リリカルなのはVS夜都賀波岐   作:天狗道の射干

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今回は幕間回。


副題 白の少女は立ち上がれずに。
   翠の少年は立ち尽くし。
   そして黒の少女は行く道を定めず進む。


第八話 其々の想い

1.

 風を切る鋭い音がして、直後に肉を叩く音が部屋に響く。

 暗い室内。妙齢の女はその手にした鞭を使って、吊り下げられた少女を嬲る。

 

 

「本当に、駄目な子ね、貴女は!」

 

 

 その女の顔に浮かぶのは鬼の貌。

 僅か衰えが見えるとは言え端正な容姿を、怒りと嫌悪に歪めたその形相は正しく鬼女のそれである。

 

 

「手に入れたジュエルシードはたったの一つ。それも、こんな風に壊してしまうなんて! 本当にどうしようもない子ね、フェイト!」

 

 

 振るわれる鞭が、告げられる罵倒が、少女の心を傷付けることはない。

 こうして自身に躾を行う母の言は、全く正しいのだとフェイトは思っているからだ。

 

 

(私が駄目な子だから、アルフは死んじゃったんだ)

 

 

 胸を風が吹き抜ける。

 空洞が開いてしまったように心は響かず、ただ虚しさと悲しさが欠けた穴を埋めていく。

 

 あの時、こうすれば良かった。こうしていれば良かった。

 母に鞭で打たれながら、フェイトはそればかり考えている。

 

 予兆はあったのだ。あのアルフが感じ取っていたのだ。

 その言葉をちゃんと取り合っていれば、もしかしたら、何か変わっていたのかもしれない。

 

 

 

 母、プレシア・テスタロッサが鞭を振るう度に、フェイトの口から苦悶の声が漏れる。痛みに体が悲鳴を上げる。

 だが、悲鳴を上げているのは体だけだ。心は一切の反応を示していない。

 

 伽藍洞のような虚ろな瞳から、一滴の涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……う」

 

 

 どれ程の時間が経った後か、唐突に鞭を振るうのを止めたプレシアはこみ上げる物を堪え口元を手で覆った。

 その様子は明らかに異常であるが、鎖に吊るされたフェイトからは窺うことが出来ない。

 

 

「……このくらいにしておくわ。ええ、フェイトはやれば出来る子だものね。母さん、分かっているわよ」

 

「はい。母さん」

 

 

 こみ上げる物を飲み干したプレシアは、疲労の濃い顔を隠してそう告げる。そんな母の言葉に、機械的に娘は答えを返した。

 

 答えを聞いて満足したのか、プレシアは魔力によって生み出していた鎖を解除する。

 どさりと音を立てて床に倒れたフェイトを後目に、立ち去ろうとしたプレシアはしばし立ち止まった。

 

 

(ああ、そう言えば……あの使い魔は死んだのよね)

 

 

 倒れたフェイトは、流石に疲弊している。

 本来ならば放置しておいても、勝手に使い魔が治療を行っていただろう。

 

 だが、そのアルフももういない。

 放置しておけば、今後の作業効率にも関わってくる。とは言え、必要以上にこの出来損ないとも関わりたくはない。

 

 さて、どうしたものか。

 そう思考して、彼女に任せれば良いかと結論付けた。

 

 

「動けるようになったら、リザの所に行きなさい。壊れたバルディッシュの代わりになるデバイスを用意しておくよう頼んであるから、受け取ってジュエルシード探しを再開すること。良いわね」

 

「はい。分かりました。母さん」

 

 

 要は済んだと言わんばかりの態度で、プレシアは拷問室を後にする。

 フェイトが立ち上がれるようになるまでには、もう暫くの時間が必要となった。

 

 

 

 

 

2.

「4月23日の深夜に発生した異常気象について、三日が経過した現在もその原因は判明しておらず、早急な原因解明が求められています。気象庁では――」

 

「あれから、三日経つが未だに世間は騒がしいな」

 

 

 今のテレビから流れるニュース映像を背景に、高町家の食卓は開かれている。

 だが、その様はお世辞にも賑やかとは言えない。誰一人として箸が進んでいなかった。

 

 それは本来五人で座る食卓に、必要な一人が足りていないことと無関係ではないだろう。

 

 

「まだ、なのはは出てこないか」

 

 

 一家の大黒柱である高町士郎は、部屋に閉じこもって動かない愛娘を思う。

 

 

「無理もないさ。フェイトちゃん、だったか? 仲の良い友達があの日から行方不明なんだろう?」

 

「旅館の部屋には荒らされた痕跡はなかったけど、帰ってきた形跡もなかったんだよね。……もっと大々的に探せれば良いんだけど」

 

「…………」

 

 

 子供達のその言葉に、士郎は違和感を隠せない。

 あの夜に起きた異常の断片を知るからこそ、彼はそんな言葉に違和を感じていた。

 

 

 

 あの日の晩、旅館の一室で就寝していた時、士郎は突如形容しがたい程の異様な気配を感じ取った。

 

 突如感じた異様な気配。頭がおかしくなるような威圧感。

 余りにも大きすぎるそれは、大き過ぎるが故に常人では認識出来ない物だった。

 

 事実、子供達はあの気配に気付けていない。

 前線を退いたとは言え、戦場を渡り歩いた経験のある士郎だからこそ気付けた威圧感。

 

 もし仮に、あの強大な何かと、同質の資質を持つ人間が居れば、士郎ほどの達人でなくとも気付けるのかもしれない。

 そんな風に感じるほど、それは異質な威圧感であった。

 

 そうして叩き起こされた彼は、その威圧感に暫し飲まれ自失した。

 だが家族の事を不安に思い、己に活を入れると皆の無事を確認する為に動き出した。

 

 同室の桃子。恭也、美由紀と確認を続けた士郎は、子供達が泊まっていた部屋で発見する。

 

 五人分の布団。

 その内の一つが蛻の殻となっていたこと。

 そしてその隣の布団に包まって、己の愛娘が涙目で震えていた姿を。 

 

 

「この異常気象騒ぎだからな。以前の街中に突然出現した巨大樹や大型の獣による被害もあって、どこも人手が足りていない。名前と容姿しか分からない少女の捜索など、してはくれない、な」

 

 

 黙り込んだことを不審に思ったのか恭也と美由紀が向ける視線に、士郎は韜晦してそんな言葉を返す。

 

 元より身元も良く分からない少女のことだ。

 警察もこの忙しさでは本腰を入れて探してはくれないだろう。

 

 と、彼らの会話を如何にも聞いていたように返して――

 

 

「山が消えた、なんて不自然なこともあったしな」

 

「異常気象と言い、何があったんだろうね? 最近は海鳴市全部がおかしく感じるよ」

 

「……とはいえ、俺たちに何が出来るのか」

 

 

 そして、思う。

 

 あの夜、一瞬だけ窓から見えた巨大な影。恐らくは異常気象とも、山の不自然な消滅とも関わっているだろうそれに、我が子が巻き込まれていなければ、と。

 

 褒められたことではないと分かっていても、姿を消したのが我が子でなくて良かった。そんな風にも思ってしまうのだ。

 

 

 

 そんな風に生産性のないことに三者が悩んでいる間にも、台所に立っていた高町桃子は一人動く。その淀みない仕草に皆が顔を向け。

 

 

「色々考えてしまうのは、仕方がないけど。それで暗くなってたらいけないでしょう?」

 

「む、だが」

 

「私達は私達に出来ることをしましょう」

 

 

 にっこりと微笑むその姿には、右往左往している男どもよりも遥かに強い印象を受ける。

 

 

「まず差し当たっては、塞ぎ込んでいるあの子に、元気が出るような美味しい御飯を持っていくことかしらね」

 

 

 母は強し。その言葉を確かに感じさせる桃子は、笑みを浮かべながらなのはの部屋へと向かって行った。

 

 

 

 

 

3.

 少女は一人、部屋の布団の中で丸まって、ただ時を無為に過ごしていた。

 目の下には大きな隈。目を閉じれば浮かんでくる光景に、涙で目を潤ませながら震えている。

 

 

「なのは。ご飯、持ってきたわよ」

 

 

 母が部屋の戸を叩き、食事を持って来る。

 悪いとは思えど、それに反応を返すことが出来ない。

 

 布団の内で震える少女の姿に、桃子は一瞬声を掛けるか思い悩む。

 話を聞き出すにはまだ時期尚早かと考えると、桃子は手にしたお盆を机に置いた。

 

 

「食事、置いていくわね。元気になる為には、食べなきゃ駄目よ」

 

 

 どこか優しく微笑む母に、なのはは言葉を返せない。

 顔を見せる事もない娘に、桃子はそれでも優しく言葉を掛けた。

 

 

「……話せる様になったら、少しお話ししましょう? きっと、どんな辛い事でも、話せば少しは楽になるわ」

 

 

 そう言い残して部屋を出る母の姿に、なのはは声を掛けようとする。

 

 だけど、結局口籠った。

 そうして何も言えぬ内に、母は階下へと下りて行った。

 

 

 

 口籠った理由は、魔法の秘匿とか母を巻き込まない為とか、そんな強い理由じゃない。

 

 単純に怖かった。

 思い出す事も、口に出す事も、怖れる弱さが其処にあった。

 

 今の彼女は唯々怖がっていた。

 それはあの鬼との邂逅で曝け出された彼女の弱さ。

 

 

――魔法魔法と、それがなければ何も出来ねぇ。……詰まんねぇなぁ、お前ら。

 

 

 それが、高町なのはの弱さ。

 

 その手に握った魔法の杖で、変われたと思っていた。

 魔法の力に溺れ、何だって出来ると根拠もなく自分に酔っていた。

 

 そこに水を掛けられた。酔いを醒ましたのだ。

 結局魔法がなければ、何も出来ないと嘆いていた頃と変わっていない。

 

 当然だ。無力だった頃から、魔法を手に入れる以外に、なのはは何も変わっていない。

 

 自分は無力だ。何も出来ない。そんな自分にも出来る事がある。

 それが心の芯だったのだから、その上に積み重ねた覚悟などは前提条件が破綻すれば失われるのが道理であろう。

 

 イレインとの戦いで、分かった心算になっていた。

 戦う事の恐ろしさ。傷付け合う事の悲しさ。分かり合う為に覚悟する事の大切さ。

 

 違うのだ。あれは唯の戦う覚悟。

 

 魔法があれば戦えると言う前提があったからこそ、高町なのはは戦えた。

 自分が為さねば世界が滅ぶ状況下で、故にこそ私が為さねばと覚悟が出来た。

 

 その魔法がない状況で、ああ、どうして唯の娘に何が出来る。

 

 

――ダチなんて後回しか? ツレよりも自分が大切か? それがお前の回答かよ?

 

 

 鬼の嘲笑が耳にこびり付いている。

 結局自分は無力と認めて、出来ないとあっさり諦めた。

 

 誰かの命が掛かっていたのに、怖いからと目を逸らした。

 そんな経験を体験して、なのはは初めて本当の意味で理解したのだ。

 

 喜び勇んで入り込んだ活躍の舞台は、誰かが失われる鉄火場であった事を。

 万能の力を与えてくれる神様の奇跡は、自分の本質を変えていた訳ではない事を。

 

 

「レイジングハート」

 

 

 手にした宝石は答えを返さない。

 輝きの失われたデバイスは、その機能の一切を停止している。

 

 これが逃げ出した対価。

 自分の手には魔法の力すら残っていないのだと、なのはは漸くに気が付いた。

 

 酷く無力だ。

 何も出来ないというトラウマが、その小さな体を震えさせる。

 

 

「ユーノくん」

 

 

 部屋に用意した小さなベッドへ、その視線を移す。

 

 そこに彼の姿はない。

 あの時からずっと、彼は其処に帰って来ない。

 

 レイジングハートも、ユーノ・スクライアもいない。

 

 一人ぼっちだ。そう感じた。

 途端に寂しさが込み上げてきて、なのはは一人涙した。

 

 

 

 恐怖と無力感に震える少女を、気遣う声はここにない。

 白い魔法少女は未だ立ち上がることが出来ず、伏して震えるままでいた。

 

 

 

 

 

4.

 ユーノは走った。

 走って走って走って、そして立ち止まる。

 

 人の姿に戻った彼は、どうしようもない憤りを抱えたまま、ここにいる。

 

 

「……僕は、何をやっているんだ」

 

 

 呟く言葉は虚しく響く。

 誰もいない公園で、一人ユーノは砕けてしまえと強く歯噛みする。

 

 この虚しさの訳は分かる。

 この無力さの意味は分かる。

 

 

――んで、お前はどうすんだ?

 

 

 脳裏に浮かぶのはあの鬼の言葉。

 

 ああ、そうだ。言い訳のしようのないほどに、ユーノ・スクライアは何も出来ていない。何もしようとしていない。

 

 

――女の影に隠れてバトル解説してるだけか? んな男、死んでいいだろ

 

 

 鬼の嘲笑に曝されて、抱いた感情は悔しさと情けなさ。

 

 言われなくても、分かっている。

 

 少女を矢面に立たせておいて、やっていることは魔力の温存?

 そんなのは為すべき義務であって、自分の無力さを肯定する事には繋がらない。

 

 

(確かに、そうだよ)

 

 

 僕には出来ない。

 けど、彼女なら出来るかも知れない。

 

 そんな下らない理屈で、なのはを戦場へと追いやった。

 そしてそんな少女が怯える姿に、身を曝け出して庇うことすら出来なかった。

 

 

(そんな奴。ああ、確かに死んだ方が良い)

 

 

 本当に、あの時のユーノには何も出来なかったのだろうか。

 全身の傷を開かれ、悪鬼の恐怖に怯える自分には、本当に何も出来なかったのか。

 

 

(……違う。出来る事は、あった筈なんだ)

 

 

 そう。出来る事は、あった。

 あの時、あの場面で、無力だったのは自分だけではない。

 彼女もまた無力だった。否、誰も彼もが皆無力であったのだ。

 

 あの誇り高い使い魔を除いて――

 

 

(僕もあんな風に、身体を張る事だけなら、出来た筈なのに)

 

 

 無力なのは理由にならない。全身の傷は関係ない。

 アルフは自分と同じく無力で、自分よりも悲惨な状態だった。

 

 なのに、彼女はやり遂げたのだ。

 故にこそ、ユーノの自責は強く重くなっている。

 

 

(身体を張るべきだった。震えている理由なんて、なかった)

 

 

 同じ無力であったならば、己もまた彼女の様に雄々しくあるべきだった。

 同じ無力であるのだから、守るべき少女を守らなければならなかった。

 

 誰もが魔法を封じられたあの世界で、それでも守るために挑むことは出来たはずなのだ。

 

 

「なのに、なんで!」

 

 

 あの時、この体は動いてはくれなかったのか。

 あの時、何で膝が震えたまま、怯えて立ち止まってしまったのか。

 雄々しく挑んだ使い魔の姿を知るからこそ、ユーノは己が許せなかった。

 

 拳を木へと叩き付ける。砕けてしまえと叩き付ける。

 その木の幹が自分の血で赤く染まっていく姿に、どうしようもなく呆れ果てた。

 

 そうじゃない。そうじゃないだろう。

 

 こんな場所で自傷行為を繰り返して、悲劇の主人公でも気取るつもりか大馬鹿野郎と、自分で自分を罵倒する。

 

 そう。やるべきことは他にある。

 あの傷付いた少女を放って、己は一体何をしている。

 あの巨大な敵を前にして、己は何故鍛えようともしていない。

 やるべきことはあるはずだ。やらなくてはいけないことはあるはずだ。

 

 ああ、なのに、なのはに今更何を語れば良いのだろうか。

 奴に対する為に何をどう鍛えれば良いというのか、答えが出せない。

 

 出すことを恐れている。何も出来ないという答えを出す事を恐れている。

 自信がないから、出来ることが見当たらないから、そんな理由で鬱屈している。

 

 

「なんで、こんなに!」

 

 

 握りしめた拳に爪が食い込み、傷付いた掌から血が零れ落ちる。

 

 

「僕は、弱い!」

 

 

 忌々しいほどに、許し難いほどに、ユーノ・スクライアは己の弱さを憎んだ。

 

 

 

 何か一つでも、己に自信が持てれば、少年は一歩を踏み出せるのだろうか。

 

 

 

 

 

5.

「本当にそれを望むのね」

 

「はい。お願いします。リザさん」

 

 

 時の庭園の一室。プレシアの居城と呼べるその場所で、フェイトはある女性と対話していた。

 

 泣き黒子が印象的な美女。修道女の装いをしながらも隠し切れないほど豊満な体は、貞淑さよりも女の色気を感じさせる。彼女、リザ・ブレンナーとはそういう女だ。

 

 彼女について、フェイトが知ることは多くはない。

 

 母の古い友人だということ。

 幼い頃から何度か会っていたという記憶。

 魔法に対してフェイト以上の知識を有すること。

 多分優しくて、同じくらい冷たそうな人であるということ。

 

 そのくらいである。

 

 そんな母の旧友が、アルフが死んだ日に時の庭園を訪れた。

 何かあると勘ぐるのは自然だが、フェイトは別に興味が湧かなかった。

 

 身内とするには薄い関係。

 今のフェイトには、そんな相手に興味を抱く余裕がない。

 

 母の命令がなければ、率先して関わろうとは思わない程度の関係。

 だが、今のフェイトが頼れるのは、彼女しかいないというのも事実であった。

 

 

「どうして、それを望むのかしら? いえ、どこでそれを知ったの?」

 

「母さんが言っていました。リザさんはそれを作れる。力がないなら、それを貰ってきなさいって」

 

「……そう。プレシアが。……それの危険性も聞いているかしら?」

 

 

 リザの問い掛けに、フェイトは無言で頷き返す。

 その目には、確かに全てを賭ける覚悟があって――

 

 

「どうして、そこまで?」

 

「……力が欲しい、じゃいけませんか?」

 

「いいえ、けれどその為に代償を支払う覚悟は、本当にあるかしら?」

 

「……命を懸けるくらい、当然だと思います。私はもう失いたくない、もう私には母さんしか残っていない。だから、もう負ける訳にはいかないんです」

 

 

 そんなフェイトの覚悟を、女は悲しく思う。

 こうも幼い少女が、悲壮な覚悟を決めなくてはならない現状を哀れに思う。

 

 だが、それだけだ。

 死者しか愛せぬ女は、憐れみ以上を抱かない。

 優しくなくて甘いから、同情はしてもそれだけだ。

 

 そしてそんな情を切り離して、唯々冷徹に少女に与える力を判断する。

 

 魂の欠落した少女では、アリシアの欠片しか持たない彼女では、歪みには適応できない。

 

 大量にして高密度の魔力が体を汚染して、結果生まれるのが歪み者。

 その魔力汚染に耐える為に必要なのが魂の純度と渇望で、魂薄い彼女ではその魔力に体が耐えられない。

 

 となれば、弄れるのは少女自身ではなく、彼女のデバイス。

 与えるべきなのは、彼女の手に新たな力を宿したデバイスだ。

 

 そして、確かにリザ・ブレンナーにはそれが出来る。

 その技術が彼女の手にはあって、そして与えたとしても然したる損害はない。

 

 ならば与えよう。この哀れな少女に。

 憐れみ以上の想いを抱けぬ己を嘲笑しながら。

 

 長き時を生きれば、知りたくないことも覚えていく。

 既に自壊が見え始める程に長く生きた女は、静かにその結論を口にした。

 

 

「ええ、そうね。請け負ったわ。……とはいえ暫くは掛かるだろうから、それまではこれを使いなさい」

 

「……これは、デバイス?」

 

 

 差し出されたのは、バルディッシュと似通ったデバイス。

 手に取って確認するが、人工知能を搭載されていないデバイスは、機械的な反応しか返さなかった。

 

 

「アームドデバイス。流石にバルディッシュ程のデバイスは直ぐには用意出来なかったから、暫くの代用品と言う所ね。……最も、ミッドチルダ式には対応させているし、強度だけならバルディッシュを超えるから、戦闘に関していうならばあれ以上の物だとは言えるけれど」

 

「……バルディッシュは、もう使えませんか」

 

「ええ、あそこまで壊れていてはもう戻らない。使える部品を取ったら廃棄が妥当かしら」

 

「……」

 

 

 受け取ったデバイスを握り締めて、フェイトは思う。

 

 ああ、本当に、もう自分には母しか残っていないのだ。

 それがどうしようもない程に、目を逸らせない現実として理解できた。

 

 

「では、行ってきます」

 

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 

 バリアジャケットを展開し、転移魔法を発動させるフェイト。

 

 その小さな背中をリザに向けて――

 

 

「……アルフのお墓、有難う御座いました。リザさんがいなければ、きっと時の庭園の中にお墓は作れなかったから」

 

 

 そう最後に礼を口にして、フェイトは己の戦場へと向かった。

 

 

「ええ、どういたしまして」

 

 

 飛び立ったフェイトの感謝に、リザは穏やかな表情で返す。

 死者しか抱けぬ女は、死者の欠片を宿した少女に対して、偽りのない笑みを浮かべていた。

 

 

 

 黄金にして黒色の魔法少女は一人進む。

 白の魔法少女が蹲っている間にも、発掘者の少年が立ち止まっている間にも、彼女だけは前へ進む。

 

 

 

 それは果たして、強さか弱さか。

 

 

 

 

 

 海鳴市上空。

 町の中心地に浮かび、フェイトはデバイスに魔力を込める。

 

 時刻は昼間。

 降りしきる雨の中も復興の為に汗水流し、行き交う人の群れ。

 

 それを上空から見下ろして、そして内心で謝罪した。

 

 

(御免なさい。今から貴方たちを巻き込みます。私の勝手な都合の為に)

 

 

 発動する規模を広域に指定。

 範囲は海鳴市全域。己の魔力が持つか不安だが、持たせると意識を改める。

 

 

「恨んでくれて良い。憎んでくれて良い。それでも、やりたいことが守りたい物があるから!」

 

 

 広域に魔力を放出する。全域に魔法を行使する。

 

 それはロストロギアを強制的に動かす魔法。封印状態のジュエルシードを励起させる魔法。それを使うというのに、結界は用いない。

 広域魔法自体無理があるから、僅かでも消耗を減らすというだけの理由で。

 

 一般の犠牲などは考えない。そんな物は考慮しない。

 アルフを失った少女は、もはや立ち止まれないのだから。

 

 

「ジュエルシード数、十四! その全てをここで、封印する!!」

 

 

 十四のジュエルシードが、天災へと姿を変える。

 

 それは竜巻。

 降り頻る雨と風を巻き込んで一つ一つが嵐のように肥大していく。

 

 その数が十四。

 もはやそれは、全てを吹き飛ばす自然の猛威だ。

 

 代用品のデバイスを手にしたフェイトは、自らが生み出した竜巻に対峙する。

 

 

 

 その日、有史以来最大となる自然災害が海鳴市を襲った。

 

 

 

 

 




巨大樹地震で地盤がやばいことになっている海鳴市に台風連打を呼び込む暴挙。海鳴市終わったな。(確信)

海上でやったアレ。街中でやったらどうなるのか、そんな疑問を形にしてみた今回です。


どうでも良いことだが、黒の魔法少女と入力しようとすると、クロノ魔法少女と変換される。紛らわしい。

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