リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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今回はトーマ&なのは&キャロVS魔刃エリオの話だけで一話分となりました。

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1.Omnia Vanitas(Dies irae)


第十九話 六課襲撃 其之弐

1.

 先ず一つ断言しよう。彼らの戦力は拮抗している。五分に等しい。数字だけを見るならば、結果は拮抗して然りであろう。

 だが、現実には違っている。今ここにある戦場は、戦力の拮抗などとは断じて言えぬ状況だった。

 

 

「薙ぎ払え。サンダーレイジ!」

 

「がぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 言葉に断じた結果が伴う。赤毛の悪魔が巻き起こした雷光は、三人を纏めて薙ぎ払う。最前列に居たトーマは誰より大きな影響を受けて、その身、その肌が焼け爛れていく。

 

 

「トーマ君、下がって!」

 

「ツインブースト、ヒーリング!」

 

 

 雷光に焼かれて崩れた態勢に、迫る魔刃の鋭い刃。それが致命傷を刻むよりも早く、高町なのはがカバーに回り、キャロ・グランガイツの二重治癒魔法がその身を癒やす。

 

 だがしかし、前衛を担っていた存在が下がると言う事は、即ち戦線の崩壊を意味していた。

 

 

「堕ちろ、堕ちろ、腐れ」

 

「くぅぅぅぅっ!?」

 

 

 トーマが下がった一瞬の隙に、エリオがその手に腐炎を灯す。焼き尽くし、汚し貶す。迫るその威を前にして、カバーに回った女は耐えられない。

 被害は此処に腕一本。燃え上がる暗い炎が胴に伝わるより早く、咄嗟に片手を切り落とす。如何にか被害をそれだけに抑えたなのはは、自己再生をしながらに後退する。

 

 如何にか身を後退させるエースオブエース。しかし今の彼女より、エリオ・モンディアルは遥かに速い。

 

 

「隙だらけだ。――唯、腐って堕ちろ」

 

「ま、ず――」

 

 

 故にそれは隙だ。先の隙より尚大きい、其は致命に至る隙。

 高町なのはは躱せない。迫る二撃を躱せずに、その身は無価値に堕ちていく。

 

 それが結末。それが幕引き。それを望まないと、そう叫ぶ事が出来るのは――此処に唯一人しか存在しない。

 

 

「や、らせるかぁぁぁっ!!」

 

 

 飛び出す様に大地を蹴って、巨大な剣を振り下ろす漆黒の騎士。

 そして速く、何よりも速く。闘志と共に加速して燃え上がる炎を迎撃するのは、治療を受けて復帰したトーマ・ナカジマ。

 

 ぶつかり合う。互いの武具がぶつかり合う。混じり合う。合わさる瞳は真逆の二色。

 切羽詰まった蒼い瞳と、余裕を浮かべた紅い瞳。少年達の瞳は僅か交わって、両者は其処に距離を取った。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 

 荒い息を整える。呼吸を此処に整えて、トーマ達は構え直す。

 冷や汗と脂汗、恐怖と苦悶が混じった色を見せる管理局の三人組。そんな彼らに対して、魔刃は何処までも余裕でいた。

 

 

「どうしたんだい? 揃ってこれではまるで足りないぞ」

 

 

 立ち塞がるならば、傷付けるのだと心に決めた。

 己が語った因果な運命。それを受け入れたこの今に、エリオ・モンディアルに隙はない。

 

 崩せない。揺らがない。何処までも魔刃は唯、強く在る。

 そんな魔刃に対し、対する六課の魔導師達が防戦一方となっているのは、或いは当然の帰結であろう。

 

 

「くっ! エリオっ!」

 

 

 その圧倒的な意志力に飲まれ掛けながらも、トーマは強く剣を握る。

 既に彼らは限界を大きく超えてはいる。魔刃に勝る為に、確かな対策は用意した筈だった。

 

 だがそれでも勝てないのかと、トーマは心の何処かで思ってしまう。

 そんなトーマ・ナカジマが心に抱いた僅かな怯懦。それを否定するのは意外な事に、此処に敵として立つ少年だった。

 

 

「吠えるだけならね。其処らの犬にも出来る事だよ。お前達は違うだろう? 機動六課」

 

 

 お前達は違うだろう、と。震えて吠えるだけの犬ではなくて、敵に突き立てる牙を持つ狼だろうと。

 そうともそうでなくては困る。エリオが至るは神の領域。神座への道を切り拓く舞台において、震える子犬を幾ら斬ろうと意味がない。

 

 己を打ち倒し得る獣。自身では突破不可能に近い困難。宿敵にして反身との決着は、そうでなくては意味がないのだ。――そして、その敵たる資格だけならば、既にあると目している。

 

 

「揃えた筈だ。備えた筈だ。これなら大丈夫。これなら通ると――なら、通してみせろよ英傑共」

 

 

 先にも断じた様に、魔刃と六課、その戦力に差などない。魔刃が圧倒的に強い、と言う訳ではないのだ。寧ろ合計した数値のみを見れば、六課の四人と一匹はエリオのそれを上回っている。

 

 エリオの戦力値を10とした時、今のトーマとリリィが6となる。リミッター付きの高町なのはが5であって、キャロとフリードは二人纏めて漸く1だ。

 六課の合算値は12。エリオの10を二割も上回っている。単純計算で考えれば、どちらが優位かは明らかだろう。彼をして難敵と、額面だけを見ればそう言える状態だ。

 

 なのに何故、この様な結果に帰結するのか。こうも無様な形となるのか。その答え。その理由は二つある。

 

 

「其れに気付けない様では――悪魔の贄にも足りはしない」

 

 

 一つは単純。1+1は2にならない。そんな単純な理屈である。

 

 時に物語の主人公は、訳知り顔で1+1は10にも100にもなると語るだろう。彼らの理屈にあって、友と手に取り合った時に、その力は加速度的に増していくと言う主張があるのだ。

 だが、現実にはそうはいかない。協力する事であっさりと強くなるなど、そんな道理はありもしない。

 

 他人なのだ。どれ程に近付こうとも、仲間とは即ち他者である。思考は違うし反射もズレる物。どれ程綿密に策を立てて協調を図ろうとしても、経験だけで呼吸のタイミングさえ合わせるのは至難の業。ましてや圧倒的な強者を前にして、それを続けられる筈も無い。

 

 1+1を2にする。たったそれだけの事でも、唯人には極めて困難である。それ相応の特殊な異能も無しにして、協力を万全にする事など出来やしない。1割、或いは数パーセントに過ぎずとも、必ず無駄が其処にある。力をその分ロストするのだ。

 

 

「なのはさん! キャロ!」

 

「私は大丈夫! キャロは!?」

 

「……だ、大丈夫、です。フリードも私も、まだ行けます!」

 

「キュクルー!!」

 

 

 闘志はある。意思はある。共に戦う友らの為に、為さねばならぬと分かっている。

 その決意が心を震わせて、唯一人で挑むよりは確かに強くなっている。友の為にと奮い立って、限界を超えて強くなってはいる。それを絆の力と、そう語るならば確かにそれがそうだろう。

 

 嗚呼、だがしかし、其れは余りに慈悲なき結末。

 

 

「頭上注意だ。サンダーフォール」

 

 

 降り注ぐ雷霆が、その絆を蹂躙する。黒き片翼を羽ばたかせる反天使が、我ぞ神成と落とすは神威を纏った自然災害。

 咄嗟に張ったシールドも、展開していた補助魔法も、全て剥がされ大地に叩き落される。誰もが其処に膝を屈して、見下ろす赤き悪魔を見た。

 

 

「余りに脆い。余りに弱い。力への意志、何が何でも先に進むと言う在り方。その執着が欠けている」

 

 

 左の肩から吹き出る翼。左の瞳は黒く染まって、その中央の瞳孔のみが紅く輝く。闇に染まったその左半分、浮かんだ嘲笑は夜風の如く。そんな罪悪の王は嗤いながらに、此処に互いの最たる違いを断言する。

 

 

「数を揃えば足りるだと? 僕が手を出し辛い女を出せば止まるだと? 全く無粋。まるで何もかもが足りていない!」

 

 

 数が質を凌駕するなどと、そんな理屈は存在しない。

 それがこの状況を生み出した、第二の理由にして最も大きな要因だ。

 

 

力への意志(ヴィレ・ツァ・マハト)だ。強く、強く、強く、強く――それだけを希求した執念を前にして、お前達の策など路傍の小石にすら劣ると知れっ!!」

 

 

 違うのだ。彼らとは。確かに彼らも強い願いと意志を抱いているが、勝利と力に拘る在り様としてエリオに遠く及ばない。

 そんな機動六課の持ち出した対策などは、この怪物を前にしては路傍の小石にも劣る。無為無策より微かにマシとしか言えない物だった。

 

 戦いはあっさりと推移する。エリオの身は傷付いて、しかし掠り傷の域を出ない。トーマ達の身体は傷付いて、自然と膝が震えて大地に突いた。

 

 限界を超えた疲弊。魔力を消耗し過ぎた疲労。追い詰められ続ける精神の消耗に、誰もが荒い息を吐く。

 まだ諦めてはいない。まだ決して、敗北を認めた訳ではない。だがそれだけだ。認めていないだけ、諦めていないだけ、結果は余りに明白だった。

 

 キャロは魔力が尽きて、槍を支えに如何にか立っている。フリードは真の姿を維持出来ず、最早取るに足りない蜥蜴であろう。

 トーマとなのはは未だ辛うじて健在だが、どちらも既に八方塞がり。疲労から地面に膝を付いたまま、先よりも開いたその差を埋める事が出来ずに手を拱いている。

 

 そんな彼らを見下して、こんな物かと魔刃は嗤う。

 これでは足りんぞと悪魔の貌で嗤いながらに、人の顔は落胆に満ちていた。

 

 

「因果の帰結。まるで必然の様に与えられたこの今、この時。或いはと、期待してはいたんだけどね」

 

 

 敵地に単身乗り込んだ。相対するのは敵対勢力の最高メンバー。だがそれ以上に、彼らは運命に選ばれた人間達だった。

 だからこそ期待した。何かがあるのではないか。この戦いを乗り越えれば或いは、未だ暗雲が立ち込める座への道程に光が差し込むのではないか、と。

 

 しかしこれでは意味がない。この程度では逆境所か苦戦にもなり得ずに、当たり前の様に勝ってしまう。

 呼吸をする様に簡単に、それで着いてしまう決着では成長などは期待出来ない。こんな子犬とじゃれるだけでは届かぬ程に、神座は遠くその道は険しいのだ。

 

 

「いや、見切りを付けるのは未だ早いか。良いさ、立ち上がって奮起するまで、戯れながら待つとしよう。……だからさ、少し僕の問答に付き合え。世界に選ばれた人間達」

 

 

 両手を地面に付いた敵の姿。見下ろす瞳に僅か期待を抱いたままに、エリオはそう結論付ける。

 あの日の様に立ち上がるまで、嬲りながらに過ごせば逆撃程度はしてくれよう。そう期待して、エリオは倒れる者らを見回した。

 

 

「我が半身。太極の階。そして――この身の願いを変えた君」

 

 

 トーマ・ナカジマ。神の魂を内に宿し、どの様な形にせよ神座に至ると定められている人間。

 高町なのは。スカリエッティの最高傑作にして、真なる神殺しへと至れる求道の極み。或いは流れ出す可能性も持つ者。

 キャロ・グランガイツ。彼らの様に特別な存在ではないが、しかし同じく特別な者に対して余りに大きな変節を与えた慈愛の少女。

 

 そしてエリオ・モンディアル。神を殺す為だけに作られて、神に喰われる為だけに育てられ、その果てに己が神に成らんと定めた悪魔王。

 

 

「奇縁だと、因果だとは思わないかい? 次代の可能性。後を担う全てが此処にある。ならば僕らはこの今に、世界の中心に存在しているとさえ言えるだろうさ」

 

 

 彼らこそが、この世界を左右し得る存在。前代よりしがみ付いている者らと違い、正しくこの今に世界を変えられる存在。

 そんな者らが集った此処は、世界の中心とも言えるだろう。全てを塗り替える可能性を持つ者は、今となってはこの場にしかいないのだから。

 

 

「……次代の、可能性、ですか?」

 

「ああ、そうか。君はまだ教えて貰ってなかったのか。キャロ」

 

 

 荒い呼吸を繰り返しながらに、聞き覚えしかない事柄を問い掛けるキャロ。

 そんな彼女に小さな笑みを返して、エリオは優しく言葉を掛ける。

 

 

「僕が教えても良いが、まあ身内から聞くのが無難だろう。……後で、そうだな。紅蓮の女(アリサ・バニングス)盾の守護獣(ザフィーラ)辺りにでも問うと良い」

 

 

 排除する。傷付ける。踏み躙る。そうと決めたが、大切と感じている事は変わらない。

 潰すと言う結果は変わらないが、だからと言って心の在り様を偽る必要も無理に隠す理由もない。故に彼は隠さない。

 

 だが大切と思いながらも、だから止まるかと言えば話は違う。

 例えこの少女を無価値に燃やし尽そうとも、悲しいと思ってそれで終わりだ。

 

 今は一応生きて残す心算だが、立ち上れる力などは残さない。邪魔をしたのだ。例外なく全て奪い去る。四肢を切り裂き達磨にする。デバイスと竜を焼き尽くし、戦う力を奪い取る。それで彼女を完全に排除するのだ。

 そんな予定を頭の中で組み立てながらに、その対象に確かな慈愛を向けるその様は余りに人として歪んでいよう。そうとも、彼は既に悪魔に近い存在なのだ。歪んだままに愛せる様も、悪魔に近付けばこそだろう。

 

 

「しかし、仲間と語りながらもこれか。臍で茶が湧くぞ。鼻で嗤える。どうして隠す? 高町なのは」

 

 

 そんな悪魔は鼻で嗤う。この段階に至って尚、身内にすら真実を告げられていない女を嗤う。

 嗤いながらにエリオは一歩を踏み込んで、槍を軽く回すとその石突を鋭く突き出した。

 

 

「まだ、見付けられていないから、不安を煽るだけの言葉は、今は必要ない」

 

「……ふん。足手纏いと見ているか。まあ、確かに理屈の上ではそうだろう。だけどさ、お前達の掲げる主義主張は違うんじゃないか?」

 

 

 抉り込む様な一撃。優れた棒術によるそれを、なのはは黄金の杖で受け流す。

 互いに動揺も安堵もありはしない。元よりギリギリ躱せる様に、狙って放たれたのだから防げるのは当然なのだ。

 

 咄嗟にカバーに入ろうとするトーマを片手でいなしながら、エリオはなのはを見て暗く嗤って罵倒した。

 

 

「皆仲良く、そんなお利巧な輩と見ていたけどさ。――存外、中々に趣味の悪い連中だったと言う訳かい?」

 

「突破口を見付けるか、管理局の意志を統一するか、貴方達を打ち倒すか――元々その後には教える心算だった」

 

 

 解決策を見付けていない。まだこの現状、滅びゆく世界を救う道筋は見えてすらいない。

 この今になっても身内同士で足を引き摺りあっている。このままでは駄目だと分かっていて、だからなのは達は先ずそれを解決しないといけないと思っているのだ。

 

 そうしてその先に、皆で考えようと思っている。

 この今に必要となる答え。それを考えるのは、その後だ。その為にも今は、少しでも早く管理世界を纏め上げねばならないのだ。

 

 

「先ず次代の意志。其れを統一しないと話にならない。だから――」

 

「口では何とでも言える物さ。……それに、だ。高町なのは」

 

 

 高町なのはの言葉。それは彼女とその協力者たちの総意である。

 意志を一つに纏め上げて、そうして共に答えを探す。そう語る彼らの思いを鼻で嗤って、エリオは冷たく一つの現実を口にした。

 

 

「時空管理局と古代遺産管理局。それらが全て協調すれば、それで全てが救われると思っているか? たったそれだけで、都合の良い答えが出ると思うのか?」

 

 

 答えは出ない。そうとも、これまでに出ていないのだ。今更人手が増えただけで、そう都合良く見つかる物か。悪魔はそう嗤って想いを否定する。

 

 

「答えは出るんじゃない。一緒に考えて、必ず出すんだ。その為にも、先ず――」

 

 

 出るんじゃない。必ず出すのだ。そう信じて、なのはは強く断言する。

 重ねた想い。繋げた意志。その果てに答えを出さなければならないと、そう断じた想い。だがやはり悪魔は、それも冷たい論理で否定する。

 

 

「ナンセンスだ。答えが出るとか出ない以前。手に手を取って、それは結局、鈍間に歩幅を合せると言う事だろう?」

 

 

 手を取り合って歩くなら、自然と歩調を合わせる必要性が生まれてくる。

 歩く速度が遅い者と速い者が手を取り合えば、その歩みは中間点より遅くなろう。

 

 歩幅が速い者が遅くするのは簡単だが、遅い者が速く動く事は極めて困難なのだから。

 

 

「遅れて当然だ。足を引かれたままに進んで、至れる程に神座はそう軽くない」

 

「そんな筈はないっ! 足を引かれるだけじゃないんだっ!」

 

 

 だから神座に辿り着けない。敢えて鈍間になると選んだのだから、辿り着ける筈がない。

 そう鼻で嗤う魔刃に対して、そんな理屈を否定する様になのはは杖を押し返しながらに言葉を叫ぶ。

 

 否定する事は、協調が足を引き合うと言う悪魔の論理だけではない。

 何よりも否定しなければならないのは、彼が辿り着いた神座を目指すと言う解答だ。

 

 

「それに、私達はもう神様に頼っていちゃいけない。頼り続けて来た結果がこれだから、それじゃあ結局、根本的には何も変わらないっ!!」

 

 

 この世界は、たった一人の神に頼り続けた結果こうなった。ならばもう、同じ轍を踏んではいけない。

 神座を目指すのは間違った解答だ。世界の核に成れる神格とは常に一人。それでは神が変わったとして、寄りかかる相手を変えただけにしかならないだろう。

 

 

「たった一人の神様なんて、結局唯の生贄だよ! 誰かに押し付けちゃいけないでしょ! 皆で背負って、それが人が負うべき責任だっ!!」

 

 

 優しい神様に頼り続けて、それではもういけないのだ。

 もう大丈夫と語る為には、神を必要としない世界を目指すくらいは必要だろう。

 

 そも、世界とは一人で背負う物ではない。誰もが責を負って歩かねばならない道なのだから。

 

 

「だから、それがナンセンスと言ったぁっ!!」

 

「っ!!」

 

 

 だが、そんな言葉は理想論だ。女の言葉を否定して、エリオは一歩を此処に踏み込む。

 咄嗟に合わせた杖を弾かれて、レイジングハートが宙を舞う。空いた胴に叩き込まれたのは、黒く染まったストラーダ。

 

 

「理想論だ。現実が見えていない。一体どうして、生贄もなしに世界を回せるなどと思う」

 

 

 槍の穂先が肉を引き裂き、臓腑から込み上げた血が口から零れる。

 そんななのはの腹から槍を引き抜いて、エリオは足で蹴り飛ばしてから無数の魔法で追撃する。

 

 理想を語るだけで、結局何も出来ていない。

 そんな女を蔑みながらに、其処に怒りさえも抱いて責める手練は揺るがない。

 

 

「その思考。その愚行。それこそ君達が無自覚に抱える、怠惰な傲慢さと言う物だ!」

 

 

 高町なのはだけではない。クロノ・ハラオウンも、アリサ・バニングスや月村すずか。ユーノ・スクライアもそうだろう。

 理想を目指し、共に歩く。そうと言えば聞こえが良いが、彼らは余りに必死に欠ける。終焉の絶望を知りながら、如何してそうも幸福であれるのか。

 

 トーマの視界を介して、エリオは見ていた。多くの者らが次代の為に、そんな名目で潰されていた底の底。

 泥の底から見ていたのだ。彼らの幸福を。当たり前に笑い合う彼らが己の幸福すら投げ打っていたならば或いは、生まれる犠牲も少しは減っていたかも知れないのに。

 

 

「お前がそんな様だからっ! あの終焉が訪れた日から一歩として、僕ら次代は何処にも進んでいないんだろうがっ!!」

 

 

 結局何処にも進んでいない。余りに人は進めていない。

 多くの血が流れたというのに、意志統一すら出来ていないのが現実だ。

 

 八つ当たりと分かって、感じる怒りが抑えられない。

 犠牲者の総体としての一面が憤怒と憎悪を吹き出して、空を目指した星を落とさんとその猛威を振るっていた。

 

 降り注ぐ無数の魔法が身体を切り刻み、動きを止めたその身に暗き腐炎が迫る。

 全て燃やし尽くして穢し堕とす。その意志を前にして、加速したトーマが割って入った。

 

 

「ぐぅぅぅっ」

 

 

 燃え上がる炎。防ぎ切るには間に合わず、腕を腐炎に燃やされる。

 このままでは死ぬ。そう理解する前に、反射だけで即座に動く。なのはがそうした様に、咄嗟にその腕を切り捨て再生させた。

 

 そうして如何にか態勢を戻したトーマ・ナカジマは、倒れたなのはを背に庇いながらに強く踏み込み雄叫びを上げる。

 

 

「だったら、お前は何だってんだよ! エリオ・モンディアルっ!!」

 

 

 一方的に理想論を否定して、ならば何を語ると言うのか。

 叫ぶトーマが振るう大剣を槍の穂先で受け止めて、エリオは此処に歪な笑みを浮かべて告げた。

 

 

「決まっている。僕は――新たな世界を定める次なる神だっ!」

 

 

 己は神だ。そうなると決めたから、必ずやそうなるのだ。

 嗤いながらに槍を振るう悪魔の言葉に、一瞬唖然としたトーマは即座に反意を口にした。

 

 

「なっ!? 神殺しの悪魔が、全能の神を気取るかよっ!?」

 

「ふふっ、下らないな。その括り。……僕はもう自由だ。何者にも縛られていない。なら、何にだって成れるんだよ。トーマ」

 

 

 首に刻まれた絞殺痕は、自由になった証である。そうと気付けた。だからエリオはもう迷わない。

 必ず至ると心に決めて、そうして此処に彼へと語る。至る事を恐れたトーマに、至らんとするエリオはこう語るのだ。

 

 

「どうせお前は、(カミ)になるのは嫌なのだろう? 喜べ、僕が替わりになってやる。世界の礎などではなく、正しく全てを定める全能の神へとねっ!」

 

 

 言葉と共に槍を振るう。斬首の剣を腐炎で受けて、トーマを追い詰めながらに嗤う。

 その言葉に動揺する。そんなトーマは大剣で以って、焔を纏った槍を捌き続けながらに問い掛けた。

 

 

「お前、は――お前、が、犠牲になると、そう言うのかっ!?」

 

「勘違いはするなよ。トーマ・ナカジマ。僕と君達じゃあ、座に対する価値観自体が違っている」

 

 

 彼にとって神とは、堕ちる者。自分が消え去って、世界を回す為の贄となる。それがトーマの価値観だ。だがエリオにとっての神とは違う。

 

 

「救ってやるとも、満たしてやるさ。だがそれは贄になると言う事じゃぁない」

 

 

 それは頂点。この世の中心。全能の王。栄光の王。永遠の王。其れこそエリオが目指す、覇道神と言う存在だ。

 

 

「お前達が下だ。僕が上だ。弱者が下だ。強者が上だ。結果的に救ってやるよ。だから我が至高を尊び称え、新世界の法則に従って生きろよ。それが救済の代償だろう? この世の法則を書き換える。それが為せると言うならば、贄と言うのも良い物だろうさ」

 

 

 この今に流れ出しても、何れは消耗の果てに消滅する。世界に取り殺されるその在り様、贄と言われれば否定は出来まい。

 だがそれでも良い。それでも為したい願いがある。この今に不満があって、例え果てに滅びるとしても変えたいと思う現実がある。

 

 だからエリオは神になると語るのだ。必要な代償だと、彼は笑って受け入れるのである。

 

 

「エリオ君。貴方は何を――そんなにも何を、望んでいると言うんですか」

 

 

 倒れて動けないキャロは、切り結ぶトーマとエリオを見詰めて問う。

 どうして其処まで必死になるのか。其処まで変えたいと願う現実とは何なのか。

 

 その問い掛けに苦笑して、エリオはしかし真摯に返す。

 願いを思い出させてくれた彼女に対し、魔刃が偽りを口にする事などあり得ない。

 

 だからそれこそ、エリオが心から願う理想の園だ。

 

 

「……生まれだけで、全てが決まらない世の中を」

 

 

 生まれた瞬間に決まっていた。クローンと言う生まれ故に、実験材料として終わると決まっていた。

 使い捨てられる。それ以外の道はない。運悪く泥の底に堕ちてしまえば、もう二度とは這い上がれないのが現実なのだ。

 

 エリオはそれが、堪らなく嫌だった。

 

 

「僕の様に、あの子らの様に、泥の中で足掻いた命に、確かな祝福を。奪われて来た者達に、もう奪われる事はないのだと」

 

 

 どうして奪われ続けるのだ。どうして奪い続けなくてはならないのか。

 生まれで堕ちた。偶然堕ちた。運悪く堕ちた。堕ちるしかなかった。ならば奪われ続けろと言うのか、冗談ではない。それは理不尽に過ぎるだろう。

 

 

「そうとも、理不尽など要らない。何故高みにある者らに見下される! 泥の中に生まれたら、生涯泥の中に居続けなければならんと言うっ!?」

 

 

 高みで指示を出す者達。この地の権力者たちは、見るも無残な程に醜悪だった。

 アンナモノが高みにあって、どうして自分達は底辺に居る。それがエリオの反逆理由。首輪を引き千切った後に、ミッドチルダで暴れ続けた理由であった。

 

 最高評議会や白衣の狂人は未だ納得出来た。許せはしないが、彼らはアレで必死であった。だから納得だけは出来たのだ。

 だがしかし、権力者の多くは名家に生まれて、そのまま流れる様に今の立場に居る。当たり前の幸福を享受する人々は、それがどれ程に尊い物かと知りもしない。

 

 望んでも得られない者が居る。どれ程に努力を重ねても、決して辿り着けない者らが居る。そんな彼らが苦しみ続けている中に、どうしてその半分も必死に生きていない者らが幸せであるのか。それは余りに理不尽だろう。

 

 

「そんな道理が罷り通るが今ならば、その法則を書き換える。誰もが望めば報われる。そんな世界を僕が生み出す」

 

 

 だから、それがエリオの望みだ。彼が夢見た理想郷。其処を目指す第一歩こそ、その理不尽に対する怒りなのである。

 

 

「エリオ・モンディアル。貴方は本当に――」

 

 

 如何にか起き上がった高町なのは。彼女は確かに、その必死さを理解する。

 

 魂を見る目に映るのは、無数の怨霊に呪われながらも叫ぶ少年の意志。

 己が喰らい殺した者らに責め立てられながら、それでも魔刃は彼らの為にと槍を振るうのであろう。

 

 だからこそ、その願いは真摯である。その意志が必死であるからこそ、こんなにも彼は強いのだろう。

 

 もしかしたら、その願いは悪しき物ではないのかも知れない。

 或いは共に手を取り合って、受け入れられる物であるのかも知れない。

 

 そうと僅かに期待した。そんななのはの小さな期待は――

 

 

「だけど、僕が知る景色は地獄だけだ」

 

 

 少年が辿った道筋が余りに暗過ぎたが故に、実を結ぶ事もなくあっさり潰えた。

 

 

「だから、それを強制する。だから、それで世界を満たす。そうしてその果てに、僕が望んだ救いを具現する」

 

 

 覇道の神は、流れ出す事しか出来ない。己の内から、流れ出す事しか出来ないのだ。

 故に彼らが与えられる物とは、自己が経験して来た物だけに尽きる。それ以外には何一つとして示せはしない。

 

 そしてエリオの内面には、共食いの奈落しか存在しないのだ。

 

 

「もう大丈夫だ。虐げられし貴方達。強く願って諦めなければ、きっと高みで全てが掴める」

 

 

 弱き者らよ。努力せよ。その努力は必ず報われる。前に進み続ければ何時か必ず、誰もが幸せになれる世界を作る。

 其処には確かな慈悲がある。其処には輩への想いがあって、もう二度と自分達の様な者らは生まないのだと言う決意があった。

 

 

「もう諦めろよ。虐げ続けたお前達。生まれついての席に胡坐をかき続ける限り、お前達は底の底に堕ち続けるんだ」

 

 

 強き者らよ。努力せよ。さもなくばその席、今直ぐにでも失うぞ。そういう世界を、己は作る。

 熱し忘れた湯が水にかえる様に、積み重ねた全ては一瞬で失われる世界となる。向上心を忘れた者は、必ず破滅する世界を作る。

 

 

「そうとも、救いの席には限りがある。ならばその席に座れる者とは、努力を続けた者でなければならない」

 

 

 救える人間に限りがある。ならば選ぶべきは、選ばれて然るべき者でなくてはならない。

 真に心の底から上を目指した人間は、必ず報われて然るべきであろう。その為の座席が足りぬなら、胡坐を掻いてる輩を蹴落とし作れば良いのだ。

 

 

「怠けるな。足を止めたら転げ堕ちるぞ。傲慢にはなるな。慢心は必ずその身を滅ぼすぞ」

 

 

 努力が必ず報われる世界とは、努力しない者が必ず破滅する世界である。

 誰もが前を目指し続ける世界とは、即ち誰もが競い合って共食いを続ける奈落である。

 

 

「強くなれ。強くなれ。強くなれ。強くなれ。願えば誰でも強くなれる。強くなれば全てを得られる。唯それだけが絶対法則。僕が望んだ至高の天だ!!」

 

 

 これぞ、エリオ・モンディアルが掲げる理の全て。その法則に咒を付けるならば――自己超克・共食奈落。

 

 

「お前、分かって、言ってんのかよ」

 

 

 己の至高を語ったエリオに、向き合うトーマの声は震えていた。

 それはその後を予測したから。彼が作り出す世界は、余りに醜い奈落と化すのだ。

 

 

「そんな世界になったら、何時まで経っても平和にならないっ! ずっとずっと、誰かが奪われ続けるじゃないかっ!!」

 

「ははっ、何を言うかと思えば――当然だろう? 今までと何が違うと言う」

 

 

 強く。強く。強く。唯只管に強く想う。この今に感じるのは、確かな脅威だ。

 命を狙う敵としてではなく日常を奪う敵として、トーマは此処にエリオに対する認識を強く変えていく。

 

 彼が流れ出したとすれば、その果てにあるのは大切な人々が苦しむ地獄だ。

 それを許容出来ないと、自分の抱える恨みよりも受け入れ難いのだと、トーマは強く心に抱く。

 

 

「お前達が幸福を享受する裏で、悲劇は常に世にあった。元から幸せになれる人の数なんて限られていて、ならば相応しい人間にこそ与えるべきだろうさっ!!」

 

「そんなの、お前が決める事かよっ!!」

 

「だから神になるんだろうがっ! その資格を得る為にこそっ!!」

 

 

 心を強く。願いを強く。答えるのは美麗刹那・序曲。

 日常を守る為にこそ、嘗てない程に同調したトーマは先を超える速さで光となって疾走する。

 

 処刑の剣を両手に迫る少年を、罪悪の王は同等の速度で迎え撃つ。

 武具が音を立ててぶつかり合い、睨み合った両者は至近距離にて罵倒し合う様に互いの想いを口にした。

 

 

「蹴落とし合うのは違うだろっ! 手を繋げないなら悲惨じゃないかっ! 幸福の席が限られていたって、譲り合えればきっとっ!!」

 

「先ず前提が違っている! これは平地の椅子取りゲームなんかじゃないっ! この世界の在り様は、沈没船に残った救命胴衣のそれなんだっ! 譲り合っていたらなぁ、諸共に皆沈んで死ぬぞっ!!」

 

「だからって、だからって、お前での願いは違うだろうっ!!」

 

 

 振るうは神の力。だが抱いた願いは子供の理想。そんな夢追い人の言葉を前に、悪魔が語るは非情の現実。

 譲り合ったら諸共に死ぬのだと、それは確かな事実であろう。だがそう語られても、それだけでは認められない。そんな愚か者だからこそ、夢を追い続けられるのだから。

 

 

「完全な理想郷でも語れば満足かっ! そんな世界はそも浮かばない、だけど、それ以上に――たった一人の超越者が、新世界を語るだけでは結果は今と同じになるっ!!」

 

 

 そんな夢だけを見ている宿敵に、苛立ちながらにエリオは叫ぶ。

 高町なのはが語ったように、神に頼るだけでは何れ破綻すると彼も知っているのだ。

 

 如何に完全な理想郷を作れたとしても、それだけでは絶対に破綻する。故に、力への意志なのだ。

 

 

「この世界に必要なのは、新世界を語る超越者(Also sprach Zarathustra)ではなく、誰もが超越者になろうと目指す為の力への意志(Wille zur Macht)。ニーチェが語った超越の為の要素。始まりの意志こそが欠けていると僕は分かった。だから無理矢理にでも、それを植え付けようと言うんだろうさっ!!」

 

「そんなお前の勝手ぇぇぇっ!!」

 

「その勝手に抗う意志を、その答えを、お前達は未だ見付けていないんだろうがっ!!」

 

 

 疾走する蒼と、雷光と共に迎え撃つ紅。その対立は、先の焼き直しとはならない。

 過去最高規模で内なる神との同調を始めたトーマは先より遥かに強くなり、圧倒的な速度で走り続ける。

 

 

「怠慢に耽った太極も、道を恐れた神の子も、最早相応しくなどありはしないっ! 答えを出せないお前達になぞ、今の僕を阻む資格もあるものかっ!」

 

 

 迎え撃つは黒炎を纏いし、罪悪の王。共食奈落は此処に在り、その身は未だ余裕を見せている。

 襲い来るトーマの速度を完全に対処しながら、同時に後方で動きを見せ始めた高町なのはやキャロ・グランガイツにも視線を配っている。

 

 まだ三人を同時に敵に回して、それでも余裕を見せられるだけの力が彼にはある。

 故に彼は管理局など敵には成らないと、未だ取るに足りないと語りながらに見定めるのだ。

 

 

「違うと言うならなぁ、力で以って抗え。君の――君達の“力への意志”を見せてみろっ!!」

 

 

 力への意志を見せてみろ。そう語り槍を構える最強の反天使。

 魔刃を前にして打開策など浮かばなくとも、決して負けられないと既に彼らは理解していた。

 

 

「僕は、俺は、まだ見えないし答えも出せない。だけど――リリィっ!」

 

〈大丈夫。分かってるよ。トーマ〉

 

『エリオだけは、神にしちゃいけないっ!!』

 

 

 此処で魔刃に敗れれば、彼は必ずや神へと至ろう。

 そして流れ出すのだ。誰もが傷付き続ける共食いの奈落を。

 

 それを認めないと言うならば、此処で必ず止めねばならない。

 

 

「何としてでも、お前を止めるぞっ! エリオ・モンディアルっ!!」

 

 

 戦いは激化する。未だ終わる様相を見せずに、その対立は激しさを増していくのであった。

 

 

 

 

 




何気にこれでトーマとの戦闘が五回目となるエリオ。
既に過労死レベルで仕事している彼ですが、まだまだStS編でのお仕事が残っております。



〇法則解説
【自己超克・共食奈落】
 エリオが辿り着いた至高の天。虐げられし者への救いを、がその根幹にある。
 正し作中で明言されている様に、そのまま流れ出せば血で血を洗う地獄になる事請け合いな世界法則。

 因みに彼が語ってない要素だが、この世界の民は最初に願った想いを忘れないと言う特徴もあるので、実際に流れ出すと最初こそ地獄になるが最終的には存外悪くない世界に納まる法則でもある。魂の劣化も努力強制によって強化されるので、現状の問題点も多くは解決できるのだ。

 誰もが愛情を抱く事が出来、其処に彼我の強弱は関わらない。強さだけではなく、何の為に強くなるのかと言う事も考えられる。
 その為、世界の頂点に立つ存在が善性ならば、或いは生きやすいとも言える世界になるとも言えるだろう。

 その者が向上心を忘れない限り、全く救いがない世界にはならないのだから。

 因みに慈愛の少女との出会いがなければ、この法則は完全な弱肉強食だけの世界となっていた。結局被害者と加害者が入れ替わるだけ。誰もが強さだけを求めて、何の為に強くなろうとしたのか忘れた世界。
 エリオがキャロと出会わなければ、そうなっていた可能性も十分あり得たのである。




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