リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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捏造設定。独自設定盛り沢山。二万字超え。
サブタイトルは魔鏡だけど、今回はスカさんが大活躍する回です。(白目)


第二十四話 魔鏡

1.

 銀の刃が閃いて、金属音が響き渡る。

 ぶつかり合った刃は一方的に、押し負けた少年は背後へ跳ぶ。

 

 

「っ、おぉぉぉぉぉっ!!」

 

〈トーマっ!?〉

 

「大丈夫。まだ、まだやれる!」

 

 

 被害は最小限に、それが出来る要素がある。

 先の同調。心の底まで繋がった、その時に動きの癖を覚えたのだ。

 

 攻める際の目線の動き。槍を扱う細かな動き。呼吸のタイミングまで全て合わせて、それで漸く被害が軽減させられる。

 それでも被害の軽減が精一杯。状況打破にはまるで足りない。相手の動きが先読み出来ても、素の性能差が足を引いているのだ。

 

 

「ふん」

 

 

 振るわれる刃を受けるエリオは、トーマと異なり動きを読めない。

 それはトーマの武器が変わった為。処刑の剣から形を変えて、新たに二つの手札を得た。

 

 

「うおおりゃっ!」

 

〈シルバーハンマー!〉

 

 

 トリガーを引いて、撃ち出されるのは直射砲。これまでは使わなかった、遠距離攻撃と言う手札。

 それを焔を纏った槍にて切り払う。噴き上がる煙に視界を塞がれ、エリオが感じるのは敵の接近。

 

 

「おぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

 銃剣の切っ先からの射撃に隠れて、駆け抜けるトーマが狙うは剣での刺突。

 新たに得た銃と剣先。その二つを率先して使用する事で、彼は攻め手を読ませないのだ。

 

 ロングレンジからクロスレンジへ、炎を恐れず懐へ飛び込む。

 振るう刃は刺突から、切り上げ、振り下ろし、膝蹴りを織り交ぜて隙を生み出す。

 

 

「諦めない先にだけ、未来がある」

 

〈必ず勝てる。一人じゃないからっ!〉

 

「コイツで全部――」

 

『ゼロにする!!』

 

 

 一気呵成の連続攻撃。其処から繋げる一撃は、魂さえも断ち切るディバイド・ゼロ。

 エクリプスの毒。振り抜いた刃は防げない。全てを分解して吸収する力を前に、しかしエリオも即座に対応し切る。

 

 

「燃えろ――無価値の炎(メギド・オブ・ベリアル)

 

 

 所詮トリッキーな浅い知恵。実力差を埋める程には、決して届く訳がない。

 無茶をした対価に生まれた隙は、この少年にとっては致命の隙となり得る。トーマが唯一人でこの場に居たのなら――

 

 

〈動いて、銀十字!〉

 

 

 無理に責め立て生まれた隙を、内なる少女が穴埋めする。

 白百合の声に答えて動くのは、彼女の防衛装置である銀十字の書。

 

 先の一件にて破壊され、スカリエッティの下で修復されていたこの機構。

 トーマと想いを重ねた今のリリィならば、暴走などさせずに制御する事が可能である。

 

 後方へと退避するトーマの動きを、銀十字の書が放つ魔力弾が支援する。

 ディバイドゼロと同じ性質を持った光を前に、さしものエリオも無防備に飛び込む事など出来はしない。

 

 そうして攻め手は僅かに緩み、迫る炎を直前で回避したトーマは、四肢を使って後退する。

 後ろに下がるその動きは、傍目に見れば無様であろう。見た目に拘れない見っとも無さで、それでもトーマは食らい付く。

 

 時間稼ぎは無駄ではない。一度はあの領域へと辿り着いたのだ。己の身体が覚えている。

 故にこそ戦いの中で、トーマ・ナカジマは成長している。紙一重の綱渡りを続けながらに、彼の力は増しているのだ。

 

 そうと理解して、エリオは暗く笑みを浮かべた。

 思うのは一つ。先に語った少女の宣言。余りに無粋な、乙女の言葉だ。

 

 

「自覚するよ。ああ、そうだね。納得したとも」

 

〈おや、彼女の発言を認めるのかい? 病んだ同性愛者を自認するとは、少し意外だな〉

 

「ふざけろ、ナハト。同性愛云々は置いといて、だ」

 

 

 納得したと語るエリオに、茶々を入れる内なる悪魔。

 ナハトの言葉に眉を潜めて、エリオはトーマを冷たく見据える。

 

 口に出すのは、この今に感じる一つの評価だ。

 

 

「弱い。トーマは弱い。二人掛かりで、この程度。こんな男、もう無視してもいい筈だ」

 

 

 トーマ・ナカジマはしぶとく生き残り、この今も少しずつ成長を続けている。だが、それでも未だ弱い。

 動きを覚えられているから、生き延びている理由の大半はそれである。実力が拮抗している訳ではなく、その差は未だ明白だ。

 

 これ以上の憎悪を煽るのは難しく、白百合が存在する限り純化は狙えない。

 彼女と同調を解除する理由がトーマにはなく、ならばこの少年から学べる物など何もない。

 

 先程までの共鳴にて、成果は十分に得ている。エリオの成長限界もまた、あの一件にて取り払われたのだ。

 残るトーマは、時間さえ掛ければ必ず倒せる程度の格下。共鳴現象も起こせぬならば、無視して捨てるが利口であろう。

 

 

「なのに、放置しておけない。確かに僕は拘っている。自分でも思っていた以上に、どうやら君が気に入らない」

 

 

 戦う意味はない。倒す意義などない。放置してより強大な敵に、挑んだ方が時間の節約となる筈だ。

 そうと分かっているのに、エリオはトーマを放置出来ない。この輝かしい星の瞳を、無視して先に進めないのだ。

 

 

「それしか見えないと言う程でもないが、その存在は許容できない。捨て去り忘れてしまえば良いだろうに、ああ、確かにこれは、見っとも無いな」

 

 

 そんな有り様。この執着を無様と言われて、否定出来る要素がない。

 そういう一面があるのだと、冷静となったこの今にエリオ・モンディアルは自覚していた。

 

 

〈ならばどうする? コイツを放置して、天魔七柱に挑んだ方が賢いと分かっているんだろう?〉

 

「ああ、そうだね。それがきっと、賢い選択なんだろうさ。――けど」

 

 

 自覚して、だから何が変わる訳でもない。自覚したからこそ、何も変わる事はない。

 無駄と分かって、無駄をする。無意味と分かって、無意味をする。そんな人らしい愚かさを、エリオ・モンディアルは捨てられない。

 

 

「どうやら僕は、とても愚かしい男だったみたいだ」

 

「――っ!」

 

 

 一歩踏み込む。大地を縮めたかの様に錯覚させる程に、その一歩は速い。

 後退するトーマは迫るエリオに向かって魔弾を放つが、刃を振り上げたエリオは止まらない。

 

 放たれたのはシルバーハンマー。そして銀十字の放つディバイド・ゼロ。

 無数の銃火を前にして、エリオは暗く嗤って語る。それはもう見たと、ならばこの少年には通用しない。

 

 燃え上がる腐炎の鎧で全てを防いで、即座に魔法と切り替え一気に加速する。

 雷光を伴う魔槍を掲げて、振り下ろす。大剣で受けたトーマは痛みに歯を食い縛り、それでも耐えられずに地面に倒れる。

 

 迫る槍の穂先は倒れた少年へと、起き上がる余裕もないトーマは大地を転がりながら身を躱す。

 泥塗れになって、擦り傷だらけになって、それでも如何にか命を繋ぐ。そんなトーマを見下すエリオは、その顔を笑みに歪ませた。

 

 

「嗤えよナハト。執着している。拘泥している。それが愚かと分かっていて、ああ、だけど捨てられない」

 

 

 浮かんだ笑みは、嘲笑と自嘲の色が混ざった物。

 今の己の行動全てが愚行であると理解して、そんな愚かさに嗤いを零す。

 

 それでも捨てられないのなら、此処で全てを終わらせよう。エリオ・モンディアルはそう決めた。

 

 

「流れ出す前に、お前との決着を付けて行こう。お前達を潰さなければ、一歩だって進む気になれやしない。だから――直ぐに終わらせてあげよう」

 

 

 直ぐに終わると、見下し嗤うその姿。

 睨み返す少年は泥だらけの掌で、憧憬の剣を握り締めて立ち向かう。

 

 

「抜かせ! お前には、負けるかっ!!」

 

 

 負けられない。この相手にだけは負けたくない。

 

 この世で最も憎い宿敵。己の願いをその在り様で否定する者。決して相容れない無頼漢。

 そんなエリオと言う少年だけは、トーマにとっても決着を付けねばならない相手であるのだ。

 

 

「どんなに見っとも無くても、どんなに無様な姿を晒しても――お前にだけは、負けられるかよっ!!」

 

 

 力の開きは未だ大きい。この実力差が埋まるまでに、後何度死線を乗り越える事が必要か。

 新たに得た手札と言う物珍しさは、もう通用しなくなってきた。ならば新たな賭けをしなければ、生き延びる事すら出来ないだろう。

 

 そうと分かって、それを理解して、だけど諦める理由にならない。

 傍らに咲く少女と共に、トーマは強い意志で、一歩を前に進むのだ。

 

 

『おぉぉぉぉぉっ!!』

 

 

 荒れ果てた大地で、互いの意志をぶつけ合う。

 

 殺してやる。生き延びて見せる。叩き潰そう。乗り越えてやる。

 そんな二つの意志がぶつかり合って、激しい戦いが続いている。

 

 

(ああ、実に愚かだなぁ。エリオ。そしてその反対たる器)

 

 

 その激闘の最中にあって、悪魔は冷静なままに嘲笑う。

 我意をぶつけ合う相反する器たちを見下して、ナハト=ベリアルは嗤っていた。

 

 

(お前達は愚かだ。釈迦の掌で遊ばれた子猿の様に、実に愚かで愛らしい)

 

 

 愚かだ。愚かだ。余りに愚かで、愛おしさすら感じてしまう。

 そんな悪魔は暗く嗤って、最早逃れられない奈落に堕ちる彼を見る。

 

 

(エリオ。お前は悪魔に近付き過ぎた。気付いていないだろう。何時でも、望んだ時に、俺が自由に動ける様になった事。お前と言う存在が、もう不要になった事)

 

 

 エリオが悪魔に近付けば、ナハトとエリオの敷居は曖昧な物となる。

 死体(エリオ)を動かしながらも、その死体(エリオ)がいなければ外へ関われなかったナハト=ベリアル。

 

 そんな彼の制限は、もう存在しない。故にこの今に、ナハトは何時でもエリオを殺せる。

 そうして彼と入れ替わって、物質界にて猛威を振るう。そんな真似すら、今の彼には容易く出来るのだ。

 

 

(トーマ。お前の成長は慮外であろうが、それでも奴の想定を超える程ではない。我が依頼人(クライアント)はアレで中々に悪辣だ。故に、もう既に詰んでいる)

 

 

 そうしないのは、単純な話。まだその時ではないからだ。

 或いは僅か、宿主たる少年に理由がある。依頼人であるスカリエッティと秤に掛けて、どちらが勝るかと遊んでいたのだ。

 

 既に答えが出ている。最早結果は覆らない。

 この現状になっても尚、僅かに待つのは少年への愛情故だろう。

 

 

(さあ、合図を待とう。全てを終わらせる。終末の喇叭を待とう)

 

 

 愚かしく愛おしい我が半身。その末路には、特大の絶望が相応しい。

 悪魔を利用しようとした人間は、救いのない地獄に堕ちるのが世の道理。

 

 終末の喇叭が鳴り響いた時に、先ず真っ先にその願いを穢し貶めてやろう。

 

 

(喜べ、エリオ。お前の願いは、俺が叶えてやるよ――お前が望んだ形には、決してならないだろうがね)

 

 

 ナハト=ベリアルは嗤いながらに、その瞬間を待っている。

 失楽園の日が訪れた時、真っ先に全てを失い倒れるのはエリオ・モンディアルとなるであろう。

 

 

 

 

 

2.

 誤作動を起こした機械の身体は上手く動かず、命を預けたその半身は今や重いだけの枷となった。

 高濃度のAMFが満ちた場に置いて、魔法の行使も酷く難しい。魔力結合を妨害されて、それでも魔法を使うには意識の集中と展開の速さが重要となってくる。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

 唯でさえ物理的に重くなった身体で、思考の大半をそちらに回せば隙が生まれる。

 複数同時思考も魔法なのだ。思考を一つ増やすのに、思考を一つ使うでは意味がない。マルチタスクも使えはしない。

 

 襲い来る魔群の蟲。鈍った身体と思考では、その全ては躱せない。

 無数の蟲に貪り喰われ、喰われた場所から汚染が進む。肉体と精神の双方を削り取られ、血反吐を吐きながら崩れ落ちる。

 

 それでも、倒れはしない。膝を屈し掛けても、杖を支えに如何にか立つ。

 防戦一方と、そう語るのも温い状況。そんな一方的な戦場で、それでもクロノは立っていた。

 

 

「本当に、面倒な男ねぇ」

 

 

 荒い息を整えながら、如何にか今も隙を探っているクロノ。

 黒衣の提督を見下しながらに、クアットロは侮蔑の笑みを浮かべている。

 

 

「血反吐を吐いて、杖に縋って、ほんっと生き汚い。一体何時まで、粘る心算かしらぁ」

 

 

 蠅声(サバエ)の音が響き渡る。生理的な嫌悪を掻き立てる嗤いが聞こえる。

 見下す蟲の群体は、その有り様を嗤っている。お前は何も出来ぬのだと、ケラケラケタケタ嗤っている。

 

 そんな蟲に喰いつかれて、少しずつ消耗は重なっていく。

 今にも遠のく意識。それを頬を噛み切る痛みで如何にか引き戻すと、クロノはクアットロを見上げて冷たく断じた。

 

 

「それを、お前が言うか、三下が」

 

 

 乾いた流血がこびり付いたその顔に、浮かぶ色は侮蔑と嘲笑。

 血の混じった唾を吐き捨て、クロノは嗤う。生き汚いと嗤った魔群と言う存在を、お前こそがそうであろうと。

 

 

「父親に頼らなければ何も出来ない子悪党にくれてやる程、僕の首は安くない。出直して来いよ、クアットロ」

 

 

 どれ程に追い詰められていても、その余裕は崩さない。

 例え内面で吐き出しそうな程に苦しんでいても、外面だけは小奇麗に装うのが嘘吐きの在り方なのだ。

 

 

「っ! 言うじゃないの! この塵屑がぁぁぁっ!!」

 

 

 見下す侮蔑の表情に、クアットロは怒りを噴出させる。

 溢れ出した蟲の数は増え、躱せない所か躱す隙間もない程の津波となって襲い来る。

 

 

「アンタみたいなインポ野郎が、何一つ抵抗も出来てない癖にぃっ! さっさと潰れなさいよ! このっ! このっ! このっ!」

 

「っ、が、はっ……」

 

 

 膨大な蟲の渦に飲み込まれて、その身全身至る所を貪り喰われる。

 喰らい付いた無数の蟲が膨れ上がって、爆発と共に焼け付く酸の雨を降らせる。

 

 心が侵され、血肉が溶ける。骨は圧し折れ、内臓が潰される。

 何一つとして抵抗させぬと、責め立てる魔群の重圧。それに押し潰されながらに、それでもクロノはやられるままでは済まさない。

 

 

「温いな。温すぎて、――凍るぞ」

 

 

 微かに動く指と思考で、氷結の杖を此処に動かす。

 襲い来る魔群の全ては凍らせられない。ならば彼が狙うのは――

 

 

「っ!? ドクター!!」

 

 

 後方にて余裕の笑みを浮かべる研究者。クアットロにとってのアキレス腱だ。

 魔力が結実して凍土となり、その身を凍結させんと迫る。眼前に氷柱が迫っても、座して動かぬスカリエッティ。

 

 彼の身を守る様に、魔群は蟲の大半を使って壁を生み出した。

 氷結魔法は防がれる。蟲の過半数を停止凍結させただけで止まって、彼の黒幕は無傷である。

 

 

「おや、済まないね。クアットロ」

 

「いえいえ、お怪我がなくて何よりですぅ。……それにしても」

 

 

 何処かズレた反応を見せるスカリエッティに、クアットロはにこやかに返す。

 そうしてクロノに振り返ると、彼女は父に見せた笑みとは真逆の鬼相を張り付けた。

 

 

「このクソ野郎が、私のドクターに、傷が付いたらどうするのよぉぉぉっ!!」

 

 

 ジェイル・スカリエッティの存在は、クアットロにとってはアキレス腱であると同時に地雷である。

 元より器が広くなく、他者に向ける寛容性など欠片もない女。そんな女にとってもこれは格別、決して許してはならない行いなのだ。

 

 

「……さっきから思っていたんだが、レディとしては少し口が悪くないかい? クアットロ」

 

 

 そんな激するクアットロに、スカリエッティは場違いな言葉を零す。

 娘の育て方を間違えたかな、と。特に何も気にせずぼやくこの男に、この場が戦場であると言う認識など欠片もない。

 

 何処までも余裕。常の日常と変わらない。

 既に詰んだ盤面において、あらゆる全てが危機足り得ない。

 

 そんな余裕が透けて見え、クロノは舌打ちをしたくなっていた。

 

 

「あ、あら、ごめんなさい。え、えぇと、その、……兎に角潰すわよ! クロノ・ハラオウン!!」

 

 

 お転婆な姿を父に見られた娘は、恥ずかしがる様に猫を被って隠す。

 そうして思考を回すがスラング以外の罵倒は出ずに、結局単純な言葉と共に攻め手を再開する。

 

 だが――その遣り取りは彼に時間を与えていた。

 

 

「被ったネコを隠せてないぞ。三下女。それに、隙を与え過ぎだ」

 

 

 元より先の一撃に、黒幕撃破など期待もしてない。

 複雑な魔法を扱う集中の為に、発動に必要な時間稼ぎには十分過ぎた。

 

 

「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ 凍てつけ! ――エターナルコフィン!!」

 

 

 六課隊舎全土を、大寒波が襲う。凍てつく棺が全てを閉ざす。

 

 この場に居る人員を除けば、此処に居るのは寮に隠れた聖王守護の部隊のみ。

 味方を巻き添えにする危険はなく、ならば容赦などない全力解放が可能となるのだ。

 

 魔群もスカリエッティもガジェットも、全て逃さず氷の中に。

 絶対零度の極大凍結。真面な方法では、決して耐えられはしない大魔法。

 

 だが――この男は真面でない。

 

 

「ふむ」

 

 

 パチンと、指を弾く音と共に氷が砕ける。

 中から姿を見せた紫髪の男は、しかし傷が一つもない。

 

 白衣に滴る小さな水滴が、与えられた僅かな影響。

 軽く翻す事で水を払って、動揺一つないスカリエッティのその姿。

 

 それを見たクロノは其処に、確信した。

 

 

(やはり、居るな)

 

 

 予想はしていた。想定はしていた。

 この男の裏切りが判明した時に、先ず真っ先にその可能性を疑った。

 

 外れていて欲しかった。考え過ぎであって欲しかった。

 だが現実として、その予想は当たってしまった。最悪の予想が、的中していたのだ。

 

 

(魔刃や魔群や魔鏡と同じく、コイツの中にも何かが居る。この男の内面にも、同格以上の廃神(タタリ)が棲み付いている!)

 

 

 ジェイル・スカリエッティもまた、反天使(ダスト・エンジェル)の一柱なのだ。

 今のクロノでは倒す所か、抵抗すら難しい怪物達。それと同格かそれ以上の怪物が、彼の中に宿っている。

 

 そんな最悪の予想的中に、クロノは表情を僅か顰める。

 その変化は微かであっても、スカリエッティと言う狂人は見逃さない。

 

 一つ頷くと、彼は決めた。クアットロに任せるのは、此処までにしようと。

 

 

「……どうやら君に任せていては、少し時間が掛かりそうだね」

 

「ドクター!? まだ私はやれるわ!!」

 

「それは分かっているんだけどねぇ」

 

 

 父に見限られたのか、そう考えて慌てて主張をするクアットロ。

 そんな彼女に鷹揚な言葉を返しながらに、スカリエッティは静かに告げる。

 

 

「クロノ君には確実に消えて貰いたいんだ。だから、念には念を入れるとしよう」

 

 

 縋り付いて来るクアットロの分体に、頭を撫でて言い聞かせる。

 そうして再び、指を軽く鳴らしたスカリエッティ。その合図を待っていたかの様に、一人の女が其処に現れた。

 

 

「おいで、ウーノ」

 

「はい。ドクター」

 

 

 吹き付ける冷たい風の中、無数の無人兵器を伴って現れる戦闘機人。

 クロノは驚愕に目を開く。それはウーノ・ディチャンノーヴェの、その裏切りが理由ではない。

 

 スカリエッティが裏切った時点で、彼女の裏切りも想定内だ。

 ならば何が予想の外か、決まっている。その無人兵器が拘束する、小さな子供こそが予想外。

 

 

「お前達、その子は……」

 

「月並みだが、人質と言う奴だよ」

 

 

 ヴィヴィオ・バニングス。聖王の器たる少女。

 悪辣な男の罠が此処に。ガジェットに吊るされて、傷付いた幼子が其処に居る。

 

 

「ヴィヴィオ・バニングスが傷付く姿を見たくなければ、デュランダルを捨てて投降したまえ。命だけは、もしかしたら保障するかもしれないよ?」

 

「……貴様っ」

 

 

 ニィと亀裂が入った様に、歪に嗤う狂科学者。

 白衣を靡かせながらに幼子の命を盾にする。その有り様は、正しく悪役外道の所業であろう。

 

 クロノは歯噛みしながらに、僅かに逡巡する。

 武器を捨てたからと言って、それで解放される保証がない。

 

 人質を取る相手に対し、正しい対処は何もさせずに制圧する事。

 交渉をした時点で不利となる事は確定で、だが制圧する力もない時はどうなるか。

 

 どうしようもない。此処は従うしかないのである。

 命綱であるデュランダルを投げ捨てて、クロノ・ハラオウンはスカリエッティを睨み付けた。

 

 

「杖を離したね。それでこそ」

 

 

 そんな憤怒と憎悪の視線を、柳に風と受け流す。

 ニヤついた笑みを浮かべながらに、落ちたデュランダルを手にスカリエッティは弄ぶ。

 

 

「無防備になったわねぇ。ああ良くも」

 

 

 父に視線を集中させるクロノと同じく、憤怒と憎悪でクロノを睨むクアットロ。

 彼女の理屈は酷く単純だ。自分が無力化をさせられなかった。父の期待に答えられなかった。その怒りを、青年に向けているのである。

 

 

「ドクターの前で、アンタ如きを倒せないなんて無様晒させて。その恨み、きっちり晴らさせて貰うわよ」

 

 

 溢れんばかりに騒めく蟲は、明らかにクロノの命を狙っている。

 そのクアットロの蛮行を、スカリエッティは止めようともしていない。

 

 それを指摘されたなら、この狂人はこう答えただろう。命の保証はしていない、と。

 

 

「……まぁ、そう動くだろうな。予想通りだ」

 

 

 襲い来る魔群。嗤う狂人。囚われた幼子。

 身を支える武器すら失くしたクロノは、予想通りと呟いて駆け出した。

 

 守る必要のない口約束。それを相手が破ったならば、己が無抵抗にやられる筋合いとて何処にもない。

 破れかぶれの玉砕を思わせる形で駆け出したクロノ・ハラオウンは、自ら魔群の中へと飛び込んだ。

 

 

「んなっ!?」

 

「おや?」

 

 

 そして、発動する。無数のストラグルバインドを鎧の様に展開する。

 そして印を切らずに扱う術は神速通。三日は掛かる距離を半日までに、縮める陰陽術の移動術。

 

 

「杖が無ければ魔法が使えない。印を切らねば術が使えない。そんな理屈、誰が言ったっ!!」

 

 

 バインドを蟲の群れにぶつけて、その身を僅かに拘束する。一秒に満たぬ時を停めて、隙間を作って駆け抜ける。

 大地を縮める程の速さで駆け抜けるクロノが目指す先は、黒幕であるジェイル・スカリエッティ――ではない。

 

 

「っ! クロノ・ハラオウン!!」

 

「その子を、返して貰うぞ! ウーノ・ディチャンノーヴェ!!」

 

 

 彼は守る者。その行いが愚かと分かって、それでも人を守る者。

 諸悪の根源を倒して制圧するよりも、捕らわれた少女を救い安心させる事をこそ選んだのだ。

 

 限界を超えて、全身を血に染めながら、クロノは蹴撃をウーノに叩き込む。

 そうして無人兵器の制御が崩れた隙に、指先に展開した魔力の刃で捕らえる鎖を断ち切った。

 

 それで限界。意識の限界まで力を振り絞り、抱えた少女を取り戻す。

 金糸の少女は不安に揺れる瞳でクロノを見上げて、クロノはそんな彼女の頭を優しく撫でた。

 

 

「……クロノ、さん?」

 

「もう、大丈夫だ。ヴィヴィオ。君を傷付ける者は、もう居ない」

 

 

 抱き上げた少女の重さを、その命の重さと捉える。

 確証など欠片もなくとも、大切なればこそ守り抜くと此処に誓う。

 

 もう己は勝てないだろう。必ずや敗北しよう。そんな事、最大魔法が通じぬ時点で分かっていた。

 それでも彼女だけは守り抜く。ヴィヴィオ・バニングスだけは救い上げる。抱きしめる熱に、クロノはそう心に誓って――

 

 

「ああ、残念」

 

 

 それさえも、嗤う白衣の男の掌中でしかなかったのだ。

 

 

――アクセス・マスター。モード“エノク”より、バラキエル実行。

 

「がっ! なぁっ、にぃ……」

 

 

 埋伏の毒が牙を剥く。鮮やかな鮮血が宙を舞う。

 鋼鉄の爪が血肉を抉って、腹から背へと貫いていた。

 

 

「言っただろう。投降しないと、傷付く姿を見る事になるとね」

 

 

 信じられないと、瞠目するのは二人の人物。

 抱えた少女に腹を射抜かれた青年と、救い主をその手に掛けた少女である。

 

 

「ほら、心が傷付いた。幼子に人殺しをさせるなんて、悪い大人もいるものだねぇ」

 

「……まさか、君が、魔鏡だった、のか――」

 

 

 嗤う。嗤う。嗤う。そんな狂人の声すら届かない。

 予想外にも程がある魔鏡の正体に、クロノは彼女の名を口にする事しか出来なかった。

 

 

「ヴィヴィオ」

 

 

 肘から先が凶悪な爪へと、変貌した己の腕にこびり付いた血肉。

 その生暖かい感覚に震えていたヴィヴィオの瞳が、まるで機械の如き色へと変わり表情が抜け落ちる。

 

 彼女は最初から、ヴィヴィオ・バニングスの中に居た。

 いいや否だ。ヴィヴィオと言う人格自体が作り物。彼女は元から魔鏡であった。

 

 正体が明らかになった今に、ヴィヴィオと言う仮想人格を動かす理由はない。

 なればこそ此処に姿を見せるのは、最後の反天使である魔鏡アスタロト。

 

 

「アクセス・マスター。モード“エノク”より、サハリエル実行」

 

 

 腹を射抜かれて、墜ちて行くクロノの姿。そんな彼に向かって、アスタロトは此処に式を紡ぐ。

 黄金に輝く光子の縛鎖がクロノに絡み付き、物理的な破壊しか受け付けない封印がその身を捕らえた。

 

 勝敗は定まった。全ては最初から最後まで、この狂人の予想の内に。

 あらゆる抵抗も必死の抗戦も、詰んだ盤面ではその全てが無意味であったのだ。

 

 

「さて、折角だ。自己紹介をしなさい。アスト」

 

 

 大地に囚われたクロノは見上げる。短い金糸の髪を靡かせる幼子を。

 何時しか天使を思わせる白いドレスを纏った少女は、その焼け爛れた背中に光り輝く翼を背負って空に舞う。

 

 聖なる王の虹の輝き、それは魔鏡に穢された。

 そうとも魔鏡と言う反天使に堕とされる事で、聖王と言う存在自体が穢されたのだ。

 

 

「Yes.マスター。ヴィヴィオ・バニングス改め、魔鏡アストです。以後、お見知りおきを」

 

 

 命令されたから、行動した。無表情のままに、動く彼女の姿は受動的。

 機械の様に冷たい瞳と表情で名を名乗るアストは、クロノの事など見てすらいなかった。

 

 

「そう言う訳だ。中々に滑稽な芝居だっただろう?」

 

 

 最初から人質が敵だった。そんな八百長を、滑稽な芝居と嗤う。

 腹を抱えて嗤う白衣の男の背に、彼の配下である女達が身を控える。

 

 

「君の出番は此処で終わりだ。用済みの役者には、ご退場願おう」

 

 

 不死不滅の怪物。魔群クアットロ=ベルゼバブ。

 未来を識る中傷者。魔鏡ヴィヴィオ=アスタロト。

 

 怒りに耐える女と、無表情の少女。

 反天使二柱を従えて、ジェイル・スカリエッティは嗤い狂う。

 

 

「さようなら、クロノ君。君の事は然程、嫌いではなかったよ」

 

 

 そして振り下ろされる膨大な力。

 意識を失う直前に、クロノが見た最後の光景がそれだった。

 

 

 

 機動六課本部、此処に陥落。

 クロノ・ハラオウンは敗北し、事態は悪化の一途を辿っていく。

 

 

 

 

 

3.

 そしてスカリエッティは一人、暗い道を歩いている。

 地下へと続くその螺旋階段は、この世界を支配していると錯誤している老人達の居城へと繋がる道。

 

 

「さて、最高評議会が何処に潜んでいたか、答え合わせと行こう」

 

 

 暇を潰す様に、白衣の男が口にするのは独り言。

 自慢したがりな彼の言葉を聞く者は此処になく、既に次なる策の為に動き出している。

 

 

「嘗ては中央に居たのだろうが、既に場所を変えていた。ならばこそ、彼らは一体何処へ行ったか?」

 

 

 魔鏡はゆりかごに。聖なる王の血肉を以って、彼の古代兵器を起動させる。

 魔群は周囲の妨害に。万が一にもこの今に突破される訳には行かぬから、数を利用したエース陣への妨害を行っている。

 

 

「東か? 西か? 南か? いいや、どれも違っている」

 

 

 付き従うウーノはおらず、無人兵器すらも此処にはない。

 必要ないのだ。要らぬのだ。これから行うは唯の掃除。それだけならば、スカリエッティ一人で事足りる。

 

 

「そも、聖王教会とは何か? ベルカ時代の遺産を受け継ぐその文明。ああしかし、何故これ程に当時の文化が残っている? 問うまでもなく、答えなどは決まっている。受け継ぐ者が居たからだ。守り継いだ者が居た。後援者が居たんだよ」

 

 

 聖王教会の来歴を口遊みながらに、彼が歩くのはベルカ自治領。

 その中心にある聖王教会大聖堂。聖なる王の玉座の下に、地下へと続くその階段は存在していた。

 

 

「ベルカ崩壊期。彼の時代に、ベルカの諸王に力はなかった。だからこそ、最上位の身分にあった聖王陛下が、自爆特攻などしたのだよ」

 

 

 ゆりかごによって、次元世界の崩壊を防いで死したと語られる聖王オリヴィエ。

 ベルカ最上位の権力者が自決同然で動かなければならなかったと、その状況こそが示している。

 

 当時のベルカ王室には既に力がなく、聖王教会の様な組織を生み出す事は出来なかった。

 ならば必然、作り上げたのはベルカの民ではない。聖王を奉る宗教を、生み出したのは彼らではないのだ。

 

 

「故に守り継いだ者。それはベルカの者ではない。当時台頭を始めた者ら、即ち、ミッドチルダの人間だ」

 

 

 聖王。覇王。雷帝。冥王。黒のエレミア。

 数多くの王室縁の聖遺物やその血縁。それらが今も残っている事こそその証左。

 

 全てが滅びる前に、聖王教会を立ち上げ彼らを保護した者が居た。

 彼らは聖王への確かな信仰心を胸に抱いて、故にこそこの組織を作り上げた。

 

 そんな彼らの名称を――管理局最高評議会と言うのである。

 

 

「聖王教会は、そも最高評議会が作り上げた物。なればこそ、どうして北のベルカ自治区にだけ、研究施設が存在しない?」

 

 

 聖なる場所だから、それを置かずに居たのであろうか。

 成程それも理由の一つ。彼らの信仰心の厚さを思えば納得しよう。

 

 だがそれ以外にも理由がある。

 

 

「答えは単純だ。それこそ簡単だ。考えてみればそれしかないと、赤子でも分かる程の問い掛けだろう」

 

 

 それは単純、もしもの時に逃げ込む最後の場所。

 聖王教会周辺の土地を安全地帯へと、彼らが設定していたからだ。

 

 ならば――

 

 

「聖王教会の地下。最も深き場所にこそ、彼らは居るのだ」

 

 

 彼らは今、此処に居る。この聖王教会にこそ彼らは居るのだ。

 嗤いながらに歩を進める狂人は、底に辿り着いて確信する。其処に突き刺さった聖なる槍は、正しく彼らに残った最後の切り札。

 

 聖約・運命の神槍(ロンギヌスランゼ・テスタメント)

 

 

「当たり、だね」

 

 

 命を惜しみ隠れ潜む棲み処を変えた老害たち。

 培養槽に浮かぶ脳髄を見下しながらに、ジェイル・スカリエッティは暗い笑みを浮かべていた。

 

 

〈どういう心算だ。ジェイル・スカリエッティ〉

 

 

 スカリエッティの到来に、最高評議会は詰問する。

 怒りが強く滲んだその言葉は、この場にやって来た事への問いなどではない。

 

 彼ら最高評議会にとって、この男は決して許されぬ事を行ったのだ。

 今にもその身を八つ裂きしたい程の怒りに耐えて、機械音にて詰問する三つの脳髄。

 

 そんな冷静であろうとする努力を、ジェイル・スカリエッティは鼻で嗤って塵と見下す。

 

 

「おや、何がかな? ご老人方」

 

〈分かって居よう。分かっていて、韜晦するかっ!?〉

 

〈アレは許されん。アレは、アレは、アレだけはぁぁぁっ!!〉

 

「……困ったなぁ。ハッキリ言って貰えなくば、幾ら私でも分からぬよ」

 

 

 韜晦する白衣の男を前にして、三つの内の二つが激する。

 憎悪と憤怒を叫ぶ脳髄を前にして、ヘラヘラと嗤って流すがこの狂人。

 

 

〈嘘偽りなく答えよ。ジェイル・スカリエッティ〉

 

 

 残る一つの脳髄が、旧き当時の指導者が、努めて冷静に言葉を掛ける。

 その予想外な程に理性的な態度に僅か敬意を抱き、スカリエッティは中央に座す脳髄へと向き合った。

 

 

〈我らは、お前に神を作れと命じた〉

 

「うむ。そうだね。……だが私には、頷いた記憶がないねぇ」

 

 

 魔導の神を作り出せ。そう命じたのは最高評議会。

 その言葉を前にして、ジェイル・スカリエッティは意味深に笑みを浮かべただけである。

 

 約束などしていない。頷いてすらもいない。作ると断じた覚えはないのだ。それはそんな、子供の言い訳にもならない言葉。

 

 

〈我らの王は、あの日に世を救った尊き王は、信仰すべき偉大な王は――正しく神であるべきだった!〉

 

「そうかなぁ? それは疑問が残る話だ。所詮聖王オリヴィエは、祀り上げられただけの唯人だろうに。神ならば、死なずに救えと言うのだよ」

 

 

 語る度に湧き上がる怒りを堪え切れずに、語調が荒くなる脳髄。

 その反応に、やはりその程度かと身勝手な落胆をして、ジェイル・スカリエッティは鼻で嗤う。

 

 彼らの語る。聖王への異常な期待。

 それが科学者に過ぎぬ男には、とんと理解が出来ない事だった。

 

 

〈それを、それを、それを貴様はっ! よりにもよってぇぇぇぇっ!!〉

 

〈反天使だと!? あのお方を、聖なる王を其処まで穢すかぁぁぁぁぁぁっ!!〉

 

 

 最高評議会が怒り狂う理由がそれだ。彼らは信心深い教徒であって、故に決して許せない。

 神になるべき聖なる王を、その正反対である堕天使に貶めた。ジェイル・スカリエッティのその行動は、何より重い大罪なのだ。

 

 

「ふふふ、ふふふふふ」

 

 

 信仰する神の、複製を身勝手に作ろうとして今更何を。

 ジェイル・スカリエッティは傲慢な儘に、彼らの怒りを冷ややかに見下す。

 

 そうして、嗤いながらにその教訓を口にした。

 

 

「一つ利口になったじゃないか? 一番大切な者を、他人に任せてはいけないよ」

 

 

 任せてはいけない。頼ってはいけなかった。聖なる王を、この男に預けた事こそ彼らの過ち。

 

 

「こんな風に、特に理由もなく、唯の気紛れで、何もかも台無しにされてしまうからねぇ」

 

 

 ヴィヴィオでなければいけない。そんな理由などはなかった。

 彼女を選んだのは、唯の嫌がらせ。己を生み出した老人達が、怒り狂い絶望する姿が見たかったからに過ぎないのだ。

 

 

《ジェイル・スカリエッティィィィィィィィッ!!》

 

「ククク、クハハ、ハハハハハハハハハッ!!」

 

 

 希望を絶たれ、信仰を穢され、憎悪を叫ぶしか出来ない三脳。

 そんな負け犬たちの姿を無様と見下し、堪え切れないと腹を抱えて嗤っている。

 

 この男こそ、最低最悪の破綻者だ。

 

 

「散々苦しめて来たんだろう? 散々絶望を重ねて来たんだろう? ならば、これもまた因果応報。相応しい幕切れと言う物だ」

 

 

 最高評議会の怒りと共に、防衛装置が駆動する。

 無数の魔力弾と質量兵器が火を噴くが、この狂人には届かない。

 

 彼は傲慢なる者。第四番目の反天使。

 そんな小さな豆鉄砲で、この怪物は揺るがせられない。

 

 

「そんな君達に、私から最期に贈ろう。用済みな君達には、最早過ぎた幕と知るが良い」

 

 

 白衣を風に靡かせて、その全身から暗き魔力を此処に発する。

 歪んだ笑みを浮かべたままに告げるのは、傲慢と言う罪を介して奈落へ繋がる式である。

 

 

「アクセス――我がシン」

 

 

 彼に宿りしモノ。彼が宿したモノ。

 それは傲慢にも神になり変わろうとして、地の底に落とされた悪魔の王。

 

 

「アルファ オメガ エロイ エロエ エロイム ザバホット エリオン サディ」

 

 

 明けの明星。サタナエル。或いは悪魔王ルシファー。

 そう語られる存在。奈落の最奥たるジュデッカより、スカリエッティはその力を此処に引き出す。

 

 

「汝が御名によって、我は稲妻となり天から墜落するサタンを見る」

 

 

 止めろと、誰かその呪詛を止めろと、最高評議会が騒いでいる。

 だが無人機械では止められない。だが彼らの言葉に従う味方はいない。

 

 それは正しく因果応報。彼らは己達が生み出したこの狂人を、最早止める事が出来ないのだ。

 

 

「汝こそが我らに そして汝の足下 ありとあらゆる敵を叩き潰す力を与え給えらんかし いかなるものも 我を傷つけること能わず」

 

 

 溢れ出す奈落の力は、しかし異様な程の清浄さを伴って。

 これは全てを洗い清める力。聖の極致に位置する光は、正しく神の裁きが如く。

 

 

Gloria Patris et Fillii(おお、グロオリア) et Spiritus Sanctuary(永遠の門を開けよ)

 

 

 だが違う。此処に開くは奈落の門。此処より出でるは悪魔のみ。

 ならばどれ程に清らかに見えても、その本質は淀んでいる。何よりも悍ましい程に、それは人の憎悪と狂気の集合体だ。

 

 

「“Y”“H”“V”“H”――テトラグラマトン」

 

 

 口にするのは、神の御名。此処に紡ぐは聖四文字。

 

 

「“S”――ペンタグラマトン」

 

 

 其処に罪を意味するSを。反逆の天使の名を意味するSを。己の名を意味するSを加える。

 神と己が同一であると、そう僭称するかの如き言葉。平然とそう口に出来る事こそ、彼が傲慢の罪を宿した証明だ。

 

 

「永遠の王とは誰か 全能の神 神は栄光の王である」

 

 

 YHSVH。偽りにして不完全なる神が、此処にその神威を示す。

 

 

「ネツィヴ・メラー」

 

 

 溢れ出す光は最早誰にも止められない。

 病的なまでに清い光が放たれて、教会の地下を遍く照らし出した。

 

 

「これは罪深き衆生を、塩の柱へ変えて清める。神の御業だ」

 

 

 そして、後には一つしか残らない。

 あらゆる悪性のみを清める光に焼き尽されて、後に残るは塩の柱だけである。

 

 

「本質的に善人ならば僅かにでも、何か残るかとも思ったが……どうやら君達は、全て塩に変わってしまったねぇぇぇ」

 

 

 正義を気取った彼らの、その余りに無様に過ぎる幕。

 全てが悪と断じられて消滅したその結果に、スカリエッティは腹を抱えて嗤い出す。

 

 

「ハハハ、ハハハハハハハハハッ!!」

 

 

 これでは道化だ。余りにも彼らの生涯は、喜劇に満ち溢れている。

 未来を願って、切り拓く事を祈って、しかし化外に堕ちて浄化された。

 

 その果てに塩しか残らぬ程に、彼らに初心は残ってなかった。それが何よりも明確に、この場で示されたのだから。

 

 

「では、塵掃除も終わった事だし、本題に入ろうか」

 

 

 一頻りその生涯を嗤って、そして狂人は切り替える。

 私的な復讐はこれで御終い。塩になった彼らなど、最早記憶に残す価値もない。

 

 故に、彼は喇叭を吹き鳴らす。此処に終末の喇叭を一つ、開幕の合図と鳴らすのだ。

 

 

「始めたまえ、アスト。黙示録の喇叭は、今此処に吹き鳴らされたのだ!」

 

〈イエス。マスター〉

 

 

 スカリエッティの合図に答えて、アストは行動を始める。

 其処はスカリエッティのラボが一つ。掘り起こされた巨大戦艦が眠る場所。

 

 その戦艦の内側。ゆりかごの玉座に座る幼子は、可憐な声で唇を震わせた。

 

 

「ゆりかごを起動。浮上を開始します」

 

 

 轟音と共に、巨大戦艦が動き出す。

 大地の地表を捲り上げ、全長数千メートルという超弩級戦艦が浮かび上がった。

 

 これこそ聖王のゆりかご。

 核に聖王の血族を配置する事で動き出す、古代ベルカの最終兵器。

 

 

「移動完了。双子月より、魔力の流入を確認」

 

 

 大地に居る誰もが驚愕し困惑する中、聖王のゆりかごは空高くに浮かんで止まる。

 重なる双子月より魔力を受けて、その艦艇へと巨大な魔力が流れ込んでいく。

 

 

「魔鏡より、魔刃、魔群、両名に通達。黙示録の喇叭は鳴った。今こそ、失楽園の日を始めましょう」

 

 

 さあ、準備は此処に整った。今こそ、失楽園の日を始めよう。

 

 

 

 先ず最初に答えたのは、この日を待ち侘びていた女であった。

 聖王のゆりかごに気付いて動き出そうとした局員達に、散発的な襲撃を繰り返しながらに呪詛を紡ぐ。

 

 

「アクセス――魔群クアットロ=ベルゼバブより、奈落(アビス)接続(アクセス)

 

 

 漸くだ。漸く完成出来る。その実感に歓喜を抱いて、魔群クアットロは繋がった。

 

 

 

 そして次に答えたのは、激闘の中で冷静に見下す悪魔であった。

 

 

〈残念。時間切れだな。相棒〉

 

 

 彼は少年の内側から、その制御を奪い取る。

 少年の魂を砕く様に握り絞めながら、その内側で嗤っている。

 

 

「っぁ!? 何の、真似だ、ナハトォッ!?」

 

〈直ぐに分かるさ。……アクセス――魔刃ナハト=ベリアルより、奈落(アビス)接続(アクセス)

 

 

 苦しみ足掻く少年に、愉悦しながら悪魔は嗤う。

 そして魔刃ナハトも此処に、その身を奈落に繋げるのだった。

 

 

 

 魔刃と魔群。そして魔鏡。反天使三柱の接続により、この今に奈落は顕在化する。

 成り果てた歪み者達を繋ぎ合わせて作り上げた肉塊が、聖王のゆりかごの最奥にて鼓動している。

 

 

「魔刃。魔群の接続を確認。奈落(アビス)より魔鏡(アスト)を介して、ゆりかごへのダウンロードを開始する」

 

 

 そして、その肉塊とゆりかごを此処に繋ぎ合わせる。

 ヴィヴィオと言う聖王の器を媒介にして、聖王のゆりかごその物を奈落に作り変えるのだ。

 

 

「15.30.52.78.96……コンプリート。聖王のゆりかごにダウンロードした情報の、インストールを実行」

 

 

 侵食する肉塊。膨れ上がる悲鳴と憎悪。

 黄金色の宇宙船は、赤黒い血肉の色へと染まって変わる。

 

 空に浮かんだ船が消え去り、其処にあるのは醜悪な肉塊。

 聖王のゆりかごは此処に、その全てを狂気の奈落へ作り変えられた。

 

 

「聖王のゆりかごの、奈落(アビス)化に成功。第一段階を終了し、次いで第二段階に移行します」

 

 

 これにて、第一段階は終了。そして続くは第二段階。

 全てはこの時の為に、続く第二段階の為にこそ、魔鏡は六課に潜んで来たのだ。

 

 

「アクセス――マスター。モード“聖王教会”より、カリム・グラシアを実行」

 

 

 発動するのは、写し取った予言者の著書と言う希少技術(レアスキル)

 他者の体液を取り込む事で、魔鏡アストはあらゆる異能を模倣する。

 

 

「アクセス――マスター。モード“機動六課”より、ヴェロッサ・アコースを実行」

 

 

 同時に発現するのは、ヴェロッサ・アコースの思考捜査。

 

 世界中に散在する情報を統括・検討し、予想される事実を導き出すデータ管理・調査系の魔法技能である予言者の著書。

 其処にあらゆる人間の脳内から情報を奪い取る思考捜査が加われば、魔力の届く範囲内において認識できない事など存在しなくなる。

 

 

「周辺次元世界にある全情報を捜索。未確認次元世界を含め、二十の次元世界の存在を確認」

 

 

 見付け出した世界の羅列。その情報を認識して、次に発現するのは異なる力。

 認識出来る世界ならば、あらゆる場所に干渉出来ると言うその異能を此処に発動する。

 

 

「聖王のゆりかご。次元干渉機能を解放。同時に、モード“機動六課”より、クロノ・ハラオウンを実行」

 

 

 万象掌握。其処に重ねるのは、ゆりかごが持つ次元の壁を超える機能。

 予言者の著書と思考捜査の応用で見付け出した世界へと、これで干渉する手を手に入れた。

 

 

「万象掌握。確認済み次元世界へ、干渉を開始。……補足、完了」

 

 

 そしてアストは、其処にもう一つを加える。

 足し加える異能は、嘗て狂気に堕ちた魔導書の操った異能である。

 

 

「アクセス――モード“夜天”より、万仙陣を実行」

 

 

 夜天の書。その能力を観測したスカリエッティは、同じ物を再現しようとした。

 その集大成が奈落であって、ならばその過程が存在しない筈もない。

 

 復活させたベルカの技術を利用して、夜天の書と同じ物を作り上げる。

 そうして疑似的に彼女が辿った道を再現させて、同じ様な恐慌状態を作り上げて見れば良い。

 

 度重なるトライ&エラー。出来損ないの山が生まれるその先に、最低限実用に足りる物は出来上がった。

 ならばそれを、アストに食わせれば完成だ。此処に魔鏡アストは彼女の、狂気の万仙陣を習得するに至っていた。

 

 

「廻れ。廻れ。廻れ。……皆、奈落の底へ堕ちるが良い」

 

 

 そして、万象掌握と言う手によって、眼に映る人々を次から次へと夢界に堕とす。

 憎悪と殺意と憤怒と絶望に染まった夢界。即ち奈落の奥底へと、生きとし生ける者全てを片っ端から堕としていく。

 

 

「コンプリート。周辺次元世界に存在する。全ての知的生命体の、奈落への接続を確認」

 

 

 そして、人間はいなくなった。

 抗うごく少数の局員達を除いて、目に映る全てが奈落の底へと堕ちた。

 

 

「第三段階へ移行。奈落による魔鏡のアップデートを開始……完了」

 

 

 そして、強大になった奈落の力で、自分自身を再構築する。

 

 夢界の廃神は夢界の規模が増える程、その力を増やすモノ。

 其処で最適化を加えれば、反天使は圧倒的な力を得る。この今に再誕したアストは、先より一回り以上に強大だ。

 

 

「第四段階へ移行。モード“聖王教会”より、カリム・グラシアを実行」

 

 

 だが、これで終わりと言う訳ではない。これは唯の始まりだ。

 

 膨れ上がった規模を用いて、もう一度先の行動を繰り返す。

 手の届く範囲は広がり、干渉出来る規模もまた膨れ上がったのだ。

 

 ならば結果もまた同じ、先より広い範囲を奈落に染め上げ、そうして己の力をまた一回り強くする。

 

 

「アクセス。アクセス。アクセス。アクセス」

 

 

 そして、繰り返す。接続を繰り返す。

 干渉する世界を少しずつ増やしながらに、奈落の規模を広げていく。

 

 

「アクセス。アクセス。アクセス。アクセス」

 

 

 何度も、何度も、何度も、生きとし生ける者を地獄に引き摺り込む。

 奪い取った魂の力を薪として絞り出して、次なる獲物へ手を伸ばし続ける。

 

 

「アクセス。アクセス。アクセス。アクセス」

 

 

 止まらない。止まらない。止まらない。その浸食は止まらない。

 膨れ上がって肥大化する奈落は、取り込める生き物がいる限り成長を止めない。

 

 ならばそう。そう長く時間を掛けぬ内に、あらゆる命が奈落に堕とされたのは必然の結果だ。

 

 

「アクセス。コンプリート。……存在する全ての次元世界。生きとし生ける者全ての、奈落への接続を確認」

 

 

 覇道神と言う神の身体。その中にある全ての命。それが今、全て奈落に繋がれた。

 抗えたのは極一部。このクラナガンと言う戦場に居た、極一部のエース達のみである。

 

 他の者らは皆々全て、反天使達の糧となった。

 そして訪れる結果は当然。最終段階とは即ち、世界全てを飲み干した奈落による悪魔の強化だ。

 

 

「最終段階へ移行。反天使のアップデートを開始する」

 

 

 ゆりかごと言う肉塊が蠢いて、彼らに無限を思わせる力が注がれる。

 全能の神の力を簒奪して、彼ら反天使は此処にその完成を迎えるのだ。

 

 

「来た。来た来た来た来たっ! 漲って来たぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 爆発的に注ぎ込まれる力。身体に満ちる全能感に、クアットロ=ベルゼバブは嗤い狂う。

 待ち侘びた時の訪れに歓喜の涙さえ流しながらに、魔群は此処に完成した。

 

 

「うふふ。ふふふ。ふふふふふ! 完成した。この今に、私は此処に完成したっ!!」

 

 

 溢れ出した魔力が齎す力は即ち、膨大な程の物量。

 膨れ上がった数は瞬く間に、世界全てを埋め尽くす。

 

 

「絶対的な物量。無限を体現するこの質量。これこそ正しく、完全なる最高傑作っ!!」

 

 

 蟲だ。蟲だ。蟲だ。蟲の数は空を埋め尽くす程に、大地に足の踏み場もない程に、海が黒に染まる程に。

 それだけではない。一つの次元世界を隙間なく埋め尽くして、それでもクアットロの数にはまるで足りていない。

 

 溢れ出した数はそれより外に、ミッドチルダを含めた管理世界全てを隙間なく埋め尽くして未だ余る。

 地球も、他の次元世界も、彼の聖地である穢土ですら、蟲の群れが隙間なく埋め尽くして、それでもクアットロの全てを受け入れるに足りていない。

 

 正しく無限だ。増え続ける刹那に大量に殺されても、それでもすぐさま埋め尽くす。

 並行世界は愚か過去未来現在全て、遍く隙間を埋め尽くしてもそれでも余る程の無限数。

 

 一匹一匹は大した事がない。先と然程変わらない。

 だがこの数は決して滅ぼせない。それは旧き神々であっても変わらない。クアットロは殺せない。

 

 

「見ていて下さい。ドクター。貴方の最高傑作が必ずや、神殺しを果たしますっ!」

 

 

 三千世界を全て満たして、それでも足りぬ無限数の悪魔。

 完成した魔群クアットロ=ベルゼバブと言う不死不滅の怪物は、此処に勝利を宣言する。

 

 

 

 そして、クアットロが数ならば、この怪物はその真逆。

 無限数と言うその物量を、真っ向から覆せる個の極致こそナハト=ベリアル。

 

 

「が、がぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「っ! エリオっ!?」

 

 

 溢れ出す力。内から魂を切り裂かれながら、エリオは絶叫を上げて苦しみもがく。

 まるで呼吸が出来ない様に、喉を掻き毟りながらに蹲るその姿は、対立していたトーマであっても異常を感じる程の物。

 

 のたうち回る少年を無駄に苦しめながら、嗤う悪魔が浮かび上がる。

 

 

〈全ては終わる。今日この日。全てが無価値になって終わるんだ〉

 

 

 エリオの魂。彼を支える悪魔がその手で、少しずつ引き千切り潰しているのだ。

 内側から壊されて、奈落の底へと引き摺られて行く。そうして愛する子を地獄の底へと突き落とし、悪魔は此処に嗤い狂う。

 

 

安心して眠れ(クルシミモガケ)エリオ・モンディアル。お前が救いたかった者は、全て俺が救って(コワシテ)やるよ〉

 

「ナハトォォォォォォォォォッ!!」

 

 

 絶叫と共に、エリオは倒れた。その魂は細かく千切られ、奈落の底へと堕ちて行く。

 そして入れ替わる様に、表に浮かぶは無価値の悪魔。膨大な威圧を発しながらに、赤き瞳の悪魔は嗤う。

 

 

「ふふふ。お休み相棒。そしておはよう。我が反身」

 

 

 黒い二つの翼を羽搏かせ、亀裂の様な笑顔で嗤う。

 発する魔力の重圧は、先までの比ではない。どころか、トーマですら感じた事のない程に。

 

 感じる重圧。吹き付ける殺意。湧き上がる怖気と恐怖。

 ただ其処に居るだけで全てを押し潰す様な、そんな怪物が其処に居る。

 

 

「今日の凶日。この禍つ時に、出会えた宿命に、精々嘆き足掻き苦しむと良い――何もかも全て、等しく無価値だ」

 

 

 コイツは怪物だ。ナハト=ベリアルは怪物だ。

 感じる力は、記憶に薄れた覇道神にすら迫るか、或いはそれさえ超える程。

 

 間違いなく、今のナハトは最強だ。覇道神と呼んでもおかしくない程に、今のコイツは極まっている。

 単純な性能と言う面において言うならば、夜都賀波岐の両翼ですら届くまい。そう確信できる怪物だった。

 

 

「お前達は、この世界の最強種である俺が生まれた瞬間に、立ち会ってしまったのだから」

 

 

 その自負は傲慢ではない。無頼の悪魔が告げるのは、紛れもない事実である。

 無限数と対を為す圧倒的な個の質量を前にして、崩れ落ちたトーマはその顔を見上げる事すら出来なかった。

 

 

 

 

 

「これは即ち人の夢。この世界にある全ての命、全ての魂の集合体」

 

 

 此処に、スカリエッティの策は為る。

 彼の生み出した反天使は完成し、世界は奈落に堕とされた。

 

 

「無限質量と言う数の暴力。魔群クアットロは既にして、正しく不死身の怪物と成り果てた。彼女を滅ぼす術などない」

 

 

 クアットロ=ベルゼバブは滅ぼせない。

 次元世界全てを同時に消し去ったとしても、彼女は生き延びるであろう程に不死身である。

 

 単純な力ではなく、不滅の無限数と言う怪異。

 その数の暴力を前にして、この今に一体何が為せると言う。

 

 

「並みの覇道神など遥かに超える個の暴威。歴代の神々すらも超える怪物となった魔刃ナハト。単純な力量ならば、今の彼は最強の大天魔すらも超えている。そんな怪物を倒す術が何処にある」

 

 

 歴代の覇道神。第一と第二を優に超えたその性能。

 天魔・夜都賀波岐ですら切り札を切らねば、倒せない程に至ったこの怪物。

 

 絶対的な個の暴力を前にして、抗える者などミッドチルダの何処にもいない。

 

 

「以って織り成す、この地獄。これこそ私が望んだ、パラダイスロストっ!!」

 

 

 これぞ、失楽園の日。彼の描いたパラダイスロスト。

 反天使達が作り上げる阿鼻叫喚の地獄が此処に、その幕を開くのである。

 

 

「さあ、始めよう。我らを包む優しき楽園。その最期を彩ろう!」

 

 

 傲慢なる者が宣言する。ジェイル・スカリエッティは断言する。

 此処に神世の時代の終わりを、そして己の勝利が齎されるその時を。

 

 

「レェェェスト・イィィィン・ピィィィィスっ! ククク、クハハ、ハハハハハハハハハッ!!」

 

 

 次元世界全てを巻き込んで、白衣の狂人は狂った様に嗤うのだった。

 

 

 

 

 




〇覚醒反天使の戦力値。()内は神格係数。
・魔鏡アスト(30)奈落維持に力を割いているので、覚醒反天使勢だと最弱状態。
・魔群クアットロ(35)力の大半を数に分けているので、個々の力はそれ程でもない。その分殺し辛い。現在進行形で夜都賀波岐が駆除してる。けど減らない。
・魔刃ナハト(75)個体強化に全振り。元々内包するエリオが流出域に至っていた事もあって、完全に怪物化。でもマッキースマイルは勘弁な!

・スカさん(?)ナハトよりは弱い。クアットロよりは強い。その分制御は完璧とか、そんな感じ。



◇魔鏡関係の伏線一覧。

〇分かり易い物。
・傀儡ティーダさんが撃退された後、ヴィヴィオがアリサを怖がっていた点。(焼かれた感覚を共有してたので、ヴィヴィオがアリサを怖がるのは自然)
・度々あったヴィヴィオが血を舐めるシーン。変な所で出て来た事など。(実は怪しい人に声を掛けていたのは意図的。ヴィヴィオがあの場面で情報収集をしていた)
・魔鏡に火傷があると分かって、その後にヴィヴィオが怪我をしたと言う話が出た事。(背中を火傷したのはホテルアグスタの際、その傷を隠す為に自分で魔群の毒を浴びた)


〇分かるかテメェ、レベルの代物。
・ホテルアグスタでのゴグマゴグ発射の際、死んでいた筈の三提督がアリサを庇った事。
(異能者ではない彼女達が動ける筈がない。実は母を庇ったのは三提督ではなく、裏で操作していたヴィヴィオだった。因みに背中の火傷は、その時の代償)
・スカさんの遺言が、ヴィヴィオの培養槽の上にあった事。
(スカさんによって、聖王の存在自体が貶められている事の暗喩であった)


 そんな訳で、ヴィヴィオが魔鏡でした。
 カリムやウーノ? 唯のミスリードですけど何か?



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