ光を見詰めて確かに認める。その輝きに、納得せずにはいられなかった。

 この生誕が、死の極点を乗り越えた。其処に理屈を求めるならば、それは誰にも分かりやすい答えであるのだ。

 

 どれ程に素晴らしい物であっても、ミハエル・ヴィットマンのそれは既に終わった物。今から始まる物を前にして、勝って良い道理がない。

 どちらが優れているかではない。どちらが尊いのかと言う話。誰かを殺す事よりも、誰かの生まれを祝福する事。その方が尊いのだと、そんな事は誰にだって分かる事。

 

 

「お前達の、勝利だ」

 

 

 そうとも、ミハエル・ヴィットマンは守る為に戦ったのだ。繋いでいく為に、だからこそ誰より尊い物を理解している。

 例え至高の終焉であっても、当たり前の生誕に勝ってはいけない。そう想うのは誰よりも、次代を望み続けた男だからこそ至った思考だ。

 

 

――響け! 終焉の笛、ラグナロク!

 

――雷光一閃! プラズマザンバー!

 

 

 白き光と共に、夜天の主の影が躍る。黄金の輝きと共に、雷光少女の影が揺らめく。

 だがそんなのは幻影だ。当たり前の様に幻覚は消え失せて、代わりに残るは二色の魔力。

 

 高町なのはとユーノ・スクライア。二人は寄り添い立ちながら、その光を確かに感じる。

 そうして二人、揃って一つの杖を握り締める。ゆっくりと振り上げた黄金に、集う光の色は四色。

 

 

「やろう。ユーノ君」

 

「ああ、始めよう。なのは」

 

 

 桜と翠と金と白。四つの色が杖に集まり、そして集束されていく。振り上げた杖を振り下ろす、目指した先は黒き終焉の大天魔。これが私達の答えであると、そう示す様に――破壊の光は放たれた。

 

 

『スタァァァァライトォォォォォッ! ブレイカァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!』

 

 

 迫る命の光。四色のトリプルブレイカー。それを前に、天魔・大獄は確かに認める。これ以上はないと言う解答に、彼は確かに敗北(ナットク)した。

 故に目を逸らさず、身を翻す事もせず、両手を広げて受け入れる。その全てを己が魂に刻んで逝くかの様に、受け止めたまま光の中に飲まれて行く。

 

 

 

 そうして、全ての光が消え去った後――黒き終焉は影も形も残さずに、光と共に消え去っていたのであった。

 

 

 

 

 

 穢土・夜都賀波岐第四戦、不二。天魔・大獄。消滅。

 高町なのは生存。ユーノ・スクライア生存。機動六課――勝利。

 

 無間地獄を乗り越えて、戦いは次なる舞台へと進む。

 

 

 

 

 

 




・創造位階最上位……街が幾つも消し飛んで、最悪国が亡ぶレベル。
・流出位階半歩前……大陸が移動だけで滅んで、最悪星が終わるレベル。
・流出位階上位陣……世界開闢級の破壊力で、お手玉遊びみたいな事始める。

当作なのは(10~90)と天魔・大獄(50。ただしスマイルは最上位陣でも即死)の戦いは、大体二つ目と三つ目の中間点。ならこれくらい出来るやろと言った感じで天の星々の殆どが消滅しました。


本来求道神は単独で完結した存在だから子を産む機能を持たず、生まれる筈がなかった双子。
神の法則を無視する解脱者になり掛けた男が相手だからこそ、生まれる事が叶った奇跡の子。
(因みにはやては万仙陣事件の時、フェイトは失楽園で紅葉死亡時に回収)

当たり前の誕生でも、至高の終焉より尊い。そんな誕生の中でも奇跡に類される求道神と解脱者の子の生誕で、己の終焉を乗り越えられた。だから大獄は、負けを認めるしかなかった訳です。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。