リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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予言は成就する。世界が奈落となる事は、もう避けられない。


第二十話 奈落への時数え

1.

 反天使の襲撃から、一晩が明けた機動六課隊舎。激闘の痕が色濃く残る正面玄関入口ゲートに、一人の女性が足を運んでいた。

 黒を基調とした修道服に身を包み、上品さを感じさせる所作で歩を進める金髪の女性。共として付き従う騎士らを先導し、勝手知ったるとばかりに女性は歩き続ける。

 

 

「カリム」

 

 

 聖王教会の枢機卿にして、次元管理局の提督位。そして機動六課の後援者でもある女性。

 そんな彼女の突然の訪問と言う知らせを受け、慌てて駆け付けた長髪の男性はその名を呼んだ。

 

 

「ロッサ。どうしたのですか? そんなに慌てて」

 

「どうしたはこっちの台詞だよ。教会の騎士まで連れて、突然どうしたのさ?」

 

 

 十数人の精鋭集団。陸戦ならばオーバーSにも迫る騎士団の姿に、ヴェロッサ・アコースは目を細める。

 最大の身内である筈のヴェロッサにも、何も告げずに突然の訪問。そんなカリムの行動に、彼は問い掛ける。

 

 ヴェロッサの視線は警戒と言うよりも、純粋な疑問とある種の嫉妬が半分ずつ。

 そんな分かり易い義弟の様子に笑みを零して、カリム・グラシアは逆に問い掛けた。

 

 

「分かりませんか、ロッサ?」

 

「……六課の状況を見かねて、増援って訳かい?」

 

 

 微笑みで隠して、本当に分からないのかと問うカリム。

 そんな義姉の笑う姿に虚を突かれながらに、ヴェロッサは軽く思考を回して口にした。

 

 

 

 昨日に起きた反天使による六課隊舎襲撃。その際に受けた被害は、想定よりも遥かに大きかった。

 

 ティアナ・L・ハラオウンは片目を失明。プロジェクトFの技術を流用した手術によって視力は取り戻したが、その歪みの行使には悪影響を及ぼしている。

 キャロ・グランガイツは今も集中治療室の中に居て、生死の境を彷徨っている。ルーテシア・グランガイツはその傷こそ浅くはあったが、妹の身を案じている彼女を戦力として数える事は出来ないだろう。

 

 そして、トーマ・ナカジマは失踪した。彼の魔力痕跡は陸士108部隊隊舎跡地で途切れていて、其処に残された大量の血痕から何があったか想像するに容易い状況だ。

 

 機動六課フォワード陣、新人四人は実質壊滅。残るは五課までの武装局員と、六課のエースが二人と零課の一部局員。

 これより迎える大一番を前にして、これでは戦力として不安が残る。だからこそ聖王教会は増援を決めたのか、とヴェロッサは確認する様に口にする。

 

 そんな彼の発言に、カリムは笑みの質を変えずに答えを返した。

 

 

「五十点。それでは半分と言った所ね。ロッサ」

 

「辛口だね。増援以外に、何か理由があるのかい?」

 

「勿論。私達の理由は、もう一つ」

 

 

 姉が下した辛辣な評価に、ヴェロッサは肩を竦めて問い掛ける。

 そんな彼の仕草に笑みを深めて、カリム・グラシアはもう一つの目的を口にした。

 

 

「今代聖王陛下。ヴィヴィオ・バニングスへの謁見よ」

 

 

 ヴィヴィオ・バニングス。検査と調査によって判明したその素性は、聖王オリヴィエの複製体。

 真剣な表情で告げるカリム・グラシアの言葉は、聖王教会の総意でもある。そうと理解したヴェロッサは、何処か震える声で呟いた。

 

 

「……認めたのかい。教会が、聖王と」

 

「ええ、頭の固い老人達も認めたわ。……例え生まれが歪であっても、その血が尊いならば、彼女こそが聖王陛下であるのだと」

 

 

 尊き血筋である事は、事前に検討が付いていた。

 その推測に確証が伴ったのは、ヴィヴィオの魔力光の色が由縁だろう。

 

 聖なる王の魔力光は、虹の極光。左右色違いの双眸は、彼の偉大な王の血統である証左。

 聖王教会はそれを認めた。故に枢機卿と言う地位にあるカリム・グラシアが、精鋭騎士と共に此処に来たのだ。

 

 

「それで、謁見、か。……招致とは、言わないんだね」

 

「折を見て何れは、――けれどそれは今ではないわ」

 

 

 予想は出来た事だと、震える声を如何にか落ち着かせる。

 そうして余裕を取り戻したヴェロッサの確認に、カリムは苦笑しながら答えを返す。

 

 聖王を崇め奉る聖王教会において、複製と言えど聖王の存在は軽視できない。

 如何にか掌中に収めようと動くのは必然であって、しかしこの今に手を出せない理由があった。

 

 

「予言の日はもう近い。約束の日はもう直ぐに。ならば、聖王教会も安全とは言えないから」

 

「……聖王教会の全力でも、聖王ヴィヴィオは守れない、と?」

 

「ええ、残念な話だけど、私達では魔刃は止められない」

 

 

 危険が過ぎる。情勢が不味すぎるのだ。この今に聖王ヴィヴィオを取り込んだとしても、聖王教会では防備が足りない。

 それはカリムだけの意見ではなく、先日の記録映像を見た教会上層部の意見合致。誰もがあの少年を恐れている。敵対したならば、抗戦すら出来ないと分かっていたのだ。

 

 

「昨日の光景。映像越しにだけど、確かに見て理解したのよ。エリオ・モンディアルは手に負えない。あの少年が居るだけで、全てが無価値に堕とされる」

 

 

 魔群だけならば、まだ如何にかなる芽はあっただろう。だが魔刃が其処に加わると、物理的に不可能となる。

 英傑揃いの機動六課。その戦力を文字通り片手間で蹂躙出来る怪物を、どうして止められると言えるだろうか。

 

 歴史上最悪級の広域次元犯罪者。魔刃エリオ・モンディアル。

 彼の怪物と曲りなりにも戦えるのは、機動六課を除いて存在しないのだ。

 

 

「……それでも六課に残すって事は、こっちなら如何にかなると?」

 

「希望的観測、が強いのだけどね。……リミッターを解除した高町なのは一等空尉か、全力を発揮したクロノ・ハラオウン提督ならば、或いは」

 

 

 対であるトーマ・ナカジマを除けば、勝機を見付け出せるのはなのはかクロノの何れかだろう。

 多分に希望が入り混じった判断ではあったが、彼らならば如何にか出来る。いいや、彼らにもどうしようもないならば、本当に手の打ちようがない。

 

 二日後。間違いなく、彼らは再び動くのだから――

 

 

「ミッドチルダ総選挙の結果発表。此処で行われるその機会に、反天使が動かないとは思えないわ」

 

「本拠地での防衛戦で、尚且つ時間稼ぎ。其処まで条件が整っていれば、それくらいは出来ると読んだって訳かい」

 

「逆に言うとそれさえ出来ないなら、もう本当にどうしようもないと言う領域の話なのよ。これは」

 

 

 総選挙の結果発表は、地上本部ではなく此処古代遺産管理局隊舎にて行われる。

 設立宣言を行った訓練施設を利用して、クロノ・ハラオウン自らが次元世界全土に向けて公表を行うのである。

 

 それと同時に、六課エース陣は最高評議会への攻勢に移る予定である。

 残った戦力の大半を攻勢に回して、そうでなくば逃げられる程度には最高評議会は厄介なのだ。

 

 故に当日の隊舎の防衛網には、大きな隙が出来るであろう。反天使は必ず動くだろう。

 それでもクロノが居ると言う一点で、この場所は聖王教会よりも防衛力が高いと踏んだのだ。

 

 

「だからこそ、聖王教会としても今回は本気よ。こっちも後がないくらいに、最精鋭を集めたの」

 

 

 万が一にでも、今代聖王と認めた少女を傷付ける訳にはいかない。

 それが教会側の意志であって、クロノが防衛する拠点の中でヴィヴィオの護衛として戦力を持ち込んだ。

 

 カリム・グラシアが今この場所にやって来たのは、そんな理由だったのだ。

 

 

「……カリムも、暫くこっちに留まる気かい」

 

「リミッターの解除権限。最後の一つは、私が持っているんだもの。身体くらい張らないとね」

 

「…………無理はしないでくれよ」

 

「勿論。出来る事と出来ない事は、ちゃんと分かっているわよ」

 

 

 カリムは直接的な戦闘能力を一切持たない。希少技術を持ってはいても、彼女は戦士と言う訳ではないのだ。

 死地になる。危険な場所となる事が確定しているこの場所に、カリムが留まる事をヴェロッサとしては快くは思えない。

 

 それでも、反論はしない。彼女はこう見えて、相当に頑固だと分かっているのだ。

 故にヴェロッサが行うのは翻意を促す説得ではなく、義姉の危険を少しでも減らす対処策だった。

 

 

「僕もこっちに残れる様、クロノに頼んでくる。攻勢にはシャッハを回せば、それで如何にか足りる筈だからさ」

 

「……全く、本当に心配性ね。貴方は」

 

 

 零課の三人。ヴェロッサとシャッハにユーノ。彼らも当日には攻勢に回す想定だった。

 だが姉の身柄を案じた為に、如何にか残れる様にしようと動く。そんな過保護な弟の言葉に、カリムは苦笑を零した。

 

 

「心配して何が悪い。カリムは僕が生きる理由なんだから」

 

 

 苦く笑う女に聞こえぬ様に、ヴェロッサ・アコースは小さく呟く。

 強い意志の籠った瞳で口にしたのは、彼女を傷付けたあの日に決めた誓いである。

 

 我が全ては、たった一人の貴女の為に。

 

 不器用な青年は言葉として伝える事もなく、司令室に向かって歩み去って行った。

 

 

「本当、貴方は。……だからこそ、私は」

 

 

 聞こえない言葉。予め知っているから、聞こえず共に想いは伝わる。

 届かないその言葉。届ける意志が其処にないから、其処に想いは届かない。

 

 ヴェロッサの背を何処か寂しげに見詰めてから、カリムもまた歩を踏み出した。

 

 

「予言の結果は変わらない。預言者の著書の記述に変化はない。今も尚、楽園(ミッドチルダ)の終わりは迫っている」

 

 

 終わりは近い。ミッドチルダの終焉は、もう間もなくに迫っている。

 其れは女の手元に刻んだ。その予言の内容が、寸分変わらぬからこそ分かる事。

 

 

【旧い結晶と無限の蛇が蠢く地 死せる王の下 聖地より彼の翼が蘇る

 

 悪なる獣が地を満たし 中傷者は虹の輝きを汚れさせ 首輪の外れた罪悪の王が中つ大地の法の塔を無価値に堕とす

 

 それを先駆けに終末の喇叭が鳴り響く 堕落した天使達が築き上げる阿鼻叫喚の中 傲慢なる者は楽園の終わりを宣言する

 

 戦慄と共に審判の日は訪れ 罪深き衆生は地獄に飲まれる

 

 楽園は此処に 永劫失われるであろう】

 

 

 神殿の聖女。予言の巫女は先を視る。予言の著書は変わらない。

 未来を識る女が視る世界とは、全てが終わる奈落であろう。

 

 

「約束の日。失楽園の日。その時はもう間もなく。死せる王とは即ち、聖王陛下なればこそ――」

 

 

 予言の内容は変わらずとも、予言の内容は少しずつ明らかになっている。

 

 旧い結晶とはロストロギア。レールウェイズの一件にて餌として使われ、先の一件では魔群を打ち破る武器として使われたレリック。

 

 無限の蛇とはその名の如く、犯罪者集団であるアンリヒカイト・ヴィーパァ。悪なる獣が魔群であれば、罪悪の王が即ち魔刃。

 

 そして死せる王が即ちヴィヴィオとして蘇った聖王オリヴィエなればこそ、その聖なる虹の輝きを穢し貶める者が其処には居る。

 

 

「虹の輝きを穢すは中傷者」

 

 

 間違いなく、魔鏡は動く。そしてその存在は、聖王の輝きを貶めるのだ。

 

 二日後に迫った選挙結果公表日。その日、その時に終末の喇叭は鳴り響くであろう。

 人々が阿鼻叫喚の地獄に飲まれる世界の中心に、座す者の一人は間違いなく――ヴィヴィオ・バニングスと言う名の幼子なのだ。

 

 

 

 

 

2.

 更に一晩が明けて、残すは一日。大量の書類に囲まれた機動六課の執務室内。

 配下から上げられる報告に目を通すクロノは、椅子に背を預けると深い息を吐いた。

 

 

「やはり、手が足りんか」

 

 

 嘆息と共に零すのは、冷たい現状に対する言葉だ。

 

 事務官たちはフルに動いて、選挙結果の集計は無事に進んでいる。

 今日この日にまで集まった意見各種は、その大半が六課を支持する者であった。

 

 

「民意はほぼ一致している。反論も少なくはないが、八割が僕らを支持している」

 

 

 最高評議会を支持する者は少なくとも、六課のやり方を否定する者はある程度の数が居る。

 だがその反論とて予想出来た物。果てしない理想を追うと言う事は、多くの者から否定される事を良しとする道でもあると分かっている。

 

 だからこそ、彼が感じる問題とは其処ではない。

 クロノが抱いている焦燥は、手数の足りなさに終始するのだ。

 

 

「こうも舞台が整えば、手が足りんと言う理由で投げ出す訳にはいかないな」

 

 

 舞台は整った。だが部隊は整っていないのだ。

 

 フォワード部隊の実質壊滅。それが与える戦力消耗は、予想していたよりも激しい。その上成果として期待していた、魔群の封殺に失敗したのだ。

 外部からの横槍を気にして動かなくてはいけない以上、現在包囲網を展開している戦力はそう容易くは動かせない。それとは別に突入部隊を用意する必要があり、だがその数がまるで足りていないのだ。

 

 

「最高評議会の関連施設は、地上本部の“本局”を除いて六ヶ所。その内どれが本命なのか、分からないのが現状だ」

 

 

 最高評議会の所在地は、彼の最高頭脳すらも知らされていない。

 招かれる際には常に施設までは目隠しを強制されて、その上定期的に拠点を移していたと言う程に彼らは警戒心が強いのだ。

 

 それでも先の研究施設とスカリエッティの情報提供から、大凡当たりと狙いを付ける事は出来ている。

 

 

「である以上、為すべきは全ての施設の同時制圧。如何に手が足りずとも、此処から人手を割く訳にはいかない」

 

 

 最も可能性が高いと目した施設は六つ。何処が本命か、分からぬ以上は時間を掛けられない。

 ならば対する策とは六ヶ所全ての同時制圧。一気呵成に責め立てる事こそ、必要とされる対策だろう。

 

 

「エルセア地方に三ヶ所。アルトセイム地方に二ヶ所。東部森林地帯の外れに、一ヶ所、か。地上本部も含めれば、ベルカ自治領以外の全てが怪しい、か」

 

 

 だがそれをするにも部隊の数は足りない。しかしだからと言って、この今の情勢で攻められませんなど許される事でもない。

 

 当初の予定ではスターズとライトニング。ロングアーチが二ヶ所に分かれ、残りを零課。最後の一ヶ所は陸に任せる予定であった。

 精鋭達ならば数が少なくとも、制圧は可能だろうと言う算段。包囲網は制圧中に関係者を逃がさぬ為に、そんな予定を立てていたのだ。

 

 戦力は消耗した。特にザフィーラとフォアード四名。精鋭組の欠落が痛い。

 ならばと言って、大枠を練り直している時間もない。ならば為すべきは、二段階に分けての電撃閃だ。

 

 

「状況次第で援護に回れる西部の三ヶ所には、相応の人材を。そちらより危険度の高い南部二ヶ所には精鋭を。裏切りを懸念するならやはり、東部一ヶ所が重要か。……全く、魔鏡の存在がつくづく面倒だ」

 

 

 先ずはエース級の人材を、前面に出しての単騎駆け。

 その強襲に続く形で包囲網を維持する部隊を動かし、少しずつ制圧箇所を増やしていく。

 

 近隣に別の施設が存在する西部と南部の五ヶ所なら、フォローに回れるが故に誰を置いても問題ない。

 だがエースの裏切りが戦線を容易く覆しか兼ねない東部では、確実に魔鏡ではないと断言出来る人材しか配置出来ない。

 

 多くの人物に対する信頼性を破綻させる反天使。

 魔鏡と言う存在の面倒臭さに、クロノは吐き捨てる様に口にした。

 

 

 

 そんな彼の背中に声が掛かる。扉を開いて入って来たその人物は、気安い言葉をクロノに掛けた。

 

 

「それで、エースストライカーの配置はどうするの? 義兄さん」

 

 

 オレンジの髪をサイドで纏めた一人の少女。ティアナ・L・ハラオウン。

 顔の右半分に包帯を巻いた少女は、狂った遠近感に苦労しながらに兄の元へと近付いていく。

 

 そんな少女の手を取って椅子に座らせると、クロノは肩を竦めながらに答えを返した。

 

 

「西にはバニングスとヌエラにグランガイツ夫人。南部二ヶ所を高町とグランガイツ副指令。……東は下策だろうが、僕が一番信用出来る人物に任す」

 

「東がユーノさんだけで、大丈夫?」

 

「と言うより、他に選択肢がないのが実情だ」

 

 

 西の三ヶ所は誰が裏切っても他の人材がカバーに回れる配置である為、エース陣なら誰でも良い。

 南の二ヶ所は確実に一人は信用出来る者。それももう片方が魔鏡だった場合に、単独で止められる高町なのはで固定となる。

 残る東の一ヶ所は、消去法で言って唯一人。高町なのはと同じく確実と信用出来る、ユーノ・スクライア以外に居はしない。

 

 各施設に一人は実力者を配置しようとすると、このメンバーは変えられないのだ。

 

 

「それに東の危険度は一番低い。あの地を根城にしていたスカリエッティの証言通りならば、な」

 

 

 東の森林地帯は、嘗てスカリエッティの研究施設があった土地だ。

 である以上、ある程度の状況は分かっていて、他の施設に比べて危険は少ない。

 

 故に問題点として上がるのは、東よりも別の場所。ユーノではなく、別の人物と言う事になる。

 

 

「南は高町が安全弁となれる。寧ろ懸念すべきは西と、地上本部に任せきりになる中央。そして――」

 

「魔刃とトーマ。あの何処かに消えた馬鹿野郎ね」

 

「一騎当千の怪物が何処に出没するか、まるで分からないと言うのが痛い。……トーマが必ず同じ場所に現れると言う事が、僅かな救いと言えるだろうな」

 

 

 地上が担当する中央と、安全策のない西の三ヶ所。そして何より、全ての算段を覆し得る怪物の存在だ。

 

 世論の流れ。この情勢から最高評議会を相手にしない訳にはいかない。

 だが横槍を加えられれば、それだけで状況を一変させる魔刃も無視はできない。

 

 故に彼、エリオ・モンディアルに対する対処も必要だ。

 そう判断するクロノは、真剣な瞳でティアナを見詰めて口にした。

 

 

「その上で、ティアナ。君に頼みたい事がある」

 

「分かっているわ。連れ戻せって、話でしょ」

 

 

 皆まで言わずとも、その思考は理解している。

 冷徹な思考と甘い感情。どちらの立場に立って見ても、トーマを放置すると言う手はない。

 

 

「魔刃はトーマを狙う。戦術的に考えて、その動きを利用しない手はない。……そうでなくとも、心情的にもな」

 

 

 魔刃の出現位置を調整出来る。そういう点で見て、トーマと言う人材は貴重だ。

 そしてそんな理由がないとしても、親を失ったばかりの仲間を見捨てると言う選択肢だってない。

 

 だが人手は費やせない。唯でさえ足りないのだから、これ以上は減らせない。

 故にティアナだ。戦闘出来る程に回復していないが、立って歩くには然程問題ない。そんな彼女に、無理をさせると分かって頼むのだ。

 

 

「まだ傷が治ってない君に、かなり無茶をさせる事にはなるが」

 

「寧ろ、手負いだからって、じっとしてろって言われた方が嫌よ」

 

 

 済まないと、そう詫びるクロノに強く言葉を返す。

 そうして血の滲む包帯を投げ捨てて、移植した右目でティアナは兄を強く見る。

 

 視力回復は最低限。歪みはまだ使えない。けれどティアナの右目は、とても力強く輝いている。

 そしてそんな瞳の輝きの強さと同じく、強い心と言葉で彼女は想いを示すのだ。

 

 

「私はアイツの相棒だもの。なら私が迎えに行かなくて、一体誰が行くって言うのよ」

 

 

 己が行かずに、誰が行くのか。誰にも任せはしない。自分が行くのだ。

 迷い続ける夢追い人と、共に歩くと決めたのだ。ならばこそ胸を張って、ティアナは相棒と言う呼び名を誇る。

 

 

「……ああ、そうだな」

 

 

 そんな彼女に対して、今更何を詫びても無粋であろう。

 

 そうと分かったクロノは唯、彼女に対して一つを命じる。

 義兄と義妹としてではなく、上司と部下と言う立場に徹して、口にするのは一つの任務だ。

 

 

「ティアナ・L・ハラオウン二等陸士。重要な任務だが、貴官に全て一任する」

 

「任されました。トーマ・ナカジマ二等陸士共々、無事に帰還してみせます!」

 

 

 クロノの指示に、ティアナは直立からの敬礼を返す。

 その真っ直ぐな瞳はもう揺れない。迷い続けた友を迎えに行く為に、少女は真っ直ぐに走り出すのだ。

 

 

 

 

 

3.

 そして、更に一晩。選挙公表日を翌日に控えた夜遅く。管理局地上本部に彼らは居た。

 

 ビール腹に顎髭を生やした厳つい容貌。脂肪と同じく筋力もあるその体躯に、陸の提督服を着込んだ中年男。レジアス・ゲイズ。

 女性にしては高い身長に、短い茶髪。切れ長の双眸を眼鏡で隠した、冷たい印象を受ける美人秘書。オーリス・ゲイズ三等陸佐。

 

 地上を支え続けた男と、その背中を見詰め続けたその娘。

 彼らは今、地上本部の最上階にある展望台から、揃って眼下を見詰めていた。

 

 目に映る夜景は、男が生涯を費やしても守ると決めた故郷の情景。

 それを共に見詰める女の胸に宿る感情は、きっと男のそれと同じくであろう。

 

 女には、姉の様に想っていた人が居た。男には、娘の如く思っていた女が居た。

 向こう見ずな彼女の破天荒な在り様に、二人は揃って振り回された物である。いいや、振り回したのは親子も同じか。

 

 娘の如き女の結婚報告。相手が己と一回り程度しか年の変わらぬ男と知って、親馬鹿を拗らせたレジアスが殴り込みに行った事もある。

 陸士部隊の一士官でしかない男と全力で殴り合って、アイツなら認めると言った後に酒に逃げた父が枕を濡らす情けない姿をオーリスは良く覚えている。

 

 結婚式の当日まで仕事ばかりで全く準備していなかった駄目姉に、溜息交じりに手配を全て済ませたのは娘であった。

 如何にか間に合った式当日に、しかし実はオーリスが少女趣味だった事が発覚する。会場を埋め尽くすファンシーな小物の色合いに、男共は揃ってゲンナリした物だ。

 

 だが、周囲を振り回して、それでも幸福な日々だった。

 レジアスの殴り込みがあったから、ゲンヤとの間に出来た絆は階級に関係ない物だった。

 オーリスの趣味全開だった結婚式ではあったのだが、それでもクイントは確かに幸せそうに笑っていた。

 

 結婚後も、その関係は変わらない。子供を引き取った後も、その関係は変わらなかった。

 

 大方の予想通り孫馬鹿になったレジアスは、訪問の度に高い玩具を買って来て、教育に悪いとクイントに怒られていた。

 そんな父の駄目さ加減に溜息を吐きつつ、そんなオーリスだって初めての甥っ子相手に随分と甘くしてしまったと自覚している。

 

 父と言うには年が近く、兄と名乗る程に若くもない。男の一家と女の一家は、傍目に見れば不思議な集団だったのだろう。

 それでも、確かに其処には幸福があった。刹那に過ぎ行く美麗の中に、当たり前の幸福は確かにあったのだ。

 

 そんな娘が死んだ。そんな息子が死んだ。そして残った孫息子は、今も行方が分からない。

 ミッドチルダの思い出には、彼ら一家の色が濃い。そんな夜景を此処に見下ろし、二人が何も思わない筈がない。

 

 それでも、嘆き悲しみに耽る事は未だ出来ない。

 

 

「明日、か……」

 

「はい。いよいよです」

 

 

 窓ガラスに手を当てて、レジアスは呟く様な声音で語る。

 そんな父の言葉に頷いて、オーリスもまた激情を胸に感じていた。

 

 

「随分と長く、本当に長く、なってしまったな」

 

 

 零した言葉に、籠った想いは一言では形容し難い程に複雑だ。

 漸くに訪れる岐路を前にして、レジアスは思わず指先に力を込めてしまう。

 

 

「馬鹿者共め。儂を残しおって、死ぬに死ねないではないか」

 

 

 未だ、死ぬには早かった。四十を超えずに命を落としたナカジマ夫妻。その死は余りに早かった。

 五十四年。その人生の半分以上を戦場で過ごして来たレジアスは思う。常に死地を渡り歩いた己よりも先に、どうして逝ってしまうのだと。

 

 

「御冗談を。まだそんな年でもないでしょうに」

 

「ふん。人生五十年と捉えれば、既に足が出ておるわ。若い者らが先に逝かずに、儂らをとっとと休ませろ」

 

 

 悲観的な言葉を咎めるかの様に、オーリスは諫言を口にする。

 そんな娘の言葉に罰の悪さを感じながら、それでも素直になれない頑固親父は鼻を鳴らした。

 

 

「さっさと休みたい物だが、全く若造どももだらしがない。……しかし仕方あるまいか。生意気な娘と、健気な娘と、頭は悪いが可愛い孫の為だ。もう暫し身を粉にして励むとするか」

 

 

 何処までも素直にならない父の言葉に、オーリスも険を削がれて苦笑する。

 冷徹な美貌を崩して笑う娘の姿に頭を掻いて、吐息を一つ挟んだ後にレジアスは前を見た。

 

 長く地上を守り続けた男が見据える先、役を終えるのはもう直ぐなのだと実感する。

 

 

「若い息吹が流れを変える。その時をこの目で見る迄、旧きモノは引き受けようとも。……だがまぁ、もう然程長くは掛からぬだろうがな」

 

「明日で全てが終わる。そう中将は仰られるのですか?」

 

「明日で終わらせるのだ。そして次に吹く風は、若き息吹でなくばな」

 

 

 ミッドチルダに生きる人々の意志を問う。その発想は、彼の中には存在すらしなかった。

 愚直で堅物で徹頭徹尾軍人で、そんな男は感じているのだ。この今に流れる空気を、きっと良き変化であると。

 

 

「いけ好かないグラハムの阿呆に言わせれば、新しい風と言う奴だ。悪しき者を止められなかった古さなど、道の邪魔にしかならんだろうさ。いいや、そうしてもらわねばならん」

 

 

 先導者は居る。だが独裁者は居ない。ミッドチルダは変わるのだ。他の誰でもない、其処に生きる誰かの手で。

 形骸だけの民主主義ではきっとない。多くの人が此処に応えてくれているから、この先を作るのは何処にでもいる誰かとなるのだ。

 

 ならば其処に、古き体制にしがみ付いて来た者は居るべきではない。

 新しい世は新しい世の若者たちに託して行くのだ。その転換点こそを、明日にするのだとレジアスは確かに語る。

 

 

「必要な咎は我らが負おう。負の遺産があるならば、それを片付けてから退こう。それが大人の責務と言う物」

 

 

 ミッドチルダを統一し、人の心を一つとしよう。

 そしてその若き意志を以って、旧き彼らに答えと示そう。

 

 余計な物は遺さない。それが大人の責務と言う物。

 

 

「そうして、全てが終わったならば――そうだな。馬鹿な孫息子の為に、何かしてやるとしよう」

 

 

 この世界の問題も、古き世から続く全ても終わらせて、自由になれたその先に。

 望むはそんな些細な事。最後に残った一人の為に、何かを為そうと言うその想い。

 

 

「……やはり、死ぬ気などないではないですか」

 

「ふん。半生以上を管理局に捧げたのだ。残る余生ぐらいは好きにさせろ」

 

 

 その時まで、レジアスは管理局員として在り続けよう。

 その時が過ぎたならば、子煩悩な唯の老人として余生をゆるりと過ごして行こう。

 

 

「ひ孫の結婚式までは見る予定だからな」

 

「長い余生ですね。それは」

 

 

 平均寿命の下がった今のミッドチルダにおいて、男はもう老人と言うべき年齢だ。

 だからこそ前線からは退くと断言して、しかし未だ長く生きる心算だろう。影も形も見えぬ孫の子の、結婚式まで生きると語るのだから。

 

 そんな彼の発言に、オーリスは柔和な笑みを零して笑う。

 久しぶりに見た娘の満面の表情に、レジアスもまた噴き出す様に腹を揺らすのであった。

 

 

 

 そして、二人は再び見下ろす。見詰める先にあるのは、クラナガンと言う大都市の夜景である。

 

 

「汚いモノを多く見てきた」

 

「はい」

 

 

 儚い光。蛍光灯の輝きは、空の星を散りばめたかの如く。

 夜闇に沈んだ街中の小さな輝きを見詰めながらに、レジアス・ゲイズは半生を振り返る。

 

 

「穢れたモノが、余りに多かった」

 

「はい」

 

 

 汚いモノが多かった。穢れたモノも多かった。それは彼の職務が故に、多く、多く、それこそ気が滅入る程に多くを見て来た。

 心が折れるだろう。想いも陰るだろう。辛い道を歩く中に、一体幾つの挫折があったか。ああ、それでも彼は此処に立っている。此処に立ち続けて来た。

 

 その背中、衰えて尚大きな背中をオーリスは見る。彼女は知っている。何が父の原動力となって来たかを。

 

 

「だがな。綺麗な物も、多かった」

 

 

 汚いだけではない。穢れているだけではなかった。綺麗な物も、確かにあった。

 優しい一幕。温かな光景。ほんの小さな安らぎに、億千万の財宝にも代えがたい価値を見たのだ。

 

 

「そうですね。だから、父さんは守ると決めたのでしょう」

 

「そうとも、この綺麗な物を守り抜く事を、我が生涯の役割と定めた」

 

 

 この美しくも醜悪な世界。汚らわしくも美麗な光景。

 其処に守るべき者は、確かにあると知っていた。だからレジアスと言う男は、四十年と言う時を戦場で過ごしたのだ。

 

 そして長くに過ぎたその時も、もう直ぐに終わろうとしている。

 

 

「その役を下す時が来た。若造共に託す日が来た。ならば後は、綺麗な物を見て過ごしたい。そう思って、何が悪い」

 

「悪くはないんでしょう。きっと――それは正当な報酬です」

 

 

 共に見詰める。先にあるのは彼らの世界。

 彼らが生まれ、彼らが育ち、彼らが守り続けたその世界。

 

 

「全てが変わる明日を過ぎれば、儂の役割も無くなるだろう。それで良いし、それが良い」

 

 

 灯火は受け継がれる。悪しき者は消え失せて、古き者は役を失う。それでも灯火は受け継がれる。

 

 

「隠居した老人はのんびりと、綺麗な物を見て過ごすさ」

 

 

 夜景を映すその瞳。局員としての終わりを迎えようとする男は、果たしてその先に何を見詰めるか。

 どうか彼の掛けた半生に値する、綺麗な物であって欲しい。父の背中を見詰めた娘は、そんな風に考えた。

 

 

 

 

 

「いいや、お前達はもう、何も見られない」

 

 

 

 

 

「がぁぁっ!? がふっっっ!!」

 

「父さん!?」

 

 

 だが、この現世は奈落だ。救いがない世なればこそ、訪れるのは暗き破滅。

 黒き槍が飛翔して、その膨れ上がった腹を突き刺し抉る。娘が叫び声を上げる中に、男は血反吐と共に膝を屈する。

 

 

「嘆くな。悲しむな。受け入れろ。世の理とは、そういうものだと理解すれば楽になる」

 

 

 見上げる先に、見下す姿は夜風の如く。彼こそは、誰よりも悲惨な被害者にして、誰よりも罪過を重ねた殺戮者。

 ミッドチルダを守護し続けたレジアスの前に訪れた終焉とは、彼が守り続けたミッドチルダの闇が生んだ悪意の象徴。魔刃エリオ・モンディアル。

 

 

「貴様っ、魔刃っ! 何故っ、此処にぃっ!?」

 

「問う価値はない。語る言葉などはない」

 

 

 レジアスが守ったミッドチルダ。彼が守ってしまった醜悪さの中に生まれた命。

 取捨選択によって守れた者と、切り捨てざるを得なかった者が其処にはあって、ならば代弁者に慈悲などない。

 

 血反吐と共に叫ぶレジアスの言葉を冷たく切り捨て、エリオは黒き刃を振るう。

 

 

「父さんっ!」

 

「逃げろっ! オーリスっ!!」

 

「抗う意味はない。逃れる術もない」

 

 

 価値はない。意味はない。何もない。この夜に、この怪物は止められない。

 救援も増援もありはしない。この今に生きているのは、此処に居る三者しかいないのだから。

 

 そして、その命もまた、此処で潰える。

 

 

「きゃぁぁぁぁっ!?」

 

「きさ――がぁぁぁぁぁっ!?」

 

「君達に許された事は、唯一つ――僕に狙われた不運を呪って、後悔しながら……死ね」

 

 

 槍の穂先が閃いて、首が二つ宙を舞った。

 躯となった首なし遺体は、力なく倒れて床を赤く染めていく。

 

 この今に奪った命に、しかし何を感じる事もなく、暗く嗤ってエリオは問うた。

 

 

「……感じているかい? 流れ込む憎悪。伝わる共感を通して、理解しているかい?」

 

 

 この場に生きた者などいない。全てエリオが殺したから。

 ならば問いを投げ掛けた相手は誰か。決まっている。内なる繋がりを介して、彼に言葉を掛けたのだ。

 

 

「また失くしたね。トーマ」

 

 

 共感はもう始まっている。共鳴はもう発生している。

 憎悪を叫ぶ声と共に、思考を黒き泥が染める。それは既に双方が、共に抱いた感情。

 

 トーマが憎む。その憎悪がエリオに流れ込み、彼を憎悪に染め上げる。

 エリオが憎む。その憎悪がトーマに流れ込み、彼を憎悪で染め上げる。

 

 負の方向へと止まらない。終わらない其れは憎悪の連鎖。

 互いの意志が互いを染めて、共鳴した両者は暗く昏くクラク、其処の底まで堕ちていく。

 

 

「ククク、クハハ、ハハハハハハハハハッ!!」

 

 

 理由(ゾウオ)はあった。レジアスを討つに足る、理由はあった。

 一つは彼を形成する犠牲者達の意志であり、そして一つは地上本部を邪魔と目したクアットロの判断だ。

 

 だが、そんな憎悪(リユウ)だけではない。

 暗く染まった愉悦に嗤う罪悪の王が殺戮を起こしたのは、その共鳴が故でもあった。

 

 もうそれ程に、己の感情すら見えぬ程に互いの憎悪は高まっている。神の子と罪悪の王は此処に、完全同調を果たす程に純化している。

 

 故に、時は来たのだ。

 

 

「さあ、燃やそう。これだけ巨大な建物だ。夜闇の中でも分かる程、ならば目印として相応しい」

 

 

 二つの首を片手で掴んで、エリオは残る片手に暗い炎を灯す。

 膨大な密度の気配が混ざった魔力を放つ事で、防弾性の強化ガラスを粉々に吹き飛ばしながらに悪魔は嗤う。

 

 

「さあ、無価値に堕とそう。法の守護者の象徴を、全て無意味だったと踏み躙って嗤ってやろう」

 

 

 夜風の中、空へと身を投げ出す悪魔の王。歪んだ笑みを浮かべる怪物は、落下しながらに見上げる。

 剣を思わせる形状で、大地に反り立つ巨大な其れこそ地上本部。無数に立つ建物、中央塔を見上げたままに、魔刃は嗤みと共に言葉を放った。

 

 

無価値の炎(メギド・オブ・ベリアル)

 

 

 ここに予言は成就する。黒き炎が燃え上がり、中つ法の塔は無価値に堕ちた。

 

 

 

 

 

 そして、傷一つなく大地に降りた魔刃エリオ。

 一瞬の内に燃え尽きた、地上本部の跡地を背に彼は待つ。

 

 

「さあ、僕は此処に居るぞ」

 

 

 この今に、感じる者は反対にある器の鼓動。

 己の半分にして反分が、彼の存在を感じ取ってやって来る。

 

 

「此処でお前を待っているぞ」

 

 

 歴史の分岐点。その前夜において、彼らの舞台は幕を開ける。

 その開幕の瞬間を、駆け付けるであろう蒼銀の輝きを、黒紅に霞んだ槍騎士は待っている。

 

 

「来るか」

 

 

 共鳴は強くなる。一分一秒。僅かな時で高まる強さが、互いの接近を証明する。

 

 

「来るか」

 

 

 笑みが深まる。憎悪に純化したこの今に、思考を埋めるのはそれだけだ。

 

 

「来るか」

 

 

 最愛の人を出迎えるかの様な心地で、両手を広げて待ち続ける。

 誰よりも強く憎むその姿に、今正に迫る決戦に、感じるのは歓喜の情だ。

 

 空を掛けて迫る蒼銀が、見せる悪鬼の形相。

 その姿に醜悪な笑みを返して、エリオは彼の名を呼んだ。

 

 

「来い――トーマっ!!」

 

「エリオォォォォォォォッ!!」

 

 

 崩れ落ちた地上本部の跡地にて、トーマとエリオの六度目の戦いが今始まる。

 

 

 

 中つ大地の法の塔は燃やされた。罪悪の王の手によって、唯無価値に堕とされた。

 これは先触れ。終末の喇叭が鳴り響き、阿鼻叫喚の地獄が訪れるであろう前夜の一幕だ。

 

 

 

 

 




地上本部「……まさか、失楽園の日まで持たぬとは」


閑話と言ったな、アレは嘘だ。……そんな訳でゲイズ親子退場回でした。
実際、失楽園の日の前に、トーマVSエリオの開始と選挙結果公表を入れる必要があったので、日常回を抜きにこんな流れとなります。

二話か三話、この調子で話しを進めて、その後は流れのままに失楽園の日に突入です。


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