リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

105 / 153
〇クロノ演説での反応(古代遺産管理局内にて)

管理局事務員A「なあ、クロノ局長。次元世界中に意見募集してんだけど」
管理局事務員B「管理世界だけでも百を超えるんだぜ。票の集まり具合次第だろうけど、一億越えはきっと余裕だぜ」
管理局事務員A「…………票の確認に、何日あったっけ?」
管理局事務員B「…………三日。24時間の三倍だ」
管理局事務員AB『デスマーチが始まるな(確信)』


第二十一話 選挙結果公表日

1.

 焼け落ちた法の塔。跡地は広大な荒野となって、草木一つ生えぬ地に夜風が吹き抜ける。

 震える程の寒さに満ちたこの場所で、駆け付けた蒼銀と迎え撃つ黒紅は刃を交わす。甲高い音が響いて、押し負けたトーマは舌打ちと共に後方へと跳躍した。

 

 まるで獣の様に、四肢の内の三本を使って大地に着地するトーマ・ナカジマ。

 蒼銀の輝きを纏う少年は悪鬼の如き形相で、悠然と佇む悪魔の姿を睨み付ける。

 

 

「エリオ」

 

 

 憎悪に純化したトーマは、その一心でエリオの名を口にする。

 内に咲く白百合は必死に言葉を投げ掛けるが、殺意を込めて処刑の刃を握り絞めるトーマには全く届かない。

 

 許せない。認めない。お前だけは殺してやる。

 この今に出来る思考などはそれ一つ。目指した夢すら忘れ果て、如何に殺すかと執着する。

 

 憎悪に純化するとはそういう事だ。それしか出来ぬしそれしか為せぬ。

 どれ程上手く取り繕っても、その本質は淀んだ黒の単一色。トーマ・ナカジマはこの今に、瞳に映る宿敵の事しか思えないのだ。

 

 

「……良い表情をする様になったじゃないか。そうさ、それで良い」

 

 

 対するエリオは何処までも、余裕の体で嗤っている。

 黒き鎧を纏った赤はこの今に平静を偽って、だがその実はトーマに近い程に染まっている。

 

 共鳴するとはそういう事だ。憎悪に純化した対に影響されて、その心もまた憎悪に染まる。

 何の為に剣を執ったか、その理由すら色褪せる。何を救いたいと願っていたのか、その望みすらも擦れていく。反する様に、憎悪が流れ込んで燃え上がる。

 

 大丈夫。まだ忘れてはいない。色褪せているが覚えている。

 大丈夫。まだ何を救いたいのか願えている。掠れていくが望んでいるのだ。

 

 だから、まだ大丈夫だから――少しでも強くコイツを苦しめたい。

 

 憎悪の衝動に犯されながら、堕ちた天使は暗く嗤う。

 そうしてエリオは手にした物を無造作に、トーマに向かって放り投げた。

 

 

「そんな君に冥土の土産だ。態々焼かずに遺した物だよ。喜んで受け取ると良い」

 

 

 ゴミを投げ捨てる様な気安さで、空を舞うのは二つの首だ。

 地面に落ちて転がる頭部が見知った人の物だと理解して、その顔に刻まれた苦悶の表情が憎悪をより強く引き立てる。

 

 

「レジアス、さん。オーリス、さん。……お、ま、えぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

「ははは、ははははははははっ!」

 

 

 また奪ったな。また奪ったんだな。溢れ出す程に、憤怒と憎悪と殺意が膨れ上がる。

 負の感情の津波に流され一段深く堕ちた姿に、エリオは愉しさを堪えられずに嗤っていた。

 

 

「知っていたとも、見ていたとも、大切なんだろ? 家族だろう?」

 

 

 この今にも続く憎悪の肥大化は、最早誰にも止められない。

 憎んだから憎まれて、憎まれたから憎んで、憎いから殺して、殺したから悪意を返して、負の連鎖は何処までも続く。

 

 そうともこの衝動は止められない。引き金を引いたエリオすらも止まれない。

 コイツが余りに憎いから、彼が苦しむ事ならどんなに些細な物事であっても、行う事を止められないのだ。

 

 だから、そう。これもまた悪意の言葉。

 

 

「墓を掘る時間くらいは待ってあげても良いんだが……さあ、どうするんだい?」

 

 

 家族の墓を掘って来なよと、嗤いながらに見下し告げる悪魔の王。

 その悪意に満ちた発言に爆発する様に、嵐の如き激情に支配されたトーマは叫んだ。

 

 

「エリオォォォォォォッ!!」

 

 

 刃を構え、憎悪を叫び、女の声を全て無視して、トーマはエリオに切り掛かる。

 それをエリオは笑みと共に片手で迎えうって、その異様な重さに顔を顰めて一歩を引いた。

 

 

「ちっ」

 

 

 磨かれている。鋭くなっている。流れ込む激情と共に経験すらも共有するのか、速度も威力も先の比にすらなりはしない。

 舌打ちと共にエリオは一歩を退いて、そんな彼へと追撃の姿勢を見せるトーマ。その攻勢は怒涛の如く、獣の速度で敵を襲う。

 

 共鳴現象。一瞬で宿敵と同等以上に成りあがったトーマの速度に、しかしエリオとて押し遣られるだけではない。

 これは共鳴現象なのだ。強くなるのは一人に非ず、敵が強くなったのならば己は更にそれを超える。故に退いたのは一歩であって、直ぐに攻勢は入れ替わる。

 

 

「はぁっ!!」

 

「――っ! あぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 裂帛の気迫と共に、笑みを浮かべたエリオが放つは雷光紫電。

 対するトーマはその身を傷付けられながら、それでも我が身に頓着すらせず攻めの一手を揺るがせない。

 

 悪鬼の如き形相に、愚直な攻め方は醜い獣の如くして、その内面と同じく色の劣化を思わせる。

 心は何処までも堕ちて行き、理想は泥に塗れて穢し堕とされ、目指すと決めた夢すら忘れた。そんな有り様でありながら、唯只管に強くなる。

 

 堕ちているのに昇っている。昇っているのに堕ちて行く。

 頂きを目指す登山ではなく、山頂から落下するかの様に、その速度は止まらない。だがやはり、彼らの格は高まっている。

 

 心は堕ちて行くのに、その魂は練磨されているのだ。

 渇望も願いも歪み果てていくのに、互いの力は無限に高まり続けるのだ。

 

 敵が強くなった。だから敵より強くなる。その度に心を暗く歪めて、より存在を純化させる。

 純化しながら高まり堕ちる互いの最期は、きっとどうしようもなく救いがない。この果てに至れば最後、碌でもない結果しか待っていない。

 

 だけど、もう止まる事など出来はしない。

 

 

「エリオォォォォォォォッ!!」

 

「くく、くははっ! トォォォォマァァァァァッ!!」

 

 

 果てに待つは唯一つ、どちらが勝っても変わらない。

 流れ出すだろう。果てに至れば、必ずや流れ出すだろう。だが、其処に望んだ世界などありはしない。

 

 高まり続けたその先に、悪意を向ける宿敵を失えば結果は一つだ。

 溢れ出した憎悪は向ける先を見失い、無限に高まり続ける力は必ず暴走する。

 滅侭滅相。己で制御できない程に肥大化した憎悪と力を以って、眼に映る全てを壊し続ける邪神となるのだ。

 

 

 

 無限強化と抑えきれない憎悪の果てに、自滅が待ち受ける怪物と成り果てる。

 旧き世界を滅ぼした大悪と似て非なる者へと至る悪意の連鎖。これこそ正しく狂気であった。

 

 

 

 

 

2.

 そして夜は明ける。隊舎から一歩を踏み出した制服姿の青年は、コートを靡かせながら一路目指す。

 一歩一歩と踏み締める歩に万感の想いを抱きながらに、目指すは湾岸区画を埋め立てて作った訓練場。

 

 

(僕らの目指した解答は遠い。那由他の果てより尚遠い。これはきっと、小さな一歩にもならないんだろう)

 

 

 思うのは、この先に待つ選挙公報。そしてそれが生み出す、ほんの僅かな変化の兆し。

 

 人類を解脱させる。そんな夢を見た。余りに遠く、見果てぬ先を夢に見た。

 叶う筈がない。届く理由がない。きっと何処かで道は途切れて、何も為せずに終わるであろう。

 

 それが道理で、それが必然で、ならばこの進む歩に意味などないか?

 いいや、きっと無意味じゃない。果てに何もないとしても、歩いた道は無意味じゃないのだ。

 

 

(エイミィ)

 

 

 愛した女を想う。嘗て愛して、今も愛する女を想う。

 余りに長き時が過ぎて、それでも帰りたいと願うその腕の中へと。

 

 逝く前に、為さねばならぬ事がある。

 この道が無意味でないと信じるなら、為さねばならぬ事がある。

 

 

(答えを示そう。答えを示せる、土壌を作ろう。この今に人の総意を、束ねて答えと此処に示そう)

 

 

 今の世に生きる人らに、答えを問おう。古き世の彼らに、それを答えと示そう。

 奪って行った彼らの存在を憎悪しながらに、ああだけど奪われたからに殺し奪うは違うと既に知っている。

 

 そうとも、同じ形では意味がない。遺された者は変わっていくのだと、確かに意志の形を示そう。

 

 

「そうとも、出すべき答えは、新世界がどうだとか、この今にある終焉をどうするかとか、そんな単純な答えじゃない」

 

 

 神座の交代。そんな物は、極論言えばどうでも良い。

 この今に迫った世界の危機に対して、クロノ・ハラオウンの思考などは決まっている。

 

 

「僕らは何だ。管理局員だ。僕らの役は何だ。決まっている」

 

 

 それはきっと、仲間たちとは違う結論。何処までも守護者に過ぎないこの青年が、己で決めた守護の対象。

 

 

「牙なき人の牙となり、盾なき人の盾となる。それが僕の解答で、きっとその点では、高町達とは少しずれているんだろうさ」

 

 

 クロノ・ハラオウンは、管理局員なのだ。世界を先導する指導者でもなければ、新世界を生み出す神でもない。あくまでも、管理局員に過ぎないのだ。

 

 

「魔刃の作る新世界でも良い。最高評議会が作り出す世界でも良い。それが皆の答えなら、不満はあっても認めよう。無念であっても、僕は確かに受け入れよう」

 

 

 最後に夢見る世界は、仲間と同じく人類解脱。だが其処にはいけないと、冷静に判断してしまう。

 だが変わる夢など見れよう筈もない。ならばそう、そんな人間に他者の必死な願いを否定する権利などありはしない。

 

 光に目を焼かれて理想しか見えない青年に、出来る事など一つだけ――守るのだ。誰かが焦がれたその願いを、支え守り代弁する事こそが我が役割。

 

 

「僕が決める事じゃない。誰かが決める事じゃない。大切なのは、誰もが向き合う意志を見せる事」

 

 

 個の願いではなく、皆の願いを。個の祈りではなく、皆の祈りを。

 それがどんな形になったとしても、誰かに操られていない本気の意志なら肯定しよう。

 

 大切なのは、その意志の発露だと知っているから。

 

 

「そして皆が抱いたその意志を、戦う力がない人の代わりに死力を賭して守り抜く。それが僕の解答で、そして僕の誇りであるんだ」

 

 

 短期の地獄を齎す法則すらも、皆が望むなら良しとする。誰もが苦しむ世界と知っても、皆が求めるならば必死で支える。

 生み出した先に何度後悔する結果となったとしても、後悔する度に己の全力で改善して行けば良い。其処に至る迄、其処に至った後も、守り支える事こそクロノの願い。

 

 相容れないと言う程ではないが、六課の中でも異端の思考。

 同じ経験を積んで来た仲間内でもこうなのだから、全ての意志を一つにする事など不可能だろう。

 

 

「さあ、始めよう。ミッドチルダを、今の世界を一つに束ねよう。そして、其処から一歩を踏み出そう」

 

 

 そうと分かって、それでもクロノは意志を一つに束ねると口にする。

 目指すべき場所が一緒ならば共に歩む事は出来ると知っているから、この今にある最大多数を此処に示すのだ。

 

 

 

 訓練場のシミュレータ装置を利用して再現された巨大な会場。壇上に続く階段を、クロノは一歩一歩と登っていく。

 青を基調とした六課の制服に身を包み、将校用のコートを風に靡かせて、壇上の中心で立ち止まったクロノは大きな身振りと共に振り返る。

 

 

「諸君。次元世界に生きる諸君。この今に、我らの総意を示す時が来た!」

 

 

 振り返った彼に向かって、一斉に向けられるサーチャー群。

 危険が予想されるからと立ち入り禁止された取材陣に変わって、それがクロノの言葉を世界全てに伝える装置。

 

 全貌が見渡せる様に配置された無数のサーチャーに映る様に、クロノの背に巨大なモニタが表示される。

 映し出される文字とグラフは、先の選挙によって寄せられた言葉と意見を纏めた物。百を超える次元世界の意志。その総数は即ち――。

 

 

「投票者数5950億6325万2256名。受け取った諸君らの意志を、此処に開示する!」

 

 

 投票率は85%。内有効票は72.3%。百を超える次元世界の多くが此処に、その声を届かせてくれた。

 この結果に、万感の想いを感じている。これだけの意志を示してくれたと言う事実に、クロノは例えようがない程に感動している。

 

 その全ては好意ではなかった。その全てが賛同ではなかった。

 それでも多くの意志が生まれたという事実が、果ての見えない理想に一歩近付けたと感じて嬉しいのだ。

 

 だからその声に答える様にと、最大多数の意見を此処にクロノは代弁する。

 

 

「最高評議会の功罪。その功績は見事であり、情勢の厳しさには酌量の余地はある。だがしかし、犯した罪は罪である! 故に裁かれよ! 故に生きて、贖罪せよ! それが皆の意志である!」

 

 

 人の総意が求めた結果は、即ち最高評議会の捕縛と解体。

 犯した悪に対する殺人と言う罰ではない。為した罪を贖う事を、人々は此処に求めたのだ。

 

 

「我ら古代遺産管理局は、その意志を受け此処に行動に移る! グラシア枢機卿!」

 

 

 故にクロノは動き出す。その求めに応える為に、此処には居ない女の名を呼んだ。

 

 通信機越しに求めを聞いたカリムは、クロノに首を上下させて頷きを返す。

 そして彼女が口に出して発動するのは、唯三度のみ許された権限の残る最後の一つである。

 

 

限定(リミット)解除(リリース)!〉

 

 

 その瞬間に、その時を待っていた彼女達が動き出す。

 アリサ・バニングスが、ゼスト・グランガイツが、メガーヌ・グランガイツが、そして高町なのはが、此処に全ての制限から解き放たれた。

 

 

全力全開(フルドライブ)!』

 

 

 全力を振り絞り、敵施設へと突入していく四人の姿。

 それに続く様に、縛られていない二人――ユーノ・スクライアとシャッハ・ヌエラも戦場へと駆ける。

 

 彼らもまた、幾つもの焦燥を抱えている。

 昨晩遅くに起きた地上本部の壊滅に、何も思わない筈がない。

 

 だからこそ、少しでも早く己の役を果たすのだ。

 

 

「此処に、ミッドチルダに潜み続けた者らを討つ! 悪を憎み討つのではなく、罪を贖わせ先に進む為に!!」

 

 

 此処に、人の意志は一つになった。ならば残るは、彼らに課された役割だ。

 最高評議会を打倒し、反天使を打ち破り、そしてその果てに穢土・夜都賀波岐を目指すのだ。

 

 これはその為の第一歩。今を変える為の、小さくも重要な一歩であった。

 

 

 

 故に、その女もそれを見ていた。

 

 

「うふふ。み~んな熱狂しちゃってまぁ、今こそ絶好の機会よねぇぇぇ」

 

 

 英雄(クロノ)の言葉に浮かされて、ミッドチルダは熱狂に包まれている。

 この今に何かが変わるのだと、誰もがそんな期待と希望を胸に抱いている。

 

 その穢れなき瞳。醜悪であっても、美しい世界で生きた幸福な人々の姿。

 其処にどうしようもない程に、苛立ちを感じている。嫉妬と八つ当たりと分かって、クアットロはそれを許容する事が出来ない。

 

 故にその希望を砕こう。糞尿を塗りたくって、絶望と変わらぬ色にしてやろう。

 クアットロ=ベルゼバブは暗い情念のままに嗤って、蟲の擬態を作り変えた。

 

 

「潰してあげるわ。皆の前で。誰もに見られながら、無様な最期を迎えましょう」

 

 

 白衣を纏った茶髪の女。蟲で作った擬態の右手が、肩から蠢き形を変える。

 黒光りする鋼鉄の如き大筒は、魔群が誇る最高火力を最大出力にて放つ形態だ。

 

 

「アクセス――我がシン」

 

 

 そして、門が開く。その銃口の奥深くに、奈落へと繋がる門が開く。

 

 

「イザヘル・アヴォン・アヴォタヴ・エル・アドナイ・ヴェハタット・イモー・アルティマフ・イフユー・ネゲッド・アドナイ・タミード・ヴェヤフレット・メエレツ・ズィフラム」

 

 

 生み出す罪は暴食。与える結果は殺戮。砲門が捉えた先にあるのは、機動六課の隊舎全域。

 

 

「おお、グロオリア。我らいざ征き征きて王冠の座へ駆け上がり、愚昧な神を引きずり下ろさん。主が彼の父祖の悪をお忘れにならぬように。母の罪も消されることのないように」

 

 

 刺刺しい漆黒の片翼で空に浮かぶクアットロは、その内面の醜悪さが滲み出ている笑顔で嗤う。

 

 

「その悪と罪は常に主の御前に留められ、その名は地上から断たれるように。彼は慈しみの業を行うことを心に留めず、貧しく乏しい人々、心の挫けた人々を死に追いやった」

 

 

 ああ、死ぬな。もう死ぬぞ。人々の前で希望は滅び、誰もが恐怖の中へと沈む。

 防げるものか。躱せるものか。魔群が放つ全力全開。これこそ最大出力なのだから、今のクロノには耐えられない。

 

 

「彼は呪うことを好んだのだから、呪いは彼自身に返るように。祝福することを望まなかったのだから、祝福は彼を遠ざかるように。呪いを衣として身に纏え。呪いが水のように腑へ、油のように骨髄へ、纏いし呪いは、汝を縊る帯となれ」

 

 

 集束する。無数の蟲が収束し、此処に奈落の毒は偽神の牙へと姿を変える。

 

 

「ゾット・ペウラット・ソテナイ・メエット・アドナイ・ヴェハドヴェリーム・ラア・アル・ナフシー」

 

 

 そして女の半身を侵す異形の銃口から、破滅の光は放たれた。

 

 

「レェェェストイィィィンピィィィィッス!!」

 

 

 大陸一つを消し去る威力のゴグマゴグ。完全詠唱と共に放たれるそれは、今度はロストロギアでも防げない。

 原爆よりも上なのだ。赤騎士よりも遥かに破壊力は大きいのだ。災厄級のロストロギアですら、真っ向から打ち合えば壊されるのだ。

 

 それ程の破壊。それだけの力の渦。降り注ぐそれを感知して、クロノは黙って空を見上げる。

 その表情に動揺はない。浮かべる余裕は揺らがない。分かっていたのだ。理解していた。必ず来ると、ならば対処は完璧だ。

 

 

「吐菩加身依美多女――祓い給え清め給え――多層結界“疑似・寒言神尊利根陀見”展開っ!!」

 

 

 アグスタの二の舞などさせはしない。展開された大規模障壁は、唯の魔法などではない。

 御門一門に幽閉されていた彼が、その優れた知能で受け継いだ古き知恵。陰陽術と魔法の合一が生み出したのは、膨大な密度の三層結界。

 

 嘗て神座世界には、陰陽術の極みと言える男が居た。

 星を一つ焼き尽すであろう母禮の一撃。それを次元断層を作り出す事で受け切った摩多羅夜行と言う男が居たのだ。

 

 クロノが生み出した三層結界は、魔法と陰陽術を用いたその再現。

 神の一撃を完全に防ぎ切るには足りずとも、魔群の攻勢を防ぎ切るには十分過ぎる物である。

 

 

(防がれたっ!? だけど、まだ優位はこっちに――)

 

 

 偽神の牙が防がれた。最大出力の攻略に、クアットロは表情を引き攣らせる。

 だがしかし、まだ敗れた訳ではない。一撃を防がれた程度で、距離は未だ大きく開いている。

 

 一度で通らぬならば二度、三度。あの結界が潰れる迄続ければ良いのだ。

 そう思考を改めたクアットロは次弾を放つ為に魔力を高め――その隙をクロノ・ハラオウンは見逃さない。

 

 

「数値を逆算。方向を予測。……其処か、万象掌握っ!!」

 

「っ!?」

 

 

 捕らえたと、クロノは会心の笑みを浮かべる。

 何故捕らえられたのだと、クアットロは困惑を顔に張り付ける。

 

 万象掌握によって強制転移させられたクアットロは、其処で万物の流転を見た。

 

 

万物は流転する(ΤΑ ΠΑΝΤΑ ΡΕΙ)

 

 

 轟と吹き荒れる魔力の竜巻。上昇気流とダウンバーストの無限螺旋。

 吹き荒れる自然の猛威に身体を引き千切られながら、クアットロの思考は混乱の極みにあった。

 

 

(何故!? 何故!? 何故!?)

 

 

 万象掌握。それは影響下にある対象を、支配し転移させる歪みである。

 その性質上格上相手には決して通じず、所か同格相手でも直接効果は発生しない。

 

 牽制に使いながらに、周囲の物や仲間を転移させる。

 戦域を支配する歪みであって、それ単独で敵を倒せる様な力ではない。

 

 だと言うのに――

 

 

(何故、私が、魔群がっ、抵抗すら出来ずに支配されているっ!?)

 

 

 魔群が転移させられた。世界中に散らばっていた保険も含めて、全ての蟲がクロノの前に集められた。

 その事実に恐怖を抱きながらも、何故そうなったのかと思考する。そうしてクアットロは、その事実に気付いた。

 

 クロノ・ハラオウンは、管理局の制服を着ていた。

 詰まりはそう。己の力を抑え付けて制御していた御門の拘束具を、彼は脱ぎ捨てていたのである。

 

 

「歪みの制御を、捨てたと言うのっ!?」

 

「……今回は、僕も全力を出すと言うだけの話だ」

 

 

 驚愕に引き攣りながら、風に蹂躙されるクアットロ。

 その無数の蟲を見下しながらに語るクロノの、唇からは血が一筋流れ落ちる。

 

 一体どれ程に、その内側は荒らされているのであろうか。

 自分の力に汚染されながらに、それでもクロノは全力を発揮すると決めた。

 

 故に此処に、この結果が生まれたのだ。

 

 

「だとしても、あり得ないっ!! この私を一方的に、同格相手にその力が通る筈が――!?」

 

「群体全部纏めて拾相当のお前と、個人の力量だけで拾相当の僕。それがどうして、同等と言える?」

 

 

 それが真実。魔群クアットロは、その膨大な数の全てを集めて漸く準・神格域だ。

 対してクロノは唯一人でその領域に居る。ならば小さき欠片を一つずつ、支配して転移させるのは簡単だ。

 

 如何に魔群が強大であれ、それを構成する虫の一匹一匹はクロノよりも弱いのだから。

 

 

(――っ!! 不味い不味い不味い不味い!?)

 

「親友曰く、僕の歪みは格下殺しだ。……その真価、精々味わって逝け」

 

 

 逃げようとして、だがもう逃走すらも叶わない。

 肉片一つに至る迄も支配された群体は、最早自由にすらも動けない。

 

 そんな女を風で縛って、そしてクロノは印を切る。

 不死身を気取るこの魔群を此処に、完膚なきまでに潰す為に。

 

 

「計斗・天墜――凶の果てに潰れて消えろ。クアットロ」

 

 

 訓練施設に星が落ちる。激しい揺れと轟音が、大地に巨大な破壊を残す。

 クアットロ・ベルゼバブは其処から逃れる事も出来ずに、破壊の凶星に押し潰された。

 

 

 

 

 

3.

「トーマ! トーマ!」

 

 

 何度、その名を呼んだであろうか。

 もう何度呼んだのか分からぬ程に、声が枯れ果てる程に呼び止めて、それでも言葉は返らない。

 

 声は届かない。言葉は届かない。想いは決して伝わらない。

 そうと分かって、そうと理解して、それでも白百合は呼び掛け続ける。

 

 

「トーマ! それじゃあ駄目っ! 止まって、トーマっ!」

 

 

 あの日は止められなかった。地獄が一番近い日に、何度声を掛けても無駄だった。

 嘗てに救いとなったのは、愛しい彼の先生だった。自分には無理なのだと、あの日に確かに理解した。

 

 だが此処に、彼の教師は居ない。そしてこの今に、彼を放っておいてはいけないと感じている。

 この先には救いがない。憎悪だけに染まっていって、夢さえ忘れてしまっては救いがない。どうしようもない終わりが待っている。

 

 滅侭滅相。その意志が生まれ始めている。許せない宿敵の存在を、許容する世界が許せないのだと。

 憎悪による存在の共鳴が、その力の無限強化を齎している。憎んだから強くなり、憎まれたから強くなり、際限なく強くなり続けている。

 

 その果てに至った時、生まれるモノは唯一つ。無限の力を以って、世界全てを滅ぼす邪悪だ。

 トーマが勝てば、彼はエリオを取り込むのだ。内にあるモノに向ける憎悪は極大までに膨れ上がり、彼は第二の波旬と成り果てる。

 

 

「トーマ!!」

 

 

 止めねばならない。それだけは、絶対に止めなくてはならない。

 止められるのはリリィだけで、此処に居るのは白百合だけで、なのに彼女の声は届かない。

 

 

「エリオォォォォォォォッ!!」

 

「トォォォマァァァァァッ!!」

 

 

 宿敵しか見えない。互いだけしか思えない。純化するとはそういう事だ。

 今のトーマにとって、エリオ以外の声など雑音でしかない。それは対となるエリオも同じ事、既にトーマの事しか考えられない。

 

 皆が幸福に生きれる世界を、そんな追いかけていた夢を忘れた。

 救われぬ人にこそ救いの手を、そんな目指していた天を忘れた。

 

 夢も祈りも渇望も、全てが憎悪に染まっていく。

 そんな渦中にあればこそ、乙女の声が届く筈がないのである。

 

 

「トーマ! トーマ! トーマ!」

 

 

 それでも呼び掛けるしか出来ない。声が枯れ果てても、止める訳にはいかない。

 

 そうして既に、一晩が明けていた。

 

 もう一夜に渡って少年達は殺し合いを続けていて、彼らは止まる素振りも見せない。

 もう一晩に渡って声を投げ掛け続けたのに、それでもリリィの言葉を届かないのだ。

 

 

『お前だけはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

 

 身体が疲弊するよりも、強くなる速度の方が速い。

 闘志が萎えるよりも尚、憎悪が増す速度の方が速い。

 

 一晩と言う時間も、結局火に油を注ぐだけ。

 冷静になる事も出来ずに、堕ち続ける二人は最早止まれない。

 

 戦き叫び震えて堕ちろ。今こそ正しく怒りの日。

 高まり続ける力の桁が神のそれを超えて、世界に穴を開く瞬間も最早遠くはないのである。

 

 

「トーマっ!!」

 

 

 届かないと知って、それでも言葉を掛け続ける。涙を流す程に強く、心に想って言葉を紡ぐ。必死にそれだけを、彼女は強く続けていた。

 

 

「――っ」

 

 

 その想いが漸く通じたのか、トーマの腕が微かに鈍る。

 必死に呼び掛け続けたリリィの叫びは此処に届いて、僅かな反応が其処に生まれる。

 

 どうにかなるかもしれない。どうにか出来るかも知れない。

 そんなリリィの願いと希望。僅かに生まれた変化はしかし――

 

 

「邪魔をするなぁぁぁっ! 雑音がぁぁぁぁぁ(リリィィィィィィ)っ!!」

 

 

 返って来たのは拒絶の言葉。その声は意志を伴って、リリィの存在を弾き出す。

 高まり続ける力は既に白百合の助けなど要らない程に、なればこれは最早雑音にしか過ぎぬのだ。

 

 必死に言葉を続けるリリィは、トーマに拒絶されて追いやられていく。彼の心の片隅へと、押し込める様に追い出される。

 

 

「トーマ」

 

 

 涙と共に縋る言葉に、しかし何も返らない。

 少年たちは悪鬼の如き笑みを浮かべたままに、血塗られた闘争を続けるのだった。

 

 

 

 

 

 そして白百合は、只管に心の中を堕ちていく。

 奥へ奥へ奥へ、要らない物を閉まって置く場所へと堕ちていく。

 

 辿り着いた場所は夕陽の砂浜。黄昏色に染まった波打ち際で、リリィは一人膝を折る。

 

 

「トーマ」

 

 

 零れる名前は彼の物。落ちる滴は瞳から、唯々全てが悲しくある。

 こんなにも拒絶されて、それでも愛しいと想えている。大切なればこそ、彼に救いがないのが悲しいのだ。

 

 だけどもう届かない。傍に居る事すら出来ない。

 全てが破局するその瞬間を、この世界で見詰める事しか出来ないのか。

 

 涙が零れる。滂沱の如く零れ続ける。

 彼が救われない現実が、唯只管に悲しくあった。

 

 

「どうか泣かないで欲しい。花よ」

 

 

 涙に暮れる少女の前に、一つの影が姿を見せる。

 薄汚れた布一枚で姿を見せたその蛇は、彼にしては珍しい感情を見せている。

 

 

「……カリオストロ」

 

 

 何故だろうか、この男を知らないのに知っている。

 訳が分からぬ感情に、白百合は瞳を揺らしながらにその名を呼ぶ。

 

 呼ばれた男は何処か悲しげに微笑んで、彼女の前に跪いた。

 

 

「偽りの女神よ。美しき造花よ。君に涙は似合わない」

 

 

 疲れ果てた容貌の男の指先が、頬を零れ落ちる涙を拭う。

 その手が触れた瞬間に、何かが欠落した。そう感じたリリィは、その男の名前を忘れた。

 

 

「……貴方、誰ですか?」

 

 

 知っていた筈の記憶を失い、誰だか分からない男を見上げる。

 薄くぼやけたその姿は何一つとして理解出来ないが、これが良いモノとは思えない。

 

 だが、されど――必ずしも悪いモノだとも思えなかった。

 

 

「私の正体。私が何者か。サンジェルマン、パラケルスス、トリスメギストス、カリオストロ、カール・エルンスト・クラフト。どれも皆、私を指す名であるが此処は敢えてこの名を名乗ろう」

 

 

 見上げる白百合の姿に、水銀の蛇は言葉を返す。

 先に見せた僅かな感情は既に隠れて、此処に見せるのは嘗ての神としての姿である。

 

 

「私の名はメルクリウス。嘗て神座世界を支配した、第四の蛇の残滓である」

 

「メルクリウス」

 

 

 既に彼女の色を抜いた造花に、名乗る名前はこれが相応しい。

 そう名を告げたメルクリウスに、リリィはその名を鸚鵡返しに口にした。

 

 

「一つ問おう。偽りであれ、しかし美しい花よ」

 

 

 そんな彼女に問い掛ける。この今に問い掛ける言葉は、厳しい現実に基づいた冷酷な物。

 

 

「君の全ては偽物から始まった。その身は私の愛しい女神の影。全てが彼女の模造品でしかない」

 

 

 リリィ・シュトロゼックは偽物だ。嘗ての女神。その欠片から作られた造花である。

 その身にあったのは全て偽り。彼女の魂にまで焼き付いた記憶を、写し取って生まれただけの代物だ。

 

 だからこそこの今に、その色を失くしたからこそ問い掛ける。

 内にあった物を全て抜かれて、後に何も残っていないからこそ、水銀の蛇は問い掛けるのだ。

 

 

「そうと理解して、それを失った今となっても――君は彼を愛せるのかな?」

 

 

 トーマ・ナカジマを愛せるか。それは本当に愛だったのか。

 

 

「……私は」

 

 

 問い掛ける声に、リリィは思考する。激しい程の執着は、最早彼女の中にはなかった。

 それも当然だ。彼女の想いは偽りから始まった。刹那を愛した黄昏の模造だからこそ、刹那の転生体に惹かれたのだ。

 

 だから、それを失くした今に答えなんて決まっている。

 リリィ・シュトロゼックはメルクリウスの瞳を見詰めて、彼女の意志を此処に示した。

 

 

「トーマが好き」

 

 

 激しい執着はない。燃え上がる様な恋情はない。既に彼を愛した女神の想いは、この少女の中にはない。

 それでもあった。その恋情に比べれば遥かにちっぽけな想いでも、確かに変わらぬ暖かな物が胸にはあったのだ。

 

 

「始まりが偽物だったとしても、此処に在る想いは本物だから――」

 

 

 始まりは偽物だった。作られたばかりの無色な花は、黄昏の想いに釣られて彼を見た。

 見詰め続けた理由はそれだ。彼女の愛した男の果てを、彼女の模倣だから愛していた。

 

 だけど、今はそれだけじゃない。最初はそれだけでも、共に過ごした日々は無価値じゃない。

 共に笑い合う笑顔が好きだ。彼が零す涙が悲しい。見せる様々な表情に、どうしようもなく胸が締め付けられてしまう。

 

 だから、結論なんてそれだけだ。

 

 

(リリィ)(トーマ)が好きなんだ」

 

 

 リリィは確かに微笑んで、見詰める蛇を見返し告げる。

 その蒼い瞳に映る造花の少女は、偽りであっても確かに美しく咲いていた。

 

 

「結構。ならばその想い、忘れずに胸に刻み給え」

 

 

 蛇は少女の強い言葉に、満足気に言葉を返す。

 その想いを忘れるなと、そう口にしたメルクリウスは一つの場所を指で指す。

 

 それは黄昏の浜辺の先、この情景に似つかわしくない、そんな景色が続く場所。

 

 

「助けたいのだろう? 救いたいのだろう? 愛しい人を。ならば君には、会わねばならぬ者が居る」

 

 

 釣られてリリィも先を見る。見詰める先にある光景を、彼女は確かに知っていた。

 クラナガンの街並み。少年の心にあるその景色は間違いなく、彼が育った世界と同じ形をしていたのだ。

 

 

「愛する事。その感情を忘れずに、そこに居る男と言葉を交わしたならば――きっと、君の想いは届くだろう」

 

 

 救える可能性は其処にある。彼の想いを受け取った後に、ならばきっと届く筈。

 

 

「行きたまえ、リリィ・シュトロゼック。美しき造花よ。あの男が君を待っている」

 

 

 故に愛しているのなら、其処へ向かえと蛇は語る。

 リリィに逡巡も戸惑いもありはしない。彼の言葉に頷くと、黄昏色のクラナガンに向かって歩を踏み出す。

 

 その途中。

 

 

「ありがとうございます。メルクリウスさん」

 

 

 一度振り返って、深々とお辞儀をする。

 そうして踵を返した白百合は、今度は振り返らずに走り出した。

 

 

 

 その小さな背中を、メルクリウスは美しい芸術を見る様な瞳で見詰める。

 

 

「愛しい女神の、精巧な模造品。絵画や彫刻と同じ様に、素晴らしいし感動するがそれだけの物」

 

 

 彼にとってリリィとは、路傍の石ではないが大切と言う程の物でもない。

 しいて言うならば、愛しい女神を題材とした芸術作品。彼女を描いた絵画や彫刻。その程度にしか見ていない。

 

 素直に美しいと褒め称えよう。その出来の良さ故に、残して置きたいとも思うだろう。

 だが其処に感じる情はあくまで器物に対するそれだ。素晴らしい絵画を飾り褒める事はあっても、それ以上の価値などは感じまい。

 

 それが、これまでの少女への評価。だが少しだけ、この邂逅で評価が変わった。

 

 

「そんな少女が、自分を得た。確かに己と誇れる想いを、此処で私に魅せたのだ」

 

 

 生まれたばかりの小さな魂は、美しい器に相応しく美しい物だった。

 だからこそ、惜しいと想った。故にこそ、彼は此処に助力をするのだ。

 

 

「なればこそ、此処で潰えるのは余りに惜しい。故にこれが、私の最後の助力だ。トーマ・ナカジマ」

 

 

 リリィ・シュトロゼックは、この黄昏の浜辺で一つの想いを知る。

 そして示す答えを得た彼女を、彼の下へと送り返すのがメルクリウスの最後の助力。

 

 彼が最初に定めた三つ。祝福と忠告と助力は、これで全てが終わるのだ。

 

 

「残る役は最早なし、ならば後は見届けよう」

 

 

 故に残るのは、唯の観客となった神の残骸。

 最早役割を失った蛇の成れの果ては、何が起きようと全てを見届けるであろう。

 

 

「君が波旬と同じモノに堕ちるか。君が我が子へと戻るのか。或いは――新たな道を拓くのか」

 

 

 その舞台劇が喝采で終わる様にと、そんな風に願いながら。

 水銀の蛇は誰もいなくなった浜辺に一人、その背を見送り続けるのであった。

 

 

 

 

 

 そして、少女は其処で男に出会う。

 黄昏色のクラナガンを、見下ろす丘に彼は居た。

 

 

「貴方は」

 

 

 煙草を口に咥えた白髪の男。直接面識はなかったが、彼を通じて確かに知っている人物。

 美しい黄昏色の街並みを見下す男は、消えかけた半身を引き摺りながらに振り返ると、野太い笑みを浮かべて口にした。

 

 

「よう。初めましてだな。嬢ちゃん」

 

「……ゲンヤ、さん」

 

 

 リリィ・シュトロゼックは此処で、ゲンヤ・ナカジマに出会う。

 この出会いが一体何を齎すのか、今は未だ分からない。それで救いとなるのだと、決まっている訳ではない。

 

 

 

 奈落の訪れはもう避けられない。

 だが、それでも――奈落を抜けたその先にまで、救いがないとは限らない。

 

 故にこの出会いはきっと無価値ではない。確かな何かを遺すであろう。

 

 

 

 

 




〇もしかしたら、あり得たかも知れない幕間の出来事。

エリオ「墓を掘る時間くらいは待ってあげても良いんだが……さあ、どうするんだい?」
トーマ「エリオォォォォォォッ!! 墓掘って納骨するからお前も手伝えぇぇっ!!」
エリオ「ふぁっ!?」

二人揃ってお墓作りを終えた後、線香あげてから場所を移して殺し合いを再開した様です。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。